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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十三章
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~揺蕩い~ 胎動する不安

「酷いなぁ、これは……。今度は、どんな無理を?」


 整備員が〔バーカム〕のへこんだ頭部をしげしげと観察して、軍服を着たリーン・セルムットに言った。


 リーンはひび割れたセンサーアイのカバーを外しながら、整備員を見る。


「ミサイル群の中に突っ込んだ。でも、直せるんだろう?」

「直せるがなぁ……。警戒態勢が引かれてるんだ。満足の行くもんじゃないと覚悟してくれ」

「わかってるよ。いつも悪いな」

「だったら、もちっと丁寧に扱ってくれ」


 整備員は呆れたように肩を竦めて、頭頂部の方へと流れた。


 ここは〔リヴァイン〕の格納庫。〔イリアーデ〕とは違い重層構造で、リーンたちがいるのは右舷装甲甲板の最奥部にあたる。すぐそばの巨大なリフトが騒音を立てて、警備任務から準待機になった機体を搬入する。一層上がエア・ロックで、さらに上が甲板だ。


 リーンは軍服のベルトに差し込んでいる整備具を一瞥して、隣に浮かんでいる真新しいカバーを取った。人手が少ないわけではないが、〔リヴァイン〕の試運転も兼ねているため、ほとんどが機関や防衛システム、観測システムの調整に狩り出されているのだ。

 

 だからと言って、操縦者が整備を手伝わなくていいという理由にはならない。


「丁寧に扱えって言われてもなッ」


 リーンはカバーをはめ込むとベルトから拳銃のような圧着装置を取り出し、カバーの淵に当てた。しばらくすると、ピーという作動音が圧着装置からなった。加熱完了の合図だ。


 足場に気を付けてトリガーを引くと、カバーが熱と強力な圧力に凹んだ。それはセンサーアイのくぼみにがっちりとはまり、溶接された。


「手慣れてるな、曹長。左遷されたら、整備部に来いよ」


 頭上から茶化すような声がして、リーンは作業を進めながら言う。


「悪くはないが、操縦やってる方が性に合ってんだよ、俺は」


 位置を確認して、ドゴンッと打ちだす衝撃に腕が肩が震える。


「そうかい? 手先が器用なんだから、こっちの方が似合ってる気がするがね?」

「昔に齧ってた程度だ。こんなの、操縦者ならできて当然だろッ」


 もう一度打って、カバーがずれていないか確認する。位置にズレはない、上々の仕上がりだ。


 その手慣れた様子に感心して、整備員は体を引っ込めると〔バーカム〕の頭部装甲を外して、中のサブ・コンピュータの配線を調べる。小さなボックス上のコンピュータの周りに冷却装置やコンデンサなどがぎっしりと詰まっており、それを繋げるケーブルもまた複雑に絡み合っている。

 

「いんや、そうでもないぞ」

「どういうことだよ?」

「新米兵が来てるだろ? あいつらはてんでダメだね」


 整備員はペンライトで配線を小まめに調べながら、忌々しげに言った。


 リーンは手を休めて、額の汗を拭う。それから、圧着装置の電源を切る。〔バーカム〕の担当してくれて長い整備員だからこそ、その話に興味がわいた。


「どうしてだ? 地球じゃ、エリートだったんだろう?」

「エリートが全員、有能じゃないだろ? ここじゃぁ特にさ」

「ああ、確かに……」

「それにさ、まだ宇宙酔いがひどいんだと」


 その報告には、リーンも苦笑するしかない。彼とて、来た当初は偏頭痛と吐き気に見舞われたものだ。


 すると、顔を上げた整備員が目を細めて、ある一点を見た。


「なぁ……、曹長さんよ?」

「あ? んだよ?」

「恋人さんじゃねぇのか、あれ?」

「俺にそういう人はいねぇよ」


 リーンは整備員の口ぶりで、誰だかすぐにわかったが、恋人ではないことをきっぱりと断っておく。最近、色恋沙汰の噂が流行っているのか、よく小耳にはさんでうんざりしている。リーンだけでなく、ほかの部隊にもそうした話が持ち上がって、実際に交際する人たちも出ているらしい。


 整備員は機体を這うようにして、頭部から首の方へと下る。くるりと宙返りを決めて、リーンの横に立つ彼の出で立ちは手慣れたものだった。


「そうじゃなくてもよ。あの三つ編み金髪の人は准尉殿で間違いねぇだろ?」


 リーンは整備員が指差すのを制止しながら、その方向に体を向ける。


 格納庫の壁を走るキャットウォークの上に、金色に輝く髪を束ねた人の後ろ姿が窺えた。きょろきょろとあたりを見回しながら、流れている。そのたびに、束ねた髪が尻尾のように揺れる。まるで、飼い主を探す子犬のように不安そうな仕草だった。


「だろうな。けど、あの人だったとしても、自分の機体を探してんだろ……」

「げぇ、つめてぇな」

「何がだよ? そっちが勝手に盛り上がってるんだろうがっ」


 リーンは不愉快そうな視線を射る整備員の頭を小突いて、作業に戻ろうとした。


 だが、本当に気まぐれで、彼はもう一度、キャットウォークの方に視線を向けた。


「―——―っ」


 突然、きょろきょろと周囲に視線を走らせていたその人、コフィン・コフィンとはっきりと目があった。

 

 目を向けたのは失敗だったのかもしれない。


 はっと息を飲む彼女の仕草が見えて、リーンは思わず視線を背けた。自意識過剰だ、と言われれば、確かにそうかもしれない。そうあってほしいと願うばかりだ。


 だが、日に日に、特に(いつき)たちが帰ってきてからというもの、コフィンの様子は一変した。いつもの朗らかな笑みは消えて、恐れる様な、せがむ様な表情が大きくなっていた。目線があった瞬間の表情も。


 整備員は茶化すように、リーンの背中を叩いた。


「おら、どうしたよ? そういうじれったいの見せられるこっちの身にもなってみろよ。男なら、バシッと決めて来いよ。ダメだったら、ダメだったで笑い話にすりゃぁいいじゃねぇか」


 リーンはどう返していいのか一瞬迷って、〔バーカム〕に視線を向ける。


 鉄の塊の〔AW〕は何も言わない。無機質な光沢と傷ついた装甲を見せるばかりだ。


「笑い話、か……」

「そうだぞ、曹長。あんたは生真面目に考えすぎなんだよ。女ってのは、案外深く思い悩まないものさ。二、三日すれば、また元通りだ」

「そういうものか?」


 リーンが不機嫌そうな顔を整備員に向けた。


 整備員はその表情は予想外で、思わずぷっと吹き出してしまった。


「曹長。あんた、これまで恋人いなかったのかよ?」


 その一言に、リーンは目を一瞬見開いて、少し悲しげな眼をした。


「いなかったよ。いや、この場合、違うな。単に、一つ屋根の下にいたことはあったな」

「ふぅん。で、それを引き摺ってる」

「そうだな……」


 リーンは少し思案して、もう一度キャットウォークに視線を向けた。すでに、コフィンの姿はなく、他の操縦者たちや整備員たちが流れているのが目に入った。


 心の奥がざわついた。このまま、うやむやにしていていいのだろうか、と。自分の気持ちがどうなのか、はっきりさせた方がいいのではないか。


「…………」

「…………行ってきなっての。整備ぐらいは俺らで何とかすっからよ」


 黄昏るリーンに整備員は強引にその背中を押してやった。


「おおうっ!」


 ふわりとリーンの体が〔バーカム〕から離れ、向かい側の壁へと流されていく。強い力だ押し出されただけに、バランスが崩れ宙返りの状態が続く。


 こんな恥さらしのような状態に、リーンは穴があったら入りたい気分になる。


「て、テメェッ!」


 ぐるぐるとまわる視界の中で、後押しをしたつもりの整備員は他人のフリをして、脚部の接合を急がせる指示を出していた。


 リーンはその態度に怒りを覚えながらも、間近に迫った壁に手を伸ばした。どんと強い衝撃を受けて停止。痺れるような痛みが走った。


「ッつぅ。あいつ――――」


 と、視線を周囲に向ければ、数人の人が白い目を向けている。この警戒態勢中に遊んでいる奴がいるのか、とピリピリした雰囲気が窺えた。


「――――チッ。覚えてろよ」


 リーンは圧着装置をベルトに収めると、壁の隙間に指を入れてキャットウォークへと上がっていった。


 だが、これで踏ん切りがついたような気もする。どうせ抱え込んでいても仕方のないことだし、整備員の言ったように笑い話で終わるなら多少の恥は甘んじて受けよう。


 そんな楽観的な見方と心の奥にしまいこんでいた苦い思い出が、リーンの心を揺さぶる。人の幸せを願うからこそ、心の傷は一層深まるばかりだ。


 だからこそ、彼は直感的にコフィンの姿を探しに行動に出た。


 すべてが手遅れになる前に、と。




「目標宙域の電波状況、推定ですが、回復しています」

「ふぅん。やはり、沈められたのね……」


 太陽光発電施設より、数千キロ以上離れた宙域。


『新人類軍』所属小型輸送船〔シーカー〕が中隊規模で、航行していた。数にして五隻。積載された〔AW〕の数は、二〇機だ。


 その旗艦を務める〔シーカー〕の操縦室に、(リン)燕華(イェンファ)の姿があった。久しく缶詰だったために、彼女の瞳には快活な光りがあった。


 爛々と輝かせる魅惑の瞳は、ずっと先に見える光りの反射を見取っていた。目的地である太陽光発電施設のソーラーパネルだ。


「ま、そういうことを織り込んでの作戦だ。プランCに移行する。他にもそう伝えなさい」

「了解、隊長」


 副操縦士が無線チャンネルを合わせて、迅速に行動に移る。


「戦艦を沈めたときと同じシチュエーション、だね。フフフ……、二度目はどうかな?」


 燕華(イェンファ)は既視感を覚えつつ、狭い操縦室の取っ手につかまって、空いた手を腰に当てた。


 ちらりと操縦士と副操縦士の反応を窺ったが、彼らは虎視眈々と任務に就いている。無愛想に、目的を果たす機械のように。だから、以前のような恥らうようなこともなくなれば、愛想よく返答することもなくなった。


 燕華(イェンファ)は静まり返った空気に嫌気がさして、こめかみを押さえながらドアの方へ振り向いた。


「変化があったら、知らせてねん」

「了解……」


 冷たい返事に、肩を竦めて操縦室を後にする。


 出てすぐの休憩室(レストルーム)もまた静まり返っており、戦友同士で鼓舞することも談笑する声もない。


「諸君、作戦をBからCに移行する。その手順で頼むよ」

「作戦BからCへの変更、了解しましたっ」


 燕華(イェンファ)が凛として告げると、待機中の操縦者三名が口をそろえて、復唱した。


 そのあとは一切の談笑も、無駄口もない。ただ、彼らの雄々しい返答が虚しく霧散していくだけだ。


「これだもの。つまらないねー」


 言って、燕華(イェンファ)は首を呆れ気味振って、最後尾にいる褐色の青年の元に流れた。


「調子はどうよ、若いの?」

「特に変化はない」

「そう? せっかく、あの青い機体を手に入れたってのに、ご機嫌斜めかな?」

 

 燕華(イェンファ)のわざとらしい声に、青年、ハンスは彼女の姿を目に入れた。彼は(リン)燕華(イェンファ)のバディとして、彼女と行動を共にし、操縦技能も向上していた。


 それは、燕華(イェンファ)という操縦者としての師匠が傍にいたおかげだろう。


「そういうわけでは……」


 シートに腕を乗せて、前のめり気味に顔を覗き込む彼女が目の前にあった。パイロットスーツをながら、彼女の細い腰つきの曲線がはた目からもよくわかる。


 しかし、それに欲情することなくハンスは淡々と言う。


「あの機体を俺に譲ってくれたのには、感謝している。そういう風に取り合ってくれたことにもな」


 彼の言うあの機体とは、『ローグ1』で埃をかぶっていたもう一機の〔バーカム〕のことだ。制御の難しさから誰の手にもわたらず、お払い箱寸前のところをハンス・ルゥに譲渡された。そして、彼専用にチューンなっぷされた機体は、抜群の機動力と射撃能力を得るに至った。そこに無理やり電子戦装備を付けることになったが、『新人類軍』の技術者も一切の妥協なしに搭載してくれた。


 燕華(イェンファ)は淫靡な笑みを浮かべて、とろんとした瞳を向ける。


「どうってことないさ。あたしにも、ちょっとした欲もあった。フフフ……、楽しい時間を過ごさせてもらったよ」

「大尉殿も大変だったんだな……」


 ハンスは尊敬する上官の苦労性を体に覚えつつ、呆れ気味に言った。


 この女はいつまで経っても、自身の欲望のままに動く傾向がある。ほとんどのものが、組織全体のために動き出しているにもかかわらずだ。


「いつまでも、遊び半部ではいられないというのに、あなたは楽しそうだ」

「そうかい? これでも、毎日偏頭痛に悩まされてるんだがね」


 燕華(イェンファ)の悪戯な笑みに、ハンスは目を見張った。


 その反応には、燕華(イェンファ)も心なしか新鮮味を感じる。他の連中だったならば、おそらく無関心に是正の言葉をかけていただろう。


「驚いたかい? だがね、それで生きている実感というのもある」


 痛みが生きる刺激を与えるのは、(リン)燕華(イェンファ)の至極シンプルな感覚だ。痛みを感じ得なければ、おそらく人は人の肉体的な感覚を受け止めることができないからだ。


「おかしなことを言う。痛みを得たとしても、生きている感触は得られるはずがない」


 ハンスの言い分に、燕華(イェンファ)は肩を竦めて見せた。


 彼を見ていると、それだけ、『新人類軍』内部は浄化されていると実感させられる。感情を痛みで押さえつけ、日に日に意識を侵食する機械的な意思。その与えられた意思に身を委ねることで、『新人類』の言う基礎理念である合理性を得たと思っているのだ。


 燕華(イェンファ)のように、それを良しとしないのは、統率する立場にある者がほとんど。合理性の元に、味方同士のつぶし合いがある可能性もあるからこそ、統率者は少なからず自己意識を貫く必要がある。


 だからこそ、強い精神力、痛みに耐える強さを兼ね備えた人間が必要なのだ。


「若いのは、それでいいのかもしれないな。思考停止して、ただ手足のように動くことが、幸せだというのなら」


 燕華(イェンファ)の諭すような言い回しに、ハンスは片眉を上げる。


 それには、彼女もぷっと小さく笑った。


「わからなければ、考えることをやめておきな」

「そうさせてもらう。だが、俺にはヤツを倒したいというイレギュラーもあるから、何となくだがわかるつもりだ」


 その言葉を口にした途端、ハンスは顔を顰める。脳に針が刺さるような鋭い痛みが走った。針山になった気分だ。


 燕華(イェンファ)はすっと細い指先を彼の額に押し当てて、笑って見せた。


「無理は禁物だ、若いの。じきに作戦があるというのに、頭痛で働けませんは通用しない」

「わかっている。相方である以上、無用な心配をさせない」


 ハンスの言葉に、今度は燕華(イェンファ)が目を丸くして、驚いた。そして、徐々に切なげなまなざしになった。


「そういうのを、待ってるんだがね……」

「何?」

「いや、なんでも」


 燕華(イェンファ)は身を引いて、ふわりと休憩室(レストルーム)の天井に手を着いた。

 

 俯瞰から眺める光景は閑静で、おもしろみのないものだ。だが、ここにいるハンス・ルゥを含めた燕華(イェンファ)の部下たちは精鋭ぞろいだ。

 

 全部で十九名の部下たちは、〔AW〕操縦者として熟達した人材ばかり。その力強さと信頼性は『新人類軍』内部でもずば抜けて高い。何物にも恐れず、果敢に立ち向かっていく。


「新型機の実戦投入、楽しみじゃないかい?」


 燕華(イェンファ)は口元を吊り上げて、胸に込み上がってくる高揚感を抑えることができない。頭痛が襲い掛かろうと関係ない。部下たちの活躍が楽しみな反面、自身が暴れられる解放感がたまらなく気持ちいい。


〔ミリシュミット〕の発展機として開発された〔ミリィフロップ〕十八機とハンスの〔バーカム〕、そして、真っ赤な燕華(イェンファ)の〔ミリシュミット〕改造機。


『地球平和軍』だけが新型を開発してるのではない。『新人類軍』とて、この二か月間無益な時間をすごしているはずもないのだ。


「後は、おもしろい奴がいればそれでいい。それだけで、あたしは満足さね」


 燕華(イェンファ)はひとりつぶやいて、新たな好敵手が現れることを願う。


 望まぬ決着をつけたあの〔ファークス〕とはもう戦えない。その欲求不満をぶちまけないことには、収まりが利かないのだ。


 ハンスは宙に浮く酔狂な人を見て、何かよくない予感がした。


「今回の作戦内容を、忘れてなきゃいいんだが……」

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