~親と子~ 種子島基地迎撃戦〈後編〉
月明かりだけが、この場所を照らす唯一の明かりだ。
植込みのヤシの木が大きく揺れている。
海から吹き込む強風になぶられ、小高い丘の芝生もさざ波のように薙いでいた。丘の向こうには、弓のような架け橋、マスドライバーが月光を浴びて黒いシルエットを夜の暗闇の中で、かすかに浮き彫りにしていた。かなりの距離がるにもかかわらず、はっきりと機械のセンサは捉えていた。それだけ巨大な施設なのだ。
その地に腹の底から響き渡る轟音が轟く。
一歩、二歩……、三歩。
〔アル〕は両腕で動かなくなった〔甲殻・十式〕を前面に突き出して、マスドライバーを目指していた。その慎重な装備と足運びには理由があった。
ドゴゥ……っ!
強風の中で、大気を揺るがす爆音。
「正面からっ」
彩子の警告が飛んだころには、〔アル〕は構えていた〔甲殻・十式〕の分厚い装甲に何かが弾かれた。
操縦席にガツンと痺れが伝わる。
〔アル〕は樹の操縦の元、その場で大きくよろけるのを耐えて、すぐさま左へと回り込む。
「どういうつもりだ。本気で来れば、どうってことないだろうに……」
丘の頂に、二つの発光があった。〔ブレードランナー〕二機だ。
その二番機の操縦者は先の狙撃の手ごたえを見て、そう感じた。
味方の〔甲殻・十式〕を盾に持ち出してきたアイデアには驚かされたが、なるほど理にかなっていると納得してしまう。だが、それだけ本体に防御手段がないことを露呈していることでもある。
スコープモードのモニタでは、風速、湿度といった情報が横に流れつつ、十字のターゲットサイトは敵を自動で追随する。〔ブレードランナー〕の頭部にあるメイン・カメラが忙しなく働いている証拠だ。
小高い丘に寝そべる二機の〔AW〕、〔ブレードランナー〕はアサルトカノンを構えて、ジグザグに切り込んで接近する〔アル〕に狙いを定めていた。
続いて、一番機の狙撃。
〔ブレードランナー〕一番機の構えたアサルトカノンから、強力なライフル砲弾が発射。その爆裂音が轟く。
一番機の操縦者は伝わってくる振動に、歯を食いしばって、尻のあたりがむず痒くなる。
「――――っ」
樹は盾にしている〔甲殻・十式〕に通常モニタが埋まっていたが、マズルフラッシュを目にして、すぐさまラダーペダルを切り返す。
〔アル〕は大きく地面をえぐりながら、右へと切り返して走っていく。
しかし、発射されたライフル砲弾は見当違いの方向へ流され、風になぶられるヤシの木を吹き飛ばした。
「樹、このままじゃ埒が明かないわ。一気に、突撃しましょう」
彩子は上下する通常モニタと操縦席に体が浮いては、叩きつけられるに辟易していった。
昔体験した乗馬体験に近くも、その衝撃は何十倍もの不快感を持っていた。
「さっきの見なかったの? 強力な弾丸なんだから、いくらワラジムシの甲羅でも何発も防ぎきれない」
「甲羅、邪魔っ」
音は通常モニタの大半を埋め尽くす〔甲殻・十式〕の裏側に腹を立てる。
それさえなければ、マルチ・ハープーンを撃ちこんで、命中させてみせる、という気持ちがあった。
「こっちもまだ『幻覚』も使えないのよ。奴らが何もしてないって保証もないし……。っそれに敵は二機。うち一機は射撃が――――」
言葉を遮るようにして、轟音が風鳴りを割いた。
〔アル〕の頭部すれすれを、ライフル砲弾が横切り、樹はその余波に大きく揺さぶられ、耳が痛んだ。ヘッドセットをしていても伝わる大気の流れに、彼女は顔を顰める。
〔アル〕の動きが一瞬、緩む。まるで膝から力が抜けたように、体が前のめりになりかけた。
「いまだ――」
「――――っ」
二番機のひび割れた声に従って、一番機の操縦者はトリガーを引いた。
〔ブレードランナー〕の握るアサルトカノンの砲口が、しかし、風にあおられ角度をそらされる。砲弾はあらぬ方向へまた飛んでいく。
「射撃管制装置に頼るな。チッ。動いたか」
二番機の操縦者はバディを叱咤しつつ、〔アル〕の動きを素早く見抜いた。
「ほらっ! 一気に、突撃しましょうって」
「やってるでしょう!?」
樹はヘッドセットを押さえて、まだ止まない耳鳴りを抑えようする。気分が悪い。視界が、極端に狭くなる。
小高い丘の上でまた光が瞬いた。
〔アル〕は手に持っている〔甲殻・十式〕で飛来してきた砲弾を受け流す。だが、スライドのジョイントやられ、〔甲殻・十式〕の装甲がはじけ飛んだ。
「こんのぉおおおおおっ!!」
樹が思い切りスロットルレバーを上げると、〔アル〕は傷ついた〔甲殻・十式〕をかなぐり捨てて猛然と走り出す。もはや消耗戦に持ち込もうとは思はない。速攻で決着をつける動きだ。
「おいっ。向かってくるぞ!」
一番機の操縦者はまっすぐに〔ブレードランナー〕が構えている丘を駆けてくる。〔ブレードランナー〕の大きさを考えれば、大人が全速力で走ってくるようなものだ。
だが、迫りくるそれは巨大な力の塊。獣のような獰猛さがあった。
四つの瞳が輝き、獣のような角と猛将のような巨躯が一歩、一歩大きく踏み出すたびに地面が怯える。
「奴をマスドライバーにおびき寄せる。お前は先に行けっ」
〔ブレードランナー〕二番機は向かってくる〔アル〕に再度、射撃を敢行する。
迫りくる砲弾に、〔アル〕はただ体をかがませただけで回避して見せる。余裕や樹による操縦でもなく。それは、〔アル〕が何十年と眠らせていた地上での戦いを思い出しているからだ。
「ぐむっ。〔アル〕が反応してくれた? あの砲撃に対して――」
樹はがくんとシートベルトにめり込む体の痛みに耐えながら、頭を振った。だいぶ視界も開けて、通常モニタに映る敵影をしっかりと捉えることができた。
それをきっかけに、スロットルレバーを上げて〔アル〕の走行速度を上げていく。
「ヤバいって。あんたも早くしろってっ」
〔ブレードランナー〕一番機は早くも立ち上がって、〔アル〕の猛進に後退る。大分詰まった距離で回避して見せた〔アル〕は、もはや恐怖の権化だった。
「――――ックソ」
二番機もすぐに立ち上がって、なけなしの一撃を放った。
しかし、〔アル〕は大きくステップを切り替え、横っ飛び。ズシンッと鈍い音を響かせ、芝生をめくって黒い地面を晒した。
脚部、腰部、操縦席のショックアブソーバーがすぐさま衝撃を緩和させる。
「やってくれるじゃないの。樹、敵は後退してる。予測進路上にマスドライバーありよ」
「マスドライバーを盾にするかもしれない。二人とも、気を引き締めていくよ」
樹の号令に、彩子と音は凛とした返答をした。
一方で、〔ブレードランナー〕二機は残弾を確認しつつ、マスドライバーへと疾走していた。ノーマルモードに移行した三面投影のメイン・モニタには巨大なレールが曲線を描いて、空を指している。
上部に顔出す小さなサブ・モニタには、リア・ビューが映し出され、迫りくる〔アル〕の影を捉えていた。
「…………」
二番機の操縦者はこれは陽動だと心のうちに言い聞かせて、自身にある恐怖心を沈める。彼は向かってくる巨大な敵に対して、確かな恐れを感じた。
恐れたから、この敗走にも似た陽動に出たのだ。
「二番機っ。あれは何だ? 普通じゃないぞ!」
「うるさい。状況はまだ続いている」
努めて冷静に言い下す二番機の操縦者。
その情動を一番機の操縦者が感じ取れるはずもなく、ただただ、背後から接近してくる敵から一センチでも離れたい気持ちでいっぱいだった。
二番機の操縦者が何度か〔AW〕による作戦を遂行させているのは、わかっている。だからこそ、彼の発案した狙撃に賛同した。電子戦装備でない〔ブレードランナー〕には、遠距離からの攻撃が有効的だと彼が言ったからだ。それがふたを開けてみれば、巨大な機体。遠目からならまだ恐怖心も湧かなかった、いい的程度だった。
しかし、近づくたびに威圧感、剣幕というべき迫力が強くなりどうしても拭いきれない。自機の二倍はあろう〔AW〕を前にすれば、本能的に危険だと判断できる。
「鬼ごっこはおしまいにするよ」
「あい。じゅび、おーけー」
二機を追尾する〔アル〕は肩部を展開し、マルチ・ハープーン射出準備に入った。
上下に激しく揺れる操縦席と通常モニタに音はふっと息を止めて、走る標的に狙いを定める
る。
「何かする気だ。散開しろっ」
「ぅええっ! 見捨てるのかっ?」
一番機の操縦者はもはや二番機の操縦者に対する猜疑心が一気に増長して叫んだ。
すでにマスドライバーの巨大な影が目と鼻の先にあった。
〔ブレードランナー〕二番機は、すぐさま右へ跳躍し、マスドライバーの根元へと進んでいく。その衝撃は狭い操縦席では微振動程度にまで軽減されたが、着地の振動は痺れとなって伝わった。
「ああ……」
一番機の操縦者は素早い〔ブレードランナー〕二番機の動きをとらえきれず、ただ自機をまっすぐ走らせるしかなかった。
狭い空間の圧迫感、味方への疑念、不満、追尾してくる巨大な敵…………。
実戦をただの砲弾の打ち合い程度と認識していた若者は、その精神的に襲ってく強大な力に圧倒された。揺れる視界、短くなる呼吸、跳ね上がる鼓動。
警報が鳴り響いて、操縦者はさらにパニックに陥る。
瞬間、〔ブレードランナー〕一番機は背後から放たれたマルチ・ハープーンに両脚部を撃ち抜かれた。呆気ないほどに、抵抗する暇も心構えをする時間もなく。
「うあぁあああああああああっ!!」
脚部を失った〔ブレードランナー〕一番機はそのままの勢いで地面を跳ねまわり、惰性で地面を転がった。その際に、腕部も頭部も、積載していた弾倉、近接武器までもまき散らした。
一番機のなれの果てが動きを止めることには、操縦者は失禁しながら顔中涙と鼻水まみれで気絶していた。
「これで、あとは逃げたもう一機だけど……」
樹は壊れた〔ブレードランナー〕などには目もくれず、〔アル〕をマスドライバーの根元の方へターンさせて、走らせる。腕部でワイヤーを手繰り寄せて、地面に埋まった銛を引き抜く。
「何か企んでるわね。気をつけなさいよ」
「ねね。足、取れた」
音が巻き上げた銛に〔ブレードランナー〕の脚部が刺さっているのを見て言った。
「そんなの、取っちゃいなさい」
「あーい」
〔アル〕がマルチ・ハープーンの銛から器用に〔ブレードランナー〕の脚部を抜き取っていると、操縦席に警報が鳴り響いた。反応は頭上からだ。
「レールの上っ!?」
彩子が叫び、樹は咄嗟にラダーペダルを思い切り踏み、機体を前へ跳躍させる。
「あぅうっ」
〔アル〕が両腕部を縮こまらせて、跳んでいると、背後で強烈な爆発が起きた。
一回、二回、三回と立て続けに起きて、爆風に〔アル〕の巨体が地面を転がる。土くれを機体にこびつつかせ、ぎらぎらと光る月明かりが黒煙に遮られた。
「視界が利かない。だが、これで終わりなはずない」
〔ブレードランナー〕二番機は張り出した肩部から展開したグレネード・サイロをそのままに、黒煙の中をサーモセンサーで窺っていた。
グレネード・サイロはロケット弾を発射する装置であり、本来なら、催涙弾や対人焼夷弾など制圧武装が格納されているものだ。純血派の〔ブレードランナー〕はそうした対人兵器を〔AW〕に積む機会はなく、こうして対〔AW〕用弾頭が仕込まれているいわば、秘密兵器だ。
メイン・モニタにサーモグラフィが投影され、いまだに燃えている残骸と液化燃料の白のほかには、緑や青といった温度の低い場所が多い。強風にあおられた黒煙が火の粉ともにメイン・モニタに入り込んだ。
しかし、肝心の〔アル〕の熱量が検出できない。
「どこだ? どこに――――っ!」
〔ブレードランナー〕二番機の操縦者は何かに勘付いて、すぐに、機体を翻らせた。
コンマ一秒の差で警報が鳴った。
〔ブレードランナー〕二番機のグレネード・サイロをまっすぐに伸びる何かが撃ち抜き、弾き飛ばす。
「――――ぐぅっ!!」
〔ブレードランナー〕二番機はよろけながら、もう一つのグレネード・サイロを開放し、黒煙が遮るレールの根元の方へ狙いを定めるが。
次に来たのは、月光の光を吸った刃が大きく弧を描いて肩部と胴体を断ち切った。
「――――つぅ」
二番機の操縦者はノーマルモードに切り替えて、〔ブレードランナー〕二番機を後退させる。
腕部が切り落とされた横に、巨大なカタナが突き刺さっていた。見れば柄の部分に銛がワイヤーとともに巻き付けられていた。それは子供の考えたような、悪戯道具に見えるから、彼は狼狽する。
「どういう神経をしているんだっ」
すると、カタナがワイヤーに引っ張られて黒煙の向こうに消えていく。
そして、すぐにもその漆黒のカーテンを破って、〔アル〕が呼び戻したカタナを手に接近してくる。怪物。悪魔。死神。その黒煙の闇の中から出てきた四つ目の巨人は、二番機の操縦者を地獄へいざなおうとする存在であるかのように、ゆっくりと逃げ場のない先端へと追い込んでいく。
しかし、隻腕でライフルカノンを構える〔ブレードランナー〕二番機の操縦席に響いたのは、そんな存在とは真逆の天使のような可愛らしい声だった。
「さぁ、観念なさい。もう逃げ場はないんだからっ」
彩子が電子戦モニタの向こう、通常モニタに映る満身創痍の〔ブレードランナー〕に向けて日本語で言った。
「な、何だ? 何を言っている?」
〔ブレードランナー〕二番機は警戒心を強めて、さらに一歩後退する。勾配がかかるレールに脚部のスパイクがめり込む。
|樹《いつき〕たちは相手が英語を口にしているのを聞いて、驚かなかったものの、まだ気の抜けない状況だと声音から判断した。
「その武器で、この機体は落とせない。味方だって、もういない」
「…………」
二番機の操縦者は冷や汗を流しながら、樹のノイズに交じった英語を聞いて顔を顰める。
「戦う、これいじょ、意味ない」
「意味など、お前たちおな子供に分かるかっ」
音のつたない英語を耳にして、さらに惨めな気分になる。
相手は少なくとも三人の女の子。その少女たちが操る〔AW〕に純血派の〔AW〕三機が撃破されたとあっては、面目丸つぶれだ。
そして、これが種子島基地で働く職員の実態なら、ひどく残酷なものだ。
二番機の操縦者はサブ・モニタに映るタイマーを一瞥して、自機のアサルトカノンの照準を敵機に合わせる。
その行動を、彩子は三人の中で一番に嫌悪した。
「わかるもんか! 人を平気で殺すようなあんたたちの気持ちなんか、わかりたくもない」
「言うなっ! お前はこうして俺たちを攻撃して、何も感じないくせによっ!」
「あんたたちが言うのっ!?」
二番機の操縦者の言葉に、彩子をはじめ、樹、音も驚くと同時に胸の中に気持ちの悪い霧が立ち込める。
「あなた、言てること、おかし」
「どうだろうな。俺にしてみれば、混血派を庇うお前たちの方がどうかしてる」
〔ブレードランナー〕二番機がさらに後退し、〔アル〕が慎重に一歩踏み出す。
互いの操縦者は緊張していた。背筋の凍るような悪寒や手の震えが、気持ちの表れであることを誰もが理解し、自覚している。
さらに、〔アル〕がゆっくりと詰め寄って、なんとしてもカタナで切りかかれる距離を稼ぎたかった。
ガツンッ、ガツンッ…………。
樹たちは肝が締め付けられる苦しさと脳髄に響き渡る金属音に顔を強張らせる。
「どういう意味よ?」
「混血派ってのが、自分の欲望に忠実だってことだよ」
〔ブレードランナー〕二番機が瞬間、アサルトカノンの砲口が確かに〔アル〕の頭部を捉えた。
「――――っ!」
音がすかさず、左脚部のパイルの威力を押さえて放った。
刹那、激震する砲声と〔アル〕の機体が仰け反ったのは同時に起こる。ライフル弾頭は仰け反った〔アル〕の頭部すれすれを通過し、緩い放物線を描いて、切り取られ丘の斜面に衝突した。
くぐもった音と振動が、マスドライバーにも微弱ながら伝わった。
「一言、言いなさいよぉ」
「助かった。ありがとう、音」
樹と彩子は急な視界の転換と激震、耳を破る大気の揺れに鼓動が高鳴る。あと一歩、音の反応が遅れていたら、まず樹は絶命していただろう。
マスドライバーの斜面でバランスを整える〔アル〕に、〔ブレードランナー〕二番機はアサルトカノンを向ける。向けて、撃たなかった。
別に、砲身が歪んだとか、装填に問題が生じたわけではなく、操縦者が自らの意志で、撃つことを躊躇ったのだ。
「そういう風に、互いを思いやれる子供がどうして……」
彼は喉を震わせながら呻いた。
それが、〔ブレードランナー〕二番機の操縦者が思うすべてだった。
ありがとう、という言葉。無愛想ながら、信頼しきった声音が、無線から聞こえて、彼は自身のしていることへの罪過に気付かされた。自分が自分たちを追いやった混血派と同じことをしていることに。
「ねぇ? どして、こなこと、する?」
音が言った。
態勢を立て直し、さらに〔アル〕が一歩、歩み寄った。
そこで、〔ブレードランナー〕二番機は怯えたように後退。急こう配に入って、機体がしりもちをついた。
「敵討ちだっ。町のみんなの、兄弟たちの仇なんだよっ」
操縦者の叫びを聞いて、樹は〔アル〕の移動を止めた。
あと数十メートル。〔アル〕の走力で、十分斬撃を繰り出せる距離まで縮まってる。
「どうしたの、樹? 早く、あいつから武器を取り上げて」
「…………」
「仲間の言うとおりだぞ、イツキとかいうの? 俺は死ぬことなんか怖くない。お前みたいな奴でもなっ」
「樹、動いてっ」
「なぁ、お前ら知ってるか?」
震えた声。必死に自分の中にある恐怖を押し殺す理性の叫びだった。
操縦者はサブ・モニタのタイマーが残りわずかなのを見て、どこか体が浮ついた気分になった。諦めなのか、興奮状態が続いて頭がおかしくなったのか。
樹は通常モニタに映る〔アル〕の腕部、その手が握るカタナの反射を一瞥して、腰を抜かしながらも砲口を向ける〔ブレードランナー〕二番機を見つめた。
「町一つを兵器工場にするために、追い出された奴らがいるってことをよ。暮らしを奪われた人間がどういう思いをして生きてきたかわかるか? 混血派の私兵がのさばって、家がアームウェアに潰される気分をっ!? 食べるもんがなくなって、衰弱してく人の姿をっ!?」
その叫びに、樹たちは沈黙を余儀なくされた。
操縦者の訴えなど、想像することしかできない。苦しみも、痛みも、悲しみも、どれも理解できるほど、少女たちは万能ではない。
特に樹は混血派の、アーノルド・ジャンクロフォードのような資本主義なやり方を知っていたから、余計虚しさがこみ上げてくる。
もうもうと立ち上る黒煙と舞い飛ぶ火の粉が潮風にあおられ、〔アル〕を包み込もうとする。
「純血派ってのは、別に血族がすべてじゃない。人がわかりあうのが難しいからこそ、互いの領分を守ろうとするんだ。それを、一部のインテリジェンスを語る奴が領分を踏み越えて、互いを混乱させる。だから、俺たちはその協和の線引きを守ろうとしてるんだ」
〔ブレードランナー〕二番機のちぎれた腕部から重油が血液のように流れ続ける。
「それをボスが教えてくれた。だから、俺はその理想を守りたい。そうすれば、もう俺みたいな奴はいなくなるってな」
操縦者はまるで辞世の句を、死を着飾るように目の前の死神に告げる。黒煙を纏って、常世の闇を統べるかのような出で立ちに、恐れはなかった。ただ、悲しげに四つの瞳を発光させる。
「ふざけないで……」
彩子が怒りのこもった声で言った。
「死ぬのが怖くないって? 協和を守ろうだって?」
悲しい理想論だ。
領分、文化や人種を守るために、同族だけで生きていこうとするその考え方は、人との距離を離すことになる。わかりあうのが難しいと決めつけて、歩み寄ることをしない自己満足の理論だ。
加えて、敵討ち。
それではいつまでたっても、協和など来るはずがない。
「そんな怯えた声で、何言ったって説得力ないんだからっ!」
彩子は腹の底から叫んだ。
虚しさとその考えを持って殺しにかかってきた操縦者への怒りを込めて。
音は目を細めて、ぐっとスロットルレバーを握りなおした。敵討ちだといった敵に対して、彼女はかつての自分を思い出す。母親を殺されたショックで、憎悪を持って、人を殺めたときのことは今でも覚えている。
虚しさと後悔。
もし樹と彩子がいなければ、今もそれに囚われていたかもしれない。
「…………」
〔ブレードランナー〕二番機の操縦者は、彩子の言葉が心を温かくしてくれるのを覚えながらも、サブ・モニタのタイマーがゼロになったのを目にした。
瞬間、マスドライバーの支柱で次々と爆発が起こる。何十連と爆音が響き、びくともしなかったマスドライバーが自らの重さだ脆くなった支柱を押しつぶしていく。
「な、何? 何をしたの?」
樹は傾き始める足場を見やって、〔ブレードランナー〕二番機の操縦者に呼びかけた。
ミシミシという不協和音とグオンッと何かが湾曲する不吉な音がヘッドセットから聞こえる。
「悪いが、ここで道連れになってくれ……」
「勝手なことをっ!」
彩子は操縦者の声に怯えではなく、何か満ち足りたようなものを感じ取って、さらに胸が締め付けられた。
マスドライバーの先端がひときわ大きな金属音とおもに、海へと急降下していく。その余波で、〔アル〕の立つ中ほどの部分に亀裂が走った。
「ああ…………」
音は急こう配に位置していた〔ブレードランナー〕二番機が、歪み始めたレールの上から転げ落ちるのを見てしまって、嗚咽交じりの声を漏らした。数百メートルはある高さだ。落ちたらひとたまりもない。
レールが歪に捻じれて、全体が横倒しの状態に入る。
「音っ! マルチ・ハープーン、準備っ!」
樹も生きるのをあきらめた敵の最後を見て、お腹が落ち着かなかったが、声を張って指示を飛ばす。
〔アル〕は踵を返して、一歩踏み出そうとするが、傾き始めたレールの上では思うように走行、歩行することができなかった。
オートバランサーが健気に姿勢維持をし、豪快に揺れる足場で踏みとどまる。
やむなく、樹は屈んだ〔アル〕にカナタをレール上に突き刺させて、横になっていくマスドライバーから振り落とされないように踏ん張ようにした。
「—―――っ!」
「いい? あたしの合図で、マルチ・ハープーンを発射して。行くわよっ」
彩子は目元の涙を拭って、通常モニタとカウントを始めた電子戦用モニタを見た。
〔アル〕がさらに、音の操縦で、左脚部のパイルを撃ち込み、角度の付いたレールの上にしがみつく。
「三――――」
マスドライバーの先端が海へと落下。巨大な水柱が立ち上り、月明かりをきらきらと反射する。
「二――――」
〔アル〕が見据える先には、基部を残してねじ切れようとするレールの壁と元の形を保とうとするレール。ちぎれた電熱線が鞭のようにうねる。黒煙が視界を遮るが、瓦礫と化した鉄骨の数々が地上数尺メートルを落下していくのが見えた。
樹はその光景に自分たちが重なったが、生きようとする意志が一気に感覚を満たした。
「一――――っ!」
刹那、これまでにない轟音を立てて、マスドライバーの中ほどがねじ切れた。
落下するまでの、一瞬の浮遊感が〔アル〕に、樹たちに襲い掛かる。
「――――っ」
音は照準線を無事なレールに合わせて、トリガーを引いた。
〔アル〕の両肩部から、マルチ・ハープーンが飛び出し弧を描いて、頑丈な支柱に突き刺さる。
ぐんと機体が引っ張られる。操縦席が上下左右に揺さぶられる。頭が揺さぶられ、手足を投げ出してしまいそうになる。
だが、樹と音がカタナとパイルを同時に引き抜くと、今度は真正面から来る圧力。
〔アル〕が振り子の原理で、支柱へと急加速、急接近。
その背後では大蛇が横倒れになるかのように、マスドライバーが撃沈していく。力なく、しかし、唸り声のような金属音を盛大に響かせる。
「――――っくぅ」
樹が喉から絞り出すような息をして、スロットルレバーをフルスロットル。ラダーペダルを思い切り踏み込んだ。
火花を上げて巻き上げられワイヤー。
三人が支柱にぶつかるとか感じた瞬間、〔アル〕が脚部を前に出して、思い切り踏みつけた。
同時に、地面と激突したマスドライバーが粉塵を巻き上げ、幾重にも重なる甲高い音を出す。
「――――ぐぶっ!」
三人は思い切り体をシートベルトに食い込ませ、肺中の空気を吐き出した。ヘッドセットが衝撃で吹っ飛び、操縦席を跳ねまわった。
〔アル〕は屈伸運動とショックアブソーバー、さらに腰部を落として、可能な限り衝撃を吸収する。巻き起こる突風にも負けない強いバランス能力を見せる。
ぎりぎりと軋む支柱と耳に残るワイヤーの揺れる音。
樹は交通事故にでもあったかのような気分で、朦朧とする意識を頭を振ってしゃんとする。そして、転がっているヘッドセットを取って再装着。
「だい、じょうぶ?」
ややあって、彩子と音もヘッドセットを再装着して、応答する。
「大丈夫……、うっぷ」
「……? みな、平気?」
三人はお互いの安否を確かめると、支柱を足場にしゃがみこんでいる〔アル〕に気付く。
彩子がぼろぼろに砕けたレールと夜空の光景に驚いて、下に引っ張られる力を感知する。びくんっと肩を跳ね上げた。
「ゆっくり、移動する。音もワイヤーを優しく、ね」
「あ、あい……」
音が緊張した声を出して、スロットルレバーを慎重に下げる。
瞬間、〔アル〕の上半身が下へ勢いよく引っ張られる。
操縦席までほとんど逆さまに近い状態になる。三人はどっと冷や汗を噴き出した。
「気をつけなさいよ。ちょ、ちょっと怖かったじゃない」
彩子は涙目になりながら、膝をこすり合わせて、下っ腹に力を込める。
音も目を見開いて、速くなる鼓動と長い髪がさらさらと天井へ引っ張られるのを知覚して、弱々しく頷く。
「二人とも、一応これで全機掃討ってことだろうから、落ち着いて」
樹は落ち着き払って、ラダーペダルとスロットルレバーを操作して、〔アル〕にカタナを仕舞わせて、両腕部でワイヤーを掴ませる。
あとは緩まるワイヤーに合わせて、一歩一歩脚部を支柱につけて降りていく。
そして、樹たちの胸に去来するのは、宇宙に帰るための橋が破壊された現実感だった。敵がどういう理由で破壊したかなど、どうでもいい。この一か月の修理期間を台無しにされた憤りよりも、虚しさがこみ上げてくる。
態勢が整い、上下する景色を見て、彩子が言った。
「ねぇ? ちょっといい?」
その改まった声に樹と音が小首をかしげる。
彩子は電子戦用モニタに重なる月を見て、心の一番深い部分を照らされている気分になった。
マスドライバーを破壊され、人をゆがんだ方向へと導く組織をこのまま野放しにできない、という彼女の願いを見透かすように。




