~地球~ 秘密基地
深く深く、潜っていく感覚。
樹たちを乗せたエレベーターは高速で下降している。
樹と彩子は、地鳴りのような音と耳にかかる圧迫感を覚えて、どれほどの深度なのだろうと思った。階層を示す電光掲示板は、目的地の表示しかしてくれない。
『第00区 製造・整備施設』
広めのエレベーターでも、現在地が分からないでは精神的に辛いものがあった。
「どう考えても、怪しいわよね?」
彩子が沈黙に耐えかねて、隣の樹に耳打ちする。
「怪しいけど……」
応える樹にも、不安の色が見える。
種子島基地はそもそも、マスドライバーの発射基地だ。大した兵装も配備されていない、閑職地としてその名を聞いたことはあった。立地的にも、陸路から攻められるパターンは極めて低く、海上から侵攻も哨戒船が回っている。警備体制は万全。そもそも、ここを制圧するメリットはどんな組織にも皆無だろう。
それでも、地下に施設を抱え込んでいるという事実は、樹に無用な心配を植え付けるのに十分だった。
「今は教授を信じるしかない」
「了解」
短く問答した樹と彩子の耳にポーンと間の抜けた音が入ってきた。
ぐんと体が下に引き寄せられる感覚が、足の裏に集中する。
「どれ、ついたようじゃな」
敏信が思い出したように言うと、目の前のドアが開かれた。
そして、樹たちはドアの向こうに広がる空間に息を飲んだ。自然とその足が、前へと進み空間のすべてを視認する。
「嘘でしょうっ!!」
「これはどういう……」
二人は改めてその空間の荘厳さに目を疑った。
巨大なプラント。そうとしか言えない。鉄クサイ灰色の壁を、眩しいほどの白い高輝度放電照明が隅々まで照らしている。ふと、光源を追って見上げれば、升目上に張られたレールが頭上を占拠し、数機の巨大なクレーンが動き回っているではないか。
「目を焼かれてしまうぞ、お二人」
「教授、これ―――—、だって」
樹は目を瞬かせながら、ゆっくりと近づいてくる敏信を見る。驚きのあまり、うまく舌が回らない。こんな立派な施設は、『サテライト』を除いて他にはないだろう。
「げっ。嘘でしょう? あれって潜水艦!?」
彩子のその声に樹は振り返って、手すりにしがみついた。
「どこ?」
「ほら、あれ。そうでしょう?」
「一昔前のST236式潜水艦、〔ヴァール・マイスター〕?」
「何よ、それ?」
「特殊輸送型潜水艦。世界最大級の潜水艦……。テロ戦争が終結して、現役を終えたはずなのに」
樹は彩子に示された個所に浮かぶ、巨大な艦に目を奪われた。
ST236式潜水艦〔ヴァール・マイスター〕は、その愛称が現すように巨大なクジラのボスを思わせるフォルムだ。水上船型の形を踏襲して母体の左右にバラストタンクを取り付け、限界積載量を高める設計をしていることもあって、運行速度は極端に遅い。それ補って余る大量輸送能力はテロ戦争の際、〔AW〕部隊を秘密裏に運ぶことができ、幾度となく奇襲作戦を影から支えてきた。
それが今もなお、樹たちの前に生ける歴史として存在している。彼女たちが生まれる以前のものが、こうして活躍しているのには感慨深いものがあった。
「さすがにあの〔アル〕を運ぶのには、骨が折れそうじゃったがね」
敏信が樹たちの背後でそんなことをぼやいた。
「あ、〔アル〕があんなところにっ!」
彩子は眼下を行きかう特殊車両に目を向けつつも、少し奥まったところに〔アル+1〕が天井のクレーンに支えれて、直立しているのを発見する。宇宙でこそ、その自重を感じさせなかったが、今は自機の壊れた脚部だけでは支えきれないようだ。
「設備すごいわね……。どこから、お金が出てくるのかしら?」
彩子は目を細めて、〔アル+1〕を中止する。
よく見ると機体は組み立て装置に囲まれ、いたるところにケーブルが接続されている。おそらく、ここの作業員たちがデータ解析のために付けたものだろう。
「統合政府からじゃよ」
敏信は近くにある昇降機に移動しながら言った。
そのあとを、樹と彩子は眺めを惜しみつつ追随する。
「統合政府が、ですか?」
「嘘ですよね? だって、ろくなことにお金使ってないじゃないですか」
二人は統合政府の金銭感覚について素直に述べる。
統合政府は国連加入国を統治する政治機関であり、強い権限を有する。一昔前なら、そんな支配組織は唾棄される存在だっただろう。しかし、テロ戦争の被害を深刻に思った各国首脳はこの機関を容認した。
それが民主主義に則っててできたというから、人類は新しい平和への精神を培ったと思われた。
絶対中立の立場を守り、平和維持のためにその政治手腕を発揮、ときに軍事権を持つ最高機関として設立された当初は活気に満ち溢れていた。行ってきた良し悪しを受け止めていた。だが、今では『地球平和軍』を従える腐敗の温床となっている始末。保身に駆られ、いつの間にか体制の支配下に成り下がっている事実を、機関の政治家たちは認めないだろう。
時間がそうしたのならば、それは人の持つ愚かな忘却だ。
敏信は昇降機に同情してくる二人の少女の意見には、大いに賛同できた。
「そうじゃの。軍備の予算が増えているのは、所詮は身の安全を考えてのことじゃ。もちろん、それが人々に還元されることは少なかろうが」
「では、ここも軍の一部?」
「はてな……」
そういって、敏信は昇降機のボタンを操作して、昇降機を下降させる。
がこんと床が揺れて、樹たちは慌てて手すりを掴んだ。
「少なくとも、わしらは軍属じゃぁない」
「でしょうね……」
彩子は揺れる足場が怖くなって、へっぴり腰の態勢になる。周囲もむき出しというのは、異様に恐怖心を煽るものだ。
「しかし、統合政府はなぜ、このような設備を作ったんですか? 見たところ、古いようですけど……」
「そりゃぁそうとも。ここは、テロ戦争が起きる前からあったんじゃからな」
「ああ……」
樹はなるほど、と口を半開きにして改めて周囲を見渡す。
「いわゆる、国際事業じゃよ。最初期のアームウェアもここで開発されたそうな」
「最初期の、アームウェアって……」
「そう。〔アル〕の生まれ故郷じゃよ」
樹と彩子は目を皿のように開いて、敏信の温厚な顔を見る。
この地下施設で、〔アル〕が作られた。最先端の研究施設『サテライト』で勤務していた樹ですら、知らない史実だ。それだけ、この施設は重要機密であったことが容易に想像できる。
恐れ多い場所に樹たちは入り込んだのだ。
「だから、こんな立派なわけね――――んっ」
彩子がぼやくと同時に、昇降機は下層に到着、その働きを終える。特殊車両の駆動音と水の弾む音が嫌に耳に響いた。
「まぁ、それも昔の話じゃて。ついておいで」
敏信は手すりを伝って、舗装された床に足をつける。それから、とぼとぼとすぐ近くに止めてあるカートに歩んでいく。
そのあとを樹と彩子がついていく。
「あ、わたしが運転しますよ」
「そうか? そうしてもらえると、助かるわい」
樹は運転席に就こうとする敏信を制止して、素早く乗り込んだ。
彩子は後部座席に乗って、敏信が助手席に回り込んでくるのを目で追った。いまさらながら、彼が樹を、正確に言うなら〔アル+1〕を受け入れたのか、疑問に思った。元教え子の頼みだけで、これほどの施設を見せてはたして良いものだろうか。
「あの、いいんですか?」
「ん? 何がだね?」
敏信は後ろから身を乗り出して、質問してくる彩子を右の視界に捉えた。
「発進するから、彩子、つかまってて」
樹は静穏なモーター駆動を耳で確かめると、チェンジレバーを切り替えて、ゆっくりと策セルを踏んだ。カートは緩やかに発進し、広い通路を走り出す。
「行先は、〔アル〕の前でいいんですよね?」
「そうじゃとも。おっと、お嬢さんの質問がまだじゃったな」
「え、あ、はい。ここって、国際事業をしている施設なんですよね? あたしみたいな一般人に見せて、大丈夫なんですか?」
屋根もフロントガラスもないカートは、さわやかに風を切って、彩子の短い髪を揺らした。ほんのり海の匂いが鼻をくすぐるのは、潜水艦を待機させるプールのものだろう。
敏信は細い目を一瞬、彩子に向けた後、まっすぐ前方を見た。
「国際事業と言ってもの。所詮は、飼い殺しの収容所じゃ」
その言葉には悲痛や苦痛はない。
だが、そんなたとえ言葉が今の種子島基地にはふさわしい、と敏信は思うのだ。苦痛がなくとも目的のために集められれば、監獄とさして変わらない閉鎖空間が構築し、保護の名目で年寄りを閉じ込める。
「収容所? じゃぁ、教授さんは何か、その、危ない研究をされているんですか?」
彼の表現を彩子は曲解するのも無理はなかった。彼女の知る組織体系は、カースト制度を連想させるものだからだ。ここは、その最下層ではないかと考えた。
敏信は声を上げて笑った。
「おっふぉっふぉ。何々、たらいまわしになったものを処理するくらいしか、しとらん。面倒事を、老人に押し付けるんじゃよ」
「彩子、いくらなんでも、無粋だったね」
「だって――、だってぇ」
彩子が不機嫌な顔をして、抗議する。
カートはコンテナの軒並みを横切り、整備カタパルトが整列する箇所へと入っていく。様々な大型機器と作業用人型ビークル、台座の付いたクレーンや付随するケーブルが枝垂れのように垂れ下がっているのをちらりと横に見た瞬間、樹の中で、疑問が弾けた。
「あれ? 他のアームウェアの修理はしてないんですか?」
ハンドルを握る樹は助手席にいる敏信に目配せして、すぐに前方に視界を戻した。
「生産性のない施設じゃからの。本来なら、一機二機あるのじゃが……、ほれ、外は戦争じゃろう? 解体して、持ってかれたわい」
「さっきのシャトルは、それを送り出すためですね」
「ああ。もちろん、地球の不純な『ガンメタル』もな」
「それだと、高騰するんじゃないんですか、『ガンメタル』?」
「それを力でねじ伏せるのが、統合政府の十八番じゃて」
樹の懸念に、敏信は大らかに答える。
その様子を見ていた彩子は経済的な話をしてるな、と理解しただけで、手持無沙汰に前方を見据える。
と、ちょうど〔アル+1〕の前からぞろぞろと人が出てくるのが目に入った。
「……?」
「おお。みんな、揃っとるようじゃ」
敏信の言葉を耳にした二人は、目の前に出てきた人物たちがここの研究者であることを察知する。
樹たちの乗ったカートはその一団の前で停車する。
「おやおや、ノブさん。この子たちが、この機体を送ってきたんですか?」
「いやぁ、ちっこいのに頑張りますなぁ」
「めんこい娘たちじゃぁないか」
「戦争に参加しとるんだろ?」
「よう来んさった。ささ、こっちにおいでな」
歓迎してくれるのは、多種多様な年配の方々だ。欧米、欧州、アジア、オセアニア、アフリカと世界各国の出身者が十数名。しかも皆、日本語が達者で、活き活きとした表情を浮かべている。
まるで、久方ぶりに孫の顔を見たような喜びようだった。
樹と彩子は集まった人たちにぽかんとしながら降車する。国際事業とか、収容所とか言われていたのは、こういうことなのかと漠然と思う。
「いやぁ。こっちが昔の教え子での」
降車した敏信は緊張に体を強張らせる樹を手で示した。
すると、老人たちは口々に感嘆の声を上げる。
「それとこっちが、その友人じゃ。なんでも、〔アル〕のシステムを機械言語で改竄したらしい」
「おお! この小さいのねっ」
敏信の紹介を聞いた一人の老人が前に躍り出て、彩子へと歩み寄る。長身痩躯ながら、その綺麗な青い瞳と浅黒い肌、少し色あせた短い金髪は情熱的な雰囲気を出していた。着ている服も薄手のシャツやハーフパンツなだけに、夏のイメージが強く印象に残る。
「ど、どうも……」
彩子はすっと身を避ける樹に懇願の視線を投げるも、彼女も緊張に真一文字に口をゆって軽く頭を振った。
薄情もの、と彩子は心中叫んだ。
目の前に立った長身の老人に見下され、ますます縮こまってしまう。
「マイク。脅かさんでもいいだろう」
団体の中からしゃがれた声がした。
「はっはは! 何を言ってる。今じゃ、こんな娘っこでもシステムを弄り回せるんだ。面白い、実に面白い」
「あ、あはは……。それは、ど――――」
彩子がひきつった笑みを浮かべた瞬間、老人、マイク・ジャール・ナダンは困惑する彼女を強く抱きしめた。
「はっはは! ヤマトナデシコというのか? プリティーだ!」
「ギャーッ!! 何が、どうなってんのよぉおおお!!」
彩子は状況が飲み込めず目を回して叫んだ。
それもお構いなしとマイクは彩子の小さな体を抱え上げると左右に大きく振って見せた。年をとっても、その活力は本物だった。
「ちょ、ちょっと、教授!?」
樹も何が何だかわからず、とりあえず一団と握手を交わしながら敏信に状況の説明を求める。
「ああ、みなさん。そのへんにしてもらえんかの。この子らは、ここがどういう場所か、まだ理解できとらんで」
「おう、そうか。それは済まなかった」
「な、ははは……」
屈託のない笑みを浮かべるマイクから解放された彩子はふらふらと樹の元に歩み寄って、その肩に寄りかかった。まだ床が揺れる感覚が、足の裏に残っている。
樹はそんな彩子を気の毒に思いながら、この場にいる全員の顔を見渡す。各国から集められた人々は、朗らかにほほ笑んで好意を示している。確かに、悪い人たちではない。それでも、無節操な集まりにはやはり違和感が残る。
「さて、さっきも言ったが、ここは収容所みたいなものじゃ。しかしの、今お前さんらが目の前にしているわしらがどういう人物か、想像つくじゃろう?」
敏信がのんびり話す横に、マイクの長身が並んだ。
「俺たちはこう見えても、科学者だ。時代遅れのロートルだが、まだまだ若いもんに負けるとは思わん。この施設で好き勝手研究をしとるし、な」
その含みのある言い方に、樹はぴくっと肩を揺らす。
「研究? これだけの学者を集めて、何の?」
「ここにいる人数だけ、研究をしとる。材質、ロボット、システム、宇宙物理、航空、海洋、エネルギーなどなどじゃ」
「電気工学もじゃよ、ノブさん」
「それから、天体観測もね」
敏信の発言に、付け足しが加えられる。
樹はますますこの施設の意義がわからなくなった。もっと、専門的に整った施設なら世界中に点在している。なのに、わざわざ日本の片隅に一転集約する必要があるのか。
樹が次の言葉を紡ごうとした瞬間、頭上から張りのある声が響いた。
「ドクター・ナダン! やっぱりできませんっ!!」
樹と彩子はばっと声のした方を見上げて、そこに人影があることを確認する。明かりがまぶしく、体格は不鮮明だが、声の質から言って若い男性であると判断できる。
よばれたマイクもその方を向いて、声を張り上げた。
「おおっし!! デコードした状態で待機させておけ!」
了解、と返答が来て、敏信が話しを再開した。
「この通り、わしらは弟子をとっとる。次の世代の教育の一環じゃ」
「そうであって、なぜ一か所に固める必要があるんですか?」
「いろいろと、管理するなら一か所に集めた方がいいに決まってるだろう」
マイクが弾んだ笑声を上げて、樹の問いに答えた。
ここは収容所。なるほど、確かに監視は一か所にとどめて、徹底させた方がいい。分散させた時より、人件費も設備費も節約できる。そして、旧時代の施設を間借りすれば、さらに経費を抑えることができる。
統合政府の金融事情を考えれば、あまりお金をかけたくないのが本音だろう。
加えて、次の学者の育成には、やはりその道の先達の教えが一番なのだ。技術は確かに奇抜なアイデアも必要だが、その根底にあるものを知っているからこそ生み出される。
「まさに、知識の泉ってわけね」
「彩子、大丈夫?」
「うん。ありがとう」
彩子はくらくらする頭を押さえて、樹の支えから離れた。
そして、豪胆な笑顔を見せるマイクを見据える。この人物は、システム工学の専門家だと今になって彩子は理解する。
「マイクさん、でしたっけ? 〔アル〕のシステムロックを外せるんじゃないですか?」
「そう見えるか、プリティガール?」
「少なくとも、〔アル〕の中身は何十年と変わってないでしょうから」
彩子の物言いに、マイクはふんと鼻で笑った。
「俺からしても、この機体は旧式だ。そう簡単にはいかない」
「でしたら、アルゴリズムの解析を手伝います」
マイクは一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに何か懐かしいものを見るように優しい目を向けた。小さな少女の背伸びとは思わない。実際、システム改竄をした彼女の腕は評価できる。ただ、いくらか欠如してる部分がある、とシステム工学の権威の知識は語っている。
「はっ。そいつは俺の言葉だ。お前が、直々にこの機体のシステムを作りかえるんだよ」
「…………」
「できない、とは言わせん。それが、送ってきた側の責任ってやつだ」
マイクの言葉に、後ろで控えている老学者たちもにこやかながら、確固たる自尊心で頷く。彼らもまだ研究者だ。探究心まで衰えたつもりはない。
だが、彼らの知る〔アル〕とは違い、この〔アル+1〕はまったく別の機体となっている。手出しできないのは、彼らとて同じこと。
樹はここに集まる人たちの熱意を肌で感じ取って、今一度敏信に隻眼を向ける。
「教授……」
「何、心配せんでいい。わしらも、久方ぶりに童心に帰ろうかと思とった。手伝える範囲で、協力しよう」
あくまで、樹たちの手で〔アル+1〕を復元しなければならない。しかし、宇宙の時と比べればずっといい環境にいる。知識人、設備、なにより〔アル〕の生まれ故郷だ。専門的な機器も資料もあるはずだ。
彩子がふっと息を吐く。
その隣で、樹は引き締まった表情で言う。
「よろしくお願いします、みなさんっ」
ぺこりと頭を下げる樹にならって、彩子も慌てて頭を下げる。
すると、どっと歓声が沸き上がり、科学者たちの賛同を得た。はやし立てる口笛や、よいしょする声に二人は気恥ずかしくなって顔を上げる。
「こちらこそ、歓迎しよう。さっそく、取り掛かるとするかの」
「プリティガール、ついてきなっ!」
マイクが腕を振って、彩子を督促する。
それに対して、彩子はさらに顔を真っ赤にしてマイクの後についていった。
「プリティガールって呼ぶのやめてくれません? あたしは皆守彩子っていう名前がありますから」
「いんや、この呼び名が気に入った」
「なんで、そうなるのよぉ……」
そういう頑固なところは老人の意地らしいところかな、とひそかに彩子は思った。
「わたしたちも、プランくらい練らんといけませんね」
「宇宙での戦闘を想定だろ? 久々に血が騒ぐ」
「どうせなら、いろいろと追加したいですな」
「変形機構は、さすがに無理じゃろうが、合体くらいなら」
「地上での機動実験もぜひしたいところ」
マイクと彩子が台座のあるクレーンで〔アル+1〕に上っていくのをしり目に、他の科学者たちはぞろぞろと溢れ出す想像を話し合いながら、歩いていく。
樹は設計プランを練るグループだと判断して、それについていこうとする。
「これ、ミス・サナハラ。お前さんには、ちぃと見てもらいたいもんがある」
「はい?」
敏信がカートに乗り込みながら、樹を引き留める。
樹は小首をかしげて、お世話になる教授の顔をまじまじと観察する。以前に比べて、腰が悪くなったと窺える以外はとくに変なところは見当たらない。
「ほれっ。歳よりをからかうもんじゃない」
「は、はい」
痺れを切らしたように手招きする敏信に従って。樹はカートの運転席につくと、エンジンをスタートさせる。
「どちらへ?」
「隣りのブロックじゃ。床の案内標識に従って進めばよい」
そういわれ、樹は拭いきれない疑念をかかえたまま、カートを走らせる。案内標識と敏信の指示に従って、〔アル+1〕を後ろにし、やがて〔ヴァール・マイスター〕の横を駆けていく。
水の音を耳にしていると、すぐ目の前に隣ブロックにつながる自動ドアがあった。
潜った先はとても殺風景な場所だ。
コンテナばかりが積み込んである倉庫のようで、天井には同じクレーンのレールが走っている。そこで初めて、上の部分は隣とつながっていると理解した。
「教授、ここは?」
「そこを左じゃ」
「えっ!」
いきなりいわれて、樹は慌ててハンドルを切った。
車体が右に引っ張られる。速度がなかったため、体が投げ出されるような強さはなかったが、樹の体は冷や汗を噴出していた。
「荒っぽいのぉ。心臓に悪い――――、ここじゃ。止めてくれ」
敏信はズレたメガネをかけなおして、カートを止めるよう指示する。
樹はブレーキをかけて、カートを停車させる。それから、エンジンを切りながら真横にある赤いコンテナを視界に捉える。
「これですか?」
「そうじゃ。つい、先日届いたものでな」
敏信は一足先に降車して、赤いコンテナに歩み寄る。後ろ手にして、ゆっくりと歩く姿が、樹の知っている大学時代の彼と感じさせる。時間の流れを視界に捉えたことに、少しばかりの切なさが過った。
樹が降車している間に、敏信はコンテナの厳重な電子ロックを解除した。続いて、コンテナのドアが自動で開かれる。
「中には、何があるんですか?」
敏信がコンテナの中に入っていくのを、樹は早足で追う。
中には照明があり、乗用車ほどの大きさがある容器が固定されているのを見つける。鉄色の硬質さが視界から感じられた。
「えっと、これは?」
「うむ……」
敏信は出入り口で立ちすくむ樹に振り返って、蓄えた髭を摩りる。
樹はここから先はとても危険な雰囲気が立ち込めている気がした。調整されているはずの空気が急に冷え込んだと感じるのは、気のせいではない。このコンテナの中だけ、低温で保たれているからだ。
「三週間ほど前、宇宙船が地球に落下する事故があったじゃろう?」
「ええ、一応現場に居合わせましたから」
樹はその時の辛酸を思い出すと、口の中が酸っぱくなる。戦闘経験がないに等しい状態で、がむしゃらに戦い、敵機に殺されかけ、泣かされた記憶。今にして思えば、あれほど死を実感した瞬間はなかった。
敏信は暗い面持ちになる彼女を見据えて、ゆっくりと躊躇うように口を開いた。
「その時の、核融合炉の残骸がここにある」
「残骸を回収できたんですね……。でも、どうして核融合炉のものだと?」
樹は回収手段よりも、なぜ残骸がどこのものか特定できたことに疑問を持った。
「ここにくる過程で、わかったことじゃ。そして、その残骸が炉の内壁に使われていた『ガンメタル』ではないかという仮説が立てられた」
「そうだとして、私に見せる意味はあるんですか? 材質工学は教授の専売特許ですよ」
樹が専門とするのはロボット工学だ。多少、材質についての知識を持ち合わせているが、設計段階での参考程度ものだ。実際、どういう成分かまでは知らない。
敏信は髭を摩るのをやめて、深く息をついた。重々しい空気が二人の間に流れる。
「ここに保管されている物質は、もはや『ガンメタル』のそれを遥かに凌ぐエネルギーを内包しておる。計測では、核融合炉とほぼ同じ出力が出ておる」
「それって、もう別物じゃないですか。大発見です」
樹は容器に目をやって、嬉々とした声を出した。彼女も学者だ。そういう発見があることは、次の技術発展になると純粋に思う。
しかし、敏信はそう簡単ではなかった。
「ああ、大発見じゃとも。じゃがな、それだけデリケートなものじゃ。扱いを間違えれば、抱えているエネルギーが暴走し、周囲を吹き飛ばすじゃろう」
「だとしても、こうしておけば安全じゃないですか」
「そうもいかん。これは大量破壊兵器に利用されかねん」
「…………」
その言葉は、科学躍進の背後にあった戦争の歴史を彷彿させた。戦争が起きれば、それだけ兵器開発に資金が回り、潤沢な設備を構えることができる。研究の見返りは、人の命。より多くの命を味方を傷つけずに奪う力。
そんな意識が過れば、確かに容器の中の残骸は危険なものだ。宇宙で起きている戦争に、もしかしたら大きな傷跡を残しかねない災厄を秘めている可能性もある。
樹は奥歯をかみしめて、敏信を正面に捉える。
彼もまた、そんな危険なものを他の研究機関に渡したくないというエゴがあった。独善、と言っていいものだ。
「じゃが、わしにはこの残骸に秘められたエネルギーを相転移させ、動力炉として使う実験をしておる。そして、願わくば、〔アル+1〕に搭載したいのじゃ」
「――――っ!」
「もちろん、絶対的な保証はできん。しかし、反応弾のようなものになるより、マシじゃとおもっとる」
「それは、わかりますけど……」
教授の独善でしょう、とは言えなかった。
樹だって、そんな危険物を〔アルプラス1〕に搭載するのも気が引けた。何より、それだけの責任を背負えるほど、強固な決意を持てない。
敏信は元教え子に頼むことではないと思ったが、〔アル+1〕の修理依頼を受けたとき、これしかないと心に決めていた。
かつての英雄の機体。そして、それに乗っていただろう操縦者にあやかったものだが、樹たちのもかつての操縦者に匹敵する『何か』があると信じたい。
そして、樹はすっと敏信から視線を外した。
「少し、考えさせてください。二人にも、聞かないと……」
「…………わかった。すまなんだ、急な話で」
「いえ、それよりも、プランの方へ行きましょう」
「そうじゃな。研究は進めておくぞ」
敏信の言葉に、樹は空返事をする。
なぜ、教授が密輸の片棒を担いでまで〔アル+1〕の修理を引き受けたのか、ようやくわかった。




