~リヴァイアサンの嵐~ 第二次交戦〈中編〉
長々とした文章量の癖に、展開は超絶遅いです。二度目の三部編成で戦闘をお送りしますので、お付き合いのほどお願いします。
頭が痛い。胸が苦しい。吐き気がする。
鈴燕華は苦悶の表情を浮かべながら、〔ミリシュミット〕にもう動かなくなった〔ファークス〕実験型を捨てさようとして、いったん操縦を止める。
「戦利品として、これは――――」
〔ミリシュミット〕は左腕部に展開していた十徳ナイフを引っ込めて、マジックハンドのマニピュレーターで〔ファークス〕実験型が持つヒートソードを奪い取ろうとする。
後味の悪い決着に、彼女は反吐が出そうだった。
「お前はぁああああああっ!!」
瞬間、燕華の耳にひび割れた男の声がこだました。悲痛をぶちまける声に、特に関心を示さず、静かに言う。
リーンの操る〔バーカム〕が赤い〔ミリシュミット〕に迫る。
「援護しろ、こちらは動けない」
その言葉を受けて、僚機がすぐさまロングバレル・レールガンで〔バーカム〕の進行を阻止する。
「畜生、畜生っ!! ふざけんじゃぇぞ!」
リーンは怒りにまかせて、機体を無茶苦茶に振って、なおも赤い〔ミリシュミット〕へ突撃をかけようとする。向かってくる弾丸を小手で弾き、マニピュレーターが保持するヒートナイフを投擲。
その時、グギッと彼の脇腹あたりから鈍い音がした。
骨にひびが入ったらしい。己の肉体を無視して、無理な機動によって蓄積されたつけが、ここに来て彼を襲ったのだ。
「――――っぐ」
「威勢だけじゃないか」
燕華は投擲されたヒートナイフを一瞥して、警報音を無視してマジックハンドを〔ファークス〕実験型の右マニピュレーターを挟み込んで、ねじ切った。
「隊長っ!」
僚機の操縦者が声を上げるが、彼女は機体をその場から動かそうとはしない。
なぜなら、あたりはしないからだ。そう、『新人類』と自称する限り。
そのために燕華は脳みそをかき混ぜられ、外に掻きだされているような痛みと不快感が襲い掛かっていた。構うものか。操縦桿を握る手が痺れだす。ここに来て、『新人類軍』のやり方の不自由さを知った。
ヒートナイフが赤い〔ミリシュミット〕に迫る。
刹那、僚機の〔ミリシュミット〕電子戦装備がその投射線上に割って入る。機体は空いてる左腕部でそれを受け、武装ラックに深々と刺さった。もちろん、致命傷にはならない。
「早くしてくださいっ! なぜ、あなたはそう――――」
「死にたいのかい、お前」
燕華は自機のすぐ近くで〔バーカム〕に牽制射撃をする〔ミリシュミット〕電子戦装備を睨みつける。
彼女にはおおよそ見当がついていた。〔ファークス〕実験型が『幻覚』を使っていないことに。機体同士の衝突が、それを裏付けていた。仮に、〔ファークス〕実験機が使用していたなら、僚機の牽制が入るか、自らが避けるかをしているからだ。
そして、〔ファークス〕実験型の手を離れたヒートソードをマジックハンドで挟み込む。機械の亡骸を用済みとばかりに放り捨てる。追い剥ぎの凌辱とも、亡骸を弔っているとも取れる行動だ。
「あいつら、何を――――」
リーンは脇腹の痛みをこらえて、操縦桿とラダーペダルを操作する。敵の攻撃を回避するたび、激痛が走り、脂汗が体中から溢れ、呼吸が苦しくなる。
モニタの端へ流れていく〔ファークス〕実験型が少しずつ遠ざかっていく。今からでも回収したいが、敵の攻撃はそれを許さない。今は、目の前の敵を討つしかない。
そう覚悟を決めた瞬間だった。
赤い〔ミリシュミット〕の剣先が、〔ミリシュミット〕電子戦装備の腹部を突き破って表れたのだ。何の前触れもなく、淡々とした様子で。
もちろん殺された僚機の操縦者は自身の死を理解する暇もなかった。
「つまらない部下だ。合理主義者なら、上司の顔を立ててみろ」
燕華は冷たく言い放って、太刀ごと僚機を捨てて見せた。
頭痛がこれまで以上にひどくなる。全身に電撃が走り抜けるかのような、痛烈な衝撃。倫理を破ったものへの罰だと言わんばかりの仕打ちだ。
肉体が勝手に捻じれ、呼吸も苦しくなり、汗も滝のように流れてパイロットスーツを濡らす。
それでも、次第に弱まっていく痛みの中で、燕華は機体を立て直して〔バーカム〕のほうを向く。その機体は唖然として、停止し様子を窺っているようだった。
僚機の〔ミリシュミット〕電子戦装備が遠くで爆発する。ここまで寂しい光はないだろう。
「さぁ、どうする、パイロット……」
燕華はヘルメットを取り、汗だくの顔を拭った。髪の毛まで湿って、鼻孔を突く甘ったるい匂いに我ながら頭がくらくらする。
「ここで、決着をつけんのか?」
リーンはモニタの正面、赤い〔ミリシュミット〕がこちらを半壊した頭部で見上げて、背部ラックから新しい太刀を抜き放つのを見る。まるで決闘を申し込む戦士のような勇猛。
サブモニタに視線を流して、機体状態をチャックする。〔バーカム〕は右マニピュレーターと左脚部を破壊されたほかは、大した損傷はしていない。合金筋繊維を主にした操作系統は疲労していたが、まだ十分にナイフを振り回せる。
問題は彼自身だ。じわじわとくる脇の痛みに呼吸と集中力を乱され、加えて、アリスと互角以上の戦闘を見せた赤い〔ミリシュミット〕の底知れない強さに全身が震えていた。
すると、赤い〔ミリシュミット〕がゆっくりと接近してくる。
〔バーカム〕も咄嗟に脇部にあるラックからヒートナイフを引き抜いて、構える。
「…………」
リーンはモニタの端を見る。
遠くで巨大な閃光が瞬いている。『新人類軍』側の〔イリアーデ〕が『地球平和軍』の〔AW〕に攻撃を加えているのだろう。敵艦も近づいてくる。すでに味方の攻撃部隊は撤退を開始し、敵の〔AW〕部隊の追撃に対して応戦している。
リーンに残されたのは玉砕覚悟の敵討ちか、分の悪い撤退戦か。
「リーン軍曹、とか言ったか? 〔バーカム〕のパイロット」
「女の、声?」
ノイズが走る無線から、憔悴しきった女性の声が届く。おそらく、接近してくる赤い〔ミリシュミット〕の操縦者からだろう。
「な、何のつもりだ」
リーンは震える喉を必死に押さえて問う。この際、自分の名前と階級を知られたくらい気にしていられない。
すると、赤い〔ミリシュミット〕は左のマジックハンドが握るヒートソードを突き出した。何かの構えなのか、と彼は疑った。しかし、攻撃の意志はないように件の機体は動きとめた。
「あたしを殺したいかい?」
「――――っ! だったら、今からでもやってやる!」
リーンは挑発と受け取って、〔バーカム〕を突撃させる。
お互いの距離はそうない。〔バーカム〕の瞬発力で一気に間合いを詰めて――――。
「――――はっ!」
燕華は小さく息を吐いた。
赤い〔ミリシュミット〕が即座に右腕部と腰部から下のメイン・スラスターを噴かして動いた。怖気ることなく冷静に。
「…………なっ」
リーンが気付いた時には、赤い〔ミリシュミット〕は背後に回り、残っていた〔バーカム〕の左腕部を切り落としていた。衝撃は少なく、愚図るような金属音だけが小さく操縦席に伝わった。
神速の居合。〔バーカム〕以上の速度を出したわけではない。間合いの図り方、攻撃のタイミング、気合、と操縦者としての技能が機械とどうかした一閃だ。
「あの坊やは、つまらない男に熱を入れているようね」
燕華は〔ミリシュミット〕を振り向かせ、無様に背を向けて流れる〔バーカム〕を見下ろした。ハンス・ルゥという若人が、執着しているからどんな操縦者かと思えば。
「なんて、弱い」
「――――っ!!」
リーンの耳元に、呆れ口調の燕華の声が響いた。足場が急に崩れ去るような不安が、彼に去来する。それでも、アリスを殺された憎しみで〔バーカム〕を赤い〔ミリシュミット〕のほうへ向ける。
向けて、何もできない。
惰性で流れていく〔バーカム〕にはもうまともに戦えるだけの力は残っていない。
「まぁいい。今日のところは見逃しておく。せっかく、殺さないでおいたんだ。あとは、あの坊やの好きにさせてやらなきゃぁね。あと、『あの子たち』とかいうのに言っておきな。赤い機体が上司を殺したって」
アリスは髪を掻きあげて、確実に聞こえる距離で言った。
汗はまだ止まらない。それでも頭痛は先に比べれば、いくぶんか楽になり僚機の操縦者のことなど忘却の彼方だ。
赤い〔ミリシュミット〕はすぐに母艦である『新人類軍』側〔イリアーデ〕のほうへ飛んで行った。
リーンは彼女の無線を耳にして、嗚咽を漏らす。これまでにない惨めさと後悔に涙を流し、機体を激戦を繰り広げている『地球平和軍』側〔イリアーデ〕に向けて飛ばした。
樹たちは予想以上の敵部隊の数に驚いてはいたが、冷静に対処していた。
「樹、前に出過ぎよ。地球の重力を気にしてどうするの?」
「でも、これ以上後ろで戦うのは、この機体だと不向き」
彩子は〔アル+1〕が護衛対象である〔イリアーデ〕から大分離れていることを察して、警告する。すぐ上をコフィンが操る〔ギリガ〕電子戦装備が敵〔ミリシュミット〕のバディを牽制し、射撃の隙を作る。
「そこっ」
音がコフィンの牽制で流れる二機の〔ミリシュミット〕に照準を合わせて、両マニピュレーターが保持するビーム・ライフルを発射した。
ビームは確実に二機の〔ミリシュミット〕を飲み込み、撃墜。
「これなら、防げそうですね?」
「あい。准尉、がんばる」
「ありがとう。ウタノさん」
コフィンは音の弾んだ声に勇気づけられ、機体を〔アル+1〕の背後に回って後方を警戒。〔ギリガ〕電子戦と比べて二倍近くある巨大な背中に、彼女は妙な安心感を得ていた。
そして、慣れない〔ギリガ〕電子戦装備を操って狙いを定めてくる新たなバディに向けて、九〇ミリマシンガンで応戦する。さすがに、〔アル+1〕の巨大さに、多くの〔ミリシュミット〕が狙いをつけやすいようだ。
「サナハラさん、下方に二機行きました。警戒してください」
「了解――――」
樹は〔アル+1〕を加速させようと思った時、音が右脚部のレールガンを発砲。その弾丸は、回り込んできた〔ミリシュミット〕バディの電子戦装備の換装パーツを撃ち抜く。
「敵が四機、左右からくるわ。コフィン准尉、〔アル〕のテールバインダーにつかまってください」
彩子が慌ただしく電子戦用モニタに映る熱源に、声を大にして通達。しかし、コフィンには日本語が通じない。
「テール・バインダー。〔アル〕のネック・アーマーにつかまってください」
「り、了解っ」
樹がコフィンに通訳して、〔アル+1〕のバリアブル・バーニア六基すべてを広げて準備。いつでも、高速移動が可能だ。
「前、いる」
音はもっと遠くにいる〔ミリシュミット〕の小隊を見つけて、その方向へビーム・ライフルを放つ。
近づこうとしていたのだろう敵部隊は散開して、味方部隊が各個撃破へと持ち込んだ。
コフィンも後方から迫る敵機に牽制弾を浴びせて、〔ギリガ〕電子戦装備を〔アル+1〕のうなじを守るように出るテール・バインダーの縁を掴ませた。
瞬間、警報が鳴り響く。左右から迫る敵からの射撃と下方のバディが下がりながらの射撃。
青白い閃光が一呼吸で、〔アル+1〕の横を掠めていく。
「下から?」
コフィンは下方に向かってきつい態勢で九〇ミリマシンガンを撃ち、下方からの攻撃を散らせる。加えて、音の右脚部レールガンもあって下方のバディは完全に離れていった。
樹は肝を冷やしながら、一気に〔アル+1〕を一気に上昇させる。頭上からのしかかる負荷にコフィンも含めて、全員が首をすぼめる。
その甲斐あって、敵の包囲陣が完成する前に〔アル+1〕と〔ギリガ〕電子戦装備は脱出。〔アル+1〕は六基のバリアブル・バーニアの角度を変えて、左へと旋回し〔ミリシュミット〕バディを射程に捉える。
樹が声を張る。
「音、准尉。お願いしますっ!」
音とコフィンの返答が重なり、〔アル+1〕の左マニピュレーターのビーム・ライフルとその背中につかまる〔ギリガ〕電子戦装備の九〇ミリマシンガンが猛攻をしかける。
〔ミリシュミット〕のバディは対処に遅れ、ビームと九〇ミリマシンガンの餌食となった。
「これで――――――っ!? 何、何?」
彩子は通常モニタの端にターゲットカーソルが出現し慌てた。すぐに電子戦用モニタにその情報が言語化されて、その内容に目を通す。
「どうしたの?」
「何か、あったんですか?」
樹とコフィンが尋ねる。
〔アル+1〕と背後に回った〔ギリガ〕電子戦装備は周囲からくる〔ミリシュミット〕の対応に追われ、うまく動けずにいた。
彩子は報告を読み終えるなり、カーソルの示した方向を最大望遠しようとした。だが、動き回る〔アル+1〕はすぐにその方向からカメラを逸らす。嫌な予感がじわじわと迫ってくるのが、彼女にはわかった。
仕方なしに、無線に叫んだ。
「四時方向。アルタイルの方に、未確認機種が来てるみたい」
樹たちはその知らせに、顔を顰めながら目の前に飛び回る〔ミリシュミット〕を振り払う。コフィンは、やはり彼女の日本語のニュアンスで判断するしかなかった。
「速い。なんて速さだ!?」
樹たちよりも前線に出ていいる〔ファークス〕と〔ギリガ〕の混成小隊も、高速で近づいてくる機体の存在に気づきだす。数は三機。暗い宇宙にスラスターの燐光が弾けた。その瞬間、彼女らの機体は身構えたが、一足遅かった。
〔アル+1〕は突撃してくる〔ミリシュミット〕通常装備を蹴り飛ばして、その方向を一瞬見た。
「剣? が飛んでくるの?」
「サナハラさん、下がってください」
コフィンは敵の白い影を見て、叫んだ。もう〔ギリガ〕電子戦装備の光学センサでも捉えられる距離。ほんの数秒前は捉えられなかったのに。
そして、その機体は〔アル+1〕と〔ギリガ〕電子戦装備の前にはっきりと映し出される。
一振りの剣。連想されるのは、まずこれだろう。細いシルエットに柄の部分が多く迫り出し、ロケット弾ポッドを左右に一基ずつ装備している。さらに細いタンクが底部でむき出しになっており、急造された戦闘機らしい様相を呈している。
そして、樹たちは目を見開いて慄く。
鋭い機首が、〔ギリガ〕電子戦装備を串刺しにしていたのだ。他の二機もどうように〔ファークス〕などを串刺しにし、一機は〔ファークス〕と〔ギリガ〕の腹部を団子のように深々と貫通させている。前に展開していた部隊だ。
「何、あれ!?」
音は周囲を警戒しながら、向かってくる謎の機体のことを言った。
「データにはない。新型じゃないのっ」
彩子はデータと照合させて判定したが、該当する機体はない。
〔アル+1〕と〔ギリガ〕電子戦装備はその進路上から退避して、まだしつこくまとわりつく〔ミリシュミット〕バディの攻撃に応戦。
すると、三機の新型〔AW〕、〔スカイフィッシュ〕はまるで梅雨払いするように機首を上げて、振り下ろした。ぼろぼろと刺殺された〔AW〕が振り落とされ、無残な姿をさらした。
そのまま、〔アル+1〕の横を通り過ぎ、まっすぐに〔イリアーデ〕の方角へ直進していった。
「――――っ! サナハラさん、下がりましょう。あの機体は危険です」
「了解っ」
コフィンはこの宙域の戦闘状況を察して、大丈夫だろうと判断する。大多数の『地球平和軍』所属〔AW〕が割り当てられており、そう簡単に〔ミリシュミット〕部隊の侵攻を許すはずはない。
樹は、後方の〔イリアーデ〕もそうだが、戦艦を盾にして地球側にいる輸送船〔シーカー〕の船団の方が気になった。直掩がいるとはいえ、回り込まれたら真っ先に貫かれると思ったからだ。
〔アル+1〕はもう一度〔ギリガ〕電子戦装備をテール・バインダーにつかまらせると、一気に〔スカイフィッシュ〕の後を追った。向こうも〔アル+1〕に負けず劣らずの速さを見せ、さらにロケット弾ポッドを百八十度回転させて迎撃してくる。
樹は高速機動の〔アル+1〕を横間合いに機体を回転させ、最小限の回避を行う。六基のバリアブル・バーニアが同じ方向を向き、風車のように〔アル+1〕を回転させるのだ。
「うぅ……っ」
それに伴う遠心力に彩子が呻き声を上げる。音もコフィンも、苦しそうに手足に力を込めて耐えるしかなかった。
〔アル+1〕は回転をやめ、次に備える。だが、もう発射する必要はないとばかりに三機の〔スカイフィッシュ〕が先行していく。
ついてこい。そう言っているような気がした。
樹は軽く頭を振って、さらに〔アル+1〕に加速をかける。
「攻撃部隊の後退を確認」
「わかった。警戒を怠るなよ。各ブロック――――」
「艦長ッ! 高速で接近してくる未確認機が三機来ます」
「早く、スクリーンに回せ」
言った傍から来たオペレーターの切羽詰まった声に、クロッグは頭が痛くなる。そして、手先が痺れているような軽い痙攣を起こしていることに気付いた。
怯えているのか、と彼は心のうちに問いかける。それは当然と言えることだが、この戦闘に限ってはもっと不吉の兆しのような手合いだった。
オペレーターによって立体モニタに観測班からの映像が映し出される。妨害によって歪んだ映像はしかし、〔スカイフィッシュ〕の特異な形状と純白を捉えていた。
「ここに来て、新型を放り込んでくるのか……。各機銃座に、この機体への警戒を促せ。ビーム砲は使えないのか?」
クロッグの大声に、火器管制官が答える。
「調整してないんで、何とも――――っおう!」
〔イリアーデ〕全体が揺れる。
艦橋の乗員たちは小さく悲鳴を上げて、手しかなものにしがみついた。
「み、未確認機からの攻撃です」
オペレーターが言った。
〔ミリシュミット〕少数が〔イリアーデ〕に攻撃を加えていたが、それは所詮針に刺された程度の攻撃力しかもっていなかったし、機銃座の弾幕でまともな狙いもつけられていない。
それが今度は、大きな石をぶつけられたかのような衝撃。
クロッグもひざ掛けにしがみついて、インカムに呼びかける。
「観測班。状況は!?」
『未確認機からの、攻撃です。本艦に体当たりを――』
その言葉に、クロッグは未確認機の特異な形状に合点がいった。しかも、〔ミリシュミット〕の機動力をもってしても近づけなかった弾幕を突っ切ってくるスピードに驚いた。
〔イリアーデ〕に突き刺さった三機の〔スカイフィッシュ〕はサブ・スラスターの逆噴射で機首を引き抜くと、そこにできた切れ目にロケット弾を容赦なく撃ち込んだ。
機銃座もこの至近距離に手も足も出ず、直掩部隊も味方の砲撃と攻撃にためらいが見える。接近戦を仕掛けようにも、まばらに散らばっている〔ミリシュミット〕部隊が阻むのだ。
次々と〔イリアーデ〕の横っ腹が爆発し、船体が大きく押しのけられるのが宇宙から見ても明らかだった。
その衝撃を利用して、〔スカイフィッシュ〕が一旦距離を取った。
「左舷、大破っ!! 隔壁、下ろします」
「消火作業、急げ! 負傷者の救出も忘れるな」
左へ傾く艦橋に、そんな声が響いた。
実際、左舷をやられた〔イリアーデ〕は針路を大きく逸らされ、右舷のサブ・スラスターを全開にしてどうにか元の針路へと強引に戻ろうとする。艦内から機材が宇宙へ放り出され、中には爆発に巻き込まれた乗員の無残な死体もあった。
しかし、クロッグら艦橋の乗員は彼らの死を踏み台にしてでも、〔イリアーデ〕の針路を戻すことに尽力する。
操舵士が操縦桿を面舵一杯に回して、機関士が右舷にエネルギーを割り振る。オペレーター、火器管制も敵の再接近に備えて、次々と各ブロックの損害報告を受ける。
「艦長っ! ビーム砲、一発くらいなら撃てそうです」
「被害は左舷に集中してますが、機関部に損傷なし。まだいけますよ!」
彼らの報告を受けて、クロッグは左に引っ張られる勢いを必死にこらえて言い放つ。
「各員、態勢を立て直せ。アームウェア部隊の動きは、どうなってる?」
「現在、三時方向、十キロの宙域で交戦中。直掩部隊、〔シーカー〕を防衛――――っ! 待ってください、一機、いや二機こちらに接近してくる機体が…………」
「どうした?」
クロッグはすぐ近くのオペレーターを急かした。
しかし、オペレーターは観測班との連絡が先の攻撃で切れ切れらしく、眉間にしわを寄せ、インカムの受話器を手で押さえている。そして、すべてを把握すると艦長席に振り向いた。
「あの機体、アリス試験小隊の〔アル+1〕が向かってきますっ!!」
〔アル+1〕はいまだに小規模爆発を繰り返す〔イリアーデ〕を捉えつつ、上部に回った三機の〔スカイフィッシュ〕にビーム・ライフルの銃口を向ける。
機体を立ち直らせ、撃ちやすい角度を作る。
音が慎重に狙いを定め、トリガーを引いた。
ビーム・ライフル二丁が、瞬きまっすぐビーム光が〔スカイフィッシュ〕に飛んでいく。
「――――散開しろっ!」
〔スカイフィッシュ〕の操縦者の一人が言って、三機は向かってくるビームを回避する。拡散する荷電粒子が火の粉のように舞った。
彼らは〔イリアーデ〕に突撃するタイミングを外され、弾幕の射程から外れていた〔ミリシュミット〕電子戦装備と合流。各機に〔ミリシュミット〕電子戦装備が付き、バディを組む。
対艦強襲機に位置付けられた〔スカイフィッシュ〕は、電子兵装を持っていない。ゆえに、先行していた〔ミリシュミット〕部隊にはバディを組むよう手配されている。迅速な編成で、さらに三組は方々へ散った。
「散開したわ。どうするのよ?」
「こっちにくる機体を倒すしかないでしょう! コフィン准尉!」
「はいっ」
樹は真っ向から迫ってくる〔スカイフィッシュ〕と〔ミリシュミット〕電子戦装備を通常モニタに見て、〔アル+1〕に回避行動をとらせた。
その判断は功を奏し、一足先に来た鋭い〔スカイフィッシュ〕の体当たりを避けることに成功。
コフィンは〔ギリガ〕電子戦装備を〔アル+1〕から離脱させると、後方からくる〔ミリシュミット〕電子戦装備に九〇ミリマシンガンの銃口を向ける。しかし、すでに残弾はほとんどなく撃っても、牽制の役にもならない。
「――――っき」
〔ミリシュミット〕電子戦装備の操縦者は射撃が来ると見て、機体を大きく旋回させた。
その行動を見て、〔ギリガ〕電子戦装備は九〇ミリマシンガンの弾倉を外すと、予備弾倉を装填。威嚇は効いたらしい。
〔イリアーデ〕の方でも、直掩部隊が動きだしほかの〔スカイフィッシュ〕二機の対応に出ていた。物量的に、そう簡単に攻撃はできないだろう。
「――――このっ」
〔アル+1〕のビーム・ライフルが放たれる。
しかし、速度で勝っている〔スカイフィッシュ〕には当たらない。大きく、遠心力で吹き飛ばされているような旋回を見せる。
「樹、あいつ速いだけで。小回りは効かないみたいじゃない?」
「みたい。音、ヒートブレードで討つよ」
「あい。ヒートブレード、展開」
〔アル+1〕はビーム・ライフルをテール・バインダーにしまうと、両腕部に保持されているヒートブレードを展開。切っ先が百八十度回転し、パタと呼ばれる小手と一体になった剣を思わせる。
背後で〔ギリガ〕電子戦装備が九〇ミリマシンガンを連射し、回避を続ける〔ミリシュミット〕電子戦装備を落とさんと動き回る。
「――――ぐぅ」
〔スカイフィッシュ〕の操縦者は気の遠くなるような遠心力をこらえて、どうにか〔アル+1〕への突撃針路を整える。興奮剤によって熱くなる体と血の巡り。合理的な思考をもってしても、肉体の感覚は攻撃性を高ぶらせる。
「――――来るっ」
樹はスロットルレバーとラダーペダルを操る手足に震えを感じながら、〔アル+1〕をまっすぐに迎え撃たせる。『幻覚』で動きを止めても、あの突進は止まらない。ならば、己の技量で倒すしかない。
「サナハラさんっ!? ――――ぐぅ」
コフィンはモニタの端からフェードアウトする〔アル+1〕に気を取られ、敵機のレールカノンが〔ギリガ〕電子戦装備の右脚部を粉砕する。
彼女は機体を立て直すと、すぐに〔アル+1〕を追いかける。
「接触まで、あと――って、速いって!」
彩子が電子戦用モニタに映る距離の数値が一瞬で減るのを見て、悲鳴を上げる。
〔アル+1〕と〔スカイフィッシュ〕の距離が目にもとまらぬ速さで詰まった。
刹那、樹の操縦技能と音の操縦技能が相乗。以心伝心に互いにスロットルレバーを押し引きし、ラダーペダルを踏んだ。
〔アル+1〕が左のバリアブル・バーニア三基を反転させ、闘牛士が如く軽やかに横に逸れるとヒートブレードを横薙ぎにふるった。完璧なタイミング。〔スカイフィッシュ〕の機首に刃が届く。
だが、決まったと思われたヒートブレードが上に跳ね上げられ、〔アル+1〕が盛大にバランスを崩す。
その隙をついて〔スカイフィッシュ〕は柄の部分と言える場所でぶつかり、〔アル+1の巨体を弾き飛ばす。自動車同士の衝突というより、ジェット機同士の体当たりだ。
互いの装甲の一部装甲が潰れるだけで済んだのは、樹と敵操縦者の咄嗟の判断によるものだろう。
「――――っ、きゃぁああっ!」
樹は体をくの字に曲げる衝撃に悲鳴を上げて、スロットルレバーから手を離してしまう。
彩子も音も苦痛の声を漏らして、めまぐるしく回るモニタの景色と遠心力に意識が飛びかける。
「三人ともっ」
コフィンは、激しく無茶苦茶に回転する〔アル+1〕に樹たちの身を案じた。しかし、追ってくる〔ミリシュミット〕電子戦装備がレールカノンの銃口を巨人に向けたのを端っこに捉えると、苦い顔をしてそこへ九〇ミリマシンガンの弾丸を叩き込んだ。
〔ミリシュミット〕電子戦装備は射撃のタイミングを逸らされ、あらぬ方向へ砲弾を発射。青い閃光が一直線に伸びていく。
「終わりだ」
そういうのは〔スカイフィッシュ〕の操縦者だ。現状ではまだ機体は直進して、回り込むまでに時間を必要としていた。
「う、うぅ――。くっぎ……」
樹は耳元に空気の唸りを聞きながら、遠心力で吹き飛ばされそうな細い腕を必死にスロットルレバーに伸ばす。力の限りを尽くして掴むと、すぐにスロットルレバーを引いた。
〔アル+1〕は前部と背部のバリアブル・バーニアを広げ、回転を止めるために噴射。跳ね起きるように機体ががくんと飛び跳ね、無理やり機動を正す。
その衝撃に、三人の少女は思わず胃の中のものをぶちまけそうになる。口の中に酸っぱいものを転がし、何か柔らかいものをかみしめると喉の奥へ押し戻す。
「立て直したところで――」
すると、〔スカイフィッシュ〕も機体を盾に起こした。機首を下にして、柄の部分を上にする。
「どういうつもりです?」
コフィンは機体を〔アル+1〕に近づけさせながら、その様子を見た。
その時、〔スカイフィッシュ〕の機体後部からひょっこりと、筍のような頭部を出現。それだけではない。柄の部分が展開し、ロケット弾ポッドをマニピュレーターにした腕部へと変態。その形態は縦に飛ぶトンボをまず思い浮かべるだろう。
マイナーチェンジ。変形機構によって、〔スカイフィッシュ〕はすぐに振り返って、ロケット弾を〔アル+1〕と〔ギリガ〕電子戦装備に向かって放つ。
「変形しました!?」
コフィンは目を丸くして、しかし、向かってくるロケット弾を頭部バルカンで撃ち落としていく。
後方で〔アル+1〕がバランスを立て直して、その方を見た。爆発が晴れ、変形した〔スカイフィッシュ〕を目の当たりにする。
「な、なんか変なのいるじゃないっ!?」
「変形、した?」
彩子と音が口々に感想を漏らす。〔AW〕が変形するなど、彼女たちは知らない。それはコフィンもそうであって、変形した〔スカイフィッシュ〕の姿には驚かされる。
ただ、樹だけが恐怖を覚えていた。まさか、変形機構まで実現させるとは。多くの『サテライト』の研究者が開発に乗り出していたとはいえ、ほとんど却下されていた。こうして目の前に実物を見ると、なるほどコストと整備が大変そうだと思った。同時に、研究者の妄執をも感じさせる出来栄えだ。
〔スカイフィッシュ〕は背部のスラスターを噴かせて、見劣りしないスピードで樹たちに向かってくる。加えて、敵僚機のレールカノンが狙いをつけている。
警報。警報の嵐に、彼女たちの身に危険が一気に染み渡る。
〔アル+1〕と〔ギリガ〕電子戦装備は避けるので手一杯となり、機体が徐々に〔イリアーデ〕へ向かっていることに気付かなかった。




