~賭けるもの~ 電子の中の賭博戦〈後編〉
撃墜された操縦者たちは、適当に座ってディスプレイを眺めて観戦していた。疲れらしい疲れもないくせに、偉そうにふんぞり返って野次を飛ばしている。勝つことに疑いを持たないそれだ。
一方で二機が撃墜され、ヤッシュと四角顔の隊長は唖然としていた。
シュミレーターの設定ミスではないかと思うくらい、〔アル+1〕の反応は早かった。特に、二機目を撃破したとき。致命傷になるはずの弾丸を、脚部ひとつ犠牲にして避けたのだ。それが普通の〔AW〕なら、おそらくレールガンは脚部を貫いて胴体まで食い込んでいただろう。
「なんだ……、一体何をしたんだ?」
隊長の男はディスプレイの戦況を見ながら、声を震わせる。彼には、樹たちがした軽減策を見抜くことはできなかった。〔アル+1〕の性能は知っていた。だが、知っているだけでその運用方法まで学習はしていない。
ヤッシュも同じ具合で、〔アル+1〕の、樹たちの強さがわからなかった。いったいどこから、あの機転を導き出したのだろうか、と。
「あれが、おじい様が乗っていた機体なのか……」
ヤッシュは幼いころに聞かされた祖父の武勇伝を思い出す。〔アル〕と呼ばれた機体が世界中を駆け回り、人類の粛清を謳ったテロ組織を撃滅、終結させた英雄の巨人。その操縦者の一人が、ヤッシュの祖父だ。オーストラリアで敵補給基地を押さえ、カタール砂漠の衛星基地を破壊し、ボリビアの熱帯雨林で秘密工場を撃破した話を聞かされていた。
地上でもっとも勇敢に、雄々しく大地を駆けた人型機械の操縦者の記憶。
それが今や宇宙で、しかもハイティーンの女の子が操縦している。当時の人が聞いたら、さぞ腰を抜かすような事実だろう。
「少佐。このままでは――――」
「あ、ああ。わかっている」
ヤッシュは血相を変えて慌てる隊長に、やんわりと返答する。
今はこの賭け勝負に勝つことを考えなければならない。だが、今の彼らには指示を出すことしかできない。余裕を決め込んで、指示を出さなかったが今残っている二機は身勝手な行動が目立つ。相手を撃墜する機会は何度もあった。
ヤッシュはインカムのスイッチを入れて、マイクに向かって言った。
「状況を速やかに終わらせろ。各機は合流し、陣形を立て直せ」
彼の指示に対して、応答はなかった。ディスプレイを見ても、残った〔ギリガ〕通常装備、〔ファークス〕通常装備は各々の敵に当てっていた。
「おいっ。言うことを聞け! 撃墜できる敵をなぜ、見逃す」
四角顔の隊長が怒鳴りつけても、操縦者たちから返事も動きもなかった。彼らは上官の手綱を引っ張りまわすように暴れまわっている。個人的な憎悪や興味で、部隊が混乱するなどあってはならないこと。
だが、彼らは心の端っこでこうも思っていた。所詮は、虚構だと。それでも、相手にしているのは、紛うことなき同じ人間だ。この戦いは生死という制約はないが、ほとんど実戦に近いもので、負けた事実を拭い去る要因にはなりえない。
「――――うぅ」
「どうしたよ、えぇっ!」
コフィンは操縦桿とラダーペダルを忙しなく操作して、機体を迫りくる〔ギリガ〕通常装備のヒートナイフを回避していた。右へ左へ揺さぶりをかけ、鋭い突きが来て――――。
巧みなナイフ捌き。コフィンではまずできない白兵戦をこうも堂々とやられると、彼女の中で焦りがこみ上げてくる。
コフィンの〔ギリガ〕電子戦装備は、至近距離からなら確実に『幻覚』の影響下にできる。だが、一向にそれを発動させる気配がない。いや、できないのだ。
『幻覚』のタイミングを誤れば、相手のヒートナイフは機体のどこかしらに突き刺さり、引っ付いて離れない状態になりかねない。加えて、発動するタイミングを相手のナイフ捌きによって抑え込まれている。
「これなら――――、どうですっ」
コフィンは隙を見つけて、頭部バルカンを発射する。吐き出された四十五ミリの徹甲弾が、次々と〔ギリガ〕通常装備の頭部に命中する。至近距離からの連射に、頭部はみるみるひしゃげ、原型を失っていく。
「それがどうしたっ!」
コフィンのインカムに相手の声が響いた。ぞっとするような、ヒステリックな声。シュミレーションの中で、確実に相手は攻撃衝動を抑えきれなくなっていた。
その衝動が伝染したように、〔ギリガ〕通常装備が機体を捻って徹甲弾の猛襲を避けると同時に、コフィン機の脇に回し蹴りを決めた。
ドガンッとシートが右に大きく揺れる。
コフィンはモニタが横に流れて行くのを見て、すぐさま『幻覚』を発動した。機体のサブ・モニタに表示された出力ゲージが一気にダウンするのを確認。例え、モニタが捉えていなくとも、球状に広がる電波なら効いているはずだ。
〔ギリガ〕電子戦装備はすぐさま向き直ると、そこに相手の姿はない。ずっと後方のほうへ、相手の〔ギリガ〕通常装備が流れているのが目に入った。
「逃げられた?」
コフィンが眉根を寄せる。先の蹴りで距離を取ったのだ。
「それでも――――」
〔ギリガ〕電子戦装備を操作して、九〇ミリマシンガンの照準を単調に流れる敵に向けた。まだ、『幻覚』の効力は続いている。
乾いたのどに生唾を飲み込ませて、トリガーを引く。
その瞬間だった。〔ギリガ〕通常装備の機能が回復したのは。
「小賢しいマネをっ」
警報音が鳴り響くと同時に、九〇ミリマシンガンの初弾が装甲を叩いた。だが、〔ギリガ〕の重装甲は貫通することを許さず、数発の弾丸を受け切っていた。反応装甲を作動させるまでもない。
それは、コフィンには想定内のことだ。〔ギリガ〕の装甲の強さは、熟知している。だからこそ、攻撃の手を休めることなく、持てるすべての弾丸を斉射する。
相手もそれに殉じるつもりはない。すぐに、〔ギリガ〕通常装備はひしゃげた機体で、九〇ミリマシンガンの火線から脱する。頭部のメイン・カメラ、光学センサーアイを破壊されたが、肩部にあるサブ・カメラの映像をモニタに映す。シュミレーションのせいか、やけに鮮明に映し出している。
応戦。九〇ミリマシンガンの火線が二機の間で交わされる。コフィンも相手も、機体を動かし自分の射線を確保。回避運動をしながらも、互いの弾丸が機体を削る。殴り合いの応酬よろしく、身を削りながら確実に敵を痛めつけるずさんな戦闘だ。
〔ギリガ〕電子戦装備は『幻覚』を使ったこともあって、回避しきれずにいた。宇宙を走る光りの尾から、いくつもの火花が機体から飛び散る。
「もってください…………」
コフィンは空になった弾倉を捨て、最後の予備弾倉を装填する。サブ・モニタには損傷個所がいくつも挙げられている。胴体、脚部、肩部と次第に制御不可能な個所が増えていく。危険警報が鳴り響く。
あと少し、あと少し、と粘りを見せて機体を操縦する。
「さっさと、墜ちるれば楽なのによっ」
「――――っ! そちらこそっ」
二機の距離が狭まり、無線を傍受することができた。ここまで来るともはや妨害の意味がない。根競べだ。
〔ギリガ〕通常装備も、コフィンの正確な狙撃にあちこち被弾し、回避する運動性も低下している。しかし、まだ九〇ミリマシンガンの咆哮は止まない。
相手はコフィンの声を聴くなり、淫靡な笑みを浮かべる。
「かわいい声で、粋がってよぉ。びくびくケツ触られてたくせによぉ」
「――――っう」
コフィンは背筋に虫が這い上る感触を覚えて、身震いする。言葉なじりにする作戦。彼女の頭の中ではそう理論づけていたが、体はあの時のいやらしい感触をよみがえらせていた。
一瞬、〔ギリガ〕電子戦装備の射撃が止まった。
「今度はどこをこねくり回されたいか、ええっ!」
「ひっ――――」
コフィンはびくりと胸を力強く鷲掴みにされた感覚が、喚起される。頭が真っ白になりかける。
だが、〔ギリガ〕通常装備がコフィン機に激突して、シートが激しく揺れる。それが意識をぎりぎりで引き戻した。
衝突したとはいえ、二機の距離は先の打ち合いよりもぐっと近くにあった。だからこそ、〔ギリガ〕通常装備の操縦者はその至近距離で勝負をつけるつもりでいた。
「ククク……。またあとで可愛がってやるよ、お嬢様っ」
〔ギリガ〕通常装備の銃口が、〔ギリガ〕電子戦装備の腹部に狙いを定める。
コフィンはその瞬間、操縦桿から片手を放した。次いで、コンソールの一つのパネルに拳を作って振り下ろす。
「わたしは――――っ」
〔ギリガ〕電子戦装備の胸部装甲、反応装甲が作動する。小規模爆発を起こして、胸部装甲が弾けた。
「何――――」
〔ギリガ〕通常装備は正面からそれを喰らい、九〇ミリマシンガンの照準を外すと同時に肩部のサブ・カメラに装甲が覆いかぶさった。
激しく揺れるシートの上で相手が驚きの声を上げ、操縦席でつんのめりになる。予想だにしない利用法だ。本来、ミサイルや射撃武装を回避するための防具だ。それを、攻撃手段に転換するなど彼には思いもつかなかった。
コフィンの賭けは成功した。
すぐさま〔ギリガ〕電子戦装備は高台から飛び込むように大きく上昇、機体を逆さにした。あたふたと装甲を引き離した〔ギリガ〕通常装備の頭上、守る装甲の薄い首部に九〇ミリマシンガンの銃口を突き刺す。
「あなたのような人は大っ嫌いですっ!!」
コフィンは恨みを晴らすかのように、トリガーを力いっぱい引いた。
九〇ミリマシンガンが火を噴き、容赦なく弾丸を叩き込む。〔ギリガ〕通常装備は腹いっぱいに銃弾を食って内部爆発。装甲が四方に飛び散る。
その前に、コフィンは機体を後退させて爆発を回避していた。
急に気持ちが覚めていく。浮ついていた頭がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
何かに憑りつかれていたような気さえした。いや、そう思いたいというのが、今の彼女の心境だ。息が苦しくなり、思わず軍服の襟を開いて、大きく短く呼吸を吸い込んだ。嫌な汗が下着まで濡らしていることにも気付いて、少し驚いた。
シュミレーションだというのに、相手に対する憎悪は本物だった。その感情の流れは、戦闘ではなく意図的な殺人のものだ。憎くて、恨めしくて、この世から消し去りたいと思った結果。
もしも、これが実戦だったとしても――――。
「わたし、わたしは……」
「お疲れ、准尉」
気持ちの整理がつかないコフィンに、アリスの声が響いた。
コフィンはその声に重たいものを感じながらも、機体の姿勢制御を行おうと手足に力を込める。まだ、労いの言葉をもらう時ではない。早く残りの一機を墜とさなければ、完全勝利にならない。
だが、全身が震え、うまく機体を操れない。
「あ、あれ……」
「落ち着きなさい。少し周囲に警戒するだけでいい。君の役目は終わった」
「でも、まだ敵が――」
「だから、休めと言っている。このままだと、もたないぞ?」
アリスが強い口調で、命令だと最後に付け加える。
コフィンは体がだるくなるのを感じ取って、大きく肺いっぱいに空気を取り込む。そこで一旦息を止める。張った肩と肺を意識して徐々に薄まっていく頭の中で瞑想する……。しばらくしてから、ゆっくりと息を吐き出す。気持ちを緩やかに、操縦桿を握り直し、ラダーペダルの踏みしろを確かめる。
それから、頭を振ってコフィン・コフィンはゆっくりと〔ギリガ〕電子戦装備を操縦する。
「撃破された? あの女に?」
〔ギリガ〕通常装備の操縦者は、お嬢様と侮っていた尉官に撃墜されたことが信じられなかった。しかし、機体から降りて妙な現実との差異に戸惑いながらも、控室に戻った。
「三機撃墜、か。もう勝負は見えたな」
控室に入るなり、ヤッシュの他人事のような口調が聞こえた。すでに誰もが負けだと感じて、お通夜ムードだった。今しがた撃墜された彼に冷たい視線が注がれる。彼の立場は完璧に失墜していた。
ヤッシュたちの部隊は残りは〔ファークス〕通常装備一機のみ。この機体は、リーンの操る〔バーカム〕と交戦状態だ。
両者の射撃武装の残弾が切れ、武器をかなぐり捨てたのはほぼ同時だった。
「やれるか――?」
リーンは〔バーカム〕に肩部にマウントされている大幅のヒートナイフ二本を握らせて、ヒートブレードとシールドを構える〔ファークス〕通常装備と対峙する。
互いの機体のセンサーアイが、にらみを利かせて相手の出方を窺う。
操縦席内は、暑苦しく、静かな駆動音だけがインカム越しからリーンの耳に聞こえた。モニタには、火線も爆発も見えない。最後の一機を前にしていると、彼は直感した。
「落とし前をつけてやるっ」
〔ファークス〕通常装備の操縦者は、切れた唇に流れてくる汗が染みるのを感じて、一層神経をささくれ立たせていた。
いつまでも、戦場で棒立ち鳴っていられないとばかりに〔ファークス〕通常装備がシールドを前に突出し、突撃。機体を隠すようにして、ヒートブレードの刀身を隠す。
「野郎っ!」
〔バーカム〕もヒートナイフを逆手に持ち替え、正面切って飛び込もうとした。が、中途半端なスラスターの出力でバランスを崩す。その隙に、〔ファークス〕通常装備の盾攻撃が命中。
リーンは悔しさに歯を食いしばしながら、突き飛ばされた〔バーカム〕の姿勢を正す。
「なんだよ。何が、ダメだってんだよ……」
「お前の馬鹿さだよっ」
鋭い声が、リーンのインカムに響いた。
その時には、〔ファークス〕通常装備は自分の間合いに、逆さまの〔バーカム〕を入れていた。すぐさま、ヒートブレードが灼熱の刀身を振るってくる。
リーンは死に物狂いで操縦桿を突出し、〔バーカム〕を相手の下へ回り込ませる。寸前で剣撃を避けることに成功。だが、今度は勢いをつけすぎて、一気に距離を開けることになった。
「クソッ。無茶苦茶な反応をする」
リーンは自分の機体〔バーカム〕を扱いあぐねいている。搭乗して短いが、それでもこの機体がどういう性格かを読み取っていた。とにかく神経質で、人の言うことなど聞き入れない。どこでへそを曲げるのか、見当もつかない。個性が強いのだ、単純に言えば。
それでも、リーン・セルムットはこの我がまま機体を制御しなければ、何一つできない男で終わってしまう気がしていた。この宇宙に来るまでに、彼が培ってきたものを無意味にして、苦しんでいる人すら助けられない。その手に掴むものはなく、ただ漠然と虚空に挙げられたまま。
警報の叫びに、リーンは操縦桿を握り直し、足元から迫る相手に正面を向ける。
〔ファークス〕通常装備はシールドを掲げ、防御姿勢でまた態勢を崩すつもりか。
〔バーカム〕は高速で迫るそれを、両腕部で壁を作り正面から受け止める。その衝撃でリーンはシートに思い切り背中を突き飛ばされ、呼吸が詰まった。
それでも、無駄に体当たりを仕掛けるよりか、一気に間合いを詰められた。一旦腕部を押し出しから、ヒートナイフの刃を盾に突き立てる。
しかし、表層に電磁場を発生させたシールドは、ヒートナイフが纏うプラズマに反発。〔バーカム〕が両腕部を大きく上げて仰け反る。
「ぐっ――――」
「かっこつけるからだよ、馬ぁ鹿っ!」
相手の操縦者は嬉々として嘲って、〔ファークス〕通常装備にヒートブレードを引かせる。盾の陰に隠して、突きを繰り出そうとする。
「どうせ、あの女を抱き込もうって算段だったんだろうが――――」
挑発がリーンの耳に届く。
〔ファークス〕通常装備の様子は見えない。だが、全身の肌が泡立つ。危険だとどこかに身を潜めていた懐かしい感覚が囁く。
跳躍する精神と減速する体感。
リーンは肉体と精神の齟齬が薄れていく中で、緩慢な動作で操縦桿とラダーペダルを操作。まるで、見えざる手に操られたかのように、彼と彼に付き従う機械が動く。
「俺がもらっていくぞっ!!」
「――――っ」
刹那、〔バーカム〕はヒートナイフを胸部前、後ろ手に構えて迫りくる〔ファークス〕通常装備に突撃。大型スラスターが推進剤を爆発させて、矢のごとき瞬発力を見せる。
「バカなっ。この速さは……」
〔ファークス〕通常装備の操縦者が狼狽する。
盾の端っこからこぼれ見える〔バーカム〕が、すでに懐深く進撃している。速い。動体視力が追い付かないほどの瞬発力だ。
〔バーカム〕は兄弟ともいえる相手機体の左腕部を後ろ手に隠していたヒートナイフで肘から下を切り落とす。迷いのない一閃。続けざまに、胸部前で構えていたヒートナイフを手首部を回転させ、正眼にする。
だが、そこから一閃先に放たれるだろう振り下ろしを恐れて、〔ファークス〕通常装備の操縦者は機体を捻って、回し蹴り。〔バーカム〕の横っ腹に炸裂した。
互いの距離が開き、再度構えなおす。
「ケッ。まぐれだ、どうせ。いきなり動きがよくなるなんてのは、あり得ない」
操縦者はまだ止まない心臓の高鳴りをなだめるように言った。〔バーカム〕が、リーンが理由も定かではないものでいきなり動きをよくするなど、超常現象だ。理にかなっていない。
それでも、機械越しから伝わる静けさ、緊張が先にも増して彼の動きを縛り付けている。わかるはずもない。そう操縦者は言い聞かせながら、心臓の高鳴りを恐れてもいた。
「嫌なこと、思い出しちまったな……」
リーンはモニタに映る相手を睨みつけて、呼吸を沈める。インカムからわずかに聞こえる、ノイズ交じりの敵の息遣い。荒々しく、高ぶっている息だ。
ここは地上とは違う。物理法則も、地上とは違う仕様だ。だが、敵は変わらず、人間なのだ。
そう思った瞬間、リーンは操縦桿とラダーペダルを素早く切り返して、〔バーカム〕に命令する。ヒートナイフを順手に持ち直し、機体は先と同じように各スラスターを一瞬だけ噴射させて、あとは慣性によって進行。常にスラスターを動かす必要などないのだ。ここには真空、空気摩擦などありはしない。
爆発的な速度を一瞬にして叩きだし、〔バーカム〕が〔ファークス〕通常装備に肉薄。シートが乱暴に揺れるが、リーンは気にもしない。そもそも、シートが体を激しく揺するだけで済むはずがない。
「このぉおおおおおおおおおっ!!」
〔ファークス〕通常装備が操縦者の咆哮に奮い立ったかのように、ヒートブレイドを腰だめに振りかぶる。〔バーカム〕が間合いに入った瞬間、彼はほくそ笑んでヒートブレイドを横薙ぎに繰り出そうとした。
それよりも先に、〔バーカム〕の手からヒートナイフが投擲された。〔ファークス〕通常装備の胴部、操縦席に突き刺さる。何が起きたのかもわからず、〔ファークス〕通常装備は居合の構えのまま、後方へ流れて行った。
その一投は相手操縦者を、観戦していたアリスやヤッシュの目すらも釘づけにした。
「みえ、なかった……?」
真っ暗になったモニタを見つめて、〔ファークス〕通常装備の操縦者はつぶやいた。勝負は自分に分があると確信していたのに、タッチの差で逆転された敗北感と悔しさ、不条理さが彼を苛んだ。
リーンは〔バーカム〕の運動性能がたとえ仮想であっても、破格の能力を引き出していることに気付く。しなやかにして柔軟な動きをする合金筋繊維と強い骨組み支えられた基礎は、駿馬のような粘りのある肉体を連想させる。初めて、その理論をリーン・セルムットは肌で感じることができた。
そこに、アリスの声が試験小隊員たちのインカムに渡った。
「状況終了。アリス試験小隊、〔アル+1〕、中破。〔ギリガ〕電子戦装備、中破。〔バーカム〕、小破。敵、四機体を掃討を確認。以上。あがってきなさい」
各員はその言葉を聞いて、深く息を吐き出しながら、シュミレーションのログを取ってプログラムを終了させた。
ヤッシュたちは顔を真っ青にして、このシュミレーションの結果に不条理さを感じていた。
彼らが軒並み強かったわけではない、と四角顔の隊長が声を荒げる。惨めな言い訳が、控室中に響く。
「女子供と、どこの生まれかも定かではない男に部隊を殲滅されるなど…………。あの女狐、プログラムに細工を施したか?」
負け惜しみも甚だしい言い分。
ヤッシュもこればかりは賛同できなかった。負けたことは認めたくはないが、ここで騒ぎ立てては品位を疑われる。彼は自分の血筋に絶対的な自信を持って、負けてやったと心の中で決断した。
「あー、あー。聞こえてるよ、中尉殿。残念ながら、あたしはそんな面倒事はしない」
最後の操縦者が汗だくになって、控室に入るとヤッシュたちのインカムにハスキーボイスが流れた。
まぎれもなく、アリス・ジェフナムの声だ。
四角顔の隊長はうっと喉を鳴らして、自分の軽はずみな発言に危険性を発見する。
「さて、賭け勝負はあたしたちの勝ちだ。約束通り、准尉は編入。それと、君たちの部下は宇宙漂流刑」
「き、貴様ぁ……」
四角顔の隊長が怒りの形相で、歯ぎしりする。たかだか、二十歳すぐたばかりの小娘にいいように言われるのは、彼の中尉階級という功績が許さない。
しかし、ヤッシュと彼の部下は楽観的に、甘んじている様子だった。宇宙に放り出されることへの恐怖は微塵も感じられない。負けたことへの悔しさ、嫉妬心はもちろんある。しかし、それを蒸し返しても結局のところ意味のないこと。
だったら、コフィンに手を出したことを水に流すほうが、よっぽど利口な考えだ。
「では、この件についてはあたしから、中佐に報告しておく。あ、そうそう。このシュミレーションの結果も送るから、お楽しみに」
それは遠まわしに、死刑宣告を言い渡しているようなものだった。
ヤッシュたちはしばらく、アリスの言葉が耳から離れず無重力に体を預けた。
アリスはインカムを首に下げて、椅子の正面を集まった樹たちに向むけた。
彼、彼女らは皆一様に憔悴しきっており、汗を滴らせていた。つんっと汗のにおいが、アリスの鼻をくすぐった。
「まずは、よく頑張った。君たちの勝利で、この試合は終わり」
アリスは立ち上がって、彼らと同じ目線になる。特に疲労が目立つ樹、彩子、音はうなだれたまま、聞き耳を立てているようだった。
肉体というより、精神的な疲労が彼女たちの体を鉛のように重くするのだろう。
リーンは比較的すっきりした表情で、今までとは違う雰囲気を纏っている。つかえていた何かが外れたような、実直ながらも危険な香りを醸し出している。
コフィンはというと、疲れた顔でそれでもアリスの目をじっと見つめて待機している。
「後程、コフィン准尉の正式な編入手続きを上申するとして。その前に、君たち全員に言っておくことがある」
神妙な顔つきで、アリスは続ける。
「今回のような戦闘は避けろ。死にたくなければ、ね」
その言葉に誰もが目を見張り、自覚していた。あんな無茶苦茶な操縦は、現実的に考えて不向きだ。機体の前に、体力が持たない。実戦はシュミレーションのような生温い再現ほど、甘くない。
「まずは樹、彩子、音」
アリスは光のない半目のまま、樹たちを手招きする
樹たちは呼ばれたことに気が付いて、床を弱々しく蹴った。ゆっくりとアリスの元に漂っていく。その間に、アリスは椅子の足かけにつま先をひっかける。
瞬間、樹の頬にアリスの平手打ちが飛来した。パァンッと乾いた音が控室に響いた。
「い、いたぁ……」
樹は涙目になりながら、なすすべもなく壁際へ吹き飛ばされた。
後続の彩子と音はその様子に戦慄したが、アリスの平手打ちは容赦なく二人連続で弾き飛ばした。
「……くぅ」
「痛ぁい……」
彩子と音が態勢を立て直した樹の元へ飛ばされ、二次災害。三人はもみくちゃになって宙に浮かんだ。
「君たちは機体に負荷をかけ過ぎだ。整備が限定的な以上、損傷はなるべく避ける。毎度あの調子で壊されたら、パーツもお金も足りなくなる。わかったわねっ」
「は、はい……」
「声が小さいっ」
「――――はいっ!」
樹たちは緩やかに流れながら、同時に返答する。ひりひりする頬の痛みを恨めしく思いながら、言われたことに対して吟味しだしていた。何が悪いのか、と思考を巡らせる。
アリスは小さくうなずいて、コフィンに目線を移した。
びくりとコフィンはその半目の瞳に恐怖を感じた。
「次、コフィン准尉」
「え、えと……」
「あたしの部隊に配属される以上、あたしの流儀でやらせてもらう」
何か質問は、とアリスは赤くなった手を軽く握ってドアをノックするしぐさを見せる。
コフィンは逡巡して、意を決して前に跳んだ。目を固くつむって、覚悟を決める。
「目を瞑らない」
「はいっ」
コフィンが目を見開いた瞬間、アリスの平手打ちが彼女の頬を捉え、乾いた音を響かせる。
「――あうっ」
「動作が遅い。二機を取り逃がし、あまつさえ肉を切らせて骨を断つ戦術。考えを改めなさい。あと、相手の言葉攻めにいちいち怖がらないこと。それくらい、常識」
コフィンは盛大に樹たちと衝突し、ビリヤード玉のように四方八方に弾けた。
「最後、リーン軍曹」
「ハッ」
リーンは威勢よく返答するとすぐに床を蹴った。
すると、アリスは平手打ちをしていた手を固く握りしめて身を引いた。
「歯、食いしばりなさいっ」
「――――っ!」
彼は内心、話が違うじゃねぇかと叫びたかったが、反射的に警告通り歯を食いしばった。
瞬間、アリスの見事なアッパーカットが的確にリーンの細い顎に直撃した。メキッと歯が嫌な音を立てる。
そのまま、リーンは平手打ちとはけた違いの速度で天井に脳天をぶつける。脳みそに刃物でも突き刺さたかのような鋭い痛みと鐘を打ち付けたような鈍い音が響いた。
「ごっ、あ……」
「機体の扱いは、及第点ね。でも、まだまだ実戦で使えるレベルではない。僚機との連携を大切に。せっかく、勝ち取った新人よ。仲良くなさい」
「…………」
天井から跳ね返って、降下するリーンは朦朧とする意識で、アリスに頷いた。疲労が相まって、彼はそこで意識が吹き飛んでしまった。
樹たちは控室の方々で、体を支えて叩かれた頬を擦ったり、押さえたりしている。
アリスは一人痛む手の握力を確かめながら、きっぱりと言った。
「では、小休止を取り三十分後、訓練再開。いいわね?」
その言葉に、樹たちは疲労がどっと押し寄せてくるのを感じた。




