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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十二章
94/152

~Σ/シグマ~ 愛を探って

「コフィンさんっ!」


 (おと)は宙に浮くコフィンに抱き着いて、再会の抱擁をする。


 コフィンも満面の笑みを浮かべる(おと)をぎゅっと抱きしめた。実に二か月ぶりだ。月日が経つのは早いと思う。


 それから、ゆっくりと体を離して、姪っ子の成長を計るように顔を上下させる。


「ウタノさん、お久しぶりです。ちょっと見ない間に、まぁ、大きくなりまして……」

「そう? (おと)って背、伸びたかしら? どう思う、(いつき)?」

「胸の大きさじゃない?」

「ま、まさかぁ……」


 彩子(あやこ)(いつき)の淡々として物言いに、顔を歪ませる。


『ターミナル02』の停泊モジュールについて間もなくのことだ。無重力状態の閑散としたゲート前控室で、(いつき)たちは、コフィン・コフィンとリーン・セルムットと顔を合わせることができた。


 リーンは小隊長の男に付き従って、この場を後にしたがまた顔を出すことだろう。


 それまでは、(いつき)たちも入場許可がおりるまで、ここで待つことにしたのだ。


 (いつき)彩子(あやこ)は上下左右のない、久々の無重力に軽く酔い気味で、備え付けてあるバーに腰をおろし、床に足を固定させる。


 すると、コフィンが(おと)を抱きかかえたまま、二人の前に流れてくる。まるで、子供をだっこするお母さんのように、優しく(おと)の体を支えていた。


「お二人も、お元気そうで何よりです」

「ええ。無事に〔アル〕の修理もできましたし、これからまたよろしくお願いします」

「そういえば、なんで(シグマ)なんてつけたの?」


 彩子(あやこ)が横槍を入れて、(いつき)は仕方ないと肩を竦めて見せた。


 その反応には、彩子(あやこ)もむっと口元を尖らせる。


「単純に一号機のムリブの頭文字のMと二号機のワズンの頭文字、Wの間を取ったら、記号の(シグマ)みたいになったから」

「そんな理由だけ?」

「まさか。他にも(シグマ)記号は総和の意味もあって、〔アル+1(プラスワン)〕の完成形ってことよ」


 そして、(いつき)たち操縦者の技能の和でもある。


 彩子(あやこ)はそこで感嘆の声を上げて、手を打った。


「まともっぽい理由だわ」

「ネーミングなんてこんなものよ。そう思いません、コフィンさん?」

 

 (いつき)は微笑むコフィンに言って、真剣な眼差しを向けた。


 コフィンはぎゅっとしがみつく(おと)の髪を撫でながら、ゆっくりとバーに腰掛ける。ちょうど、(おと)を膝の上に座らせる形だ。彼女の息遣いが、耳元にかかる。甘い、安らかな息は、とても懐かしいものだった。


「なんだか、ロマンチックな名前だと思いますよ。しかし、これから同じ部隊に配属されるかまではわかりません…………。もう、あなたたちの機体は完成してるわけですから、もしかしたら特殊チームになるかもしれませんよ?」

「そんなこと、ないわよ」


 彩子(あやこ)がニカッと笑った。


「どう考えたって、実力不足。あたしらみたいなのって、厄介者扱いでしょうし。でも、コフィンさんと、軍曹とかは違うでしょう?」

 

 彩子(あやこ)は隣で軽く目頭を押さえる(いつき)の方を向いた。


「そうね……。あの隊長の男とかいっぱいのところは、嫌だ」


 きっぱりと言う(いつき)に、彩子(あやこ)もコフィンも思わず吹き出してしまった。


 確かに、偉そうに指図してばかりの軍人がいる場所は、息が詰まってしまいそうだ。『地球平和軍』の内部には、まだまだ偏見と陰険な差別があることを実感させられる。


 コフィンは口元に軽く手を添えながら、(いつき)彩子(あやこ)を見た。


「そうそう。リーンさんね、曹長になりましたよ」

「それって偉いんですか?」


 彩子(あやこ)は首をかしげて、即座に問うた。


 それには、コフィンも目を丸くし、(いつき)に至っては深々と息を吐いた。


「な、何よ。曹長って、どう偉いの? 企業的例えるとどうなのよ?」


 彩子(あやこ)は二人の反応に、恥ずかしくなってまくし立てる。

 

「例えて、あなたわかるの?」

「…………。わからない、と思う」


 (いつき)の冷静な意見に、彩子(あやこ)は視線を逸らす。


「な、なんといいますか。一応、下士官の最上階級ですから、とても努力なさったんですよ」

「でも、コフィンさんの方が上なんでしたっけ?」

「准尉だもの、当然でしょう。変な話、セルムット曹長は出世街道のお先真っ暗」

「どういうことよ?」

「下士官から士官に上がるのって、大変なんだって」


 彩子(あやこ)はわかったような、わからないような適当な返事をして、コフィンを見た。


「努力家な人が好きなんですね?」

「えっ! あ、いや、そ、それだけじゃなくてですね……」

「それだけじゃない? 図星なんだ」


 慌てふためくコフィンに、彩子(あやこ)が悪戯な笑みを浮かべる。


 以前から互いに意識していたのを知っている彩子(あやこ)たちから言わせれば、そろそろ進展があってもいいころではないか、と思っていたものだ。


 赤面するコフィンは目元を伏せて、うとうと微睡む(おと)を思わず抱きしめた。


 心の奥がざわめく。想い人がいながら、いつまでも胸の奥に仕舞いこまれている言葉が急に熱を帯びて、身を焦がす。同時に、伝えたとき、彼がどんな反応をするのだろうかと不安に息が詰まる。


 今がそういう色恋沙汰をしている場合ではないと思う。自制的な言い訳ばかりが、コフィン自身を悩みの淵に追い込んでしまう。


「うぅ……。コフィンさん、苦し」

「ああっ。ご、ごめんなさいっ」


 目を覚ました(おと)を解放するコフィン。


 (おと)は宙で一回転すると、向かい側のバーに足を引っ掛けて、浮遊する。まだ眠気が抜けきっておらず、大あくびをする。


「恋煩いも、いいけど。場合が場合だし、はっきり言うべきじゃありませんか?」

(いつき)みたく、きっぱり言えれば苦労しないのよ」


 (いつき)の意見に、彩子(あやこ)が呆れ口調で言った。


「でも、死んでからじゃ遅いでしょう?」

「そういう、ものですけど……」

「先生のことだってあったし、人間、いつ死ぬかわからないですよ」


 厳しいようだが、現実的な意見だ。


 どう考えても、このままため込んでいても、コフィンのためにならない。恋愛経験のない(いつき)にしてみれば、野暮なアドバイスなのかもしれない。ヤッシュ・カルマゾフのこともあって、本当に異性を愛することの辛さ、喜びはわからないから、うらやましくもある。


 コフィンはしばらく唸って、自分の胸に手を当てた。高鳴る鼓動が伝わる。この気持に嘘がない、と照明するように叫んでいる。


 もし、頭でこの気持を否定しても、きっと心は叫び続けるだろう。


「そう……、なってほしくありません。死んでしまうとか、そういうの。わたし、恋愛ってわからなくて、どうすれば、恋人になれるのかもわかりませんし……」

「そんなの、誰だってそうですよ」


 彩子(あやこ)はコフィンの顔を覗き込んでいう。

 

「あうぅ……、(おと)には、難し?」

「出会いなさそうだもの」


 (いつき)がきっぱりと言った。


 それには、(おと)も頬を膨らませて、彼女を睨んだ。確かにそうだが、可能性云々ではなく、恋愛しないよね、といったニュアンスが含まれてる気がして、何となく腹立たしい。


 何となく、という引っ掛かりを持っていてはまだまだ先の話になりそうだが。


 コフィンは顔を上げて、今一彩子(あやこ)の顔を見た。明るい表情には、不安を見せない強さがあって、瞳は輝きを持って意志を宿している。


「自分で決めるってこと、大切だと思いますよ? たとえ、望まない結果になっても」


 彩子(あやこ)はまたニカッと笑って見せる。

 

 自分で選んだ道。後悔も、喜びも、苦しみも、希望も、全部ひっくるめて、皆守(みなもり)彩子(あやこ)を強くしてくれた。最悪の結果だったしても、他人に頼った道ではないのだ。そこから這い上がるために、彼女はここにいる。


 ここで、みんなと戦うと決めたのだ。


 コフィンはそれでも、どこか踏ん切りがつかない様子で眉をひそめる。


「だから、怖いんですよ。だったら、今のままがいいかな、と」

「ふぅん。コフィンさんは、曹長さんとどうなりたいんですか?」

「え? どうなりたい、ですか?」


 つまらなそうに見たいた(いつき)の言葉に、コフィンは目を見開いた。


「単純に一緒にいたいだけなら、このままでもいいかもだけど。それ以上の、何かが欲しいんですよね?」

「物欲的な言い回しですね。確かに、一緒にいられれば、幸せですから。それが、一番です」

「それじゃ、その一番をものにすればいいんですよ」

「はい?」

(いつき)、その発想は怖いものを感じるわ」


 彩子(あやこ)(いつき)の実力的で捕縛的な意見に、賛同できない。


 しかし、コフィンは口を半開きにして無表情の(いつき)を見ていた。まるで、底に答えが眠っている感じているかのように。


 (おと)も興味津々といった様子で眺めている。


「一緒にいる時間を延ばすにはどうすればいいか? それはもう、同居しかないでしょう?」

「話がぶっ飛んでるわよ!」

「い、一緒に暮らすんですか? け、結婚とかもなしに?」

「こっちは同棲って発想がなかった!」


 彩子(あやこ)はこれが、お嬢様な方たちの思考かと思うと、ついていける気がしなかった。


 (いつき)は実力でのし上がった行動派令嬢。


 方や、コフィンは大切に育てられてきた箱入り令嬢。


 常識一般の観点からでは、確かに物差しが違うのかもしれない。


「あたし、道化もいいところじゃない……」

彩子(あやこ)、元気、出す」


 満面の笑みを浮かべて、彩子(あやこ)の前に立った(おと)はぽんと彼女の肩に手を置いた。


 その慰めは肩に重くのしかかった。


「で、でも、そういうのは婚約した人同士に許されることで……。間違いがあっては……」

「なるほど。プラトニックな恋愛をしたい、と?」

「…………」


 コフィンは年下の少女に問われて、気恥ずかしさに口元を隠し、視線を逸らした。

 

 どう答えてよいものだろうか。一応、思春期の女の子。多感な時期ではあるし、控えた方がいいのだろうか。そもそも、経験を伴っていない自分がどうこういうのはどうなんだろうか。


 悶々と思考を巡らせていると、通路に続くドアが開いた。


「待たせたな。入場許可が――――、って何してんだ?」


 入場許可を伝えに来たリーン・セルムットがゲート前控室の異様な空気を察して、訝しんだ顔をする。


 全員がリーンに顔を向ける。(いつき)は無表情を、彩子(あやこ)(おと)はつまらなそうな顔を、そして、コフィンは真っ赤な顔を。


 リーンは状況が理解できず、入室を控えた。


「一応、ここの責任者がおよびだから、お前ら、出頭しろよ。准尉は――」

「は、はいっ!」


 肩を跳ね上げて、コフィンが返答する。三つ編みもぴょこんと跳ねた。


 リーンはさらに不安そうな顔を浮かべる。何か、よからぬことを吹き込まれたのではないか、と(いつき)たちを一瞥する。


「……。准尉は、『ガーデン1』の技研に機体のデータ転送のことです」

「りょ、了解です」


 その力んだ口調に、(いつき)たちも不安な表情を浮かべる。


「もう、後戻りはできない感じだけど、大丈夫なわけ?」

「むしろ、ほら、慣用句にもあるでしょう? 背水の陣。追い込んでこそ、発揮される力もある」

「コフィンさん、恋、する?」


 (いつき)たちは顔を近づけて、日本語で密談する。


 とはいえ、やはり恋愛経験のない者同士、恋の行く末は全く予想がつかない。横から見ているぶん、気持ちは楽だが、コフィンにしてみれば、今の気持ちを抑え込んでおくのは難しいだろう。


 そして、その相手はそういう素振りを見せもしない。


 大丈夫かな、と(いつき)たちは改めてコフィンとリーンを見比べた。




 夜の病院は静かで、ナースステーションしか明かりが灯っていなかった。


 夏のうだるような日差しを失った廊下は暗く冷たい。ひんやりとした空気が体を包み込む。スリッパの鳴る音が闇の中に吸い込まれていくのを聞くと、足を今にも止めてしまいそうだ。


 宇宙もこれくらいくらいのだろうか、と結喜(ゆき)・ジャンクロフォードは思った。ロケットの打ち上げが成功を聞いて、気持ちはどこか落ち着かず、そわそわしていた。


 というのも、結喜(ゆき)は看護師から電話があると言われたからだ。その相手が誰かは想像するのは容易く、自分の中の小さな恐怖心を押さえつける必要があった。


 彼女は三角巾で折れた右腕をつるして、ナースステーションまで来た。


「アーノルド・ジャンクロフォードさんからですよ」

「ありがとうございます」


 結喜(ゆき)は受付に座るベテランの看護師から受話器を受け取って、耳に当てた。


「もしもし?」

『俺だ。その後の経過はどうか?』


 しわがれた英語が聞こえて、結喜(ゆき)は相変わらずだなぁと肩を竦めた。


「ええ。あなたが連絡してくれたおかげで良好よ。でも、固定された腕はちょっとかゆいかも」

『……そうか。問題ないなら、いい』

「フフフ……」

『何がおかしい?』


 結喜(ゆき)は柔らかい笑みを浮かべて、滑らかな英語を話す。


「あの子に似てるなって思って」

(いつき)のことか? ならば、縁は切った。奴がそれを望んだ』


 その言葉は初耳で、結喜(ゆき)は目を見開いた。


 それは(いつき)が絶縁状を叩きつけたことではなく、アーノルドがそれを認めたことだった。


「以外。あなたはそういうの、嫌いとばかり思ってた」

『あれは好き勝手し過ぎだ。今も、宇宙にいるのだろう』

「あの子が選んだ大切な道だから。わたしは止めりしなかった。あなたは、どうだったの?』


 アーノルドの言いよどむ声が聞こえた。


 病院の静けさに、背筋に悪寒が走る。ナースステーションの明かりだけという異様さに、恐怖心も沸き立ってくる。


 たっぷりの時間を経て、アーノルドは重い息を吐き出した。


『どうということはない。どうせ、結果を残してくるだろうからな。いい宣伝になる』

「フフッ。そういう素直じゃないところは、あの子、似ちゃったのね」

『下らん』

「あら、そう? (いつき)はずっとわたしのこと恨んでるものだと思ったから、当然の反応だと思ったけど? 右目をダメにしちゃったから」


 受話器を握る手に力がこもる。


 (いつき)と離れ離れになってしまった理由。結喜(ゆき)が公園の遊具で遊ぶ(いつき)から少し目を放したほんの一瞬のことだ。(いつき)は遊具から転落してしまい、運悪くボルトに右目をめり込ませてしまった。そのことが原因で、失明。痛い思いをさせた上に右目まで失ってしまった娘に、結喜(ゆき)は当初、後悔の念で一杯だった。


 アーノルドはその一部始終を部下から聞いていたため、特に驚きの息遣いはなかった。


『恨まれていたのは、俺の方だ。その右目を直そうとしたばかりにな』

「そういう気持ちがあるから、わたしは心の底からあなたを恨んだりできないの。ちょっとズルいと思わない?」

『フンッ。こうして、お前が馴れ馴れしく話すようになったのことには、心底不快だがな』

「そう。でも、いいじゃない? こうして、あなたの本心も聞けたから」

『…………女とは、つくづくわからん』

「それはどうも」


 そして、がちゃりと通話が切れる音がなった。


 結喜(ゆき)は受話器を耳元からゆっくり離して、大きく息を吐いた。

 一応、物語の折り返しくらいです。タイトルが∑ですけど……。


 ですが、物語は続いていきます。ぐだる部分が目立ちますが、お付き合いのほどよろしくお願いします。


 またご意見、ご感想もお待ちしおります。こちらもよろしくお願いします。

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