~親と子~ 残暑のころ
コフィン・コフィンは哨戒任務を終えて、『ガーデン1』の〔AW〕整備ドックに機体を係留させて、ハッチから出ていた。
〔ギリガ〕電子戦装備のハッチに、タブレット端末を持った整備員が流れてくる。
「どうよ? 試験兵器の調子は?」
「そうですね……。やはり、〔ギリガ〕には馴染まないみたいです」
コフィンはヘルメットを脱いで、生命維持装置の下方に装着する。それから、視線を横に向けて、試験兵器を一瞥する。
実験型分隊支援火器は、人で言えば機関銃だ。九〇ミリマシンガン以上の破壊力とベルト給弾の弾薬箱による弾丸増量が実現したが、いかんせん〔ギリガ〕シリーズを製造するエポッヘ社も初の試みらしく、うまくいかない部分が多い。バレルの強度や、装薬の改良、装弾の円滑な運動、脚架できない分の安定性を補う機構、などなど。
そういう問題を洗い出すのが、試験小隊の任務だ、とコフィンも自負している。
整備員も苦笑いを浮かべて、白い歯を見せた。
「まぁ、新型が技研の方で組み立てるからな。そっちの性能よりなんだよ」
「無責任ですね」
「そういうな。ここ最近、戦闘もなし。気が緩んでるんだ」
整備員の言うことはもっともだ。
ここ最近、あの〔イリアーデ〕回収作戦以降、敵である『新人類軍』は大規模な作戦を行っていない。観測情報では建設途中の『ミューゲル1』に活動が集中し、それを取り巻く施設を奪取する小競り合いがある程度。どれも陥落された報告はないが、無用な疲労感だけが蓄積されていく。
だから、コフィンの所属するカルマゾフ試験小隊は巡回任務にあたって、予防線を張っているのだ。
緊迫感を持っているのは前に出る〔AW〕操縦者や後方を任されている兵站くらいで、技術研究所や開発企業の興味はほとんど薄れている。
コフィンは口元を手で隠して、くすりと笑った。
「それだと、わたしたちが困りますよ。この子のこと、お願いしますね?」
「おう。任せろっ」
コフィンは整備員に軽く手を振って、控室の方へ向けてハッチを蹴った。
「准尉。手入れは任せてくれよっ」
「わかんないことあったら、俺に聞いてくれな、なっ!」
「おい。抜け駆けか!?」
コフィンは声をかけてくる整備員たちに愛想笑いをして、返答するしかなかった。
最近、声かけてくる男の人増えたなぁ、と心中つぶやきながらコフィンは控室のドアを開いた。
「あれ? ガイア大尉? あれ? 失礼しました……」
コフィンは控室にかつての上司、ガイア・キキリアの姿を見つけて困惑する。ここは今、カルマゾフ試験小隊が使用しているはずだ。なのに、別部隊の人間が当然といるのでは、間違えてしまったとしか考えられない。
「ああ、いや、あってるぞ。コフィン」
そういって、ガイアが愛想よく笑った。中年らしい野暮ったい色があり、若い男性にはない皺のラインがくっきりと浮かび上がる。
「はい……。あの、大尉はどうしてこちらに?」
コフィンは一緒に帰投したリーンやヤッシュの影を探すように、控室をきょろきょろ見回しながら、彼の前についた。
リーンたちが先に控室に流れて行ったのは、〔ギリガ〕の操縦席から見ていた。彼女が最後だったからと言って、何の音沙汰もなく隊員、隊長すら姿を消しているのは不審だ。
「いやまぁ、返事を聞きに……」
ガイアが下手に出て、しかし、どこか驕った表情を露わにする。
コフィンはなんとなく、彼が言いたいことは理解できた。それが弱腰の姿勢で聞きだされると思うのは、自分が安く見られている気がしてならない。
コフィンは視線を逸らして、唇を尖らせる。
「前にも言いました。家庭のある方とお付き合いはできません」
「どうして――っ」
「どうして、ですって!?」
コフィンはガイアの反応に、思わず声を大にする。
妻子持ちの殿方との危険な恋愛を望む女とでも思っていたのだろうか。それとも、ただの寝友達として交際しようと申し出ているのか。どちらにしても、彼女の品位を軽視しているものだ。
「奥さんとお子さんがいらっしゃるのに、どうして、はありません。あなたが愛した人とその子供ですよ」
「コフィンにはわからないだろうが、俺だって男なんだ。いつまでも、一人にこだわっていられない」
「不潔です。酷い人です」
コフィンは頭を振って、通路側のドアへ跳んだ。
と、ガイアが血相を変えて、横間に流れる彼女に取り付く。
「な、何するんですか――――、あうっ」
コフィンは肩を壁に強打して、そのままガイアに押さえつけられる。
ガイアの肩を掴む手に力が入る。
「宇宙に出た旦那を待つような奴じゃないんだよ、あいつは」
「それでも、家族でしょう?」
「子供が大人にもなれば、夫婦でいるってのは辛いんだよ」
その理屈にコフィンが愕然としながらも、どうにかガイアを突っぱねる。
確かに、永遠の愛はないのかもしれない。いつまでも、若々しいわけでもない。歳を取れば、関係が風化してしまう。そうなるとわかっていて、一緒にいるものではないのか。
「わかりませんよ。だから、断ってるんです」
コフィンは壁を手で押して、今度こそ通路側のドアへと流れた。
後ろから追ってくるのでは、という不安感が鼓動を早くする。
しかし、予想に反して通路へ出られ、控室から離れることができた。
「ちゃんと、以前にも返事したのに……」
コフィンはつぶやいて、以前人伝いに渡された封筒の中身を思い出す。
銀行の通帳とそのカード、加えてパスワードが記入された紙だ。そんな恐ろしいものは、ガイアに直接返却し、その上で交際や飛んだプレゼントは断った。
それでも付きまとうのは、やはり異常だ。
「どうしましょう――――」
「おおい。准尉っ」
「ひゃっ。せ、セルムットさん?」
悶々としていたコフィンは、突如目の前に現れた赤毛の青年、リーン・セルムットに驚く。そのせいで停止のタイミングを見失い、リーンにぶつかってしまう。
「おっと。どうしたんです?」
リーンはコフィンを受け止めて、壁に走る手すりを掴んで静止する。
彼は怪我の都合でこれまで任務から外されていたが、今回の哨戒任務で復帰したばかりだ。怪我も完治し、もうバストバンドをする必要もなかった。
だから、コフィンは彼の力強い腕やぶつかった胸板をなんとなしに意識してしまって、心臓が飛び跳ねた。
「い、いえ…………」
「そうですか?」
リーンの方もコフィンの体を離しながら、パイロットスーツ越しからもわかる肉感に、体が熱くなる。
「ところで、どうしてここに?」
「んあっ。えっと、忘れ物を取りに……」
コフィンは手すりを掴みながら、顔を真っ赤にするリーンに首をかしげる。
そうして、じっと見つめられるとますますリーンは口をもごもごとして、うまく言葉にできなくなった。男の部分が敏感になるのを認識してしまえば、なおのことだ。
「そう…………ですか」
コフィンは詮索するのを諦めて、視線を外した。
リーンはほっと息を吐き出すと、取り繕うように赤毛を掻きむしった。
「それじゃぁ、戻りましょうか?」
「え? 忘れ物は……?」
「ああ…………。もしかしたら、部屋に置いてきたのかも」
それだけ言って、リーンは背を向けて元来た通路を進んだ。咄嗟に出た言葉には、正直冷や汗ものだった。
彼にしてみれば、迂闊な行動だったのかもしれない。もともと、ヤッシュがコフィンも待たずに先に上がるのは、どうにも責任放棄だ。他の連中はそれを黙殺しているところを見てしまえば、不安感が沸き立ってしまう。
彼からすれば、何事もないように感じられるのだ。ただ、コフィンは置いてかれて焦っていたのだろう程度の認識しかない。出まかせにも、気づいていないようにも見えた。
「…………」
コフィンはリーンが嘘をついたことに気付きながらも、とりあえず騙されたふりをする。
そうしなければ、頼ってしまいそうだった。ガイアとの関係については、元部下でもあるリーンにはあまり知られたくない。厄介ごとに巻き込みたくないのと、ふしだらな問題を露呈してくないからだ。
「こういう弱音って、言っていいんでしょうか?」
コフィンは一人愚痴って、誰かに相談したい気持ちが膨れ上がった。
そして、あることをひらめいた。とても、古典的なやり口だ。
「こういうのって、さ。すっごい昼ドラ的展開じゃないかしら?」
「昼ドラ見たことないから、わからない」
「むぅ?」
樹たちは新調されたパイロットスーツの実験を終えて、潜水艦〔ヴァール・マイスター〕の停泊するプール際で休憩していた。
巨大な潜水艦が小山のように、漆黒の城壁のように少女たちの目の前にあるのは壮観だ。めったにない体験なだけに、樹たちは居残ったのだ、
すでにパイロットスーツのデータを取り終えたスタッフ一同は機材もろとも撤収し、簡易テーブルだけが、寂しく取り残された。
その上にあった持参していたタブレット端末にコフィンから新しいメールが届いたのだ。その内容は、妻子持ちの男性に言い寄られている友人に何かいいアドバイスはないか、というものだ。
樹は用意されていた温風機を前にして立ち、バスタオルで着ている海水の滴るパイロットスーツを拭いていた。新調されたパイロットスーツの性能は良好で以前よりも体に合っているうえ、圧迫感が少ない。関節運動も円滑だ。
「でも、メールの内容。コフィン准尉の友達からでしょう?」
「わかってないわねぇ。こういうのは、うたい文句よ、常套手段じゃない」
樹の意見を、彩子はしたり顔で吹き飛ばす。
彼女はタブレット端末を眺めながら、プールに投げ出している足をばしゃばしゃと海水を蹴った。潮の香りが一層濃くなって、鼻につく。
音はそんな彩子の横に腰かけて、ヘルメットを拭いている。長い髪を束ねており、いつもよりすっきりした顔つきに見える。
「そなの?」
「当たり前じゃない。あんたたちだって、それくらい察しはつくでしょうに」
彩子の言葉に、樹と音は、全然、と口をそろえて答える。息の合った呼吸で、関心のない風な視線をバタ足する耳年増に向けていた。
「嘘ぉ。普通、気づくでしょう?」
「あなたほど、そういう話に興味もないし」
「音も」
彩子はがっくりとうなだれて、バタ足するのをやめる。どうしてこう、乙女心に欠けているのだろうか。いや、乙女心云々でなくとも、不審に思うところだろう。
「じゃぁさ。コフィンさんに友達いると思う?」
その質問に、樹と音は一瞬虚空を見上げて、きっぱりと二人同時に口を開いた。
「いなさそう」
コフィンには決して聞かせられない印象だ。彼女が軍属貴族である以上、『地球平和軍』内部で友人と呼べるような人は少ないだろう。加えて温厚な性格ゆえに、どこか交友関係はドライな感じだしてならないのだ。
「でしょう――」
彩子は言って、プールから足を上げる。タブレット端末を簡易テーブルに置いて、バスタオルを手に取ると足の部分を拭き始める。もちろん、中に海水が入った感触はなく、一体になっているグローブからも何ら触感を得られない。
「きっと准尉、困ってるわ。嫌よね。こういう、節操なしの男って」
「節操なしというより、単純に若い子が好きなんでしょう」
樹はパイロットスーツを確かめて、簡易テーブルへと歩み寄る。
その視界の端に、修理完了間近の〔アル+1〕の巨躯が映り込む。思わず足を止めて、その方向に目が行ってしまう。
「もすぐ、だね」
音がヘルメットを抱えて立ち上がるとそういった。視線の先には、樹と同じものがあった。
一か月という時間を費やして、ようやく〔アル+1〕はもう一度宇宙へ戻るめどが立ち始めている。あと少しで、ここ、種子島基地での生活ともお別れすることになる。
今の〔アル+1〕は高機動追加装甲が外され、本来のボディを晒している。滑らかな曲線を描いた装甲、腰回りにはくびれも見受けられ、脇に収納装置を設けていた形跡があった。今は、追加装甲の連結装置として機能し、その役目をなくしている。そして、力強く引き締まった大腿部はかつて地上を駆け巡った躍動感を感じずにはいられない。
「意外とスリムだったんでしょ? 二号機って」
彩子が興味なさそうにパイロットスーツを拭きながら言う。例のアングラ雑誌に、二号機の写真があり、それを見ていたから言えることだ。
「膝から下はサブ・スラスター取り付けて太くなっちゃったの。でも、腕は細い方でしょう」
「細いって言っても、普通のアームウェアの二倍近くの腕回りがあるじゃない。十分よ」
樹の少し弾んだ声を聞いて、彩子はため息をついた。
樹が〔アル〕にご執心なのは、ここ一か月でよくわかった。修理だけでなく、新規の動力を搭載したり、ビーム・ライフルの弾倉たるエネルギーパックを開発したり、新武装まで用意させている。加えて、今まで使えなかった機能まで復帰させているだから、相当のものだ。
研究者らしい探究心。そう言ってしかるべき行動力だろう。
「それに、姿勢制御推進を本体に増設してるから、時間がかかるんでしょう? なければ、すぐにでも『ガーデン1』に行けるのにぃ」
「コフィン准尉のことなら、心配いらない。あの人だって、大人なんだから」
「のほほんとしてるから、危ないんじゃない」
「ぐんそ、いる」
音の発言に、今度は樹と彩子が口をそろえた。
「それはない」
音は目を丸くして、二人を見比べてヘルメットで顔を隠す。まさか、リーンの評価が低いとは思はなかった。
「軍曹さんって、どこか抜けてるのよ。ほら、コフィンさんもお嬢様でしょう? その辺の気遣いって、できなさそうじゃない」
「そうね。リーン軍曹は、どう考えても王子様でも騎士様でもない。あれよ、山賊」
「あ、それ思った」
「ひ、ひどい、二人とも…………」
音はリーンに同情して、つぶやいた。
コフィン以上にひどい言われようだ。
二人の男を見る目は常に辛口で、簡単には折れそうにない。リーンの人柄は別段悪いわけではないのだが、コフィンとの相性はよくなさそうなのだ。いくら意識し合っているといっても、根本がズレているきがするのだ。
樹は歩みを再開して、簡易テーブルにある自分のタブレット端末を操作する。
「でも、わたしたちが上に戻った時、ちゃんと待ってくれてる人いるんだよね」
待っている人がいるのは、とても安心できるものだ。
それは彩子と音も同じ。月から逃げてきたときは、誰もが彼女たちを不審に思っていたに違いない。それが、アリスと出会って、リーンやコフィンと知り合えって、最悪の環境にならずに済んだのだ。
彩子はメールの返信文を打ちながら言う。
「だから、戻れるのよ。そうじゃなかったら、戦争に戻ろうなんて思わないもの」
「あい。悲しこと、終わりにする」
それが全員の意志だ。
「人工知能については、どれくらい進んでる、彩子」
樹はタブレット端末に表示した修理計画の進行表を眺めて、問うた。全体的な進行度合いは、ほとんど完了していた。ただ一点、『地球平和軍』からの人工知能に関するデータ収集が大幅に遅れている。〔アル〕の過去データを送った手前、かなり期待されているのだ。それにこたえるためだけに、やっているのではないが。
急に真剣な声を出すので、彩子も緊張の面持ちで答える。
「ええ。ここでのデータ収集は論外だって、前に言ったわね? マイクさんたちが、〔アル〕に即席の学習プログラムを作ってくれてるわ」
「学習プログラムって何? 聞いてない」
「そうでしょうとも。だって、あたしがつい最近になって思いついたんだから」
彩子がニカッと笑って見せる。手元のタブレット端末の操作を一時中断。
「ほら、〔アル〕の電子戦装備って凄いじゃない? アームウェアを遠隔操作できるとか、どうとかってやつ。それの応用よ」
「人工知能をコントロールする気?」
「ううん。教育するの」
樹は顔を上げて、彩子の誇らしげな顔を眺める。
人工知能を教育する。その言葉の真意に気付くのに、たっぷり数十秒費やした。
「彩子、せんせ、なる?」
「そうよ。悪いことは正さないと」
「相手の学習装置に訴えかけるつもり? 無茶苦茶、それ」
樹は理解して、彩子の思い付きにあきれ返った。
人工知能の学習装置は反復学習だ。一度にすべてを覚えるのではない。そこから矛盾を洗い出して、経験値として積み重ね、自律させていく。その矛盾を突き、新たに知性を与えるのだ。理論的には可能だが、実際人工知能がそれを理解するまでの時間は相当なものになるだろう。
音も簡易テーブルに近寄って、彩子の意見に耳を傾ける。
「マイクさんは、少なくとも効果的だって言ってたわ。オリジナルがどこにあるかわからない以上、戦場で出会うコピーを教育して、敵機同志のデータリンクで覚えさせる。そうなれば、敵の戦力を削ることができるし、こっちの戦力補給にもなるじゃない?」
「戦いながら、叱りつける気」
樹がむっと眉間に皺をよらせて、彩子を睨み付ける。
彩子は彼女にもそういう顔ができるんだ、と思いながら言葉をつづけた。
「なるようにするわ。あたしを信じなさいって」
「音、信じるっ」
音は賛同の意を示すように、挙手してその場で飛び跳ねる。ぴょこぴょこと束ねた髪の毛が跳ねる。
樹もきっぱりと言われては、言い返す気にもなれず妥協する。
「わかった。それで、いつ完成しそう?」
「あと一日、二日……かな」
樹はタブレット端末の進行表に新たに書き込みを入れて、保存。それから、役員スタッフに送信した。小まめな変更が多いために、ここに勤務する若いスタッフにどやされそうだ。逆に、老人たちは〔アル+1〕に手を加えられるとあって喜ぶだろう。
「わかった。さて、そろそろ――――」
瞬間、樹のタブレット端末が電子音を鳴り響かせる。
メールの打ちこみ戻っていた彩子と立ちすくむ音の視線が音源い注がれる。
「ん? 教授から………………。ねぇ、二人とも」
タブレット端末を確認した樹が顔を上げて、二人を見比べる。
彩子と音は同時に小首をかしげる。何か、問題でも起きたのだろうか、と。それを裏付ける様な樹の困った表情に、緊張が走る。
二人が固唾を飲んで待ち構えていると、樹は重々しく口を開いた。
「おつかい、頼まれてくれない?」
何とも拍子抜けな言葉に、彩子と音は一度顔を見合わせて、樹に向き直ると、同じ言葉を紡いだ。
「おつかい?」
夏の青い空。大きな入道雲に、一筋の飛行機雲。少し視線を下げると、青々とした畑と空とまじりあった水平線が見えた。
その女性は平坦な道を走るタクシーの中で、そんな夏の景色を懐かしく思っていた。
「お客さん、窓の外見てても、面白くないでしょう?」
中年の運転手が気を利かせて、話を振ってくる。
女性は少し驚いたように口を開くと、すぐに口元に笑みを浮かべる。車内だというのに、つばの広い帽子をかぶている彼女の表情をバックミラーからでは詳しく確認できなかった。
「いいえ。のどかな土地は、好きですから」
凛と透き通る声。温和でか弱く、高音の美しい声だ。
運転手は思わず聞き惚れて、顔を綻ばせる。
声からして、歳は二十代後半くらいだろうか。全体的に華奢で大人しい服装だが、女性の持つ品格は座っている姿勢一つからもわかるものだった。
「へぇ、それはまた。種子島は、暑いですからね。一人旅は、ちぃとキツイんじゃないですか?」
「そうですか? ご親切にどうも」
女性は慇懃に言って、顔を上げる。
バックミラー越しにその女性の視線を感じて、運転手はさらに有頂天になった。綺麗な顔立ちで、日本美人という言葉がぴったりな人だった。
しかし、そんな彼女に運転手は性的欲求を感じなかった。どことなく、触れてはいけない気がしたのだ。
「――――に来たんです」
「はい?」
女性のか細い声に、運転手は前方を見ながら聞いた。
「子供に会いに来たんです、ここには。ひさしぶりに、会おうと思いまして」
「そうですか。それは、よいことです、はい」
子供、という単語に運転手は自分が年取って男として枯れたのではない、と一安心した。
だが、同時に若くて綺麗なお客さんには、すでに子供がいるというのに驚かされた。
女性はありがとうございます、と言ってまた車窓の向こうを眺める。
日差しは強く、厳しい残暑を感じさせた。




