~異変~ コロニーの反応
ラグランジェ・ポイント1、月と地球の間に位置する空域に建設されたコロニー『ガーデン1』の管制室が『サテライト』からの緊急避難信号受信した。ドーナツ型のコロニーは居住区を回転させて疑似重力を作り出しているが、センターハブは無重力状態で、ハブの先端にある港も例外ではない。
「どうした? 何があった?」
『地球平和軍』所属のレミントン・バーグは港の管制室に流れ込むなり、状況を聞いた。『ガーデン1』に着任してそれなりのキャリアと実績を持った壮年の欧米人だ。
無重力状態のため管制官は上下にいて、それぞれ状況の把握に尽力している。
「バーグ少佐、こちらに!」
レミントンは頭上方から男性の声が響き、ともかく床を蹴り上げる。
上の手すりに取り付い、体を上下反転させる。慣れた動作は実に見事な流れだった。
それから、声を上げた男性管制官のもとへ。
「状況は? 『サテライト』からの緊急避難信号か?」
ディスプレイを覗き込んだレミントンは緊迫した表情を浮かべて、無精ひげを摩った。
「はい。発電所の故障らしいです。職員を乗せた宇宙船一隻の収容願いが出ています」
「故障? 太陽電池が修理中でも、動いてたところだぞ」
「最後のかなめ、原子力発電所が止まったらみたいで」
最近、『サテライト』のエネルギープラントの調子が悪いことは承知していた。
太陽電池の故障に続いて、原子力まで失うというのは、不注意にしてもお粗末すぎる。
「まぁ、他と比べればこちらのほうが近いからな。わかった。収容準備を急がせろ」
レミントンは管制官の肩を叩いて、前へ流れていく。
「望遠映像をメインスクリーンに出せるか?」
「月側の映像ですか?」
レミントンが横についた褐色肌の管制官は確認を込めて聞いた。
「そうだ。急いでくれ」
言ってから間もなく、迅速に管制室の前面に備え付けられている巨大メイン・スクリーンに映像が映し出された。
全面に半分を陰で隠した月が映し出される。遠目からだと『サテライト』すら見えない。
「『サテライト』の地区を拡大表示してくれ」
レミントンのその要求に、メイン・スクリーンに映し出された月が影のになっている部分に寄った。
そこから映像解析の手が加わって、粗かった画質が鮮明なものになる。
月の表側にある『サテライト』は、大半の施設が地下に埋まっており、コンクリートで舗装された月面とそれに付随する宇宙船の搬入口である隔壁が五つ、コロニーへ物資を送るマスドライバー、そして造船施設が外から見える。
そして、造船ドックから一隻の見慣れない宇宙船が迫り出しているのが、レミントンの目に映った。
「おい。だれか、造船場にある船を見たことあるか?」
「えっと…………。ああつい最近、ロールアウトした〔イリアーデ〕重巡洋艦ですね」
メイン・モニターを眺めていた長身の管制官がそう言った。
「巡洋艦? 軍艦なのか?」
「ええ、なんでもビーム砲座があるとか、ないとか。バーグ少佐にも、報告はしましたが」
「ん? 軍艦に関する報告……。あのまだ骨格とエンジンしか映っていなかった写真か」
レミントンは軍艦の存在を認めて、ますます眉根を寄せる。
わざわざ軍艦で逃げ出そうとしているのが、研究者集団の神経とは思えなかった。開発されたのは全部で三隻だったはずだし、一隻放置するくらい問題ないはずだ。
「あれで、脱出しようとしているのか?」
「わかりません。〔AW〕も搭載できる船ですから、職員全員を乗せるのに都合がいいのでは?」
大きさから考えて、〔リンカー〕を上回っている船だ。確かに、人を一挙に乗せるのには都合がいかもしれない。
それでも、事態の全容がわからない以上、調査が必要だ。
レミントンは管制室の後方に移動して、通信士の席の横につく。
「すまないが、『ローグ1』のマッケンガン大佐を呼んでくれ」
「了解。少々、お待ちください」
レミントンの要請に、一人の女性通信士が答えた。
月と地球そしてコロニーの三角形の位置関係からなる、ラグランジェ・ポイント4の『ローグ1』は月からは遠いものの、その反対に位置するラグランジェ・ポイント5の『ミューゲル1』は建設途中で人手がない。『ガーデン1』も避難船の受け入れで、忙しくなる。
レミントンは女性通信士の応答を待った。
女性通信士はヘッドセットを耳に押し付けて、手元のパネルを操作している。
「…………あ、こちら、『ガーデン1』管制室。…………バーグ少佐よりマッケンガン大佐をお願いします」
衛星回線特有のタイムラグが、つっかえつっかえな会話にさせている。
それから一言二言、女性通信士は『ローグ1』の管制室とやり取りをして首をかしげた。
「不在? 地球に降りた?」
女性通信士の口からこぼれた言葉に、レミントンは怒りを覚える。
まだ任期は終わっていないはずの大佐が、地球に帰還したというのは聞き捨てならなかった。
「すまない。代わってくれ」
「え? はい……」
女性通信士は不安そうに、ヘッドセットを外してレミントンに渡した。
彼はヘッドセットを耳に当てて、冷静に言う。
「マッケンガン大佐が不在というのは、どういうことだ?」
『ああ、バーグ少佐ですね?』
やけにのんびりした声が数秒の間をおいて、ヘッドセットから流れてきた。
『大佐なら、ご家族の予定で地球に帰られました』
「その予定というのは?」
『さぁ? 詳しいことは存じていませんが、前から休暇することを言っていました。はい』
「では、代わりの指揮官を呼んでくれ」
『ヤッシュ少佐なら、月へ偵察に行きました。『サテライト』の信号はこちらでも受信してますから』
「そうか、ならいい。すまないな」
レミントンはそう言って、女性通信士にヘッドフォンを返した。
大佐の件は一時保留にするとして、『ローグ1』から偵察部隊が出たのなら『ガーデン1』から部隊を派遣する必要はないだろう。
素早い対応を見せたヤッシュ少佐は、確かに『地球平和軍』でもいわくあり軍人だ。若いながら、よく宇宙開発の責任代行に召し上げられたと思う。だが、彼自ら調査に出向いたところを考慮すると、代理指揮官向きではない。
「女か……?」
レミントンは彼の婚約者なる女性が、『サテライト』にいるという噂を信じたくなった。




