~Σ/シグマ~ 再会の宇宙
重力の力は、絶えず機体を捉えて離さない。
低軌道上で繰り広げられる戦闘には、操縦者に対して余計な心配ごとを頭にたたきつける。それも、冷静な判断を下させるならばの話で、実際は感情の高ぶりが起こす恍惚感が判断を鈍らせていた。
現に戦闘を引き起こした〔バーミリア〕二機は、地球へとどんどん降下しているのが窺えた。二機の〔ミリシュミット〕を追ってのことだ。
「クソッ。引き寄せられているのか?」
リーンは〔バーカム〕を一気に上昇させると、纏わりついてくる〔ミリシュミット〕通常装備に牽制射撃を加える。大まかな高度測定は徐々に上がっているも、微弱で粘っこい力がまとわりついているのはその上げ調子を見ればわかることだ。
下方にとられた〔ミリシュミット〕通常装備だが、牽制射撃を回避して見せる。まだまだ余裕だぞ、と言わんばかりに〔バーカム〕の足元、視界の悪い部分を旋回する。
〔ミリシュミット〕は構造上、宇宙専用機。脚部をオミットして得た強力なスラスターが、限界高度を引き延ばしているのだ。もし、〔ファークス〕や〔ギリガ〕が不用意に接近すれば、たちまち大気の網に引っ掛かり、落下する運命から逃れられないだろう。
「接近戦をさせないつもりだ……。っく!」
〔バーカム〕は背後から襲ってきた青白い弾丸を身を捻らせて、避けるものその衝撃はリーンにまで届いた。通常装備の方に注意が向いている隙をついてきたのだ。
「あいつらの送ってきたデータのおかげか……」
リーンはオートで作動した回避パターンに感心しつつ、遅れてきた冷や汗にぞっとする。もし、この回避パターン、地球から樹たちが送ってきた〔アル〕の戦闘データがなければ、どこかしら大きな損傷を追っていただろう。
「曹長っ。ご無事ですか!?」
コフィンの操る〔ギリガ〕電子戦装備が、軽機関砲を断続的に撃って敵を後方へ追いやっていき、〔バーカム〕の背中へと回り込んだ。ダダダン、ダダダン……、一定のリズムで射撃し、その都度〔ギリガ〕電子戦装備は各スラスターでバランスを保ち、移動をしているのだ。
二機の〔ミリシュミット〕は一度合流すると、軽機関砲の牽制に思うように動けなくなった。三次元軌道を、抑え込むコフィンの采配は的確に、敵の攻撃リズムを崩している。
「准尉。助かりましたっ」
「いいえ。それよりも、コンテナを持った二機が現宙域から離脱していきます。このままだと……」
「敵に勝ち逃げされちまう……」
リーンは〔ミリシュミット〕二機からの攻撃を〔バーカム〕に回避させながら、吶喊の機会を窺う。
地球の頭上を過ぎ去って、足元へ映っていくのを見送ると、上下の間隔を思い起こさせる。宇宙に上がる前の疑似無重力の訓練を思い起こさせる。
〔バーカム〕は回転しつつ、そこで、地球側へと針路を取らされた〔ミリシュミット〕通常装備を捉えた。僚機とは別軌道。挟み撃ちにする算段だとすぐにわかった。
「通常装備に、仕掛けるっ。」
「どうぞです!」
コフィンは〔ギリガ〕電子戦装備の射撃目標を〔ミリシュミット〕電子戦装備に固定すると、〔バーカム〕から距離を取った。牽制弾幕を張りつつ、地球を背にして、横に滑るように飛んでいく。
敵の〔ギリガ〕電子戦装備は軽機関砲の弾幕に圧倒され、不用意に近づくことができない。
しかし、〔ギリガ〕電子戦装備は軽機関砲の反動に徐々に押されて、地球へと後退していく。くぐもった音が操縦席に響き、各スラスターが痙攣するかのように、噴射を繰り返す。
一方で、リーンの〔バーカム〕は〔ギリガ〕電子戦装備に背を預けると、まっすぐに〔ミリシュミット〕通常装備に吶喊する。
爆発したように火を噴くメイン・スラスターが、操縦者であるリーンの体をシートに押さえつけようとする。その負荷にリーンは屈せず、力を込めて前のめりになる。
敵からの砲撃。レールカノンの野太い閃光が横間を通り過ぎ、残光を焼き付ける。それでも、〔バーカム〕はまっすぐに、ただまっすぐに向かっていく。
回避はしない。すでに、距離は縮まっているのだから。
「――――っ」
リーンは機体を捻らせて、回転脚を〔ミリシュミット〕通常装備にお見舞いする。遠心力と速度、加えて地球の重力だ。その破壊力は壮絶なもので、〔ミリシュミット〕通常装備はスーパーボールのように弾んで地球へと高速で墜ちていく。
吹き飛ばさた〔ミリシュミット〕通常装備は頭部が落ち、減速することなく地球の夜へと落ちていく。ほどなく大気摩擦で敵機体表面が赤く熱せられ、真っ暗な闇の中で流星のような光が流れた。それが小さくなるよりもは早く、ぽっと光りが膨脹した。摩擦熱に耐えられず、爆発したのだ。
「……っ」
撃破した〔ミリシュミット〕通常装備を踏み台にしていた〔バーカム〕は、サブマシンガンで〔ギリガ〕電子戦装備の支援に入っていた。
リーンはそのおぞましい最後をサブ・モニタで見て、背筋が凍った。人間が地球に対して、どれだけ無力なのかを知ると同時に、地球へ叩き落とした自身のやり方を悔いた。
だが、彼の手は休まず〔バーカム〕を操り、軽機関砲のリロードをするコフィンの〔ギリガ〕電子戦装備を守る。
「ありがとうございます」
「一機、撃破した。このまま、押し切るぞ」
「はいっ」
〔ミリシュミット〕電子戦装備は、すぐにも加わってきた〔バーカム〕の射撃に、応戦しつつ後退をし始めていた。
分の悪い勝負だ、と判断したのだ。
その証拠に、応戦するガトリング砲の照準は甘く、リーンたちをかく乱する射線だ。これによって、〔バーカム〕と〔ギリガ〕電子戦装備の動きが鈍くなる。
「野郎、撤退する」
「追いかけますか?」
リーンは射撃をやめ、〔バーカム〕にまばらに飛んできたガトリング砲弾を軽々と回避させる。
〔ギリガ〕電子戦装備も、同じく回避運動を取って、軽機関砲の狙いを遠ざかっていくノズル光から離した。
「いや、やめときましょう。それよりも、もう二機の方です。隊長たちは?」
リーンは機体を反転させて、もう一度巨大な地球を前面に捉えた。高度は危険値ではないが、巨大な地球を前にしては、宇宙の暗闇とは違う圧迫感と吸い込まれそうな気分が押し寄せてくる。宇宙が無機質で、無慈悲な感触をするなら、地球の大きさというのは荘厳にして、慈愛的な温かみに引かれる感触だ。
コフィンもまた〔ギリガ〕電子戦装備を反転させて、味方機の索敵に当たる。すると、地球の夜の中で、三つの光の尾が伸びる。遠い。おそらく、限界高度ぎりぎりで戦っているのだろう。
「セルムット曹長。右下の方に……」
「了解、確認しました。行きますか?」
それは、〔ギリガ〕電子戦装備の推進力を気にしての配慮だった。
コフィンはすぐに、声を張って機体に軽機関砲を構えさせる。
「大丈夫です。行きますっ」
「おうっ」
リーンの覇気のこもった声。
〔バーカム〕はそれを受けて、ノズル光のする方へと加速、その後ろをコフィンの機体が追随する。
「クソッ。このままでは――――」
〔バーミリア〕通常装備を操る隊長は、苦戦を強いられていた。味方である副隊長機が撃墜されてしまったからだ。
彼は敵の術中に嵌ったことを、防戦するなかで悟った。時に恐怖心が客観的な見方を運んでくれるものだ。そうした視点で見たとき、自機が地球へ追いやられていることに気付くのに、さして時間はいらなかった。
何とか高度を上げようとする〔バーミリア〕通常装備に対して、〔ミリシュミット〕バディはその頭を押さえ、徐々に包囲陣を縮めていく。電子戦装備が頭を、通常装備が追いかけてる形だ。
隊長は悪酔いがさめたように、しかし、状況を整理するが、敵の包囲陣を突破する方法は思いつかない。
瞬間、背後からレールガンが放たれ機体を掠めた。続いて、側面からガトリング砲が襲い掛かり、高度を落として回避していく。
「クソが、クソがぁああっ!」
絶望にとらわれ、一人絶叫する隊長。
〔バーミリア〕通常装備は手にしているロングバレル・レールガンを〔ミリシュミット〕電子戦装備に向けて、発砲。
しかし、その闇雲な狙いと馴染んでいない武器なだけに見当違いの射線を描いた。
「このポンコツがっ! 当てろよ!」
新型機の性能が悪いのだ、と彼は自分勝手な言い分を叫んだ。
そして、運に見放されたのか、機体に見放されたのか。
背後の〔ミリシュミット〕通常装備が放ったレールガンが、〔バーミリア〕通常装備のバックパックを掠った。たったそれだけで、〔バーミリア〕の推進装置が誤作動を起こし、止まってしまう。レールガンの纏うプラズマが、装置の一部を焼き焦がしたのだ。
警報の怒号が操縦席に木霊する。
「嘘だろっ!? こんなところで……」
隊長は損害報告に目を通し、復旧に努めるが、〔バーミリア〕通常装備はサブ・スラスターで健気に高度を上げようともがくばかり。しかも、惰性で流れていく機体は間違いなく、地球に引かれていた。
操縦席にかすかな微振動が伝わり、それが損傷によるものだけではないとすぐにわかった。
〔ミリシュミット〕バディは動きがおかしくなった〔バーミリア〕通常装備に狙いを定め、とどめを刺そうとする。
その時、まばゆい光が宇宙を走った。本物の流星ではないかと言わんばかりの閃光。〔ミリシュミット〕通常装備の背後からだ。
〔ミリシュミット〕バディは驚いたように一度高度を上げて、合流。光の飛んできた方向にメイン・カメラを向けた。
まだ小さいが、大きな物体が接近しているのが見える。
太陽と地球の朝を連れてくるように、それは六つの花弁を広げて、加速した。光の花びらが宙に舞う。
〔ミリシュミット〕バディはそれを危険と判断したらしく、すぐにも撤退に入った。賢明な判断。そもそも、コンテナ輸送が終わるまでの時間稼ぎだ。上々の結果と言えるものだし、敵の新型がどれほどのものかも計れたので、加点できるだろう。
そして、高速で接近する機体〔アル∑〕は新調したビーム・ライフルを両腕部に保持しながら、高度を上げていく。追随するか迷うような動きだ。
「撤退してく? なら……、いいか」
樹はそうつぶやいて、〔アル∑〕を停止させた。
「敵はあれで最後だったみたいね。いきなり、戦闘ってわけにはいかないわ」
「疲れたぁ」
彩子と音が心からほっとする。宇宙に出てきて、すぐ戦闘では体力が持たない。
それから、すぐに味方の識別信号が二つ接近してくるのが、ヘルメットのスピーカーに響いた。
「もしかして、サナハラ、さん?」
「戻ってきたのか?」
その懐かしい声に、樹たちは身を震わせる。嬉しさの表れだ。
「コフィン、ぐんそ!」
音が声を大にしていった。
〔アル∑〕は近づいてくる〔バーカム〕と〔ギリガ〕電子戦装備の方に向くと、パタパタと六基のバリアブル・バーニアを羽のように開閉させながら、ビーム・ライフルをテール・バインダーに仕舞った。
「今は、曹長だ」
「へぇ、出世したのね?」
彩子は久しぶりの英語に舌がもつれそうだった。それでも、茶化すように言って、電子戦用モニタに目をやった。すると、まだ味方機の反応が地球側にどんどん吸い寄せられていることに気付く。
「ねぇ、ちょっとちょっと! まだ、味方がいるわ!」
「そ、そうです! ああ、でも、この高度は――――」
コフィンが自機の位置を察して言った。
もう〔バーカム〕でも救出できる高度ではない。行っても、上昇が利かず落下するだけだ。
「だったら、わたしたちに任せてください。彩子、凧上げはできそう?」
「ま、それが妥当ってことだけど、やるしかないじゃない」
「コフィンさん、だいじょぶ、味方、助ける」
三人の掛け合いに妙な自信が窺え、リーンとコフィンは気持ちがざわついた。
それは、細部の変わった〔アル〕を見たときから抱いていた期待感というのか。樹たちが地球で大きく躍進した感があるのだ。
〔アル∑〕は〔バーカム〕、〔ギリガ〕電子戦装備から距離を取ると、六基のバリアブル・バーニアを広げ、隊長の機体の元へ飛んで行った。
「みなさん、なんだか大人びた雰囲気がありませんか?」
「そう、だな……」
言って、リーンたちの機体もそのあとを追った。しかし、その爆発的な加速力に、〔ギリガ〕電子戦装備と〔バーカム〕は引き離されてしまう。
「見えたわ。見たことない機体だけど、識別は味方。もしもし、聞こえますか?」
彩子は徐々に高度を落としていく機体に向けて言う。
すぐに、ノイズ交じりの無線が飛び込んだ。
「な、なんだ、お前たちは!?」
「味方です。機体の腕は動きます?」
「女だと!?」
相手は錯乱しているのか、彩子の質問に答えない。
ああだこうだと自分勝手なことをまくし立てるので、通信を遮断する。
「助けるの、よね?」
「そう」
樹も彼の言うことに頭痛を覚えながら、苦々しく肯定するほかない。
彩子のため息を吐いて、遠隔操作の準備を整える。
「二人とも、はくじょ。人助け、大事」
「そうよね……」
音の言葉が正しいと思いながらも、彩子にはどうにも生理的な嫌悪感が抜けきらない。
〔アル∑〕は、追加装甲の脇のロックを解除すると、前部と後部で展開。その内側には、マルチ・ハープーンが接続されて、ゆっくりと六基のバリアブル・バーニアがプラズマ推進で離れていく。
「その調子で、おねがいね。でも、あまり時間ないから……」
樹は〔アル∑〕に脱いだ追加装甲を掴ませると、〔バーミリア〕通常装備に向かって、押し出した。
ワイヤーが伸び、追加装甲が軌道を修正し、跳んでいく。本体である〔アル∑〕も長さを調節するように移動を開始する。
「これ、思った以上に、難しいぃ」
「だから、クセが強いの」
追加装甲を遠隔操作する彩子は、どうにか様になった軌道を描かせて、〔バーミリア〕通常装備の前にまで運ぶことができた。しかし、接触させるための加減と修正がうまくいかない。
ことろんと追加装甲が反転し、テール・バインダーがあと少しで届く距離になる。
〔バーミリア〕通常装備も態勢を立て直して、救命用の浮き輪を前にしたように腕部を伸ばす。それでも届かない。
「ちょっと、マズイかな……」
彩子は電子戦用モニタに映る画像が徐々に摩擦熱を帯び始めているのに気付く。もう時間がない。焦りが胸の内からこみ上げてくる。
すると、音がスロットルレバーを操作する。
その手順は遠隔操作されている追加装甲のテール・バインダーを展開させて、中のビーム・ライフルの銃口を〔バーミリア〕通常装備に差し出す形となった。
最後の距離が縮まり、〔バーミリア〕通常装備はそれを掴むと這いずるように追加装甲にしがみついた。
「いいよ。上げてっ」
「わかってるわよ」
樹の声に、彩子は苛立った声を上げて、スロットルレバーを一気に上げた。
追加装甲のバリアブル・バーニアが最大出力で重力からの脱出を計る。同時にワイヤーを巻き上げ、〔アル∑〕もまた高度を上げる。まるで網引きをする漁師のように、ワイヤーを手繰り寄せる。
「何か、手伝うこと、ありますか?」
そこに〔ギリガ〕電子戦装備と〔バーカム〕が合流した。
「特には、ありませんね」
「わかりました……」
樹の言葉を耳にして、コフィンは元気なく答える。
そのせいか、〔ギリガ〕電子戦装備からも肩が抜け落ちたようにだらんと軽機関砲を下げた。
「けこ、重い?」
「けど、大丈夫よ。ちゃぁんと上がってるわ」
「帰って早々、人助け……」
樹たちは苦笑しながら、一機の〔バーミリア〕通常装備を引き上げることに成功する。




