~揺蕩い~ 巨漢との遭遇
「レミントン中佐、施設内に突入した部隊より入電。制圧完了、敵の全滅を確認、です」
「負傷者の数は?」
「はい。二〇名の怪我人が出ているとの報告です」
〔リヴァイン〕艦橋の艦長席に座るレミントン・バーグは、ふむと顎に手を添えて内容を吟味する。
艦橋の構造はシンプルに一段構造で、艦長席が舞台のように高い位置にある。レミントンの位置から、艦橋クルーたちの様子が一望でき、さらに報告も受話器を使わず、迅速になっている。もともと輸送船だったために、大がかりな設定が必要なかったのもある。
そして、この戦いの最高司令官の座から降ろされたレミントンはこうして、〔リヴァイン〕の艦長をすることになっている。
「怪我人の収容を急がせろ。それと、敵の捕虜だが……」
「中佐、それが、敵は一人残らず射殺されまして……」
「何?」
こればかりには、レミントンも目を見張って通信士を睨んだ。
敵の捕虜が一人も出なかった。いや、殲滅するほどの状況がどうして起こったのかが、わからないのだ。
「アームウェアの残存も確認できないというのに、現場は何と言っている?」
「はい。最後の一兵まで抵抗し、負傷した兵は自害。まるで、カミカゼだとの報告があります」
「そこまでして守る価値が、あの施設にあるというのか……」
「なお、味方捕虜、数名を保護したとの報告も寄せられております」
レミントンは艦橋を囲むように映し出されたモニタを眺めて、いまだ警戒態勢を維持する〔AW〕部隊の動きを見た。
正直、念押しの警備なので緊迫感はないのだが、最後の一兵になるまで抵抗したとあれば、すぐにも増援が来るかもしれない。
「ここを離れる準備は、した方がいいのだろうか……」
そうつぶやいて、肘掛の受話器を取り、観測班に繋げた。
「観測班。敵影は確認できるか」
『いえ、現在はとくには……。何か、ありましたか?』
「すまないが、しばらく観測を続けてくれ。敵の増援の可能性が浮上してきている」
『了解。しかし、何だってまた?』
「今は任務に専念しろ」
レミントンは冷淡に言って、受話器を置いた。
それだけで、艦橋クルーは彼の威圧感が空気を圧縮しているような息苦しさを味わった。上官として尊敬できる人物であるが、こうして間近にいられると緊張してしまう。
すると、艦橋クルーたちの視線を感じ取ったのか、レミントンが片眉を上げた。
「何をしている? 港につけさせろ。デカイ分、慎重にな」
「りょ、了解……」
艦橋クルーたちは慌てて答えて、作業に戻ろる。
〔リヴァイン〕は太陽光発電施設に接舷する針路を取り出す。円盤型のソーラーパネルが輝き、居場所を知らせてくれる。そこには、数機も〔AW〕の影がちらつき護衛任務を続行しているのが窺える。
「敵は一体、何を考えている……」
レミントンは静かに言って、目の前に浮かぶ施設を睨んだ。
「これで、最後だ……」
そういって、死体をシーツで包んだ担架を二人の軍人が運んで行った。
「ああいう死に方って、なんていうか。嫌……」
担架が運ばれていくのを横目にして、彩子がつぶやいた。
頭の中で、胴体に何発もの弾丸を喰らって血の泡を吹いて死んだ男の顔が呼び起される。死体の片づけを命じられてきたとはいえ、やはり心臓を潰す生理的な気持ち悪さが蘇ってくる。
近くにいる樹も音も陰惨な顔で、細い廊下を眺める。そこは銃撃戦があったらしく、銃痕がいたるところに刻まれ、血糊もわずかながらに残っている。照明の一部も破壊されて、ほの暗い印象を与える。最初に踏み入れたときは、血なのか肉片なのかが、浮かんでおり、樹たちはこみ上げてくるものを抑え込むので必死だった。
三人はヘルメットの保持を気にしながら、港の方へと足を蹴りだす。気怠い体が浮かび、惰性で宙を流れていく。こんな重心も反動も受けてしまう空間での銃撃戦は、想像以上に困難を極めただろう。
「銃撃戦だもの。月で見たときと同じ、あの臭いもしたし」
まだ残留している血の臭い。鼻を貫くような刺激はほとんど消えているが、どうしても脳裏にこびりついて離れない。
「元は味方だったんでしょう? それが殺し合うって、異常よ」
「最初から、そういう戦争だから。わたしたちは部外者だから、異常とか狂ってるって言えるの」
二人の話を耳にしながら、髪を結わえた音はパイロットスーツの手袋にこびりついた血を見た。先の死体の血だ。固まった血は指先をこすり合わせただけで、ぱらぱらと粉末になって飛んだ。
すると、後ろから雑多な声が聞こえてくる。
「何? 何、かな?」
振り返る音の声につられて、樹と彩子も一度壁に手をついて停止。音が二人にぶつかって、止まる。
「ちょっとっ」
「ごめん、彩子」
「二人とも、誰か来るよ」
すると、ぞろぞろと人が流れてくるのが見えてきた。先導する二人のパイロットスーツの男のほかは、囚人服を身にまとった人々に見えた。やつれた顔だったが一様に安堵に満ちている。
「助かた、人たち?」
「みたいね」
樹たちはひそひそ話をし、道を開けて敬礼する。
流れていく人々はこの場に不釣り合いな小さな少女たちを見て、何かの間違いか、と首をかしげるなり、互いに内緒話をしている。
樹たちも晒し者にされたような気恥ずかしさを覚え、頬を紅潮させながらも、敬礼だけはとかなかった。自分たちが軍人であるのなら、帰還した先兵たちに敬意を評するのは当然だろうと。
と、一人の男が列を離れて、樹たちに寄った。
「もしかして、リーンとコフィンが言ってた、三人娘ってお前らか?」
「はい? ぐんそ――――、曹長と准尉でしたら存してますけど」
樹が自分たちを覆い隠すようにして立つ巨漢を見上げる。色黒の肌と短い黒髪。野性的な外見が、無意識のうちに三人を警戒させる。
「おい、そこっ! 何してる?」
「いいじゃないかよっ! 少し遅れるくらいよ」
最後尾で列を監視していたパイロットスーツの男が、巨漢の男を見るなり、呆れたように息を吐いた。その変わらないな、といった信頼しきった息遣いに巨漢の男も白い歯を見せて笑った。
「ほどほどに、な。お前さんにはいろいろと聞かなきゃ、ならないことがある」
「わーってるよ。少し話すだけだ」
パイロットスーツの男は彼の背中を軽く叩いて、列の監視に戻っていった。
樹たちは列を目で送って、敬礼を解いた。が、熊を眼前にしているような圧迫感と緊張感に身を寄せ合う。
「ハハハッ。怖がるなよ。あいつらから、いろいろと聞いてな」
「あ、そそ、そうなんですか? あはは……」
彩子が愛想笑いを浮かべる中、音は樹に引っ付いて顔を隠している。本当に怖いらしく、小刻みに震えていた。
「ところで、お名前は?」
「おっと、そうだったな。ムッサだ、ムッサ・ムーデック」
巨漢の男、ムッサは不器用な笑みを浮かべると、手を差し伸べる。
樹はそのグローブのような手と厳つい顔を見比べる。
「ああ、血とか手袋くらい気にするな。死体の片づけは、新兵のころに俺だってやらされた」
「は、はぁ……」
樹は手を差し伸べて彼の手をもう一度見て、失礼のないよう手をこすり合わせて固まった血を落とした。それから、血がほとんどないのを確認して握手を交わす。ぐっと力強く握られた。パイロットスーツの手袋をした状態だというのに、彼女の手の方が一回りほども小さい。
乱暴ではないが、加減のない力が伝わってくる。
「それで、ムーデックさん。あ、あたしたちに、何の御用でしょうか?」
続いて彩子が握手を交わしながら問うた。
すると、ムッサは肩を竦める。何かを思い出したのか、口元が緩んで見える。
「いやね。ここ二か月、何があったのか知りたくてね」
「なら、そーちょーに聞く?」
「あいつもあいつで、いろいろ立て込んでるらしくてよ。コフィンの方もなんか元気ねぇしで、戦況が一切わからないんだよ」
音との握手を終えると、ムッサは壁を押して体を向かいの壁にある手すりに寄りかかった。手慣れた動作には危なっかしさはなく、熟達した腕を感じられた。
樹たちはそこで、彼の全体像をとらえることができた。筋骨隆々の容姿が床から浮いているのには目を見張ったが、それ以上に彼の右足が異様に細く見える。囚人服のズボンの裾からちらりと光るものが見えた。
その視線に気づいて、ムッサが言う。
「ああ。こいつぁ、ちょいと訳ありでな。義足なんだ」
「ぎそく?」
「人工の足。私の目と、同じ……?」
樹は首をかしげる音に言いながら、右目の眼帯を抑えた。ほんのりと残った血のカスが目の前に飛んだ。
ムッサは右足に鞭打つように叩いて、また不器用な笑みを浮かべる。
「この通り、痛みもなくてね。で? 最近はどうなんだよ?」
「ああ、えっと……。あたしたち、ついこの間まで地球にいまして、現状はわからないんですよ」
「ほぉ…………、そうだったか。いや、それならそれで、気にすることはない。他を当たらせてもらう」
言って、ムッサがその場を去ろうとする。
「……あのっ」
「ん? 何だ?」
呼び止められて、ムッサは体を押し出すのをやめて音を見た。
音は睨まれているような気がして、咄嗟に樹の影に隠れた。
「コラッ。呼び止めておいて」
「え、えと、コフィンさん、元気、ない。ほんと?」
「ああ、そうだな……。そういう風に見えた。コフィンが元気ねぇと何か都合が悪いのか?」
ムッサは思い出すように天井を見て言う。
樹と彩子、音は顔を合わせてひそひそと話す。
「やっぱり、恋煩い?」
「変にあたしたちが詮索したから、かしら? だったら、悪いことしたわよね?」
「おえん、する。それしかない」
ムッサは彼女たちの内緒話にそば耳を立てて、なるほどと頷いた。特に驚きなどはせず、そういうこともあると言ったドライな受け止め方をしていた。
樹たちはすぐに、ムッサに向き直って朗らかな笑みを見せる。
「いえ。こちらの問題で……。そうだ! 以前の曹長と准尉ってどうでした?」
その質問に、ムッサは今一度手すりに体を預ける。それから、天井を見上げたまま唸った。長い時間がたったためか、どうにも記憶を探るのに時間がかかってしまう。
樹たちは興味津々といったようすで、体を傾ける。
そして、やきもきするような時間が過ぎて、ムッサはゆっくりと樹たちの方を向いた。
ぐっと樹たちも体を前のめりなる。
「特に……、何もなかったな」
その一言に、樹たちは手すりから手を滑らせて、宙で一回転する。何か自分たちが知り合う以前から、意識しているのではないかと期待してしまった。
「結局、同僚って感じだったな。つーか、リーンは優等生だからな。あんまし、本心を出す方じゃねぇんだろ。わかんねぇけど」
ムッサの言い方には実直な感想が混じっており、しかし、樹たちには理解しがたいものだった。
手すりを掴んで、逆さまの状態になりつつ、樹たちが言った。
「あれで、優等生?」
「乱暴だし、無関心そうなのが?」
「むずむず?」
三人の表情は一様に険しいもので、ムッサの語るリーン・セルムットの印象とはかけ離れているような気がした。
ムッサは逆さまの樹たちに手首を振る。
「優等生さ。女に手を出さない。仕事に生真面目。だから、そういう話を聞けたのはおもしろかったよ」
「そういえば、そうなるけどですね。曹長も、現状ってものを考えてると思うんですよ」
「なるほど、目先のことにとらわれやすいか……。いい観察眼をしてるよ、まったく」
樹たちは上下感覚を整えるように、体を起こしながら、ムッサが去っていくのを見送った。
照明の明るい通路を進んでいく黒い巨漢の影が、小さく床に落ちていた。




