~リヴァイアサンの嵐~ 回収作業
次々と帰投する〔AW〕部隊を受け入れる『新人類軍』の〔イリアーデ〕は、順調に回収作業が進められていた。甲板乗員が誘導し、戻ってくる〔ミリシュミット〕が股間部から連結器を出して着艦しようとする。機体はそれをカタパルトから起きた連結器に引っかけ減速、格納庫にゆっくりと引き込まれていく。
それが〔イリアーデ〕の下部の前後で行われ、ちょっとした列を作っていた。
「第二部隊の収容、開始されました。あれ? 第一部隊の機体が混ざっている……」
「誰だ、ずっと戦ってたバカは?」
艦橋ではゲイルは近くのオペレーターが漏らした言葉を拾って、報告を求めた。
前哨戦はおおむね良好の結果をたたき出せたことに、彼は少なからずの安堵を得ていたが、やはり勝手な動きをする部下を見過ごせなかった。それによって、指揮が乱れることだってあるからだ。
オペレーターはその命令に、甲板との連絡を二、三してゲイルのほうへ振り向いた。
「――、鈴燕華とその部下数名だそうです」
「グレッグが寄こした女か……。戦闘狂が」
ゲイルは声を押し殺して愚痴る。しかし、次の本命の作戦に対応しなければならない。そう考えなおして、身勝手な女の行動に目を瞑る。
彼は頭を軽く振って、思考を切り替える。
「――――。収容、急がせろ。〔スカイフィッシュ〕も出せるようにしておけ」
「了解」
「操舵士。艦はあとどれくらいで静止軌道に入る?」
ゲイルは通信機を耳に当てて、下段にいる操舵士に呼びかける。
「あと、一時間です。今日は太陽風が強いので、誤差が出ると思いますが」
「わかった。引き続き、『リヴァイアサン』に近づけてくれ」
「了解」
立体モニタには地球の青が大きく見え始め、ゲイルの中で郷愁の念が少しだけ過った。
どうにか『新人類軍』の攻撃に耐えた『地球平和軍』だったが、被害のほどは甚大だった。〔AW〕部隊の戦力が大幅に削られ、戦死者や行方不明者も多い。それだけ、前線に出た兵士が〔イリアーデ〕を必死に守ろうとしたのが窺える。
「こいつは使い物にならない。使える部品だけとって、捨てろ」
「時間がないぞ! 出港まで一時間を切ってるんだ、きびきび働けって」
〔イリアーデ〕の甲板で、損傷した〔AW〕を受け入れる甲板乗員たちは妨害の晴れた宇宙で怒鳴りあっていた。宇宙服を来た整備員も甲板と『リヴァイアサン』、帰投してくる〔AW〕と確認のために飛び回っている。
多忙を極める宙域に、リーンの操る〔バーカム〕とコフィンの中破した〔ギリガ〕電子戦装備が流れていく。
「こちら、リーン・セルムット。補給と修理を願いたい」
リーンは傷む体に顔を顰めながら、無線に呼びかける。〔バーカム〕も何とか動いてはいるもの、それは推進器が健在だからだ。脚部、腕部、マニピュレーターは筋肉ともいえる合金筋繊維が断裂し、まともに動かすことができない。それでも、フレームの油圧制御で簡単な動作、中破した〔ギリガ〕を牽引したり、着艦するくらいはできる。
「…………う、うぅ」
コフィンはぼろぼろになった〔ギリガ〕電子戦装備の操縦席で、朦朧としていた意識を回復させる。〔バーカム〕に接触した際、あまりの衝撃に意識が飛んでしまっていたのだ。
リーンはコフィンの息遣いをキャッチして、ひとまず安堵のため息をつく。
甲板に近づくと、一人の甲板乗員が、〔バーカム〕とそれにつれられる〔ギリガ〕電子戦装備に接近する。
「こいつは酷い……」
甲板乗員の驚嘆の声。
彼は見た目無事そうな〔バーカム〕に取り付いて指示をする。
「こっちの青いのは着艦してくれ。連れてる〔ギリガ〕は使い物にならん。データディスクを抜いて、そのへんに放置してくれ。あとで、手すきの奴が運んでくれる」
「わかった。データディスクだな?」
「青い方の操縦者か。すると、〔ギリガ〕の方は――――」
「生きてるよ。不吉なこと言うんじゃねぇよ」
言って、リーンはパイロットスーツの気密を確かめて、操縦席の空気を抜く。次いで、目の前のモニタを消してハッチを開いた。真っ暗な宇宙空間と〔イリアーデ〕の甲板が広がる。だが、ふと視線を横に向ければ地球が青々と見えた。
甲板乗員は開いたハッチに気付いて、〔バーカム〕の腹部に流れる。
「これの誘導頼めるか?」
「ああ、試作機だろ、これ。動かしてみたかったんだよ」
「そいつはよかった。繊細に扱ってくれよ? 見た目以上に傷んでるからな」
「了解」
リーンは推進装置を背負って出ると、甲板乗員と入れ替わる。クルーとのやり取りは、新鮮で緊張していた気持ちが少しばかりほぐすことができた。
それから〔ギリガ〕のほうへ移動して、腹部に取りついた。
「コフィン准尉。返事してください――、うおっ!」
がくんと〔ギリガ〕が揺れ、つかまっていたリーンは振り落とされそうになった。
原因は移動を開始した〔バーカム〕だ。その動きはゆったりとしたものだったが、やはり扱いあぐねいているようで甲板に足をつけるなり膝から崩れてしまった。
「な、なんて気持ちの悪い機体だ」
そんな悪態がリーンにも届いて、思わず同感と頷く。今にして思えば、あの機体はピーキーで乗り手を困らせるだけの嫌な性能だ。量産されるころには、〔ファークス〕とさほど変わらないと予想する。
「あ、う…………」
「ん? 大丈夫ですか?」
リーンはかすかに聞こえたコフィンの呻き声に、反応した。意識がはっきりしないのか、浮ついた言葉だけが聞こえる。
「ハッチ開けますよ?」
「う、うっん……。だい、じょうぶです」
リーンはコフィンの返答を信じて、〔ギリガ〕の腹部にある外部パネルを操作する。しかし、損傷が深刻だったのかパネルは反応しない。仕方なしに、緊急用のレバーを引いた。
多重ハッチがリーンの横で吹き飛んだ。爆破した破片が舞い、視界を一瞬だけ奪った。
その衝撃は操縦席にいるコフィンにはよい目覚ましになった。籠っていた空気が排出され、体が投げ出されそうになった。シートベルトと生命維持装置の固定がなければ、確実にそうなっていただろう。
「コフィン准尉?」
リーンは献身的に呼びかけ、体を操縦席に滑り込ませる。ちょうどコフィンはぐったりとシートにもたれる形で、ヘルメットがゆっくりと彼のほうを向いた。
「セルムット、軍曹……。わたし――――」
「よかった……」
コフィンはリーンの少年のような声に、言葉を詰まらせる。まるで親を思う子供のような、その逆でもあるような純粋で優しい口調。普段のぶっきらぼうな言葉遣いとは違う、彼の本心を聞いた気がした。
リーンは慎重にコフィンに覆いかぶさるようにして、操縦席の脇にあるコンソールパネルを開いた。
「この機体はもうだめです。データディスクを抜いて、帰投します」
「あ、はい……」
至近距離に見えるリーンに、コフィンは内心ドキドキしながら接触しないよう体をコンソールパネルとは反対側に逸らす。
「――よし。これで、いいですよね?」
リーンが身を引いて、コフィンの前に拳大のキューブ・ユニットを見せた。データディスクの集合装置だ。
コフィンは気恥ずかしくなって、首を縦に振る。それが今の精一杯のごまかしだ。
「それじゃ、艦に行きましょう」
リーンがユニットを持ち操縦席を出ようとさらに身を引いた。
コフィンはそれを見てシートベルトを外し、生命維持装置の固定を解除する。
その時、激しい揺れが二人に襲い掛かった。
「おう――っ!」
「きゃっ!」
リーンとコフィンは縺れあうように宇宙に放りだされる。リーンが急いで推進装置で態勢を立て直し、移動手段のないコフィンをしっかりと抱きかかえた。パイロットスーツ越しからもわかる柔らかい感触が彼の胸板に伝わる。
「なんだよっ! いるならいるで、教えろよ」
その無線がちょうど壊れた〔ギリガ〕を運ぼうとしている〔ファークス〕電子戦装備からだとわかり、リーンは顔を顰める。それなら、ひと声かけてもよかったことだ。
それでも、やはり発信翼や脚部を失ったその〔ファークス〕電子戦装備の様子を見ると、文句を言う気もそがれてしまう。
〔ファークス〕電子戦装備の壊れたセンサーアイがリーンたちをひとしきり睨みつけると、同じ機械の同胞を抱いて『リヴァイアサン』へと流れて行った。
「セルムット軍曹……」
「あ、ああ、つかまってください。あと、これを」
コフィンの不安そうな声に、リーンは自分たちが流されているのに気付いて、データディスクを渡す。それから、軋むような痛みが走る腕を動かして、操縦レバーを操作する。その折、コフィンは一瞬どこにつかまればいいのか迷って、ぎこちなくリーンの首に腕を回した。
ゆっくりと小型のバーニアを噴射して、〔イリアーデ〕格納庫のほうへ移動する。彼らの横をさらに損傷した〔ギリガ〕が通り、甲板に降り立つと格納庫へと侵入していく。
「どれくらい、やられたんでしょう?」
「わかりません。中隊規模はあったはずですけど……」
リーンは先を行く〔ギリガ〕の後を追うように、格納庫に入って適当な場所で着地。その時、膝が思わず崩れかかったが、どうにか立て直す。
上下の間隔をなくした甲板乗員と整備員が飛び回り、搬入された〔ギリガ〕が左右に伸びるスペースへと誘導されているのが目に入った。
周りでは〔AW〕の修理に追われる人の動きばかり。〔AW〕の部品を運ぶ者、壊れた機体から使えそうな機材を取り出す者、損傷の軽い機体を整備する者。後方で待機していた兵站たちが今や主役と言っていい状態だ。
二人はしばらくどうすればいいのか途方に暮れてしまう。戻ってきたはいいが、どこで休憩していいのかも、アリスとの連絡手段もわからなかった。そして、そんな迷子に誰も構うはずもなかった。
と思われた矢先、一人の〔AW〕操縦者が近づいてきた。
「もしや、コフィン准尉か?」
「え? キキリア中尉、ですか?」
コフィンがびっくりして目を丸くして、目の前に降り立った長身のパイロットスーツを見た。
リーンも驚いて、そのバイザーの奥にある見覚えのある顔をまじまじと観察した。
「中尉も、この作戦に参加してたんですね?」
「おう、さっきの第二迎撃に出てな。それより、機体はどうした?」
「はい。俺のは修理に、准尉のは使い物にならなくなって――――」
「そうか。では、コフィン准尉は俺が案内する。お前は機体の整備状況でも見て来い」
そう言われて、リーンはなるほどと心の中で一人納得した。どうやら邪魔らしい。
「了解しました。では――――」
「わ、わたしも……、その、お手伝いしますっ!」
コフィンは慌てて飛んで行こうとするリーンにしがみつく。
「准尉っ!」
「ちょ何――、おおうっ」
ガイアが彼らの背後で残念そうな、叱咤するような声を無線に叫んだ。
リーンも腕にしがみつくコフィンに目を白黒させて、宙できりもみするのを無理やり直そうとする。体中が軋み、グリップ操作が辛い。それでも、天井に足をついてその反動で軌道を修正する。
「ば、馬鹿っ! 何してんだ」
「ご、ごめんなさいぃ……」
リーンは高鳴る鼓動と冷や汗の妙な涼しさを感じながら、離れようとしないコフィンに怒鳴った。
コフィンは目を固く瞑って、申し訳なさそうに首を垂れる。とはいっても、リーンの腕にさらに巻きつく形になっただけだが。
周囲もそんな二人の男女のランデブーを見て、ある者を冷やかし交じりに口笛を吹き、ある者は心底恨めしそうに舌打ちし、
「いちゃついてんじゃねないよっ。こんなところでさっ!」
と、女性からの罵声もあった。
その時になって、二人は自分たちの状態を顧みて赤面する。
「と、とにかく、降ります……」
「は、はい……」
リーンは腕の感触を意識しないよう目をそらしながら、ちょうど艦内に通じるエア・ロックの標識を見つけて、その方へ流れて行った。
「なんで、こんなことを?」
気を紛らわせたいのと、コフィンの慌てように疑問をぶつけた。
コフィンは整備されている〔AW〕を眺めながら、もごもごと口を動かす。
「こ、怖かったんです……。色々とありまして」
リーンたちは中二階の通路に降り立って、エア・ロックのパネルを操作する。気圧調整をしている間に、リーンは背中の推進装置を外して扉横にあるラックにかけた。本来、作業用の推進装置が他に懸かっているはずだが、今しがたかけた推進装置以外は使用中のようだ。
「…………訳は、聞かない方がいいですね」
「はい、すみません。今はこんなことに気を取られてる場合ではないのに」
しんみりとした雰囲気の中、エア・ロックが開き二人は中へ。入れ違いに一人の宇宙服を着た整備士らしい人物が軽く敬礼する。リーンたちも敬礼を返した。
「そうですね。まだ、作戦は残ってますし、隊長に次の指示を仰がないと」
「…………」
宇宙につながるエア・ロックが閉じ、警報ランプが回転しだすと内部に空気が入れられる。気圧が加わり、エア・ロック内に空気が満たされると今度ははっきりとヘルメット越しから、音が聞こえた。
艦内に通じるエア・ロックが開いて、リーンたちはヘルメットを取りながら通路をゆっくりと流れていく。
顔を撫でる空気の流れに、リーンは爽快感を得ることができた。ずっと籠っていた汗臭い匂いも、なくなればなおさらだ。
しかし、コフィンは苦い表情を浮かべるて、前を行くリーンに言った。
「軍曹……」
「はい? なんです?」
「今さらこんなことを言うのも変ですけど……。やっぱり、戦争って慣れるものなんですか?」
重々しい言葉に、リーンは思わず通路に備え付けてある手すりを掴んで振り返る。表情はこわばり、体中に痛みと力がこもる。
コフィンは驚いて手すりでブレーキをかけると、彼の怒れる顔を見てぞっとした。
「そうなれば、一生悔いを残すことになりますよ、准尉なら」
「あ、その――――」
「敵を哀れに思っているなら、それは偽善です。それが嫌なら、武器を手にする意味なんてない」
リーンの静かで厳しい意見は、正論を示していた。経験に基づく、持論でもあった。
覚悟の問題を通り越して、コフィン・コフィンは本当に戦闘に不向きな性格をしている。お嬢様という環境で博愛を育んだのは、否定すべきことではない。が、ここはそんな綺麗ごとなどゴミ同然。いかに任務を遂行できるか、自分が生き残るか。そのことだけで、頭がいっぱいのほうがまだ英断を下せる。
コフィンは彼の言うことが正しいとも受け入れらたと同時に、悲しい考えを目の前の男性は抱いているとも思えた。そして、自分の意気地のなさにも虚しさを禁じ得ない。
「すみません、失言でした」
「…………。休憩できるときには、しっかりと休憩して頭を切り替えてください」
リーンは、何かを求めているような潤んだ瞳を向けるコフィンに背を向けて再び進みだす。体の痛みよりも、彼女の辛そうにする姿が心の傷に響く。
コフィンもデータディスク・ユニットをかかえて、静かについていった。
こんなやり取りをつい先日にしたのを思うと、根本的に合わないのかなと彼女は心のうちにつぶやく。




