~選択~ 悲しみはあるけれど
グレッグ・F・フォンセは、居心地の悪い会議室で『新人類軍』の謀議に出席していた。
彼を含めて、元『地球平和軍』の高官や『奴隷階級』内でのまとめ役の数名が顔連ねて、その頂点に首領であるモーガン・ジェムを迎えていた。
薄暗い会議室の中心には、立体映像のモデルが浮かんでいた。それは、今後作られる戦艦と〔AW〕のモックアップであったり、その注釈である。だが、今議題となっているのは、各員の手元にある小型ディスプレイに上がっている〔イリアーデ〕の損害報告とそれに付随する解決策である。
「先の戦いで、〔イリアーデ〕が航行不能となるとはな」
モーガンが低く、唸るように言った。意外だ、と心底思い知らされる。
「すでに、補給部隊は向かわせております。向こうにいる同志は呼び戻す予定です」
「わかった。修理の方は、どれほどかかりそうじゃ?」
丸顔の男が報告すると、モーガンは質問を返した。
「最低でも、一週間あれば航行可能になります」
「そういうことなら、『ガンメタル』の採掘量を増やさねばなりませんな。閣下、こちらの問題は自分にまかせてはもらえないでしょうか?」
「みなまで言うな。おぬしの好きにするがよい。むろん、結果は出せ」
モーガンより許可を得た黒人男性は、もともと『奴隷階級』だった。採掘作業に従事していた彼は能力的にはそれしかなかったが、経験と実績、人望の厚い偉丈夫だ。グレッグ同様、ご意見番的存在でもある。
いまだに『新人類軍』内でも元軍人と元『奴隷階級』の軋轢は残っている。過去のことだと割り切ってはいるも、親交の機会を積極的に気付くことはない。それが、合理的に働いてそれぞれのコミュニティーの発展を作り、ビジネスの体系を気付くに至った。
この会議はいわば、軍人と『奴隷階級』の代表会議だ。どちらを蹴落とすではなく、どう共生していくかを基軸にして、作戦行動の決定をしている。
「はい。後程、草案を提出します」
「では、本題に戻りましょう。依然として、『地球平和軍』の動きはとても穏やかで、哨戒船が『ガーデン1』を中心として巡回。これを避けて補給部隊を送りましたが、『リヴァイアサン』への補給は最低でもあと三往復が必要だと予測されます。先にも一週間でできるという報告がありましたが、予定より遅くなるかと」
タイミングを計って、一人の白衣を着た女性が言った。彼女は元『サテライト』の研究員にして、開発部門の責任者を任されている。歳のほどは、参加者の中では若い方。
先に報告を述べた丸顔の男はとくに憤りを見せる様子はなく、彼女の予測を素直に認めた。彼はあくまで、修理工程の期間しか見繕っていなかったし、敵の哨戒船による妨害、回避航路などは計算に入れていなかったからだ。
「なるほどねぇ。ま、そのあたりは〔イリアーデ〕に同伴している隊長が、食いつぶすさ」
グレッグは堅苦しい参加者を見回して、冗談交じりに言った。
モーガンは厳しい表情を崩さず、他の面々もまた同じ。しかし、グレッグの言う隊長が、本来ここに席を置く人物の一人であることはすぐに予想がついた。確かに、戦いに関しては彼女の強さは折り紙つきだ。
「此度の戦い。その隊長が獲物を逃がしたために、船が沈みかけたと報告にあるが、いかがか?」
巌のような白人の老輩が言った。彼は元『地球平和軍』の高官であったが、軍人として厳格であったがために宇宙へ左遷された男。
グレッグはどうにも、この老輩を敵に回したくなかった。下手に反論しても、食い下がってくるのが見え見えだったからだ。愛想笑いを浮かべるので、手一杯だった。
白人の老輩は眉を吊り上げて、グレッグを一瞥して終わりにした。
「状況から言って、誰の責任でもありません。すべては『地球平和軍』の無用な抵抗によるものです。問題視すべきは、こちらの移動手段が立たれたこと、でしょ?」
白衣の女性が話の線を戻して、全員を見渡した。
「これによって、今後の予定が大幅に遅れることになります。小惑星帯の調査船が帰ってくるまでには、戦力の補強可能です。ですが、その間に予定されていました各施設の制圧は――」
「もう良い。ご苦労だった」
モーガンは慇懃な白衣の女性の言葉を遮った。彼女の報告は現実味よりも計画性が強い。現状況の打開案が生まれるものではない。
彼は一度、手元のディスプレイを見てから、一度咳き込んだ。
「現状況では修繕を最優先とし、制圧作戦は見送ることにする。材料開発部には、核を用意させる」
その一言に、その場の誰もが凍りついた。
「核を、使うんですか?」
黒人の男が言った。
「調査船が運んでくる小惑星の核融合炉と、『ミューゲル1』の動力炉に使用するつもりじゃがな」
モーガンは原子力の恐ろしさを知っている。彼とて、おいそれと持ち出すものではないと自負している。
『地球平和軍』が危惧している一つは、まずこの原子力だろう。月から取れるヘリウム3を核弾頭にして、攻撃してくる可能性だってあるからだ。しかし、それでは殺戮だ。これからの治世を担う立場としても、避けたいところではある。
同時に、地上の人々には宇宙という辺境からの攻撃に恐怖してもらわなくてはならない。政治的圧力よりも効果的に、人の反逆精神を根こそぎ奪い取る。そうでなければ、フランス革命のような民衆による権力剥奪が繰り返される。
「人間には、真に学び得る力を持ってもらわなければならない。その指導者として、わしらはいる」
モーガン・ジェムの言葉は、独裁者のそれだ。
だが、ここに参加する面々は独裁政権の樹立を願っているわけではない。首領たる老人が、民主主義の治世を清浄化するために行動していると認識しているからだ。大義名分があり、今の統合政府にはない画一で平等な思想を持っているとも。
数の多さだけが絶対ではないのだ。少数精鋭しかり。強い信念を持ってこそ、『新人類軍』は迅速かつ強靭でいられる。
「では、補給部隊の指揮は自分がやりましょう」
問題の締めくくりに、白人の老輩が言う。
誰もが納得と頷く。自主性を買って彼に一任させるものだが、不安や不満は感じられない。妥当だろうと参加者全員が思ったからだ。
「で? 掃除に来た割に、ずいぶんと片付いてるようだけど?」
樹は閑散とした室内を見て、厳しい口調で言った。
そこは、アリス・ジェフナムが寝起きしていたアパートの一室。生活感を感じさせない部屋には、簡素なベッドとその横にある小さな台座、タンス、小さなテーブルくらいしか、家具らしいものは見当たらなかった。居住区を見渡せるベランダが不用心にも開けっ放しになっている。
時間が止まった部屋に、入室した樹、彩子、音、コフィンは気持ちがすとんっと落ちたような気分になった。
リーンはスペアの鍵で玄関を開けてから、一歩も入ってこようとしない。
「い、いいじゃない。それだけ、手間が省けるでしょうに」
「……帰る」
樹は踵を返して、立ち去ろうとする。この部屋を見ているのが堪えられなかった。
「ちょ、ちょっ! 待ちなさいって!」
「樹、待つ!」
帰ろうとする樹を彩子と音が、両脇から取り押さえる。
樹は体を前のめりにさせながら、重心をぐっと倒すようにしてその足を進める。一歩、まあ一歩と両脇にいる二人を引きずっていく。
「別にっ――、わたしがいなくてもっ。できるでしょうっ」
「そういうわけには、いかないって言ってんのよ。馬鹿ぁ」
樹が意地らしくいうものだから、彩子も必死になって制止する。
ここに連れてくるだけでも一悶着あったというのに、今さら怖気づいたでは話にならない。これは樹自身の問題であり、彩子や音の問題だ。ともに、歩んできたからこそ、見過ごすわけにはいかないのだ。
「あ、えと……。その辺にしませんか?」
コフィンが樹たちの様子と会話の内容を聞いて、仲裁に入ろうとするが。
「関係ないでしょうっ!」
樹がいつになく大声を張り上げると、その場にいた全員が驚いて委縮した。
その時、樹は彩子と音の制止を振り切って、つんのめりになりながら、玄関へと進んでいった。が、乱雑に並べられたブーツの数々に頭を突っ込む形でこけてしまう。
「何やってんのよ…………」
「あうぅ……」
しりもちをついていた彩子と音は振り向きざまに見た、樹の不格好に苦言を漏らす。とことん調子を狂わされているのは、樹の方だとも思った。
「な、なんで、靴を脱ぐ習慣を推奨してるの? 日本じゃないのよ」
樹は体を起こすなり、仕切りのない玄関スペースに律儀に置かれた軍靴たちを睨みつける。その中に、自分たちのとは違う古びた一足を見つけて、目元を引きつらせる。
アリスのものだとわかる。樹のセンチメンタルさが、大切な人の存在と結びつけてしまう。
「おら。何騒いでやがる。さっさと、掃除はじめろって」
「何よ。玄関先でぼうっとしてる軍曹には、言われたくないわね」
「女の部屋を俺みたいなのが、掃除するってどうなんだよ?」
「いいじゃないの? 死人に口なしよ」
「なんだ、それ?」
「死んだ人は、何も言わないってことよ」
開きっぱなしの玄関から赤毛の青年、リーンが姿を現すと、彩子が立ち上がりながら英語で文句を言った。
そのやり取りを樹は頭上に聞こえて、言い知れない喪失感を味わう。今まで、まともに英会話できなかった彩子が、リーンと意思疎通をしている。
「…………」
樹は立ち上がって、固く口を噤んで埃を払う。
未熟な心を、他人の成長によって気づかされる。手を引いてやらなければいけない、と自分勝手な義務感は不必要になっていて、彩子や音との距離感がわからなくなってくる。
だから、修理を待つ機体〔アル+1〕の元に戻って、自身の価値観を確かめたかった。
「あの、これ…………」
「んー? 写真?」
いつの間にか、コフィンがベッドのわきにある台座で倒れている写真立てを手に取っていた。その隣に、起き上がった音が駆け寄って、覗き込んだ。
「何々? 先生さんの?」
その発見を耳にした彩子が興味津々に二人の元へ行く。妙に明るい声音に、コフィンたちは困惑した表情を見せる。
樹は、小さくつぶやく。
「やっぱり、もう必要ない……」
「ったく。何言ってんだ?」
すると、リーンは靴を脱いでから、廊下にたたずむ樹のつなぎの首根っこを掴むと、ちょいと持ち上げて見せた。
「な、なぁ――――っ!」
「どうせ、逃げるだろうが」
樹は脇に布が食い込む痛みより、この子猫同然の持ち方に怒りを覚える。身長差が如実に表れるからだ。
リーンは樹が無下に暴れないことを都合よしと考えて、コフィンたちのもとに歩み寄った。
コフィンたちはその足音で、はたとわれに返ってその方を向いた。彼女たちは、宙づりの樹を特に笑ったりはせず、ただ切なそうな表情をしている。
「ん? どうした?」
「これ。先生さんの子供のことの写真なんだけど……」
リーンが質問すると、彩子が持っている写真立てを差し出した。
リーンは樹を一瞥して下ろすと、それを受け取った。
「…………なるほど」
それしか言いようがなかった。それ以上の言葉を紡ぎだす必要も、彼にはなかった。
リーンはそのまま、隣で鋭い視線を向けてくる樹に渡す。
樹は一度リーンと写真立てを見比べて、渋い表情で受け取る。見ても、内にある喪失感広がるだけだろう。だが、受け取った写真は彼女の好奇心を駆り立てた。アリスが、どういう子だったのか、知りたかった。
「――――あ」
写真を見て、樹は吐息を漏らした。
後悔ではない。歓喜でもない。悲哀すらどこか遠くに追いやられた。代わりに、彼女の中にあったわだかまりの塊が、しみ込んでいく感じが広がる。
写真には、泥だらけの野戦服に身を包んだ少女たちが数名が映っていた。キャンプ地なのだろうテントや雑木林が背後に見える。うら若き乙女たちは、一様に笑顔を浮かべて、隣同士肩を組んだり、じゃれ合うように寄りかかっていたり、悲壮の影を見せない。その中で、左右から仲間にしがみつかれて、ひきつった笑みをする少女の姿があった。
「先生……」
樹には、その少女こそアリス・ジェフナムその人だと思った。やつれ顔とは違う朗らかな顔つきではあったが、その面影は間違いなく彼女のものだった。
じんわりと樹は胸が熱くなるのを感じる。
写真に書かれた、小さな願い――――。
「たぶん、訓練時代のもんだ。それ」
リーンは静かに言葉を絞り出す。
コフィンはうつむく樹から彼へと視線を移した。
「どうして、わかるんですか?」
「普通、雑木林はこんなに手入れされてない。それに、こんな泥水はめったにない」
「何か、軍曹もいました風じゃない」
彩子は淡々と説明するリーンに冗談交じりに言う。
それに対して、リーンは誠実に彩子を見る。
「ああ。俺は、隊長と敵対関係にあった人間だ。地域図は今でも覚えている」
「――――っ!?」
「ぐんそ、そなの!?」
「そんな――――」
リーンの告白に、彩子と音、コフィンは瞠目する。
アリスとリーンは妙に気の合う感触があっただけに意外であったし、敵対者同士が同じ部隊で共闘していた事実にも驚かれる。
「俺だって、ついこの間知ったことだ。ずるいよな? 隊長、全部黙ってたんだよ」
リーンは自分の鈍感さを腹立たしく思いながら、隣にいる樹に目線を配る。
俯いたまま、樹はじっと写真を見つめている。
「――――生きて帰ろう。もう一度、学校で会いましょう」
写真の上に細かく、しかし、ヘロヘロな線のブロック体の英文を樹は口にする。
「――――君たちと過ごした日々を、わたしは決して忘れない」
前文の下に、今度はきっちりとした筆記体で書かれた英文を紡いだ。
アリスの誰にも見せなかった誓い。
樹はその場にへたり込んで、ぐっと下唇を噛んだ。
「この写真に写ってる奴ら、な。みんな死んじまって、生き残ったのは隊長だけらしい」
リーンの声が、樹の頭上から降り注がれる。
「なんでそこまで知ってんのよ? いくらなんでも、出鱈でしょ」
「隊長の遺品を送る相手に聞いたんだよ」
リーンはここに来る前、遺品の扱いについて質問するために電話した相手のことを思い出す。
「NATOの退役将校で、隊長の身元保証人。メンタルケアの一環で、聞いた話だと」
「その人、どうしてセルムットさんにそのような話を……」
コフィンが疑問を口にすると、彩子と音も首を縦に振って同意する。
いくら同じ部隊、遺品整理をする人物だからと言って、プライベートなことを話すのはおかしい。もっともらしく見せかけているだけではないのか、と彩子は勘ぐる。
リーンは肩を竦めて、ため息をついた。
「隊長が死ぬ前、電話してきたそうなんだよ。そん時に、俺たちのこと話したらしくて、その見返りだってよ」
「…………」
「特に、三人の女の子には手を焼かされているとも言ってたらしい」
その言葉に、樹は呆気にとられた顔で、リーンを見上げた。
だが、そこで彼の話は途切れて、しばらく沈黙が流れた。
樹は、もっとアリスが自分たちをどう思っていたのか聞きたかった。どんな評価でもいい。彼女の想いを知りたかった。
と、彩子が目の前に跪いて手を差し伸べる。
「話はこれくらいにして、掃除しちゃおうよ」
「あなたは――!」
「先生さんのこと、忘れないために、やれることやろう」
彩子は樹の言葉を遮って言い放った。
その様子を、コフィンとリーンは見守っている。すでに答えは出ているはずだ、とその瞳が訴えかける。
そこに音も屈んで、彩子同様に手を差し伸べる。
「生きて、帰ろっ。また、会いましょ」
写真に書かれた一文をつたない言葉遣いで紡ぐ。
「先生さんと過ごした日々も、これから過ごす日々も、あたしは忘れたりなんかしない」
彩子は日本語なまりの強い英語で続いた。
そして、二人は一度顔を見合わせると、差し伸べていた手で樹の手を取って、持ち上げた。
ふわりと樹はその勢いに乗って立ち上がる。きょとんとした表情は、彼女が意識していないことを物語っていた。
だが、もう大丈夫だ。
「だってわたしには、大切な人がいるから……」
樹の中に初めからあったもの。悲しいことが大きすぎて、見えなくなっていた純粋な願い。過去も今も未来も一緒にして、強く心を支える力。
時間は取り戻せない。面影を追い続けても、人は蘇ったりしない。
辛いことは忘れない。忘れられない。だから、少しずつ強さにしていこう。
「先生も、そうだったんだよね?」
樹はすっとベランダの方に顔を向けて、つぶやいた。
瞬間、レースのカーテンがふわりと舞った。夏の気候には似あわない涼しい風が、頬を撫でる。
「へいへい。そんじゃ、掃除はじめるぞ」
リーンは三人の様子を見届けて、手を叩いて切り出す。
「そうですね。みなさん、頑張りましょう」
コフィンが手をつなぐ樹たちに近づいて、優しく微笑みかける。
すると、今になって恥ずかしくなったのか樹と彩子は手をほどいた。一人、音だけは残念そうに振りほどかれる。
「ありがとう。それから、ごめんなさい。みんなに迷惑かけたみたいで」
樹が頬を赤くしながら淡々と告げる。
「ふ、ふんっ。そういう自覚がるなら、もうちょっと気を遣いなさいよ。あたし、そういうの向かないんだから」
彩子は耳まで赤くなって、ツンケンした物言い。それから、暑いわね、とわざとらしく連呼して、Tシャツの襟元を引っ張って手で扇ぐ。しかし、まだ落ち着かないらしく、リーンにちょっかいを出す始末。
リーンの方は不潔だの、見たわねだの、怒鳴られるものだから真っ向から不機嫌な表情をして、噛みついてきた彩子の相手をする。英語ができるようになった途端、彼女の理不尽さを思い知らされる。
音はコフィンに寄り添って、どこをどうするか役割分担の話を進めていた。こちらは穏やかに、二人仲良くしている。
そんな彼、彼女らの様子に樹の口元が思わず緩んでしまう。先ほどまで、必要ないと思われていた気持ちが間違いだと思えたから。今はここにいたいと切に願う。
「悲しみはあります。けど、頑張ります、先生」
樹は優しくつぶやいて、写真立てを台座に戻した。
そして、一向に始まらない賑やかな仲間に一喝をいれた。




