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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十一章
83/152

~親と子~ 迫りくる『敵』

 風を切る。


 緩やかなカーブを曲がり、なだらかに上下する道を滑走していく二台の自転車。


「――――もうっ。話になんないっ」


 彩子(あやこ)はハンドルにつけた通話の切れたタブレット端末を見て叫んだ。警察に電話してもまったく相手にしてもらえなかった。当然だ。テロ犯が女性一人を人質に、ファミレスにいます、と言ってどう信じろというのだ。それが長年逃亡を続けている指名手配犯ならいいが、童祇(どうぎ)和豊(かずとよ)は行った犯行についてメディアで取り上げられても、その名を晒したことのない人間だ。もちろん、特徴など誰も知るはずがない。


 紫色に染まる空の下、彼女は必死にペダルをこぎ続け、胸が苦しくて仕方なかった。


「こうなるって、わかってたのに……」


 新しく作られた道路はまだ人通りが少ないのか、昼間に吸った熱をアスファルトが放出していた。


(おと)、ちゃんとついてきてる!」

 

 彩子(あやこ)は振り向いて、追随する(おと)を見た。


 今は後悔しても始まらない。早く種子島基地に戻って、(いつき)に知らせる。そして、結喜(ゆき)の夫である人物を安全な場所に移送する必要がある。


 (おと)もタブレット端末をハンドルに固定して、連絡を取っていた。(いつき)だ。風下にいるため、彩子(あやこ)にはその声はわからなかった。


 仕方なく彩子(あやこ)は片手でタブレット端末を操作して、(いつき)に割り込み通信を入れる。まもなく、マルチ回線でつながった。


「どういうこと、彩子(あやこ)? あの人が来てるって、冗談でしょう?」


間髪入れず、(いつき)の気怠そうな声が耳に届いた。


「冗談言ってる場合じゃないのは、(おと)から聞いてるでしょうっ」


 むせかえりそうな呼吸で、彩子(あやこ)は声を張る。


 それから、後ろの(おと)に腕を回して見せて、早くしろと合図を送る。


「あい。わかた」

「何が?」

「こっちの話よ。それよりも、そっちで変わったことないの?」


 追随していた(おと)が速度を上げて、彩子(あやこ)と並ぶ。


 (おと)も長い髪をなびかせて、立ち漕ぎの姿勢を取る。からからと車輪が鳴る。


 タブレット端末の向こうで、(いつき)と誰かが打ち合わせをしている。その落ち着いた雰囲気は、彩子(あやこ)の焦燥感を駆り立てる。


「早くしないと、ジャンクロフォードさん、どうなるかわかんないんだよ!? それでも、娘?」


 ぐずっと(いつき)が鼻を鳴らした。触れられたくない部分を突かれて、彼女は狼狽していることだろう。


「話が飛び過ぎてるの。信じる方が難しい」

「こっちだって、わけわかんないのよ。だけど、警察は取り合ってくれなかったし…………、そっちで動いてもらわないと困るのよ」

「動かすたって――――、誰か空いてる人、いるんですかぁー?」


 (いつき)の声に、どよめき声が湧いた。


 それが、賛同を得ない声だと彩子(あやこ)(おと)は思った。


 潮気を含んだ風で、体中がべとついて気持ち悪い。地面から這い上る暑さも、風を切りながらもまとわりついてくる。


「ああんっ。いいから早くしなさいって、馬鹿っ! だったらまず、ジャンクロフォードさんの旦那さんを逃がすなり匿うなりの手立てを考えて。陸路でも、海路でも、空路でも何でも使いなさいっての」

「無茶苦茶言って。大体、なんでここにいるって知ってるの?」

「だから聞いたのよ、あんたのお母さんにっ」


 彩子(あやこ)は勢いに任せてまくし立てるが、(いつき)はあくまで冷静な対処を返してくる。


「ふぅん。(おと)も言ってたけど、仮にあの人が教えたにしても、ありえないわ。そもそも、あの男が自分の行動を他言するとは思えないし」

「あんたに会いに行くってのを、聞いたらしいわよ。とぼけちゃって。現にいるんでしょうが、その人」


 彩子(あやこ)(おと)が操る自転車は緩やかな上り坂を越えて、暗い海を横手に見ることができた。夜の深さを吸い込んだ水平線が黒く染まっている。


 坂道に入って、足を休ませてバランスに神経を注ぐ。パニアに入った買い物が後ろを重くし、重心がおぼつかない。


 (いつき)がもごもふごと何かを言っているが、今の二人には耳を打ち付ける強風しか聞こえない。


「え? 何よ?」

(いつき)、何いてる?」

「知らないわよ」


 彩子(あやこ)(おと)は声を張り上げて言い合い、ゆっくりとブレーキをかけてカーブを曲がる。


 そのころになって、ようやく強風が収まり(いつき)の切羽詰まった声が響いてきた。


「――――のっ?」

「あい?」

「だから、敵はどういう規模か知らないの?」

「し、知らないわよ。そこまで気が回らなかったわっ」


 彩子(あやこ)の返答を聞いた(いつき)が何やら周囲に確認を取って、さらに慌ただしい声で通信してくる。


 緊迫感がひしひしと伝わるノイズ。種子島基地でも、何か緊急事態が起きたのだろうか。


「わかった。こっちで――――、あの人の迎えは準備する。二人は早くこっちに来て」

「どうしたのよ? 急に物わかりがよくなってさ」

「沿岸に不審な大型船舶が二隻。どういうわけか、識別信号なし。応答もなくて――――、え? RO‐RO(ローロー)船?」


 (いつき)はそんなことを言って、向こうで何かを打ち合わせている。


 彩子(あやこ)(おと)は顔を見合わせるなり、頷いた。敵だ。童祇(どうぎ)和豊(かずとよ)の部下たちの船だと直感した。根拠はない。組織の規模もわからないが、何となく先の和豊(かずとよ)の自信に満ち溢れた顔を鑑みるに、奇策を練っているはずだ。


 陸路からの奇襲。しかし、拉致されるときに見た人数を考えれば小規模だ。人員はおそらく少ないだろう。


 空路からの強襲。しかし、宇宙での戦争、とりわけ宇宙船落下からの空への目は厳しくなっている。そうやすやすと民間機が飛べるものだろうか。


 そして、残ったのは海路。


(いつき)、早くお母さんを迎えに行ってあげて、あと、お父さんのことも」

「わかってるっ!」


 ぶっきらぼうな声で(いつき)は答えると、通信を切った。


 彩子(あやこ)は平らになり始めた道路を確認して、(おと)に言った。


「行っくよぉ!」

「おーっ!!」


 二人はギアを上げて、力の限りペダルを踏み込む。ぐんと重くなるペダル。


 潮風と岸壁を打ち付ける波の音を音楽にして、二台の自転車はぐんぐん速度を上げていく。


 紫色の空が、徐々に深い青色へと変えていく。


「あ、一番星……」


 彩子(あやこ)だ。


 こんな時に我ながら何をしているのか、と自虐的に思いながらも、夏の空に輝く一番星を見つけた。それは日の恩恵と夜の静寂の間に燦然と輝きを放っていた。


 その時だった。


 後方からぱっと光が伸びて、彩子(あやこ)(おと)が乗る自転車の影が前方の地面に映し出される。自動車車が来ているのだ。


(おと)、後ろについて」


 彩子(あやこ)の言葉に、(おと)は素直に従って、自転車の速度を緩めて、ぴったりと彼女の後についた。それから、間隔を保ちつつ道の端へと二台の自転車は寄った。


 ビーッ、ビッ、ビーッ!


 後ろからひび割れたクラクションの音。

 

「何? 狭い?」

 

 (おと)は肩越しに後方を一瞥する。ヘッドライトの明かりで車体が全くわからない。


「まさか、追手? やりそうだけど……」


 彩子(あやこ)はつぶやきつつ、ただひたすらペダルを漕ぎ続けるほか思いつかない。


 クラクションは止んで、ぐんと後方についていた自動車が二人の横に併走する。


 軽トラック。しかし、なぜか、フロントガラスの一部にひびが入ってる。


 彩子(あやこ)(おと)は息を切らせながらも、横目で確かめる。そして、運転手の影を見つけて、目を疑った。


「二人とも…………、うんっ。大丈夫、みたいだね」

「ジャンクロフォードさん!?」

結喜(ゆき)さん!」


 そこには、残していったはずの結喜(ゆき)・ジャンクロフォードがほほ笑んでいた。


「自転車止めてっ! 乗っけてくよ」

「あ、ありがとうございます」


 彩子(あやこ)(おと)は自転車に急ブレーキをかけて、しばらく滑って停止。


 結喜(ゆき)の運転する軽トラックも二人の少し前で、ハザードランプをつけて停車する。


「よかった。よく、わかりましたね?」


 彩子(あやこ)(おと)が自転車を押して、近づくと結喜(ゆき)が運転席側の窓から顔を出した。その顔には、脂汗が浮かんで、息が苦しそうだった。


 二人は彼女が必死に追ってきたのだと思った。


「あの人が来るとしたら、どこかなぁって考えたら、軍事基地かなって。それだけ。さ、早く荷台に自転車乗っけちゃって」


 彩子(あやこ)たちは声を弾ませて、重たい自転車を協力して乗せる。ここに放置してもよかったが、何となく気が引けてしまったし、結喜(ゆき)が言ったのもあった。

 

 乱暴に自転車を荷台に載せて、二人は助手席に回り込んでドアを開いた。


 その先の光景はどこか異様で、しかし、どこが異様なのか一瞬理解が追い付かなかった。


 結喜(ゆき)は片手でハンドルを握っていた。左腕だ。それは何ら問題はない。ただ、右腕を隠しているように見える。見られたくないものを隠すようなニュアンスだ。


「早く閉めて。急いでるんでしょう?」

「あ、うん、はい……」


 彩子(あやこ)(おと)はそそくさと乗り込んで、ぎゅうぎゅう詰めで座った。(おと)がドアを閉める。


 すると、結喜(ゆき)は左手でセレクトレバーを操作して、一層ブレーキを踏みしめる。ハンドルを握ると素早くブレーキからアクセルへと右足を移動させて、発進する。


 その時、彼女の表情が苦悶に満ちたことを(おと)は見逃さなかった。


 ゆったりとした発進だったが、すぐに速度は上がっていった。荷台の自転車ががたがたと音を立てる。


「ね? どして、右手、つかわない?」


 (おと)がシートベルトを締めながら、おずおずと尋ねると、苦しそうな呼吸を繰り返す結喜(ゆき)は横目でちらっと見た後、辛そうに笑みを作った。


「ちょっと。折れちゃったかも」

「折れたって!? 何簡単に言ってんのよ! 車、止めてください。今からでも、救急車を――」

「いいのっ!!」


 心配する彩子(あやこ)にまたあの叱り声を上げる結喜(ゆき)

 

 ぐんとカーブを曲がる軽トラックに合わせて、三人の体が遠心力で左側に寄った。とくに彩子(あやこ)はシートベルトがないために、思い切り(おと)に抱きかかえられる姿勢になった。


「だけど、怪我してる……」

「いいの。自分でしたことだから……」


 結喜(ゆき)は見事な運転で軽トラックを操って、綺麗な海となだらかな丘が左右に流れていく。


 彼女はついさっき、自らこの軽トラックに身を投げ出して跳ねられた。一メートルは体が宙を浮いて、固い舗装路に叩きつけられた。それでも、まだひどい打ち身と体を庇った右腕と右足の骨折程度で済んでいるはずだ。しかし、右脇腹が異様に痛むのが気になって入る。


 結喜(ゆき)の行動に、和豊(かずとよ)とその部下は混乱して、軽トラックから降りてきた運転手から逃げるようにその場から姿を消した。それは彼女が見せた予想外の行動であり、おっとりした雰囲気から感じ取れない行動力に驚かされた結果だ。


 運転手はすぐに警察に電話して、救急車の手配をしていたが、それを結喜(ゆき)は遮って車を貸してくれるよう頼んだのだ。


「――――っ」

「無理、ダメっ」


 (おと)の言葉に、結喜(ゆき)は微笑んだ。自虐でもない、自嘲でもない。ただ、安心してほしくて笑いかけるのだ。


 気が動転していた運転手にも彼女はそうして、どうしても行かなきゃいけないところがある、と懇願した。もちろん、運転手はそんな要求をのめるはずもなく、ただ首を横にしか振らなかった。


「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


 彩子(あやこ)の悲鳴にも似た声。


 結喜(ゆき)は脇腹の鈍痛に顔を顰めたが、短く息を吐いて、何とか痛みを抑え込んだ。


 そうした痛みをかかえながらも、彼女は運転手の制止を振り切って、運転席に乗り込んだのだ。鞄と帽子を運転手に預けて、必ず返しますから、と言ってフロントが歪み、右のヘッドライトは砕けた軽トラックを走らせた。


 今にして思わば、どこのアクション映画だと彼女自身恥ずかしく思う。だが、そんな無茶を通したからこそ、彩子(あやこ)たちと合流できた。


 それに、結喜(ゆき)の目的は変わっていない。


「うん? 後悔したくないからっ」


 結喜(ゆき)は言って、一気にアクセルを踏み込んだ。


 そして、軽トラックは一瞬車体を浮かせて、高速で海岸沿いの道を突き進んでいく。ガシャンと荷台で自転車が悲鳴を上げる。




 海上のRO‐RO(ローロー)船では、種子島基襲撃の準備が整っていた。


 それは、純血派を語る童祇(どうぎ)和豊(かずとよ)の同志であり、国籍は違えど愛国心に満ち溢れた者たちだ。彼ら、彼女らは混血派の超国家的思想を認めず、自らの国の文化を守るという大義を掲げて、武力を行使する。


 超国家は国民、人種のアイデンティティを損なうと感じており、積み重ねてきた歴史を否定するやり方を混血派はしていると考えるのだ。資本主義に踊らされているに過ぎないとさえ、和豊(かずとよ)一派は考えるようになっていた。


「一番、二番、準備よーしっ」

「カタパルト、装着します」

 

 船内のデッキでは、十数人規模の乗員が、これから出撃する〔AW〕の準備に急いでいた。


 デッキにはカブトガニのような〔AW〕、〔甲殻・十式〕と呼ばれる機体がクレーンに吊るされて、レールカタパルトへの固定作業に入っていた。さらにその奥では、肩の張った人型〔AW〕、〔ブレードランナー〕が体育座りで待機している。


〔甲殻・十式〕は日本製の複座式水陸両用機として、つい最近まで活躍していた機体だ。水中では平べったく広がった装甲を丸めて、卵型に変形し、潜水艇として潜航する。陸地では現段階のカブトガニのような形態で、甲羅の外側に収納されているハサミ型のアームで攻撃する。甲羅の下には、水中用の火器が仕込まれている。


〔ブレードランナー〕は中東で量産された機体で、〔ファークス〕シリーズの血統に属している。低コストで値段的には優しく、内戦時にはゲリラに人気があった。純血派が使用する〔ブレードランナー〕は、操縦席周りの防水加工を施し、今回の上陸作戦に備えた。が、水中での活動は皆無。早く水揚げしなければ、装甲の合間から海水が浸水し電子兵装を壊してしまう。もともとの生まれが乾いた土地故だ。


 デッキの作業員は大きな動作で、クレーンの操縦席に合図を送って〔甲殻・十式〕がカタパルトに固定されたのを知らせる。そして、他の数名がすぐに〔甲殻・十式〕に四人の綴じ昇って、だらしなく四方に垂れ下がったワイヤーの端、機体を支えていたフックを取り外す。それから、四人の完了合図を受けて、クレーンがゆっくりと持ち上げられていく。


「一番機、準備完了。そちらのタイミングに合わせる」

「メイン・エンジン、出力上昇。データリンク……、完了。海は穏やかなようだな」


〔甲殻・十式〕操縦者たちはそう指令室に英語で言った。多国籍であるため、全員が英語で意思疎通を図っている。


「了解。発信に入るが、〔BR〕一番機の牽引索を出し忘れるな?」

「わかってる」


 言って、操縦者たちは小さな階段状の操縦席で計器類の最終確認を終えた。


 すると、デッキの方では警報が鳴り響いた。発進の合図、退去命令だ。


 乗員たちは迅速な動きで、タラップを駆けあがり、狭いキャットウォークに退避する。


「発進までカウント、三〇」


 指令室からのアナウンスが待機中の機体、ならび乗員たちに伝達される。


 RO‐RO(ローロー)船の後部ハッチが開き、真っ暗な水面と夜の青がさらされた。吹き荒れる風と、波の飛沫がデッキ内に入り込んでくる。


 そして、カタパルトレールがまっすぐ海面に向けられる。


「一〇――――」


 波の揺れは穏やかなものだが、狭い空間にいる〔甲殻・十式〕操縦者たちと〔ブレードランナー〕の操縦者はぐっとお腹に力を入れて、酔いを抑える。


「三――、二――、一――っ」


 瞬間、〔甲殻・十式〕が高速で海に放り出された。


 後部から入った機体は滑るように水面下に潜ると、すぐに卵型の潜水艇形態になった。


 深度は一〇〇。まだまだ、浅い位置だ。


「牽引索、出せるな」

「ああ。もう少し潜ってくれ。スクリューに巻き込まれるぞ」


 操縦者たち入って、主操縦者が〔甲殻・十式〕を潜航させる。ゆったりと深度一五〇まで潜ると、少し前にRO‐RO(ローロー)船を捉える。


 安全を確認し、後部のスタビライザーから牽引索を放出。


「…………マーカー、確認!」


 船尾で一人の乗員が浮き上がった牽引索の浮きを視認して、無線のマイクに言った。


「了解。続いて、〔ブレードランナー〕、発進までカウント、三〇」


 指令室から新しい指令が飛び、今度は体育座りの〔ブレードランナー〕がまずゆっくりと台座ごと下がる。そして、〔甲殻・十式〕があった場所で一時停止。


「ビビるなよ、ひよっこ」

「わかってます。マスドライバーを破壊して見せますよ」

「一〇――」


〔ブレードランナー〕の操縦者はサブ・モニタに映る小さな浮を見て、固唾を飲んだ。ぐっと操縦かんを握る手に力がこもる。

 

 それが伝播したのか、〔ブレードランナー〕は右腕部に持つアサルトカノンを少し上げて見せた。もう片方は台座をしっかりとつかみ、脚部もロックボルトで固定されている。


「一――――っ」


 操縦者は意識を後ろに引っ張られる感覚に支配されて、左腕部の操作が一瞬遅れる。


 そうしている間にも、高速で放出された〔ブレードランナー〕は水面を切って、軽く跳ねた。それからは、緊急バラストが展開、ぎりぎりで沈没を防ぐ。


 すぐ横に牽引索のワイヤーが見えた。


〔ブレードランナー〕の操縦者はシートに体を叩きつけられながらも、機体にそれを掴ませ、マニピュレーターの回転でしっかりと巻きつけた。


 もう一隻の船はもう一組の〔AW〕バディを送り出していた。


「牽引確認。これより、状況を開始する」


 全体にそうした指示が飛ぶと、海に巨人を乗せたボートが二隻とそれを先導する甲殻生物が高速で目標の種子島基地に突進していく。




 警報が鳴り響く。


 しかし、地下施設にいる老人たちはのんびりとした様子で改良された〔アル〕を見上げていた。


「ほんに、大変じゃねぇ」

「敵が来とるんでしょう?」

「なんでも、あの子の親父さんが原因だとか……」


 そんな井戸端会議など目もくれず、(いつき)は〔アル〕の肩に乗って、ヘッドセットに叫んだ。彩子(あやこ)とやり取りの後、すぐにスーツ姿のまま最終調整に入ったのだ。


「敵が来てる!? アームウェア二機が海上から? 信じられない」


 (いつき)は〔AW〕が高々老人一人のために送り込まれることに疑問を感じた。


 そもそも、誰が〔AW〕で攻め込んでくると思うだろうか。地球にある〔AW〕はその原動力である『ガンメタル』を宇宙の戦争のために、送られているはずなのだから。


 しかし、その思考は(いつき)をひらめかせた。


「いや、ここの警備が手薄だからアームウェアで攻め込んだの? ううん、待って……。それにしては、やっぱり大がかりか……」

「どうした?」


 無線の向こうで、若い男の声が響いた。


 そこで、(いつき)ははたとわれに返って、〔アル〕の首部に屈んで外部制御パネルを操作した。


「ちょっと考え事」

「そうか。もうすぐ、残り二人が行く。親父さんの方は、その二人を送り届けてくれたご婦人に任せる」

「…………」


 (いつき)はアーノルド・ジャンクロフォードが自分の父親だという事実を、周囲が知っていることにやり場のない虚無感を覚える。


 血のつながりは絶てない。


 アーノルドの言った通りだから、余計彼女の中で独りよがりな自分がいることを思い知らされる。


 外部制御パネルの指令が伝わり、〔アル〕の頭部ハッチが開いた。


「敵が来てるのに、何考えてんの」


 (いつき)はヘッドセットを押さえて、頭を振った。雑念を今は入れてはいけない。


 敵が〔AW〕を投入してきたというなら、それに対抗できるだけの武力を使う。正当防衛だ。


 (いつき)は立ち上がって、大きく足を踏み出そうとしたが、依然としてスーツを着ていたために、タイトスカートが歩幅を制限する。


「もうっ。これだから、スカートって嫌い」


 (いつき)は抱え込んでいた不満をぶちまけるように、スカートの裾を両手でつかむと、ぶちっと引き千切った。気持ちがスカッとするくらい、横に見事な切れ目が入って動きやすくなった。


 (いつき)は大胆に破いたスカートで大股歩き、さらには頭部を上った。女の子としての自覚よりも、今は目の前のことに集中していたかった。


「ミス・佐奈原(さなはら)。調整ぃいいっ!!」


〔アル〕の頭頂部、ハッチ前で待機していた北欧系の男作業員が絶句して、(いつき)を凝視した。


 正確には、その雪のように白い太ももまで露わになった彼女のおみ足。大胆に破られた切り口の一番上に、ちらりと桜色のものが覗き見ていた。


 当の本人はずかずかと慣れた足取りで、ハッチの前まで来た。


 彼は最後の良心で立ち上がって、ハッチの前から一歩退く。


「何驚いているの? 敵はもう来てるんでしょう?」

「お前は格好をどうにかしろって」


 作業員はロリコンでないことを心で言い聞かせて、しかし、目の前で仁王立ちして見せる小さな少女に女を感じている自分に不甲斐なさを覚える。


 (いつき)はああ、とスカートを一瞬見てから、素知らぬ顔でハッチに滑り込む。


「別にいいでしょう。いい歳して」

「ここ一か月の付き合いで言う言葉が、それかよ」


 作業員は飽れつつ、ハッチを覗き込んだ。


 (いつき)はシートベルトをして、起動作業に入っていた。慣れた手つきで、コンソールを操作する様は、作業員から見ても一流のものだった。


 作業員もその雰囲気に感化されて、冷静に報告する。


「海上保安庁からの情報は、あてにならなかった。間違いなく、不法船だ」

「海保が?」

「こちらの要請にこたえなかった。お役所仕事らしい言い訳だよ。、そんな船舶は確認できないと」


 (いつき)は起動に入ったメイン・モニタを見ながら、質問する。


「庇ってるの、その船舶を?」

「可能性は大。純血主義の過激派なら、そういうコネを作ってるって噂だからな」

「純血主義、ね。だから、あの男を狙うわけ……」


 (いつき)はアーノルドが狙われているのを、再認識する。


 OSの起動画面が切り替わって、地下施設の光景が映し出される。ふと足元を見れば、一台のカートがついたところだった。


 素早い動きで、後部の二人が降りて、リフトに乗った。夏らしい薄手の服装をした人物と束ねていた長い髪を振りほどく人物だ。


「来た。すぐに出るけど、武装はどうなの?」

「ビーム・ライフルは論外だ。カタナ一本でやってくれ」

「四本全部そろわなかったの?」

「前のヒートブレードよりずっといい品だ」


 ビーム・ライフルもこの種子島基地で改良化されて、収束率や出力制限を上げることに理論上成功している。だが、地上の大気の中で撃てる段階ではない。仮に持ちだせても、おいそれと基地周辺で使えるものでもない。


 (いつき)が硬い表情をしていると、作業員はそれに、と目を輝かせていった。


「カタナはブシの魂だろう? 日本生まれのこの機体なら、チャンバラも余裕だ」

「…………。もういいっ」


 (いつき)は彼のねじまがった認識を是正したかったが、すぐに諦めた。


 日本でつかられたからと言って、侍のような洗練された活劇ができるものか。


 そう思っていると、ヘッドセットから荒い息遣いが聞こえてきた。声は二人。おそらく、カートから降りてきた人物だ。だから、相手がだれか(いつき)にはわかる。


「すぐに出るよ、彩子(あやこ)(おと)


 (いつき)はヘッドセットのマイクに向かって言った。

 

 すぐに、彩子(あやこ)の苛立った声が響く。


「何やってんのよ、あんたはっ!」

「出撃の準備。アームウェアが出るから、対応――――」

「あんたのお母さん、怪我してるんだよっ!」


 そこで、(いつき)は言葉を飲み込んだ。


 そんな報告は受けていない。母が怪我をしているなど、一言も聞いていない。歯車が狂ったように、思考が混乱する。冷静になれと、なけなしの理性が警鐘を鳴らす。


「それでも、わたしたちを送って、旦那さんを避難させるって…………。それなのにあんた、顔も見せないで何してんだって、聞いてんのよ!」

彩子(あやこ)、落ち着いて……」

「――――ハッ! ご、ごめん。あたし、何、責めてんだろ……? 本当に、ごめん、なさい」


 彩子(あやこ)(おと)に咎められて、われに返った。

 

 怪我を押して、軽トラックを運転してきた(いつき)の母親、結喜(ゆき)のことを考えたとき、自分の至らなさを痛感させられる。なぜ、ここで治療させなかったのか。ここを守りきると約束して、留めなかったのか。


 いや、彼女は白人の老人を乗せてこの場を離れることを、むしろ望んでいるようでもあった。その男こそ、旦那であるアーノルド・ジャンクロフォードだ。


 そして、彩子(あやこ)はやって来る敵の存在に、気が行ってここに立っている。


 (おと)もまた、結喜(ゆき)の容体が心配だったが、和豊(かずとよ)の部下による攻撃と聞いては、無視できないでいた。

 

「…………別に。それよりも、早くして」


 (いつき)は震えた彩子(あやこ)(おと)の息遣いに、心が冷やされて、冷徹に物事を運べそうだった。


 母は、彩子(あやこ)(おと)に優しかった。かつて自分にそうしたように、もう一度母親をやろうとしている。その気丈な強さが、今の(いつき)に辛かった。何もできずに泣いたあの幼い母しかしらない彼女には、他の姿を想像できない。


 彩子(あやこ)(おと)はヘッドセットから聞こえた(いつき)の声に、胸が苦しくなったが、リフトが胸部位置に上がると気持ちを切り替える。


「わかったわよ。ちょっと待ってなさいよ」


 まず、彩子(あやこ)が電子戦を行う操縦席に飛び乗った。


 それからリフトが横へ移動し、


「ちょとまつ」


 次に(おと)が火器管制を行う操縦席に乗り込んだ。


 二人が起動している間、(いつき)はハッチの前待機している作業員に手を振って、退避を指示。


「がんばれよ、英雄」


 彼はそう言って、姿を消した。


「英雄……。そんなの、いないのに」


 (いつき)はハッチを閉じて、各機能が起動、出力を上昇させていくのを確認した。


「二人とも、準備はいい?」

「大丈夫。地上戦は初めてだけど、やってやるわよ」

「あい。がばる」


 今、この時だけは気持ちを一つのことに集中することができる。


 一か月前。宇宙で戦っていた時と同じで、それ以外のことを考えなくていいすっきりとした思考リズムが、また三人の中に駆け巡る。


 だが、今回決定的に違うのは、彼女たちは守ること、そして、敵を確実に憎んで攻撃するという意思が介在していることだ。


 (いつき)は外部スピーカーのスイッチを入れて言った。


「発進する。カタパルト、外して」


 瞬間、〔アル〕の脚部を固定していたロックボルトが解除された。


 ずぅんと機体全体が沈み、アクティブサスペンションで上体を持ち上げる。オートバランサーが働き、直立姿勢を保つ。


「人、いない。だいじょぶ」


 (おと)がシートベルトを締めて、足元のメイン・モニタに人影がないことを確認する。


「了解。動くよ」


 (いつき)は宣言して、ゆっくりとスロットルレバーを上げる。


 それに連動して、真新しい装甲を輝かせ、細く締まった巨躯を脈動させる。腕部には、一振りのカタナ。ヒートブレードの半分ほどの幅で、日本刀の細く優美なデザインをしている。本来なら、片腕に二本一対で装備されるのだが、あいにくと残り三本は海外発注でまだ届いていない。


〔アル〕はゆっくりとその巨大な一歩を踏み出し、床を踏みしめた。


 ガツンッと(いつき)たちはお尻と鉄板で叩かれたような痛みと、体の内側が弾む感覚を覚えた。パイロットスーツでなければ、衝撃緩和も体の固定もままならない。


「いったぁいっ!」

「頭が、くらくらするわ」

「我慢して」


 さらに、〔アル〕が方向転換して、〔ヴァール・マイスター〕が停泊するプールへと向かう。


 メイン・モニタが上下に大きく揺れ、目に悪い。


「地上でこれを使ってたって、相当ね」


 (いつき)は愚痴りながら、〔アル〕をゆっくりとプールまで行くと、その出入り口である水門をモニタに捉えた。分厚い上下開閉式の水門は、古く海水につかっていることもあって、波が打ち付ける個所にはフジツボが繁殖している。


「ここから、海に出る」

「海に出るって。大丈夫なの」

「水圧は問題ない。(おと)

「あい?」

「新しく、マルチ・ハープーンていう武装が追加されてるから、操作を覚えて」

「新し、武器? なとか、する」


 (おと)が躊躇いがちに言うと、〔アル〕は水門前停止。


 脇にある手動開閉装置をセンサーに捉えた。これは〔ヴァール・マイスター〕のマジックアームで開閉できるように設計されたものだ。もちろん、〔AW〕のマニピュレーターでも可能だ。


 (いつき)は自動制御で〔アル〕に手動開閉装置を解除させる。ノブを指でつまんで、あとは手首の回転で回す。


 すると、分厚い水門が徐々に開き、プールの海水を暴れさせる。


「すごい。このまま、水路になってるんだ」


 彩子(あやこ)は電子戦用モニタ越しに見えるメイン・モニタの映像を言った。


「行くよっ」


 (いつき)は水門が開き切ったのを確認して、〔アル〕を豪快にプールの中に飛び込ませた。

 

 瞬間、その激しい入水に水柱が立つ。停泊してる〔ヴァール・マイスター〕が大きく船体を揺らす。溢れた海水が床に流れ込んで、近くのコンテナをさらう。小さな水害だ。


 しかし、その様子を組み立て装置の上で見ていた老人は、からからと笑う。


「なんて、無様な発進だ。格好悪いわ!」


 そんな声など届くはずもなく、プールに飛び込んだ〔アル〕はその深さにアンテナ兼発信装置である角一本しか水面に出ていない。本体はどっぷりと海水につかり、すばやく操縦席に与圧がかけられた。


〔アル〕は素面に上がっていく泡を払いのけて、ざぶざぶと水の抵抗をもろに受けながら水路へと進んでいった。

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