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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十章
73/152

~地球~ 技師と操縦者

 リーン・セルムットは大きく息をついて、『ガーデン1』の工業区画にある工場に出頭した。


 工場は地球から運ばれ来た〔AW〕の各ユニットを組み立てる作業場であり、クレーンや人が無重力の中で動き回り、製造される〔AW〕はカタパルトに固定され、徐々に形になっている。


 彼はその作業場の端に位置する管理室に赴いて、そのドアを開いた。中は作業場の機械の制御装置と、監視カメラの捉えた映像を出力した複数のディスプレイが壁一面に備え付けられている。作業場内のむせかえるような臭いや熱気はなかった。


「リーン・セルムット軍曹。一三〇〇。出頭いたしました」

「うむ。ご苦労だ」


 そういって出迎えたのは、灰色の作業着を着た整備員と打ち合わせをしていた優男だった。


 ヤッシュ・カルマゾフ。その容姿は整っており、言い寄られれば断る女性は少ないだろう。


 リーンはそうした外面の魅力を認めながら、しかし、彼の身勝手な内面を認めることはなかった。たった数日で、それだけの醜悪な内面を出していたからだ。


「新しく来た兵士への講義。大変だったろう?」

「ええ。とはいえ、自分は単に体験談を話しただけです」


 リーンは管理室の防音ガラスの向こうに一瞬目をやって、ヤッシュのそばに歩み寄った。


 防音ガラスの向こうには、ちょうど組み上がった一機の〔AW〕が回されてくるところだ。


「どうだい? これで君も、少しは役に立ったというものだ。成り上がりにしては、いい仕事だよ」

「……恐縮です」


 ヤッシュは、ガラスの向こうにたたずむ鋼鉄の巨人を指差して言ってのける。自分から試作段階の〔バーカム〕を奪われた屈辱を知らしめるために。


 リーンは指差す方を今度は真摯に見つめて、ちょっとした感慨に浸った。


 それは〔バーカム〕の量産型〔バーミリア〕と呼ばれる機体。細身の体躯やがっしりとした胸部、引き締まった腰回りなどは〔バーカム〕の延長線上にあるもので、制御の難しいバックパックはデチューンされ、一回り小さくなっていた。機動力は多少落ちるが、ジェネレーターへの負荷はぐっと押さえられている。接近主体から、高い汎用性を求めた結果だ。


 そして、〔バーミリア〕の電子戦装備には、発信翼が一つしかない。これはアリスが搭乗していた〔ファークス〕実験型の思想が受け継がれていた。バックパックと融合する形で、背びれのように見える。他にも、オプションとして指向性機雷『CB6』が携行されることになる。


 そうした情報がHUDヘッドアップディスプレイとして機能する防音ガラスに次々と出力されていく。


「これで試験小隊は兵装の強化に移行するわけだが、君はどう思う、セルムット軍曹」

「それが隊長のご命令なら、自分はそれに従います」


 リーンはヤッシュに向き直って、その人を見下した笑みを浮かべる顔に言ってやった。


 (いつき)たちが地球に降りて、アリス試験小隊は解体されはしなかったが、改変され今ではヤッシュ特務小隊と名を変えて存在する。任務は今までと変わらない実験兵装の運用。次期量産機の〔バーミリア〕の開発もひと段落して、あとはエポッヘ社の〔ギリガ〕シリーズの後継機開発が大きなものだ。


〔ギリガ〕の後継機についてはコフィン・コフィンが請け負うこととなり、分隊支援火器と並行して運用していく予定となっている。


 例え、上司が嫌味な野郎でもリーンはそれに従うだけだ。自尊心がないとか、何も考えていないとかではなく、自分のすべきことはここでしかできない気がする。だから、この場にも足を運んだ。


「フンッ。言い心がけだ」


 ヤッシュは顔色一つ変えないリーンを見て、鼻で笑った。滑稽な男だ。目上の者に従うだけの番犬とは、つくづく愚かしいし、利用できると思った。


「君には引き続き〔バーカム〕で、試験を続行してもらう。もちろん、コフィン准尉には後継機が到着するまでは〔ギリガ〕に乗ってもらう」

「ん? 隊長、なぜ、准尉のことを自分に?」


 リーンはヤッシュの言葉を疑った。


 ここに呼ばれたのは、単なる披露会ではないことは承知している。嫌味の一つでも聞かされるものだと頭の隅っこで思っていた。しかし、それとは別の目的で呼ばれたのではないか、と奇妙な疑心が沸き立つ。

 

 ヤッシュは作業員たちに目を配って、すっとリーンの横に付くと小声で言う。


(いつき)を僕から引きはがした責任だよ。そういうの、わかるだろう?」

「は? 引きはがす、ですか? あれはあいつらが自分で決めたこと――――」


 瞬間、リーンの脇腹にヤッシュの肘鉄が炸裂。


「――がっ」


 リーンは鋭い痛みと肺が痺れる感触を覚えながら、隣にヤッシュが悪趣味な笑みを浮かべているのに気付いた。その目に宿る陰湿な悪意も。


「あの子はまだ若い。そういうのは、自決じゃない。暴走って言うんだよ」

「…………ぐっ」


 リーンは何も知らないヤッシュに唾でも吐きかけたい気分だったが、痛みでそんな野暮ったいことをするのも削がれた。


「どうしました?」


 組み上がった〔バーミリア〕のOSをインストールしていた作業員の男が、鋭い視線を射て、リーンとヤッシュに問うた。彼は作業用のコントロールパネルを操作するのを中止し、座っている椅子を回して体を向ける。


「カルマゾフ少佐。軍曹はどうしました?」

「いや、ちょっとしたアクシデントさ。ああ、ぼくはこれから用事があるから、失礼するよ」


 ヤッシュは上手な愛想笑いをして、体が浮き上がったリーンの横を過ぎながら囁く。


「准尉のような胸のデカイ女って、意外と誰だっていいんだよ。そういうもんだ」

「――――っ! テメェ……」


 リーンはヤッシュに殺意のこもった瞳を向けて唸った。


 他人を見た目でしか判断できない奴が、隊長だというのがこれまでにないほど悔しかった。


 それでも、ヤッシュが竦んで顔を歪ませて出ていくのを見て、少しは気が落ち着いた。


「けっ。お坊ちゃんが」


 作業員がリーンの心中を代弁するように、吐き捨てた。それから席を立って、リーンを引っ張って床に足をつけさせる。


「すまない」

「何の。あんたのおかげで、量産機ができたんだ。感謝してるんだぜ?」

「そういうもんか?」


 リーンは席に戻る作業員を目で追いながら、その感覚には共感できなかった。


 作業員は帽子の位置を整えて、引き笑いをする。そのイントネーションが耳に残る。


「ヒヒヒッ。そのおかげで、俺らは銭を稼げる。それにな、新しいものを作るってのは、楽しいもんだ」

「戦争中だぞ。不謹慎じゃねぇか」

「だからこそ、新型機ってのは不謹慎を吹き飛ばすんだろう?」


 その言い回しに、リーンは頭を掻いた。


 作業員はわからないかね、と肩を上下させてコントロールパネルを操作する。そういう新しいものの基礎を築き上げているリーンの働きは、とても力にもなるのだ。


 人殺しの道具を作っているという意識を払しょくするように、新しい希望を見ることができるからだ。操縦者の生存率を性能によって引き上げて、生きて帰還させる可能性を増加させる。機体だけの理屈ならだが。


 そこで、作業員はあることを思い出した。


「そうそう。軍曹の機体、追加装甲の目途が立ったぜ」

「追加装甲――――、ああっ。まさか、本当に用意してくれるなんてな」

「あんたの功績だよ。ま、もうちょっと後になるけどな」


 リーンは作業員の報告を、素直に喜んだ。


 しかし、それに見合う功績をはたして、本当に積み上げられただろうか。何一つ満足にできた感触がなかった。

 

 そのことを彼は内に秘めて、まずは感謝を示す。


「ありがとう。でも、なんで俺のこと、そんなに知ってんだ?」


 その質問に、作業員はまた耳に残る引き笑いをして肩を震わせる。大笑いだ。

 

 リーンはその様子にまだ痛む脇腹を摩って、様子を見るしかなかった。


「ヒヒヒッ――――。そらぁ、赤毛のなり上がりったら有名さ。金髪のお姫様を救った義賊様だからな」

「おいおい……。んだよ、それ?」

「そういう時代遅れな誠実さが、俺たちには受けがいいってこった」


 作業員が防音ガラスの向こうを指差す。


 リーンはしかめっ面をしながら、その方に視線を流した。


 その先には〔バーミリア〕の点検をする作業員たちが、油まみれの顔で品のない笑顔を浮かべている。しかし、そこには男が持つ野暮ったさや人情味があった。


「物好き過ぎじゃねぇか?」

「ヒヒヒッ。お姫様とは、よろしくやりな。女っ気のねぇとこは、そういうのを傍から見るのがおもしれぇんだ」

「それが、本音かよ……」


 リーンは深くため息をついて、軽く防音ガラスの向こうにいる作業員たちに手を振った。


 全員が全員、歳を取っているわけでもない。リーンのような若者もいる。ふつう、そういうのは嫉妬の対象になるはずだ。


 だが、彼らは戦争という背景で繰り広げられる色恋沙汰は、現実味がないと思う反面、ある種のロマンを含んでいると思った。リーンがもし、そのロマンを遂げられる可能性があるなら、自分たちにもあるかもしれないという期待感があるのだ。


「…………」


 ちょっとした野郎の妄想だ。誰かに嫉妬するよりか建設的だ、とリーンはひそかに頷いた。




 種子島基地は真夏の暑さに負けず、今日も一機のシャトルを送り出した。宇宙での戦争が始まって、資材を送る便が多くなっている。


 海上に面した基地は涼やかな潮風を受けつつ、もたらされる潮気が肌に張り付く。海に伸びるマスドライバーのレールは緩やかに弧を描いて、天空への架け橋として基地から離れた個所にあった。あとで、従業員たちがレールの点検と清掃をするだろう。


「うむ。今日もいい天気だ」


 そういって、藍崎(あいざき)敏信(としのぶ)は窓から見える一筋の航跡雲から視線を離した。よれよれの白衣、立派に伸ばした白い髭、温厚な顔に黒縁メガネの組み合わせは、人畜無害な印象を与える。しかし、その細い目は何でもお見通しといった妙を感じる。


「さて、久しぶりにあったとはいえ、随分とすごい話を持ち込んでくれたのぉ、ミス・佐奈原(さなはら)?」

「はい……」


 彼が振り返った先で、(いつき)彩子(あやこ)が緊張に顔を強張らせている。


 応接室代わりに借りた会議室は来客を招くには広く、冷房が効くには時間がかかるようで、(いつき)たちの頬には汗の粒が流れる。


 会議室の円形テーブルの一席に腰掛ける(いつき)彩子(あやこ)は飾り気のない室内をさりげなく見渡しながら、汗ばんだスーツの感触で落ち着かない。


 敏信(としのぶ)は髭を摩りながら、彼女たちと斜向かいの席に移動する。それから、ゆっくりと体に気を使って着席する。


「そんなに緊張する必要なかろうて。それよりも、友人は大丈夫かえ?」

「え、ええ。今は、別室で寝てます……。あ、遅刻して申し訳ありませんでした」

「いやいや、お前さんにしては珍しいことではあったが、気にしてはおらんよ」


 (おと)は旅の疲れが出たのか、熱を出して今は基地内の健康管理室で寝ている。そのために、乗るはずだった飛行機をやめて、一日休養を取り、つい三時間前に(いつき)たちは種子島空港に降り立ったのだ。


 恭しい(いつき)の対応に、彩子(あやこ)は見て、興味の視線を敏信(としのぶ)に移す。少しなまりぎみの日本語は、海外暮らしが長かったからだろうか。それにしても、現役から一線を退いたような老体に、どれほどの知恵があるのかと不信感を抱いてしまう。


 すると、敏信(としのぶ)がそんな不躾な視線を向ける彩子(あやこ)に気付いて、にっこりと笑う。


「お嬢さん。わしの顔に、何かついとるかの?」

「あ、いえ、何も、ありません……」


 彩子(あやこ)はあたふたと手を振って、取り繕う。


 敏信(としのぶ)は頷く。その暖かな表情は、悟りを開いたような静けさがあった。


「さて、持ち込まれた〔アル+1(プラスワン)〕についてじゃが、今解析作業中での。本格的な修理は当分先になりそうじゃ」

「やはり、追加装甲を外せないんですか?」


 (いつき)が不安そうに尋ねると、敏信(としのぶ)は髭を摩りながら虚空を眺めた。


「それがの。解除プログラムがいじられた形跡があって、難儀しとるよ。どこの誰だか知らんが、滅茶苦茶しおる。しかし、それなりの技巧を身に着けておる。ちと、勉強不足かの」

「…………たぶん、あたしのせいです」


 彩子(あやこ)は控えめに挙手して、様子を窺った。少し褒められたこともあって、頬を赤く染めている。


「ほう。お前さんがか? いやぁ、時代じゃねぇ何とも」

「はぁ……」


 一人納得している老人に、彩子(あやこ)は愛想笑いを浮かべるしかなかった。文句の一つでもぶつけられると思ったが、意外と好感触のようだ。


「教授。できるだけ早く、〔アル+1(プラスワン)〕を直したいんです。設備費や部品代はわたしが—―――」

「んん? よしなされ、ミス・佐奈原(さなはら)。元教え子にそんなことを強要する気は、ありゃせん」

「しかし、今回の修理は軍からの援助はないんです。以前にも、メールでお伝えしましたが?」


 (いつき)はのほほんと構える敏信(としのぶ)に言う。


『地球平和軍』が援助したのは、あくまで降下までの手順と(いつき)たちの国籍や立場の保証まで。アメリカから日本までの交通費は、すべて(いつき)の負担だ。在籍して一年も満たない研究者の貯蓄は、三人分の旅費は工面できた。


 だが、今言ったような負担ができるほど、余裕はない。せめてもの身勝手に対する誠実さを、かつての恩師に示したかったのだ。


 それを見破れないほど敏信(としのぶ)耄碌(もうろく)してはいなかった。そして、健気な元教え子に同情もした。


「なぜ、そうまでしてあの機体にこだわる?」

「それは――――」


 (いつき)は言葉を詰まらせて、視線をそらす。


「それは、あたしたちが戦うために必要だからです」


 彩子(あやこ)が代わりに言い放った。


「ほう……」

「あたしたちは、その――、三人一緒でここまで来たんです。今さら、バラバラになんて」

「三人一緒にいる意味はあるのかえ?」

「――――っ」

「それじゃと、まるで戦争したがっておるようじゃぞ? 野心家も同然」

「野心、ですって?」


 彩子(あやこ)は言葉を繰り返して、じっと敏信(としのぶ)の細い瞳を見据える。


 (いつき)も彼の言葉に思うところがあり、視線を戻す。


「ここに来たのも、外で戦争しとったのも、所詮は我が身愛しさ。いや、誰にも認められず、ひねくれておるようにも、わしには見える。それが寄り集まって、慰め合っているようにも……」

「教授さん、あんたに何がわかるの?」


 彩子(あやこ)はぐっと奥歯をかみしめて、低く告げる。理不尽な憤りだとは、彼女自身も理解していた。理解できてしまったから、余計悔しかった。


「教授、わたしたちは戦争を止めたいんです。もう、大切な人を失うようなことはしたくないんですよ」

「それを野心という」

「野心じゃない。ただ、そうしたいだけです」


 (いつき)の発言に、敏信(としのぶ)は深くため息をついた。


 彼女たちの純粋なまでの願いは目に毒だ。相手にするのも、躊躇われる。聖人、聖者とまでは言わない。が、それに近づこうとする愚かさがあった。


 それが敏信(としのぶ)の言う野心だ。


 お昼の日が差し込んで、(いつき)たちからは彼の半身が白く染まって見えた。輪郭が光にぼやけて、目を細める。


「悲しいのぉ。有能な若者が戦場に赴くというのは……」

「わたしたちがそんなに哀れに見せますか?」

「ああ、そうじゃとも。できることなら、お前さんたちにはもっと勉学に励んでほしい。そうすれば、もっとよい道が切り開けるはずじゃ」

「それじゃ、ダメなんですよっ」


 (いつき)はあくまでも、敏信(としのぶ)の意見には賛同しない。


 そうしてしまって、自分たちが見てきたものに蓋をしても何も変えられない。〔アル+1(プラスワン)〕一機が再度導入されて、戦況的には微々たる影響力しかなくとも、黙って見過ごすよりずっといい。


「わたしは人の乗った機体を破壊してきました。それから逃げ出すのが、怖いのもあります。けど、できることがあるのに、逃げ出すのはもっと怖いんです」

「…………」

「わがままだって言われてもいい。迷惑をかけていることだって百も承知です。それでも、あの機体でなきゃでなければ、わたしたちは戦えないんです」


 敏信(としのぶ)はいつになく流暢に話す(いつき)から、隣の彩子(あやこ)に目を向ける。彼女は何も言わないが、真摯に見つめてくる顔つきは本物だった。


「なるほどの……。かなりの辛酸をなめてきたよじゃな」

「はい?」

「よかろう。お前さんたちの覚悟はわかった。お金のことは、心配せんでいい。もともと、そういう場所じゃて、ここは。じゃが、他の者にも挨拶せんとな」


 その言葉に(いつき)彩子(あやこ)は顔を見合わせて、かすかに笑い合った。


 確かにここに来たのは、三人のわがままだ。敏信(としのぶ)の言うこともわかる。どんなに繕っても、たった一機の旧式〔AW〕のために大枚をはたくのは馬鹿げている。


 席を立ちながら敏信(としのぶ)がぼやく。


「老いぼれも、少しは役に立たんと……」


 それが藍崎(あいざき)敏信(としのぶ)の思うところだ。


 せっかく頼ってきたのだ。何もしてやれないでは、ここまで足を運んできた彼女たちに申し訳ない。


「それじゃぁ、ついてきなさい」

「はいっ」


 (いつき)彩子(あやこ)は元気に返事して、敏信(としのぶ)の背についていく。

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