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マシン・レコード  作者: 平田公義
第九章
68/152

~選択~ 勝ち取ってこそ!

 静かな時が流れていた。


 連戦続きの張り詰めた空気は弛緩し、代わりに食糧難の危機が『リヴァイアサン』に駐留する『新人類軍』にはあった。補給が来るという知らせはあったが、早くてもあと二日は来ないだろう。そのために、全体の士気は落ち込んでいる。


 (リン)燕華(イェンファ)は修繕作業の進む〔イリアーデ〕の格納庫に姿を現す。腹の虫も収まらない淡泊な食事を終えて、気分転換に立ち寄ったのだ。彼女は滑らかに膨らんだお腹まで服をはだけて、派手な下着が丸見えだった。


「さて、あたしの機体はどうなってるのかなん?」


 燕華(イェンファ)は口ずさんで、手すりを使って流れていく。格納庫内はがらんとしており、艦の外装修理の振動が、くぐもった音を響かせている。熱い鉄に槌を打つ甲高くも、染みわたる音に似ている。


 すると、キャットウォークを進む彼女の前に、一人の青年がいた。同じ囚人服を着たハンス・ルゥだ。


「ふうん。あの若いのがどうしてまた、こんなところにいるんだろ?」


 純粋な疑問であった。

 

 今は修理作業、休憩の睡眠、食事というルーチン作業ををこなしている者がほとんどだ。その中で気まぐれに、散歩をするようなヒトはそういない。あっても、『リヴァイアサン』への調査や、艦長であるゲイルの指示で別行動を取るくらいだろう。


 同時に、ハンスは任務に実直な男である、という彼女の意識を改めなければならなかった。


 近づいてくる燕華(イェンファ)にハンスは気づくと視線を一瞬交えて、また格納庫の方へ戻した。


「あん。つれないねぇ」


 燕華(イェンファ)はそれが初心なように見て取れた。自然、彼女の体はハンスの方へ流れて行った。


 しかし、ハンスは不躾に横につく燕華(イェンファ)から距離を取ることはなかった。むしろ、話すきっかけを得たようで、口を開く。


「味方を殺したそうだな?」

「まぁ、ねん」


 燕華(イェンファ)は手すりに寄りかかると、ひらひらと手を振った。味方機を落としたことに罪悪感はない。むしろ、清々した雰囲気を出している。


 ハンスは彼女のそれが、生来の気質ではないかと疑った。


「そうやって、俺も殺すのか?」

「まさか!? それはつまらないじゃないか。味方を撃墜するのが、趣味じゃない」

「では、なぜ撃墜した? 聞けば、あなたのバディは至極真面目な男だと評判だ」

「それが、あたしには合わなかっただけ」


 燕華(イェンファ)はすっきりと言って、手すりを握ってぐっと足で体を引っ張った。くの字に曲がる彼女の四肢は柔軟で、線が細い。肉感が少ないだけに、人形らしい無機質さをハンスに感じさせる。


 女というのはこんなにも細いものなのだろうか、と。


 その興味本位の視線に燕華(イェンファ)は気付いていたが、とくに咎めない。


「真面目だから、そいつはあたしの絶頂を台無しにしたんだ」

「それがいけなかったのか……?」

「そう。独りよがりだったんだよ。いけないよねぇ、それは? マナー違反じゃないか。こっちのタイミング、なんかお構いなしだからね」


 その言葉には、憎しみの色があった。


 燕華(イェンファ)はまだ、最大の敵と認めた〔ファークス〕実験型の最後が受け入れられなかった。自身の早急過ぎた判断と、僚機の勝手な行動。そして、最後の最後に自分の命をなげうって戦艦を航行不能に追い込んだ操縦者の技量。


 彼女が操る赤い〔ミリシュミット〕の居合を避けた時、操縦者としての器量を見せつけられてた気さえあった。


 その時の屈辱、憤怒、後悔、悲哀はもう残りカスが燕華(イェンファ)の頭の隅っこに追いやられていた。


 ハンスは薄ら笑いを浮かべる燕華(イェンファ)から視線を外す。


「難しいな、女は」

「そういう括り方しか、できないのかい? どう考えても、お前とあたしは同類だよ」


 燕華(イェンファ)はストレッチをやめて、態勢を立て直すとにハンスを流し目に見る。


 同類。その言葉に、ハンスは同調しかけた。


 確かに、燕華(イェンファ)は恍惚とできる戦いを望んでいた。だが、巡り会えた宿敵(パートナー)の死は、彼女の欲望を膨らませているようにも思える。


 対して、ハンスは作戦を妨害してきた〔バーカム〕の操縦者に執着心を燃やしている。彼自身なぜ、消し去りたいほどの破壊衝動があるのか、わからない。だが、邪魔なものは早めに片づけた方がいいよいう効率の問題に挿げ替えれば、不安はなかった。


 二人は敵に、求めるものがある。心の飢えを満たす刺激だ。


「…………」

「お前がお探しの相手。面白いことにあたしの獲物に引っ付いてたよ」

「……。倒したのか?」


 燕華(イェンファ)のなまめかしい口調に、ハンスは心配になった。彼女なら、もののはずみで敵機は撃破してしまう可能性だってあると思えてしまうからだ。


「あはっ。気になるのかい?」


 燕華(イェンファ)は細い腕でひょいと体を浮かせると、そのままハンスの顔を覗き込んだ。猫のようにしなやかに、愛嬌のある顔を見せる。


 ハンスは吊るしている腕が汗ばんでいるのと、彼女からツンとする匂いを嗅ぎとった。


「あなたは、大尉殿の懐刀らしいからな。アームウェアの操縦なら、組織の中でも上位だろ? それがわざわざ、口約束を守るとは思えない」

「強ければ、何もかも奪っていい。それは面白い考え方だ」


 燕華(イェンファ)は軽く人差し指を下唇に這わせる。ハンスの略奪思考はなるほど、確かに合理的ではある。強さは畏怖や畏敬を持って、称賛される。それに見合う価値を得ることに、弱いものがとやかく言えるものではない。


「だが、それは『新人類』というものが望む形態でじゃあない、とあたしは思うんだ」

「ん?」

「学が浅いねぇ。『新人類軍』の目的はなんだと思っているんだい?」

「統合政府の解体と、それに成り代わる合理的な統治の実現……」


 ハンスの口調に、少し陰りが見える。言っている本人にしても、何か引っかかりがるからだ。


 燕華(イェンファ)はすっとハンスの目の前に移動し、浮遊する。


「そゆこと。少尉、ああ、つい最近までは大尉か。まぁ、彼は清廉潔白な世の中を所望している。それは、首領も同じ」

「どういう意味だ?」


 ハンスはちらつく燕華(イェンファ)の下着の色と膨らみに、いやらしさを感じながら問う。


 燕華(イェンファ)はものを考えない子供を相手にしている感じがした。決して、嫌悪しているわけではない。組織の末端はただ服従する人材の方がいいのだろう、と思えてくるのだ。


「あたしたちには、合理性と協調性を囁くものがあるだろう? そういうことさ」


 燕華(イェンファ)は自分の頭を指先でこんこんと叩いて見せる。


 それで、ハンスはああと口を半開きにして、納得した。


 彼女は約束を破らない。破れない。頭のインプラントチップが、そうした協調性に反する行為に警告を出していたはずだからだ。そういう単調な思考が廻った。


 と、ハンスはすぐに真顔になる。


「それと『新人類』がどう関係する」

「ふむ。言ってしまえば、『新人類』って無個性な人間なんだ。社会というシステムを動かすデバックプログラムであり、管理者でもある。それらを続けるには、絶対的な公平さを持たなければいけないでしょう?」

「サッカーの審判みたいにか?」

 

 ハンスのたとえに、燕華(イェンファ)は正解だと指先を鳴らした。


「だが、個人の意見を持たないからね。もっとシビアだ。選手に対して一切の妥協はしないよ。で、だ。あたしたちは地球の新しい審判になろうとしているわけだが、その中にも摩擦生まれる。それをなくすために――」

「首領は『新人類軍』を作った」

「厳密には、あたしたちの基本理念を統一化するための場所だよ。そのために、組織内では協調性を重んじて、他者の価値観を取り込んで、全員が取捨選択していく。道徳観念を作り直すのさ。ま、あくまで、あたし個人の考えだけどねん」


 燕華(イェンファ)は言い切るなり、深くため息をついていた。


 まだ、これだけのことを考えていられる。思考まで機械化されたら、(リン)燕華(イェンファ)という人格は消えてしまうのも同然だ。システムの一端となって、人間を矯正していくことになる。人は機会に支配されるもの同然になるわけだ。


 ハンスには彼女のいう言葉が、『新人類』をまるで動物ではないと言っている気がしてならなかった。『新人類』は精神の健やかな人間のシフトアップだ、と彼は感じていた。人間の欲望によって生み出す問題を、『新人類』が公平に裁く。個人の生き方すべてを馴らすものだとは思わない。


 果たして、どちらが真実か。


「結局、そういうのは首領や大尉たちが考えるべきことだってことだ」


 ハンスが実直な感想を述べる。


「そういう考えが、人をダメにしていくのかな?」


 燕華(イェンファ)は目を伏せてつぶやいた。


 ハンスは怪訝そうに燕華(イェンファ)を見たが、彼女が手すりを押して、降下していくを見送る形となった。


「いい暇つぶしになったよ、若いの。今度はもっと別の話をしようじゃないか」


 燕華(イェンファ)は床をしっかりと踏みしめて、キャットウォークでぼんやりしているハンスに軽く手を振って見せる。


 見上げた先のハンスが無言で、挨拶代わりに手を上げるのがわかった。


「……フフッ」


 燕華(イェンファ)はその仕草に幼さを感じて、含み笑い。そのまま背を向けて、壁伝いに自機の方へ向かった。


 燻っていた後悔は、ハンスとの会話の中で雪解けをし始めている。スイッチが入ったように、記憶が記録として書き換えられていく。ゆっくりと感情という泥が水底にたまっていく感触だった。


 そして、真っ赤な機体が燕華(イェンファ)の視界に入ってきた。


 その背部ラックには奪い取ったヒートソードが装着されていた。


 


 軍法会議というから、(いつき)彩子(あやこ)(おと)は特別緊張していた。着ているぶかぶかの軍服がいつもより重たく感じられる。


 加えて、目の前に並ぶ三人の士官たちの威圧感が居心地を悪くしていた。その中には、レミントンの姿もある。彼が一番の決定権を持っているのは、三人にもわかることだった。


 開催された部屋は裁判所のような厳かなつくりではなく、至って簡素なもの。士官たちが座る長い机のほかは、記録係の小さなデスクと立体プロジェクタが数機置かれているだけ。傍聴席の類はない。見るからに急ごしらえだ。


「では、君たちは解任ということでいいかな?」


 長机の端に座る無精ひげを生やした士官が言った。


 (いつき)は休めの態勢のまま、ゆっくりと固く閉ざしていた口を開く。後ろで組んだ手が汗ばんでいる。


「いえ、納得できません」


 少し上擦った言葉に、士官たちは顔を見合わせる。


「帰りたがっていたはずだが、どういう気の変わりようだ?」

「このままだと、一生後悔しそうだからです」


 何とも、抽象的な言い方だ。無精ひげの士官ともう一人細目の士官は肩を竦めて見せる。


 レミントンは(いつき)から視線を外して、彩子(あやこ)(おと)に目を向けた。二人とも休めの態勢を維持して、顎を引き、まっすぐ士官たちを見ていた。緊張で強張った表情は、とても幼ないものだった。


「ほかの二人はどうだ?」


 レミントンが質問する。


(いつき)と同意見です、中佐」

「同じです、ちゅさ」


 彩子(あやこ)(おと)がしゃんと胸を張って、発言する。

 

「なんだ、その口のきき方は? えっと、ウタノ一等兵」


 細目の士官が(おと)の話し方に突っかかる。


「彼女はうまく話せない。わかってやれ」


 レミントンがすかさず訂正を入れる。こんなことを気にしているようでは、神経の細さを労呈してしまっている。それは、子供の前で軍人の痴態を晒していることだ。


 細目の士官はぐっと押し黙って、(おと)を視界に捉える。


 (おと)はしかし、それに怖気ることなく見返していた。


「話を戻そう。なぜ、解任案を拒否する?」


 無精ひげの士官が指をからめて、その両手を机に置いた。物腰の落ち着いた雰囲気を持っていた。


 (いつき)は一瞬、彩子(あやこ)たちを横目に見てから、視線を戻す。


「まず、明確な解任理由がありません。そのことについては、みなさんがわかっているかと」

「理由ならある。君たちの功績を持って、君たちの望みをかなえることだ。以前より、地球に行きたかったのだろう?」


 細目の士官だ。

 

 彼は(いつき)たちの存在を気持ちよく思っていない一人だろう。何せ、〔イリアーデ〕が手に入ったのは、彼女たちの活躍あってこそだ。敵艦のビームを防ぎ、〔イリアーデ〕の防衛線を維持し続けた戦果を挙げている。


 だから、三人とも二等兵ではなく、一等兵に昇格した。


 それが節目だとも思って、士官たちは昇格を認めた。少女たちは親恋しさに、すぐこのことで帰還を申し出ると予想してもいた。そこで、懐の深さを見せようとした結果が今、逆効果になっている。


 (いつき)はふっと肺にたまっていた重たい息を吐き出し、続ける。


「そのことについては本当です。地球にはいきたいのです」

「ならばこそ、それを認めると――――」

「それは、〔アル+1(プラスワン)〕を修理するためですが、よろしいですか?」


 その言葉には、士官たち、記録係の軍人さえも目を丸くした。


 レミントンはしかし、(いつき)たちが冗談で言っているようには見えなかった。彼女たちも軍人の端くれであり、軍という組織がどういうものか知っているはずだ。


「冗談では、ないのだな?」


 そういうのは、無精ひげの士官だった。その指先に力がこもっているのを(おと)は見取って、生唾を飲みこんだ。


 もちろん、(いつき)も自分の発言が相手の神経を逆なでしたことを自覚していた。

 

「はい。ついては、この場を借りてその交渉をしたいのです。どうでしょうか?」


 (いつき)はなけなしの勇気を振り絞って言葉にした。


 沈黙が流れる。鈍重な空気が、息苦しさを呼ぶ。


 と、堰を切ったのは以外にもレミントンだった。


「条件次第だ」

「中佐っ! 子供の言うことですぞ」


 細目の士官が血相を変えて訴える。


 レミントンは細目の士官に視線だけを配って言う。


「彼女たちも兵士だ。末端とはいえ、この場での発言がどういうものか……。わからないはずはないだろう」


 無精ひげの士官が反論を飲み込んで、じっと(いつき)たちを見る。


 (いつき)たちはレミントンの言葉に、自分たちの足場が危険であることを確信する。一つ間違えば、軍人としての地位はおろか、地球にだって帰れなくなる可能性もある。


 だからこそ、三人は一度目配せし合って、お互いに覚悟を決めた。


「では、条件としてまず、これを提示します」


 (いつき)は一歩前に出て、軍服の内ポケットから小型HDDハード・ディスク・ドライブを出した。本当は、今は亡き上官に託すはずだったもの。それがこうして、彼女たちにきっかけを作る材料となってくれた。


 士官たちは怪訝そうに、(いつき)が手にするものを凝視した。


「これには人工知能(AI)についての情報があります。末端ではありますが、十分に有益なものだと思いますよ?」

「人工知能、だと?」


 無精ひげの士官が眉を吊り上げて言う。


 そこに、レミントンが割って入った。


「それについては帰還した〔イリアーデ〕からも抽出されている。無論、試作型人工知能ミサイルの存在もだ」


 彩子(あやこ)は悔しさに奥歯をかみしめる。やはり、ある程度の情報は軍内部にも知れ渡っていた。


「それだけ、ですか?」


 (いつき)は確認の意味を込めて問う。


 レミントンはその問いに対しては、誠実に頷いて見せた。


「抽出した情報は、所詮ミサイルの運用だ。人工知能(AI)に関する設定は記されていなかった」

人工知能(AI)がどれくらいの年齢に達しているのかも?」

「…………ああ」


 それは事実上、敗北宣言だ。


 彼らだって、『新人類軍』が人工知能(AI)で兵員を補おうとしていることくらい勘付いているはずだ。だから、対策資料になるものを欲している。


 (いつき)は予想的中と目を細めて、示していたHDDハード・ディスク・ドライブを下げる。そのあとで、左手に持ち替えた。


「だが――――」


 と、無精ひげの士官が言った。


 (おと)はその入り方に悪意を感じて、彼を睨みつける。


「それだけでは、釣り合わないね」

「どゆこと?」


 (おと)の声に、無精ひげの士官は手元をほどいて、指先を叩く仕草をする。手持無沙汰でしている風ではない。何かの余裕が見受けられる。


「コスト面で、問題があるってことだ。あの巨体を地球に降下させるのにも、どれだけの認可を必要とするか。どこの部隊に回収を頼むか。修理基地や打ち上げまでもろもろ含めると、修理費以上の経費がかさむ」


 無精ひげの男は、シビアなことを切り出した。


 どうあがいても、経費については(いつき)たちでどうにかできることではない。彼が言うように、〔アル+1(プラスワン)〕を地球に運び、また宇宙に送り出すのは莫大な費用が掛かる。それなら、地球からパーツごとに送られてくる信頼性の高い〔ファークス〕や〔ギリガ〕を受け入れた方が、懐に優しいうえ、効率もいい。まして、地球から新兵を導入するのだから数も増やさなければならない。


 たった一機の〔AW〕が何十機の量産機と同じ成果が出せるか。数字で見れば、絶対に無理だ。


 彩子(あやこ)は汚い発言だとは思いながらも、こればかりは反論できないと口を噤む。


「ならば、君たちの〔アル+1(プラスワン)〕は解体して、次の補給物資に回したほうがいいのではないか?」


 とどめとばかりに、細目の士官は言った。


 しかし、(いつき)は落胆の顔を見せず、いつもの無表情で言い返す。


「なら、〔アル〕の中にある戦闘データはどうします? あれは非常に、有効ですよ」

「都市伝説だな、それは」

「いいえ。現にわたしたちが戦ってこれたのも、〔アル+1(プラスワン)〕がそもそも持っていた学習機能によって機体がよく反応してくれたから、でしょう?」


 (いつき)は肩越しに、彩子(あやこ)(おと)を見た。


 二人は一瞬呆けた表情になったがすぐに、そうです、と相槌を打った。ぎこちない動きは、さすがに士官たちを欺けるものではない。


 彼らは軽く咳払いして、少女たちの小芝居を吹き飛ばす。


「だとしても、結局それがつかえる品物かもわからないし、実在しているのかも怪しいじゃないか」


 細目の士官が飽きてきたらしく、そう言い下した。


「ここの設備では、完全な解析はできません。それについては、整備の方に保証してくれます。しかし、もしそれをOSのパターン学習に組み込むことができれば、飛躍的に機能が上昇すると思いません?」

「日本人らしい押し売りだ……」


 無精ひげの士官は、(いつき)のひかない姿勢をそう評した。


 しかし、レミントンだけはその話を無視しなかった。


「なるほど、それは俺が出した課題だ。それを完遂するために、地球に降りたい、と?」

「それはあくまで、目的の途上にあるものです」


 (いつき)はレミントンの鋭い視線に、強い瞳を持って返す。


 しばし、沈黙。


「…………」

「…………」


 その様子を、彩子(あやこ)(おと)が心配そうに見ている。どうあがいても、あの堅物軍人が許可を出すはずがないと悲観的な憶測を抱いていた。


 そして、レミントンが一息吐いた。


「なるほど、アリス・ジェフナムは妙な置き土産をしたものだ」

「え――――」


 レミントンの口から、アリスの名前が飛び出したことに(いつき)たちは混乱を露わにした。カマをかけているのか。


 その疑問はレミントンがすっと背筋を伸ばして、まっすぐに視線を射る態度で訂正される。


 本気なんだ、と三人は感じ取った。


「アリス試験小隊にはそれなりの功績がある。加えて、先の戦いでもジェフナム大尉はよく働いてくれた」


 ジェフナム大尉、という響きに(いつき)たちは嫌悪感があった。


 二階級特進。巨大な功績を残して、殉職してしまった兵に送る特別昇進だ。アリスは死んで、そんな虚構の栄誉を授与したのだ。そのことが、どうにも納得いかないのが(いつき)たちの考えだ。


 レミントンはアリス・ジェフナム大尉に最大の敬意を払って次のように言った。


「よって、その部下であるお前たちにも期待しよう」

「――――っ! 中佐、それは職権乱用では――」

「黙っていろ。まだ、最終的な決断が出たわけではない」


 声を荒げる細目の士官。それをあくまで冷静に止める無精ひげの士官。

 

 記録係の軍人のキィタッチにも、緊張が見て取れた。


 (いつき)たちは、静かに判決を待つ。もうできることはない。だが、すぐそこにやらなければならないことが山積みになっているのが、目に見えていた。


 三人の鼓動が高鳴る。焦りと緊張と、期待にどんどん膨れ上がっていく。


「では、君たちに命令する」


 レミントンの鋭い声に、(いつき)たちは背筋を正して、気を付けをする。


「地球に降りて、〔アル+1(プラスワン)〕の修理、および戦闘データの転送を命ずる。人工知能(AI)についての調べもしてくれ。なお、こちらにできるのは、降下までだ。あとは、自力で這い上がってこいっ!」


 その命令に唖然とする細目の士官に、仕方ないと首を振る無精ひげの士官。


 そして、ぶかぶかの軍服の袖をはためかせて、(いつき)たちはビシッと敬礼。


「了解っ!!」


 三人の力強い声が響いた。

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