~親と子~ 父親の接触
「え? 査察?」
樹は藍崎敏信に呼び出されるなり、そんな話を切り出された。なんでも、種子島基地の出資会社がここ一か月の莫大なお金の動きを懸念して、査察しに来るそうだ。
統合政府直属の研究基地兼シャトル空港とはいえ、その運営費には民間企業からの出資が必要だった。とくに、投射装置であるマスドライバーの維持費と送り出すシャトルの整備費用を鑑みれば、とても血税だけでは賄えない部分が出てきてしまう。その上で、研究機関としても機能しているのだから、莫大なお金が動くことになる。
もちろん、それは〔アル+1〕の修理費。極秘裏に進められていることもあって、疑われてもおかしくないことだ。適当に『ガンメタル』相転移実験や、新型推進機構だとか、それっぽいデマを報告していたこともあって、そのことも確かめたいのだろう。
すでにその使者は種子島基地に来ているらしく、ちょうど彼女たちのいる応接室に向かっているとのことだ。
「ほれ、〔アル〕の経費が予想以上にかかってしまったからの」
「うぅ……。それを説明するんですか?」
樹はスーツのジャケットの襟をぐっと下げて、形を整える。一応きちっとした格好でないと、何を言われるかわかったものではない。まず、彼女のような年端のいかない女の子が研究機関にいることから、納得させなければいけないだろう。
敏信は、よれよれの白衣の皺を手で撫でながら、向かい合うソファーの窓側に座った。体裁など気にしない。自身が研究者であることを訴える様な服装だ。
「そうなるの。じゃが、今からくる人はちぃと理解が早いと思う」
「話のわかる人、なんですね。お金の話するのって、嫌ですよ」
「研究者にしてみれば、切っても切れん問題じゃな」
敏信は言って、黒縁メガネを取って白衣でレンズを拭きだす。
樹はその様子を横目に、彼の据わるソファー横に立つ。敏信ほど地位も築いていない彼女には、今同席して使者を待つのはどうにも憚られる。
空調の涼しい風が頬を撫でる。外は暑いだろうと思って、ふと顔だけ振り返って背後のモザイク仕切りの向こうにある影を見た。
「お茶の用意をした方がいいですか?」
「気が利くのぉ」
敏信がのんきに反応する。
と、ドアの向こうからノックする音が聞こえてきた。
樹は反射的にドアの方へ向き直り、足を運ぶ。
「はい。少々、お待ちください」
樹はドアに背を預けるようにして、査察してきた人物を出迎える。
そして、その人物を視界に入れたとたん、彼女は自分の目を疑った。こんな辺鄙な土地にじかに来るような人物ではない。いや、なぜそよりにもよって、その者なのか頭が混乱する。
「なるほど。随分と、身を落としたようだな」
野太い声。地の底から沸き立つような響き。
ドアの前に立つ使者は白人の男。病的なまでに白い肌と年を取ってたれた頬肉、地層のように連なる皺、そして、黄金色の威風堂々たる瞳と髪。敏信に近い年齢だ。
樹は無表情を浮かべながらも、奥歯を噛み砕かんとするほど噛みしめていた。
忘れたくとも、忘れない。いや、決して忘れるわけにはいかない。
樹の人生を縛り付ける元凶なのだから。
「アーノルド・ジャンクロフォード…………」
忌々しげにつぶやく樹に、使者、アーノルドは鼻で笑ってカツカツと革靴を馴らして応接室に入った。
すると、敏信が肘掛を支えに立ち上がった。
「ようこそ、ジャンクロフォード様。まさか、あなた自らがおいでになるとはのぉ」
そのへりくだった言い回しに、樹は悔しさがこみ上げてくる。
何も言わずアーノルドはソファーに腰掛け、傲然たる態度をとる。それが当然であるように、向かい合う敏信は何も追求せず、腰を下ろした。
樹はしばらく煮え切らない思いで立ち尽くしていたが、心が落ち着いてくるとドアを閉めて、敏信の方へ回しこんだ。
「ビジネスだ、こういうときもある。さて、話してもらおうか? 何に、資金をつぎ込んでいる」
単刀直入。無駄話を許さない口調だった。
アーノルドは静かに、瞳を敏信から樹に移動させる。滑るような目線は、まるで二人に興味などなかった。話を切り出すのがどちらか、はっきりさせたいだけのものだ。
「…………」
「…………」
樹も敏信も目の前の男に下手な言い訳は効かないとすぐにわかった。
彼はビジネスマンだ。それも競争に勝ち抜くことだけを考える怜悧な闘争心を持っている。そうでなければ、わざわざ年老いた体を動かそうとは思わないだろう。
アーノルドが膝の上に肘を置き、前かがみになる。まるで、心の裏を窺うような姿勢だった。
「どうした? 時間の無駄だ。さっさと言え」
空気が張り詰める。
アーノルド・ジャンクロフォードという男を、樹はどこかで恐れていた。
欧州随一の重工業会社、ジャルーナの現最高責任者である彼は、二代目でありながら会社を世界進出させ、とりわけ宇宙開発事業を果敢に挑戦した経営者だ。世襲制度ながら、その約束された地位に見合うだけの能力があり、誰も彼の決定には逆らわない。
難攻不落の城塞のような強固な意志。そう誰もが思うところだ。
瞬間、樹とアーノルドの視線が交わった。
「――――っ!」
樹はきっと視線を鋭くする。
アーノルドは勇ましく毛を逆立てる猫を相手にしている気分になって、視線を敏信にやった。
「…………話にならん。ドクター・藍崎、知っていることをすべて言え。これがいる理由も含めてな」
アーノルドは苛立った声で、立ち尽くす樹を顎で示す。
樹の荒い鼻息を耳にして、敏信は仕方なしにぽつぽつと話し出す。
相手が老人だからと言って、アーノルドは気を抜かない。聞き取りにくい英語でも、傾聴し、注意深く視線を射てくる。
なるほど、この重圧は確かにキツイ、と敏信はシャツの襟を緩めた。
これで、樹の父親だというのだから、さらに緊張してしまう。
午後の日差しが傾き始め、しかし、日差しは相変わらず眩しく地面を焼いていた。
彩子たちは知り合ったばかりの結喜にアイスを買ってもらい、自転車を引いて、近くの公園まで足を運んだ。公園の散歩コースの途中にあった天蓋つきのベンチに陣取って、自転車のパニアからアイスを取り出した。
「ジャンクロフォードさんは、バニラでしたよね? 音も」
「ありがと、彩子」
「どうも、ありがとうね」
彩子はプラスチック容器のアイスクリームを二人に配って、自分はカップアイスを手に取った。
日よけの屋根があるだけで、いくぶんか涼しく感じられた。しかし、容赦ない熱風が吹き抜けるたびに、ため息が出そうだ。
「やっぱり、暑いですね」
「まだ、夏の空気が抜けてないから。夏休みも終わりになるけど、姉妹そろって買い物なんて素敵ね」
「姉妹、ですか?」
ベンチに腰掛けた彩子は帽子を取っている結喜に顔を向けた。
結喜はにこやかにうなずくと、プラスチック容器の上半分をおっかなびっくり外して、それをベンチに置いた。
「違うの?」
「ちがーう」
結喜の隣で早くもアイスクリームに齧り付く音が言った。アイスの冷たさとバニラの甘い味が口の中に広がり、ご満悦の顔を浮かべる。
その返答に、結喜が目を瞬かせて、両隣に座る少女を見比べた。
「まぁまぁ、そうなの。てっきり、あなたがおねぇちゃんかと、ねぇ?」
同意を求める声に、彩子は苦い表情を浮かべて、アイスカップのふたを外した。中には、新緑の色をした抹茶味のアイスがあった。
「似てますかね、あたしたち?」
「そう見えますとも」
結喜は胸を張って言う。それから、溶け始めたアイスを上品に一口。
「…………」
彩子はそんな結喜から視線を外して、抹茶アイスをついてきた木製のスプーンで掬う。
彼女は、自分たちが夏休み中の学生だと思っている。本当のことはもちろん言えないが、学生としてまだ見えるのだと思うと、彩子の今いる立場がどれだけ特殊か実感させられる。
感慨にふけりながら、アイスを口に運ぶ。抹茶らしからぬ甘さと渋さが、広がり、少し溶けた部分が滑らかな舌触りを醸し出した。
「うん。やっぱり、アイスの抹茶はいいわ」
「あら、詩野ちゃん。口のまわり……?」
「あい?」
結喜は口のまわりをべっとりアイスで汚す音に気付く。
音の方は呆けて首を傾げるばかりで、自分の口周りにしろ髭ができていることに気付いていない。
「ちょっと、人前で……」
彩子も情けない音の顔に、呆れる。
すると、結喜はカバンの中からハンカチを取り出し、手持ちのアイスを気にしながら、音の口周りをふき取る。
「ああ、ジャンクロフォードさん。いいですよ」
「いいの。なんだか、懐かしくて」
「むぐぅ……」
「ごめね――――、はい。これでよしっ」
結喜はハンカチを離して、頷いた。
音は少しむくれながら、しかし、彼女の朗らかな笑みを懐かしく感じていた。ずっと昔から自分だけに向けてくれる特別な優しい表情を思い出す。
「……母?」
「ん? カカ……」
音の言葉を、結喜はハンカチをしまいつつ思案する。
時間はさほど要さず、すぐに彼女は合点がいったような清々しい顔になる。その幼い感じが、どうにも違和感を出してしまうのだが、不思議と嫌悪感はなかった。
少なくとも彩子には、その仕草がゆったりとした感情を覚える。
「ああ、お母さん? そうね。そう…………かな」
結喜は遠い目線でざわめく森林の上にそびえる入道雲を見た。
夏の空はどこまでも澄んで、とても遠く居場所を思い起こさせる。雲が流れる。潮の香を含んだ熱風が、雑木林をざわめかせる。
彩子は溶けだした抹茶アイスをぱっぱと食べながら、今にも溶けそうな結喜のアイスに目を見張った。
「ああっ! 溶けてる、溶けてるって!」
「え? あらあらっ」
結喜は慌てて、溶けだしたアイスの表面を舐める。
そうしている間にも音は中のふやけたコーンまで食べきって、その様子を笑った。
「アハハッ。大変、大変」
結喜はがぶっとアイスを食べて、上部のソフトクリームの部分を平らげた。
その鼻先にはクリームがちょこんと居座っていた。鼻に冷たいものを感じた彼女は、すぐにも指先で払ってそれを舐めた。
「なんていうか、変わってますね」
彩子は一連の動きを見て、そう感想を述べる。
清楚なお嬢様風の女性が、こんな風に野暮ったいことをするんだなぁと驚きと呆れ、そして微笑ましさがあった。歳のほどはわからないが、もう二十代も後半くらいに見える。
すると、結喜ははにかみつつソフトクリームの下半分の容器からコーンを出した。
「そうだよね。もう三十だっていうのに、変だよね?」
「み、三十路いってんのぉおおおおおお!!」
彩子は思わず叫んで、まじまじと結喜の顔を見つめた。
薄化粧に、艶のある肌、飾り気の少ない彼女の顔立ちはそれこそ少し浮き出た皺に目を瞑れば、二十代で通用するものだ。スタイルも整っていれば、指輪をはめたほっそりした指は女の彩子でも綺麗だと思うほどだ。
音は疑いの目を向けて、結喜の方は顔を真っ赤にして空いている手で人差し指を立てて口元に当てる。
「しーっ。そんな大声出さないでよ」
「だって、嘘だぁ。こんなに綺麗なのにぃ」
彩子が間延びした口調で質問する。
結喜はさらに困った表情をして、音の方へ目を向ける。
しかし、彼女の目はそんな話題などどうでもいいとばかりに、結喜の手にあるコーンに注がれていた。なんとも、幼い仕草で人差し指を咥えている。
じっと物欲しそうな瞳に、急に胸が締め付けられる。この種子島まで足を運んだ目的を思い出す。
「どうぞ。食べかけでよければ、だけど」
「っ! ありがとっ」
差し出されたコーンに音は声を弾ませて、受け取る。
彩子が叱りつけるようと体を結喜の方へ乗り出そうとする。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「はい?」
体を半場乗り出していた彩子は慌てて元の位置に座る。
しんみりとした声。今までの明るい口調からは想像もつかないほど、結喜の纏う雰囲気が真剣なものになった。
「この辺で、女の子を見なかった? そう――、あなたたちと背は同じくらいかな。あと、右目に眼帯をしての…………」
語られた特徴に、彩子と音が口を半開きにして驚嘆の声を漏らす。もしかしたら、樹のことかもしれない。
「――――え?」
「え? もしかして、知ってるの?」
結喜が即座に反応して、二人に目線を走らせた。
「お願い。どこで会ったか、教えてくれない? その子、わたしの子なの」
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」
瞬間、彩子と音はさらに頭が真っ白になる事実を突きつけられ、悲鳴まがいの大声を出す。
木々で羽を休めていた海鳥が一斉に飛び立つほどの声量。周囲に自分たちの居場所を示すかのよう。
それには、結喜も思わず首をすぼめて、耐えるしかなかった。
残響が残る中、木々のざわめきが徐々に戻ってくる。
「あ、あの、二人とも……」
その言葉に、われに返った彩子と音は結喜を直視できなくなった。
言われてみれば、顔の形が樹に似てるような気もする。だが、それはまだ憶測の段階だ。多少似ているからと言って、そんな偶然がそうそう起きるものではない。
彩子は空になったカップをベンチに置いて、確認するために視線を交える。
「えっと、その子、おいくつですか?」
さすがに三十歳で、十六歳の子供がいるというのは怪しいものだ。逆算すれば、十代で生んだことになる。いくらなんでも、現実味のない話だと彩子は高をくくっていた。
「ええ、今年で十六歳になったけど」
「げっ。嘘――――、ですよね」
「わたしが十六の時に産みましたから、間違いありません」
それは、結喜・ジャンクロフォードが現在三十二歳だと暴露しているのも同然だ。
彩子は常識というのが所詮、杓子定規でしかないと思い知らされた。
結喜の懇願するような瞳が心に痛い。
「その人、名前、何?」
音が最終確認とばかりに、問いを投げかける。
すると、結喜は今にも泣きそうな瞳を彼女に向けて言った。
「樹。樹木の樹って書くの。もしかしたら、佐奈原って名乗ってるかもしれないけど…………」
「………………」
音はもう認めるしかなかった。
この浮世離れした女性は、佐奈原樹の母親であることを。
救援を求める視線を彩子に向けると、眉間に皺を寄せて難しい顔をして首を振った。教えないの、と唇が動いた。
しかし、音は彼女の警戒心は無益な気がするのだ。
「お願い……。教えて」
音の目の前でじっと見つめてくる結喜。
その必死な瞳に、嘘偽りはない。そう思えるのは、音の母親と同じ言葉では伝えきれないものを宿しているようだったからだ。
音はぐっと唇を噛みしめて、ゆっくりと口を開く。
「あのね。樹は――――」
すると、ひときわ強い風が公園を駆け抜けていた。
その拍子に、結喜の帽子が風にさらわれて、散歩道を転がる。それに付き従うように、ベンチに置かれたアイスの容器も飛ばされていく。
自転車は何とか持ちこたえてくれている。
「あ――、帽子が」
スカートと髪を抑える結喜。
目にゴミが入って、目を瞑る音。
「任せてっ」
彩子だけが、なぶられる髪を気にしながらもすぐに動いた。暑い日差しが肌を焼く。急に気温が上がったような錯覚を覚えて、軽く頭を振った。
帽子はすぐそばの植え込みに引っ掛かり、ゆらゆらと揺れている。もう飛ばされる心配はない。
彩子は駆け足で帽子を拾って、ほっと一息吐いた。
「ゴミも、拾わなきゃかしら……?」
そんなとりとめのないことを考えながら、彩子は振り向く。
「あ、あの、どちら様ですか……?」
結喜の戸惑った声が夏の暑い風に乗って聞こえた、
彩子は下向きだった視線を上にあげて、一瞬眩しさで目がくらんだ。だが、すぐにも座っていたベンチに数人の人が結喜と音の前に立ちふさがっているのが見えた。
「何、なんなの? ナンパ?」
そうつぶやきながら、彩子が早足に戻ろうと一歩踏み出した瞬間、
「久しぶりだ、彩子」
「――――っ!?」
背後から軽薄な声が飛んできた。
彩子は信じたくない気持ちを払いたい一心に、身を翻した。
しかし、現実は奇妙な再会をもたらして、彩子を噴気させる。
「どうしたんだい? いつになく、ご機嫌ななめだ」
「童祇……。あんたこそ、よくもあたしの前に出てるわね」
「別に、彩子に会いに来たわけじゃないよ? 本当さ」
その男は揺らめく散歩道を歩いてくる。
風采の上がらない背格好。ラフなシャツに、ハーフパンツと夏を満喫しているおっさんだ。肌が黒いのは焼けたのだろう。しかし、清潔感のある短い髪や柔らかい物腰は、とても良心的に見える。
見えるだけで、彩子にはその男、童祇和豊の本性はわかっていた。
「ひゃぁっ! 何するんです!?」
「あう!? やめてっ」
背後で悲鳴が上がり、彩子は弾かれたように和豊に背を向けて、走り出す。
見れば、結喜と音が先ほど眼前に立っていた人たちに拘束されているではないか。
「やめなさいよっ! 寄ってたかってっ」
彩子は帽子を握り締めながら、結喜を拘束する男に体当たりしようとする。
だが、他のメンバー、黒人の大男が素早く動いて彩子の小さな体を弾き返した。
その勢いに負けて、背中から焼けた地面に倒れ込むとすぐにそのメンバーがお腹に跪き、動きを封じる。じりじりと露出した肌が焼ける。その熱さに顔顰める。
「がっ――――」
同時に、彩子はおなかに全体重を乗せられ、胃の中のものが逆流しそうな気持ち悪さを味わう。
「皆守ちゃんっ」
結喜が後ろ手に拘束されながら、彩子に呼びかける。
音も拘束されながら、周りのメンバーを観察する。様々な国籍の人。日本人だけではなく、黒人や白人、男も女もいる。その奇妙な団体は、種子島基地の老人集に近い空気があった。
必死にもがく彩子の前に、和豊が立つ。
「やれやれ、血気盛んだとは聞いていたけど、すごいなぁ」
「あんたは――――」
「ボス。どうします?」
彩子を押さえつけているメンバーが英語で言った。
日陰になって彩子からは大きな人影にしか見えない和豊は、うんと親指を軽くくわえて思案する。
その間にも、音と結喜は振りほどこうと足蹴りしたり、拘束する人のつま先を踏みつけるがまるで効果がない。
「まぁ、ここだと何だ。ゆっくり食事でもしながら、話をしようじゃないか。それに、積もる話もある」
そういって、和豊は一瞬、結喜に視線を配った。
それに、と再び彩子を見下ろして言う。
「義理とはいえ娘だ。ゆっくり話をしたい」
その発言に、結喜と音は思考が追い付かず、抵抗をやめてしまう。
「だ、誰が、あんたなんか――――」
彩子は夏の日差しに目が焼けそうになりながら、決して憎い相手から目をそらさなかった。
「フンッ。連れていけ」
和豊はその反骨精神をめでるに値すると思って、そう指示した。彼女は十分に役に立つ。どういう経緯でここにいるのかわからないが、娘との再会は好機だと感じた。
そして、三人は童祇和豊とその部下たちによって連行される。
「童祇さん。これはどうします」
部下の日本人男性が止めてある自転車を指差して確認を取る。
「持ってってやれ。不審がられるだろう?」
そして、彩子と音の自転車も持ち去っていく。




