~リヴァイアサンの嵐~ 第二次交戦〈後編〉
冷たい体に、電流が流れる。
彼女、アリス・ジェフナムは〔ファークス〕実験型の操縦席で目覚めた。正確には、自己を認識しているだけで目の前は真っ暗だった。一瞬の痛みと、淡く死んでいく感覚。耳鳴りがひどくまともに音も拾えない。
「――――グプッ」
息を吸いこもうとした瞬間、口の中に泥のような血が這い上がってきた。味覚はなく、舌触りもわからない。ただ、半開きになった口から、ぽつぽつと赤黒い血が浮かぶ。
アリスはヒュー、ヒューと壊れたパイプのような呼吸を繰り返す。
――生きているの?
自分の声が頭に響き、青ざめた唇がかすかに動く。
バンッと背中から高圧電流が流し込まれ、アリスの体が一瞬跳ねる。それの痛みに、さらに血反吐を掃出し、バイザーを汚す。迅速にバイザーの吸引装置が血反吐を吸ってクリアな視界を提供する。
そこではじめて、アリスは視界を得た。
劣化した映像を映すモニタの右側が大きく裂けていた。裂け目は荒々しく尖り、人ひとりが潜り込めそうな幅があった。そこから、劣化した映像とは違う青い地球が見えた。
――綺麗。
アリスが両腕を伸ばすと、左腕だけがよろよろと視界に上がってきたが、右は全く見えない。
そこで、ふと視線を右へ送って、彼女はああと他人行儀にそれを見た。
――この辺が、右だったんだ。
右腕を動かす微弱な感覚は、まだ指先まで届いているように思えた。
だが、彼女の右半身は操縦席の一部として溶接されていた。右腕はない。右足に力を入れると、かすかにピリピリする感触があった。後は右肺がなくなっていた。腹も肋骨もいっしょくたに溶かされて、空洞ができている。さらに、体中に大小さまざまな金属片が刺さりっており、生きているのが不思議なくらいだ。
アリスはそんな朽ち果てる自分を見て、ふと何かが頭の奥の方で囁きかける。
――さぁ、眠りにつきましょう。
彼岸の向こうで手招きするかのような、自分の声音。
アリスは途切れそうな意識を必死に保ち、左手で操縦桿を握る。もうほとんど残っていない握力に力を込め、下げる。
すると、沈黙していた〔ファークス〕実験型がぎこちなく動き出す。まるで子供を黄泉の国へ誘う悪魔。腹部に抱えたアリスを体内で味わうかのような心肺蘇生の電流を流し続け、常世の苦痛を与える。
幾度となくアリス・ジェフナムは心肺蘇生の電撃を喰らいながら、自分の体が焼切れようとしても、血反吐を吐こうとも、操縦に全神経を注ぐ。それがたとえ、機械の悪戯でも感謝しなければならない。
――まだ、寝付くわけにはいかない。そうでしょう?
瞬間、〔ファークス〕実験型はメイン・スラスターを点火させて、敵艦へと飛んで行った。
〔アル+1〕の背後に、変形した〔スカイフィッシュ〕が縦に回転して切りかかる。丸鋸を思わせる動き。素早く、確実に標的を捉えている。
樹たちはけたたましい警報に顔を顰めながら、それぞれの役割を迅速にこなす。
「間に合って――――」
樹の祈るような声に、〔アル+1〕が応えるように素早く振り返り、敵の刃を捉える。次いで音が最大出力で加熱したヒートブレード二刀をクロスさせて、防御の構え。
刃と刃、電子と電子が衝突する。刃は触れ合うことなく、互いに見えない領域に阻まれながら、力でそれを押し込もうとする。〔スカイフィッシュ〕は上段からの勢いを、〔アル+1〕は下段から肩部と背部のバリアブル・バーニアを使っての力比べだ。
ぱちぱちとプラズマが弾ける。
「オーバーヒートしそうよっ!」
彩子は激しい揺れが起きている操縦席で、表示された機体状態を見て絶叫した。
「だい、じょう、ぶっ!!」
その声に樹が衝撃がフィードバックされているスロットルレバーを、力任せに突きだす。
〔アル+1〕が、ぐんとクロスしていたヒートブレードを広げて切り払う。純粋な出力差を見せつけた。
〔スカイフィッシュ〕は逆回転をしながら、戦闘機形態になると一気に距離を取った。可変箇所が少なく、変形時間は極端に短い。ヒット&アウェイの強襲機らしい性能だ。
「こんな時に、准尉はどこ行っちゃったの……」
樹は寂しい気持ちを、他責の憤怒にして〔アル+1〕に、離れていく〔スカイフィッシュ〕を追わせる。
一方で、コフィンは〔スカイフィッシュ〕の僚機をようやく無力かせて、機体を〔アル+1〕と合流させようと移動していた。
彼女は自分のことで手一杯で、離されていることに気付くのに遅れてしまったのだ。
「こんなところまで、流されてしまうなんて……」
そこは〔イリアーデ〕の最終防衛ラインの戦闘宙域。月側の交戦宙域だ。
コフィンの操縦する〔ギリガ〕電子戦装備は〔イリアーデ〕を背にして、時たま来る流れ弾に肝を冷やす。機銃座ががむしゃらになって、『新人類軍』の〔スカイフィッシュ〕を落とそうとしているのだ。
最終防衛ラインを越えては戻ってくるを繰り返す〔スカイフィッシュ〕三機は、直掩部隊との交戦や戦艦の防衛システムに疲れの動きを見せている。
「敵機はまだ退いてはくれませんか……っ。かといって――」
コフィンはしぶとく残る〔ミリシュミット〕部隊の攻撃網に引っ掛かり、標的にされてしまう。
〔ギリガ〕電子戦装備は大きく弧を描いて、回避軌道に入るが反撃する手段はない。すでに手持ちの武装に弾はなく、接近戦ができるほど彼女には度量がなかった。
追い縋る敵の数に押されていると、直掩部隊の数機が〔ミリシュミット〕部隊に攻撃を加えて、一機撃破して見せた。
「大丈夫かっ!?」
「は、はいっ! 援護、感謝します!」
コフィンはノイズのひどい無線に向かって叫んだ。
一機の〔ファークス〕通常装備がコフィンに〔ギリガ〕電子戦装備に近づきながら、まだ生き残っている敵へレールガンを放つ。
「武器はどうした?」
「残弾がなくなってしまって……。大丈夫です。一人で、補給へ行けます」
コフィンは〔イリアーデ〕が傍にあることで妨害が広範囲に効いているのを、悟って強がって見せる。本当のところ、樹たちとすぐにでも合流したいところだが、手ぶらでは足手まといだ。
激しいノイズの中で、〔ファークス〕通常装備の操縦者が場違いな弾んだ声を上げる。
「コフィン准尉か!? その声、間違いない」
「はい?」
コフィンはざらつく声を判別できず、上擦った声を上げる。
しかし、それ以上互いが会話を交わすことは許されず、敵機の攻撃に〔ファークス〕通常装備と〔ギリガ〕電子戦装備は回避運動を取る。別の方角へ動き、コフィン機は〔イリアーデ〕の腹をなぞる様に潜って、地球側に抜ける。
今は武器を手に入れることが先決だ。途中、味方の弾幕が襲い掛かってきたが妨害が利いている以上、文句は言えなかった。
〔アル+1〕はその反対側の最終防衛ラインで〔スカイフィッシュ〕を見失い、向かってくる〔ミリシュミット〕通常装備を左脚部で蹴りつけ、その頭部を撃ちだした脚部パイルで吹き飛ばす。体格差を見せつけ、〔ミリシュミット〕がバランスボールのように弾かれた。
「おかしいわ。敵が後退していくわ」
彩子は電子戦用モニタに映る画像を見て言った。光学センサが捉えた敵味方の動きを、簡略化して将棋盤のようにシュミレーションしたものだ。三次元に投影された映像には、敵を示す赤いマーカーがコマ送りの動きで、下がっていくのが見て取れた。
「どういうつもり……。電源が切れ始めたにしては、早いと思うけど」
樹も〔アル+1〕を動かしながら、不審に思っていた。彼女は〔ミリシュミット〕開発に携わっていた人物だ。〔スカイフィッシュ〕はともかく、〔ミリシュミット〕が三十分もしない間に、電源を食いつぶすような設計はしていない。戦闘の激しい運動に対しても、万全のはずだ。
しかし、あくまで機体のスペック上の話で、操縦者や整備状況を含めればありえないことではない。
〔アル+1〕はまだまとわりつく〔ミリシュミット〕と攻防を繰り広げ、〔イリアーデ〕の船首へと押されていく。
その中で、音がビーム・ライフルと右脚部レールガンを使いながら、モニタの端に映る影を見つけた。それはたまたま拡大表示されたサイト・ウィンドーに映り込んだ、小さな船だった。いや、もっと大きいクジラのようなシルエットだ。
「まさか、敵艦から――」
声を上げたのは、樹だった。敵の押し込めるような動きに、違和感を持っていたからだ。
「あい。そ思う」
音は同調して、照準に入り込んだ〔ミリシュミット〕に、ビーム・ライフルを発射する。
命中。敵機のエンジンが爆発し、まばゆい光を散らした。
「――――んっ。まぶしっ」
彩子が目を細めていると、〔アル+1〕は元の前線に全速力で戻り始める。いきなりの加速にシートから少し浮いていた背中が、叩きつけられる。
悪態をつく余裕もなく、彼女は最大望遠で敵艦がいる方向を索敵。二人の意見を確かめるためだ。
「上部の砲身が動いてる!?」
彩子もようやく理解して、苦い表情を浮かべる。
敵の主砲がこの〔イリアーデ〕に狙いをつけているのだ。
「主砲、充填完了まで、あと三分」
「各部隊、退避開始。砲身軸、固定。距離、二〇〇〇〇」
「よし。総員、対ショック姿勢! 本丸を叩くっ」
ゲイルが指揮する〔イリアーデ〕が生き残っている主砲を『地球平和軍』が操る〔イリアーデ〕に狙いを定める。すでに、『地球平和軍』の〔AW〕部隊は撤退を開始し、何者もこの狙撃を阻むものはなかった。すべての砲身を破壊できなかった時点で、彼らは勝利を予見していた。
「敵、主砲が動き出しました!」
「コースを割り出せっ! 操舵士、急速潜航!」
「やってますって!」
「総員、対ショック姿勢っ!」
グレッグがひざ掛けの通信機で、艦内全域に警告。
操舵士は目いっぱい操縦桿を押し付け、船体を大きく下へ向ける。
ぎぎぎ……。
〔イリアーデ〕が吠え、全体に衝撃が走る。無理やり地球側へ傾けている時点で、そうとうの負荷がかかっている。
「火器管制、主砲発射準備。急げっ」
瞬間、残存していた〔ミリシュミット〕のレールカノンが〔イリアーデ〕の砲身を直撃。機銃座の乗員たちもこの大がかりな動きに、体を支えるので精一杯だった。そのため、弾幕が極端に薄くなってしまっている。
次々と〔ミリシュミット〕部隊の砲撃が襲い掛かり、一気に砲身を潰していく。
「第二、第三砲門、損壊!」
「各ブロック、被害増大。主砲なんて、撃てませんよ」
クロッグはその報告に、危機感を募らせる。
被害が広がるのを見た〔アル+1〕がすぐに応援に駆けつける。
「やめてっ」
音は叫んで、ビーム・ライフル二丁と右脚部レールガンを発砲。
敵は回避運動と〔イリアーデ〕の攻撃を続ける。『地球平和軍』所属〔AW〕を叩かく迎撃隊と〔イリアーデ〕を討つ攻撃隊に分かれた。攻撃隊の方はさらに二手に分かれ、艦に接近を駆けながら上部と下部の砲身を狙っていく。こうなっては迂闊にビームなど撃てない。外れれば、〔イリアーデ〕に風穴を開けることになる。
焦りだけがこみ上げ、なすすべもなく鋭く回避運動をする〔アル+1〕。
「みなさん、無事ですか?」
「じゅんい?」
そこに、コフィンらしい声が樹たちに届く。
モニタを確認すると〔ギリガ〕電子戦装備がすぐそばに飛んで来ていた。そのマニピュレーターが九〇ミリマシンガンではなく、ロングバレル・レールガンだったことが、さらにアリス試験小隊の人間であることを強く物語っている。
「准尉。敵艦が――」
「ええ。こちらでも、敵艦の動きは見えました。味方の艦は迎撃できません」
コフィンの鈴の音のような声が潰れて聞こえた。
〔ギリガ〕電子戦装備はロングバレル・レールガンの銃床を肩部に当て、シングルハンドで接近してくる〔ミリシュミット〕通常装備に狙いを定める。
揺れる機体、揺れるクロスゲージが目標と重なった瞬間、コフィンは迷わずトリガーを引いた。
規格外の反動が〔ギリガ〕電子戦装備を大きくふらつかせたが、弾丸は敵機に命中。プロトコルを同期させていたとはいえ、コフィンにとってはこれがロングバレル・レールガン初の実射だ。
「……すごい」
音はその命中精度に感嘆する。
「わたしたちが敵のアームウェアを食い止めます。ですから、敵艦の方を――」
これはあなたたちにしかできないこと、とコフィンは暗に言っていた。直接言う勇気も、彼女にはなかったからだ。
その言葉通り、〔イリアーデ〕の方では直掩部隊が身を削りながら、防衛に当たっている。
「わかってます。二人とも、しっかりして。敵の主砲を防ぐよっ」
樹の言葉に、彩子と音は力強く頷く。今やるべきことに従事する。それが胸のざわめきを消してくれる、唯一の方法だからだ。
〔アル+1〕は彩子の観測情報と大まかな敵艦の主砲角度で導き出された軌道演算をもとに、現宙域を高速で離れる。体を押し付ける負荷に彼女たちは慣れ始め、〔アル+1〕も最大加速で目標地点に向かう。
「予測地点に到達したわ。音、上に二〇・五度、左に四・〇六度に砲身合わせて」
「あい。にじゅてんご、よんてんぜろろく……」
音は舌足らずな復唱をして、〔アル+1〕にビーム・ライフル二丁を構えさせる。
樹もそれに合わせて、機体を現宙域に固定。ビーム・ライフルの反動に備える。
瞬間、三人の耳元で警報音が鳴り響く。
「後ろっ」
「だったら、『幻覚で――」
「ダメ。ここで出力を下げたら、防げなくなる」
彩子はコンソール・パネルを操作するのをやめて歯噛みする。
〔ミリシュミット〕バディ一組が、射撃武器を乱射して迫ってくる。焦っているのか、狙いは甘く〔アル+1〕の周囲を通り抜けていく。しかし、距離が縮まればその精度も上がってきている。
そして、〔ミリシュミット〕が確実に〔アル+1〕の背部を捉えた。
「—―――――っ!」
樹たちは鳴りやまない警報音におびえながら、それでも敵艦から目をそらさない。いつ敵が撃ってくるかわからない以上、一瞬たりとも見逃せないのだ。
すると、〔アル+1〕に接近していた〔ミリシュミット〕二機が撃ち落とされた。
「間に合いました」
それはコフィンによる長距離射撃だった。直掩部隊に守られながらではあったが、初めてのロングバレル・レールガンによる精密射撃は並大抵のことではない
「敵が墜ちたの? 准尉が?」
彩子が敵機の反応が消えたことを見て言った。
そうしている間にも、〔ミリシュミット〕の爆発に煽られた〔アル+1〕はバランスを取り直し、角度を修正。今は敵が撃破されたことよりも、戦艦の防衛を最優先。
瞬間、敵の〔イリアーデ〕から光が瞬いた。
「――――っ! ここっ」
音は言って、最大出力でビームを発射した。そのままトリガーを押し続け、放出を維持。
テール・バインダーの放熱フィンが展開、フル稼働。本体も各アクチュエーターの冷却に余念がない。
しかし、冷却が間に合わずビーム・ライフルの銃口が溶け始め、熱に耐えきれなくなった関節部に漏電が起きる。操縦席にもその熱が伝わり、サウナ状態だ。
「もってよ――」
樹はビーム・ライフルの反動をバリアブル・バーニア四基とサブ・スラスターを使って相殺する。
〔アル+1〕は背部と肩部四基のバリアブル・バーニアを噴かし、吐き出されるビームの反動を受け止め、まっすぐに標的となる一条の光を捉えていた。
〔イリアーデ〕でビームが巨木なら、〔アル+1〕は二つの長槍。質量は戦艦に分があるが、収束によって生まれた貫通力と勢いがある。
両者のビームが暗い宇宙で激突。太陽のような輝きを放つ。
ビーム同士が引き合い、反発し合い、徐々に風船のように膨れ上がっていく。しかし、無理が生じてきた〔アル+1〕のビームが衰弱すると、光りの風船が破裂した。
パーティークラッカーが如く弾けた細いビームがいくつも、幾重にも、襲い掛かる。誰がこんな最悪を予見していただろうか。いや、
「総員、衝撃に備えろっ!!」
「避けてくださいっ! 来ますよ!」
「樹、避けてっ!!」
避けろ、気をつけろという言葉が敵味方入り混じって駆け巡る。
迫りくる光に、敵も味方も踊り狂う。嫋やかにステップする機体もいれば、機敏なダンスをするものもあった。次々とその狂乱の舞台から振り落とされていく〔AW〕は、最後の散り様だけを残して光へ溶けていく。
〔イリアーデ〕は被弾数を増やしてはいたが、大した損傷は受けない。外装を焦がす程度にまで抑えられている。それは到達するまでに、ビームが拡散して威力を落としていたからだ。
「損傷軽微。いけます、いけますよっ!!」
艦橋でオペレーターが希望に満ちた声を上げる。これで、脅威となるものはほとんどないと思ったからだ。
「警戒を怠るな。敵の第二射があるやもしれん」
クロッグは厳しい口調で言って、緩みかかった乗員の気を引き締める。
そう第二波が来る可能性は十分にあった。第一射があったれば、簡単に予想はできる。同時に、攻撃部隊が作戦を遂行できなかったことも。
樹たちの方でも、そのことを予測して次に備えようとする。
しかし、もう〔アル+1〕は限界だった。銃口の溶けたビーム・ライフルに、力の抜けた四肢は関節のロックが利いていない。もともと金属疲労もあったために、むしろここまで持ったことを褒めてやるべきだろう。
「粒子加速器、破損。関節、八割動かないわ。もう無理よ」
「泣き言、言ってられないでしょ。動けるには、動けるんだから」
樹は悲観的な思考を吹き飛ばして、ノズルが潰れかけるバリアブル・バーニアで移動しようとする。無理でもなんでも、動かなければ敵の〔AW〕部隊に撃ち落とされてしまう。
ここで何もかも、終わりにしたくない。
その思いだけが、唯一の支えであり樹たちの強さだった。
『新人類軍』側の〔イリアーデ〕艦橋では、ビーム砲を拡散されたことに動じていなかった。もとから、ビームの反発を利用して弾くだろうくらいの打算はしていた。これも、『サテライト』を抜けた研究員たちの助言があったればこそだ。
「次弾、あとどれくらいだ?」
「第五砲門、いつでも」
ゲイルは火器管制士の報告に、静かにうなずいた。
観測班からは敵艦のビーム砲塔からの発射確認できていない。なれば、唯一ビーム兵装をもつ〔AW〕による妨害だ。連続で受け切れないことは、先の攻撃で十分証明されている。
「第五砲門、発射用意っ!」
「了解。角度、修正。総員、対ショック姿勢に――――」
「艦長っ! 後方より、高速で接近する機影ありっ!!」
その報告には艦橋にいる全乗組員が目を見開いた。
「どういうことだ? 観測班、状況を知らせっ」
ゲイルはひざ掛けの通信機で、直接観測室に訴える。後方といえば、先の〔AW〕部隊の残骸しかない宙域だ。『地球平和軍』の生き残りも、撤退を確認している。味方の直掩も今はハンガーに収容されている。
ではなぜ、背後に動く機影があるというのか。
観測班の一人が言った。
「わかりません。急に動く機影が、ああ、〔ファークス〕タイプです」
「今、鈴燕華が様子を見に行きました」
ゲイルの耳に艦橋のオペレーターの声が入る。
迎撃に出たのなら、まかせるしかない。
「亡霊とでもいうのかい?」
燕華はヘルメットも被らず、モニタに映る敵影を見た。
間違いなく〔ファークス〕実験型だ。姿かたちは綺麗に残っている方だったが、操縦者の方は綺麗な姿ではないだろう。武装と呼べるものがほとんどなく、左腕部に装備した盾くらいしか視認できない。
死体が動かしているのか。それとも、機械が勝手に動いているのか。どちらにしても気味の悪い話だ。だが、燕華にしてみれば、後味の悪い決着をしっかりと終わらせる、と機嫌がよかった。
彼女のかる赤い〔ミリシュミット〕通常装備もぼろぼろのまま、武装は右腕部の太刀だけ。奪取したヒートソードは背部ラックに収まっている。
「あたしを地獄に引きづり込みたいらしいねっ」
言って、操縦桿を一気に押し出す。
〔ミリシュミット〕は一気に足代わりのスラスターを噴射して、太刀を腰に回す。この機動力なら、横間に避けようともすぐに追いつく。盾でいなそうとも、盾ごと切り裂いて見せよう。
燕華は露出した目玉が圧迫されるのを感じながら、モニタに映る最高の獲物から目を逸らさない。
アリスの方も点滅する意識の中で、どうにか敵を見つけることができた。向かってくる。武器を持って、殺しに来る。
思考がシンプルに働き、冷たい体を必死に動かす。
〔ファークス〕実験型が〔ミリシュミット〕の間合いに飛び込んだ。
「――はっ」
燕華が歓喜の声を漏らして、機体の太刀を振るった。頭痛も少しばかり走り抜けたが、問題ない。
それよりもコンマ数秒はやく、〔ファークス〕実験型の右脚部が大きく振り上げられ、〔ミリシュミット〕のがら空きの右腕部に踵落としを決める。
ぶちっと何かが切れるのを、アリスは感じた。
「な、な、な――――っ!」
燕華はがくんと下がるモニタと衝撃に意識が吹き飛ばされそうになる。渾身の居合を破られ、己の技の限界を知る。彼女の中で〔ファークス〕実験型の操縦者が今は勝てないと位置づけられ、そんな言い訳じみた思考に悔しさがこみ上げてくる。
「――あ、ぐっ」
アリスの方は〔ファークス〕実験型に〔ミリシュミット〕をそのまま踏み台にして、右脚部をパージ。もう、右足はどちらも使えない。繋がってすらいないのなら、捨てた方がいい。
すぐ目の前に〔イリアーデ〕の船尾、メイン・スラスターの光が見える。
アリスは最後の最後の力を振り絞って、左手の操縦桿を握りなおす。
〔イリアーデ〕からの機銃弾が〔ファークス〕実験型に殺到する。右肩が吹き飛ぶ。左脚部がひざ下からちぎれる。頭部のセンサーマスクが半壊する。
「――チッ」
燕華は意地らしく舌打ちして、彼女の突進を阻もうとする。
後方から態勢を立て直した〔ミリシュミット〕が太刀を投擲し、〔ファークス〕実験型の右腕部に突き刺さった。
それでも、アリスを止めることはできない。まだ動く。まだ守る力が左腕に残っている。
「――――総員、衝撃に備えろぉおおおおおおお!!」
ゲイルが悔しさに大声を上げる。ここに来て、彼は敗北を悟っていた。たった一機の敗残兵によってだ。
そして、すぐ近くに〔イリアーデ〕のノズルの根元を捉えたアリスは血をこぼしながら、声を絞り出した。
「……い、ぎ、てぇ」
「…………え?」
樹たちが無線のノイズの中にそんな声を聴いた瞬間、敵艦の後方で大きな爆発が起きるのを見た。
何が起きているのか、わからない。だが、敵艦は大きく前のめりになり、完全に航行不能状態に陥っている。
「みなさん、敵が撤退していきます。しばらく、牽制しますよ」
そこにコフィンの〔ギリガ〕電子戦装備が〔アル+1〕の横で、牽制射撃を試みながらする。
樹たちはしばらく、ほんの数秒呆けてからもう機体が動けない旨を伝える。
コフィンは文句も不満も言わず、ただ正直に話してくれた少女たちを〔シーカー〕まで護衛する。〔アル+1〕もぼろぼろの機体を引きづるようにして、飛んでいく。
こうして、数分のうちに『新人類軍』所属〔AW〕部隊は新型〔スカイフィッシュ〕三機を引き連れて、航行不能になった母艦に引き返していった。
入れ違いに攻撃部隊が〔イリアーデ〕と合流を果たす。
両陣営は深手を負いながら、この戦いに幕を引いた。




