~リヴァイアサンの嵐~ 第一次交戦〈後編〉
「予想より、敵の展開が早い……。総員、気を引き締めなさい」
英語で話すアリスからの通信に、樹たちは身を強張らせて、上擦った返答をする。
戦闘の光は目と鼻の先に広がり、〔アル+1〕の通常モニタを彩っている。そこに味方も敵もいる。底に向かおうとする樹たち第二迎撃部隊に、『新人類軍』側からの攻撃が先のビーム砲撃だけなのを推測すると、〔AW〕部隊の奮闘が窺える。
その役目を、今度は樹たちが引き継がなければならない。
「識別できる限り、敵のほうが数が多いわ。それに、その後ろからも増援があるみたい」
彩子が望遠カメラと光学センサで捉えた敵機の数を報告する。
「味方が相当やられたらしいな」
ノイズ交じりにリーンの英語が樹たちの元に届いた。その忌々しげな声音は、味方への哀悼と敵への呪詛にも聞こえる。
〔アル+1〕の後ろ。彼の乗る〔バーカム〕の横にコフィンが操る〔ギリガ〕電子戦装備が並び、編隊を固め始める。
「敵艦も直進してきてます。やはり、こちらが押し負けているんでしょうか?」
「こうも早い出撃となれば、そうなんだよ」
アリスが自機の〔ファークス〕実験型を〔アル+1〕の前につけて、先頭を取る。
樹はその状態を保つよう、スロットルレバーを押さえてラダーペダルを慎重に踏み込む。だが、思った以上に加速がつかず後ろに引っ張られる感覚が、機体を支配していた。
「ん? 重力の影響にしては強い……」
「どうにも、太陽風が強いみたいよ。輻射圧の数値が異様に高いから、スタビライザーとか言うのに影響でてるんじゃないかしら」
彩子はバイザー越しに見える電子戦用モニタに映る様々な数値を見取って、予測する。宇宙工学、ロボット工学などわからない彼女だが、モニタが示す情報に嘘はないと思った。
樹が通常モニタにウィンドー表示した各数値を一瞥して、コンソールパネルを操作する。
「たぶん、そう。大丈夫、こっちでバランスは立て直せる。音、射撃管制は?」
「問題なしっ」
互いに機体の状態を確かめ合う。
その時、第二迎撃部隊全機に警報が鳴り響いた。
樹たちは慌てて、スロットルレバーを握りなおして敵からの攻撃に備える。
それよりも早く、〔アル+1〕の前を進む〔ファークス〕実験型が盾を構えて、飛んできたレールガンの弾丸を弾いた。盾の表層に張られたプラズマと弾丸が纏うプラズマが反発し、大きく迎撃部隊から逸れる。
「流れ弾よ。ただでさえ、大きな機体なんだから周囲に気を配りなさい」
「はい…………」
アリスが日本語で注意する。彼女の言うとおり、このまま〔ファークス〕実験型が防御に出なければ〔アル+1〕の頭部に光の弾丸が貫通していたことだろう。
樹たちを含め、リーン、コフィンもそれぞれの機体に武器を構えさせ、臨戦態勢に入る。すでに第一迎撃部隊は交代の動きを見せている。
アリスは一度咳払いして、英語で部下たちに告げた。
「各機、状況開始。味方の援護を最優先とし、敵を退けなさいっ!」
了解、と威勢のいい返答がアリス試験小隊に沸いた。
瞬間、部隊は一気に加速をかけて前線へと直進する。そのあとにほかの小隊が続き、展開していく。
樹たちは慣れない加速の負荷に体がシートに抑え込まれ、ひしひしとくる緊張感に頭が活性化される。
そこにアリスの流暢な日本語がノイズ交じりに流れてくる。
「前に出るよ。三人とも、ついてきなさい」
「りょ、りょかい……」
〔ファークス〕実験型と〔アル+1〕は編隊から一つ頭出て、敵の動きに目を見張った。敵の〔AW〕部隊も徐々に退きはじめ、後続との交代を計っていた。
「味方、危ないっ」
音が叫んだ。
「正面、右上。そうでしょう?」
すかさず、それらしい動きをする敵味方の機体を見つけて彩子が言う。
件の味方機、〔ギリガ〕通常装備は二機の〔ミリシュミット〕に追われて、窮地に立たされていた。敵の『幻覚』を受けまいと、逃げに徹している。それを執拗に追い回す敵機は着実に倒す戦法を取っているように見えた。
「…………んっ」
ぎりぎり聞こえた彩子の無線に、アリスはすぐさま反応して機体をその方向へ持って行った。
〔ファークス〕実験型がロングレンジ・レールガンを構えて一射。普通のレールガンならもう少し距離を詰めてから打つところだが、射撃精度の上がったロングレンジ・レールガンだからこそ彼女はそれを信じて撃った。
その弾丸はドックファイトをしている三機の〔AW〕の間を通過し、敵の二機を脅かした。そして、敵機は接近する〔ファークス〕実験型と〔アル+1〕へと攻撃対象を変え、銃口を向けて斉射する。
「散開してっ」
「ちょっと――――っぐむ」
彩子が文句を言い終わる前に、〔アル+1〕が暴力に右へ回避する。左へと引っ張り込む力。彩子は体を硬直させて、何とか踏ん張りを利かせる。
前を行く〔ファークス〕実験型は左へと旋回し、敵二機の側面へと回り込む。
「どうする?」
「右の奴だ」
敵の〔ミリシュミット〕二機は短く問答して、〔ファークス〕実験型に狙いを絞り込む。〔アル+1〕のほうは、機体の下方へ移動していたが十字砲火をするにはお粗末な距離に思えた。
「そうよ。あたしを狙えば、あの子たちは……」
アリスはつぶやいて、敵に応戦する。
敵のレールカノンが吐き出す砲弾を〔ファークス〕実験型は難なく避けて見せる。加えて、ロングレンジ・レールガンを撃つ。発射するたびにその反動で機体のバランスが崩れそうになるが、回避と攻撃を連動させる。
「先生さんが引き付けてくれてる?」
「…………」
音はモニタ上を動く敵機に狙いを定め、〔アル+1〕が持つビーム・ライフルを発射した。
「やはり――」
〔ミリシュミット〕二機はすぐさま下方からのビームを察知、回避して大きく〔ファークス〕実験型と〔アル+1〕から離れる。体力も消耗し、まともにぶつかれば撃墜されるのは必至だ。
「逃げるつもり?」
樹は素早くスロットルレバーを最大にして、離れていく敵機に〔アル+1〕を向かわせる。まだ射程距離を大きく空けられたわけではない。〔アル+1〕の推進力をもってすれば、十分に詰められる。
だが、その進路上に〔ファークス〕実験型が飛び出し、その突進を阻んだ。
「先生!?」
逆噴射をかけた〔アル+1〕は衝突寸前で〔ファークス〕実験型の前に停止した。その時の反動は三人を操縦席から引きはがさんとするほどのものだった。
「逃げる敵に銃を向けないの」
「でも――――」
瞬間、止まっていた二機に弾丸が降りかかった。先の二機からではない。別働隊だ。
「こういうことよ。向かってくる奴だけを狙いなさいっ」
アリスが叱咤する同時に、〔ファークス〕実験型は接近する敵機と〔アル+1〕の間に入り込んで、ロングレンジ・レールガンを発砲。盾で飛来してくるガトリング砲を受け流す。ドドンッと鈍い音が操縦席に伝わり、彼女の気持ちを縛り付ける。
「敵、『幻覚』の範囲内に入るわよ」
「樹、いそいでっ」
「――――っ」
樹は彩子と音に急かされるようにして、〔アル+1〕を翻らせて、敵を通常モニタに捉える。
「先生さん、『幻覚』使うからねっ」
「わかった」
短くはっきりとしたアリスの声を受けて、彩子は『幻覚』を発動した。見えない電子の波濤が〔アル+1〕を中心に発生し、敵味方問わず飲まれた機体の動きを止めた。幸い、近くの宙域にはアリスと敵の二機だけで、混乱を招くほどの被害はでなかった。
そして、出力が下がる〔アル+1〕は今度、〔ファークス〕実験型を庇うようにビーム・ライフルを敵に向けて前に出る。
「――――うん」
音が惰性で向かってくる敵機の動きを見取って、照準線を合わせる。そして、スロットルレバーについているトリガー・スイッチを押した。
ビーム・ライフル二丁からまばゆい閃光が瞬き、一条の光となって敵機に襲い掛かる。
同時に、樹は機体に〔ファークス〕実験型を前部バリアブル・スラスターで挟み込んでその場から動いた。結果を見るよりも、次に来るだろう攻撃に備えてのことだ。
敵機はビームに飲まれて爆発し、その様相は樹たちの足元の通常モニタから確認できた。
第二迎撃部隊と第一迎撃部隊の交代劇。
リーンは敵味方が次の戦闘に移行しているのを察知して、横間を逆流していく味方を執拗に狙う機体に攻撃を仕掛ける。
「背中を撃つのかよ。褒められねぇぞっ!!」
〔バーカム〕は保持したサブマシンガンをフルオートで斉射し、一個小隊を拡散させる。まだ狙っている敵がいるが、他のバディが対応に乗り出している。この機に乗じて、第一迎撃部隊は後退していく。それでも、中破した機体は遅れて、どうしても敵の標的にされてしまう。
コフィンはなだれ込んでくる敵部隊の動きが活発なのを見て、同じ第二次部隊だと予測する。
「このままだと…………。セルムット軍曹、援護します。その隙に、白兵戦へ」
「――了解っ」
そして、コフィンの〔ギリガ〕電子戦装備は九〇ミリマシンガンで敵に編隊を組ませないように牽制、進行し、リーンの突破口を作り出す。
コフィンの牽制弾が作り出した針路に乗って、〔バーカム〕が一気に大型スラスタを噴かせて狙いをつけた敵機に肉薄する。
一瞬にして襲い掛かる負荷。リーンはパチンコ球になった気分を味わって、ガツンと頭を殴られたような痛覚を覚える。意識を敵に集中し、徐々に慣れてきた体に鞭打って狙いを定める。
「速い――っ!?」
狙いをつけられた〔ミリシュミット〕電子戦装備は驚いて、サブマシンガンを構える青い機体に目を見張った。『幻覚』も間に合わないほど、速く鋭い動きだった。
そう思った瞬間には、〔バーカム〕のサブマシンガンが〔ミリシュミット〕電子戦装備の柔軟な装甲を蹂躙し、すぐに操縦者を射殺した。
リーンは空になったサブマシンガンを〔バーカム〕に仕舞わせて、肩部の大幅のヒートナイフをマニピュレーターに持たせる。
警報が頭に響き渡る。後ろからだ。
「――――くっ」
すぐにリーンは操縦桿とラダーペダルを切り返して、機体を急上昇させる。
「――――ここですっ」
コフィンは機体を左右に振って回避運動を取らせながら、〔バーカム〕に攻撃を加える〔ミリシュミット〕通常装備に九〇ミリマシガンを撃った。吐き出される弾丸の反動と回避運動で、〔ギリガ〕電子戦装備がバランスを崩す。
「ふぁっ!?」
気の抜けるような声を上げて、コフィンは宇宙でのたうつ機体を制御する。
それでも、狙った敵に妨害を与えることに成功。〔ミリシュミット〕通常装備が回避した瞬間、〔バーカム〕がすかさず接近。ヒートナイフでレールガンを保持していた敵のマニピュレーターを切り落とすと、そのまま脚部で蹴りつけ距離を取る。
リーンは肺が潰れたような息苦しさを感じながら、機体をコフィン機のところへ。
「大丈夫か!?」
「は、はい。なんとか……」
〔バーカム〕が姿勢制御スラスターを引っ切り無しに噴かす〔ギリガ〕電子戦装備を支えて、すぐ動き出す。敵の攻撃は止むことなく、リーンたちに狙いをつけてくる。
小隊編成。〔ミリシュミット〕が四機だ。
二機は態勢を立て直して、〔ギリガ〕電子戦装備が射撃武器で応戦。
「これを行かせるなっていうのか――」
リーンは〔バーカム〕のサブマシンガンの弾倉を交換し、応戦に加わる。だが、突撃目的で作られたサブマシンガンでは、距離が離れれば敵の動きを分散させるので精一杯だ。
「コフィン准尉。もう一度仕掛ける」
「わかりました」
コフィンの頼もしい声に、リーンは勇気づけられスラスターの出力を一気に最大にした。
機体が弾かれたように、飛んでいく。試作機のこうした操縦者への配慮のなさは、耐えるしかなかった。
〔バーカム〕が分散された敵小隊の懐に飛び込む。その瞬発力に、敵機の反応が遅れるのがわかった。
「こいつから――――」
リーンは瞬時に電子戦装備に狙いをつけて、操縦桿のトリガーを引いた。
標的にされた〔ミリシュミット〕電子戦装備の頭部、発信翼が射抜かれる。これで、『幻覚』は封じた。
「たった一機でとは――――」
「無謀な操縦者だ」
そこに、ほかの〔ミリシュミット〕がコフィン機の援護射撃を逃れて、〔バーカム〕に殺到する。すべての火力がリーンに襲い掛かる。
「っくのぉおおおおおおおお!!」
リーンの呻きに呼応するように、〔バーカム〕は無理やり宙返りをして、最小限の被弾に抑える。加えて、半壊させた〔ミリシュミット〕電子戦装備にも誤射が生じる。
しかし、体が砕けそうな勢いにリーンの意識が一瞬薄れる。こんな無理やりな機動を取らなくとも回避できたのではないか、と客観的な自分が告げる。
「セルムット軍曹っ!」
コフィンは慌てて、〔ギリガ〕電子戦装備に九〇ミリマシンガンの弾倉を交換させ、〔バーカム〕の元へ。
その間にも、〔バーカム〕は鋭い回避運動を取り、密集して飛ぶ〔ミリシュミット〕三機にサブマシンガンを放つ。近距離で放った弾丸は〔ミリシュミット〕の機動力の前に簡単に避けられてしまう。
〔ギリガ〕電子戦装備は半壊の〔ミリシュミット〕に牽制を加え、〔バーカム〕から離すと、続いて三機編隊の〔ミリシュミット〕に弾丸を注ぎ込んだ。
バラバラに散開する〔ミリシュミット〕部隊。しかし、ただ散り散りにされたのではなく、〔バーカム〕を中心とした円軌道に入っているのが見て取れた。
「――――ああっ」
コフィンは敵の動きを読んで、声を震わせる。このままでは、〔バーカム〕が危ないと。
「この動きはヤバいっ」
リーンも気づいて、モニタの右端に見えるコフィン機との合流を計ろうとする。コフィン機の動きも、どうにか合流しようとするもので、都合がよかった。
それでも、敵の陣形が完成しつつあり簡単には合流させてはもらえない。〔バーカム〕に三機、〔ギリガ〕電子戦装備に一機が攻撃を加えて動きを制限する。
「うぅ――――、やるしかありません」
弾丸が掠った機体を持ち直して、コフィンは覚悟を決めてスラスターの出力を最大にして中心へ突撃する。
「好都合だ」
コフィンの足止めをしていた〔ミリシュミット〕電子戦装備はわざと隙を作り、〔ギリガ〕電子戦装備を誘き出す。こうなれば、あとは『幻覚』で二機まとめて機能を停止させ、狙い撃ちにすればいい。
「よせっ!! 誘い込まれてるぞ」
リーンは叫んで、コフィンに呼びかける。だが、距離があるせいで通じない。敵三機の猛攻は続き、〔バーカム〕のサブマシンガンの残弾も尽きて、回避するしかなかった。
何とかして、せめて健在する〔ミリシュミット〕電子戦装備を撃破できれば――。
瞬間、コフィンは最大出力の『幻覚』を発動させる。敵の動きを読み、効果範囲に収まったところを正確についていた。
交戦していた五機〔AW〕が停止する。
「このタイミングでか。しかし、それではいずれ……」
止まったモニタを見た〔ミリシュミット〕電子戦装備の操縦者は、コフィンの判断に感嘆しながら自身が殺されるのを実感した。
そして、彼の予想通り〔ミリシュミット〕電子戦装備はコフィン機によって撃墜される。無抵抗に、死というものを客観的に受け入れて。
「…………」
コフィンは出力が大幅に落ちた〔ギリガ〕電子戦装備を操縦して、撃墜した機体が起こす爆発をすり抜けて行った。残りは三機。しかし、どこまで『幻覚』が通用するか、彼女にもおおよその予測しかできない。
あと、三十秒くらいか。
そう判断して、速度の落ちた〔ギリガ〕電子戦装備はぎこちない動きで九〇ミリマシンガンの銃口を敵機に合わせる。
発砲。一機の〔ミリシュミット〕通常装備を撃破する。その虚しい射撃は彼女の良心を深く抉る。
「…………うぅ」
心の痛みに堪えて、次に照準を合わせる。
すると、狙いを定めた〔ミリシュミット〕通常装備が痙攣したように動き出した。
はっとなりコフィンはトリガーを絞る。迷っている暇はない。敵を撃墜できる機会が目の前に転がっているのに、無視する道理はないはずだ。
〔ギリガ〕電子戦装備は九〇ミリマシンガンを発射したが、数発撃って弾切れになる。そのどれもが致命傷に至らなかったのは、不運だった。
「そんな――――、っうぐぅ」
警報音と同時に、〔ギリガ〕電子戦装備の左脚部が被弾する。復旧しだした〔ミリシュミット〕電子戦装備からの狙撃だ。
気持ちを急かす騒音に、コフィンは不安になりながらサブ・モニタを一瞥。損害状況と残弾を確認した。
「あうっ。は、早く――――」
立て続けに発信翼を撃ち抜かれ、いよいよ敵の動きが回復しているのをコフィンは肌に感じた。全身に鳥肌が立ち、喉がかすれたような呼吸を繰り返す。
「ここまでだ……」
システムが完全普及した〔ミリシュミット〕通常装備は態勢を立て直し、レールガンをコフィン機に定める。味方がやられたことに感傷はない。むしろ、弱った獲物をおびき寄せるにしては十分な働きだと評価した。
その時、〔ミリシュミット〕通常装備の操縦席に警報が鳴り響いた。
咄嗟に機体を翻して、攻撃を避ける。それが投擲されたナイフだと知った時、操縦者は〔バーカム〕の復活を察した。
「やっぱ無理か」
リーンは、すでに〔バーカム〕を〔ギリガ〕電子戦装備の元に急がせている。最初から当てにしていない投擲だ。だが、十分注意を引き付けることはできた。
一方で〔ギリガ〕電子戦装備は敵からの攻撃にぎこちなく反応するばかりで、何とか操縦席を守っているように見えた。
リーンの中で焦りがこみ上げる。
「コフィン……」
つぶやいて、〔バーカム〕に初めてアフターバーナーをかけた。刹那、機体がメキッと軋む音。
そして、リーンの体をこれまでにない重圧が乗りかかり、骨を力任せねじ伏せられる鈍い痛みを覚える。体を引き裂かれるような痛みの中で、彼は操縦桿とラダーペダルを踏み分ける。
〔バーカム〕の爆発的な加速に、敵機に二機は攻撃の手を思わず止めてしまう。宇宙を駆けるノズルの光が、流星のように流れていく様は見たことがない。
一瞬のうちに、〔バーカム〕はぼろぼろになった〔ギリガ〕電子戦装備を担ぎ上げるようにして、確保する。
敵がそれに気づいたときには、〔バーカム〕は二機の射程外を駆け抜けていた。
「なんて、馬鹿だ。あれでは、操縦者が死ぬな」
そういって、敵は次の戦闘へと向かって行く。
戦闘が始まって四十分になろうころには、両陣営の〔AW〕のほとんどが後退をかけていた。それでも戦闘行為は続いている。味方を逃がすための小競り合い程度だが。
「もう少しよ。三人とも」
アリスの檄に、樹たちは疲れた体に鞭打って、いまだ交戦をやめない敵機に〔アル+1〕のビーム・ライフルを発射した。
敵の〔ミリシュミット〕は容易くそれを避けるが、僚機の〔ファークス〕実験型のバズーカに撃ち落とされる。どちらも疲弊しているのだ。
「やった……」
彩子が苦悶に満ちた表所を浮かべて、目の前で弾ける火の玉を見た。もはや、殺生がどうこうの域ではない。このつらい状況を早く終わらせたい気持ちでいっぱいだった。
刹那、〔アル+1〕に警報が走った。
「どっち?」
「――――へ?」
樹の切羽詰まった声に、彩子がぼんやりと答える。
次の瞬間には、〔アル+1〕の右側面から飛来してきた青白い弾丸を〔ファークス〕実験型が当たる寸前のところで弾いていた。
「何をしてるの!?」
アリスの叱責に、樹たちは首をすぼめる。
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪はいい。それより、彩子と音は右側面からの攻撃には注意するよう言ったわよね?」
「はい……」
警報。また同じ方向からくる弾丸を、〔ファークス〕実験型が弾く。
いい的にされている。だが、〔ファークス〕実験型からは狙撃してくる〔ミリシュミット〕の影は小さい。マズルの光でどの機体かは見当がついたが、おそらく長距離射撃を得意とする機体だ。
「どういうつもり……。後退する。樹、急ぎなさい」
「は、はい」
樹は声を振り絞って返答すると、〔アル+1〕を『リヴァイアサン』のほうへ向けて、バリアブル・バーニア六基すべてを噴射し後退。
〔ファークス〕実験型はまだ来る狙撃機の弾丸を数発弾いてから、〔アル+1〕の後を追う。さすがに出力差で追いつくのは難しいが、離れることはなさそうだ。
その気の緩みを突くように、アリスの耳に警報音が入り込んだ。ヘルメットのスピーカは頭上を示していた。
「何っ。今度は、どこから――――」
アリスは足が済みそうになりながら、機体を仰向けにした。
すると、目の前には赤い〔ミリシュミット〕がぼろぼろになった太刀を振りかざしていた。
「――――っんぐ」
「你好」
聞きなれない言葉が、アリスの通信に割り込む。
〔ファークス〕実験型は盾を構えて、振り下ろされる太刀を弾こうとした。
ガツンッ。
操縦席にそんな鉄のぶつかり合う音が伝わる。赤い〔ミリシュミット〕が持つ太刀はプラズマを纏っていない。それは加熱すらしていないということだ。幸い、刃こぼれした太刀に〔ファークス〕実験型の盾を斬るだけの切れ味は残っていなかった。
「どういうつもり――――」
「あんたが、そっちのエースかい?」
「何――――」
アリスは敵が女であることを知って、妙な胸騒ぎを覚える。いや、女だからではない。蛇のようにまとわりつく彼女の声音が不気味だったのだ。
〔ファークス〕実験型は盾を押し出して、赤い〔ミリシュミット〕をはじき出す。
その隙に、アリスは機体を全速力で後退させた。
「待ちなさいって。もう少し、もう少し……。ねぇ、いいじゃないか?」
「この操縦者は……」
無線に割り込む睦言に、さらにアリスは全身が泡立つ。
追い縋る赤い〔ミリシュミット〕にはろくな武器もないというのに、その毒々しい雰囲気に戦意がそがれていく。危ない。追いかけてくる敵は、何かを隠し持っている。
そう思うや否や、〔ファークス〕実験型の盾にマウントしている機雷『CB6』を放って、EMPで作動させる。
後方で爆発が起きる。
「これで――」
やったと口にする前に、警報が鳴り響いた。
瞠目するアリスは急いで、ラダーペダルを切り返そうとした。
瞬間、〔ファークス〕実験型の右脚部にあのぼろぼろの太刀が食い込んだ。鋸の歯が、筋肉をえぐるように配線をちぎり、脚部から離れない。その衝撃で大きくバランスを崩し、機体が回転する。
「ぐ、うぅ」
どうにか機体を立て直して、足元のモニタに視線を落とす。
爆発が晴れると一筋の光が逆方向へ行くのが見えた。追撃してこないことに、アリスは思わず安堵のため息を漏らした。
間違いなく赤い〔ミリシュミット〕だ。普通なら予備弾倉と間違えそうな『CB6』の爆発をものの見事に回避して見せ、あまつさえ〔ファークス〕実験型に攻撃を加える技量。敵のエースパイロット、とアリスは直感する。
「嫌な相手……。できれば、相手したくないけど」
無理かな、とアリスは予測した。何しろ、向こうはアリスを知っている風だった。
このしつこさを考えれば、次の戦闘で赤い〔ミリシュミット〕は〔ファークス〕実験型を標的にしてくる。
背筋が凍るのを感じて、アリスは機体を加速させた。




