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マシン・レコード  作者: 平田公義
第八章
63/152

~リヴァイアサンの嵐~ どこか遠くに……

 戦闘の傷は予想以上のものとなった『地球平和軍』だったが、敵である『新人類軍』を襲った『何か』のおかげで辛くも作戦を遂行することができた。


『地球平和軍』が獲得した〔イリアーデ〕は損傷の少ない〔AW〕によって、応急処置を施しながら航行している状態にあった。動力源やメイン・スラスターを破壊されなかっただけマシな方で、機銃座や主砲、外装の損傷は勲章だと思うしかない。


 今、『新人類軍』に攻め込まれたら、ひとたまりもない。〔AW〕部隊も疲弊し、兵士たちにはもう叩けるだけの余力もなかった。


 幸い『新人類軍』の〔イリアーデ〕も大打撃を受けて追撃を断念し、『リヴァイアサン』に向かう動きがあった。観測班による観測とそうした旨の敵無線を傍受したから、判断できたのだ。


 結果として、『何か』は戦略的打撃を与えることになったのだ。敵の足であり、主力である戦艦を航行不能にまで追い込んだのだから。その功績をたたえようにも、誰がなしたのか、それとも偶発的に敵がエンジントラブルを起こしたのかは、『地球平和軍』側の観測班も把握できずにいた。


 そんな功績うんぬんよりも、リーン・セルムットは心に残る重いものに押しつぶされそうだった。右脇腹の痛みと引かない汗と体温が彼を急き立てる。


 ちょうど、アリス試験小隊の機体が駐機する小型輸送船〔シーカー〕に乗り込んだところだった。〔アル+1(プラスワン)〕と〔ギリガ〕電子戦(EW)装備の機影があったことに、彼は彼女たちの無事を喜ぶ。同時に、伝えなければならない辛い現実がどっと胸を締め付ける。


 リーンは一度息を短く吐いて、気持ちを引き締めるとヘルメットを左に抱えて、休憩室(レストルーム)に入った。


「――――っあ!」


 入った途端、席に座っていた(おと)が立ち上がって、リーンを見た。弾んだ声は何も知らされていないことを暗に示していた。


「セルムット軍曹、ご無事で」

「あれ、先生さんは?」


 (おと)の横で、気恥ずかしそうに立ち上がるコフィン・コフィン。


 座席のシート越しに見る彩子(あやこ)が英語で言った。

 

 その横には(いつき)の頭が見える。彼女は物憂げな表情で俯き、何か考え事をしているようだった。


「あ、ああ……」


 リーンは言葉を詰まらせる。どう切り出したらいいか、思案するとふと脳裏に言葉が過った。


 適当に〔イリアーデ〕の方にいるとでも言って、お茶を濁そう。そうすれば、今は大人しく帰路につくだろう。今だけは、知らない方がいいことだってある。


「…………」

「ん? どした?」


 (おと)がのんきに声をかけるも、リーンは返す言葉が思いつかない。力なく流れて行き、(いつき)たちが陣取る席の手前で止まった。


 それから、逡巡。全体を見渡した。


 誰もが不審に思いながらも、どこかで不安を抱えている様子だった。特に、彩子(あやこ)(おと)は表情から余裕がなくなって、顔を強張らせている。


 コフィンがリーンの辛そうな表情に、なんとなく、本当に最悪の想像をして目を背けた。


 空気が張り詰め、もう後戻りはできない状況。


 リーンは震える喉を必死に押さえて、口を開いた。


「すまない……」


 たった一言絞り出すので、精一杯だった。


 その言葉の意味を、(いつき)たちは瞬時に察した。


「な、何言ってんのよ? 謝られたって、どうしろって――――」

「隊長は死んだ。ここには、戻ってこない」


 現実を突っぱねようとする彩子(あやこ)にリーンははっきりと告げた。


 今知らなくてもいい。そんな身勝手な理由は通してはいけない。自責の念もある。誰のせいでもないかもしれない。だが、リーン・セルムットは遅かれ早かれ知ることになる事実を、自分の口から言っておきたくなった。


 これこそ、傲慢なのかもしれない。誠実と置き換えられるのかもしれない。人間の持つ愚鈍な部分だ。


 彩子(あやこ)は英語の意味を理解できたばかりに、目の前が真っ白になりかけた。こんなことなら、英語なんて勉強するんじゃなかったと論点のズレたことを思って、さらに現実から目を背けようとする。


「ふ、ふざけないで…………。何、馬鹿なこと言ってるのよ。どうしてそんなことが言えるのよ? ねぇ? 冗談にも限度があるわ。そうでしょう。どうなの? どうなのよ!?」


 彩子(あやこ)は日本語でまくし立てながら、席を立ってリーンに飛びかかる。ぐちゃぐちゃしたものを吐き出すように、言葉にできない思いを何かで発散させたいがために。


 リーンが目を真っ赤にして、今にも泣きだしそうな彩子(あやこ)を受け止めている。


「う、うぅ、ひっく、ふぇえええ…………っ」


 席の方で(おと)がぽろぽろと大粒の涙を流す。どうすることもできない悔しさと寂しさ、悲しみが雫となって浮かぶ。


 コフィンは涙をこらえて、そっと(おと)を抱きしめる。(おと)は彼女の胸に顔をうずめて、声を上げて泣き出す。


 ぐっとしがみつく(おと)に、コフィンもそれにこたえるように強く抱擁を返すしかなかった。伝わってくる暖かさ、鼓動の一つ一つがとても切ない。


「うるさいっ!! 何、泣いてんのよっ! あんたのせいよっ。あんたが変なこと言うから――――、言うからじゃない…………」


 彩子(あやこ)はリーンの顔を見上げて、弱々しい拳で彼の胸板を叩いた。ひどく力なのこもらない拳。やり場のない怒りは、ただ悲しみを紛らわす欺瞞であると告げていた。


 それでも、心臓を穿つ痛みは消えてはくれない。


 リーンは脇腹の傷みに耐えながら、彼女の弱まっていく拳を受け続ける。宥める方法もわからず、彩子(あやこ)が自分に八つ当たりして落ち着くならいいと思った。


「なんで、なんでよぉぉ……」


 彩子(あやこ)はリーンに寄りかかるように、うつむいて嗚咽を漏らす。込める力はなく、リーンに縋った。


 そんな二人の様子を、(いつき)は静かに見ていた。何かに耐える様な固い表情。彩子(あやこ)(おと)のように涙を流すことができたらいいのだが、どうにも許せなかった。


 どうして、素直になれないのか。


 アリスの死を(いつき)は肯定的に捉えられているから、泣くことも、取り乱すこともない。いや、本心を押し殺して、大人なんだからと言い聞かせているのだろう。それでも、動悸が激しくなり、視界がぐらつく感覚があるのは、受け止めきれていないということだ。


「…………っ」

「どうしたです、サナハラさん?」


 (いつき)がヘルメットを持って急に立ち上がり、後方へ流れていく。

 

「どこに行く気だっ!」

 

 リーンの咎める声に、怒気が混ざっているのを感じ取った(いつき)はドアの前で止まるといつもの無表情を向けた。


「あなたに言われる筋合いはない。ちょっと、確認してくるだけ」

「お前……」

「中途半端な言葉なんか、信じられるわけないでしょう?」

「サナハラさんっ!!」


 今度はコフィンが怒鳴りつけたが、その時には(いつき)はエア・ロックの方へ姿を消していた。彼女がとった態度は褒められたものではない。他人に頼ることなく実績を積み重ねてきた佐奈原(さなはら)(いつき)には、そうすることでしか自分を守る術を知らない。誰よりも賢く、余裕を持てば、助けたい人を助けられると信じてきた。


 そうならなければ、彩子(あやこ)(おと)、そしてあの人助けられるとは思えなかった。


「信じない。信じるもんか……」


 (いつき)はそう自分に言い聞かせ、無責任な大人の言うことに耳を塞いだ。


 悲しみが広がる。嵐の後の静けさのように、全部隊が遠くに行ってしまった誰かを思った。




「正直、これまた派手にやられちゃってまぁ」


 そういうのは(リン)燕華(イェンファ)だ。


 彼女は予備の〔ミリシュミット〕に乗り込んで、〔イリアーデ〕のメイン・スラスターの様子を見ていた。戦艦に関して専門外なのだが、とりあえず潰れたノズルの切除作業くらいはできた。


 現状、『新人類軍』は〔イリアーデ〕をまだ動くメイン・スラスターと生き残った〔AW〕の牽引で、『リヴァイアサン』へと針路を引き返していた。


 眩しいノズル光を横にしながら、燕華(イェンファ)は機体の武装ラックからレーザーカッターを展開させて、潰れたノズルの根元に押し当てて切断していく。他にも数機の〔ミリシュミット〕が同じようにレーザーカッターで切除作業に従事している。切れ味はいいが、至近距離でしか使えないのがネックだ。これが兵器として使えるなら、白兵戦は有利になるだろう。


 しかし、〔AW〕の装甲はレーザー光を反射するようできており、事実上プラズマカッターやヒートブレイドの熱による溶断が望ましいのだ。


「定時報告、作業状況を伝えてください」


 作業中の燕華(イェンファ)機に艦橋から報告の催促が来た。


 燕華(イェンファ)は面倒そうに髪を掻きながら言った。


「切除は八割がた終了。あと、三分くらいで終わると思うけど」

「了解。引き続き、作業を続けてください」


 その淡々とした物言いに、燕華(イェンファ)は口をへの字に曲げる。つまらない。どんどん人間味のない集団になりつつあるな、と漠然と思った。


 それが『新人類』というなら、随分と無味な存在だ。潔白とか、清純とかではない。


「みんなして、人間やめると言った割にはこんなものかい?」


 その中に自分も含まれていることに、燕華(イェンファ)は気付いていながら笑うこともできない。


 味方を意図的に落としてしまったことに、なんら自責も後悔もしないからだ。それについてのお咎めもなく、ただそういうこともある、と誰もが受け止めるばかり。不安も不満もなく、物の在り様を簡単に強要してしまっている。


 無関心。協調などではなく、そういう無関心さを『新人類軍』は形成している。


 しかし、そうだからこそものの本質を客観的に捉えられるのだとも、燕華(イェンファ)は無い知恵で思うのだ。


 今は見えない『地球平和軍』の〔イリアーデ〕では、きっとお葬式ムードなのだろう。


『新人類軍』は犠牲を数値で確認するだけで、何ら弔いを見せることはしない。今がまだ作戦中というのもある。それでも、心は痛むことなくろ過されていくのだろう。


「…………」


 燕華(イェンファ)は形式的にも黙祷を捧げる。


 そして、〔イリアーデ〕に大打撃を与えた〔ファークス〕実験型の操縦者にせめてもの謝辞を含める。もう何の感触もなかったからだ。あの時の激動も、後悔も、すべてがクリアになって浄化されてしまった。


 心残りとしてまだ知覚できるうちに、彼女は操縦者のことを思った。


 他の形で遭遇できたなら、いい勝負ができただろう、と。


 燕華(イェンファ)は少しの頭痛を覚えて、作業に戻った。

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