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マシン・レコード  作者: 平田公義
第一章
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~異変~ 遭難

 (いつき)は何とか、職員たちの列に合流することができた。

 第五埠頭を目指す人たちは、宇宙服を着ている者もいれば、作業服のままの人もいる。背の低い(いつき)には、彼ら、彼女らの顔を確認できないかった。

 避難警報は鳴りやんでおり、電力の節約と人の移動が大詰めになっていることも、いやでもわかった。

 焦りがふつふつと競りあがってくる。


「ねぇ? もう、船が出たってことはないわよね?」

「大丈夫だとも。もし駄目なら、ほかのを使えばいい。幸い、人もいる」

「それじゃ、俺たちだけで別の船を動かしたほうがいいんじゃないか?」

「暗いんだから、無理だよ」


 先導していく職員たちは不安と焦りの中で、どこか高をくくったような安心感があった。  

 暗がりの通路は、非常案内灯を頼りに進むしかない。それだって、補助電池が持っている間だけ。

 (いつき)は手にしている懐中電灯を手持無沙汰に、カチカチと点灯させては消すことをしていた。


「おい。そのカチカチいうのやめろって。いらいらする」

「すみません」


 近くにいた職員にとがめられて、(いつき)はその所作をやめた。

 彼の言ったことは道理だが、神経質そうな声に器量の小ささを感じる。

 すると、前のほうからアサルトライフルを肩に下げた宇宙服の人がすれ違う。


「早くしろ! もう、船が出るぞ!」


 向こうがバイザーを下していても、ヘルメットの無線を入れている(いつき)にははっきりと彼の怒号が聞こえた。

 宇宙服を着ていない職員は首をかしげて、くぐもった音を聞いただけだった。


「やばいっ! いそぐぞ!」

「どうしたの?」

「船が出港しそうなんよ!」


 宇宙服を着ていた職員はみなを先導していうと、走り出した。

 それで一気に、不安と焦りが増長し、列になっていた職員たちが走り出す。月の重力下にも慣れたもので、軽快に進んでいく。

 さすがに、(いつき)も落ち着いている場合じゃないと、走り出そうとした。


「――――――っ!!」

「――んっ?」


 どこからか、人の声が響いてきた。

 言葉はわからない。だが、だれかが必死に叫んでいるのが、耳に残る。


「何?」


 (いつき)は足を止めて、首元の気密ファスナーを解く。

 ヘルメットを取って、改めて耳を澄ませると確かに人の声が聞こえる。


「すみません。人の声が……」

「聞こえないよ、そんなの!」


 (いつき)の発言に、間髪入れず否定の声が上がった。

 職員たちは自分を守るので精一杯らしく、誰もその足を止めようとしない。仮に聞こえていなかったとしても、(いつき)の意見すら聞かないのは傲慢だ。


「……ひどい人たち」


 そういって、ヘルメットを小脇に抱え、緊急パックを担ぎなおす。

 急げばまだ間に合うかもしれない。そもそも、聞いてしまった以上、無視することのできない性分だ。

 (いつき)は懐中電灯を灯して、来た道を戻っていく。


「――――あけ、――いって!!」


 徐々に何を叫んでいるのか、鮮明になってくる。

 

「日本語? 珍しい……」


 (いつき)は久しく聞いていなかった日本語に、懐かしさを感じた。

 しかし、『サテライト』で働く人が第二母国語の英語以外で話すのは、少々不自然だった。同郷の者なら、母国語で会話をするときもあるが、この非常時に英語以外で救助を求めるのは不効率だ。


「――もうっ! なんだっていうのよっ!」


 (いつき)は幾度目かの角を曲がって、ようやく一つの部屋に目星がついた。

 その部屋は取り調べ控室らしく、小窓が自動ドアについている。そこから声が漏れだしているのだろう。

 ためしに、その小窓に懐中電灯の光を当てる。


「ん? 何? 誰かいるの?」


 荒々しい声が一旦落ち着きをも取り戻して、問いかけてくる。

 (いつき)は懐中電灯をかざしながら、小窓を覗き込んだ。


「な、まぶしっ!」


 ドア向こうで、誰かが後ずさった。

 懐中電灯で照らしだされた人物は、(いつき)と同い年くらいの少女だった。そして、彼女の着ている衣服が、薄手のライトグリーンの囚衣であることに驚いた。

 囚人。犯罪者である証拠だ。

 彼女が危険人物であるなら、簡単にドアのロックを解除するわけにはいかない。


「あなた、名前は?」

「は? 皆守(みなもり)彩子(あやこ)よ。あんた、日本語話せるんだ」

 

 ドア向こうの少女、彩子(あやこ)は感心した風に言う。


「犯罪者よね?」

「――っ! あんたらからすれば、そうかもね」


 (いつき)はとりあえず、落ち着いて相手の出方を見計らった。

 彩子(あやこ)は眉根を寄せて、手で顔の前に翳した。

 忌々しげな口調とは裏腹に、しっかりとした意志の強さがあると感じた。反応からしても、まだここに来て間もないのだろう。


「つか、あんたも、名乗りなさいよ」

「…………。えっと、佐奈原(さなはら)(いつき)


 (いつき)彩子(あやこ)の剣幕もさることながら、確かに初対面の人に対して失礼だと思った。生真面目な性格の表れだ。

 それでも、久々の日本語に姓と名を逆転させそうになった。


「それよりあなた、見た感じ日系ね」

「日系っていうか、純血の日本人よ……」


 (いつき)はその言葉に、彼女が日本語を話しているのに納得がいった。


「純血派なの、あなた?」

「まさか。親がそうなだけ。あたしには、関係ないことなんだから。つか、さっさと出しなさいよ」


 彩子(あやこ)は嫌いな話題を振られ、苛立った。

 関係のない人にまで、純血派思想の持ち主だと思われるのは、とても心苦しい。

 (いつき)も彼女の抱える血族的問題は、なんとなしに理解できた。


「そう。出すのはいいけど、襲わないって約束して」

「んなの、当たり前でしょ! あたしは――――っ。なんでもない」


 彩子(あやこ)は冤罪だと言いかけて、自粛した。

 目の前にいる(いつき)からすれば、自分は危険人物以外の何物でもない。そう思い当って、無益なことを言うものじゃないと判断した。


「? わかった。開けるよ」


 (いつき)は懐中電灯をドアのロックパネルに向けて、開錠操作をした。

 すぐに、自動ドアは開き、中にいた彩子(あやこ)が不機嫌顔で一度ドアの前立ち止まる。


「どうしたの? 急ぐよ」


 暗がりのせいで(いつき)には彩子(あやこ)の表情はわからなかった。

 それを幸いと、彩子(あやこ)は気を取り直すように深呼吸を一回。情けなくふてくされてる場合じゃない。ぐだぐだ時間をつぶせる状況でないことは、彼女にだってわかっている。


「うんっ。そうよね。ありがとう」


 (いつき)彩子(あやこ)の言葉を聞いて、少し誇らしくなる。無表情が、ほんの少し緩んだ。

 それから、緊急パックを担ぎなおして、ヘルメットと懐中電灯を手にする。

 動きにくいが、ヘルメットを被るのは好きではないし、かといって緊急パックを手放すのはもっと駄目だ。

 彩子(あやこ)は彼女の鬱陶しそうな手荷物に気が付いて、緊急パックの肩ベルトを取った。


「これくらい、持つわよ」

「ん? そう」


 (いつき)は無愛想な返事をして、緊急パックを彩子(あやこ)に預けた。

 何気ない彼女の優しさはうれしかったし、意外と頼りになるところがあると見直した。こういうのを、無意識のうちに求めているあたり、まだ自立しきっていないのだと痛感させられる。


「とりあえず、来た道を戻って、第五埠頭までいく」

「あいよ。案内よろしく、佐奈原(さなはら)さん」

(いつき)でいい。苗字で呼ばれるの、慣れてないの」


 (いつき)は早口に言って、走り出す。

 彩子(あやこ)は一瞬笑みを浮かべて、床を思い切り蹴る。

 瞬間、ふわりと体が浮かび上がった。


「わわっ!」

 

 あわてて天井に手を出し、衝突だけは避けられた。

 (いつき)は立ち止まって、降りてくる彩子(あやこ)を視界に捉えた。


「月の重力に慣れてないの?」

「来たばっかなのよ。地球とはえらい違いだわ」

「しっかりと地面を踏みしめて、あまり強く蹴らないで。そうね……。ランニング感覚で走るといいかも」


 彩子(あやこ)は言われて、了解と首を縦に振る。

 それから、(いつき)たちはランニングの要領で走り出した。

 

 しかし、走り出して間もなく地鳴りのような重低音を耳にする。


「――――っ何?」


 彩子(あやこ)が声を上げる。


「地震? でも、こんな時に……」


 (いつき)は訝しみながらも、角を曲がったところでその正体を知った。

 まざまざと最悪の現実を突きつけられ、思わず立ち尽くす。

 少し遅れて、彩子(あやこ)(いつき)の横につく。


「どうしたの?」

「……塞がれてる」

「は? 何言って――」


 彩子(あやこ)は言いながら、懐中電灯が照らす方を見た。

 彼女の顔から血の気が失せ、(いつき)同様立ち尽くすしかなかった。


「何よ。何の冗談よ?」


 目の前には、通路を塞ぐ厚い隔壁があった。

 港への通路を絶たれた現実に、意識が遠のく感じがした。

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