~地球~ 誓いをここに、栄光に敬意を
…………エラーを検出。
エラーコード、0893。プログラムを最適化させてください。
「またまた、またじゃないっ!」
彩子は電子戦用モニタに映るシュミレーションの警告表示に、頭を抱えた。防眩用のメガネ越しに見ていると、鼻頭がむずむずして仕方がない。
「そんなに怒鳴るんじゃぁねぇ。後、少しだろうが」
そういうのはマイクだ。
彼は〔アル+1〕胸部操縦ハッチ前で、台座つきのクレーンの上にいる。胡坐をかいて、その膝元には彩子の据わるシートと連動させているノートパソコンがある。彼女の作業をバックアップするためだ。
「いいますけどっ。まとめあげるソースコードを入力するのって、もう当てずっぽうにやるしかないじゃないですか?」
「馬鹿者。そういうときゃぁ、製作者の意図を探るんだよ、プリティガール」
「んな、現代文みたいな解き方……。あと、プリティガールっていうのやめてくださいって何度言えばいいんです?」
彩子がげんなりするのを、マイクは一拍弾む笑いをした。
あと一歩で、〔アル+1〕のプログラムが復旧できる。その期待感は、もはや風前の灯で、彩子も笑っているマイクですら絶望的だった。低水準言語の直接入力に加えて、下手に不正解を入力するとさらに面倒なデータシーケンスを構成しなければならない。
一回で正解を導き出さなければ、それだけ作業が難航する。
彩子はキャミソールの胸元を引っ張って、手のひらで扇いだ。
「はぅ……。もう深夜二時ですよ。大丈夫なんですか?」
「俺なら心配ねぇ。夜型だからな。まったく、あの坊主を叩きお起こして手伝わせるか……」
坊主、というのはマイクの弟子だ。彼は今頃、宿舎で熟睡していることだろう。そうするのは、おそらく彩子が師匠たるマイクに気に入られたからだろう。嫉妬心から手伝うのを躊躇っているのだ。
「いいですって。お手伝いが増えたって、どうにもなりません。これは、あたしの仕事ですから」
「言ってくれるな、プリティガール。俺のサポートなしでも、そんな口を叩けるか?」
マイクは意地悪な笑みを浮かべた。しかし、視線はノートパソコンにあって、その手は休むことなく動いている。
彩子からして電子戦用モニタの光画越しに見る彼の表情は、とても冗談を言っているようには見えない。本気で言っている気がするのだ。
ここまで手伝わせておいてそれはない、といった不平不満が熱気のこもった操縦席に冷たい空気となって届く錯覚さえあった。
「そうなったら、そうなったです。やらなきゃ、いけないんですよ。あたし……」
背筋がすうと寒くなるのを感じながら、尻の位置を前に移動する。
彩子の中で不安が重たくのしかかる。光の壁向こうにいる老人なら、すぐにでもこの難問を解けるのではないか、といやらしい期待感が膨らむ。
彩子はそんな甘えを振り払いたくて、コンソールを操作して現作業を一度スリープさせた。電子戦モニタが閉じて、ハッチへと道を譲る。
「どうした?」
マイクはきょとんとして、その様子を見やった。
「少し体をほぐしたくって」
「そうか。おや? お客人が来てるみてぇだぞ」
「お客?」
彩子はマイクが視線を下に向けるのを見て、小首をかしげる。その一連の動きが、不自然なほどわざとらしいことには気づかなかった。
「こんな時間に、いるんですか?」
「いるんだよ、ほれ」
ハッチから台座に飛び乗った彩子は手すりに寄りかかって、二十メートルしたの床を見る。ぐらぐらと不安定に揺れる足場と目のくらむような高さに、思わず体が強張った。
そして、ゆっくりと近づいてくる二つの影を発見する。
「樹? それに、音まで?」
メガネの位置を直しながら、もう一度視認する。しかし、見間違えではない。樹と音だ。樹はつなぎ姿だが、音の方はぶかぶかの半纏を着て、膝小僧の見えるハーフパンツを穿いている。病人のする格好だ。
その確信を得て、マイクの方を向いた。
「降ろしますよ?」
「ご自由に。リモコンは、それだ」
胡坐をかいて指示するマイクをどこかの仙人らしい、ゆとりを見せる。
彩子は気持ちが焦るばかりで、一瞬手すりにかかっているリモコンを見失った。見つけると、すぐにクレーンを下げて降下する。
「彩子~」
下の方で音が乾いた声で、呼びかけてくる。手を振る動作も、どこか緩慢でぎこちない。
「まだ風邪声じゃない。どうして、連れてきたのよっ!」
彩子は揺れる台座が怖いのと音の心配がないまぜになって、上擦った声を上げる。
「話があるんだって。無理はさせない」
樹が心得たように返答する。
すぐにも反応した彼女に彩子は安心感を持てたが、それだけに病人を連れ出してきたことが異様な感触を運んでくる。胸の内側がちくちくする。
「無理はさせてんでしょうに……」
彩子はつぶやいて、床まで二メートルと下がった台座から飛び降りた。
屈伸運動を使って、衝撃を和らげる。が、こてんとその場でしりもちをついてしまう。
「何やってるの?」
「何してやがる?」
マイクと樹の声が重なる。
彩子は痺れる足を擦る仕草をして、赤らめた顔を悟られないよう俯かせる。二メートルくらいの高さなら大丈夫かと思っていたが、思った以上に体がついてこなかった。
「だいじょぶ?」
樹に支えてもらいながら、音が歩み寄る。
「だ、大丈夫よ。てか、あ、あんたこそ、何しに来たのよっ。大人しく寝てなさいって、言ったでしょう?」
彩子は勢い任せに口を動かして、ズレたメガネの位置を直して立ち上がる。
「何言っとんだか……」
クレーンが止まり、マイクが呆れ気味に言った。
彩子はその言葉を耳にして、また恥ずかしさに顔を赤くしながら、目の前にいる音を見据える。そうでもしないと示しがつかない。
「あれ? メガネかけてたっけ?」
「防眩用よ。光画は目に悪いの」
ふうんと返答しながら、樹の心底呆れた視線が心苦しい。
「と、とにかく、用件さっさと済ませて寝ちゃいなさい。こっちだって、忙しいんだから」
「うぅ。ごめん」
音はぽうっと赤い顔をすまなそうに目を伏せた。その吐息にも似た言い方は、無理をしているようだ。
彩子はぐっと喉を鳴らして、顔を引くつかせる。これでは、自分が悪いみたいで気が引ける。
「それで? 作業はどれくらい進んだの?」
樹が口を開く。
「ん…………。どん詰まり。すべてのオブジェクトと連動させるコードがわからないのよ」
「そう……」
彩子は作業の進み具合を聞いてきた樹に一瞬ムッとしたが、彼女が視線を泳がせているのを見て何も言えなかった。
今の状況は芳しくないのを察したのだろう。一日でも早く、修理を終わらせて宇宙に戻らなければならない。そういう自責の念があるのだ。
「おらっ、おまめぇたち。そんなとこ突っ立ってねぇで、こっち来い。茶くらい出す」
振り向くとマイクが組み立て機の近くに構えてある管理小屋のドアを開けて、手招きしている。
管理小屋と言っても、コンテナに窓がついたような粗末なものだ。中には、組み立て機の制御やクレーンの操作パネル、そして、簡単な台所が備え付けられている。
「だって。とりあえず、腰を落ち着ける?」
「そうね。その方が、いいけど……」
樹は顔に汗の粒が出始めた音と彩子を見比べて渋る。
彩子も音の様子がよくないのを知って、顔を顰める。ふっと短く息を吐き、一足先に管理小屋へ歩いていく。
「マスクくらいさせなさいって。横になれるところ、準備しとくから」
「わかった」
そう言って、樹は音を担ぎなおすと彩子の後を追った。
管理小屋では、すでにマイクがコンロに載せたやかんを温めていた。アナログなガスコンロだ。そのm表な生活臭が、休息所としての機能を思い起こさせる。狭い調理台に紙コップが三つ並べてあった。
「何がいい? グリーン、ストレート、レモン……、あとコーヒーもあるぞ」
「あたしは緑茶――、グリーンでお願いします」
彩子は言って、小屋の隅にあるロッカーから寝袋と毛布を出す。両手いっぱいに抱えると、ドアを足蹴で閉めた。
「いい友達じゃねぇか?」
マイクがコトコトと沸騰するやかんの音を確かめながら言う。
「友達…………」
彩子がつぶやく。改めて、友達としての認識を問われるとどうも気持ちに靄がかかる。
テーブルとパイプ椅子を退かして、とりあえず寝袋が敷けるスペースを確保。ソファーがあればベッド替わりもつともあるのだが、ないものねだりはできない。毛布をパイプ椅子の一つにかけて、寝袋を敷いた。
「お邪魔します。そっちでいい?」
「ええ。地べたで悪いけどね」
彩子は取り繕うように笑って、樹と音を誘導する。
「お嬢ちゃんたちは、何飲むんだ?」
マイクが先の四種類のお茶を挙げて、確認を取る。
ポポポ……といよいよお湯の沸ける音が聞こえてくる。
樹はとりあえずコーヒーを頼み、彩子と一緒に音を横にした。
「まったく。こうなるなら、内線で呼び出せばいいじゃない」
「うぅ、だってぇ……」
寝袋に収まる音は乾いた咳を出して、吸引の悪い鼻音を響かせた。
彩子も樹も情けない気持ちになって、大きくため息をつく。どうしてこうも、音に甘いのだろうとつくづく思い知らされる。音が幼児みたく甘えてくるから、こっちも甘やかしてしまうのだろうか。
「よし。茶ができたぞ」
マイクはコンロの火を消すと、茶葉のパックとインスタントコーヒーの入った紙コップにやかんのお湯を注いでいく。夏の夜、涼しい空気に暖かい湯気が立ち上った。
「どうも」
「ありがとうございます」
まず彩子が緑茶を受け取って、音の近くにあるパイプ椅子に腰かける。
音に毛布を掛け終えた樹が続いた。
「あれ? マイクさんは?」
「俺は――――、こいつだよ、こいつ」
マイクは備え付けの小さな冷蔵庫からコーラの入ったペットボトルを取り出した。
コーラの苦手な彩子は顔をすぼめる。一口目はまだしも、それを立て続けに飲むのはどうにも抵抗感があるのだ。それに、歯が溶けてしまうと聞いたこともあり、さらに疎遠となっていた。
マイクがコーラのキャップを捻ると炭酸の抜ける音が響いた。
「彩子……」
下の方からか細い声が彩子の耳に入ってきた。
「ん? どうしたの? 何か飲む?」
そういって紙コップをテーブルに置いて、音の横に屈んだ。やはり、今からでも病室に連れて行くべきなのではないか、と心の中で葛藤が渦巻く。
音は首を横に振って、否定する。余程辛いのか、乾いた咳を繰り返す。
「そういえば言いたいこと、あるんだっけ?」
「あい……」
彩子の思い出した言葉に、音がほほ笑む。
「あのね。樹、おこて」
「は? おこて? 怒れってこと」
「あい。無理、するから」
清々しいほどに、その発言は彩子を脱力させる。
風邪をこじらせてふらふらなのにも関わらず、頼みごとが説教だ。さすがに、非合理でついていけない。
「はぁ……。樹っ」
彩子は短く息を吐いて、振り向きながら立ち上がる。
すると、樹は砂糖とミルクを入れたインスタントコーヒーをかき混ぜながら、何と首をかしげる。音が何を言ったのかわかっている。事前に内容を知っているからこそ、彩子にやる気がないのがすぐにわかった。
「すぐに音連れて、寝なさいよ。こっちもまだ、終わりそうにないから」
「わかってる。けど、少しくらい話を聞かせて? お茶もあるし」
樹は紙コップを軽く上げる。
彩子はさらに気がそがれて、勢いよくパイプ椅子に腰かける。もともと休憩するつもりだったが、音のことを考えると不安が膨らんで仕方ない。
「さっきも言ったでしょう? 結合コードがわからないって」
「それって、プログラムの両立性のこと言ってる?」
彩子はそうと端的に応えて、緑茶を飲んだ。インスタントながら、その苦味と風味には心を落ち着けるものがあった。
樹も甘ったるくなったコーヒーを一口飲んで、眉間に皺を寄せる。
「ナンセンスだ、と思うか?」
マイクが言った。
「そうですね……」
樹は区切って、またコーヒーを口にした。
プログラムはそもそも樹形図のように連綿としているものだ。だから、両立性などはほとんどない。それぞれが、前段階の手順を踏んで分岐、独立していくもの。それをすべて束ねるとなれば、至難の業だ。
「とりあえず、ナンセンスです」
樹もそう表現するしかなく、マイクと同じ言葉を紡ぐ。
その言葉に、彩子が反論する。
「だからって、可能性がないわけじゃないのよ? 物事には、動機があるでしょう」
「動機を作るっていうの? 〔アル〕が動く理由を作る…………。やっぱり、ナンセンス」
しばらく黙考した樹の回答は変わらなかった。
それでは機体が主義主張を述べているようで、気色悪いのだ。機体コンセプトではない。〔アル+1〕が、こういう理由だから操縦者に従い、照準を定め、移動し、戦闘するということだ。
すると、音が寝袋に収まったまま、体を起こそうともぞもぞと動く。
「でも、それ、まちがてない」
「どうしてよ?」
彩子はもぞもぞと動く音を見下ろしながら言った。
お腹に力を入れて上体を起こそうとしては、力尽きて倒れるの繰り返し。その行為にどれだけの意味があるのか、彩子にはわからない。
音は何度目かの失敗をして、ついに体力が尽きた。呼吸が乱れ、その顔は先ほどよりも真っ赤で、汗だくだ。しかし、音の中では妙な充実感があった。節々の痛みが疲れによって鈍感になり、やがて熱い息を吐くたびに体の毒を出している気すらしたからだ。
「あ、〔アル〕ね。ちゃんと、名前、あた」
「名前?」
「ええ。昔のアングラ雑誌に書いてあったものだけど」
樹が引き継ぐ形で、説明する。
「もともと、一号機と二号機の〔アル〕から作られたのが、今の〔アル+1〕。それで、一号機は〔アル・スハイル・アル・ムリブ〕で、二号機が〔アル・スハイル・アル・ワズン〕って呼称されてたの」
その呼称を聞いたマイクは眉を寄せた。
「ふぅん。で、どういう意味よ?」
「一号機はアラビア語で『誓い合った星』で、二号機は由来はわかってないけど『栄光の星』っていう説があるらしい」
「誓い合った星……、栄光の星……」
さすがに彩子も、何ともロマンチックなセンス、としか言いようがない。
まさか、呼称がそのまま両立性をなすコードではないはず。が、〔アル+1〕と無関係ではない。前世ともいえる二機の名だ。
「昔の話だ。今の機体には、関係のない話じゃねぇか」
マイクがコーラを煽って言った。剽軽な口調で、少し酔っぱらったマネをしているようだ。
「昔のこと言ったって、しょうがねぇだろ。昔は昔。今は今だ」
「…………」
そう。昔と今は違う。一号機と二号機は〔アル+1〕に受け継がれた。
時の流れ。
と、彩子は脳裏がパチッと小さく弾けた感じがした。
「昔から今。過去から未来…………」
もし、〔アル+1〕が未来に託されたのなら、その思いは何だったのか。その思いこそ、今の〔アル〕に足りないものなのではないか。
「とはいえ、今のわたしたちには、過去から推察するしか――――」
「あたしたち…………」
彩子は樹の何気ない言葉に、ひそかな衝撃を受けていた。
その思いを受け継ぐのは、彩子たち操縦者ではないのか。そして、自分たちが未来に臨むものは…………。
「彩子……」
「え、あ、うん? どうしたの?」
彩子は思考の激流をせき止められて、苦しそうに言葉を紡ぐ音の方を見た。
その乾いた唇がかすかに動いて、しかし、はっきりとその言葉は彼女の心に届く。
「無理、ダメ。いしょ……、いしょに、がばろ」
「――――っ! そう。そうよ。そうなのよっ!」
彩子はカチンと何かがはまる絵が頭の中に浮かんだ。
大声を出して、席を立った彼女に奇異の視線が注がれる。どうしたんだろう、と。徹夜続きでとうとう頭が参ってしまったのではないか、と。
「ど、どうしたの、彩子?」
「頭がついにイッちまったか……?」
「あ、彩子」
彩子はニカッと笑みを浮かべながら、管理小屋から飛び出す。
頭の中には、彼女が導き出した可能性のコードが構築しだしていた。
「最初から、そうっだったじゃない」
クレーンの台座に飛び乗って、リモコンの上昇ボタンを押した。
足の裏を伝わる振動を膝を曲げて緩和し、手は手すりに、視線は〔アル+1〕を見上げていた。
すべてのプログラムを統合する両立コード。それは、まさに〔アル+1〕の行動原理であり、彼女たちの行動原理でもある。今までは、各個に主操縦、火器管制、電子戦と分割し、他のシステムを引っ張り出して、自分たちで切り貼りしていたようなもの。
それでは、ダメだ。
彩子たちは個々人では非力な少女でしかない。だが、〔アル+1〕はそんな彼女たちの力を一つに束ねてくれる。戦う意思を繋ぎとめてくれる。
「戦争を終わらせたい」
彩子は胸部ハッチ前で上昇と止めて、メガネの位置を直し、操縦席に飛び込んだ。
シートに座すなり、次々とスリープ状態のメイン・コンピューターを叩き起こす。
「三人でなら――」
それは彩子の抱く純粋な願いだ。
戦争のさなかに樹と音に出会って、ここまで苦難を共にしてきた。だが、樹が様々な面で動き回っていたこと、音が自分の悲しみを押し殺して笑いかけてくれること。
そのどれもが嬉しかった。
そして、悲しかった。
彩子はもやもやした感情をぶつけるように、コンソールパネルを指で弾く。
U字型の電子戦用モニタが展開し、スリープ前の状態に戻る。
「…………っ」
彩子は逸る気持ちに任せて、シュミレーションをすっ飛ばし、直接ソースコードを構築する。機械語のマニュアルを側面に表示して、慎重に、しかし迅速に組み上げていく。
未来を繋ぐために、戦う。現行の操縦者三人とかつての操縦者六人の意志をここに繋ぐ。ルート指定、0=X。システムを並列化。サイクル制限なし。
低水準言語でそう命令を打ちこんで、深く息を吐いた。
これで完璧だとは思わない。本来ならもっとかき込むところだが、詳しくしてもそれは今までのプログラムと変わらない。絶対に『意識』的でなければ、矛盾を許容することなど不可能だ。
ゆえに抽象表現があり、〔アル+1〕のコンピューターが理解できないかもしれない。そもそも、この主張は〔アル+1〕が本来記載されるはずだったものと誤差があるかもしれない。
だが、幾度となく繰り返したシュミレーションの中では、できのいい方だ。
何より目の前に展開する文字の羅列は、誓いの言葉であり、栄光を築いた者への敬意。彼女なりの表現だ。
「これが、あたしなりの答えよっ」
彩子は意を決して、ソールコードと既存のシステムとを結合し、走査する。
それを受理する電子音が響き渡り、電子戦用モニタにいくつものバーが走った。
0パーセント…………、15……、37………………、44…………。
全体の処理進行を示すパーセンテージがじれったく上昇する。
「おおいっ!! 何してるっ!!」
ハッチの向こうからマイクの声が響いてきた。
しかし、彩子は緊張の眼差しで、システムの適合化を待った。鼓動が高鳴る。冷や汗が頬を伝い、失敗したらどうしようという不安がこみ上げてくる。
58……、76……………………、91…………――――。
彩子の不安と期待が頂点に達しようとした次の瞬間、光画が消えた。
「え…………? ちょっと」
心が挫けそうになりながら、スロットルレバーとコンソールパネルを操作する。
緊急電源を入れても反応なし。完全に沈黙してしまった。
「あぁ、どうしよう……」
彩子は疑心暗鬼になって、思わず涙ぐむ。
最後の最後で、軽はずみな行動をした。せめて、シュミレーションに留めておけばメイン・コンピューターが停止する事態は避けられたはずだ。かりに、再起動してもプログラムがどうなっているか。
「彩子、どうしたのっ!!」
「ご、ごめ――――」
彩子が謝罪を口にしようとした時、涙で歪む視界が急に明るくなる。青白い電光、光画の光だ。
「――――へ?」
彩子はメガネをはずして、目元の涙を指先で払う。外からはクレーンの駆動音が聞こえ、樹たちが向かってこようとしているのがわかった。
メガネをかけなおして、電子戦用モニタを凝視する。
『Welcome, new pilots』
そう表示されていた。復活したモニタにはその歓迎の言葉だけがあった。
「どういうこと? 成功したってこと?」
彩子は鼻を啜りながら、スロットルレバーを操作する。
すると、見たこともないOSロゴが表示され、トップ画面が出てきた。そのすべての項目が英語で表記されている。以前、彩子が言語変換を成功させたはずなのに、戻っているのだ。
「もしかして、初期化されちゃったのかしら?」
不安が強くなって、操作する手が震える。恐る恐る記録データが詰まっているフォルダを開いた。
そこには、これまでのデータはしっかりと残っていた。宇宙でのテストデータまで保存されている。そして、それ以前の何十年も前の記録が追加、いや、呼び起されている事実に気付いた。
「…………」
あまりの出来事に彩子は言葉を失った。夢でも見ているようだ。まるで実感がわいてこない。
それから、フォルダを閉じて今度は別のシークエンスを呼び出してみる。
そして、目当ての復旧されたシークエンス項目があった。至るまでにも見たことのないデータや項目の数に、彩子は全身鳥肌が立った。
「あった。追加装甲の解除手順……」
呆気ないほどに、実行するか否かの二択で執り行われる形式だった。散々手こずっていたのが嘘のように、さも当然と。
ちょうど、樹とマイクがクレーンで上がって、彩子を見た。
「ちょっと、どうしたの? 何、泣いてるの?」
「――――え? や、やだっ。あたし、泣いてるの?」
彩子は電子戦用モニタの向こうで首をかしげる樹にぎこちなく笑って、頬を伝う暖かい雫に気がついた。
これまでにない達成感。心が打ち震える高揚感が、彩子を包み込んだ。
「う、うぅ、っあああああああん!」
そのあとの彩子は、もう嬉しくて嬉しくて、大泣きするしかなかった。成し遂げたものの大きさは、少女の小さな手に余るもの。それでも、自分のできることを出しきった彼女には至高の喜びだ。
その様子に樹が慌てて、操縦席に飛び込んで声をかけ続ける。光りの画像に半身を突っ込ませ、泣きじゃくる彩子をどうしたらいいのか両手が空虚に動く。
「まさか。やったってのか……」
マイクは冷静に電子戦用モニタの裏がに映る画像を見て呻いた。半信半疑に、しかし、本当にどうなのではないかという期待感の方が大きくなっているのに、彼は気付かなかった。
そして、その中にあるメッセージにも、誰も気づいていなかった…………。




