~リヴァイアサンの嵐~ 第二次交戦〈前編〉
これでよかったのか、とクロッグ・ジョーリンは艦橋に浮かぶ立体モニタを見つめていた。
敵艦への攻撃部隊が〔シーカー〕に接舷し、臨戦状態に入っていた。第一交戦で多くの仲間を撃墜さてれ、幸か不幸か、輸送船の数に余裕が出た。それを利用しない手はない。〔イリアーデ〕に運んできた予備武装や弾倉を運び込み、移動距離と〔AW〕の電源節約に一役買ってもらう。
しかし、わずかに一個中隊、〔AW〕十二機による奇襲だ。足手まといの輸送機よりも、そこに参加する兵たちが気がかりだった。
「艦長。攻撃部隊の発進準備が整いました」
「うむ。現状待機、発進命令を待つよう伝えろ」
「了解」
通信士の報告に、クロッグは努めて平静に言った。それで幾分かは、覚悟らしいものが心に落ちてきた。
これが今の戦力にできる即効性のある戦術だ。作戦の目的が、〔イリアーデ〕の移送にある。その妨げとなる障害は、可能な手段をもって排除する。作戦が完遂できなければ、『地球平和軍』はあっという間にほかの施設を乗っ取られ、対抗する力を失い、壊滅させられる。
だからこそクロッグ・ジョーリンは指揮官として、非情に徹し、あえて火中に部下を放り込む。でなければ、今現在いる部隊の全員を失うことになる。
「彼らの実力を、信じよう……」
クロッグは最後の弱音と後悔を吐き捨てて、つばのかけた帽子の位置を直す。
そして、全部隊に命令を下す。
「総員、第一戦闘配備! これより、本艦は『リヴァイアサン』を出港する。攻撃部隊、出撃っ!」
了解、と艦橋の乗員たちが一斉に答え、オペレーターが全部隊に警報ならした。
甲高い警報音とともに、各乗員は速やかに艦の制御に入り、しんとしていた冷たい空気がゆっくりと温度上昇させる。
攻撃部隊は警報が鳴ると、各ユニットが〔イリアーデ〕艦橋に発進許可を得て敵艦に飛んでいく。
アリスとリーンの機体もほかの小隊から引き抜かれた二機とともに、〔シーカー〕を発進させる。輸送船の操縦は下方に接舷する〔ファークス〕通常装備の操縦者が請け負ってくれた。〔ファークス〕実験型とバーカムは上部に張り付き、〔シーカー〕の全速力に振り落とされないよう、しっかりしがみついている。
敵艦は静止軌道上に割り込むように、曲線状の軌道を取っていた。攻撃部隊の針路からだと、左へそれていく軌道だ。そのため、敵〔イリアーデ〕の右舷がよく見える。
ぐんぐん〔シーカー〕は『リヴァイアサン』を離れていく。
「あと、十分ほどで接触する。それまでに、神様でも祈っておきなっ」
まだ妨害がないため、〔シーカー〕を操る操縦者の声がアリスたちにはっきりと聞こえた。みながこの作戦の危険性を承知して、前に出てきているのだ。今しがた入った声にも、若干の震えが聞き取れた。
神様に祈る。
心の隙間を埋める様な言葉に、リーンは馬鹿馬鹿しく思った。神様に頼み込むより、隣にいる仲間に頼み込んだ方がよっぽど信頼できる。
「あー。リーン軍曹、聞こえる?」
「ああ。専用チャンネルだろ」
リーンは小うるさい振動音と肩に来る負荷に、顔を顰める。
アリスも呆れ気味に操縦席のコンソールパネルを操作して、機体の調整を行う。
「まったく、臆面もない……。君のわがままを通したんだ。詳しいわけを聞かせてもらたい」
「単に、コフィン准尉との相性が悪かっただけだ」
「恋煩い、か? あたしは恋愛を禁止するつもりはないが、こういう面倒が出るなら異動させるよ」
「そういうんじゃねぇ! 主義の違いだ。思想の違いって奴だ!」
リーンは急に顔が熱くなり喚いた。恋煩いになる道理がどこにあるというのか。彼はただ、コフィン・コフィンの優しすぎるところが気に食わないだけだ。
アリスはヘルメットに響く大声に、がつんと頭を殴られたような衝撃を受けた。思わず体が仰け反る。
同じことを言うあたり、かなり動揺しているらしい。しかし、彼もまた同じ戦場を歩いた者である。そんな人でも人並みに誰かを好きになれるのだ、と微笑ましくも感じられた。
「大声出さないで。緊張感のない」
「あんたが妙なこと言うからだろがっ」
「そう? ま、何にしてもこれっきりにして。面倒はごめんだ」
「言われなくても……」
自分に言い聞かせるようにリーンはつぶやいた。個人的な感情で、士気を下げるようなことをしてしまった手前、今回の作戦は汚名返上の機会だ。〔バーカム〕もまだ戦闘できる。無理はできないが、リーンの感性についてきてくれる。
アリスは浮かない顔をして、しばらく黙りこくる。リーンがコフィンに対して後ろめたさを感じているようで、気負い過ぎなければいいのだが。
しばらくして、敵艦が主砲の砲身が〔シーカー〕部隊に向き始める。同時に下部の前後甲板から、〔AW〕部隊が次々と発艦していくのが見える。予想より、遅い対応だ。
「対応、遅いぞっ! どこを見ていた」
「敵の妨害により、観測班の発見が遅れました」
「レーダーが使えないのがわかっていて遅れるなど、言語道断だ!」
『新人類軍』側の〔イリアーデ〕艦橋では、艦長たるゲイルが怒鳴り声を上げていた。部下の働きは認めるが、やはり経験不足が足を引っ張る形となったことに、焦りが生じる。
「お祈りは済んだか? 行くぞっ!!」
〔シーカー〕を遠隔操作する〔ファークス〕通常装備の操縦者が声を張る。
アリスたちはノイズ交じりのその声を聴いて、一気に機体を離脱。〔シーカー〕が最終加速を駆けて、〔ファークス〕通常装備が最後に船体から離れた。
他の二隻も同じく〔AW〕部隊が離れ、特攻を開始。
「リーン軍曹、離れないでっ」
「お、おうっ」
アリスは動きの悪い〔バーカム〕を見て、無線に呼びかける。
辛うじて聞こえる声に、リーンが機体を〔ファークス〕実験型のいる上方へと上げていく。
瞬間、アリスたちの下方で巨大な閃光が瞬いた。敵のビーム砲による〔シーカー〕の撃墜だ。それが開戦の合図とばかりに、光で浮かび上がる〔ミリシュミット〕数機の影が銃口を向けているのが分かった。まるでサーチライトに当てられたかのような濃厚な影。光学センサに頼る倍以上に判別しやすい。
「――――っ」
〔ファークス〕実験型が右マニピュレーターに保持しているロングバレル・レールガンを構え、敵一機に向けて発砲。青白い光の弾丸が、まっすぐに突き進む。
敵機の影が発砲される前に回避。徐々に陰影が消え、〔ミリシュミット〕の本来の色合いが浮き彫りになっていく。
「前に出るぞっ」
「わかった。援護する」
リーンは闘志を高ぶらせ、〔バーカム〕を一気に敵部隊へとサブマシンガンを乱射させ、肩部のヒートナイフを空いているマニピュレーターに持たせる。
敵機は散り散りにバディ単位で行動を始める。
アリスは機体に〔バーカム〕の後を追わせながら、ロングバレル・レールガンを左へ持ち替えさせ、右に背部ラックからバズーカを取らせる。そして、二つの射撃武装で各敵バディ、特に電子戦装備へ発射する。
〔バーカム〕のサブマシンガンと〔ファークス〕実験型の猛襲に、〔ミリシュミット〕部隊は『幻覚』を使う隙も作れず、防戦一方だ。機動力を生かして、包囲陣を形成しようとしても〔バーカム〕の瞬発力を前にことごとく崩されていく。
他の『地球平和軍』所属の〔AW〕も、まず包囲陣を突き破ることを念頭に置いて、最低限の攻撃で次々と敵艦に突進していく。
「厄介なことを……」
敵操縦者は小言を漏らして、まだ自分の部隊と交戦する〔バーカム〕と〔ファークス〕実験型に攻撃を加える。
この二機だけが、いつまでも〔ミリシュミット〕部隊をかき乱し、撃墜数を稼ごうとしている。制圧にしては貧弱だが、遊撃としては強力なバディだ。他の十機で艦を沈める算段にしても、やはり物量では勝てない。
「各機、あの二機を押しつぶせっ。他は直掩部隊に任せろ」
敵操縦者は近くにいる〔ミリシュミット〕隊に呼びかけていると、そのうちの一機が青白い閃光に射抜かれた。
爆散する機体を背に、〔ミリシュミット〕編隊は〔バーカム〕と〔ファークス〕実験型に迫る。
「隊長、俺たちも〔イリアーデ〕にっ」
〔バーカム〕が敵一機を操縦席を刺突し、蹴りつける。的確に操縦者だけを潰された機械が無残に漂っていく。
リーンは体が軋むような痛みを覚えながら、続けざまに来る敵の弾丸の雨を回避、機体の左腕部に装備されている小手で弾道を逸らす。この小手は〔ファークス〕の持つ盾同様、表層に電磁気を発生させてレールガンならば弾くことができる。
「ええ。突破するよっ」
「おうっ!」
アリスは〔ファークス〕実験型のバズーカを発射し、道を作る。その道は狭く、敵の挟撃は目に見えていた。手がじっとり汗ばむのを感じながら、最大出力でそこへ機体を飛び込ませる。
「戦闘の光? 始まったの?」
樹は〔アル+1〕の操縦席で唸った。
通常モニタに映った三つの光芒とそこからまばらに見えるいくつもの光の軌跡。攻撃部隊が奇襲をかけたのだと守備部隊は了解する。
「樹、機体が引っ張られてる」
「…………」
彩子の警告に、苦い表情を浮かべながら樹は機体を編隊に戻す。
すでに、〔アル+1〕の眼下で修繕を終えた〔イリアーデ〕が出港し、その巨大な船体を『リヴァイアサン』から抜け出している。まるで、穴から顔をのぞかせるウツボのように。
「サナハラさん」
「コフィン准尉?」
樹のヘルメットに優しい英語が響いた。
〔アル+1〕の横に、〔ギリガ〕電子戦装備が付く。コフィンが代用品として使っている機体だ。一見すれば、前とさほど変わらないがどこか動きにくそうなそぶりが見て取れた。調整する間もなく発進したのだろう。
「わたしたちは〔イリアーデ〕の後方を固めます。ついてきてください」
コフィンは慣れない指揮に若干緊張の色を見せながら、機体を進みだす〔イリアーデ〕のほうへ下げていく。しかし、遥か後方で瞬く戦火を無視することはできなかった。
不安だった。
それは、コフィンだけでなく樹も彩子も音も、攻撃部隊へ加わったアリスとリーンが気がかりだった。
彼女たちが腕の立つ操縦者なのは、わかっている。もちろん、他の操縦者もかなりの手だれだと聞いていた。簡単に撃墜されるような兵士ではない。
それでも、後方に残る樹たちにしてみれば、心の隅っこが疼く。今からでも加勢したいと。
「…………。二人とも、しっかりしましょう」
「そうよね。今は任務に集中するわ」
「頑張るっ!」
樹たちは〔アル+1〕をコフィン機に追跡させながら、ノイズが走り始めた計器類や通信網に気合を入れなおす。
敵が迫ってきているのだ。
爆発がすぐ目の前で起きる。
「ん、うぅ……」
アリスは機体を素早く切り返し、撃墜した〔ミリシュミット〕から離れる。これで三機目だが、周りは敵だらけ。三機落とした程度では、まったく敵戦力を疲弊させることもできない。
「隊長。かなりの数が、後方に――」
「わかってる。もう一度、敵艦に攻撃を仕掛ける」
「了解」
リーンのネガティブな発言に、アリスは胃が痛くなる。
かなりの〔AW〕部隊を後方へ流してしまったことへの負い目と、目と鼻の先で弾幕を張り敵を寄せ付けない〔イリアーデ〕に対する苛立ち。速攻が求められる作戦で、時間を使いすぎている。
敵の直掩部隊が次々と迫り、〔ファークス〕実験型と〔バーカム〕は一旦その場を離れる。
その間に〔ファークス〕|実験型はロングバレル・レールガンをサイドアーマー・ラックにしまうと、盾の裏、本来なら『CB6』が収まっている四つのうち一つに補てんされているバズーカの弾倉を取り出した。バズーカの弾倉を変え、構えなおすと追撃してくる〔ミリシュミット〕のバディに振り仰いだ。
「接近戦に持ち込むよ。いい?」
「わかった」
リーンは気を引き締めて、操縦桿を思い切り進めた。瞬間、巨大なエネルギーに体が押しつぶされそうになる。
〔バーカム〕が一気に〔ミリシュミット〕電子戦装備に肉薄する。だが、思うように攻撃を繰り出せない。リーンの操縦に問題が出ているのは、目に見えていた。
「――――っく」
アリスは〔ミリシュミット〕電子戦装備が〔バーカム〕と距離を開けようとしているのを捉えながら、こちらに向かってくる通常装備のレールカノンの砲口を見てた。
瞬間、〔ファークス〕実験型は『幻覚』を発動と同時にサイドアーマー・ラックに収めている新型のヒートソードを抜き放つ。ブロードソードを思わせる幅の広い剣。ヒートブレードに比べればやや刀身は短い。それでも、携行するには邪魔にならない身軽さが特徴的だ。
〔ミリシュミット〕通常装備は『幻覚』発動とほぼ同時にトリガーを引いたのか、レールカノンのマズル光が瞬いた。
アリスはすぐに操縦桿とラダーペダルを緻密に使い、その砲弾をぎりぎりのところで交わした。
操縦席にくぐもった音が響き、振動が伝わる。
「…………」
〔ファークス〕実験型は出力が落ちたとはいえ、すぐに〔ミリシュミット〕通常装備の横間に入り込んで、左マニピュレーターが持つヒートソードをその横っ腹に切り付けた。
装甲を熱で溶かし、白兵戦ならではの手ごたえが剣を通して、振動や音となってアリスに伝わってくる。気のいいことではなかった。生で人を斬りつけているような気さえあったからだ。
それでも、〔ファークス〕実験型はそのまま横を通り過ぎると敵機は爆散。その爆発の勢いがさらに機体に加速を呼んで、蠢きだす〔ミリシュミット〕電子戦装備へと突進していく。
「あ、りす――――」
かすかに、リーンの声が聞こえた。〔バーカム〕の機能が回復しだしたのだろう。
アリスは名前を呼ばれて心臓が止まりかけたが、操縦桿を握る手は緩むことなく残る敵機に対して働く。
〔ファークス〕実験型は〔バーカム〕を押しのけ、レールガンの銃口を向ける〔ミリシュミット〕電子戦装備と対峙する。
刹那の時。それはアリスと敵操縦者の体感を引き延ばす。
「――――っんく」
アリスは吐きそうな喉を必死にこらえて、〔ファークス〕実験型に突きを命令する。
敵も〔ファークス〕実験型の胸部に狙いを定める。
タッチの差で〔ファークス〕実験型はレールガンを真っ向から突き、縦に割り、腕部へ、胸部へと深々と突きぬけていった。
すぐに〔ファークス〕実験型は〔ミリシュミット〕電子戦装備を蹴りつけ、距離を空ける。それから、〔バーカム〕が足りない分を補う形で〔ファークス〕実験型を引っ張る。
「無茶をするな。ただでさえ、その機体は燃費悪いだぞ」
敵機が爆発するのを確認しながら、リーンはアリスにがなり立てる。
これでは完全に足手まといではないか。自分が活躍できる場所がない、と子供が駄々をこねているようだとも彼は思った。しかし、沸き立つ焦燥感はまぎれもなく彼の自尊心が許さないと告げていたからだ。
アリスは出力の低下した〔ファークス〕実験型を立て直して、すぐに近づいてくる敵艦の弾幕を回避する。彼の意見を聞いている余裕はなかった。
「おいっ!」
〔ファークス〕実験型と〔バーカム〕は敵艦の底部へと回り込んでいく。ハンガーを潰す魂胆だと、リーンは推測する。
すると、甲板に見慣れない機影が見えた。白く、細いシルエット。戦闘機のような造形だが、それにしては船首部が妙に薄い。まるで一振りの剣のようだ。
「なんだあれは?」
「無駄口はいらない。とにかく、これ以上後方へ敵を送り込まない」
アリスは焦る気持ちを抑えきれず、バズーカのトリガーを引いた。成形炸薬弾が吐き出される。
しかし、そこに赤いものが入り込んでくるのがアリスには見えた。
バズーカの成形炸薬弾が撃墜される。その紅蓮の中を突き破り、もっと鮮やかなバラのような真紅の機体が〔ファークス〕実験機に迫る。
「ひさしぶりじゃないか。待っていたよ」
女の声にアリスは背筋が凍りついたが、すぐに〔ファークス〕実験型の盾で振り下ろされる〔ミリシュミット〕通常装備の太刀をいなす。斬りかかりたいが、機体のバランスが崩れうまくできない。
仕方なしに、盾で思い切り薙ぎ払いを繰り出し、赤い〔ミリシュミット〕と距離をあける。
「リーン軍曹。甲板を破壊しなさいっ」
「わ、わかった」
アリスの切羽詰まった通信に、リーンは急いで〔バーカム〕に甲板を攻撃させようとサブマシンガンを構える。独りよがりに浸っている場合ではない。
それに対して、赤い〔ミリシュミット〕は手出しはしない。興味がないとばかりに、〔ファークス〕実験型との攻撃タイミングを見計らっていた。
これはチャンスだ。
そうアリスとリーンが思った瞬間、サブマシンガンを持つマニピュレーターが横から飛来した青い閃光に吹き飛ばされる。
「敵か?」
そう言っている間にも次々と弾丸が飛来し、〔バーカム〕は後退を余儀なくされる。
艦の後方にから、一機の〔ミリシュミット〕電子戦装備がロングバレル・レールガンを構えて接近してくる。赤い機体の僚機だとすぐにわかった。
「リーン軍曹っ」
「へぇ。あの機体の操縦者、そういうんだ。なるほど、なるほど」
アリスは余裕綽々の赤い〔ミリシュミット〕の操縦者に怒りを覚えて、バズーカの照準を合わせる。出力が落ちているとはいえ、ここで目の前の機体を止めなければ本隊が危ない。
赤い〔ミリシュミット〕の操縦者、鈴燕華は僚機に〔バーカム〕の相手を任せて、〔ファークス〕実験型に向かって突進する。『幻覚』が来ても構いはしない。その時は僚機のサポートが入ることになっている。
「さぁ、楽しもうか……」
バズーカの発射と〔ミリシュミット〕の頭部バルカンが放たれ、もう一度爆発を起こした。
そして、甲板に出ていた新型機は発艦していく。その数、三機。
『新人類軍』は盛大な奇襲作戦から冷静さを取り戻して、物量による力で周りを飛び回る敵に立ち向かっていた。戦術など必要ない。すでに、彼らの作戦は失敗したも同然なのだから。
ゲイルが艦長席で状況を眺めていると、オペレーターから報告が入る。
「新型〔スカイフィッシュ〕、全機。発艦しました」
「ご苦労。それにしても、敵も食い下がってくる……」
新型〔AW〕が発艦したのはやはり、敵の戦力が乏しいことの表れだ。彼らはすぐにハンガーを潰すべきだった。そうすれば、本隊に〔ミリシュミット〕部隊がそう多くは流れなかっただろう。だが、多くの機体が〔イリアーデ〕の主砲に攻撃を仕掛け、その甲斐あってか五門あるうち二門を破壊された。それでも、大した損壊ではない。
ゲイルが一番懸念しているのは、なぜ彼らが下がろうとしないのかだ。
「何か、企んでいるのか? いや、それにしてはおざなりだ」
普通ならヒットアンドアウェイで部隊を下げて、味方艦の護衛にあたらせるのがセオリーだ。
そして、妙な動きをする二機の〔AW〕。一機は〔バーカム〕だと画像解析できたが、もう一機が〔ファークス〕の発展系、試作機に近いということしかわからなかった。
だが、その二機は〔ミリシュミット〕部隊の一部を迎撃後、ハンガーへと流れていき、〔スカイフィッシュ〕の発艦を阻止しようとしていた。鈴燕華を待機させておいて、よかったと言える。
ドゴゥと鈍く響き渡る金属音。さらにオペレーターの声がこだました。
「第二砲塔、沈黙! 消火作業、急げ」
ゲイルが指示するまでもなく、各員が適当な指示を出していた。
これはこれでゲイルの重要性を薄めていたが、全員の判断力が高まっていることを実感させられる。
「敵艦の動きはどうだ?」
ゲイルはひざ掛けの通信機を取って、観測班と連絡を取る。
少しの間をおいて返答が来る。
「現在、静止軌道上を離脱しようとしています。我が方の〔ミリシュミット〕部隊が交戦中」
「わかった。こちらに張り付く敵にも注意を払え」
そういって、別回線に切り替える。
「火器管制、敵艦を射程に捉えるまでどれくらいかかる」
「後、九〇〇〇ヤード近づけてください」
「よし、準備をしておけ」
了解、とはっきりとした応答を聞いてゲイルは今一度立体モニタを眺めた。
戦闘中だというのに、とても静かな場所だ。先ほどまでの焦りや不安、恐怖をまぎらわず欺瞞はもうない。実に透き通った居心地だ。
だが、戦場に不釣り合いのこの潔白さにゲイルは少なからず疑問を抱き始める。なぜ、人はこう早く順応できないのだろうかと。
『新人類軍』側の〔イリアーデ〕の少し先の宙域で、アリスたちは交戦していた。ここなら無用な弾幕も届かず、周囲に神経質にならなくて済むからだ。
それが鈴燕華の望む舞台。そして、剣劇の舞台だ。
刹那の鋼刃の美しさ。それは、燕華の胸に深く刻み込まれ、虜にしていた。早く、〔ファークス〕実験型と剣を交えたい気分が募る。
赤い〔ミリシュミット〕は太刀を腰だめに構えると、〔ファークス〕実験型へ接近。
アリスはその構えにただならない意志を感じて、残弾の少ないバズーカを発射した。白兵戦に持ち込まれては、危ないと本能が警鐘を鳴らす。
「――――ふっ」
燕華が短く息を吐き出す。
〔ミリシュミット〕はその異形の右腕部をしなやかに、そして神速に横一閃。
「――――――え?」
アリスは思わず感嘆の声を漏らす。何が起こったのか、わからなかった。
成形炸薬弾が真っ二つに割れたのが見えたのだ。それが赤い〔ミリシュミット〕を避けるように分かれて、敵機の後ろで爆発した。
その瞬間、アリスの中で恐怖が疼いた。あの敵は強い、と。
「ぼさっとしないっ!」
燕華は声を弾ませて、なおも〔ファークス〕実験型に切りかかろうとする。
アリスはその声が愉快犯のそれに近いのを感じて、すぐにコンソールパネルを操作し、機体を後退させる。
だが、〔ミリシュミット〕と〔ファークス〕実験型の距離はすぐに詰められる。機動力が違う。加えて、『幻覚』を使った負荷がまだ回復しきっていないのも大きい。
「――――ちぃ」
「本気のつもりかい!?」
〔ミリシュミット〕が突きを繰り出す。
〔ファークス〕実験型は辛うじて盾でそれを逸らして、今度こそとヒートソードで斬りかかろうとする。距離は先と同く近すぎる。それでも、ここでまだ敵の左腕部を切り落とせる可能性があった。
ヒートソードが横へ切り払い。
それを見越していたかのように、〔ミリシュミット〕が身を引きながら左腕部を下げる。
そして、ヒートソードが接触する寸前、腕部の武装ラックは展開。刀身の腹を強く打ち、軌道を逸らす。まるでびっくり箱のようなラックの展開を、回避に使うとはアリスには予想外だった。
「――――でも」
体中に冷や汗を感じながら、アリスは〔ファークス〕実験型にバズーカを捨てさせた。砲口を自分に向けさせるようにして、バズーカの砲身が回転する。
「何か仕掛けてくるつもりか」
燕華はバズーカによって視界を遮られ、〔ファークス〕実験型をうまくとらえられない。目くらましのつもりか。
〔ミリシュミット〕が後退をかけようとした瞬間、バズーカの後部が一気に接近してきた。
「――――っ!」
機体の手を離れたバズーカが自ら向かってくる。
燕華は操縦桿とラダーペダルを素早く操作し、機体をぎりぎり回避させる。
だが、ちょうど〔ミリシュミット〕の右肩を過ぎようとしたバズーカが爆発。〔ミリシュミット〕の頭部と右腕部に破片と熱が襲い掛かる。
「これで、どう……?」
〔ファークス〕実験型を後退させながら、アリスは肩で息をして様子を窺う。
バズーカの時限操作とそれを撃ち落とすバルカン砲の組み合わせ。正直、苦肉の策だった。本来なら、敵艦の火力を奪うために温存しておくべき武装だったのだが、そうした不意を突かない限り赤い〔ミリシュミット〕の操縦者に対抗できるはずもない。
ふとモニタの上のほうを見ればリーンの〔バーカム〕とロングバレル・レールガンを持った〔ミリシュミット〕電子戦装備が戦っている。
「面白いよ、あなた」
ひび割れた女の声。
アリスは特に驚きもせず、正面に視線を戻して機体にロングバレル・レールガンを持たせる。
赤い〔ミリシュミット〕が爆炎を突き破って、壊れたショルダーアーマーや半壊した頭部の痛々しい姿を現す。異形の右腕にはいまだ太刀が握られている。
「致命傷にはならなかったの……」
アリスは小声で愚痴って、ロングバレル・レールガンの照準を合わせる。
燕華はこれまでにない高揚感を味わいながら、機体をジグザグに動かす。体が砕けそうな負荷にも、彼女はこれまでにない生きている実感を得ていた。モニタは少し荒れ気味だが、胸部のサブカメラは十分に〔ファークス〕実験型の姿を捉えている。
右腕部があの爆発に耐えたのには、やはり新調してもらったことが大きい。改良前なら、確実に機能不全に陥っていただろう。
帰ったら整備士に礼をしよう、と燕華は心中でささやいた。
「さぁ、もっと楽しもう。熱く、激しく、さぁっ!!」
「あたしの趣味じゃ、ないんだけどっ!」
ノイズの走る無線でお互いが叫ぶ。
〔ファークス〕実験型がロングバレル・レールガンを放ち、赤い〔ミリシュミット〕は隙を見て斬撃を繰り出す。一進一退の攻防。
その様子を燕華の僚機はじれったく思っていた。
そもそも彼は今、〔バーカム〕を抑え込む役割をしている。その気になれば、『幻覚』で葬ることも可能だ。が、燕華に気を配りながらの戦闘では、やはり分が悪い。それよりももっと直接的な原因は、〔バーカム〕を撃墜するな、という彼女からの命令だ。
「こいつ、舐めやがって!」
リーンは〔ミリシュミット〕電子戦装備との間合いを計りながら、突撃のチャンスを狙う。サブマシンガンはない。どうにか接近して、ヒートナイフで切りつけるしかない。だが、的確に飛び込もうとした瞬間に敵機のロングバレル・レールガンが放たれる。
〔バーカム〕は回避して、瞬発力を生かした直線的で素早い機動に打って出ても、敵の狙撃は冷静に切り返しの瞬間を狙う。
このままでは、アリスの応援にも行けない。直接向かうのは、確実に回り込まれ阻止されたこともあって、先に目の前の敵を倒すしかないのだ。
しかし、彼の体は度重なる戦闘の疲労と無理やりな機動による負荷で鈍り始めていた。まだやれると闘志を燃やしても、体が付いてこない。
「哀れな。自分が生かされているのも知らずに……」
〔ミリシュミット〕電子戦装備の操縦者は不満を抑えて、動き回る〔バーカム〕を牽制。その弾丸が、〔バーカム〕の脚部に命中。
「う、おお……」
回転する視界と自動姿勢制御による衝撃。
〔バーカム〕は左脚部をもがれ、きりもみしながらも、敵への攻撃のチャンスを窺うように飛びまわる。
リーンはもう自尊心で立っているようなものだった。いつまでも、アリスに助けられ、コフィンに八つ当たりをして、樹たちを見下しているような自分が許せない。
ここで変わってやるという野心が、彼をつきうごかす。
しかし、〔ミリシュミット〕電子戦装備の操縦者は醜態をさらし続ける〔バーカム〕に愛想を尽かせる。
「もう時間もありません。鈴隊長……」
そういって、〔ミリシュミット〕電子戦《EW》装備が動き出す。
「逃がすかよっ」
そのあとを〔バーカム〕が追いすがるが、迎撃の弾丸にうまく近づけない。
〔ファークス〕実験型と赤い〔ミリシュミット〕は、ついに白兵戦へと移行しだす。
「邪魔じゃない? その銃」
燕華は左腕部のラック展開を利用して、接近した〔ファークス〕実験型を突き飛ばすと、右のマニピュレーターを回転させ太刀を振り回す。
「しまった――――」
アリスは〔ファークス〕実験型を立て直すのが精一杯で、ロングバレル・レールガンに気が回らなかった。
長銃身のレールガンが、回転する太刀の切りあげ、真っ二つになる。すぐに使い物でなくなったロングバレル・レールガンを放り捨て、大きく〔ファークス〕実験型は後退。
「へぇ。これはいい」
燕華は回転するマニピュレーターを止めて、太刀を構えなおす。ジャイロ効果による暴走もない、使い勝手のいいものだ。
それ以上に、乾いた心に降り注ぐ甘美な感覚がなによりも心地よい。頭の制御チップの働きが追い付かないほど、至極の甘露。それで激しい頭痛に見舞われようと、鈴燕華は気にしない。
「覚悟を決めなさい、あたし」
アリスは早くなる鼓動とぼうっとしてくる視界に限界を感じながら、〔ファークス〕実験型にヒートソードを持ち替えさせる。サブモニタを一瞥すれば、あと少しで『幻覚』の蓄電が終わる。そうなれば、勝負はアリス・ジェフナムの勝利だ。
あと少し、と二人は思った。
「さぁ、本気で行こうかい!?」
「君はあの子たちを危険にさらすっ!」
瞬間、〔ファークス〕実験型と赤い〔ミリシュミット〕が同時に突進。
〔ミリシュミット〕は左腕部の武装ラックから十徳ナイフをスライド展開さえ、本気を示す。ようやく念願の舞台が整ったと燕華は心からアリスに感謝した。
アリスはそれを見て、いよいよ本気だと感じ取って盾を前に構える。
熱量を帯びた二機が互いに迫る。
しかし、アリスと燕華のモニタが固まる。操作を一切受け付けず、ただ惰性で機体がぶつかろうとしていた。
「なるほど、『幻覚』をこのタイミングで、最後の最後で裏切ってくれちゃって」
燕華はこれが〔ファークス〕実験型の仕業だと思い、灼熱の情念が一気に凍える。しかし、絶望はない。別に僚機の援護を信じているからではない。まだ終わったわけではないからだ。
「なんで、あの機体は電子戦装備じゃないのに――」
アリスは混乱していた。見るからに赤い〔ミリシュミット〕に発信翼はない。『幻覚』を使えるはずがない。
では誰が。
それは二機の宙域に接近していた〔ミリシュミット〕電子戦装備によるものだ。
「鈴隊長、あなたはもっと冷静になるべきです」
〔ミリシュミット〕電子戦装備の操縦者は静かにいて、後方から流れてくる〔バーカム〕を横目に見た。
「くっそぉ。動けよ……」
リーンは自分に死が迫ったいると感じて、何とか機体を回復させようとする。手先が震える。死にたくない、と昔の泣きじゃくっていた自分を思い出す。
「ふざけるなよ。俺は、こんなところでぇ……」
リーンは声をしゃくりあげながら、言った。
「まだ、死ぬわけにはいかないのよ!」
アリスも死を覚悟して、コンソールパネルを操作して復旧を急がせる。時間が引き延ばされるどころか、止まったモニタが体感時間を喪失させる。反応を示さない景色、コンソールに緊急コードを叩く指先が今にもつってしまいそうだった。
「あの子たちを、こんな奴に殺させはしないっ!」
それが、アリスを突き動かす原動力となっていた。
瞬間、〔ファークス〕実験型と赤い〔ミリシュミット〕が激突。
アリスと燕華に衝撃が走る。それをきっかけに燕華の操る赤い〔ミリシュミット〕が機能を回復させる。
回復したモニタには弾き飛ばされる〔ファークス〕実験型の機影が目の前にあった。
「もらったっ!」
燕華は少し冷静になった頭で、このチャンスを逃すなと左の十徳ナイフを〔ファークス〕実験型に突き立てようとする。あと少しで刃が届く。
ほぼ同時に、アリスの操縦席のモニタが回復する。
「――――っあぁ」
アリスはモニタに映し出された敵のおぞましい赤い〔ミリシュミット〕の顔に、慄く。
殺される、と本能が警鐘を鳴らす。
彼女は無我夢中で操縦桿を引いた。
咄嗟に、〔ファークス〕実験型が腰を引かせるが、〔ミリシュミット〕の十徳ナイフは無情にも脇腹を貫き、操縦席に食い込んだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
燕華のヘルメットに苦痛と絶望の叫び声が響いた。
その時ばかりは、彼女の心に重たいものを感じた。違う。こんな叫びを聞きたいんじゃない。もっと、もっと違うもののはずだ。
アリスより前に復旧していた〔バーカム〕は態勢を立て直しながら、ちょうど見下すように止まっている〔ミリシュミット〕電子戦装備に切りかかるところだった。
しかし、アリスの金切り声がリーンにも聞こえ、その方向へ向いた。
その光景は、取っ組み合う〔ファークス〕実験型と赤い〔ミリシュミット〕の姿。そして、〔ファークス〕実験型の脇部に刺さった十徳ナイフだった。
「嘘、だろ? なんで、そんな……」
リーンは意識が飛びそうになりながらも、それがまぎれもない現実だと悟った。




