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マシン・レコード  作者: 平田公義
第一章
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~異変~ 絶望の淵へ

 すでに、電力供給が途絶えて数分は経っていた。

 (おと)たち、『奴隷階級(スレイブ)』は休憩所に閉じ込められ、精神的に疲れが見え始めていた。


 休憩所といっても、その実、備品も何もない留置所と変わらない。数人単位で部屋に入れられ、窮屈な間取りを共有していた。


「おい! 出せ! 死んじまう!」


 一人の男がヒステリー気味に、ドアの小窓にしがみついて叫んでいた。

 (おと)は部屋の隅っこで身を縮ませている。暗がりの中で、いつか窒息死してしまうのではないかと、震えていた。

 その隣で、(おと)の母、詩野(うたの)琴葉(ことは)が恐怖に震えるわが子の頭を撫でていた。(おと)の乱雑に伸びきった髪は、腰まで伸びて、手入れが行き届いていない。

 母親としては、娘のずぼらさが少し残念だった。


「大丈夫よ、(おと)。きっと助けが来るわ」

「ほとに? ほとに?」


 (おと)琴葉(ことは)は日本語で、二人でけの会話をしている。

 周りを見渡せば、ドアの前で怒鳴り散らす男を除いては皆、沈んだ表情を浮かべて壁際に背を預けている。

 絶望的な状況だ。彼ら『奴隷階級(スレイブ)』は受刑者であり、優先的に助けられるような身分ではない。職員や監督の軍人はとっくに逃げおおせた、と誰もが勘ぐっている。


 ここで、自身の罪を悔い改めても、助かるわけもない。だが、これが神様が与えた罰だというのは否定したかった。重犯罪者もいれば、軽犯罪者もいる。それが等しく裁かれるのは、どこか間違ていると思えるからだ。


「ええ。もうすぐ、助けが来てくれるわ」


 (おと)はそれを聞いて、琴葉(ことは)にもたれかかる。

 彼女にとって満面の笑みを浮かべて、母のぬくもりを感受できることはとても幸せなことだ。他の人がどう思おうと、(おと)には母親がすべてだった。


 琴葉(ことは)も彼女の純真な愛情を向けられることは嬉しい。だが、(おと)の将来を心配する親心もあった。いずれは、親の手を離れて自活できるようになってもらいたい、と考えてもいる。


「ねぇ、(おと)。地球に興味はない?」

「ちきゅ? お空の星?」

「ええ。お母さん、もうすぐ帰れそうなの」


 琴葉(ことは)は胸に秘めていた思いを吐露した。

 企業の経費横領で月送りになった彼女は、この過酷な環境で罪の意識を認識させられた。犯行に及んだ時よりも後悔の念は肥大し、自意識すら危ぶまれた。

 実際、精神的におかしくなった人は多数いる。いくら適性診断を受けているとはいえ、『地球平和軍』の強引なやり方では、無理が生じるのも道理。

 

 それでも、琴葉(ことは)は長い刑期を終え、もうすぐ出所できる。そして、彼女を支えたのは(おと)であり、(おと)の父親にあたる人のおかげだ。

 父親にあたる人との出会いは、正直好意的ではない。彼の精神安定のために、体を差し出しすよう強要されたからだ。その後、(おと)を身籠ったことを知って、嘆きもした。それでも、機会を見つけては会いに来てくれる(おと)の父親の優しさに、愛情を感じ、(おと)を生むことを決意させた。


 それを幸福と感じるようになったのは、時間の積み重ねでしかない。

 (おと)が幼児退行して、いつまでも子供であり続けようとも、それに向き合えるだけの愛情をし知った。そして、母親としての自覚が、琴葉(ことは)を強くもしたのだ。


「だから、(おと)も一緒に地球に降りましょう。ここに残ることはできるけど、お母さんの生まれ育った場所を見てほしいの」


 人が地球上の生物であると、本能的に彼女は知っている。宇宙という環境は、あまりにも厳しい。コロニー建設や月の採掘作業を、罪のない(おと)に続けさせたくないのだ。

 それが親心というもの。

 

 (おと)は難しそうな顔をして、首をひねった。


(かか)、ここ嫌い?」

「え? そうね……」


 単純な質問に、琴葉(ことは)は悩んでしまった。

『サテライト』の環境は怖い。だが、ここを離れれば(おと)の父親に会えなくなる。

 (おと)には父親の存在を明かしてないが、少なくともいることはわかっているはずだった。(おと)からも父親についての言及はなく、むしろ説明しようとすれば拒否を起こす。


 (おと)は母親の悩みが、自分と父親が天秤にかかっているように思えた。

 それが自分が捨てられる選択肢でないことを願うばかりだ。


 琴葉(ことは)はしばらく考えて、何かを決めたように(おと)に微笑んだ。


「嫌いじゃないけど、怖いところよ。だから、地球に帰りたいかな」


 それが琴葉(ことは)の本音。

 帰りたい気持ちは変わらず、もう一度人生をやり直したいと思っている。(おと)(おと)の父親を抜きにして、彼女の人生観からの回答だ。


「そか。(おと)、わかた」


 琴葉(ことは)の回答は、(おと)を幸せにするとは限らない。だが、母親の願いを叶えてあげたい、と幼心で思ってしまう。世間を知らない娘の、最良の判断だ。

 

「とはいっても、ここから出られたらね」

 

 皮肉たっぷりに笑う琴葉(ことは)に、(おと)は安心して、つられて笑ってしまう。

 互いを深く知っているからこそ、嫌なところも好いところもわかる。詩野(うたの)母子は、綺麗な親子なのだ。

 

「おい! 助けに来てくれたのか!?」


 ドアの前で、怒鳴っていた男がそう言った。

 休憩所に取り残された人たちが、歓喜の声を漏らす。先ほどまでの暗い雰囲気が明るくなっていく。


「助かるのか!?」

「よかった。本当に、よかった」

「ああ。神様、ありがとうございます」

 

 皆が喜びの声を上げる中で、詩野(うたの)母子も自然と笑顔が浮かんでいた。

 希望の光が見えた気がした。


(かか)、あたた!」

「ええ。本当に、当たったわ」


 そして、ドアの前にいた男が一歩下がると、自動ドアが開かれた。

 誰もが腰を浮かせて、出ようとする。


 だが、いち早く出ようとしたドア前の男が突き返された。


「なっ。何のつもりだ――――っ!」


 瞬間、銃声が鳴り響き、立ち上がろうとした人たちはみなしりもちをついた。

 そして、男が無言でその場に倒れ伏した。誰もが、事態の全容が分からず凍結状態に陥る。


 急速にこの場の空気が張り詰める。綱渡りのような危うさを持って、踏み外せば奈落の底に落ちていく感触。

 

 琴葉(ことは)は怯える(おと)を抱きしめて、様子を窺う。

 震えるわが子を強く抱きしめ、何があっても離さない姿勢だ。

 

(かか)…………」


 (おと)が弱弱しく問いかける。

 だが、琴葉(ことは)にこたえる余裕はなく、暗がりをじっと睨みつける。


 ドアから宇宙服を身にまといアサルトライフルを下げた人が入ってくる。

 ヘルメットのバイザーを下げており、顔まではわからないが、おそらく軍人だろうと予想する。

 何も話さず、ただ銃口だけをここにいる人たちに向けていた。


 誰もが恐怖にすくみ、動けない。

 

 (おと)琴葉(ことは)の肩越しにその人物を見た。

 そして、ただならない危険を感じた。本能的に、恐怖がすぐで口を開いて待っている感じ。


 宇宙服の襲撃者は、しかし、銃口を向けたまま慎重に後ずさっていく。

 

 それを退散と捉えてよいものかどうか、迷う人々。人が撃たれたことは、暗がりの中でもわかっている。だからこそ、簡単に引き下がるとは考えにくかった。


(おと)、あなたは絶対に――――」

 

 震える母親の声と抱きしめる力が強まるのに、(おと)は嫌だと叫びたかった。それが、琴葉(ことは)に対してか、宇宙服を着た人物にか、この不条理な現実にか。


 宇宙服を着た人物はドアの外に出ると、腰のベルトから何かを取り、休憩所に投げ入れた。


 誰もが投げ入れなれたものが、命を奪い取る災禍だと感じ取った。

 体感時間が急速に緩やかになっていく。


 ドアが閉じられていくと、誰かが悲鳴を上げた。


 それを引き金にするように、投げ入れられた手榴弾が爆発した。


「――――――っ!!!!」


 琴葉(ことは)が何かを叫んで、(おと)を部屋の隅に押し付けた。


 (おと)はわけがわからず、一瞬光ったのを見たが、部屋中に爆発音が轟き、目の前が暗くなった。

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