~怪物の腹~ ふとした疑問は大きな疑心へ
『リヴァイアサン』の制圧が終わり、船団に乗っていたクロッグたち戦艦クルーたちは、すぐにも〔イリアーデ〕の状態確認に移行していた。就航間近だけあって、システムの設定は大方片付いていた。それでも、核融合エンジンの調整や配線の整頓、電子兵装の規格整備とやることは山積みだ。加えて、艦橋制圧の際にあったアサルトライフルの跳弾が、コンソールの一部を破壊していたこともあって、作業は難航しそうだ。
「すぐに、配線室に行けっ。こちらで指示を出す」
「アームウェアの調整は順次、格納ブロックでお願い。……、全部は無理よぉ」
「コンデンサの替えを持って来いって、エンジンルームが言ってますけど!?」
「ええい、『リヴァイアサン』のほうで替えを持ってこさせろ」
「こっちは忙しいんだ。そういうのは、陸戦部隊に一任してんの」
〔イリアーデ〕の二段艦橋では、クルーたちの応対が飛び交う。あまりの情報量に、オペレーターも航海士も火器管制もエンジニアも苛立った声が目立っている。全体の指令室としても機能しているためだ。
彼らも地上では船舶のクルーだった経験者ぞろいだが、さすがに硝煙と血の臭いが残る環境は気分を悪くした。
クロッグは艦長席に座り、複数の小型ディスプレイと中央に浮かぶ立体モニタを逐一確認して、通話機片手に次々と指示を飛ばすべきブロックに通信を入れる。
「機関室。核融合エンジンはあとどれくらいで動かせる?」
『もろもろ占めて、一日は欲しいところですっ! 飯と機材だって多くないんでしょう!?』
応対するエンジニアは、周囲の動きを気にしているのか、声を荒立てているのが聞こえる。
『そこっ。ぼさっとするな。手を動かせ、手を――――っ」
「わかった。引き続き、作業を進めてくれ。だが、無茶なことはするな」
『あいよ、艦長。敵が来る前に、片づけてやりますよ』
「頼もしいな」
クロッグは誇らしげに言って通信を切り、ひざ掛けにあるコンソールスイッチを操作して、次の回線を繋ぐ。繋いだ先は、『リヴァイアサン』の管制室だ。
「状況を頼む」
『ハッ。現在、こちらに向かっている『新人類軍』はおよそ十七時間後に接触すると思われます。敵影は一』
「やはり、〔イリアーデ〕か?」
『おそらく。最大望遠で解析中ですが、十中八九そうでしょう』
「わかった。警戒を続けてくれ。敵に動きがあり次第、報告」
『了解、艦長』
管制室からのはきはきとした応対を終えたクロッグは急に、自分が艦長なのかとむず痒さを感じた。こうして一隻の艦を任されるという誇らしさ。焦ってはいるが、役目に徹するクルーたち。
その精神、命を預かる立場は重責でもあった。
クロッグは同じ〔イリアーデ〕を自沈させている。そんな後ろめたさを感じながらも、絶対にこの艦を沈めさせはしないと強く心に決める。
樹たちは『リヴァイアサン』の居住区にある一室に閉じこもっていた。
資料室。この造船場で作られた〔イリアーデ〕はもちろん、その搭載兵器ついての記述も保管されている。四畳間ほどの小さな個室にコンピューターのハードが所狭しと並び、それらに挟まれるようにして三台のディスプレイとキィ・タブレットが置かれたデスクが一組だけあった。他にもこれと似た資料室がならんでおり、それぞれにインプット、アウトプットの役割を持つ端末でもあった。貯蔵サーバーはもっと『リヴァイアサン』の深部にあるのだろう。
「ここ暑くないかしら?」
「仕方ないでしょ。人口密度が高いんだから」
「狭いぃ」
樹がデスクを占領し、その後ろで彩子と音がディスプレイに流れる情報を眺めていた。機嫌の悪そうな電子音とキィタッチの効果音が部屋に響く。
そうしている間にも、部屋の熱気は増していく。ハード・コンピューターの筐体の排熱ダクトが外につながっていないではないか、と彩子は訝しんで、横にならぶ四角い箱の列を睨んだ。
「暑い……。やっぱり暑いじゃないのよっ」
「だったら、別行動すればいいでしょう? 一応休憩していいんだから」
「そういうけど造船場なんて、全然知らないんだから――――、なぁもう」
彩子は熱気に耐えかねて、パイロットスーツのファスナーを下す。上半身だけ脱ぐ形を取り、腕の部分を腰に巻きつけた。バックパックの生命維持装置がお尻に当たるのが不愉快だ。それでも、下に着ているキャミソールの通気性と素肌に、涼しさを感じられたので御の字だ。
樹は彩子のほうを見て、恥ずかしくないのかな、と首をかしげた。
「そういえば、樹はさっきから何探してるの? いい加減教えなさいよ」
「別に。どうでもいいこと」
素っ気なく言って、樹はディスプレイに向き直り、キィ・タブレッドの操作を再開する。
そこに、髪を結わえた音が樹の左肩に顎を乗せる。長い髪でうなじが蒸れて、不愉快になったのだ。そこはかとなく暑さに頬を紅潮させ、うだっている。
「対艦、対〔AW〕ミサイル……、ゆどそち……、管制システム……?」
音は頻繁に出る単語を舌足らずで言う。どうやらミサイルについて調べているらしい。
「そんなの調べてたの?」
彩子が興味を示す。
そもそも、現行の戦闘は誘導兵器は戦略的な意味でしか機能せず、戦術的な効果は見込まれない。電子兵装の発達、妨害技術が広く浸透したために、従来の電波、光波、衛星測位などの誘導装置の効果が薄れているのだ。短射程も対電子妨害の技術向上もあいまって、電波手段の防御でなくとも迎撃可能となった。これら後者の意味で、誘導兵器は弱体化している。それでも戦略的意義、大量殺戮兵器である核ミサイルなどは今も恐怖の対象だ。どんなに優れた電子兵装を持って迎撃しようと、その防御力を上回る破壊力が甚大な被害をもたらす。
樹がこうして調べているのは、ある種の興味本位と恐ろしさからだった。
「さっきの戦いで、追尾ミサイルがあったでしょう?」
肩に乗っかる音の顔を樹の隻眼が一瞬捉えた。自由の利く左目は落ち着くことなく、その眼球を動かしてディスプレイに表示されていくファイルの情報を詰め込む。
音が不可解そうな表情を浮かべる。あったから何、と言いたげな不審感があった。
二人の後ろでキャミソールの胸元を引っ張って、手のひらで中に風を送る彩子がうんざり風に言う。
「それがどうしたのよ? 追ってきたからって単調な動きじゃない。そんなの簡単に落とせるわよ」
「そう簡単な品物ならわざわざ作る必要もない、とわたしは思うの」
「さすが学者。考えることが違うわ」
彩子は涼むのをやめて、樹の右肩からディスプレイを覗き込んだ。
すると、樹は驚いて体ごと彩子のほうを向いた。その際、彼女は音の鼻に鼻に頭をぶつけてしまった。
「――――いたっ」
音は後退って、ぶつけられた鼻頭を押さえて、恨みを含んだ視線を樹に射た。
「どうしたのよ、急に?」
「右目は視界が悪から……」
樹はムスッとした表情を見せると、頭の痛みも忘れて作業に戻った。もう右目が見えないのにはなれたかと思ったが、やはり死角が広ろいと変に神経をとがらせてしまう。
彩子がばつが悪そうに頬を掻いて、大きく樹の隣に出て、樹の眼帯のかかった横顔を見た。その横顔はとても機械的で、整った顔立ちと不釣り合いだった。そこだけ、大切なものを切り離したようで、彩子は喉が詰まる思いだった。
「ごめん……」
「…………」
樹は答えない。それが同情だと察したのだろう。黙々とキィ・タブレッドを操作し続ける。
音はそんな彼女たちのやり取りなどお構いなしに、もう一度樹の左肩に顎を乗せる。不満げな表情を浮かべたまま、ディスプレイに流れる単語を目で追う。
気まずい空気が流れたまま、数分が過ぎた。樹の手が止まった。
「……あった」
「どれどれ…………、ん?」
「これ?」
困惑する彩子と音。
それは、〔イリアーデ〕の対艦ミサイルの制御規格について記述されたものだ。兵器の知識のない二人には、マイクロミサイルとは違う巨大なシリンダー型ミサイルだと受け取った。マイクロミサイルがドラム缶ほどの大きさで、この対艦ミサイルは電柱ほどの大きさくらいあるのが、比較図面でわかる。特徴としては先端部に光学センサが実装されていることくらいだ。
樹は確信を得たように、さらに記述をスクロールして言う。
「そう。この対艦ミサイル、PAIM―09『ジャック』が追尾機能を持っているみたい」
「そういえば、一番最初に追尾してきたミサイルあったわね? もしかして、それと同じ?」
彩子はデスクに手をついて、スクロールするディスプレイを睨みつける。一番最初、『サテライト』から脱出してすぐの戦闘で、〔アル+1〕は追尾ミサイルの攻撃にあった。だが、瞬間EMPによって簡単に撃退できたのを、つい昨日のように思い出す。
音は態勢を変えて、今度は樹の後ろから腕を回して、抱き着いてディスプレイを眺めた。
樹は後頭部に感じる音の膨よかな胸の感触に、顔を顰める。
「たぶんね。けど、一番気がかりなのは――――」
スクロールされる記述はすべて英文。彩子には目に痛い光景だ。
樹はスクロールの手を止めて、言いかけていた言葉を紡ぎだす。そして、恐怖が胎動している予感が輪郭を持ち出した。
「――これよ」
樹は小メインのディスプレイに映し出されているある単語を人差し指で押さえた。
Artifical Intelligence(人工知能)。
その単語の意味を察した彩子と音は目を見開いて、ディスプレイに食い入るように睨みつけた。
「人工知能、AIだっての?」
「信じる、できない」
彼女たちの意見はもっともだ。人工知能の研究がされているとはいえ、誘導兵器に転用する意味が分からない。人工知能は機械学習の繰り返しだ。思考実験にも似た実験の数々をこなし、そこから、矛盾点を探って、さらに適用させる。推論に次ぐ推論と結論を導きだし、様々な事例をも覚えさせる。
そうした手間暇のかかる装置を特攻させる。コストに釣り合わない努力だ。
樹は指を放して、今度は人工知能について調べ始めた。
「でしょうね。でも、わたしたちが想像する人工知能とは違うと思う」
「え? スーパーコンピューターみたいな演算能力があるんじゃないの? 事例の積み重ねと反復学習で、限定的なら対応できるとか。ミサイルなら、その目的だけを完遂する機械学習をすればいいんだから」
「…………?」
彩子の意見に、音は困ったように目を伏せる。
「えぇっと……。つまり、一つのことに集中して、専門家になるみたいなものよ」
「そゆもの?」
「…………たぶん」
音の質問に、自信なく答える彩子。
人工知能は疑似人格を持つものだけを言うものではない。それは到達点であり、現段階でいうところはやはりセカンドオピニオンに近い判断力だろう。置かれた状況に対して、最良の解決策を導き出す。補助的に機能すれば、音声入力寄って機械を操作することも夢ではない。
そういう段階に来て、ミサイルに搭載する意義を見つけ出せずにいる。
樹は読み込み中の画面を見つめらながら言う。
「彩子の言うとおり、限定的な機能を持たせることは可能。そういう研究、『サテライト』でもやってた」
「あ、そっか。樹、もとは月の学者さんだものね」
「忘れてたの……」
樹はため息交じりに言って、検索結果が出たディスプレイをスクロールする。
「ね? 人工知能、すごい?」
「すごいって言われても、ピンキリじゃないかしら? 簡単なものなら、工場のラインで作業をするロボットを統括するシステムがそれに近い能力を今は持ってる」
「でも、この『ジャック』と呼ばれてる人工知能はそんな職人肌とは違うみたい」
樹はほとんどからのファイルを開いて、中身を確認する。間違いない、PAIMと呼ばれる計画の記述だ。
「ミサイルの誘導装置に使ってるのは、どうもコピー品みたい」
「そうでしょうね。人工知能の開発って莫大なお金と労力がかかるし」
「コピー、使える。それ、危険」
音はぎゅっと樹を抱きしめる。怖いのだ。人工知能の性能がどうあれ、人殺しの道具として利用されている以上危険なものでしかない。
樹は音の柔らかい胸の中に埋もれて、彼女が震えているのを肌で感じた。
「それにこのPAIM、試験型人工知能ミサイルはあくまで実験みたい」
「実験?」
彩子が訝しめるのも無理はない。ミサイルのような誘導兵器から情報を得るにしても、人工知能ユニットも一緒に吹き飛ぶことだろう。仮に、オリジナルがそれを専門としているなら、人の手によって修正も可能だろう。
しかし、人工知能という巨大な可能性を高々ミサイルの精度を上げるためだけに作るはずがない。そもそも、樹が『サテライト』の在籍していたころ、何に使うつもりだったのだろうか。
そうした疑問がめぐる中で、樹が開いたファイルの一文を読み上げる。
「ここに、『帰巣本能に近い知性を持たせることに成功した。現在、オリジナルは生後四歳ほどの知性を身に着けていることだろう』って」
「帰巣本能って、犬じゃなんだから……」
「そうね。そして、『オリジナル』と呼ばれるこのミサイルの『親』は四歳児ほどの知性を身に着けてたらしい。今はもう少し成長してるんじゃない?」
「せいちょ……」
その言葉を耳にして、恐ろしいものを見つけた気がした。『オリジナル』は健在し、今なお学習を繰り返して成長している。それが成熟したら、ミサイルの誘導装置ではとどまらないだろう。
樹はその危険性の一つを口にする。
「もし、この『オリジナル』が『宇宙遊泳に適応し、なおかつ人殺しの方法を覚える年齢』に達したら、負けるかもしれない。この戦争に」
「そんなの幼い年齢から学習したら――――っ!」
彩子もその危険性にようやく気付いた。急激に体温が下がり、肌寒さを感じる。全身から鳥肌が立つ。恐ろしい想像を否定したかった。
しかし、樹は言い下した。
「向こうは人工知能を搭載した〔AW〕で物量戦を仕掛けてくる。そうなったら、さっきも言ったけど負けるかもしれない……」
「それ、無理。物、なくなる」
「いいえ。月からは動力である『ガンメタル』が取れるし、フレームは|小惑星帯《アステロイドベルト』から調達できる。『新人類軍』に参加した人たちはそんなに多くないとおもう。だから、『ローグ1』で十分暮せるし、飢餓も考えられない」
音はぶるりと震えて、そんな絶望的な状況を想像してしまった。きっと、抵抗虚しく次々と宇宙で戦う『地球平和軍』の軍人たち、アリスやリーン、コフィンまでも無慈悲な機械に蹂躙され、樹と彩子も殺されてしまう。
この戦争が長引けば、長引くほど『新人類軍』の人工知能の開発時間を与えることになる。
熱気のこもっているはずの部屋が急に寒々しく感じられた。
樹は資料室に転がっていた外部記憶装置、小型のHDDを一つ拾って、ハード・コンピューターと接続した。
「どうするの?」
「ここのファイルをコピーして、人工知能の危険性を教えなきゃ」
「でも、みんな、信じる?」
「先生なら、わかってくれるよ…………」
樹はファイルの保存操作をしながら、やはり無駄なのではという考えが頭の隅から浮き上がる。『地球平和軍』はきっと子供の世迷い事だと切り捨てることだろう。彼らは実体のない恐怖に対して、何一つ対策しない。だから、今回のような戦争を引き起こす原因となったのではないか。
それでも、話を聞いてくれる人物が一人いることに樹は心から感謝していた。
アリス・ジェフナムだ。彼女も同じ軍人だが、そんな楽観的な予測を立てようとはしないだろう。シュミレーション訓練でも、常に敵の戦力を過小評価しない神経質さが目立っていたし、何より部下を大切にする人だ。
もちろん、樹だけでなく彩子と音にも、そうした優しさが垣間見える。初めて会ってから一週間もあっていないが、初めて少女たちを親身に守ってくる大人だ。だからこそ、短い間に樹たちは、アリスを信頼していた。
「先生さんにちょっと悪い気もするけど。頼ってばかりで」
「だいじょぶ。せんせ、きと力、くれる」
そういっている間にも、人工知能とPAIM計画に関するファイルを小型HDDのコピーした。
それとコンピューターとの接続を断ち切りながら、樹はふと疑問に思った。
なぜ、わざわざ人工知能が完成しないうちに『新人類軍』は宣戦布告したのか。
なぜ、少ない人数で戦争を仕掛けたのか。
そうした疑問はしかし、樹の頭から消滅した。今戦争が起きている以上、その因果関係を探っても終戦するわけではない。だったら、今しがた浮上した疑念を晴らす方が先だ。
樹たちは身支度と後片付けをすると、資料室を後にした。




