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マシン・レコード  作者: 平田公義
第七章
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~怪物の腹~ 第一波

「動きが遅いようじゃな……」


 モーガン・ジェムは宇宙間重巡洋艦〔イリアーデ〕が横たわる発着場を一望していた。彼は巨大なホール上の発着場にある展望室にいる。単なる興味本位というのか、付き従う者たちの様子見といったところだ。


 強化ガラスを挟んだ眼下で、〔イリアーデ〕にいくつものアームと付随する供給パイプが繋がれ、底部のカタパルトデッキに何かを搬入しているのが垣間見えた。


「先の太陽電池プラントの抵抗に予想以上の被害を被り、修繕に時間が……。それから、新型〔AW〕の初実戦ともあって調整作業が難航してるそうです」


 そういうのは、〔イリアーデ〕を任されているゲイル・マークスである。艦長がこうして展望室にいるのは、モーガンに呼び出されたからだ。『新人類軍』の最高権力者を前にして、軍人としてのクセか胃が痛む。どんなお叱りごとかと緊張する。


 展望室の冷房が強い。先ほどまで動き回っていたゲイルには、手先が冷たくるのを感じる。


「なるほどのぉ。では、出撃はいつになりそうじゃ?」

「半日ほどあとになるかと思われます」

「半日、か……」


 モーガンは作業の様子を眺めながら、ぼやいた。


 ゲイルが直立不動のまま言う。


「すでに、『地球平和軍』が『リヴァイアサン』に向かったという情報は承知しております。あそこには、残りの〔イリアーデ〕が就航間近に控えており、おそらくはそれを狙ったものと予測されます」

「そこまでわかっておって、対応が遅れるのはよくないの」

「ハッ。おっしゃるとおりであります」

「まぁよい。所詮向こうにいるのは、反対した者たちだ。いまさら、戦艦一隻を手土産にこちらにつくというのは虫のいい話じゃからな」


 モーガンはそうした不敬な輩が『新人類軍』によって排斥させるくらいなら、『地球平和軍』に先手を取らせた方がよいと思った。下手に兵力を失うわけにはいかないうえ、何の理解もできない犯罪者どもなどに手を差し伸べる義務もない。


 それにこれはいい機会でもある。『地球平和軍』が『リヴァイアサン』を制圧することなど容易だ。が、被害や疲労、船舶の補給、修繕に時間を労する。仮に出港できる段階に達しても、それまでには『新人類軍』の〔イリアーデ〕が万全の状態で挑むことができる。


 ゲイルはモーガンの言いように共感しながらも、腹の底に渦巻く野心を見抜く。彼の指示によって、ゲイルたちは『合理的な人間』、『理性による協調』、『本能の抑圧』を脳のインプラットチップによって形成されている。だから、彼が付き従う老人に不満感を覚えるのは。


「では、艦の準備のため、自分はこれで失礼いたします」

「そうだな。変に呼びつけて、すまなかった。そういえば、新型〔AW〕――――。あれは、どういうのものじゃ?」


 そこで初めて、モーガンはしっかりとした佇まいで、ゲイルに体を向けた。年老いてなお、精気に満ち溢れた肉体と瞳はゲイルにとって、原始の人間を連想させるものだった。


 ゲイルは彼の力強い視線に気圧されながらも、きびきびとした対応を見せる。


「はい。型式番号K―23、呼称は〔スカイフィッシュ〕。小惑星帯(アステロイドベルト)での有人探査採掘機として、開発が進められていたものです」

「ほう……。それはまた、特異なものを」

「ただ、兵器目的ではなかったため、多少の不備が見受けられるそうです」

「どこのチームが開発していたものだ?」

「すみません。そこまでは存じておりません」


 ゲイルは自分の知る限りの新型〔AW〕、〔スカイフィッシュ〕について説明した。彼自身、そこまで〔AW〕に詳しくなかったため、かいつまんだ説明となった。


 それでも、モーガンには新しく作られた〔AW〕の性能がどれほどものか気になってはいた。彼もかつては先遣隊の第二波に交じって小惑星帯(アステロイドベルト)へ赴き、コロニーや〔AW〕の素材を採掘しに行ったものだ。その時の劣悪な環境を今でも忘れない。狭い居住船や計算外の寒さ、思いもよらないデブリが作業中の〔AW〕に衝突。作業が難航し、犠牲者も出てた。


「あの〔ミリシュミット〕を作った開発チームなら、信用もしようぞ……」


 そうした経験上、『新人類軍』の主力量産機〔ミリシュミット〕の性能や使い心地を気に入っていた。残念なのは、その開発チームのほとんどが死んでしまったこと。いくら優秀とはいえ、専門家が亡くなるのは惜しい。


 ゲイルはモーガンのしわがれた表情に愁いを見てとって、断りをいれると退出していった。




 静止軌道上にある『リヴァイアサン』では、大きな混乱が巻き起こっていた。ここで労働を課せられていた流刑人たちは駐在していた少人数の『地球平和軍』の兵士を屈服させ、『リヴァイアサン』を市中に収めることができた。


 そうれもそのはず。ここにいる『地球平和軍』の将校たちは『新人類軍』の攻撃を恐れていたし、内により彼らの中から『新人類軍』に寝返ろうと提案した人物さえいた。そうした内部分裂を利用し、数に勝っていたからこそ犠牲を出しながらも制圧できたのだ。


 しかし、今現在『リヴァイアサン』付近の宙域には、『地球平和軍』の輸送船団が〔AW〕を連れて臨戦態勢を整え始めていた。


「クソッ。おい、月とはもう連絡取れないのかよ!?」

「知るかよ! この戦艦を動かそうにも、人手がたんねぇんだよ」

「半殺しにしたからって、軍人どもくらい使えんだろうが」

「さっさと部屋から連れ出してこいっ。慰み者の女もだよ」


〔イリアーデ〕の艦橋で、立体スクリーンを眺めていた首謀した流刑人と数人の軍人が喚き合う。『地球平和軍』の出現に、彼らの頭の中は狂乱状態。怒号、罵声が飛び交うばかりで遅々として対応に移らない。


 作戦はあと一歩だ。ここで〔イリアーデ〕を出港させれば、まだ振り切れる。もう『地球平和軍』に戻れる余地などない。うっぷん晴らしに軍人たちに暴力をふるい続けたのが、こんな形で自分を追い込むとは夢にも思っていなかった。なんとしても時間が、必要なのだ。


 すると、艦橋にレーザー回線が入った。通信を請け負っていた軍人が出た。


『こちら、「地球平和軍」特別編成船団。応答願いたし。繰り返す――』


 業務連絡のように響く男の声に、艦橋いる全員が口を閉ざして様子を窺う。


『返答なき場合、強行突入を敢行する。時間は十分だ』


 それっきり、レーザー回線の通信はぷっつりと切れた。船団は『リヴァイアサン』に人が残っているのを知っている。強攻突入されたら、すぐにも制圧されてしまうだろう。ましてや、展開する〔AW〕部隊を前すれば威圧していることが、よくわかる。


『地球平和軍』はここの反逆者を断罪するつもりだ。殺される。


 言い知れない恐怖が彼らに伝播する。


「どうする?」

「どうするもこうするも、戦うしかない」

「受け入れたって、ただじゃ済まないんだ……」

「ここで死ぬのは嫌だっ!!」


 その一言で、彼らは初めて死というもを意識した。自分の犯した罪を悔いるわけでもなく、認めるわけでもない。綺麗な生きざまを送れるほど、今の状況は穏やかではない。


 戦争がはじまり、孤立してしまった『リヴァイアサン』は食料の問題は日に日に深刻になった。すぐにでも、『地球平和軍』が動いてさえいれば、彼らが精神的に追い詰められることはなかっただろう。


 この一週間、彼らは生を貪った。生きるために食料を切り詰め、ストレスの矛先を暴力に変え、どうにか逃げる算段までこぎつけたのだ。他でもない自分たちの力で。


 だからこそ、彼らは決死の策に打って出ることを決めた。




「変に静かだけど、大丈夫かな?」


 (いつき)は〔アル+1(プラスワン)〕の操縦席で、パイロットスーツの調子を確かめながら、通常モニタに映る造船場『リヴァイアサン』を眺める。


『リヴァイアサン』は筒状のドックで、ちょうど後ろの方に居住ブロックがある。その部分だけ『ガーデン1』同様、回転し遠心力を利用した疑似重力を作り出している。まるで、ふたの空いた缶のようだ。周りにはマイクロウェーブ通信を使った太陽パネルが浮遊し、『リヴァイアサン』の電力を作っている。


「通信してから、七分経過。そろそろ返答があってもいい頃合じゃないかしら」

「だうじょぶ、かも?」


 彩子(あやこ)(おと)も心配そうに、『リヴァイアサン』からの返答を待つ。


 すでにこの宙域には、十数機の〔AW〕部隊が展開し、出動命令を待っていた。宇宙の暗闇に浮遊する機械は捨てられたおもちゃのように、沈黙している。


 緊張。恐怖。勇気。それらがないまぜに、見えない波のように操縦者たちに寄せては引いていく。


 しかし、ここにいる部隊はあくまで注意をひきつけるための囮。本丸は、ずっと地球より航行する二隻の輸送船〔シーカー〕だ。その船隊はリーンの〔バーカム〕とアリスの〔ファークス〕実験型、ほか二機の〔AW〕を従えている。〔シーカー〕に乗っている陸戦部隊の上陸こそ、この作戦の目的だ。


 妨害(ジャミング)を張ってはいないものの、気づかれるまでには時間がかかるだろう。


「そろそろ、時間ですね……」


〔アル+1(プラスワン)〕の隣に浮かぶコフィンの〔ギリガ〕電子戦(EW)装備が身じろぎする。まだ実験兵装の準備ができておらず、装備しているのは通常の兵装。それでも、コフィンはこうしてアリス試験小隊の一員として、この作戦に参加できた。


 (いつき)たちもお腹の底が浮いたような不安を覚えて、ヘルメットのバイザーを下す。


 低く脈打つ駆動音と微振動が体を震わせる。まだか、まだか、と落ち着きのない子供のように。実戦に出てみるとやはりシュミレーションとは違う感触がある。精神的な余裕からだろう。このモニタを隔てた先には、本物の宇宙が広がっている。放り出されたが最後、人ひとり見つけるのも困難な場所。


 いや、戦闘本能ともいうべきものが、理性を侵食しているのだ。生きるために何をすべきか。最善の策とは何か。殺されるか、殺すか。


 倫理も道徳もこの場では足を引っ張る要因だ。無心で敵を討つことでしか、それらを引き千切ることはできない。


 (いつき)たちの抱える衝動が膨らむ一方で、他の操縦者たちも気持ちを落ち着けようと機体を遊ばせていた。少しマニピュレーターを動かしたり、脚部を軽く曲げたり、と様々だ。


 すると、今度はレーザー回線ではなく、全方位の電波による無線が響いた。〔シーカー〕指揮官機からだ。


『時間だ。これより、突入を開始する――――』


 瞬間、『リヴァイアサン』の中で閃光が走った。

 

 展開していた部隊が一気に散開。後方で待機している〔シーカー〕船団はそれを予期していたこともあって、射線上にはいなかった。


 停泊中の〔イリアーデ〕の主砲ビームが〔アル+1(プラスワン)〕の眼下を通り過ぎる。

 

「――――っ。本当に、戦うの?」


 (いつき)はぼやいて、〔アル+1(プラスワン)〕の隣にいるコフィン機を確認する。


「そういうことになります。みなさん、来ますよっ!」


 コフィンはバイザー越しに見るメイン・モニタ上に、いくつもの光が出てくるのを見て取った。〔AW〕と牽制のミサイルだ。すぐさま妨害(ジャミング)を発生させて、ミサイルの軌道を単調化させる。


 ほかの味方電子戦(EW)装備も妨害(ジャミング)を発生させ、一気にノイズが濃厚になる。


 だが、(いつき)は向かってくるミサイル群に妙な違和感を覚える。初めて戦場に飛び込んだときのことだ。戦艦からのミサイルが、たしか〔アル+1(プラスワン)〕を追尾した。どういう原理か、彼女にも判然としないが、もしあの〔イリアーデ〕にも同じものが装填されていたとしたら。


(いつき)、あれって……」

「止める、しなきゃっ」


 彩子(あやこ)(おと)もミサイルの追尾機能を疑う。


「行こうっ」

「っ! サナハラさん、待って!」


 コフィンの呼び止めを振り切り、 すぐにも〔アル+1(プラスワン)〕が飛び出す。


 その時だった。誰もが一直線に進むと思われていたミサイルが弾頭を上げて、進路を変更する。宇宙に揚力は発生しない。細かなスラスターでその軌道を修正しているのだ。


 そのことよりも、妨害(ジャミング)の影響を受けてなお標的を定められるかが疑問だった。


 いち早く動いた〔アル+1(プラスワン)〕はミサイル群の予測進路にカーテンをかけるようにデブリをばら撒いた。


 デブリとの衝突で一気にミサイルが爆発。視界を真っ赤に染め上げる。


 しかし取りこぼした数機が後方で待機してる〔シーカー〕船団に向かう。それらは何とかコフィンの〔ギリガ〕電子戦(EW)装備やほかの電子戦(EW)装備が阻止してくれた。


「すぐに、敵が来るよっ!」


 彩子(あやこ)が警告すると同時に、〔アル+1(プラスワン)〕は大きく旋回して、敵〔AW〕部隊との戦闘機動に入ろうとする。


 そこで、彼女たちは狼狽した。


「どうして、〔ミリシュミット〕タイプがいないの?」


 そう。向かってくるのは、味方と同じ〔ファークス〕シリーズと〔ギリガ〕シリーズだった。


 (いつき)たちは敵が『新人類軍』ではない、と思ってしまった。

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