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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十章
75/152

~地球~ 過去のルポルタージュ

『――人類史に残る戦争だよ、これは』


 専門家が言った。その肥えた頬が揺れる。


 (おと)はタブレット端末に映るニュース番組を見ながら、乾いた咳をした。ようやく熱も下がり始め、普通の食事もとれるようになってきている。


 今彼女がいるのは種子島基地の健康管理室だ。到着早々から厄介になり、並んだベッドの一つをカーテンで仕切って占拠している。しんと透き通った空気と時折鼻を掠める薬品のにおいが、月での暮らしを思い出させる。真夜中の時分なだけに誰もおらず、窓から差し込む月明かりがひどく明るいものに感じられた。


 月はこんなにも輝く星だったんだ、と思わず(おと)は感心してしまう。


『宇宙での戦争は、それこそ漫画の世界だったんですよ。私たちの世代なんかはとくにね』


 ニュースに映る専門家は、宇宙での戦況分析ではなく昔話をし出す。


 ぼうっとする頭と起こしているけだるい体を軽くほぐしながら、(おと)は視聴し続ける。地球では、宇宙で起きていることをどう思っているのか、知りたいからだ。


『しかし、もう半世紀以上前にはアームウェアによる大規模テロ戦闘があったわけですから、夢物語ではなかったはずです。宇宙の戦争は、わたしたちにどう影響してくると思いますか?』

『そうですね……。今回のケースはまさに、テロ戦争の思想を受け継ぐ形で行われていますから、宇宙からの無差別攻撃もあり得ない話ではなりません』

『テロ戦争は人口減少を目的にされていましたよね? そう考えると、やはり超巨大物質の落下などですか?』


 アナウンサーと専門家は知識すらあやふやなかつての戦争を掘り起こしていた。史実を曲解しているのではなく、少なくともアナウンサーの方は興味ないといった風だ。手元の台本を見る視線が多いからだ。


 (おと)はそんな世界規模の戦争があったことすら学んでいない。彼女は辛うじて母親から日本の文化を聞かされていたが、他はまったくわからない。知っているとすれば、『月』という別の文化体系だ。


『ええ。たとえば、隕石落とし。巨大なものなら、地軸をズラして環境を狂わすことができるでしょう』

『確かに、SFチックな話ですね』


 テレビ画面に映る大人二人に、(おと)は嫌悪感を覚えた。


 明らかに、自分たちには関係ないという雰囲気があった。それに怒りを覚えるのは、(おと)が少なくとも戦争の被害を受けたからだ。無関係な地球の人々に理解してもらえるほど、簡単なことではない。


 ただ、彼女の知らない戦争の知識があるのに、それを顧みようとしないことに虚しさがこみ上げてくる。


「むぅ……」

 

 まだざらつく喉で唸って、タブレット端末を切すると近くの台座に置いた。

 

 (おと)は汗でぐっしょりと濡れた体が急に寒気を思い出したので、布団にくるまった。布団の中も妙な湿気を帯びており、生理的な不愉快さを増長させる。一日中宇宙服でコロニー建設作業させられたときと似ている、と内心愚痴った。


 すると、ドアの軋んだ音が耳に入ってきた。それは、とても慎重で気づかれないようにする神経質なものだ。近づいてくる足音も、小さい。


(いつき)……?」


 (おと)は恐る恐る言って、確かめる。


「あれ? 起こしちゃった?」


 すると、カーテンをかき分けて、(いつき)が驚いた声を出す。まさか、名指しで呼ばれるとは思っていなかったからだ。


 (おと)はゆっくりと上体を起こして、頬に張り付いた髪を払いながら微笑んだ。


「起きてた。どした?」


 (おと)からすれば、月明かりに浮かぶ(いつき)の顔つきの方が心配だった。白い肌が一層白く見えて、隻眼は疲れたようにうつろ気味の瞳が見えた気がする。


「ん? 様子見に来た」


 (いつき)がベッドの横にある椅子に座ると、台座のライトをつけた。ぽっと淡い色の光が独特の影を落とした。


 そして、彼女のやつれた顔が浮き彫りになって、(おと)は確信を得る。


(いつき)彩子(あやこ)、疲れてる」

「え? 彩子(あやこ)?」


 (いつき)はその名を口にして、首をかしげる。


「昼、来た」

「ああ……。それより、体調はどう?」


 何か思い出したように頷く(いつき)


 (おと)は特に言及する気になれず、笑顔を浮かべてぐっと腕を引き寄せてみせる。


「あい。元気――、っくし」


 しかし、すぐにも寒気が襲い掛かってくしゃみが出てしまう。ぶるりと体を震わせると、鼻を啜った。


 (いつき)は心配そうに目を細めると、その手を(おと)の額に当てる。


「まだ、熱があるみたい」

「あうぅ……」


 冷たい掌に、妙な安心を覚えながらも、(おと)は意識が薄れていくのを知覚する。消しゴムで消されるように、意識は徐々にかき消されていく。


 (おと)の体がふらふらと揺れるのを見て、(いつき)はそっと彼女を横にしようと体を支える。そこで、寝間着が汗で湿っているのに気が付いた。


 (いつき)はさらに顔を顰めて、空いている手でシーツを撫でた。予想通りこちらも、濡れたままだ。


「ほら。これじゃ、すぐにまた熱がぶり返すよ? ちょっと待ってて」

「あ、(いつき)……」


 (おと)はそこで咳き込んでしまう。喉の奥から沸き立つものを必死に押さえて、カーテンの向こうに消える(いつき)を目で追った。


「着替えくらいあると思うけど……」


 (いつき)はまず部屋の隅にある押入れに行って、洗いたてのシーツを引っ張り出す。ついでに、冬場に使うと思う半纏も一緒に抜き出して、あとは着替えがないか中をまさぐった。しかし、使えそうなのは薄手の患者服くらいだ。


「あとは、下着……」


 (いつき)は両手いっぱいに抱えた荷物を一度診察デスクに置くと、再度押入れを探索する。下着は下段のタンスに真新しいショーツがあったので、それを拝借。ブラジャーはさすがに邪魔だろうと除外した。


 デスクのものを回収して、カーテンを開くと(おと)が見るからに真っ赤な顔をしていた。


「ほら、無理が出た。シーツ取り替えるから、とりあえず椅子に座って」

「っくし。あうぅ」


 (おと)は鼻を啜りながら、重たく熱い体をすぐ傍の椅子に移動させる。ベッドから投げ出した足は、まるでいうことを聞かず腰を浮かせた瞬間、膝から崩れてしまう。


「大丈夫っ!」


 (いつき)が抱えているものをベッドに放って、(おと)の補助をする。椅子に座らせると、てきぱきとベッドのシーツをはぎ取って、丸める。


「ごめん、(いつき)

「地球に来て疲れが出たんだから、仕方ないでしょ」


 早口に言って、掛布団をめくって新しいシーツを敷く。素早い動きに、(おと)は感嘆しながらも、ふと湧き上がってくる咳に口元を抑える。


 いくら風邪を引いているとはいえ、いつまでも甘えてはいけない、と強く心に言い聞かせる。(いつき)彩子(あやこ)はすでに〔アル+1(プラスワン)〕の修理に取り掛かっている。疲れているというなら、むしろ彼女たちの方だろう。だが、こうして見舞いに来てくれることに、どうしても自分の甘えたい衝動に負けてしまう。


 母親を失って、アリスが戦死し、祖父母から拒まれ、コフィンやリーンのような大人もいない。頼れるのは、(いつき)たちしかいないのだ。


「これで、いいかな? あ、おしぼり」


 (いつき)はシーツを整えると、汗で湿ったシートをかかえて、またカーテンの向こうに出て行った。


 (おと)は口を開いたが、何も言えなかった。働いていることで、自分を保っているような気さえ彼女から感じられたからだ。


 ぽうっとする頭を軽く振って、今度は(おと)一人でベッドに戻った。耳元に水道の流れる音とばしゃばしゃと濯ぐ音が聞こえる。


「…………」

「お待たせ。汗で、気持ち悪いでしょ?」

「あ、うう」


 (おと)は自身の体臭を嗅ぎ取り、恥ずかしくなって小さく頷く。発酵したような臭いは、とても人には感じ取ってほしくない不愉快さがあった。


 だから、急いで寝間着を脱ぎ、差し出されたおしぼりで体を拭いた。


 その間、(いつき)は椅子に腰かけて(おと)を見るなり、なぜか眉間に皺を寄せていた。


「大きいのに、形がいいなんて……」

「…………?」


 (いつき)のつぶやきが、少し気がかりだった。だが、無視して体を丹念に拭く。


 (おと)は体を拭き終えるとさっぱりとした肌触りに頷いて、着替えの下着と患者服を着た。するりと袖の通った患者服はさらさらして心地よかったが、半そで短パンで夏の夜の冷めた空気には肌寒い。


「薬とかは飲んでるの?」

「あい。そこ、ある」

 

 (おと)は半纏を羽織って、腰まで掛布団をすると横の台を顎でしゃくった。そこには、ライトで明るみになったタブレット端末と処方箋の袋、水差し、それから古びた紙片の雑誌が何冊か置かれている。


「これは?」


 (いつき)は雑誌の一つを手に取って、ぱらぱらとめくり始める。日焼けした紙面は今にもちぎれてしまいそうなほど脆く、グラビアの写真がセピア色になっている。美女がほほ笑むようなものではなく、どれも血なまぐさい戦場写真ばかりだ。


「それ、きょじゅ、もてきた。暇潰し、だて」

「ふぅん。もう何十年も前の雑誌ね」

「あんぐら、いてた」

「アングラ……。テロ戦争時代のルポ?」


 (いつき)は、教授、藍崎(あいざき)敏信(としのぶ)がなぜ昔のルポルタージュ雑誌を持っているのかわからなかった。出版年数を見ても、紙媒体で出されているのも、少し贅沢だ。つまり、アンダーグラウンドものにしては、かなり手の込んている。


 あの時代は、しがない個人サイトにテロ戦争に関する情報が跋扈(ばっこ)していた。だから、こうしてソーシャルネットとは違う形態で世に送る必要があったのかもしれない。


「熱心な雑誌。あ、大西洋事件についても書かれてる」


 (いつき)が自分の知る知識と雑誌の情報を照らし合わせている様子に、(おと)は首を捻って疑問を抱いた。


「ねぇ、テロ戦争、何?」


 その質問に、(いつき)は一瞬目を丸くした顔を上げたが、考え直すように小さく息を吐いた。


「月じゃ、教えられなかったの?」

「あい。誰も、教えてくれなかた。かか、そゆのある言てたくらい」

「…………」


 (いつき)は雑誌に一度視線を落として、それから(おと)に向き直った。


「ここに書かれているのは、わたしたちが生まれる以前、第三次世界大戦に発展しかけた戦争ね」

「世界大戦、知てる」

「そう。けどね、テロ戦争は同時多発で紛争を起こしたもので、国と国が直接交戦したわけじゃない。国防軍や国連憲章に基づいた国連軍が、紛争地の鎮圧したの」

「あ、国連軍は今の軍隊?」

「そういうことになる」


 現在の『地球平和軍』の前身はテロ戦争時代の国連軍だ。


 国連軍が正式に発足されたのは、多国籍軍の指揮だけでは統率が図れないとして、安保理、総会、そして事務局が出した結果だ。それは、長きに渡って守られていた平和的体制の崩壊を意味したが、事態はそれだけ深刻なものだった。


「そして、アームウェアが本格投入されたのもこの戦争」

「んぅ……。今と、変わらない」

「そうね。地上も、宇宙も、戦い方は変わってない」


 (おと)の意見は、納得せざるを得ない。


〔AW〕は当初、戦術的期待はなく、首都や山岳といった局地戦防衛に用いられるばかりで、始めこそ戦果を上げなかった。しかし、電子戦の発展が大きな変化をもたらした。爆撃による鎮圧も、戦車の戦列も、通信網の妨害によって大きく戦略を後退させられた。まさに、時代の逆流。電子兵装に頼った現代戦から、多目的兵装による目視でのぶつかり合いとなった。


 それが大きく出たのが、太平洋事件だ。電子兵装を頼らないとある島への上陸作戦。それが、〔AW〕の衝撃を世界に知らしめるものとなった。


 戦車はこの時代よりさらに十数年前の照準方法を取り、衛生によるGPSから地図とコンパスによる測位が用いられ、〔AW〕の短所である投影面積を補う形となる。

 

 そして、何より最初の〔AW〕、〔アル〕の活躍が後押しをした。


 (いつき)は手元の雑誌に掲載されている〔アル〕についての記述を口にした。


「二足歩行機体として初めて開発された二機の〔アル〕は無理やり武装化され、軍と開発企業のプロパガンダとして戦場に送られた。だけど、投球されたのは〔AW〕の量産体制が整ってからである。本末転倒とは、思わない? すでに〔AW〕は世界中にばらまかれたのにさ」

「ほ、ほまつてと?」

「重要なことと些細なことを取り違えること。〔アル〕を出す理由なんてなかったの」


 二機の〔アル〕は本当は、戦うための機体ではなかった。


 雑誌の調べは当初にしてみれば、かなりひた隠しに資されてきた情報のはずだ。戦後はそう言った情報開示はされたが、それでもぼかされた部分も多い。


 (おと)は咳き込んで、背中を丸めるて、涙ぐみながら(いつき)を見る。


「だけど、えいゆ、呼んでる」

「結果的に、ね。異常なまでの戦果を挙げたのは、この雑誌にある通り、世界中を渡ったからで――――、え? ちょっと待って。てことは、この記者はずっと〔アル〕に同行してたの?」

「おかしか?」

「おかしくはない、かもだけど……」


 (いつき)は記者というものがわからないが、やはりどこか引っ掛かる。


 手元の雑誌をもう一度広げて、〔アル〕に関する記事を開いた。その記事は、どこかの砂漠で撮影されたものだった。ピンボケの人物写真。夕日の逆光で影になっている三人の操縦者が立ちすくむ姿。その隣には、巨大な足のような影もある。


「んん? 見せてぇ」

「う、ん……」

 

 (おと)が体を傾けて寄せてくるのを制して、(いつき)は彼女の膝元に広げた雑誌を置いた。


 (おと)は乾いた咳を繰り返しながら、記事を黙読して、ぽつりとつぶやいた。


「これ、(おと)たちと同じ、女の子。小さい女の子、書いてある」

「書いてあるけど、書いてあるけどもさ……」


 信じられないよ、と(いつき)は発音できず擦れた息を吐いた。


 (おと)が指差す英文記事の羅列に目を向けて、胸がもやもやするのを感じる。


 記事には、二号機〔アル・スハイル・アル・ワズン〕の操縦者である三人の女の子について、記者が語っている。年のころは十代。三人とも日系である。一号機〔アル・スハイル・アル・ムリブ〕も同じであるとも書かれている。


 その内容が嘘だと唾棄したいのに、今の自分たちを鑑みると本当なのではないかと思ってしまう。


 (おと)の方は同じ感覚を持ってむしろ、この記事には真実味があると思った。


「だて、同じ」


 自身を指差す(おと)を、(いつき)は不安の色を顔に出しながら捉えた。


「だけど、公式発表では一号機も二号機も操縦者は六人とも男の人だ。ほら、『ガーデン1』でムカつく金髪男にあったでしょう? あのひいおじぃちゃんが操縦者の一人で――――」

「でも、他にも、ある」


 (おと)は台座から別の雑誌を手に取ると、ページを示した。


 今度は満点の星空に浮かび上がる一本角の機体が映されていた。一号機だ。見上げるようにしたアングルは、とても圧巻だった。


「ここ、ほら、書いてある」

「…………」


 (おと)が指でなぞる文面には、確かに操縦者の女の子と記載されている。だが、これだけでは何の証拠にもならない。


 世界にとっての英雄は、国連軍に所属していた六人の男だ。そうやって、戦争を美化する報道や統合政府の設立を進めた。戦争で起きた悲惨さと、状況だけを浮き彫りにして、被害国を支援する統合政府の印象を良くもしている。


 英雄は確かに人々の心を救った。平和の象徴として。戦争の終わりを告げた存在は、戦争があったことを忘却させなかった。だが、その時起きたことは時間の中で風化してしまった。


「もし……、もし本当だったら」


 (いつき)は夕日の中にある操縦者の写真を見て、つぶやく。


 彼女たちは、どんな思いでテロ戦争に参加し、そして歴史の表に出てこなかったのか。永久にその機会は訪れないだろう。操縦者が当時十代だっとはいえ、現在生きているとしたら九十歳近くのおばあちゃんだ。所在も知らなければ、生きているのかも定かではない。


 もしかしたら、戦死したのかもしれない。だが、〔アル〕の活躍はずっと語られていた。最後に、二号機が敵に乗っ取られた一号機を破壊したのも。戯曲的な記録だとしても、それは真実だ。


 だから〔アル+1(プラスワン)〕が作られた。ぼろぼろになった二号機と操縦者を失った一号機の残骸から建造、いや改造された機体。


 今、(いつき)たちが駆るその機体は確かに、歴戦の巨人である。それを今一度、宇宙で戦わせようとしていることが、腹の中に重いものを持たせる。


「繰り返しになるのかな? 昔にあった戦争のように」

(いつき)、それ、違う」


 (おと)はうなだれる(いつき)にぴしゃりといった。その拍子に咳き込んだ。


 (いつき)がはっとなって、彼女の腰を摩る。


(おと)たち、えいゆ、なりたい、違う。せんそ、止める。とめなきゃ、せんせと同じ人、増える」

「そうだけど。私が言いたいのは、そうじゃない。本当のことがわからないから、困ってるの」

「ほんとの、こと?」


 (おと)は地球での歴史をほとんど知らない。だから、雑誌に書かれていることの真偽はわからない。


 それでも、先ほど見たニュースを見る限り誰も事実をうまく理解していないとは明白。だから、(いつき)が理解していなくても、何も責められることではない。


 しかし、(いつき)のように歴史を知っていれば、そして、雑誌に書かれている三人の女の子操縦者を知ってしまえば、混乱もする。


 何が真実で、何が嘘なのか。


「この雑誌に真実があるとは思えない。けど、はっきりしないと気持ち悪い」

「なら、はっきりするっ」


 (おと)は胸を張って言った。難しく考える必要はない、とにっこり笑って布団から抜け出す。


「ちょっと、安静にしてなきゃ」

「のー。今から、〔アル〕に行く。彩子(あやこ)に、おこてもらう」

「は? なんで、怒られなきゃいけないの?」


 (いつき)は雑誌を台座に置いて、ベッドから足を投げ出す(おと)を抑える。


 (おと)はムッと頬を膨らませて、その手を突っぱねながら床にあるスリッパを履いた。(いつき)の悪いところは、なんでも一人で片づけてしまおうとするところだ。そのせいで、彩子(あやこ)や自分を困らせていることをわかってもらわなければならない。


 それに――――、


「ほんとのこと、〔アル〕、きと、知ってる」

「どうして、そう――――っ! まさかっ」

「昔の記録、見つける、違う?」


 (おと)の言葉に、(いつき)は憑き物が落ちたように肩の力を抜いた。


 そうだ。ここに来たのは〔アル+1(プラスワン)〕の修理のため。そして、その副次的なものとして〔アル〕の過去の戦闘データを抽出すること。


 それは、過去に何が起きて、何があったのかを照明する記録。いまだに解明されていない、歴史の一ページだ。


「行こっ、(いつき)!」

 

 無理に喉を張る(おと)


 その強い意志に、(いつき)は心を突き動かされた。自然と彼女の体を支えて、ベッドから立たせる。


「あんまり、無理はしないで。冷却シートともしなきゃ、すぐ頭が回らなくなる」

「あい。わかた」

 

 (おと)は素直に言って、頷いた。


 (いつき)(おと)の長い髪がべとついているのを手で感じた。あとで、髪を拭いてあげようと心中つぶやく。


 それから、診察デスクの引き出しから冷却シートを取り出し、(おと)の額に張り付ける。


「ひんやり、するぅ」


 (おと)は額に広がる冷たさに、感激しながら(いつき)の肩を借りて歩き出す。


 部屋のライトが寂しく灯りつづける。その明りの元で開かれた雑誌の一ページがあった。


 夕日に映る三人の操縦者の写真の記事。そこには、こうもあった。


〔アル・スハイル・アル・ワズン〕は一説によると『栄光の星』を意味する。


〔アル・スハイル・アル・ムリブ〕はアラビア語で『誓い合った星』を意味すると。

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