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マシン・レコード  作者: 平田公義
第九章
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~選択~ これからのこと

 (いつき)たちが会議室のドアを開くと、リーンとコフィンが待っていた。


 (いつき)は一度会議室いるレミントンたちに一礼して、ドアを閉めた。


「どうでした?」


 開口一番、コフィンは出てきた(いつき)たちに一歩近づいて言う。


 アリスの遺品整理が終わるなり、三人に軍法会議への出頭命令が下ったのだ。心配しないはずがない。


「地球に降りることになったわ」


 彩子(あやこ)がニカッと笑って、慣れ始めた英語で話す。


 その笑顔が、コフィンには強がりに思えた。


「やっぱり、強制送還ですか……」

「のー。〔アル〕、しゅりする」


 落ち込むコフィンに、(おと)は真剣なまなざしで言う。


「よくもまぁ、やってのける」


 リーンが呆れ気味に頭を掻く。


 まさか、上官たちが直々に命令を下したとは思えない。軍法会議に持ち込んだのは、何かしらの理由をつけて彼女たちをうまくコントロールしたい欲求があったはず。


 (いつき)が振り返り、リーンとコフィンを見据えた。


「おぜん立てまで、だけど。帰りは自分でどうにかしろだもん。向こうは、こっちのデータがもらえれば、どうでもいいみたい」

「データ?」

人工知能(AI)についての」


 (いつき)は襟元を緩めて、廊下を歩きだす。その横に、彩子(あやこ)(おと)がついて、後ろにリーンとコフィンがついてくる。


 ぞろぞろと歩くさまは、(いつき)がリーダーシップを発揮しているようにも見える。


「お前、階級上の軍人に商売したのか? ひっでぇ」

「いいじゃない。そうでもしないと、お互い妥協できないんだから」


 肩を下げるリーンに彩子(あやこ)が上機嫌に手を後ろに組んだ。


「というより、同じ組織で情報を売り買いするのはどうかと……」

「それを咎めなかった士官もどうかしてる」


 二人の軍人の意見に、(いつき)は確かにと小さく頷く。


 本当なら、権力で押収してもよかったはずだ。いや、話などせず初めから解任命令を出して、そのあとで(いつき)たちが持つ情報を引き出せばよかったのだ。

 

「どして、かな?」


 (おと)が顎に指を当てて、虚空を見上げる。彼女も、感覚的に疑惑を持っていた。


「……わたしたちを試した、のかな?」


 (いつき)は自然とつぶやいていた。


 試す。今にして思えば、試練を士官たち、とくにレミントン・バーグは与えているようでもあった。それが最高責任者のすることではない、と(いつき)は先入観を持っていたから、ただの凡ミスだともその時は予測していた。


「試す? 何をよ? ああいうのって、細かいことにまで気が回らなかっただけじゃないの?」


 彩子(あやこ)は廊下の角に手をついて、インコースに曲がった。


 廊下の窓から、黄昏時を知らせるオレンジ色の光が差し込んでいる。夏季は日が長く、もう七時を回ろうとしているのに、太陽の光を取り込んでいる。


「最高責任者がそういうミス、すると思う?」

「…………。疲れてたんじゃないかしら」


 彩子(あやこ)(いつき)の問いに、もごもごと答える。


「バーグ中佐がいらっしゃったのですか?」

「あい。怖い顔、してた」


 (おと)は歩調をコフィンに合わせて、隣につくとレミントンの顔マネをして見せる。


 レミントンのような威圧感や貫禄はもちろんなく、むっとして眉をひそめる(おと)には愛くるしさが似合っていた。


 コフィンは思わず吹き出してしまった。


「つか、直々に、下士官の判決を取ったのか? 妙な話だな。忙しいだろうに」

 

 リーンの意見は正鵠を射た発言だ。


 (いつき)はまっすぐ廊下を見据えながら、思考する。


 何の非もない自分たちを軍法会議にかけたのも奇妙なことだが、それ以上にレミントンがそんな遊び半分のような場に姿を出すだろうか。何か重大な問題を、(いつき)たちから感じ取っていたのだろうか。ただの気まぐれかもしれない。しかし、あの堅物が好奇心だけで動くだろうか。


 判然としない疑問の数々。


 エントランスホールに出たところで、(いつき)は軽く頭を振る。無益な思考運動を終えるためだ。


「人のことはいい。今を利用しなくちゃ……」


 (いつき)はつぶやいて、ふとホール・カウンターを見て、立ち止まった。


「…………」

「どうしたのよ?」


 隣の彩子(あやこ)が視線を追って、同じ場所を捉える。そこには、受付嬢が粛々と座っている。来客が来ない限り、彼女は暇な時間を持て余すのだろうと推移する。それを繕うような広いスペースには、光画像(ホログラム)による広告が出力さている。


「ちょっと待ってて」


 (いつき)はこの場にいる全員に言って、ホール・カウンターに足を運んだ。


 彩子(あやこ)は疑問符を浮かべて、その後ろ姿を目で追った。


「仕方ねぇ。俺たちも、少し待つか」


 そういったのはリーンだ。

 

 彼は近くの談話スペースを顎で示して提案する。


 談話スペースは、革張りのソファーにガラステーブルと洒落た風格で、すぐ近くには自動販売機もある。ここは事務を取りまとめる施設だけあって、各所に休憩スペースが設けられているようだ。


 (おと)とコフィンは賛成して、一対のテーブルとソファーへと歩き出す。


 リーンはそのあとを追おうとして、ぼうっとする彩子(あやこ)に気付く。


「おらっ。ぼさっとするな」

「――っ! わかってるわよ」


 呼ばれて、彩子(あやこ)はびくりと肩を震わせると、一瞬あたりを見回して、目に入った(おと)たちの方へ小走りで移動する。


 リーンは一度、(いつき)の方へ視線を配ってから移動を開始。


 (いつき)はカウンターに伸し掛かるようにして、受付嬢と何かを話しているようだ。


「あ、ジュース買いますけど、何がいいですか?」


 コフィンが彩子(あやこ)とリーンに目配する。


「緑茶、お願いします」


 彩子(あやこ)は上機嫌に言って、革張りのソファーに腰を下ろす。片目のソファーは体が沈むことはなく、食事をするには最適だ。


「俺はいいです」

「はい。わかりました」


 コフィンは注文を聞くと、すぐに行動に移す。


 彼女の楚々とした振る舞いに、リーンは思わず頬が緩む。ああいう人が好きなんだ、と他人事のように感じて、彼もソファーに腰を下ろす。


 肋骨を守るバストバンドの感触に違和感を覚える。


「ねぇ。これから、どうなるのかしら?」


 唐突に、彩子(あやこ)が誰ともなく問いかける。


「どなる?」

「どういう意味だよ?」


 (おと)とリーンが同時に返す。


 彩子(あやこ)は頬を掻きながら、高い天井に視線を向ける。


「ほら、あたしたち地球に降りることになるじゃない。そうなったら、軍曹と准尉はどうなるのかなって……」


 そのいいように、リーンは彩子(あやこ)が自分たちを心配してくれているのがわかった。わかったが、何か別の意図を含んでいるようでもあった。


「どなんだろ?」


 (おと)がリーンを見て、純粋な疑問に小首をかしげる。


「今まで通り試作兵器の実験運用だろうよ。まぁ、人員も増やして、誰かが部隊を仕切るとは思うぞ」

「そうなったら、ちょっと厳しわね……」

「だな。敵の主力艦の足が止まっているうちに、色々とこぎつけねぇとな」


 リーンは真剣な表情で、自分のしなければならに事を再認識する。


〔バーカム〕の廉価版開発はもう始まっている。それでも、付属する武装の選別、操縦者への講義もしなければならない。(いつき)たちが地球に降りても、リーンの忙しさは変わらないだろう。


 彩子(あやこ)はそんな彼を目の当たりにして、嘆息する。


「なんか、先は長そう」


 その呆れ口調に、リーンは顔を顰める。なんとなく、馬鹿にされている気がしたのだ。


 と、飲み物カップを持って、コフィンが戻ってきた。彩子(あやこ)たちの様子を窺うように、カップを配る。


「何の話をしてたんですか?」

「これからのことです」


 リーンが簡潔にそう答えた。


「あたしたちがいなくなって、大変じゃないですかって話してたんですよ」


 彩子(あやこ)がカップを受け取りながら補足する。カップから冷たい感触を覚えて、満足する。


「ありがと」

 

 (おと)がカップをもらってお礼を言うと、中の牛乳を一口飲んだ。


 コフィンは自分の分を持って、その隣に腰を下ろす。正面に彩子(あやこ)、左の下座にリーンが座る形になった。


「ああ、そうですね……。でも、何とかなりますよ。ちょっと、寂しくなりますけど」


 コフィンは素直に心中を吐露する。


 ひと段落とはいっても、戦争は続いている。こうして、穏やかな時間を過ごせるのはうれしい反面、限られているんだな、と寂しい感情が沸き立つのだ。そのために、いくつもの命が散っていることも。


「だいじょぶっ! すぐ、帰る」


 (おと)が無邪気に言って、コフィンの寂しげな横顔を覗き込んだ。


 コフィンは視界の端に映る無垢な少女の笑顔に、ふっと暖かなものを感じる。母性というのか。その感覚は愛情の脈動を発して、彼女の胸を揺らす。


 この子はいろんなことを察している。

 

 (おと)に子供の持つ繊細な感性がある、とコフィンは思った。


「ええ。でも、地球に降りても、連絡はくださいよ?」

「あい」

「もちろんですっ。あたしも、気になりますから」

 

 おもにお二人の関係に、と彩子(あやこ)はコフィンとリーンに笑顔を浮かべて、その言葉を噛み殺した。


 年頃の男女が残るのだ。何か、乙女心をくすぐる体験が幕を上げるかもしれないと期待してしまう。


 が、きょとんとするリーンと微笑み返すコフィンからは、甘酸っぱいものも、危険なものも汲み取れない。急速展開は望めそうにもない。それでも、彩子(あやこ)は、危険にこそ端を発し、乗り越えて育まれるもの、という偏った考えが後を絶たない。


「にしても、あいつ。何やってんだ?」


 リーンは不気味な笑みを露わにしだした彩子(あやこ)から視線を外して、ホール・カウンターで何やらしている(いつき)に顔を向ける。


 まだ、受付嬢と話し込んでいる様子だ。


「どうもありがとう。連絡は、こっちのアドレスに」

「はい、確かに承りました。それから、こちらに転送する際、少々お時間をいただくことになりますが、よろしいですか?」

「はい。あ、後でまた別の企画書を送るので、よろしくお願いします」

 

 (いつき)光画像(ホログラム)に打ちだした文面に一度目を通す。


 それから、受付嬢の丁寧な対応に快くして、ポケットから心ばかりのチップを渡した。


「まぁ、おませですね」


 受付嬢は手のひらに乗ったチップを握って、目を丸くして(いつき)を見た。容姿から東洋系だと予想していたために、こういう文化には縁がないと思ったからだ。


 (いつき)はカウンターに寄りかかっている体を下ろして、蟠る胸を擦る。


「そういうものです」


 淡々口にして、(いつき)はホール・カウンターから離れて、すぐに彩子(あやこ)たちを見つける。


「おお、戻ってきた」


 リーンがそういって、に彩子(あやこ)たちも小走りに向かってくる(いつき)に視線を射る。


「ごめん。ちょっと、手間取って」

「何してたのよ?」


 彩子(あやこ)は後ろを回っていく(いつき)の動きに合わせて、首を動かす。


「メール――――」


 (いつき)は上座に腰を下ろして、全員を見渡した。


「昔、お世話になった教授にお願いしようと思って」

「え? 〔アル〕の修理を?」

「そう。骨董品好きだから、〔アル〕について詳しいと思う」

「おお。(いつき)、すごいっ」


 (おと)は感心して、声を張る。


 一瞬、周囲の視線が注目したが、すぐに霧散する。

 

 そのわずか数秒は、(おと)を除いた全員に恥ずかしさを与えるのに十分だった。


「あ、あんたね。少しは場所を考えなさいよ」


 彩子(あやこ)は気まずそうに声を押し殺して、忠告する。


「うぅ。ごめん……」


 (おと)は縮こまって、彩子(あやこ)に上目使いの視線を送る。


 その様子に、彩子(あやこ)は思わず、うっと喉を鳴らす。媚を売るような仕草だったが、(おと)の愛くるしさには説得力のようなものが働いている。彼女の子供っぽさかもしれない。


「甘え上手になってる……」


 彩子(あやこ)は実直な感想を口にした。


 (いつき)は二人のやり取りを見て、気が緩んでると、こめかみを抑える。


「それで、いつ地球に〔アル+1(プラスワン)を持っていくんですか?」

 

 コフィンが全員の様子を窺って、問うた。


 それに(いつき)はこめかみを押せえるのをやめて、コフィンに顔を向ける。


「教授の都合がつかないことにはなんとも。でも、明日から〔アル〕をペイロードフェアリングして、大気圏突入のシュミレーションをする予定です」


 ペイロードフェアリング。ペイロード(中身)を保護するための外装で、大気圏再突入の際は高圧力や高熱に耐えうる装備となっている。〔AW〕はもちろん、単機で大気圏再突入などできない。宇宙線もまたしかり。

 

 そのためにも、〔アル+1(プラスワン)サイズの耐熱装甲を組み合わせて作る必要がある。時間と人手がここでも必要になってくるわけだ。


 リーンは難しい顔をして、赤毛を掻く。


「大変じゃねぇか」

「でも、降下までは軍が支援してくれるから」

「ですけど、大丈夫でしょうか?」


 コフィンが心配そうに見つめてくる。


 (いつき)は真摯な視線を返して、続ける。


「これに関しては、〔アル〕だけを積み込んで後はコンピューター制御ですから、わたしたちが危険ってわけじゃありませんよ。でも、失敗はできません」

「…………」


 コフィンは黙って、(いつき)の誠実さを受け止める。


 それをわかってくれたように、(いつき)は小さくうなずいた。


「だから、彩子(あやこ)っ」

「ん? 何?」

「あなたは大気圏再突入のシュミレーションに付き合ってほしい。できる?」

「やるしかないんでしょう……。やってやるわよ」

(おと)は私の手伝い。いい?」

「あい。がばるっ!」


 三人は互いの仕事の割り振りをする。


 その間に、リーンとコフィンは割って入ることはできなかった。何か手伝えることはある、と言うことがはばかられた。整備に関して、二人の知識は応急処置程度。足手まといになることは明白だった。


 だから、彼女たちの姿を見守る。それしかできない歯がゆさがあっても、自分たちに課せられた任務に集中しようと思うのだ。


 リーンは一度咳払いすると、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。


「この後、どうせ暇だろ? メシでも奢ってやるよ……」


 蚊の鳴くような声を、女性陣はあざとく聞き取って盛り上がる。


「おお、ぐんそ。ありがとっ」

「おっし! じゃぁあたし、世界三大珍味っ」

「わたしは、どうしようかな……」

「あ、わたしもいいですか?」

 

 そんな黄色い声に嫌な予感が絶えなかったが、リーンはやけっぱちに引き受けた。

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