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マシン・レコード  作者: 平田公義
第一章
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~異変~ 『サテライト』停止?

「それじゃ、お先に」

 

 研究室を出ていく開発チームのリーダーがいう。

 

「はい。どうぞ」


 佐奈原(さなはら)(いつき)はデスクに座ったまま、顔だけを向ける。

 不作法だとは思ったが、(いつき)は開発チームにそこまで義理立てする気はない。先ほどまで行われていたブリーフィングも、意見の交換は殺伐としていて時間の浪費だったこともあり、彼らに対する敬意が薄れていた。

 研究者としてあまり褒められた性質ではない。


 開発リーダーは一瞬、不満そうに眉をひそめたが、それを隠すようにそそくさと出て行った。


 (いつき)は無表情のまま、デスクに向き直ってデータ整理を再開する。

 彼女のこうしたマメな性格を、開発チームのスタッフたちは日本人の血が混ざっているからだと思っている。勤勉で、まじめ、そのわりに自己主張をしないところが、そう印象付けるのだろう。

 事実、(いつき)は半分が日本で、四分の一が欧米、残り四分の一に欧州の血が混ざっている。国際結婚の敷居が低くなったのもあるが、民族主義意識を排して、より優れた人種を遺伝的に残そうとする混血派思想が生まれたのが、一番の原因だろう。

 

 この混血派は良家の繁栄を、後世に残そうとする動きが活発になった結果だ。

 格式ある家柄や、学会の権威ある賞を受けた天才、はたまたスポーツや芸術に秀でたものを取り込んで、子孫に継承させようという。


 (いつき)の家も混血派を語り、家柄の繁栄を願っていた。が、そうした家の実態を目のあたりにしてきた彼女は家のやり方に反感を覚え、母方の姓を使い、実力で宇宙の研究機関に参加した。佐奈原(さなはら)姓は日本の名家であったが、世界に通用するほど歴史はなかった。だから、(いつき)の自立心は上等とばかりに向上して、大胆な家出を敢行できたのである。


「結局のところ、真面目なんだ。わたしって……」

 

 作業の手を止めて、ディスプレイにうっすらと映る自分の顔を見てる。

 眼帯をした色白の少女。ひどく不気味な雰囲気で、幽鬼を思わせる。これを両親は美しいと称賛するが、こんな幽霊みたいな容姿が綺麗という神経が理解できない。

 それで婚約話が進んでいると思うと、反吐が出そうだった。さらに悪いのが、その婚約相手というのが宇宙にまで来ているというのである。

 

「死人みたいね、あなた?」


 ディスプレイに映る自分に、自嘲して言う。

 いろいろと自身の身の回りを気にだしたらきりがない。

 (いつき)は着ているつなぎのポケットから彼女秘蔵のお菓子を取り出す。金平糖だ。

 地球からの補給物資にひっそりと(いつき)個人が買い付けている品物。まだコロニーの農耕設備は完全ではなく、家畜も穀物もまだまだ調整段階を出ていない。

 気分がむかむかするときは、金平糖を食べるようにしているのだ。


 (いつき)は紙袋に入っている小さな金平糖を一粒つまんで、口の中に入れる。


「うん。甘い」


 コリコリと噛み砕きながら、その甘さに舌鼓を打つ。

 暗鬱とした気分が少し和らぎ、自分の作業に戻る。

 さらに数粒まとめて口の中に放り込んでから、紙袋をポケットに入れた。


 金平糖を噛みながら、(いつき)はディスプレイに映し出されている新型機の設計図を月と地球の間に位置するコロニー『ガーデン1』に転送する。衛星を経由したレーザー回線だ。

 

 今宇宙で作業をしている〔AW〕は、地上で運用されていたものの気密性を高めて、推進力をあてがった程度のセコイ設計思想。〔ファークス〕と呼ばれる全高十四メートルの人型汎用機が多く生産され、幾度もフォーマットを変えて、やっと運用されている。次いで〔ファークス〕よりも軍事色の強い〔ギリガ〕と呼ばれる重装甲型が存在する。これは初めから軍事利用を目的としていたため、もっぱらコロニーの警備をしている。

 

 どちらの機体も、模擬戦闘訓練を重ねてはいるが、宇宙空間でのパイロットの適性力が追い付いていないのが現状だろう。もっとも、火星の小惑星帯に遠征している部隊は高い適性能力を有している。そうでもなければ、火星まで遠征する気にもならないだろう。

 

「それにしても、何とも妙なのものを設計したわね……」


 設計プランに携わった(いつき)でも、新型機〔ミリシュミット〕の完成度を如何わしく思った。

まず、宇宙空間専用機として旧来の設計思想をなくし、下半身は推進装置のノズルで、上半身は人型をしている。コロニー建設を視野に入れており、マニュピレーターは十徳ナイフのような仕掛けが施されている。加えて、背部にはオプションパーツ換装を採用して、火星遠征などの局地作業にも対応できる。


 試作段階でも際物の予感を漂わせていたが、いざ生産ラインが決まればそうも言ってられない。

 開発チームのスタッフたちはとりあえずの成果に満足しているらしく、次からのテスト飛行のデータ収集に意気込んでいる。

 

「これだって、〔アル〕のデータがなければろくに飛べないのに」


 (いつき)はため息交じりに言って、ディスプレイを小突いた。

 瞬間、研究室の明かりが消え、真っ暗になる。もちろん、ディスプレイの明かりすらない。


「――――何!?」


 (いつき)は暗闇の中で叫んだ。

 すると、ほの暗いオレンジの明かりが灯った。


「非常電源に切り替わった? 発電所が止まったの?」


 それはあってはならない事態だ。『サテライト』の電力は核融合炉、原子力発電で賄われている。月の建設基地で、もっとも慎重に慎重を重ねた施設であるはずだし、これまでだって神経質なくらい調整をしてきたはずだ。それが止まったとなると、核融合炉の放射物質の心配はないが、『サテライト』内の空気が作られず窒息してしまう。


「こういうときは、落ち着いて行動する」


 (いつき)は薄暗い研究室を壁伝いに移動して、隅っこに備え付けてあるロッカーにたどり着く。ロッカーを開けると緊急用の宇宙服が数着と緊急パックがそろっている。作業用とは違い、幾分か薄手に作られており動きやすくなっている。しかし、空気ボンベの量は少ないし、推進機構もない。本当に一時しのぎの機能しかない。


「でも、どうなってるの? 本当に……」


 (いつき)は焦る気持ちを冷静に把握して、宇宙服をつなぎの上に着こむ。さらにロッカーから緊急パックを取り出す。最後にヘルメットをかぶり、首周りの気密保護を確認する。

 彼女の冷静な行動は、とても場慣れしたものだ。


 準備が完了し、緊急パックから懐中電灯を出してから、緊急パックを肩にかけた。瞬間、タイミングを見計らったように天井のスピーカーから放送が入った。


『緊急避難命令。職員は、速やかに第五埠頭へ移動してください。緊急避難命令。職員は、速やかに第五埠頭へ移動してください――――』


 機械なアナウンスが誘導する。録音されたものなのか、避難場所の指示しかない。

 (いつき)は違和感を覚えることなく、第五埠頭へ足を進める。

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