~リヴァイアサンの嵐~ どこか遠くに……
戦闘の傷は予想以上のものとなった『地球平和軍』だったが、敵である『新人類軍』を襲った『何か』のおかげで辛くも作戦を遂行することができた。
『地球平和軍』が獲得した〔イリアーデ〕は損傷の少ない〔AW〕によって、応急処置を施しながら航行している状態にあった。動力源やメイン・スラスターを破壊されなかっただけマシな方で、機銃座や主砲、外装の損傷は勲章だと思うしかない。
今、『新人類軍』に攻め込まれたら、ひとたまりもない。〔AW〕部隊も疲弊し、兵士たちにはもう叩けるだけの余力もなかった。
幸い『新人類軍』の〔イリアーデ〕も大打撃を受けて追撃を断念し、『リヴァイアサン』に向かう動きがあった。観測班による観測とそうした旨の敵無線を傍受したから、判断できたのだ。
結果として、『何か』は戦略的打撃を与えることになったのだ。敵の足であり、主力である戦艦を航行不能にまで追い込んだのだから。その功績をたたえようにも、誰がなしたのか、それとも偶発的に敵がエンジントラブルを起こしたのかは、『地球平和軍』側の観測班も把握できずにいた。
そんな功績うんぬんよりも、リーン・セルムットは心に残る重いものに押しつぶされそうだった。右脇腹の痛みと引かない汗と体温が彼を急き立てる。
ちょうど、アリス試験小隊の機体が駐機する小型輸送船〔シーカー〕に乗り込んだところだった。〔アル+1〕と〔ギリガ〕電子戦装備の機影があったことに、彼は彼女たちの無事を喜ぶ。同時に、伝えなければならない辛い現実がどっと胸を締め付ける。
リーンは一度息を短く吐いて、気持ちを引き締めるとヘルメットを左に抱えて、休憩室に入った。
「――――っあ!」
入った途端、席に座っていた音が立ち上がって、リーンを見た。弾んだ声は何も知らされていないことを暗に示していた。
「セルムット軍曹、ご無事で」
「あれ、先生さんは?」
音の横で、気恥ずかしそうに立ち上がるコフィン・コフィン。
座席のシート越しに見る彩子が英語で言った。
その横には樹の頭が見える。彼女は物憂げな表情で俯き、何か考え事をしているようだった。
「あ、ああ……」
リーンは言葉を詰まらせる。どう切り出したらいいか、思案するとふと脳裏に言葉が過った。
適当に〔イリアーデ〕の方にいるとでも言って、お茶を濁そう。そうすれば、今は大人しく帰路につくだろう。今だけは、知らない方がいいことだってある。
「…………」
「ん? どした?」
音がのんきに声をかけるも、リーンは返す言葉が思いつかない。力なく流れて行き、樹たちが陣取る席の手前で止まった。
それから、逡巡。全体を見渡した。
誰もが不審に思いながらも、どこかで不安を抱えている様子だった。特に、彩子と音は表情から余裕がなくなって、顔を強張らせている。
コフィンがリーンの辛そうな表情に、なんとなく、本当に最悪の想像をして目を背けた。
空気が張り詰め、もう後戻りはできない状況。
リーンは震える喉を必死に押さえて、口を開いた。
「すまない……」
たった一言絞り出すので、精一杯だった。
その言葉の意味を、樹たちは瞬時に察した。
「な、何言ってんのよ? 謝られたって、どうしろって――――」
「隊長は死んだ。ここには、戻ってこない」
現実を突っぱねようとする彩子にリーンははっきりと告げた。
今知らなくてもいい。そんな身勝手な理由は通してはいけない。自責の念もある。誰のせいでもないかもしれない。だが、リーン・セルムットは遅かれ早かれ知ることになる事実を、自分の口から言っておきたくなった。
これこそ、傲慢なのかもしれない。誠実と置き換えられるのかもしれない。人間の持つ愚鈍な部分だ。
彩子は英語の意味を理解できたばかりに、目の前が真っ白になりかけた。こんなことなら、英語なんて勉強するんじゃなかったと論点のズレたことを思って、さらに現実から目を背けようとする。
「ふ、ふざけないで…………。何、馬鹿なこと言ってるのよ。どうしてそんなことが言えるのよ? ねぇ? 冗談にも限度があるわ。そうでしょう。どうなの? どうなのよ!?」
彩子は日本語でまくし立てながら、席を立ってリーンに飛びかかる。ぐちゃぐちゃしたものを吐き出すように、言葉にできない思いを何かで発散させたいがために。
リーンが目を真っ赤にして、今にも泣きだしそうな彩子を受け止めている。
「う、うぅ、ひっく、ふぇえええ…………っ」
席の方で音がぽろぽろと大粒の涙を流す。どうすることもできない悔しさと寂しさ、悲しみが雫となって浮かぶ。
コフィンは涙をこらえて、そっと音を抱きしめる。音は彼女の胸に顔をうずめて、声を上げて泣き出す。
ぐっとしがみつく音に、コフィンもそれにこたえるように強く抱擁を返すしかなかった。伝わってくる暖かさ、鼓動の一つ一つがとても切ない。
「うるさいっ!! 何、泣いてんのよっ! あんたのせいよっ。あんたが変なこと言うから――――、言うからじゃない…………」
彩子はリーンの顔を見上げて、弱々しい拳で彼の胸板を叩いた。ひどく力なのこもらない拳。やり場のない怒りは、ただ悲しみを紛らわす欺瞞であると告げていた。
それでも、心臓を穿つ痛みは消えてはくれない。
リーンは脇腹の傷みに耐えながら、彼女の弱まっていく拳を受け続ける。宥める方法もわからず、彩子が自分に八つ当たりして落ち着くならいいと思った。
「なんで、なんでよぉぉ……」
彩子はリーンに寄りかかるように、うつむいて嗚咽を漏らす。込める力はなく、リーンに縋った。
そんな二人の様子を、樹は静かに見ていた。何かに耐える様な固い表情。彩子と音のように涙を流すことができたらいいのだが、どうにも許せなかった。
どうして、素直になれないのか。
アリスの死を樹は肯定的に捉えられているから、泣くことも、取り乱すこともない。いや、本心を押し殺して、大人なんだからと言い聞かせているのだろう。それでも、動悸が激しくなり、視界がぐらつく感覚があるのは、受け止めきれていないということだ。
「…………っ」
「どうしたです、サナハラさん?」
樹がヘルメットを持って急に立ち上がり、後方へ流れていく。
「どこに行く気だっ!」
リーンの咎める声に、怒気が混ざっているのを感じ取った樹はドアの前で止まるといつもの無表情を向けた。
「あなたに言われる筋合いはない。ちょっと、確認してくるだけ」
「お前……」
「中途半端な言葉なんか、信じられるわけないでしょう?」
「サナハラさんっ!!」
今度はコフィンが怒鳴りつけたが、その時には樹はエア・ロックの方へ姿を消していた。彼女がとった態度は褒められたものではない。他人に頼ることなく実績を積み重ねてきた佐奈原樹には、そうすることでしか自分を守る術を知らない。誰よりも賢く、余裕を持てば、助けたい人を助けられると信じてきた。
そうならなければ、彩子や音、そしてあの人助けられるとは思えなかった。
「信じない。信じるもんか……」
樹はそう自分に言い聞かせ、無責任な大人の言うことに耳を塞いだ。
悲しみが広がる。嵐の後の静けさのように、全部隊が遠くに行ってしまった誰かを思った。
「正直、これまた派手にやられちゃってまぁ」
そういうのは鈴燕華だ。
彼女は予備の〔ミリシュミット〕に乗り込んで、〔イリアーデ〕のメイン・スラスターの様子を見ていた。戦艦に関して専門外なのだが、とりあえず潰れたノズルの切除作業くらいはできた。
現状、『新人類軍』は〔イリアーデ〕をまだ動くメイン・スラスターと生き残った〔AW〕の牽引で、『リヴァイアサン』へと針路を引き返していた。
眩しいノズル光を横にしながら、燕華は機体の武装ラックからレーザーカッターを展開させて、潰れたノズルの根元に押し当てて切断していく。他にも数機の〔ミリシュミット〕が同じようにレーザーカッターで切除作業に従事している。切れ味はいいが、至近距離でしか使えないのがネックだ。これが兵器として使えるなら、白兵戦は有利になるだろう。
しかし、〔AW〕の装甲はレーザー光を反射するようできており、事実上プラズマカッターやヒートブレイドの熱による溶断が望ましいのだ。
「定時報告、作業状況を伝えてください」
作業中の燕華機に艦橋から報告の催促が来た。
燕華は面倒そうに髪を掻きながら言った。
「切除は八割がた終了。あと、三分くらいで終わると思うけど」
「了解。引き続き、作業を続けてください」
その淡々とした物言いに、燕華は口をへの字に曲げる。つまらない。どんどん人間味のない集団になりつつあるな、と漠然と思った。
それが『新人類』というなら、随分と無味な存在だ。潔白とか、清純とかではない。
「みんなして、人間やめると言った割にはこんなものかい?」
その中に自分も含まれていることに、燕華は気付いていながら笑うこともできない。
味方を意図的に落としてしまったことに、なんら自責も後悔もしないからだ。それについてのお咎めもなく、ただそういうこともある、と誰もが受け止めるばかり。不安も不満もなく、物の在り様を簡単に強要してしまっている。
無関心。協調などではなく、そういう無関心さを『新人類軍』は形成している。
しかし、そうだからこそものの本質を客観的に捉えられるのだとも、燕華は無い知恵で思うのだ。
今は見えない『地球平和軍』の〔イリアーデ〕では、きっとお葬式ムードなのだろう。
『新人類軍』は犠牲を数値で確認するだけで、何ら弔いを見せることはしない。今がまだ作戦中というのもある。それでも、心は痛むことなくろ過されていくのだろう。
「…………」
燕華は形式的にも黙祷を捧げる。
そして、〔イリアーデ〕に大打撃を与えた〔ファークス〕実験型の操縦者にせめてもの謝辞を含める。もう何の感触もなかったからだ。あの時の激動も、後悔も、すべてがクリアになって浄化されてしまった。
心残りとしてまだ知覚できるうちに、彼女は操縦者のことを思った。
他の形で遭遇できたなら、いい勝負ができただろう、と。
燕華は少しの頭痛を覚えて、作業に戻った。




