~親と子~ 種子島基地迎撃戦〈前編〉
上陸は呆気ないほど簡単だった。
純血派の〔AW〕は基地から少し離れた海岸にその鋼鉄の足を踏み入れる。プライベートビーチは白い砂浜と無駄をなくした緑地帯が敷き詰められ、南の島らしい様相を持っている。
マスドライバーと種子島基地の合間にある個所で、海に目を向ければ岩礁が海面から顔出している。一昔前の船舶なら座礁して、侵入どころではなかっただろう。
「電波が悪いな。妨害…………、どこからだ?」
「おそらく、基地の電波塔でしょう。聞こえているか、みんな?」
〔甲殻・十式〕一番機の操縦者たちが近くで待機する三機に呼びかける。
行動は迅速にしたいところだが、種子島基地からの迎撃がないことに警戒を強めていた。
〔ブレードランナー〕一番、二番機からの応答がノイズ交じりに聞こえ、〔甲殻・十式〕二番機の応答がくぐもった音で返ってきた。
電波障害は全員が確認できた。長距離索敵はあてにならないうえ、ほとんど目視で確認するしかない。
「クソッ。やっぱりダメか……」
そういうのは、〔ブレードランナー〕一番機の操縦者。
まるで板挟みにされているかのような狭い操縦席で、操縦桿のジョイスティックでサブ・モニタに出したレーダー画像が歪んでいることにいら立ちを覚える。同時に、周囲の見えない圧力に心臓が高鳴りっぱなしだった。
「落着け、新入り。幸い、罠はなさそうだ。〔BR〕一番、二番は予定通り、マスドライバーを破壊。俺たちは基地に攻め込む」
〔甲殻・十式〕一番機のカブトガニのように平たい体が、〔ブレードランナー〕一番機の脚部を小突いた。全高十二メートルある〔ブレードランナー〕に比べれば、〔甲殻・十式〕は高さがない。だが、全長三十メートル(最大展開テール・スタビライザー含む)であるから、決して小型の部類ではない。
〔ブレードランナー〕一番機の操縦者は、浜辺の巨大なカニに顔を顰めたが、〔ブレードランナー〕二番機が南西にあるマスドライバーの方へ歩くのに気付く。
「そっちこそ、へまするなよ――――」
「言ってくれる」
そういって、〔ブレードランナー〕二機はマスドライバーの方へと走っていった。
浜辺には〔甲殻・十式〕が二機、〔ブレードランナー〕の乗っていた巨大なボートが岩礁近くで止まっているのをを確認して、北東にある指令施設へと向かおうした。
巨大中には甲羅の下に隠した節足脚部をせわしなく動かして、方向転換。
が、
「…………? おい、海が――」
「あん?」
後ろについている〔甲殻・十式〕二番機が潜望鏡を回転させて、海の方へ注意を向ける。
岩礁に波が打ち付け、海水が派手に弾ける。夜が襲い掛かってくるような真っ暗な海面が、静かにさざ波を立てている。しかし、民家の明かりがないこの地域では、月明かりのわずかな光があれば、機械の鋭敏なセンサーには海の異常を知るのに苦労はしなかった。
「どうした?」
「海から、あれは――――、ひれか?」
〔甲殻・十式〕一番機はテール・スタビライザーを引きずりながら前進していくが、二番機はその場で足を曲げて、甲羅を砂浜にうずめるように待機しだした。
二番機の副操縦者には、そのひれらしきものが、ただの海洋生物ではないと直感した。
なぜなら、天を突くように出たひれのほかに、こちらに向く角が二本あったからだ。
瞬間、水面が盛り上がり、その主が盛大に海水をぶちまけながら姿を現した。
真っ暗な海に現れた巨人のシルエット。頭部を見れば、四つの光があった。その隆々とした上半身はまっすぐに海をかき分けて、海辺の巨大ガニを目指していた。
「なんだ、あれは? 味方か? いや、あんなの……」
「ここのアームウェアは宇宙に言ったんだろう? てか、あれはアームウェアか?」
〔甲殻・十式〕一番機の操縦者たちは動転しながら、機体正面を正体不明の巨人に向けた。識別信号も妨害の中では、確認が取れない。
副操縦者がサーチライトの光信号で様子を見ようとする。
「よせっ。居場所がバレるっ」
「しかし――――っ」
一番機が言い合っているのを、キャッチした二番機はすぐに臨戦態勢を取る。
「海の神様? ポセイドンだとでも?」
「神様なんぞにビビッて、仕事ができるかっ!?」
〔甲殻・十式〕二番機は上部のアーム・シザーを振り上げて、その合間にある機関砲の照準を巨人に合わせる。実戦をいくつかこなしてきた操縦者だったが、推定三十メートルはあるだろう巨人を目の前にしては焦りがこみ上がってくる。
砲台のようになる〔甲殻・十式〕。節足の脚部は柔らかい砂浜に突き刺さり、甲羅は全体の防御を担い、その低い姿勢は被弾率を最大限に低くしていた。
主操縦者が、潜望鏡から見える巨人に狙いが定まると操縦桿の引き金を引いた。
凄まじい爆裂音とともに、徹甲弾がアーム・シザーの先端、ハサミの間から吐き出される。同時に薬莢が雨のように砂浜に落ちていく。
緩やかな弾道を取って、巨人の周りに落ちていく弾丸が水柱を上げる。
「ちょっと、ちょっとっ! 撃ってきたわよ」
巨人、〔アル〕の電子戦操縦者、皆守彩子は向かってくる鉛玉の光に心臓が止まりそうになりながら、狙撃してくる敵を捉えていた。障害物となるもののない浜辺で、一機が砲撃。もう一機は何やら迷っている動きを見せている。
「そんなのわかってる。音、早く巻き上げてよ」
「やてるよーっ」
メインの操縦をする佐奈原樹は、水の抵抗とごつごつとした足場に動きが極端に鈍くなった〔アル〕を操って、近くの岩礁へと移動させる。
いつもはパイロットスーツを着て馴染んでいたスロットルレバーが今は少し大きく、三人の小さな手では少し不便だった。それでも、気持ちは前に、敵に対する対処法を考えている。
近くで海水が弾けるのと、なけなしに構えた腕部に徹甲弾があたり、跳ね飛ぶ。水中では巨大な脚部が激しい流れにもまれながらも、一歩一歩力強く踏み出している。
その間にも、火器管制の詩野音が肩部から垂れ下がっているマルチ・ハープーンのワイヤーを巻き上げさせて、射出装置に銛を収めた。
〔アル〕は水深三〇〇メートルの海底から流れにもまれながらも、マルチ・ハープーンで進路を固定し、ウィンチの巻き上げる力と、重たい脚部でどうにか海面までたどり着いたのだ。
「このままじゃ――――っ。一か八か、『幻覚』で」
「今の〔アル〕の運動性能じゃ、浜辺につく前に回復される。あの装甲も、ハープーンじゃ撃ち抜けないし……」
「そんなこと言ったって、あのカニのほかに、人型のが二機いるのよ――――いへっ」
〔アル〕が大きくよろけたことで彩子は舌を噛んだが、報告を怠らなかった。
「全部で四機のアームウェア? それだけの数を導入するほどの目的があるの?」
樹はラダーペダルを目いっぱい踏んで、〔アル〕の態勢を持ち直しながら言った。
〔甲殻・十式〕とは別の人型〔AW〕、〔ブレードランナー〕の目的がわからないでいるのだ。彼女たちは、彼ら純血派は混血であるアーノルド・ジャンクロフォードを殺害しに来たものだと考えているからだ。
だが、こうして交戦してみれば、もっと別の意図を彼らは持っているのではないかと思うのだ。
〔アル〕が手じかな岩礁に身を隠すと、砲撃が止んだ。ちゃぷちゃぷとなる水の音を音はヘッドセットから聞き取って、気持ちが落ち着かなかった。
「敵は、岩陰に隠れた。一番機は水中で対応してくれ。こちらで、牽制する」
「一番機、了解」
一番機の主操縦者が言って、〔甲殻・十式〕は綺麗な砂浜から高速で海へ浸水していく。甲羅の裏にたまった空気を装甲のスライドで抜き、バラスト注水、後部のスクリューを起動し、水の中を歩いていった。
「どういう機体なんでしょう? 見た限り、人型ですけど?」
「この基地で作られた試作品だろうさ」
〔甲殻・十式〕二番機の操縦者たちは言って、そのまま〔アル〕が隠れた岩礁に二本のアーム・シザーを向ける。機関砲の砲口がしっかりと狙いを定めた。
落ち着き払った操縦者には、高みの見物といった気楽さが窺える。
その気配を樹たちは気付かなかった。
「どうする? あのワラジムシ、そう簡単には上陸させてくれそうにない」
樹の表現に彩子は疑問を持ったが、状況が不利なのは同意だ。
水辺での機動力に劣る〔アル〕では、出ていくだけいい的になる。ビーム・ライフルも、右脚部レールガンもこの状況では使えない。
〔アル〕が様子を窺っていると、刹那、盾にしていた岩礁が吹き飛んだ。
「な、何よっ!?」
彩子が叫ぶ。
岩礁の破片が降り注ぐ中、〔アル〕は背中から派手に海へと転んだ。水柱が盛大に立ち上る。
「……っ! いる、敵っ!」
「――――っん」
音は左から高速で迫りくる〔甲殻・十式〕一番機の影を見た。サンゴの死骸や岩が目立つ底を走る姿を見るのは、彼女の人生初めてのもので、恐怖心とともに場違いな関心が湧いていた。
樹は海中を滑るように接近してくる敵機に戦慄して、すぐにスロットルレバーとラダーペダルを操作する。
岩礁を破壊したのはその機体の小型魚雷だ。水を得た〔甲殻・十式〕一番機は今度こそ小型魚雷の照準を〔アル〕に合わせた。
「水の中では、こちらが上だっ!」
〔甲殻・十式〕一番機は操縦者の気合に合わせて、小型魚雷を二本を発射。まっすぐに白い泡の軌道を引いて、進んでいく。
水中では電磁兵装は使えない。軌道を変えることはできないのだ。
〔アル〕は上体を敵機に向けながら、右腕部に装着しているカタナを展開。カタナが腕部に埋め込まれているジェネレーターの供給からプラズマを纏い、爆発的に加熱。
水中で強烈な爆発。
水が一気に蒸発し、泡のカーテンを作った。周囲の砂がさらに巻き上げられ、海の透明度を下げる。
「な――――」
〔甲殻・十式〕一番機の副操縦者がその爆発に驚いていると、機体を煽る水流が襲い掛かった。歯を食いしばる二人の操縦者は機体を沖合の方へと移動させる。
無論、放たれた魚雷にも影響が及ぶ。泡のカーテン到達する前には、軌道を乱され互いに衝突した。
再度、巨大な爆発が起きる。水面では水柱が乱立し、穏やかな海を荒らした。
「なんて、派手に立ち回る」
「試作機は、素人でしょう」
浜辺で待機する〔甲殻・十式〕二番機の操縦者は降り注ぐ、海水と岩の破片を見て言った。かんかんと二番機の甲羅に破片が叩きつけられる。
「――――っ。立て直して」
〔アル〕がカタナの急速加熱による蒸発と魚雷の爆発によって、転がるように右へと流される。泡を纏い、砕けたサンゴの死骸と砂を巻き上げながら。
彩子はぐるぐると流れる通常モニタと投げ出されそうな衝撃に吐き気がした。地上では宇宙の戦い方は通用しない。だが、命を縛り付ける緊張感は変わらない。
「立て直す立って、これじゃぁ……」
「立つ。樹、立てっ!」
「そういうなら――――っ」
樹はくらくらする頭で音の強い声を信じた。
〔アル〕は右腕部で受け身を取ると、すぐにカタナを構えて立ち上がった。海水を滴らせながら、月明かりを浴びる。
「出てきたっ」
その瞬間を浜辺で待機していた〔甲殻・十式〕二番機は見逃さなかった。
二本のアーム・シザーから徹甲弾が吐き出される。
「ほら来たっ!」
樹は〔アル〕を後退させながら、向かってくる徹甲弾の嵐を回避する。
弾幕は容赦なく〔アル〕の動きを制限しつつ、水中の味方に有利な位置、沖合へと追い込んでいく。あくまでこれは牽制。いくら徹甲弾とはいえ、致命傷を与えることはできない。それは、〔アル〕が左腕部で弾いていることから実証されている。
樹たちはざぶざぶと墨汁を垂らしたような海に〔アル〕が沈んでいくのを感じながらも、弾丸の雨を恐れた。心がきゅっと締め上げられ、息苦しさを誘発させる。
一か月前まではこの中を飛び回っていたのが、嘘のように感じられた。
「音、五時方向に敵の砲撃。もう一機は、大きく旋回して……、十一時方向よ」
彩子は電子戦用モニタで水中の〔甲殻・十式〕一番機の動きを追跡しつつ、反対側から仕掛けてくる二番機の方角を割り出した。
後は、音のタイミングと照準に合わせる。
「よし、よし。次だ」
「照準、合わせ。敵、アームウェア、十二時方向に捉えた」
沖合に一度退避し、変形した〔甲殻・十式〕一番機はとんぼ返りで〔アル〕の正面から攻撃を仕掛ける。
水中での目くらましはもう効かない。いくら水流を乱れさせようにも沖合からの攻撃では、うまくとらえきれない。加えて、動きの鈍さはよく見させてもらった。
だから、一番機の操縦者たちは撃墜に何の疑いも持たなかった。自然と主操縦者の顔には笑みが浮かんだ。
「――――発射っ」
主操縦者が操縦桿のトリガーを引いて、〔甲殻・十式〕一番機は一部の変形を解いて、小型魚雷二本を発射した。高速で〔アル〕へと向かっていく。
「――樹、ジャンプっ」
音が叫んだ。
樹は身構えたいただけに、すぐにも行動に移した。
〔アル〕は牽制弾から逃げるのをやめると膝を曲げて、そのばねを使って飛び上がる。コンデンサーの電力すべてをつぎ込み、少しでも跳躍力を上げるため、脚部サブ・スラスターをも噴射。
プラズマ推進のスラスターでは、大気圏内では微々たる力しか発揮できない。むろん、それだけで大質量の〔アル〕を持ち上げるなど不可能だ。追加装甲をつけても同じことだ。
「――――ぐむっ」
首をすぼめる三人。
上から降りかかる衝撃に耐えながら、音はある操作をしていた。
「あの機体で、跳んだ!?」
牽制弾を送っていた〔甲殻・十式〕二番機は一度その手を緩めて、跳び上がった〔アル〕を見た。
〔アル〕はその三十メートルの巨体でつま先も水面から離れて、空中へと舞い上がった。二十メートルほどの跳躍。だが、この跳躍は見るものを釘付けにする驚きがあった。
それは、水中にいる〔甲殻・十式〕一番機もそうだ。
「敵が水中から脱した? だが、そう簡単に捕まるものか!」
〔アル〕を捉えていたはずの小型魚雷は大きく空振りし、浜辺近くで爆発した。
再び、海水と砂の雨。
それを確認するよりも早く、〔甲殻・十式〕一番機はまたも大きく旋回し沖合へと逃げようとする。
その瞬間を、音は待っていた。
「もらたっ!」
音が嬉々とした声を上げて、肩部のマルチ・ハープーンを発射した。跳躍時に展開していたお蔭もあって、後は照準を合わせるだけだった。
ワイヤーの付いた銛が二本、浅瀬に入ってきた〔甲殻・十式〕一番機の予測コース上に撃ちこまれた。
そのころには〔アル〕も大胆に着水して、脚部に踏ん張りを利かせる。
「早く、進路を――」
「ダメだ。まにあわ—―」
〔甲殻・十式〕一番機は遠心力の影響を受けながら、撃ちこまれたワイヤーに正面から絡みついてしまう。しかし、機体のバランスを崩しながらも勢い任せに引き千切ろうとする。
ワイヤーが張り、無理やり一番機の動きを止めた。
すぐにも、〔アル〕がウィンチでワイヤーを巻き上げながら、接近する。
だが、浜辺にいる〔甲殻・十式〕二番機が慌てて、接近しようとする。ハサミにある機関砲の残弾も少なく、水中に入って加勢する方がよいと操縦者たちは考えたのだ。
「動きを止めるわよっ」
「あい! お願い、彩子」
音の言葉を受けて、彩子は『幻覚』を発動した。
強力な電磁波が大気を伝って、〔甲殻・十式〕二番機の動きを止める。
「なんだ? フリーズ現象を、『幻覚』を使ったのか」
「すぐに、復旧させます」
焦りを押し殺すように言葉を交わす二番機の操縦者たち。
そんな〔甲殻・十式〕二番機をしり目に、〔アル〕はずんずんと水をかき分けて、ワイヤーに絡みついてもがく一番機を捉えた。
「樹、音、これは戦争じゃないからね」
「わかってる」
「だいじょぶ」
彩子の心配そうな声に樹と音は心得ていると自信たっぷりに言った。
これは宇宙での戦争ではない。純血派によるテロ行為。戦争でもそうだが、簡単に命を奪っていいものではない。
だから、〔アル〕は〔甲殻・十式〕一番機に覆いかぶさるようにして取り押さえて、マルチ・ハープーン一本を抜き取った。
「なんだ? 何をする気だ?」
「こ、殺さないでくれぇ」
英語の情けない声が樹たちの耳元に届いて、気持ちが冷えた。
「大切な命なら、こんなことするんじゃないわよっ!!」
彩子が日本語で叫ぶと、一番機の操縦者たちから呆気にとられた息が漏れた。
瞬間、樹が〔アル〕に抜き取ったマルチ・ハープーンの銛を力任せに、振り下ろさせた。その圧倒的な力で、〔甲殻・十式〕一番機のスライド部分に銛が突き刺した。もちろん、操縦席を外している。
それでも〔甲殻・十式〕一番機は痙攣したように、全体を震わせると海中に沈んだ。
ここからは、彩子の仕事だ。
「これで、一機かな」
「あとは――――」
樹と音が二番機の方へ気を移していくと、警報音が鳴り響いた。
それは、復帰した二番機からの小型魚雷の攻撃だ。
「しま――――」
樹と音が急いで対処しようとスロットルレバーとラダーペダルを切り返したが、魚雷は〔アル〕の脚部に命中。
「ぁあああああっ」
「くぅうううっ」
「…………っ」
立て続けの衝撃が三人に襲い掛かり、〔アル〕が正面に倒れ込む衝撃にシートに押し付けられる。
「よし。一番機、今のうちに離脱しろっ」
「早く、離脱してください」
浅瀬を行く〔甲殻・十式〕二番機は倒れ込んで動かない〔アル〕に注意を払って、接近していく。今の攻撃で機能不全になったのか。あるいは、操縦者が気絶したか。
二番機の操縦者たちは攻撃が命中した高揚感もあって、楽観的に見ている節もあった。
「どうした? 応答しろ」
「妨害があっても、この距離なら聞こえるはずなんですけど……」
二番機の操縦者が不審がっていると、一番機がよろよろと海中で節足脚部で立ち上がった。
「おお。よかった。立ちましたよ」
「見ればわかる」
それは本当に、仲間を思いやる者の声だった。
その声が届いたかのように、一番機は絡みつくワイヤーを展開したアーム・シザーで退けて、二番機の方へ滑るように向かっていく。
「こっちに来なくていい。早く、とどめを――」
二番機の主操縦者が照れ臭そうに言った瞬間、〔甲殻・十式〕一番機は両方のアーム・シザーを伸ばし、二番機の装甲を掴んだ。まるでスカート捲りをするかのような動き。
「な、何をするっ! おいっ!」
「様子がおかしいです。一番機、応答してください」
〔甲殻・十式〕二番機の副操縦者が無線に問うがまったく受け付けない。
二番機は味方の行動におびえたように後退しながら、アーム・シザーで一番機のアームを引きちぎろうと動かす。
だが、装甲を持ち上げられたことで内部へと続く隙間ができていた。そう、ちょうど小型魚雷がと売れるくらいの。
「ごめんなさい。けど、あんたたちが悪いんだからねっ」
「女? 子供の声だと!?」
二番機の操縦者たちに聞こえたのは、なんと〔アル〕の操縦者である彩子の声だった。
その驚きが覚めるよりも早く、〔甲殻・十式〕一番機が甲羅の下から一発の小型魚雷を撃ちだした。
魚雷は二番機の内側へと潜り込むと、その足場で爆発した。
「なんだとぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
二番機の副操縦者が声を裏返しながら叫ぶ。
機体は宙へと舞い上がり、一回転すると浜辺へと叩きつけられた。尻からつき上がる激震に、操縦者たちは意識が朦朧となる。手足が痺れる感覚と、キーンと耳鳴りが聞こえた。
信じられない。一番機が反旗を翻し、あまつさえ女の子の声が聞こえた。あり得ないことだ。
二番機の操縦席では次々と機体の破損状況が表示され、戦闘不可能の警報が鳴り響いている。
「彩子、すごい」
「こんなの、〔アル〕がすごいだけよ」
「まぁ、ともかく、有線クラックは成功」
三人は気持ちを落ち着けながら、倒れっぱなしの〔アル〕を起き上がらせる。
有線クラックはマルチ・ハープーンを対象〔AW〕に埋没させ、銛部分と接触している回路からメイン・コンピューターへ侵入。クラッキングを施す機能だ。もちろん、システムを破壊することもできるが、技能次第では敵機を操ることも可能となっている。宇宙では追加装甲が被さって、マルチ・ハープーン自体射出できなかったために、この機能は使えなかった。
彩子は電子戦用モニタに映る〔甲殻・十式〕一番機の映像を横目に、〔アル〕の損傷報告を見取った。
「左脚部、サブ・スラスター大破。けど、走る分には大丈夫みたい」
「後、二機。早く、しよ。樹、彩子」
「けど、このワラジムシの操縦者どうする?」
樹は動かなくなった〔甲殻・十式〕二番機とペットのようにワイヤーにつながれている一番機を見下ろした。このまま放置しても、操縦者が再起動しかねない。
そこで、彩子はワラジムシ発言に耳を塞ぎつつ、提案する。
「面倒だから、こうしましょう」
言って、呆れ顔の彩子は支配下に置いている〔甲殻・十式〕一番機を操縦する。
一番機はマルチ・ハープーンが刺さったまま水中を歩くと、テール・スタビライザーを沖合の方へ向けた。
〔アル〕は残りのマルチ・ハープーンを巻き上げながら、その様子を見守る。怪しい動きはない。こうしてみると何とも不思議な機体だと思う。
「緊急脱出、発令」
彩子が宣言とともに、スロットルレバーのボタンを押した。
すると、〔甲殻・十式〕一番機の背部がスライドし、勢いよく何かが飛び出していった。さながら、ペットボトルロケットのように。
「おお。何か、飛んだ」
「操縦席ブロック。まぁ、これでこの機体で悪さはできないわ」
感嘆の声を上げる音に彩子は胸を張って言う。
射出された操縦席ブロックは沖合の方へ飛んでいくと、パラシュートを展開して着水した。残った〔甲殻・十式〕は操縦者を失ったが、彩子が何気なくラダーペダルを踏み込んで、少し体を斜めにさせた。制御回路はまだ生きているのだ。
しかし、樹は着水した操縦席ブロックを見て言った。
「誰があれ、回収するの?」
「え? べ、別に後で拾えばいいじゃない。この調子でもう一機もやって、すぐに、マスドライバーに向かった二機を追わなきゃ」
「…………そうね。まだ、気を抜くには早いか」
後で、海上保安庁に連絡して保護させればいい。というより、こうして浜辺でドンパチしていれば、押っ取り刀で動いているだろう。
だから、樹は次の敵に対する緊張感を持った。
「よし。これで、大丈夫だ」
暗い空に伸びる橋。〔AW〕を軽く凌駕する高さと幅は、障害物のない芝生の上から海へとそのレールを伸ばしている。例え風が強かろうとも、軋む音は一切しない。それだけ、頑丈なつくりをしているのだろう。
〔ブレードランナー〕一番機の操縦者は巨大な投射装置マスドライバーを前にして、ちょっとした達成感を抱いていた。
それは、この巨大な装置を破壊するからだ。そうなれば、宇宙開発ひいては棄民政策がなくなり、混血派による地球支配がなくなる。加えて、マスドライバーを破壊しても純血派の犯行だとはメディアは取り上げないだろう。
取り上げるとするなら、『新人類軍』による破壊活動ではないかという憶測が飛び交うだろう。もちろん、それには純血派が流し込む役割を担うし、政府の高官は宇宙での戦争に敏感だ。
「爆薬のセットは済んだな? では、次にいくぞ」
「へ? 次ってなんだよ?」
一番機の操縦者が問う。
爆薬を指定の場所にセットし終え、二番機の操縦者は外に出て目立たないところで時限装置をセットしていた。小さな時限装置だ。〔AW〕の高感度センサーでも見つかりにくいよう場所や装置の材質も工夫している。止めようと爆薬に触れても、連鎖爆発する仕掛けが施されている。
なんとしても、マスドライバーを破壊したいのだ。
二番機の操縦者はタイマーをセットして、ヘッドギアのインカムに言った。強い潮風とともに、雨粒らしい冷たいものを頬に受けた。
「浜辺の方で爆音があっただろう。何かがいるんだ」
「そんな。ここには、戦力はないって――――」
「言い訳はみっともないぞ」
二番機の操縦者は茶化して、自機の背部ハッチに滑り込んだ。狭い隙間に体を通せば、あとは体を挟むような操縦席へと座るのみ。操縦桿を握り、ペダルに足を固定する。
「言い訳じゃない。いつまでも、新米じゃない」
「その言い方が、若いな」
二番機の操縦者はハッチを閉鎖し、背中を押される形で胸をクッションに押しつける。
〔ブレードランナー〕にとって、いや、〔AW〕にとってもっとも邪魔なのが操縦者の空間。だからこそ、この機体はその空間を最小限のものにして、少しでメイン・コンピューターのプロセッサーや冷却装置、空調を徹底したのだ。
その圧迫感こそ、操縦者には精神的強迫観念を与える。
「ついてこい。目にもの見せてやろうじゃないか」
「……了解」
一番機の操縦者は不満顔で応答し、素早く移動を開始する〔ブレードランナー〕二番機に自機を追随させる。これが初めての実戦ながら、彼には恐れというものがなかった。
単純に無知なのだ。気持ちはそれを感知せず、異様な自信だけが沸き立っていた。




