~Σ/シグマ~ 老人たちの休息?
古びたラジオからノイズ交じりのニュースが流れる。電波放送が廃れて、光ファイバーによるケーブル放送が主流の時代に、それでも地方の市民ラジオしぶとく流している。それだけ、根強い人気があるということだ。
藍崎敏信とマイク・ジャール・ナダンもまたその放送局の愛聴者であり、それを聞きながら将棋に興じていた。
彼らがいるのは、種子島基地のリラクゼーションルーム。食堂を兼任しているその空間の一角には、小さな茶室が設けられており、畳の鮮やかな緑と支柱である木目の渋い色合いが実に涼しげな空間だ。壁には、それらしい水墨画のレプリカが飾られ、ご丁寧に一輪挿しまであった。
彼らは食堂に面した縁側に陣取っている。カチ、カチと心にしみわたる将棋の駒を打つ音が人の出払った食堂に響いた。管理された空調の涼しい風が二人にそよそよに降りかかる。
「どうにも、気に食わんのぉ」
敏信はため息交じりに言って、駒を動かした。
それに、マイクがピクリと片眉を上げて、腕を組んだ。投げ出した足を揺らす。
「何がだい、ノブさん」
「んん? これじゃよ」
敏信が古びたラジオを一瞥した。
ちょうど、ニュース番組が差し込まれたところで生真面目な男声が聞こえた。
『先日、種子島基地で襲撃事件が発生し、島民たちを騒然とさせました。被害は、種子島基地内の敷地ならびび「地球平和軍」管轄のマスドライバーの倒壊だけにとどまったものの、それに伴う損失は日本円で七十五億円、さらに輸送などの影響もあり、被害総額はさらに莫大になる模様です……』
マイクはその内容を聞きつつ、ようやく一手踏み切ることができた。
「あれだよ。話題がないんだろう?」
「そうかの? 当てつけじゃろうて」
「なぜそうなる?」
マイクが尋ねると、敏信は蓄えた顎髭を摩りながら、軽やかに駒を動かし、マイクの桂馬を取った。
『なお、実行犯と思わしきグループならび実行犯は基地の駐在兵により取り押さえられました。主犯格である男は、純血派思想を語り、数多くのテロ行為に関与していたことが判明。加えて、彼を匿ったとされる女性も逮捕されました。彼女は妊娠五か月で…………』
「……こういうことじゃよ」
「市民放送の割に、よく情報が通るわ」
マイクは駒を取られたことで不利になりつつある陣形に気を配りながらも、頭に過る一人の少女の背中に顔を曇らせる。
事前に報告を受けていた二人には、ここで報道されている女性が彩子の母親であることはわかっている。もう三日も前から知っている事実だ。
「しっとるのか? プリティガールは」
「一応は、彼女も関係者じゃからな」
マイクはうむと唸ると、考えもなしに銀を前に出した。
童祇和豊率いる純血派グループは、確かに樹たちが操った〔アル〕の活躍によって、逃亡を阻止。その後、海上保安庁が救難信号を受けて逮捕に至ったらしい。その経緯も、やけに手回しの速い対応で進んだので、海上保安庁内部にも協力者がいたと考えていいだろう。
しかし、和豊のいやらしいところは容疑を認めながら、たった一人、彩子の母親である皆守理子を共犯として挙げたことだ。他にも多くの関係者がいるはずだが、このことには黙秘権を使い、純血派の過激テロ組織の全容は明らかになっていない。
明らかな彩子に対する復讐の意味が込められている。
「それを聞いても、あの子は取り乱した様子はなかったのぉ。童祇を止めた時には、ある程度想像できたのじゃろう」
「十六歳、だったか。いろいろと大変だろうに」
「これからのことを考えればの……」
敏信はよどみない手つきで駒を進めて、銀を取った。
マイクはゲッと顔を歪めると、口の端を思い切り吊り上げる。この先の展開を想像し、自分の駒をどう進めるかを構築する。
「〔アル〕の修理は大方終わったのじゃろう?」
「んあっ? まぁ、な。システムデバックも終わって、晴れて修理完了というわけだが……。もう、〔アル+1〕という機体じゃぁ、なくなったな」
「改造しすぎたからの。そもそも、〔アル+1〕自体、二号機の回収機じゃからな。何と呼ぼうか?」
「それの辺は、あの子らに任せましょう、やっ」
マイクはようやく一手進めて、将棋盤の動きを見守った。
「それもそうじゃの。年寄りが大人げない」
敏信はゆるりと構えて、素早く一手を返す。
またしても、マイクの表情が険しいものになる。
すると、ラジオは報道番組を終えて、本来の番組に戻った。しかし、往年のラジオDJが軽快な音楽とともに、広報をいれる。
『ここで、お知らせです。なんとロケット打ち上げが、本日種子島基地より行われますっ。すでに旧式であるクラスターロケットが、復活を果たすわけです。わたしが子供のころなんかには、もうなくなってたんで、ぜひとも見てみたいものですよぉ……』
「おいおい。お祭り騒ぎの理由はこれかい?」
マイクはラジオから聞こえた情報に、苦笑いをする。
ここ数日、地下施設で〔アル〕の修理に追われていた彼には、種子島の町々が活気づいていることに疑問を持っていた。海上保安庁、自衛隊、『地球平和軍』の査察の目をかいくぐっての修理だったため、外界のことなど知る由もなかった。
現状、クラスターロケットはすでに発射基地で組み立てが終わり、あとは発射時刻を待つだけとなっている。その先端のペイロードフェアリングには〔アル〕が搭載されている。
それだけ、クラスターロケットも巨大になり通常よりも巨大なそれこそ、スペースシャトル打ち上げに使う外部ロケットタンク級の大きさになっている。エンジンもまた一段だけで二十基も使用している。それだけの推進力がなければ、〔アル〕の巨体を宇宙へは運べないのだ。
メガネのブリッジを上げて、敏信はしゃがれ声で言う。
「何、カモフラージュじゃよ。〔アル〕を打ち上げるためのな」
「ノブさん、クラスターロケットなぞどこから手に入れたよ?」
「ん? アメリカの知り合いに頼んでの。趣味で頼んどったものなんじゃが、意外と〔アル〕のカタナの隠れ蓑なっての。ほれ、このところ海は警戒網がひどいから」
「かぁっ! 趣味で手に入れちまうとはっ」
のほほんとしていながら、抜け目のない老人である。
マスドライバーが破壊され、また襲撃してこないとは限らない。そう考えた日本政府が海路を徹底的にマークし、巡回船がうようよしている。それから目をそらすためにも、巨大構造物、ならびにそれらしい催しものなら、監査の目は緩んでしまうのだ。
敏信は得意げに笑って、マイクを急かした。
「しかしま、これもかかったんじゃあぁ、ないですか?」
マイクは駒を動かしてから、親指と人差し指を合わせて輪っかを作って見せた。笑みを浮かべてはいるものの、気持ちはかなり焦っていた。
また、投資者たちが黙っていないだろう、と。
だが、以外にも敏信は至極平静に顎髭を擦った。
「表現が古いの。じゃが、その辺の心配はいらんて……」
資金源の心配はない。
なぜなら、ある投資者がこのロケット打ち上げをいい広告材料と考えたらしく、全面的なバックアップ体制を敷いてくれていた。が、あくまでそれは表向きの理由。
本当のところは、敏信自身、想像するしかなかった。
ラジオからしんみりとした演歌が流れ始め、空調の涼しさを促進させる。
「問題なのは、その管制システム」
敏信は静かに言って、また駒を動かした。決定的な詰め将棋状態で、優勢に立つ。
マイクも真剣なまなざしで、将棋盤を睨み付ける。
「人工衛星が壊されてるってやつか。確かに、厄介だ」
ここ数日、宇宙での戦争が活性化し、『新人類軍』が衛星軌道上の人工衛星を次々と破壊している情報があった。地球からの補給物資を絶とうとしているのではないかという話が種子島基地を含めて、多くの研究機関がそう推論している。
衛星測位によるスペースシャトルの軌道補正ができなければ、『ターミナル』とのランデブーに失敗、あるいは地球へ墜落する可能性が出てくるのだ。今はまだ大した数が落とされたわけではないが、迅速に対処しなければ、本当に宇宙にいる『地球平和軍』は孤立し、本陣である『ガーデン1』を陥落されてしまうだろう。
マイクはそう言った懸念を抱きながら、駒を進める。そして、今回のクラスターロケットの急遽打ち上げがあるのかが、つながった。
「だから、早いうちに発射するのか」
「時間がないのは、いつものことじゃよ…………、はい、王手」
「何っ!?」
マイクは目を見開いて、将棋盤を睨み付ける。
しかし、どんな手を打っても王将は取られしまう。すでに勝敗は決しており、がっくりと肩を落とした。
「やはり、ジャパニーズチェスは難しい……」
「ふぉっふぉっふぉ。雑念が多いんじゃよ」
敏信が将棋盤の駒を片づけながら微笑んだ。
すると、マイクが足の貧乏ゆすりを続けながら言う。
「クラスターロケットでの打ち上げ、勝算はあるのか?」
「それが、雑念じゃな」
マイクは気がそがれるとどこまでも脱線してしまう。
敏信は駒を木箱にしまうと、彼の真剣な顔を見た。脱線してしまう癖があるも、情念というものは絶えてはいない。それだけ、重要なことだと考えているのだ。
「もちろんじゃ。〔アル〕とて、最初期は分解してロケットで飛ばしたモノじゃ」
「だが、今回は一機丸ごとだ。きついぞ」
「その辺の軌道計算はミス・佐奈原が念入りにした。軌道修正も、彼女たちがやるわい」
「待て待て。それは、あの子たちが乗るってのか!?」
淡々と頷く敏信に、マイクは目眩がした。
五分五分の発射で、有人とは困難だ。衛星測位システムの補助だろうが、いくらなんでも、打ち上げの際の負荷でほとんど訓練を受けていない樹たちの体では持たないだろう。
だが、敏信は自信のある笑みを浮かべた。
「こうと決めたら、何がなんでもやる。あの子らはそういう頑固さを持っとる。先の戦いを鑑みれば、そうじゃろうて」
「まったく、ノブさんも肝が据わってる」
マイクは樹たちの精神力には、もう意見する気はない。それだけの活躍があり、実際〔アル〕を乗りこなして見せた。
同時に、それを信頼し送り出そうとする藍崎敏信の神経にも。
「さて、俺たちも準備に戻りますかな?」
「そうじゃの。他のみなさんは、ほんに元気じゃから、ついていくのが大変じゃわい。若い衆もへばっとらんといいじゃがね」
敏信はそう言いつつも、ラジオから流れる演歌に耳を傾けていた。ちょうど、好きな曲なのだ。メロディを聞いているうちに静かに思考の海を漂っていた。
止めるも何も、あの少女たちは戦争の中で、争いの中で変わっていった。良くも悪くも、自身がしてきたことに後悔だってあるだろう。しかし、そうして培った彼女たちの心は強い輝きを持って、もう一度自ら宇宙に戻ることを決めた。
咎める理由がどこにあろうか。
苦しい道を選んだとしても、三人の心はそう簡単には折れないだろう。
すると、マイクが思い出したようにぽつりとつぶやく。
「そういうば、プリティーガールたちは?」
敏信もそうだったと思い起こして、口を動かす。
「おぉ。あの子たちなら――――」




