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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十三章
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~揺蕩い~ 想いを告げて

〔リヴァイン〕が太陽光発電施設に接舷して、捕虜の保護や遺体の搬入がひと段落ついたころ。


 (いつき)たちもようやく、〔リヴァイン〕の本体下部と港を繋ぐチューブを通って艦内に戻ることができた。


「やっと落ち着いたわね」

「そうね。けど、警戒態勢が敷かれてるから、また宇宙で見張りしなきゃいけないかも」

「それじゃ、このスーツ着たままなの? もう、汗で気持ち悪いのにぃ」

「ねね、〔アル〕は?」

「甲板に係留されてる」


 三人は現状を確認しながら、中央に続く通路を上がっていった。


 武装した陸戦部隊が入れ替わるように、上から流れてくる。上も下もあったものではないが、(いつき)たちからすれば、潜水してくるダイバーのようにも見えるのだ。


「ご苦労だ」

「いえ、お気をつけて」


 (いつき)は敬礼して、陸戦部隊を見送った。彩子(あやこ)(おと)もまた敬礼して、一礼する。


 陸戦部隊の面々も様々な機材を持ちながらも、敬礼を返してくれた。(いつき)たちを一端の〔AW〕操縦者として認めた証拠だ。


「ねぇ? 何か、様になってないかしら?」


 陸戦部隊が過ぎてすぐ、彩子(あやこ)が自慢げな笑みを浮かべる。


 (いつき)は手すりを掴んで、さらに体を上へ押し上げながら首を振った。


「別に。わたしたちは、軍人になりたいわけじゃないんだし」

「そういうことじゃないわよ。やっと、認められたって感じがいいんじゃない」

「それに、(いつき)、いてた。お気をつけて、だて」


 (おと)は手を胸の前で組んで見せて、(いつき)のマネをしてみせた。祈りをささげるように顎を上げて、ずっと続く通路の焦点に潤んだ瞳を向ける。


「そうそう。うまいじゃないの」


 彩子(あやこ)が茶化すように言って、ニカッと笑った。


「えへへ……」

「随分と、二人仲良くなったね? 彩子(あやこ)(おと)? あと、手なんて組んでないから」


 (いつき)は淡々と言いつつ、冷ややかな視線を二人に向ける。

 

 彩子(あやこ)(おと)は手すりを使って、(いつき)よりも上を行く。無邪気な悪戯っ子がするような、屈託のない笑みが二人に張り付いている。


 (いつき)はため息を漏らして、大きく手を振った。


「そこ、N―2って通路に入って。食堂があるから」

「ん? そなの?」

「そうなの」


 (いつき)の指示に、彩子(あやこ)(おと)はすぐさま横穴の通路に飛び込んだ。


 風を切る感触を覚えながら、(いつき)も横穴に手をかけて、這い上がるように進路変更。と、入ってすぐのところで、彩子(あやこ)(おと)が止まっているのが見えた。


「どうしたの?」

「シーッ。声を出さないでよ」


 彩子(あやこ)が振り向いて、人差し指を唇に当てる。


 (いつき)はその仕草で発言を控えて、二人と合流する。彼女たちのすぐ横には、空き部屋か倉庫か定かではないが、自動ドアがあった。彩子(あやこ)(おと)はそこに耳を当てて、中の様子を窺っているようだ。


 傍から見たら、不審人物そのものだろう。


「何かあるの?」

「そーちょーとコフィンさん、いる」


 (おと)が声を押し殺していう。


 それには、(いつき)も何のことだかよくわからず、格子窓から中を覗いた。確かに、リーンのぼさぼさの赤毛とコフィンの綺麗な金髪三つ編みが確認できた。二人とも軍服で、妙に距離を取って向かい合っている。


 部屋はどうも陸戦部隊の武器庫らしい。閑散とした内装だが、施設制圧用の武器が入ったロッカーが異様な存在感を放つ場所だ。〔AW〕操縦者が滅多に踏み込むような場所ではない。


「あ、ほんとだ。だったら、ちょうどいい。話したいことが――――」


 (いつき)がドアの制御パネルに手を伸ばそうとしたところで、格子窓からコフィンの声が震える声が聞こえた。


「その、あの……、す、好きですっ」

「――――っ!」


 告白。


 (いつき)も思わず身を引いて、顔を赤らめた。こういう現場に遭遇したことのない彼女は、混乱気味に壁に背中を預けて首を振った。


「よしっ。コフィンさん、よく言ったわ」

「おめでと?」


 下の方で盗聴していた彩子(あやこ)(おと)が静かに言って、話をの続きを聞く。


 (いつき)も慌てて、二人の上に伸し掛かるようにしてドアに耳を当てる。背徳心よりも、目先の恋が実るかどうかの好奇心が勝っていた。

 

 コフィン・コフィンを応援する三人にしてみれば、今後の行く末はとても気になるところ。


 (いつき)彩子(あやこ)(おと)はトーテムポールのように重なりながら、リーンとコフィンの声を息をひそめて聴いた。




 リーンは苦い表情を浮かべて、目の前にいる女性にどう返答していいのか、わからなくなっていた。


 彼女を見つけて話を持ちかけた時に、彼はある程度の覚悟は決めていた。そのはずなのに、彼の心の中は苦い塊を食わされたような苦味が広がり、体を重くした。


「好きです……。えと、その……」


 その言葉で、さらにリーンの気持ちは揺らいだ。


「――――っ」


 思わず、下唇を噛んで喉にこみ上げてくる熱い何かを抑える。胸にわだかまる気持ち悪さが、徐々に脳髄にまで浸みこんで目眩がしそうだ。


 ふとリーンが視線を向けると、コフィン・コフィンの顔は真っ赤に染まり、俯いていた。その瞳に輝く雫が潤んで、今にも零れ落ちそうだ。

 

 彼女の覚悟、決意、想い。そのすべてを含んだひと言は諸刃の剣だ。想いを遂げるか、それとも、儚く散るか。迷っていた時以上の心のざわめきが、荒れ狂う海のように押し寄せてくる。


 コフィンは高鳴る心音が、リーンにも聞こえているのではないかと、さらにうつむいた。


「…………准尉の気持ちは、その、ありがたいです」


 長い沈黙を置いて、リーンが絞り出すように告げた。


 コフィンは、はっと顔を上げて涙のしずくを散らしながら想い人を見上げる。


 そこには、辛そうに唇を噛みしめ、険しい目つきをするリーン・セルムットの姿。言葉の刃で抉られたのはコフィンだけでなく、彼も同じだった。


「けど、俺にはそういうことを求められても、よくわかりません。たぶん、あなたのことが好きではない、と思います」

「…………」

「すみません、准尉。すみません……」


 リーンはしっかりと床に足をつけて、深々と首を垂れた。


「あ、あぁ……!」


 謝らないでください、と声に出したいコフィン。


 しかし、熱くなる目頭と頬を伝う暖かい雫を感じて、唇が思うように動かない。スンスンとはしたないと思いながらも、鼻を啜り、手を口元に持っていく。


 すると、彼女の足元がゆっくりと床から離れた。


「――――あっ」


 リーンがすかさず浮き上がるコフィンの手を取って、彼もまたゆっくりと床を蹴った。そうでもしなければ、浮遊したまま身動きが取れなくなってしまうからだ。


 天井に向かって浮かぶ二人は、そこでお互いの顔を確かめ合った。


 彼女はぽろぽろと涙を流して、どうしてと潤んだ瞳が訴えかける。


 彼は険しい顔をして、なんでだと後悔の浮かんだ瞳が語りかける。


 リーンの握る手に力がこもる。自分の弱い覚悟が揺らいで、自己嫌悪が襲い掛かってくるのだ。


「――――っ」

「ああ、すみません」


 顔を顰めるコフィンにリーンは慌てて手を離し、お互いに天井に手を着いた。


 しばらくの沈黙。


「実のところ――――」


 リーンが沈黙に耐えかねたように、言葉を紡ぎだす。


 コフィンはしかし、その語りに希望など抱けなかった。


「言い訳は、いいです……」


 コフィン自身、辛辣な言葉だったと自覚している。しかし、そうして突っ張らないとまだ残っている彼に対する想いは欠片からまた組み合わさってしまう。


 リーンは一瞬、押し黙ったが再度口を開いた。


「俺は――――」

「いいんですっ。わたしも、その、こういうのは、初めてでしたけど――――、ちゃんと公私は分けられますからっ」


 コフィンは声を張り上げて、天井を押した。


 彼女は三つ編みをふわりと浮かせながら、床に足をつけるとその足でドアに向かった。


「ちょっと、准尉ッ!」


 リーンはコフィンのその小さな背中に向かって、体を流した。


「来ないでください。今は、一人にさせてください……」


 震えたコフィンの声に、リーンは思わず体が強張る。今は何を言っても無駄だ。彼女を傷つけるばかりで、何の助けにもなれない。


 コフィンは振り返ることなく、ドアを開けて出て行った。


「…………」


 リーンは力なくドアの淵につかまると、コフィンの向かっただろう方向を見て、


「もうっ! なんで断っちゃうのよ、バカッ」

「何、格好つけてるの?」

「コフィンさん、かわいそ……」


 背後で、聞きなれた三人娘の声がなだれ込んできた。


「う、おうっ! お前ら、まさか、聞いてんじゃねぇだろうな!?」


 リーンが慌てて振り向くと、(いつき)たちがムッとした表情を浮かべて立っている。ここに来て、先の会話を聞かれていたという羞恥心が湧きたって、顔が熱くなる。


「そんなことは、どうだっていいのよっ」


 彩子(あやこ)が一歩前に出て、リーンを指差した。三人の中で一番憤慨しているのは、おそらく彼女だろう。


「どうして、断ったのよ。どう考えても、あんたみたいな朴念仁にはもったいない、いい人じゃないのよ」

「それはそれで、コフィンさんのセンスを疑っているような言い方だけど」

「そういうことじゃないわよ、(いつき)

 

 彩子(あやこ)が喚くのを見て、リーンは目を細める。


 心の奥を貫く言葉の槍は的確で、否定のしようもなかった。彼は地球でたくさんの人を殺してきた人間だ。今だって変わらないし、それ以外の生き方を開拓できるほど、頭がいいわけでもない。


 しかし、コフィンは違うと思える。彼女には、もっと違う道を歩んでいける力があるとリーン・セルムットには感じられたからだ。戦争に足掻いて少しずつだが、成長していく。信念を持って、確かな優しさを持って、生きている。


「確かに、そうだな」

「ほぇ?」


 リーンが素直に認めるもので、彩子(あやこ)も思わず素っ頓狂な声を上げる。


「どうしたのかな?」

「わかんない」


 (いつき)(おと)が首をかしげる中、彩子(あやこ)が気を取り直していう。


「わ、わかってんなら、今すぐにでも追いなさいよ」

「いや、もう話はついた。あとは、准尉の気持ちが落ち着くのを待つだけだ」

「それだから、ダメなんでしょっ!」


 彩子(あやこ)は目の前の男の神経が、腐っているのではないかと青筋を立てて睨んだ。


 しかし、リーンは苦しそうな瞳でぽつりと言った。


「こんな俺が一緒で准尉が幸せになるはずないだろ……」

「あ? 何か言ったわね? あたしへの文句ならいくらでも聞いてやろうじゃないのっ」

彩子(あやこ)、落ち着く」

「曹長にも曹長の都合があるの。そういうこと、でしょう?」


 納得のいかない彩子(あやこ)(おと)が宥める傍で、(いつき)が冷静に告げる。


 (いつき)(おと)はリーンの独り言を耳に入れていたからこそ、彼に対して少なからずの理解ができた。


「物わかりがいいのは、助かる」

「だけど、そういうのって偽善だし、自分が変わろうともしないダメ男の言い分だから」


 自嘲気味に肩を竦めるリーンに、(いつき)は実直な感想を述べる。


 それが一番、リーンの胸を穿って目眩を引き起こした。一番理解していることで、それを改善しない自身への情けなさが彼を追いこむ。変われない。変わろうとは思はない。


「そーちょー、コフィンさん、好き?」


 (おと)彩子(あやこ)を落ち着かせると、真剣な声音で聞いてきた。


「それは――――」


 リーンは言いかけて、はっきりと言葉にすることができなかった。


 自分の本当の気持ち。建前とか、理屈抜きの感情。それをぶちまけることすら、躊躇っている。


「俺は――――?」


 どうしたい、と自問を心に投げかける。


 真っ暗になりそうな視界の中で、三人の少女が真剣な眼差しを射ている。哀れむものではない。怒りと真摯さ、何よりの自信を湛えた瞳だ。


 リーンはそれが自分に足りないもののようで、眩してしかたがない。


「どうなの、リーン・セルムットさん?」


 (いつき)が代表するように問いかける。


 リーンは無愛想な表情のまま立ち尽くして、ゆっくりと口を開こうとした。


 瞬間、警報が鳴り響いた。


「何よ? 何事?」

「けいほー?」


 彩子(あやこ)(おと)が身を強張らせて、周囲を見渡す。


 すると、艦内放送が警報に乗って流れる。


『敵影、確認。総員、第二戦闘配備! 繰り返す。敵影、確認。総員、第二戦闘配備!』


 (いつき)たちは騒音に顔を顰めながら、その内容に頭が沸騰しそうだった。


「こんな時に、来なくったって――」

 

 (いつき)はぼやいて、リーンの方を見上げる。


 そこには、一人の兵士としての顔をしたリーン・セルムット曹長がいた。敵が来れば、戦いに出る。それが彼の任務であり、すべきこと。色恋沙汰などかなぐり捨てて、〔AW〕を駆って敵を討つことにしか思考が働かない。


 今の彼には、戦場こそがすべてのように見えた。 

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