~賭けるもの~ 電子の中の賭博戦〈中編〉
ひときわ激しい振動が、樹たちを襲う。口の中で、歯がかちかちと頭蓋骨を震わせるように打ち合った。
「――――っんく。状況は?」
「左脚部、損傷。サブ・スラスターをやられたわ」
「音、無駄撃ち厳禁っ」
〔アル+1〕はビーム・ライフルを発射しがら、旋回して上下に展開する〔ファークス〕電子戦装備と〔ギリガ〕通常装備の火線か脱出する。狙いを外したビーム・ライフルの閃光が、見当違いの方向へ飛んでいく。
「うぅ……」
音は悔しそうに唸ると、〔アル+1〕にビーム・ライフルを下げさせる。無駄撃ちができないのは、彼女とて承知のこと。闇雲に射撃をしているつもりもない。しかし、樹の物言いはとげとげしく、音のやる気を著しく害した。
「ふて腐れないで。事実でしょう――――」
樹が言うのと同時に、警報が鳴り響いた。
「真上から、高速熱反応っ!?」
彩子が上擦った声を上げる。
〔アル+1〕はバリアブル・バーニア六基からプラズマを破裂させるように噴射して、加速。すぐ後ろを、レールガンの光が尾を引いて通過した。
凶弾を回避したことに、樹は思わずほっと胸をなでおろす。これがいけなかった。
「がら空きっ」
相手の〔ファークス〕電子戦装備と〔ギリガ〕通常装備が〔アル+1〕の背後に回ると、各主力火器を斉射した。
「――――っむぅ」
音がすぐさま、右脚部のレールガンを作動させ、牽制。
「なんだとっ!」
〔ファークス〕電子戦装備は予期せぬ攻撃を、構えていた盾に食らった。レールガンとは違う桁違いの破壊力が、盾をマウントしていた左腕部ごと吹き飛ばす。
「あんな足癖の悪い」
僚機の〔ファークス〕が散開するのを見て、〔ギリガ〕通常装備の操縦者も回避しつつ、九〇ミリマシンガンを連射し続ける。
〔アル+1〕は弾丸の嵐に見舞われ、右腕部に被弾。ひじ関節部をやられ、その上跳弾が脇部に食い込んだ。跳弾まで設定してはいるが、少々やりすぎの気がある。
だが、高機動追加装甲をしている〔アル+1〕でも脇の装甲が薄い。薄いというより、『本体』の装甲がむき出しなのだ。
「ああん、もうっ。右腕、損傷。脇に数発めり込んでるじゃない。どういう設定してんのよっ」
けたたましい警報音とともに、彩子の怒鳴り声が無線に響いた。彼女は電子戦用モニタを睨みつけて、左右のコンソールパネルを操作する。損傷箇所のチェックと同時に駆動系の接続回線の変更を試みる。少しでも機体の機動性、運動性を損なわないためにも必要なことだ。
控室で観戦しているアリスは、急激に機体状態を変更していく彩子の手腕に驚かされる。彼女は〔AW〕に関してつい一週間前まではド素人だった。今でも素人だろうが、システム工学は違う。機体のシステムを統べる今の皆守彩子は専門家の領域にあった。
「あの子、一体どこでこれだけの知識を……」
〔アル+1〕は右腕部をだらりと下げながら、右脚部のレールガンで追撃してくる牽制。機体も上下左右に振って、射撃を回避する。
「バッテリー、残り四割弱。上から援軍が来てるよ。距離、四〇」
「――――っ」
「樹、後ろの敵、倒す」
音がレールガンの残弾を見て、提案する。このまま追いかけっこを続けていても、いずれは相手が援軍と合流して、撃墜される。
「てか、軍曹たちはどうしたのよっ!」
彩子はようやく、右腕部を動かせるまでにして怒鳴った。
音が〔アル+1〕のマニピュレーターを操作して、ぎこちない動作をする腕に不安を覚える。射撃はできそうだが、一発撃ったら反動で今度こそ使用不能になるだろう。
「樹、向く」
「…………」
樹は〔アル+1〕の回避運動に専念して、話半分の状態だった。しかし、彼女の中でも立ち向かわなければならない、という衝動があった。
「樹っ!!」
「わかった。援軍が来る前に、決着つける」
刹那、〔アル+1〕はすべてのバリアブル・バーニアを反転。最大出力で逆噴射をかけ、急停止。そのままの勢いで、逆走を始める。
無茶苦茶な機動に、機体がエラーアラームを鳴らす。それも彩子の手によってねじ伏せられ、異様な振動するシートだけが彼女たちに襲い掛かる。
「やる気だな」
「ガキが、いきがってんじゃねぇっ!!」
追撃していた〔ファークス〕電子戦と〔ギリガ〕電子戦装備は各々主力火器の弾倉を変えて、〔アル+1〕を迎え撃つ。
お互い『幻覚』の間合いを測る。
「『幻覚』有効範囲まであと、五……、四……、三……、二――」
「音、相手の動きを止めて」
「あい」
音は足元に映る照準線を、向かってくる二機に合わせ、トリガーを引いた。ビーム・ライフル二丁が、閃光を瞬かせて発射される。右腕部がその反動に耐えられず、肘関節から下のコントロールを完全に失う。
同時に『幻覚』が発動。出力が下がり、バリアブル・バーニアから勢いよく噴き出していたプラズマの光が、一気に衰弱する。
「やりやがったなぁあああ」
〔ギリガ〕通常装備はすんでで、横へ回避。モニタがビーム光が迫ってくるのを映し出している状態で止まった。コンマ数秒の世界で、彼は命をものにしたのだ。
「ヤバい――」
一方〔ファークス〕電子戦装備は、ビーム・ライフルが光ったのとほぼ同時に『幻覚』を発動させていた。だが、〔アル+1の『幻覚』を受けて、方向転換もできず、機体はビームの中へ飛び込んでいった。
ビームの中から違う光りが膨らみ、撃墜したことを知らせた。それは、樹たちはもちろん、味方のバディにも気づかれない敗北だ。
「くそっ。ゲームオーバーかよ。ま、どのみち、あのデカブツも終わりだな」
操縦者は悲観するわけもなく、真っ暗になったモニタを見て言った。だが、最後にいい仕事をしたと、彼は少し慢心していた。
「訓練終了だ。控室に戻れ」
「了解」
ヤッシュ・カルマゾフの指示がインカムから聞こえ、撃墜された操縦者はハッチを開いて、自機から降りた。
「復旧、まだ?」
音が不安そうに止まった通常モニタを見て言った。
「わかんないわよ」
彩子は無駄だとわかっていながら、コンソールパネルを操作する。処理能力が落ちているなら、人の手で手順を省略できると思ったからだ。電子戦用モニタは劣化しながらも、少しずつ機体状態を更新している。
「どうやら、こっちの勝ちらしいな」
『幻覚』の呪縛から解かれた〔ギリガ〕通常装備は、無様に流れていく〔アル+1〕を見つける。
操縦者は口の端を吊り上げて、歓喜の笑みを浮かべる。このまま、撃破するのは容易い。地べたを這いずり回る虫を踏みつぶすのに等しい。それでは、つまらない。
「それに、他の連中も来たようだな」
〔ギリガ〕のセンサーアイは、〔アル+1〕以外の二機を捉えていた。〔ファークス〕通常装備と電子戦装備だ。コフィンたちを撃墜したのか、早い合流だった。
操縦者は獲物を狩るのを一旦押さえて、二機との合流を計る。
「てめっ! 俺のお土産を台無しにするのかよ」
撃墜された〔ファークス〕電子戦装備の操縦者がインカムに向かって怒鳴った。当たり前だ。せっかくおぜん立てしたのに、これでは犬死ではないか。
「そうかっかするなよ。所詮は、シュミレーション。所詮はガキどもだろ」
〔ギリガ〕通常装備を味方バディのほうへ移動させながら、操縦者は言った。
相手の動きをディスプレイ越しに見ているアリスは、馬鹿だなと口を動かした。それから、インカムのマイクを口元に寄せて樹たちと交信する。
「状況は?」
「先生? 今、復旧完了」
「あ、一機墜ちてる」
「おぉ……」
彩子のあっけらかんとした報告に、音が感嘆の声を上げる。
樹は二人の間の抜けた反応に、呆れながら〔アル+1〕のバリアブル・バーニアの角度を調整して、近づいてくる二機、いや合流しようとしている一機も入れて三機編隊を正面に捉える。
「気を抜くと死ぬよ、彩子、音」
アリスの底冷えする言葉が、三人に聞こえた。並々ならぬ迫力は、彼女たちの気持ちを引き締めた。
次の瞬間、相手三機からの射撃の猛襲が襲い掛かってきていた。レールガン、九〇ミリマシンガンのマズルブレーキから青い電気と赤い火花が散る。シュミレーションとは思えない演出だ。
樹は〔アル+1〕を旋回させて、遠回りに敵との距離を詰めていく。それでも、出力の落ちた推進力は敵の一斉掃射を避けきることができない。
「肩と足――――っ、あとテール・バインダーに被弾。距離を取ってよ」
彩子は小刻みに揺れるシートに辟易しながら、損害報告をする。そして、追加項目が更新されると、彼女は声を荒げた。
「漏電なの!? テールバインダーに当たったのが原因なの!? なんて設定なの!?」
「なのなの、うるさいぃ」
音はまだ動く左腕部のビーム・ライフルを三機編隊に撃ち込んで、少しでも攻撃の手を和らげる。その隙に〔アル+1〕は牽制の右脚部レールガンを放ちながら、距離を取る。
「奴ら、誘ってるのか?」
「いや、逃げてんだよ、あれは」
〔ギリガ〕通常装備の操縦者の質問に、〔ファークス〕通常装備の操縦者がひしゃげた顔で笑みを作る。必死に虚しい抵抗をする相手をいたぶるのも、彼には快感だった。コフィンのように黙って抵抗らしい抵抗もできない方が、もっと好みなのだろうが。
〔ファークス〕通常装備が一旦射撃をやめ、アフターバーナーを駆けて追い縋ろうとする。だが、けたたましい警報音によって意識を削がれ機体の回避運動に移った。
「意外と早い到着だ」
言った傍から、九〇ミリマシンガンの斉射が三機編隊に降り注いだ。各機は軽々と避けて、射撃元を割り出す。
たった一機の〔ギリガ〕電子戦装備の影を三機が捉える。〔バーカム〕はずっと後方で、この空域に急行していた。早くて三分ほどで戦闘に介入できるはずだ。
「残りは、あと二つです」
コフィンはサブ・モニタに表示された予備弾倉の数を見て、つぶやいた。相手の射撃を回避しつつ、〔ギリガ〕電子戦装備は九〇ミリマシンガンに装填されている弾倉を排除し、予備弾倉を再装填。残りの弾倉は、一つになった。
「まずは……」
彼女はメイン・モニタの上部に映る〔アル+1〕の合流を計る軌道に機体を進めた。ここはなんとしても樹たちと協力して撃破、あるいは凌いでリーンの到着を待つしかない。
だが、メイン・モニタで〔アル+1〕の拡大画像を見ると大きな戦力は望めそうになかった。右腕部はピクリとも動かず、右脚部もスラスターを失っている。加えて、放電現象なのか機体の背部から電気が飛び散っている。
それでも、コフィンの意図を察したらしく〔アル+1〕は残る左腕部を駆使して、ビーム・ライフルを撃ちだす。戦闘はまだ続けられる、と言わんばかりだ。
「通信が届けばいいのですけど――――、きゃっ」
〔ギリガ〕電子戦装備に、敵の九〇ミリマシンガンが命中。ぐわんとシートが大きく揺れた。
操縦席でつんのめりになるコフィン。
「でしゃばるからだよ、お嬢さまが」
瞬間、〔ギリガ〕通常装備が射撃を緩めることなく接近。
「コフィンさん? ――――っ」
樹たちが〔ギリガ〕電子戦装備に気を取られていると、〔ファークス〕二機が一気に詰め寄り、白兵戦に持ち込もうとする。
〔アル+1〕はビーム・ライフルを持ったままの左腕部で、ヒートブレイドを展開。だが、〔ファークス〕通常装備が残っていたマイクロミサイルを全弾発射。同時に後退をかけていた。
至近距離からのミサイル攻撃。
「ああん、一か八かよっ。樹、デコイ使うわよ」
彩子が言って、すぐさま樹は〔アル+1〕の前部と肩部のバリアブル・バーニア四基を迫りくるミサイル群に向け後退。デコイが軌跡をなぞる様に放出された。
デコイ群とミサイル群が衝突。すさまじい爆発が〔アル+1〕を煽り、足元をすく上げられたかのように機体を回転させる。
「――――っ」
樹はその状態からバリアブル・バーニアを一気に噴射し、無理やり機体のバランスと針路を整える。ふらついたのは一瞬。そこからは、方向も定かではない宇宙へ直進していた。
樹たちは目をぎらつかせ交戦中のコフィンの元へ〔アル+1〕を向かわせる。興奮状態。頭の中が急激に冷えるのと、体が熱くなるのを感じた。
「甘いなっ」
だが、すぐ真上を〔ファークス〕通常装備が併走。レールガンの銃口を〔アル+1〕の背中に向けていた。
瞬間、数発の弾丸が〔ファークス〕通常装備に飛来した。射程距離外からなのか、弾丸のほとんどが逸れて、機体にかすりもしない。それがコフィンの〔ギリガ〕電子戦装備からではなく、別の機体からだとすぐにわかった。
「来たな。あの野郎っ」
操縦者は歓喜して、痺れる顔で笑みを浮かべる。〔アル+1〕は無視して、向かってくるもう一機に向かう。
ゆえに、〔ファークス〕電子戦装備が〔アル+1〕討伐に当たった。分の悪い勝負ではない。彼の機体も『幻覚』の使用で出力ダウンし、再度それを発動できないが問題の範疇ではない。それほどまでに、〔アル+1〕の飛行は弱弱しいものだった。
「この勝負、俺たちの勝ちだなっ」
〔ファークス〕電子戦装備の操縦者は勝ち誇って、相手にレールガンの銃口を向ける。無防備なその武骨な背、テール・バインダーに狙いを定めて――――。
発砲。
一直線に進む電光の弾丸が、〔アル+1〕に突撃する。
刹那、〔アル+1〕は六基すべてのバリアブル・バーニアを頭上に向け、先ほどと同じく急停止。もちろん、弾丸は命中した。だがそれは、瞬時に突き出された左脚部だった。
「…………」
樹たちは心に風が吹き抜けたように、体温が下がるのを認識した。
左脚部が砕ける。足の裏から膝へと弾丸が貫通し、そのまま胴体部をかすり抜けて言った。それは無茶苦茶な軽減策だった。命中した瞬間、辛うじて生きていたシステムを使い音がパイルを打ちだし、進行方向を変えたのである。
「な………」
アリスも思わず口をあんぐり開けて、彼女たちの恐ろしい策に驚嘆する。
恐ろしい反応速度。彼女たちが相手を誘ったにしても、分の悪い勝負だった。数日〔AW〕に乗ったからと言って、使う方法ではない。
「なん、だと――――」
〔ファークス〕電子戦装備の操縦者が驚きに目を見張るころには、〔アル+1〕のビーム・ライフルは光を放っていた。
彼の視界が真っ白になったと思ったら、暗転。何も映らない操縦席で彼が呆けていると、インカムから彼の上官の震えた声が聞こえた。
「訓練終了……。お前の負けだ」
今回は中編を含めた戦闘部分になります。視点も展開もグダグダですが、暖かい目で見守ってください。
本音は掲載の日取り間隔を開けたくなかっただけです。なので、中途半端な感じになっています。すみません。
またご遠慮なく、感想やご意見をお送りください。




