~リヴァイアサンの嵐~ 準備と開戦
時間が刻一刻と過ぎていく。その焦燥感、緊張感が『リヴァイアサン』に駐留する『地球平和軍』に蔓延していた。
というのも、敵である『新人類軍』の宇宙間重巡洋艦〔イリアーデ〕が間近に迫っているとの観測が、取れたからである。加えて、『ガーデン1』が行った敵艦の足止め作戦がさして効力をなさなかったという事実が、兵隊を不安にさせる。
まだ『地球平和軍』側の〔イリアーデ〕は修繕が済んでおらず、まさに袋の鼠状態だ。使える弾薬は少なく、主砲のビーム砲塔も核融合エンジンを優先的に調整していることもあって、信頼性の低い状態。
ゆえに、〔AW〕による敵掃討、最悪時間稼ぎをしなければならなくなった。
樹たち、アリス試験小隊も作戦の準備に取り掛かっていた。
「すまない。もう始めてるか?」
小隊が所有する小型輸送船〔シーカー〕の休憩室に、リーンが慌てて飛び込んだ。
「いや、これから始めるところ。とりあえず、座ってちょうだい」
小隊長であるアリスは通路に立って、リーンの着席を促す。リーンの遅れてきた理由を、彼女はわかっていた。この小隊が保有する〔AW〕の中に、ひときわ巨大なものがあれば、嫌でも接舷するのに手間取る。
リーンは一言断りを入れ、樹たちの後ろの席に着いた。その隣に彼を不安そうに見るコフィンの姿があった。
「揃ったところで、最終確認をする。全員よく聞いて」
アリスのハスキーボイスが休憩室に響いた。英語で紡がれる内容に、彩子は特に注意深く彼女の話を聞く。
「通訳しようか?」
「ありがとう。でも、大丈夫だと思うから」
隣で樹が提案するのを、彩子はやんわりと断った。いつまでも言葉の壁で、つっかかってるわけにはいかない。英語が話せなくとも、せめて聞き取れるようにしなければ、コミュニケーションが捗らない。
アリスが話を進める。
「敵はこちらの頭を押さえる形で接近している。手元の図を見れば、わかるわね? まだ距離があることから、敵は艦の主砲ではなく〔AW〕の高機動戦術を使う可能性が高い」
「質問、いい?」
音は挙手してアリスの許可を得ると、立ち会がって端末の画面を指差した。無重力の部屋に、彼女の長い髪がふわりと浮かんだ。
「このまま、とても危ない。ちがう?」
「危ないって言うのは、どうして?」
「あん…………、ますぐ、来るっ。はやく、倒す」
音は舌が痺れたように言葉を紡ぐ。それから、小さな画面を指でなぞりながら、敵がまっすぐ『リヴァイアサン』に向かう軌道を描いた。時間がたてば確実にやられてしまう、というのが彼女の見方なのだろう。
そこに、樹が補足するように言った。
「音、ここは静止軌道上だから、時間がたてば地球の時点に合わせて『リヴァイアサン』も動く。むしろ、焦っているのは敵のほうでしょうね。重力の釣り合いが難しいところで長期戦にもなれば、『リヴァイアサン』を追いかける形になるもの」
「…………?」
「つまり――――」
小首を傾げる音。いまいち、星の重力を理解していないようだ。
樹は自分のタブレット端末に各進路を示す線をかき込んで、それを見せた。
地球を下にして、静止軌道上にある『リヴァイアサン』とその上にある敵艦。『リヴァイアサン』は地球を中心にした反時計回りの方向に矢印が引かれ、敵艦はなだらかにそれを追う形で、静止軌道上に割り込む矢印が引かれていた。
「――――こんな風に推進力がなくても『リヴァイアサン』は移動する。敵も地球の重力に引き込まれるけど、その分推進力を増やして軌道を変えなきゃいけないの」
樹の説明を受けて一同が納得する中、音は着席した。
全員が納得したところで、アリスは口を開く。
「彼女の説明通り。敵は何を間違えたか、ここを側面から狙った。掃討できなくとも、あたしたちはその分の時間稼ぎをすれば勝算が出てくる。あとは、本隊に離れないよう気を付けて宙域を移動するのも頭に入れておくように」
了解と小隊員たちが返答する。休息を取っていたおかげで、彼、彼女らから疲れは見受けられない。が、アリスはまだ重たい体を引き摺ることになりそうだった。それでも、頭の中は幾分かすっきりして、戦闘に支障はないと判断できる。
「最低、十五分。あたしたちは敵アームウェアを相手する必要がある。ま、お互い体力の限界ぎりぎりまで戦うんだ。深追いはしないこと」
「それでも、敵が向かって来たらどうすんだよ?」
「むろん、逃げる」
リーンは返ってきた答えにがっくりと肩を落とす。一応、実験兵器のデータ収集を旨とする部隊が、戦わないでどうやってサンプルを集めるというのか。
アリスは湧き上がるあくびを噛み殺して、説明する。
「厄介なことに、あたしたちの現行装備は燃費が悪い。下手に長期戦にもつれ込むと、それだけ生存率が下がる。だから、出撃は第二波にしてもらったのよ。特に、〔バーカム〕に委託したレーザーソード。極力使うのは、控えた方がいいわ」
「だろうな。おまけに、刀身短くて使えなさそうだし」
白兵戦主体の〔バーカム〕に切れ味抜群のレーザーソードが委託されたのは、間違いではないだろう。しかし、アリスが〔ファークス〕実験型が使用した際の欠点をそのままにした不良品でもある。報告を受けていたリーンからしても、ヒートナイフを使った方が効率的だと判断できる。
アリスもレーザーソードの代わりに、新柄モデルのヒートブレードを受理することができた。これには、彼女の乗る機体が電子戦装備であることから、バッテリーの消費を抑える目的があった。従来より二割も節約できることもあって、願ったりかなったりだ。
アリスはリーンに厄介な品物を押し付けたことに後ろめたさが過るも、一旦心から追い出す。
「そうしてくれるとあたしも余計な気を回さなくて済む。では、今回のバディと配置を発表する」
瞬間、一気に場の雰囲気が引き締まった。
肌がピリピリする感覚を、樹、彩子、音は覚える。命を預け合う以上、気になるのは当然。だが、人数も少ないこともあって、誰と組むか予想するのは簡単だ。
「リーン・セルムット軍曹、コフィン・コフィン准尉」
「はいっ」
「は、はいっ」
コフィンが上擦った声を上げるのを、樹たちは気になって彼女のほうを見た。背もたれ越しから見るコフィンは緊張したように、顔を強張らせている。
「君たち二人は、あたしと樹、彩子、音、三名の二等兵が乗る機体が取りこぼした敵を討ってもらうわ」
「残飯処理かよ」
「軍曹、そういうからには一機たちとも進軍させないことを期待してるよ。進軍されれば、敵が本隊を壊滅させると思いなさい」
「気の抜けない役割ですね……」
「そうよ。あたしたちもできる限り数をひきつけるけど、その時はよろしく」
アリスはリーンとコフィンを見て、不敵な笑みを浮かべる。過大評価ではなく、彼らには少しでも責任のある任に当たらせた方がいいと判断したのだ。そして、もともと同じ部隊にいた間柄なら、連携も取りやすいだろうと予想してのこと。
しかし、リーンとコフィンはお互い遠慮がちに目配せするだけで、言葉を交わすことはなかった。
樹たちはそのじれったい二人を見ていると背中がこそばゆくなる。そんな感覚を振り切るように、アリスの方に向き直る。
アリスも面倒臭そうな表情を浮かべて、頬を掻いている。仲がいいかと思えば、お互い遠慮がちで見ている方は心配になるものだ。
「参ったわねぇ……」
「先生。わたしたちは具体的にどうするの?」
樹がアリスのつぶやきを聞き取れず、そのまま質問をぶつけた。
アリスは気を取り直して、樹たちに視線を移した。
「さっきも言ったように、敵を引き付ける。無理に敵を墜とす必要はないし、時間いっぱい牽制すればいいのよ」
「それじゃ、敵の数は減らないわっ! 一機でも多く倒すべきよっ」
彩子は言って、アリスに反論する。敵を倒さなければ、それだけ攻撃の手は緩まない。命の危険が付きまとうのだ。その状況下をいつまでも、冷静でいられる自信を彼女は持ち合わせていない。
樹と音も同じ気持ちで、不満げな表情を浮かべている。
すると、アリスは目を伏せて悲しい顔をした。
今までに見たことのないアリスの反応に、樹たちは思わず息を飲んだ。
「やめておきなさい、一機でも多く仕留めようなんて……。それだけの命を、君たちは背負えるの?」
「命を背負う……?」
「いつか、後悔することになるわよ。奪った命の重さに、自分という人間の価値を問われるから」
アリスはそう言って、濁った半目をまっすぐ樹たちに向けた。
その目に映る少女たちは、卑屈になるわけでも、後ろめたさを感じる素振りを見せない。頑なに、強い意志を持って見返してくる。それだけで、彼女たちが命のあり方を軽く捉えていないのがわかった。
「…………」
逆にアリスのほうが呆然と口を半開きにして、目を見張っていた。自分が思っている以上に、樹たちは強いのだと鮮烈に思い知らされる。
樹たちはそんなアリスを見て、一度三人顔を見合わせると向き直って笑って見せた。
「だいじょぶ。音たち、負けない」
「知っちゃったことが多すぎるもの。例え、このことで罰を受けても、自分のしてきたことにケジメをつけるつもりよ」
「わたしたちだって、命の奪い合いはしたくない。だけど、それで止められなかったら、もっと自分を許せなくなるから」
樹たちがそう言えるのは、アリスの苦しむ姿を目にしたからだ。安らかに眠ることを許されず、悪夢に精神を苛まれ、体にまで変調をきたすほどの呪い。彼女がどんな過去を送ったのか想像するしかないが、自分たちもそうなるかもしれないことは覚悟できた。
人殺める感覚、人が苦しむ姿、そして、無慈悲に失われる命。
そのすべてが牙をむいても、樹たちはこの戦争を終結させたいという願いを胸に戦い続ける。そうすることでしか、未来を勝ち取ることはできないからだ。
「先生こそ、無理しちゃダメ」
樹が茶化すように言ったのを皮切りに、アリスははたとわれに返る。それでも、しっかりと彼女たちの決心を心に刻み込んでいた。
自分を許せない。偽善的で、独善的なものだが、必要なのだ。
アリスはやつれた顔を少し緩ませて、掌をひらひらと振った。
「まぁ、そうさせてもらえるほど楽はできそうにないけど」
「何ですって~?」
「むぅ……」
彩子と音が不満たらたらの声を上げる。
その様子をリーンはどこか羨ましく思った。未来への不安ではなく、今に希望を持つ姿。彼女たちの信頼する気持ちが伝わってくる。
「大丈夫そう、ですね?」
コフィンが通路側に体を傾けて、リーンに小声で言った。
「……ああ」
リーンは一瞬目配せして、ぶっきらぼうに答えた。その刹那に見たコフィンの笑顔が眩しく、直視できなかったのだ。
「では、確認は以上だ。各員、バディでの打ち合わせは綿密にするように」
「了解」
目に立つアリスがそう告げた瞬間、樹たちは起立して敬礼を送った。
アリスもまた敬礼で答える。今回は樹が手を間違ていないのを確認してから、敬礼を解いた。
少し張り詰めていた空気が弛緩し、和やかな雰囲気が漂い始める。
「あ、先生っ」
と、樹が通路に立って、ゆっくりとアリスの前に流れた。
「どうした?」
アリスが目元をぬぐいながら問う。
アリスの前で浮遊する樹はパイロットスーツのポーチから一つのHDDを差し出した。人工知能に関する情報が詰まったものだ。
アリスは不思議そうにそれを受け取ると、裏表を返して観察した。
「これがどうかしたの?」
「その中には、敵が使ってる人工知能についての情報があるの」
「人工知能、か。にわかに信じられない話ね」
さすがに、アリスも人工知能の危険性を看破することはできなかった。そもそも、何に使われているのか見当もつかない。
樹は自分のタブレット端末を持ち出して、一度HDDを返してもらうとそれに接続した。
そして、呼び出したデータを見せて、かいつまんだ説明をアリスにする。
リーンとコフィンはいったん打ち合わせをやめて、そちらの方に気を向ける。何やら怪しい雲行きなってきたのを感じ取る。
アリスは熱弁する樹を横にして、データを読んでいく。その表情は芳しくなく、彼女の言う危険性も机上の空論で済ませてよいものか悩み始めた。
「これは……、あたし一人で判断できることじゃ、ないわ」
「だから、先生から上の人に言ってよ」
「…………。いや、これは樹が査問委員会に持っていきなさい」
「どうして?」
樹が驚くのを見て、彩子と音は彼女のところへ移動する。
アリスは手にしているタブレット端末をHDDごと、突き返す。
「あたしより君の方が詳しい。専門家が少ない今、樹の説明は必要になるわ」
「そんなの、相手にしてもらえない」
「そのあたりは、あたしが何とか取り次ぐ。だから、君の――、いや君たちの口から報告しなさい。でも今は、作戦に集中。いいわね?」
アリスは樹の横につく、彩子と音を見て言った。問題は多いが、今はそれに構っていられる状況でもない。
樹たちは渋々頷いて、了解する。
すると、その様子を見ていたコフィンが口を開く。
「少尉は、あなた方を信用して任せるんですよ。そうですよね、ジェフナム少尉?」
「まぁ、そうね」
アリスは恥ずかしそうに言って、そっぽを向く。
「テメェらで見つけたんなら、テメェらで片づけるのが筋ってもんだろ」
リーンが棘のある口調で樹たちに言う。
樹たちはリーンのほうを向いて、恨み腰の目で彼を睨みつけた。
コフィンに注意を受け流しながら、リーンは短い赤毛を掻く。アリスの言った通り、少しでも詳しい樹がこの件を説明する方がいいと彼も思った。保身に尽力する上層部に対して、説明するとなると生半可な知識では納得を得られない。先の熱弁っぷりを見て、樹ならと思い至ったのだ。
場の空気がまた張り詰め始めると、それを打ち破るように警報が鳴り響いた。
敵が攻撃を仕掛けてきた合図だ。
「――――っ! 戦闘が始まったわ。各員、気を引き締めていくわよっ」
その号令に、誰もがごたごたした問題を捨て去るように威勢よく返答した。
「第一波ミサイル、発射確認。着弾まで、三分」
「続いて、第二波ミサイル、PAIM(試作型人工知能ミサイル)装填。目標、『リヴァイアサン』に選定。発射指示を待ちます」
『新人類軍』の〔イリアーデ〕では、すでに戦闘配備が完了し、攻撃を開始していた。
二段式の艦橋で、ゲイル・マークスは艦長席に座ってオペレーターの報告を耳にしていた。いよいよ始まったと心のうちでつぶやいて、今の静かな空気に身を引き締める。
「第二波、撃てぇっ。アームウェア部隊を発艦シークエンスに移行」
「了解。第二波、発射。アームウェア部隊、発艦シークエンスへ」
オペレーターが復唱し、艦橋の雰囲気が慌ただしくなる。各々が伝達すべき持ち場に指示を飛ばす声がそこここで起こる。
ゲイルは立体スクリーンに映し出される、まだ鮮明な映像を見ながら指示を飛ばす。
〔イリアーデ〕舷側の発射管から、魚雷のように数本のミサイルが吐き出される。そのメイン・ノズルの光りがまっすぐ地球を背にする『リヴァイアサン』に進んでいった。
瞬間、第一波ミサイル群が撃墜されたらしく、いくつもの閃光を瞬かせた。それは『リヴァイアサン』のアンチ・ミサイルによって相殺されたように見えた。
「敵はまだアームウェア部隊を展開させないか。好都合だ」
ゲイルは第二波ミサイルが撃墜されたのを見取って、『地球平和軍』の展開が遅れていることに確信を得た。素早い判断だ。ここで艦を前進させるのも一手だが、『リヴァイアサン』の迎撃システムが生きている以上、下手に突撃するのは危険と判断した。
加えて、〔イリアーデ〕がこの位置を取ったのも、そうした敵の迎撃態勢に対応するためだ。静止軌道上にある『リヴァイアサン』は時間が経てば、座標を変えてしまう。その意味では、現座標は初手による攻撃は不向き。『リヴァイアサン』の正面から攻めても、被害が大きくなってしまう。
だからこそ、ゲイルはこの位置関係を大切にする。
「艦長、アームウェア部隊、発進整いました」
「よし。第一波アームウェア部隊、出ろっ。直掩は後部より展開」
ゲイルの指示をオペレーターが復唱。
〔イリアーデ〕船底にあるカタパルトから主力〔AW〕、〔ミリシュミット〕の第一波部隊がそれを受けて次々と地球に吸い込まれるように発艦していく。
その中には赤く派手な〔ミリシュミット〕の姿があった。
「本艦はこのまま『リヴァイアサン』へ針路を取る。各機銃座、砲手、迎撃準備しておけ」
ゲイルの指示は直接、艦長席に設けられた通信機から艦内に響き渡った。
甲板乗員たちは次々と発艦する〔ミリシュミット〕の誘導をし、艦内乗員は機銃座につき、敵〔AW〕を警戒する。統率のとれた無駄のない動き。すべてが機械的で、狂った個所はほとんどない。
そして、〔イリアーデ〕が妨害を張り、熱量を帯びてきた戦闘に備えだす。




