~親と子~ 混血
敏信からこの種子島基地で行われている〔アル〕の修理を聞いたアーノルド・ジャンクロフォードは、ただただ呆れるばかりだった。
投資している側としては、もっと有意義な使い方をしていると思ったのだが、まさか子供三人のために施設そのものを使用するとは、思いもよらなかった。
「まさか、ドクターともあろう人間が子供のおもちゃ作りか」
「ふぉっふぉっふぉ。耳が痛い意見ですじゃ」
敏信は顎髭を擦りながら、そう返した。
目の前の男に対して、できる限りのことは話した。地下施設のことを除いて、樹からの修理依頼が来てからの経緯についてだ。
アーノルドは姿勢を正して、訝しんだ目を老人に向ける。
「まぁ、過去の陸戦データが収集できたのと、新機軸の『ガンメタル』エンジンの実験コストだと思えば、御の字だ。データはわが社にも、送られるのだろうな?」
「そうなるかのぉ。『地球平和軍』の方にはもう送ってしまったんじゃが、需要あるかの?」
「こちらで、決めることだ。無意味な詮索はやめてもらおう」
アーノルドはやはり、藍崎敏信を抱き込むのは難しいと改めて感じる。こうして対面してみて、誠実な体裁を取って、時に老人らしく振る舞う。情報をぼかす手口で、それをしらっとしてのける肝には感心せざるを得ない。
開発部門にこんな曲者がいたら、まず彼の経営する重工業社の経営はたちまち火の車なるだろう。
だから、アーノルドはその横に立ちすくんでいる樹に視線を移した。その姿が、彼女の母親の若いころと重なる。だが、そんな幻想をすぐに振り切った。
「いい働きだ。結果的ではあるがな」
「…………べ、別に――」
樹は震える唇で、どうにかそれだけ言い返した。
それだけしか、言い返せない。修理中の〔アル〕について言及されれば、押収されかねない。そういうことを平然とするのが、アーノルドという男だ。
「さて、今回の経費についてはこれでいいだろう。だが、今後の展開を聞きたいな」
「今後の展開?」
樹が小声で言うのを、アーノルドは聞き逃さなかった。
「かつての英雄の戦歴データで何をするのか? 新機軸エンジンに必要なものは何か? そういうことだ」
「ふむ。わしとしては、まだ研究途上のものじゃからな。迂闊には提供できんよ」
敏信が淡々と言った。
一研究者として、変質化した『ガンメタル』の動力は完全な形で仕上げたいという欲があった。〔アル〕に搭載したのは、その巨体にゆえにスペース確保ができたからだ。十五メートル前後の通常〔AW〕では、まず不可能だ。外部電源として活用できても、〔AW〕が持つ汎用性を大きく欠くことになる。
だから、〔アル〕で実験する必要があるし、変質化した『ガンメタル』についての解明もしなければならないのだ。
アーノルドは研究者お決まりの、神経質さと受け取って短く息を切った。
「それで、〔アル〕を差し押さえるの?」
樹が意を決して、譲れない意見を提示する。
「お前の玩具だ、好きにすればいい。だが、獲得した情報、技術は俺にとっては資産だ。お前だけに、留めるわけにはいかない」
アーノルドは静かに言った。
それは社運を担う責任者の言葉だ。利用できるものは、利用してきた。欧州の経済が破綻寸前の中で、託された会社を立て直した彼にしてみれば、ここで聞かされた話は有益なものだ。重工業社として、〔AW〕の部品下請けであるところのジャルーナ重工業だが、その製品の信頼性の高さは他者を凌駕するものだ。〔AW〕本体のシリーズがなくとも、エポッヘやエッジバルトといった大手からマーレージといった子会社まで広く浅く、シェア展開している。
一大企業としてのし上がった戦略だ。
戦略の中には当然人海戦略というのは、必須。だから、アーノルドはアメリカ人とドイツ人の中小企業の子息子女の間に生まれたのだ。そして、それ以上の血脈を広めたのも、アーノルド・ジャンクロフォード。
「新機軸の『ガンメタル』エンジンは、とてもいい。各企業の競争が強くなる」
「それしか、言えないの? あなたは――――」
樹はその彼の主義主張に、思わず口が動いた。
アーノルドが冷徹な瞳を向けて、眉を寄せる。
「いつもいつも、会社だとか言って何がしたいの?」
「…………」
樹の言葉には、何一つ心を揺さぶるものがなかった。
会社の傀儡というなら、アーノルドはそれでいいと胸を張って言おう。会社を継ぐために育ってきたのだから思考もまた同じである。そして、その志は十分に彼と彼を取り巻く環境を良くしていた。
許せないとするならば、その傀儡以下の何もできない人間だ。
「なら、お前は何のために宇宙にまで行った? 目的もなく、ただ俺から逃げることしか考えていなかっただろう」
「違う…………」
樹は弱々しく唇を動かして、しかし、それではだめだと頭を振った。
アーノルドにとって樹が出て行った経緯など興味はない。いかに、彼女の持つ能力を会社の利益につなげるかしか、考えていないだろう。
自然、樹の口調は虚勢を張っていた。
「違うっ。わたしは、あなたから離れてあの人ともう一度暮らすために、自立しなきゃいけない。そう思ったの。あなたの言いなりにならなくたって、生きていけるんだから」
アーノルドは姿勢を前傾させて、黄金色の瞳で樹を射た。
彼女の喉元が上下に動くのがわかった。
「それが理由か……。つくづく、自分の立場をわかっていないな」
「どういうこと? わたしは自分の力でここまで来たの。断じて、あなたの力じゃない」
樹とアーノルドの険悪な空気に、敏信は蓄えた髭を摩る。
空調の音が大きくなる。午後の日差しが一瞬陰りを見せて、部屋を暗くした。
「例え、ジャンクロフォードを名乗らなくとも、お前がその流れを汲んだ一人だということに変わりない。佐奈原姓を使うのは結構だ。問題ではない」
そこで区切って、呆れたように続ける。
「お前の資質を俺は高く買ってやる。他の連中とは違う、その才能をな」
「…………」
「そうすれば、あの女も少しは役に立ったと言えるようになる。お前を産んだという事実でな」
樹は体の奥底から這い上がる憎悪の波を、必死に押さえる。
この男はいつだってそうだ。人を愛することなんかしない。どこまでも、我欲に生きて、仕事にしか興味のない人間だ。そんな男の血を引いていると思うと、自分の生を嫌悪してしまう。
「最低……」
「フンッ。他の兄弟と違って、情念に流されやすいんだ、お前は」
「義兄さん、義姉さんなんか――――」
樹には腹違いの兄、姉がいる。アーノルドが混血を水準しているのは、大きな家系となっていくジャンクロフォードの名に優秀な才能を取り込み、またその人脈を取り込むためである。
実際、老体でありながら彼を頼るものは後を絶たない。それだけ、アーノルドの能力は円熟し、企業もまた巨大な力をつけている証拠だ。だから、彼は人脈のネットワーク構築のための結婚を容易にするし、自身の姓と血を分け与える。樹の母もまた、そうした素材として妾にされたに過ぎない。
故に、アーノルドにとって抱いた女などどうでもよく、その間に設けた子供に価値を見出すのだ。
樹はそんな人間を機械的にしかとらえない彼が嫌いだったし、その家系にいるもの嫌になったのだ。他の子供たちは、しかし、家督争いのためにその才能を磨き、家の主に尻尾を振るのだ。
「そういう人たちがいるんだから、わたしは会社のことなんか知れない。わたしじゃなくても、やりたい人がやればいい」
「それで、あの女を買い取ろうというのか? 同じだな、俺と」
アーノルドは健気に敵意を向けてくる樹にそういった。
彼女の持つ価値観は決して暴力的ではなく、策略と規則に沿ったやり方で手に入れるやり方を取る。型破りではない分、そこに論理的説得力を十分に備えさせ、論破する堅実な方法で実行する。
アーノルドが樹に目をかけるのは、そうした分析力や論理的思考を持っているからだ。自分でものを考え、状況から最良の手段を見出す。手間もかからない、即戦力だ。
だから、彼にとって樹を育てたという感覚はなく、ただ苗床を与えて勝手にきれいに育ったと思うのだ。
樹は髪の毛が逆立つ感覚を覚えつつ、努めて冷静を装った。
「同じじゃない。あの人は、わたしの唯一の家族だ。家族は、お金でなんか買えない。そうじゃなきゃ、あの人はわたしを――――」
「その環境をお前は買おうとしているんだ。そのためにあの女を養っていけるだけの稼ぎをして、不自由ない生活を提供する。そして、俺から取り上げるために策略する。意趣返しのつもりか?」
意趣返し。
樹は肯定しつつ、彼がそんな言葉を発したことに顎を引いて警戒する。
アーノルドはまだ幼かった樹を母親の元から切り離して、英才教育を施した。その間は、母親との面会も、文通もなかった。樹から母親のにおいを忘れさせるために。
だから、つい一年前に面会を許されたとき、彼女が見た母親というのはとても空虚なものになっていた。
だから、あの人という。確信を持てない、不確定な母性を再会した人に向けている言葉。
「それこそ、結果的にそうなるって言うの」
「それが、あの女の望みか? 産んだ子供に頼らなければならない、惨めな存在か?」
「そうさせたのは、あなたじゃないっ!!」
ついに樹は耐えられなくなって、声を張った。
とんとんと話を聞いていた敏信もその声には、少し驚いたようで頭を少しだけ上げた。
「あの人から何もかも奪って、偉そうにする。その傲慢な態度が一番嫌いなの。会社を大きくしたから、それが許されるって思ったら大間違いなんだから」
「…………」
アーノルドは肩で荒く息をする樹を静かに見つめて、軽く頭を振った。
家系のこととなると、この反発心だ。家を任されることの重責を知らない、まさしく子供の意見だ。
「右目を奪った女は、許すのか」
樹は咄嗟に右目にあてがわれた眼帯を押さえて、ぐっと顔を強張らせる。
確かに、右目が失明したのは母親のせいかもしれない。だが、それ以上にあてがわれた眼帯の下はおぞましいものとなっている。視力を失っただけのほうが、まだ気が楽だった。
「俺はそんな奴の元に、お前を育てる資格はないと判断した。お蔭で、おまえはこうして才能を開花させた、ということになる。忘れろ、そんな女のことなど」
どこまでも、アーノルドも樹の母親を否定し続ける。
もともと、アジア圏の情報網を築くためにも、流通に顔の利く人材が欲しかった。だが、どこも力のつけたものばかりで提携こそ結べても、支配までには至らなかった。そんな中で、力尽きそうな旧家の家長が苦肉の策とばかりに年端もいかない少女を寄こしたのだ。それによって、旧家、佐奈原家は彼の助力を得て、地方自治を取得し、流通企業の開拓を約束した。
衰退する家のために、人身御供にされた少女など何の期待もなかった。しかし、少女は従順だった。抵抗らしいものも見せず、大人しくそれこそ人形のような生き方をしていた。自分の人生を諦めていた。
それが子を産み、母親の自覚を持って、行動的になった。そして、子供を傷つけた事実が起こったことをひどく後悔していた。
ゆえに母親として認めなかった。自分がそうであったように、樹には親から離れた生活をさせた。それが最善であると判断したのだ。
「――――っ!」
樹は歯を食いしばって、バッと眼帯を乱暴に外した。
「こんな目にした、あなたがわたしの親だなんて認めないっ」
ジー…………、カシャッ。
樹の頭の中で何かが作動する。機械的なシャープな微音。脳の信号が微弱な電流を伴って、開け放たれた右目に往来する。
「…………なるほどのぉ」
敏信は初めて見せる樹の右目に、一人納得していた。憐れみと虚無感を含んだ口調だ。
常に眼帯をしているのは、単純に失明したのとその傷を隠すためにあるのだと思い込んでいた。
しかし、実際は彼女の右目には義眼が埋め込まれていた。
目玉が飛び出たように、白いつるっとしたセンサーが出ていた。瞼もなく、手術跡が痛々しく義眼の周り皮膚を変形させていた。表面は忙しなく回転し、壊れた涙腺からは潤滑油のように涙が垂れ流しになっていた。
こんな醜い目を彩子や音、母親には見せられない。
「わからないでしょう? 今、わたしの視界がどうなっているか? 十年前にこんな風にされたら、誰だって恨みを持つ」
まるで、よくできたCGを見ているような気分だった。正常な左目は機能を完全に停止し、右目によるよくできた虚像の視界だけが樹の頭の中に再生される。
そこには、生で見る柔らかな感覚はなかった。どこまでも硬質で、どこまでも冷たい。今見ている敏信とアーノルドも、人形のように無機質で応接室の備品が嫌に美化されて見える。
気持ちが悪い。怖い。
ジー、ジッ、カシャシャシャ…………。
頭が痛くなる感覚を覚えつつ、樹は虚像の視界に映るアーノルドを見た。その顔が無機質なモーション表情に見えて、さらに気持ち悪くなる。
「これが、子供のためにする親の所業って言うんでしょう? 最善だったって、あなたは自分を肯定するの。それが独りよがりな生き方だって気づかないから、いつまでも会社とか、利益なんでしょう?」
義眼から涙を垂れ流し、左目の瞳孔が開き切った樹。
アーノルドはその奇怪な顔に、思わず口籠る。必要だと思った結果が、樹に必要以上のコンプレックスを与えていたという実感はある。反抗的な態度や跡継ぎに興味を示さないのも、すべてはアーノルド・ジャンクロフォードその人が嫌いだからだ。
だが、樹は少なくとも彼を親として見ていた。見るしかなかった。
その事実こそ、アーノルドには不可解なものだ。だから、樹との会話が心苦しくなった。
「くだらない。親離れのできないお前がどう思おうと勝手だ。だがな、これだけは言っておく――――」
樹は眼帯を付け直しながら、暗い視界で声だけを聴いた。
「俺には家系を繋げる義務がある。それが優秀なものなら、必然ジャンクロフォード家は生き残る。未来を築くためだ」
人類史を聞いているような、不毛な主張に樹は虚しくなる。
会社だ、利益だといった男が最後に掲げる信念は結局、茫漠たるものだった。狭い視界しか持てない人間に、そんな長きにわたる野望を展望すること自体難しいものだ。
人は社会的な動物だ。そこから発展し、人間そのものが社会に対して謙虚であれと言いたいのだ。
どんなに才能を持っていても、どんなに利益を上げようと、個々人だけが躍起になっても意味のないこと。
「誇大妄想に、わたしは情熱を向けるつもりはない。それに、宇宙での戦争だってある」
樹は徐々に明るくなる視界に、目を瞬かせる。同時に右頬を濡らす涙の筋を拭う。
そして、アーノルドを捉えると寂しい顔をした。
「はっきり言っておくけど、わたしはジャンクロフォードなんて姓じゃない。佐奈原よ。佐奈原樹。そうやって生きていくことにした」
それは、事実上の絶縁宣告だ。
アーノルドの理想主義など興味ないし、ついていけない。彼の原動力がそうだとしても、きっとその主義を引き継ぐジャンクロフォードの子は少ないだろう。
アーノルドは苦い表情を浮かべたが、吹っ切れたように鼻で笑った。
「血のつながりは絶てないぞ?」
「少なくとも、個人的な関係は切れると思うから……」
それが親子としての、最後の会話。
だから、少しばかり込み入った家の話ができてよかったと思った。しかし、修復しようとは思はなかったのが残念だった。少しでも、親子がしたいと樹は願ったからだ。
拒絶したアーノルドはやはり、人の親に向いていないと悟っていた。
すると、ずっと傍観を決め込んでいた敏信が咳払いする。そして、ゆっくりとソファーから腰を浮かせる。
「さて、戦闘のデータを用意しますんで、ジャンクロフォード様。こちらへ」
「…………。わかった。案内を頼む」
アーノルドは一度口を開いた。だが、その先が出せず、無難な言葉が代わりに出てきた。
そして、彼は樹から目を離すと、敏信の背中に続いて応接室を退室した。
「すまない。下らん話で、時間を取らせた」
「いやぁ、わしも似たようなことがあったもんで、いいですじゃ」
アーノルドの謝罪の言葉が聞こえて、一人残った樹は振り返って窓の向こうを見た。
日が傾いて、徐々に日の色が淡いものになっていく。
最後まで、樹とアーノルドの間で、母親であり妻である結喜の名前は出なかった。それはさみしいことであり、樹の自信のなさを痛感させられることだった。
母親と暮らしたい。また、一緒に穏やかな日々を送りたい。
「あの人のこと、忘れるわけないでしょう……」
朱色さす日差しを見て、つぶやく。
もしかしたらアーノルドは結喜のことを忘れたかったのではないか、と樹は思ってしまう。




