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マシン・レコード  作者: 平田公義
第六章
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~賭けるもの~ ささやかな祝杯

『ガーデン1』管制室。


 上下に管制官たちの専用デスクを設け、ステージ上になった前席に巨大なスクリーンが備え付けられている。スクリーンには二次元図で、地球と各コロニーの位置、細かいところでは静止軌道上の宇宙太陽電池プラント、造船場なども表示されている。どれも有人施設の所在だ。


 それらはスクリーン上では、青と赤、グレーで各所を彩って識別されている。青は『地球平和軍』、赤は『新人類軍』、グレーは調査中。月と『ローグ1』寄りの施設は、ほとんど赤で埋め尽くされている。ここの一週間のうちに、宇宙太陽電池プラントを二つ、造船場を一つと着々と占拠され、今もその被害が広がっている。


 管制室に訪れていたレミントン・バーグは、クロッグ・ジョーリンとともにスクリーンを眺めながら、討論していた。すぐにでも開始される造船場、『リヴァイアサン』攻略についての打ち合わせだ。


「状況から言って、『ミューゲル1』からの侵攻はないと考えてよろしいですか?」

「ああ。あそこは補給基地ほどの役にも立たない上、進駐するほどの価値はないはずだ。来るとしたら、やはり月からだな」


 レミントンはスクリーンの月を指差して、『リヴァイアサン』に向けて指先をなぞった。


「予想される進路はいくつかあるが、敵は最短でも一日はかかる計算だ。こちらは半日と少しでつく。『リヴァイアサン』に敵が駐留しているなら、実力を持ってこれを排除する」

「お言葉ですが、中佐。やはり、自分が艦長を?」


 クロッグがこうしてレミントンとじかに話している発端は、そのことだ。奪還した〔イリアーデ〕艦長の就任についてだ。


 彼は手に持っているつばのかけた帽子を強く握って、不安そうに質問する。彼の階級は大尉。低くはないが、戦艦一隻を預かる立場ではない。


 レミントンはそれを承知の上で、彼に言った。


「無論だ。正直、戦艦を任せられるほどの頭脳は、現状ここにはいない。潜水艦の当直士官だった君なら、不可能ではないだろう」

「…………」


 クロッグは確かに、数年前まで地球で潜水艦の乗員として、大西洋を巡航していた。だが、目だった惨事に遭遇したこともない。戦闘らしいものは、彼が将校に上がったころから減ってもいた。


 だからこそ、この重責は実に手厳しい。


 レミントンが嫌味で艦長に任命したわけでないことくらい、彼にだってわかっている。評価に値する人材がこの宇宙部隊にいないのも現実なのだ。


「……了解しました」


 クロッグはようやく自分の中でも決着をつける。迷っていても、事態は悪化するばかりだ。見初められたのなら、それにこたえるのも軍人というものだ。


 レミントンは静かに頷いて、彼の決意を受け止める。


「この作戦は、陸戦部隊による『リヴァイアサン』および〔イリアーデ〕の内部制圧が主だ。それが成功しない限り、何にもならない」

「明日には実行予定と聞いていますが、皆がついてこれますかな?」

「問題ないだろう」


 そうでなければ困る、とレミントンの瞳が細くなる。宇宙の環境に早く適応できなければ、『地球平和軍』に勝ち目はない。ほとんどが平和ボケした兵士の集まりで、実戦で使い物になるのはごく一部だろう。


 レミントンとグレッグがさらに打ち合わせを進めていると、一人の管制官が一枚の紙片を持って、彼らに近づく。


「――――、? どうした?」

「すみません、中佐。このようなものが、届いたのですが……」


 管制官は色黒の肌をした頬を掻きながら、困った表情を浮かべる。紙片に書かれていることが、彼には理解しがたかったのだ。


 レミントンはクロッグに一度断りを入れて、管制官から紙片を受け取った。


「…………」

 

 レミントンの眉目が吊り上る。険しい表情を浮かべて、紙片を軽く叩いた。


「本部に伝令。すぐにも、再検討するよう伝えろ」

「了解っ」

「どうかしましたか?」


 管制官が自分のデスクに跳んでいくのを横目にして、クロッグは言った。


 レミントンは険しい顔のまま、滔々(とうとう)と話を再開する。


「増援が遅れる、それだけだ。だが今は、〔イリアーデ〕を手に入れることが先決だ」


 彼の言い方に、どことなく焦りを感じ取ったクロッグはそれ以上言及しなかった。解決するべき問題は山積みなのだから、着手できるものから片づけなければならない。


『地球平和軍』本部はここで起きていることを、テレビで見る絵空事だと思っているのだろう。いや、地上で起きている数々の紛争すら、そう思っているのかもしれない。




 食堂の一角。夕食をとるには少し早い時間帯だったのもあって、難なく(いつき)たちは六人分の席を確保することができた。テーブルにあるのは、トレイに乗った色とりどりの料理。定食形式ではなく、アリスが手配していた豪勢なパーティメニューだ。

 

 試験小隊全体が、まるでどこかの旅館に泊まりに来た一団のような雰囲気を出していた。皆が一様に同じカーゴパンツとスタッフロゴの入ったTシャツを着ているせいかもしれない。


「気は早いが、編入おめでとう、コフィン・コフィン准尉」

「なんでそんなにやる気ないの、先生?」


 (いつき)が怪訝そうに、隻眼を隊長であるアリスに向ける。顔こそ無表情だが、その瞳は茶化すような潤いがあった。


 隣に座る彩子(あやこ)は彼女の英語を少し間をおいて理解すると、彩子(あやこ)自身もゆっくりと英語を口にする。すっきりとした肌つやを気にするように、彼女の指がそっと頬を触れる。


「そうよ。いいじゃない、人が増えるんだから」

「金髪さん、おめでとっ!」


 (おと)が大きく手を広げて、ひまわりのような眩しい笑みを浮かべる。結った長い髪が跳ねて、尻尾のように揺れる。まだつややかに濡れている髪から、ほのかにすっきりとしたミントの香りが漂う。


「あ、ありがとうございます。ハハハ……」

「はしゃぎすぎだろ…………」


 コフィンは三人の歓迎っぷりに喜びを覚える反面、少しオーバーな気がした。三つ編みを解いているためか、彼女はしきりにくせの付いた髪を撫でている。


 そうしたシャワー後の女子供を前と横にするリーンは、鼻を掠める香りに落ち着けなかった。彼自身、シャワーを浴びてすっきりしてはいたが、軽く汗を流す程度。誘惑するような匂いなど、あるはずもなかった。


 一方でリーン同様、まったく色香のないアリスは、眠たそうにあくびをして炭酸水の入ったプラスチック製のグラスを手に取る。


「別に、疲れただけ。はい、それじゃグラスを手に持って」


 そういわれ、参加者全員が自分のグラスを手に取る。


「乾杯」

「乾杯っ!!!!」


 (いつき)たち三人娘の黄色い声に交じって、コフィンの控えめな声と面倒そうなリーンの低い声が発せられた。


 それからグラスを突き合わせて、まずは一杯目を飲み干した。アリスの厳しいシュミレーション訓練を終えた後ということもあって、全員の頬が緩みきっていた。

 

 (いつき)たちはすぐにも小皿に数々のオードブルを乗せ、食事を始める。


 その様子をテーブルを挟んで眺めるコフィンは、彼女たちの旺盛な食欲に目を丸くしながらも、控えめに料理を取っていく。


「どうした、コフィン准尉? 一応、君が主役なんだ。遠慮しなくていい」


 アリスが自分のグラスに炭酸水を注ぎ足しながら言う。


「恐縮です……。じゃなくて、今日は本当にありがとうございました、みなさんっ」


 コフィンは小皿を置いて、深々と首を垂れる。こうして歓迎会を開いてくれるアリスたちの優しさは嬉しい。だが、彼女が発端で危険な端を渡らせてしまったことは覆らない事実だ。


「わたしが鈍感でしたから、皆さんにご迷惑を……」

「何言ってるの!? コフィン准尉、全然悪くないじゃないっ」


 彩子(あやこ)がコフィンのネイティブ英語を聞いて、思わず日本語で声を張った。


 コフィンは彩子(あやこ)の言っていることが理解できなかったが、その真剣な表情はやはり自分を心配してくれているのだな、と見受けられた。


 すると、コフィンの困惑顔を見た(いつき)が通訳する。


「えっと、彼女、准尉は悪くないって言ってます」

「ああ。やっぱりそうでしたか。えっと……」


 コフィンは確証を得て、何度か咳払いをすると、融通の利かない舌を必死に動かす。


「ア、アリガト、ゴザ……、イマス」


 機械音声のような日本語が、コフィンの口から発せられる。彼女がわかる日本語は簡単なあいさつ程度のものだ。アリスほど流暢に話せるほど、勉強もしていない。


 彩子(あやこ)はペペロンチーノを食べようとして、その手を止める。


「うん。どういたしましてっ」


 彼女は滑らかな、しかし日本語なまりの抜けない英語で返した。それから、ニカッと白い歯を見えるようにしてわらった。


 その屈託のない笑顔は、コフィンの疲れた気分を少しばかり和らげてくれた。


「ねぇ、もう少し落ち着いて食べたら?」

「――ほふ?」


 (いつき)が隣りでピラフをがっつく(おと)を諫める。やはり、犬食い状態。小皿一杯にもったピラフをスプーンで口の中へ放り込んでいく食べっぷりは、アリスもリーンも、コフィンも目を見開いて、驚いていた。


 顔を上げる(おと)はまるで頬袋に食べ物を詰め込んだハムスターよろしく、頬をパンパンにして咀嚼している。その顔は愛らしくも、はしたない気がしてならない。


 それでも、コフィンは思わず顔をほころばせて、笑った。


「そうね。サナハラさんの言うとおりですよ」

「ほら、行儀よくして」

「むぅ……」


 (おと)が不満そうに呻くのを、彩子(あやこ)(いつき)越しに見て悪戯な笑みを浮かべる。


「ほんと、(いつき)って面倒見いいわよね。(おと)も少しは見習いなさいよ?」


 (おと)彩子(あやこ)の日本語を聞いてピラフを飲み込む。むっと頬を膨らませて、それから日本語で言い返した。


「――むっく。彩子(あやこ)も」

「何よぉっ!」


 そこで二人の口論が始まり、間に挟まれている(いつき)が嫌そうな顔をして、仲裁。向かいのコフィンも、両者の日本語がわからなかったが、落ち着いてとなだめる。


「賑やかになって、ますます面倒事が増えそう……」


 アリスは端っこで、ライ麦パンのスライスにサラミとチーズを乗せたシンプルな料理をかぶりつきながら、ぼやいた。コフィンを引き入れたのは、彼女がかわいそうだったのもある。しかし、今となっては新兵器開発の人材として働けるのか心配になってくる。軍属にしては優等生だが、精神的には(いつき)たちに近い幼さが残っている。


「つか、隊長が引き込んだんだろうが」


 リーンは左に座るコフィンの慌てぶりに一瞥入れてから、右隣のアリスの方を向いた。


「まぁ、ね。君が首を突っ込まなければ、あたしも出張ったりしなかったけど」

「そ、それは……」

「責めるつもりはない。結果としては、いい方に転んだ。それでいい……」


 アリスは目元のくまを擦って、もくもくとパンを齧る。眠気が取れない。だが、眠りに落ちることもない。常に白昼夢を見ているような、足元が浮遊している感覚が強くなっていた。時折見る過去が眼前を通り過ぎるたび、彼女を死地へと引き込もうとする。


 それを振り払ってここで食事をできるのは、こうして集まった隊員たちのおかげだ。


 リーンは隣に座るしおらしい女性の容態が芳しくないのを察して、苦い顔をする。アリスが何も公言しないのは単なる意地だけではないだろう、と予想はついた。


 隊長としての責任、士気の問題、新人の前、戦争……。様々な環境が人の気持ちを揺さぶり、ゆっくりと崩壊させていく恐怖を彼もまた知っている。アリス・ジェフナムが打ち明けないのなら、リーン・セルムットもまた話す道理はない。


 それ以上にリーンの中で、アリスを公然と助ける気にはなれなかった。彼女も紛争上がりの兵士だからか。同族嫌悪か。ただ、頭の隅っこで小石のような異物が蠢き、彼の行動を鈍らせていた。


「綺麗なものを守りたかったのは、あたしも同じだからさ……」

「――――は?」

「いいや、なんでもない。それより、明日には次の作戦がある」


 言い知れない違和感を探っていたリーンはすっとぼけた顔になる。


 アリスは一瞬口の端を吊り上げると、激論を繰り広げる(いつき)たちに視線を移した。


「こらっ。また、引っ叩かれたい?」

 

 ハスキーな日本語。その鶴の一声で、彩子(あやこ)(おと)はその大声をぴたりと止めた。アリスの教育方針は効果てきめんで、抑止力となっていた。


 それから、二人がごめんなさい、というとアリスは面白半分に笑って見せた。その笑みからは、どこか悲しみにも似た慈愛の精神があらわになっている。


 すると、(いつき)が電子パッドを取り出して提案する。彼女もまた、こうしてにぎわって食事をすることに心が躍っていたのだ。


「あの、写真撮らない?」


 (いつき)の提案に、誰もが虚を突かれて注目する。


「珍しいこともある。君がそんな提案をするなんて」

「別にいいでしょ」

「わかった。そう怒らないの。じゃぁ、さっさと撮りなさい」


 アリスも似つかわしくないことを言ったが、誰も気に留めることはなかった。


 彩子(あやこ)(おと)は賛成。


 それから文句を垂れるリーンと気恥ずかしそうなコフィンを無理やり引き込んで、テーブルに体を乗り出すように集まって、(いつき)もタブレット端末を取り出し。その背面にあるカメラに入り込んで、撮影した。


 ピコンッと電子のシャッター音が鳴った。




 早めにとった夕食ともあって、アリスの帰宅はいつもより早かった。


 干しておいた洗濯物を取り込んで、それから自分のタブレット端末に送り込まれた数々の情報、作戦日時、実験兵器の成果、コフィンの編入許可もろもろに目を通した。


 固いベッドに腰掛けているせいか、長時間資料を読み込んでいたこともあってお尻が痺れた。


「ん~っ」


 身をよじって、痺れを取っていると画面に新しいファイルの受信アイコンが点滅しだした。


 アリスは怪訝そうに差出人を見て、ああと合点がいったようにファイルを開いた。


「まったく、仕事の早い」


 タブレット端末の液晶ディスプレイ一杯に映ったのは、食事の時に撮った写真だ。


 豪勢な料理を囲み、アリス試験小隊。笑顔を浮かべる(いつき)彩子(あやこ)(おと)。その向かいで緊張気味に頬を赤らめるコフィンと厳しい表情のリーン。そして、一番奥に映る、まんざらでもなさそうなアリス。


 差出人である(いつき)のメッセージは『先ほど撮った写真です』の一言だけ。


「簡素。まぁ、そんなものか」


 アリスは自然とある人物に視線を注いでいた。赤毛が目立つリーン・セルムットだ。


 正直、彼との出会いはアリスにとっていいものではなかった。リーン、正確には彼の民族を彼女は憎んでいた。アリスが十代に満たないころに、彼女の国で民族浄化が行われた。選民思想の暴走。政府はかつて起きたテロ戦争の理論を実践して見せたのだ。国民は増えすぎた。間引きしなければ、国政は維持できない、と。


 何の根拠もない空論によってその存在を悪と決めつけられたその民族は無論、武力抵抗に打って出た。当然だ。政府の勝手な言いがかりで殺されることを良しとするはずがない。


 そして、紛争が始まって三年後、アリス・ジェフナムという十五歳の少女は政府の方針によって兵役を課せられ、その民族との紛争に参加した。身勝手な大人が、かつての学友が、友人が崩れ倒れていく戦場を駆けて、敵を討ち、〔AW〕で粉砕してきた。


 戦争が終われば、家族も亡くし、生き残った戦友は悪夢に苦しむ日々を送ることになった。さらに統合政府によって彼女の暮らしていた国は解体され、占領地とされた。


 すべては無意味だった。そして、残ったのは赤毛の民族に対する憎しみだけだ。


 だが、今は生き残りであるリーンに親近感があった。同じ紛争地で生き残った二人は、同じ気持ちを持ってここにいるのだろう。


 誰かを守りたい。


 子供じみた理想が、彼のひたむきな姿勢を見るたびに呼び戻される。(いつき)たちが、自分と同じようにならないためにも、と。


「ごめん、憎んでいた敵は優しすぎたよ」


 アリスはベッドのわきの台座に視線を移す。


 そこには倒れた写真立てが一つあった。いまだに、直す勇気がわかない。見たら最後、アリスは過去にとらわれてしまう気がしたからだ。


 アリスはタブレット端末をベッドにおいて、立ち上がる。明日に備えて、できる限りのことは終わらせようと伸びを一つした。


 素肌を撫でる『ガーデン1』の気温が、ひんやりと感じられた。

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