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マシン・レコード  作者: 平田公義
第九章
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~選択~ 次の一歩

『これより、ランデブーに入ります。ターミナルが揺れますので、ご注意ください』


 機械音声を耳にした(いつき)たちは、小さな窓枠に集まってぼんやりと外を眺める。その先には太陽電池のパネルが並び、角度を変えて出迎えの態勢になっているところだった。


 その背景には巨大な青い星が、雲を纏って自転している。ゆっくりと、まるで何かしらの意志が介在しているかのような生命を感じる。


 ここは、地球の衛星軌道上に建設された宇宙ステーション『ターミナル03』と呼ばれる、コロニーと地球の中継ポイントだ。与圧モジュールとトラスを組み合わせた構造で、かつての国際宇宙ステーションのそれを受け継いでいる。


 なお、国際宇宙ステーションはその名を『ターミナル01』と改名され、超伝導レールを用いた投射装置があり、これによって地球へ目的座標に物資を落下させる精度を増進させた。ペイロードフェアリングを施した〔アル+1(プラスワン)〕を地球の目標座標に向けて投射できたのも、この装置のおかげだ。


「おい。お前ら――」


 そういうのは、リーン・セルムットだ。隣りには無重力で浮かぶコフィンの姿もあった。


 宇宙服に身を包んでいる(いつき)たちとは違い、二人は野戦服を着ている。これから来る新兵の案内役を買ったと同時に、彼女たちの見送りに来たのだ。


「大丈夫か?」


 リーンが手すりにつかまりながら窓の外を眺める三人に問うた。


 外では、地球から来たいぶし銀の機体がサブ・スラスターを神経質に使って、『ターミナル03』に寄せている。


 いぶし銀の機体〔シルバー・フォース〕の小さなリフティングボディがトレスのアームにつかまれて、ゆっくりと誘導されていく。


〔シルバー・フォース〕はマスドライバーによる投射で加速するのではなく、輸送機によって外気圏近くまで持ち上げられ、そこから自力で宇宙へと上昇するスペースプレーンだ。技術的にはこうして、少数の人員輸送を可能とし、特殊な訓練を積まなくとも宇宙へ上がることができる反面、重量に規定ができてしまい、資材運びには向かない。それでも、十分な働きを見せているのは間違いない。


 運んできた人ペイたちを下せば、あとは(いつき)たちを乗せて地球にとんぼ返り。地球の自転の関係や受け入れの空港管制とのやり取りがある分、少し時間はかかるが。


「んあ? なんか、言った?」


 彩子(あやこ)が浮ついた顎をを動かす。そして、太陽電池のパネルの動きに合わせて、まだ自由の利く首を動かす。


 その呆けた様子は(いつき)(おと)にも言えること。同じくぼんやりした様子で首を動かしている。


「やっぱり、疲れてますね」


 コフィンが(いつき)たちの息の合った首の動きに感嘆しながらも、ここに来るまでの彼女たちの苦労を想像する。


〔アル+1(プラスワン)〕を地球に送り出すために、ペイロードフェアリングの設計から始まり、重層加工によるバラスト機能や空力ブレーキ、パラシュートの段取り、自動姿勢制御の設定と大気圏再突入に向けての、作業が続いた。〔アル+1(プラスワン)〕のメイン・コンピューターを介して、様々なシステムの問題を打開しつつ、その重量と大きさに耐えうる装甲の加工作業は、整備員たちの腕が問われた。物理的問題を終えても、大気圏再突入のシュミレーションは幾度も繰り返し、そのたびに修正を行っていた。


 そして、つい二日前に(いつき)たちは『ターミナル01』から、〔アル+1(プラスワン)〕を送り出して、成功を聞き、脱力しきっている。短期間で超重量級の機体を地球に送り出したのだ。その達成感は計り知れない。


 同時に、とがっていた神経が一気に緩み、体に蓄積していた疲労がどっと噴き出してきたのだ。


「だな。地球でちゃんとできんのか?」

「失礼ねぇ。みんな、地球生まれでしょうが。やっていけるわよ」


 彩子(あやこ)が分厚い窓から顔を離して、リーンを見た。


 宇宙服の動きにくさは健在で、関節の稼動範囲が狭く、全身を向ける形となった。


「とはいっても、具体的にどうするんですか? 日本に降りるのでしょうけど……」


 コフィンが小首を傾げる。


〔アル+1(プラスワン)〕が日本で修理されるというのは話に聞いている。まず、彼女たちはその修理施設に出向くことになるだろう。出向いて、また修理の手伝いをするのだろうか。


 彩子(あやこ)は指摘されて、何か言いたげに口を開閉させるがうまく言葉が出ない。


「日本に行って、色々と用事を済ませてきます」


 (いつき)が窓の向こうを見たまま、言った。


 鈍い音が『ターミナル03』内に響き、体を支えている腕から痺れるような振動が伝わってくる。地球からの機体が接舷を完了させたのだ。


「まずは、そう……。この子の、祖父母に会いに行こうと思います」


 (いつき)はリーンたちに振り返って、隣でまだ外を眺めている(おと)の頭に手を置いた。束ねている長い髪の毛の固さがわかった。


 そこで(おと)は首をすぼめて、頭の分厚い感触に違和感を覚える。


「えっと…………、そうですか」


 コフィンは言葉に困って、何とも歯切れの悪いことを漏らす。


 (おと)について、彼女は知らないことが多い。月生まれの宇宙育ちで、戦争の発端に母親を亡くしていることくらいだ。


 だから、彼女の祖父母というのには、あまりピンとこなかった。


 彩子(あやこ)も苦い顔を浮かべる。


「けどさ、向こうとは連絡取ってないんでしょう? 場所が分かってるからって……」

「地球についたら、連絡するの。ここだと何かと不便だし。いきなり、宇宙から電話してますって言われたら、びっくりするでしょ、普通?」


 (いつき)彩子(あやこ)に目配せして、遠くから聞こえてくる人の声に、そろそろかと近くに浮遊させていたヘルメットを掴んだ。


 リーンとコフィンもそれを感じ取って、『ターミナル03』の基部へと意識を向ける。今いる場所は、基部から迫り出した休憩スペースだ。


「それじゃ、俺が誘導します」

「あ、あの……」

「准尉はしんがりをお願いします――」


 リーンは基部の方へと流れながら、(いつき)たちに一瞬目を向けると、すぐにコフィンに戻した。


「時間、ありませんから」


 言って、リーンは角から見えた逆さまの宇宙服に向かう。まだ無重力になれておらず、ヘルメットを取ったその人の表情は、ひどくやつれていた。


「宇宙酔いって、結構厳しいのよね」

「懐かしい?」


 (いつき)の悪戯な質問を耳にしながら、彩子(あやこ)はヘルメットを掴んだ。


「まぁ、ね。それ以上のごたごたが続いてるから、随分昔に感じられるわ」


 まだ一か月も経っていないのに、と彩子(あやこ)は照れ臭そうに付け加える。

 

 その短い日々で、彼女たちは今までの人生がひっくり返ったような体験をしてきた。そして、まだ続いているという悲しさがある。


「ねぇ? うちゅよい、何?」


 (おと)は窓から顔を離して、(いつき)たちの方へ体を向ける。これから初めて、地球に行くのだ。少しの緊張と大きな不安を打ち消すような質問が、自然と出てしまう。


「そっか。あんたはそういう経験ないのかね。地球に降りたら、地球酔いとか、あるのかな?」

「ない」


 彩子(あやこ)の疑問を、(いつき)が一刀両断。


 彩子(あやこ)はムッとした表情を浮かべて、恨めしそうに睨みつける。


「宇宙酔いは、ひどい頭痛とか腹痛とかですよ。なかなか、お腹が落ち着かないっていうのは慣れるまで、気持ち悪かったですよ」


 コフィンは真摯に(おと)の疑問に答えて、笑顔を浮かべる。


「あと、顔とかむくんじゃって、ぼうっとしちゃったわ」

(おと)、それ、わかる」

「そうでしょうね。いくら月生まれだからって、重力はあったんだし」


 他愛のない話をしている視界の端っこで、リーンが来たばかりの新兵たちを〔シルバー・フォース〕とは反対側に接舷している〔シーカー〕へと誘導していた。


 コフィンはそれに罪悪感と感謝を抱きながら、(いつき)たちに優しく微笑んだ。


「みなさん、地球でも頑張ってくださいね」


 その言葉に、別れの時が近いことを三人の少女は敏感に察知する。


 今になって、近くにいるコフィンやリーンが残ることの切なさが押し寄せてくる。甘えたいわけではない。ただ、別れというのは一時的であれ、心残りを思い出させてしまうものだ。


 (いつき)はすっと顔を上げて、コフィンを見る。


「はい。できるだけ早く、帰ってきます。そしたらまた、一緒にバディを組んでください」

「ええ。喜んで」

「あとあと、連絡し合いましょう。どんなことでもいいんで、お願いしますっ」


 その爛々と輝く彩子(あやこ)の瞳に、コフィンはなにか恐ろしいものを感じて、苦笑いを浮かべる。


「コフィンさん、ぐんそと仲良く」


 (おと)がそこにヘルメットを抱えながら言う。


「あ――――っ。ええ……」


 コフィンは急にリーンとの距離が一気に縮まるような錯覚を抱いた。ここで、(いつき)たちとは別行動になる。そうなれば、部隊はリーンとコフィンだけ。編成がなされるだろうが、試験小隊の任務は継続するだろう。


「セルムット軍曹が、一番傍にいる?」


 口の中で言って、そんな感触が現実的になり、コフィンは混乱する。


 本人が気づかないうちに顔を赤らめ、(いつき)たちが確信を得たように顔を見合わせる。


「准尉っ!」


 リーンが新兵の一人を押しやって、呼びかける。


「は、はいっ」

「ん? そろそろ、行きますよ!」


 リーンは一瞬怪訝そうな顔を見せたが、すぐにいつもの調子に戻る。


「わ、わかりました。さ、サナハラさんたちも」


 コフィンは意識を(いつき)たちに向けて、リーンの存在を頭の隅っこに追いやる。それを隠すように、彼女が(いつき)たちを先導する。


「あ~い」

「これは、脈ありの予感じゃない?」

「わからない。でも、意外とコフィン准尉ってコロッとやられちゃうかも」

「連絡はマメにしなくちゃいけないわね」


 (おと)の陰に隠れて、(いつき)彩子(あやこ)がひそひそと予想し合う。


 その声はコフィンの耳には届かず、四人はリーンの元についた。


 不自然にコフィンが〔シルバー・フォース〕側に体を寄せて、(いつき)たちの手を取って、送り出す。一見すれば、流れるのを補助しているようにも見えるが、やはりリーンを意識してのことだろう。


 (いつき)彩子(あやこ)(おと)の順番に手を引っ張って、通路へと流していく。


 そして、三人は目の前にボーディングブリッジの出入り口を見つけると、壁に手をついて後ろに見えるコフィンとリーンに大きく手を振る。


「行ってきます!」


 その声に、コフィンが小さく手を振る。


「行ってらっしゃい!」


 贈られた言葉の響きに(いつき)たちは、安心する。


 よく見るとリーンも恥ずかしそうに軽く手を上げていた。視線を外して、いかにも興味ありませんといった感じを装っている。素直じゃないんだ、と三人は同じことを思った。


「前途多難そう……」


 彩子(あやこ)が不安そうにつぶやく。

 

 そして、(おと)は腰のポーチに入っているケースに触れる。そこには、母の髪の毛が入っている。やっと、地球に連れて行くことができる。


 (いつき)はふっと短く息を吐いて、気を引き締める。


 三人はボーディングブリッジをくぐり、〔シルバー・フォース〕のキャビンに入っていく。


 (いつき)たちの後ろ姿が見えなくなったのを確認して、リーンとコフィンは振り返って、新兵が待つ〔シーカー〕へと進んでいく。


 リーンはちらっと肩越しに(いつき)たちが消えた方を見る。


「頑張れよ」


 穏やかな表情と声音。


「…………」


 コフィンはそんな彼の顔を見つけて、思わず頬が緩む。


 素直じゃないな、と思う。


 

 

 少女を乗せた船は、リーンとコフィンが乗った〔シーカー〕が発進してから、一時間後降下を開始した。それぞれがなすべき道を取り、また再会できる日を心に刻み込む。同時に、戦争から身を引いてくれないか、という身勝手な心配を少しばかり抱いた。

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