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マシン・レコード  作者: 平田公義
第九章
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~選択~ 整備状況

 あれから、三日……。


 戦死者を弔う式典が略式ながら執り行われて、しばらくは静かな時間が過ぎていた。


 激戦を潜り抜けてきた〔イリアーデ〕は『ガーデン1』の格納庫で、大掛かりな修繕が行われていた。核融合リアクターの内装装置の改修や、外壁の切除、接着作業に、メインとサブ・スラスターの総取り替え、各砲座の清掃、調整――。


『ガーデン1』の兵站がシフトを組んで作業に当たり、常にドックの中は轟音がこだまし、閃光が瞬く。発せられる鉄の焦げた臭いや、揮発性の高い油の刺激臭、熱気が兵站から体力と気力を削って、弛緩した空気を作り出していた。


 そんなむさくるしい場所を作戦士官、レミントン・バーグ中佐は、きっちりとした軍服に安全ヘルメットを被って、整備部長が運転するエアボードで視察していた。


 整備部長は恰幅のいい体格に、つなぎ越しからでも張り出したお腹が窮屈そうに見える。彼はインカムのスイッチをオフにして、周囲の案内を優先していた。


「修理状況は、おおむねいいようだな」

「はい。しかし、整備の方もそろそろ限界かと……」


 整備部長は言って、手拭いで顔の汗を拭きとるとエアボードを〔イリアーデ〕の右舷、『新人類軍』の新型〔AW〕、〔スカイフィッシュ〕によって破砕された個所に止めた。


 傷は深々とまだ残っており、体裁を繕うように、表面にはビニールが張られている。今は内部の通路や配線の整備に従事しているらしく時折、ビニール越しに光が瞬く。


「ごらんのとおり、船体への傷は深く、現状の人員だけでは対処しきれません。整備士たちもこれと〔AW〕の整備とで、もうへとへとで…………。機体に惨事の種を植え付けることになるやもしれませんぞ」


 へとへとなのはこの男ではないか、とレミントンは眉をひそめる。


 事実、整備部長は作業自体こそしないがすべてを統括するために、計画や工程の進行具合の采配と頭脳労働が絶えないのだ。おそらく、どのシフトに配属されている整備員よりも働いているだろう。


「…………」


 レミントンは今一度周りを見舞わす。


〔イリアーデ〕の修理にあたっている整備員は極端に少なく、今は目の前の損傷個所に集中している。他の作業工程は、誰も手を付けていない。


 人材が少ない。それは認めなければならない事実だ。


「了解した。すでに、地球から増員が来ることになっている。そうすれば、余裕が出るだろう」

「頼みますよ、本当に。兵站が疲弊しては、本体は動けませんから」

「重々承知している。それより、ビーム砲座の方は?」


 レミントンの声に耳をそばたてていた整備部長は、ああと唸って、エアボードを上昇させる。


「正直言って、資材不足ですよ」


 レミントンたちが乗るエアボードは〔イリアーデ〕の上部へと移動し、フジツボのようについているビーム砲塔を見下ろす。縦に三門、それが二列にならび、側面攻撃に対処する配置を取っている。他には迫り出した格納庫を守るように前後左右に一門ずつ、計十門のビーム砲座があるのだ。しかし、そのすべてが脱出作戦の折に破壊され、見るも無残な醜態をさらしている。


 整備部長の男は、手拭いで顔の汗を拭きとりながら付け足す。


「砲身や銃座は見てもわかりましょう? それに加えて、艦橋からのコントロールパイプを滅茶苦茶にされまして、配線をもう一度考えなければなりませんよ」

「ただ、繋げるだけではだめなのか?」


 レミントンも素人ではない。だが、専門家というほど知識を蓄えているわけでもない。


 コントロール配線をやられたのなら、もう一度配線を組み合わせれば元の機能を取り戻すのではないかと予想した。接合部で何かしらの問題があったとしても、些細な漏電か発熱程度だろう。


 整備部長は肥えた頬をぶるりと震わせるように首を振った。


「ダメですね。砲塔自体があの状態では、一からやり直したほうがいんで。それに言いましたでしょう? 資材不足だと。デカイ図体してますが、中身は繊細なんですよ。うちの女房もそんな感じで――」


 そこで、整備部長は話が逸れたと思って、軽く咳払いをする。


 レミントンは彼の心境を考えると、少しばかり同情した。


『新人類軍』の出現によって、『地球平和軍』宇宙軍の軍人たちは地球に降りれるほどの余裕をなくしていた。地球に残した家族を懐かしむ者がいてもおかしくないことだ。


 物理的な距離が、そのまま人とのつながりを薄めてしまうことだってある。人間は知覚する生き物だ。時間や距離を超えて、存在を掴むことなどできはしない。宇宙に上がった者が、地球を恋しく見下ろす時、地球に残る者はどうしているだろうか。


 そういう不安が整備部長しかり、多くの軍人が抱く不安であった。


 レミントンも地球に残した子供のことを思えば、気持ちが沈んでしまう。もう自立したが、それでも親にとって子供はいつまでも子供なのだ。ふと思い出しては、心配になってしまう。これにもし妻が生きていれば、おそらくここまで冷徹にできなかっただろうと彼は思う。


「無駄口はいい。で、何が問題なんだ?」


 レミントンの言葉に整備部長は顔を引きつらせて、壊れたビーム砲へとエアボードを進める。


「最大の問題は粒子媒体がないことです」

「確か、『ガンメタル』を使っているのだったな」


 整備部長は折れ曲がった砲身の横にエアボードをつけると、野太い人差し指で歪んだ砲身を宙でなぞる。


「ええ、砲身は収束装置なんですがね。内壁に『ガンメタル』を使用してまして、これに欠損がありますと、暴発してしまうんですね、はい」

「それで、どれくらい必要になる?」


 レミントンの質問に、整備部長は断りを入れて、腰にぶら下げていたタブレット端末を操作して、必要な情報画面を呼び出す。


「だいたい、これくらいになりますかね。もちろん、不純物のない純正品に限りますが」

「…………」


 レミントンはその画面を見て、眉間にしわを寄せる。その険しい顔つきは、不機嫌そうで整備部長をたじろがせる迫力があった。


 整備部長が提案する『ガンメタル』の量は、厳しいところだった。これだけの量があれば、〔AW〕の一個中隊が賄えそうな量だ。電源として使っているため、消費もほとんどない。逆に、ビーム兵器は貴重な動力源を粒子化させて撃ちだすという大盤振る舞い仕様。


 本拠が月だったなら、大した問題でもなかっただろう。月は『ガンメタル』の採掘場でもあり、微々たるものとはいえ、資源がある分まだ余力を出せる。それが『新人類軍』の強みの姿勢を作っているともいえる。


「地球産だと、どれくらいになりそうだ?」


 レミントンは画面から視線をそらして、汗だくの整備部長を見た。


 地球にも『ガンメタル』に近い物質『アースメタル』が発掘されており、前時代の〔AW〕はそれを動力源として動いていた。不純物の混じった『ガンメタル』という見解が、学会の公式らしい。


 整備部長は手拭いで汗を拭きとると、さらに画面を操作して量を割り出す。とはいえ、純正品でないことにはどうにもならないので、宇宙に運び込まれる前に遠心分離器なりで純正品により近い状態にしてから運んでもらいたい。


「これくらいです……」


 映し出された画面には先の純正品を遥かにしのぐ物量だった。あくまで、可動に必要な量で取り替えは別途です、と整備部長は付け足す。


 レミントンもその量には表情を曇らせるしかなかった。統合政府の意向さえものにできれば、集められない量ではない。が、佐官のこの要望に上層部は首をやすやすと縦には降らないだろう。


 起きていることの重大さを、地球にいる上層部は把握できていない。それが職務怠慢だと世間から非難を浴びせられる要因となっているにもかかわらず。


「……わかった。掛け合っておく」


 そういうのが精一杯だった。


 整備部長もあまり期待は持てないと初めから思っているので、言及はしなかった。それでも、こうして彼自ら軍の施設の視察や兵たちへの労いをすることは好感が持てるものだ。革張りの椅子にふんぞり返って、あれしろこれしろと言っている軍人より健全だ。貴族化が進む内情では、レミントンのような上官はそうそういないのである。


「ところで—―――」


 と、レミントンは〔イリアーデ〕の具合を観察しながら言った。


「あのテスト機もビーム兵器を実装しているが、そちらの技術はどうか?」


 整備部長は一瞬きょとんとしたが、ああと該当する機体を思い出して手を打った。


「あの、〔アルなんちゃら〕って機体ですか? あれはものが違いますよ」

「どう違う?」


 レミントンの威圧的な言い方に、整備部長はどきりと肩を震わせる。別にレミントンが機嫌を損ねていないのはわかるのだが、生来の気質、いやどこかで培われた闘気というものに圧倒されてしまうのだ。とくに、彼のような技術屋と学者者のつまはじき者は男気らしいものに弱かったりする。


 レイントンが不審そうに顎髭を擦る。


 それを見た整備部長はエアボードを〔イリアーデ〕の後方へと移動させていった。急な発進に、レミントンも慌てて手すりにつかまり、タブレット端末をしっかりと持つ。


「どうした?」

「い、いえ、どうも僕は臆病でして……。ああ、〔アルなんちゃら〕との違い、でしたね?」


 整備部長はエアボードを〔イリアーデ〕の左舷に迫り出した比較的形の整っているビーム砲座の前に停止させた。


「ビームを撃ちだす原理はほとんど同じですが、向こうはこれの数分の一の大きさですからね。懸かる負荷や働きかける運動エネルギーも違うんですよ」

「そういうものか?」

「ええ。向こうはこれとは違って、マスケット銃のような形態を取って、比較的少ない粒子を遠くへ飛ばすようにできています。対して、これは大砲ですからね。大質量のものを一気に撃ちだして、破砕するのが目的です」

「装置がそもそも違うということか……」

「そう思ってください」


 整備部長は言って、ほっと胸をなでおろした。


 実際、そういうものだ。銃と大砲は、おおよそ撃ちだす原理は同じだが、扱っている火薬量や弾の種類が違う。応用しようにもできない。


 それからふと、整備部長は思い出したことを口にした。


「そうそう。その〔アルなんちゃら〕なんですがね。もう使い物になりませんよ」

「…………」


 レミントンは眉を上げて見せたが、特に気にした風でもなく砲身を眺めていた。


「無理をしたものですよ、まったく。先ほど話したビーム兵器を無理に使って、機体に相当の負荷を与えたそうで、ろくに手足も動かせません。銃で大砲に立ち向かったところで、正直眉唾な感じがしますが」

「それは事実だ。ジョーリン大尉ならび船員、〔AW〕操縦者が目撃しているし、映像記録としても残っている」

「いや、あれの乗っていた操縦者は随分と無茶苦茶なことをするなと思うんですよ。こちらの苦労が絶えませんで、破棄した方が何かと有効活用できますが?」


 整備部長は初めて、レミントンの前で愚痴った。


 ただでさえ、整備できない機体を動けなくなるまで使い込んだ操縦者の心意気は認める。もともと旧型の機体だ。いつ廃棄されてもおかしくない代物で戦ったのだ。


 だが、それももう限界。今度こそスクラップにして、動力に使用している『ガンメタル』を取り出せば、〔イリアーデ〕の整備にも回せる。データも十分に採取できたし、正直このまま維持するだけ金食い虫にしかならない。ハード面も変更できないコンピューター搭載ならなおさらだ。


 レミントンは彼の本心を聞いて、確かにと頷いて見せた。


「そうだな。そろそろ、あの子供たちを返してもいい頃合か…………」


 操縦者である少女たちは、類を見ない功績を出した。そのことでは、新兵よりもいい成績をたたき出している。昇格だって認めたほどだ。


 だが、それはあくまで三人集まって初めてできることだ。一人では何もできない小娘どもで、〔アル+1(プラスワン)〕が使えないのならば、ここにとどめておく必要もない。

 

 ならば、せめてもの慈悲でこれまでにあったことすべてを水に流し、手切れ金を渡して、地球に帰したほうがいいのだろう。


 レミントンはそう考えていた。


 しかし、それでは暴君の独裁政治だ。利用価値がなくなったから、適当に切り捨てる。同じようして、彼女たちにこの戦争に引き込んだのも、レミントン・バーグその人だ。


 罪悪を感じることはない。今の『地球平和軍』の兵力を考えれば、必要な人材だったからだ。それくらいの理解を少女たちは持っているだろう、と楽観的になっていた。


 すると、整備部長のタブレット端末が鳴りだした。


「ああ、すみません」


 そういって、整備部長がレミントンからタブレット端末を受け取る。


 どうやら映像つきの電話らしく、整備部長はレミントンに許可を得て、背中を丸めて出た。


 映っているのは同じつなぎを来た若い整備員だった。


「どうした? 今はバーグ中佐の視察に付き合っているんだ」

「その、〔AW〕格納庫でもめごとが―—――」

「それくらい、自分たちで何とかしろっ! いい歳こいて、何やっとんだか」


 整備部長は鼻息を荒くして、タブレット端末の通信を切る。


 レミントンはその様子を怪訝に思って、口を開いた。


「ずいぶんと、部下には厳しいようだな?」

「い、いやぁ、御見苦しいところをすみません。別に、大した問題ではありません。ちょっとしたストレス発散ですよ、向こうの」


 整備部長は冷や汗を手拭いでふき取って、取り繕うようにレミントンを見た。


 その表情に、レミントンはやはり一抹の不安を感じずにはいられなかった。

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