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マシン・レコード  作者: 平田公義
第六章
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~賭けるもの~ 関係性

「〔シーカー〕07より入電。任務失敗。死者、三名。一名重体です」

「任務失敗か。まぁ、こういうときもあるさ。生き残ったのは誰だ?」


 グレッグは月の管制室で報告を受け、オペレーターに詳細を希望した。任務に出て行った〔シーカー〕07は破壊した〔リンカー〕からブラックボックスを回収することになっていた。運が悪かったのか、小隊のほとんどを壊滅されているのは、彼にも驚きだった。


 オペレーターはヘッドフォン型のインカムを耳に押し当てて、〔シーカー〕の機長と連絡を取る。


「――了解。帰還の無事を祈る……。大尉、生き残ったのはハンス・ルゥという男らしいです。しかも、たった一機の未確認機体に三機がやられたそうです」

「悪運の強いこった。見込んだ通りの男だよ、奴は」


 グレッグはハンスの生還を思いのほか、喜ぶことができた。もともと簡単な任務だったのを鑑みれば、生還しない方がおかしいくらいだ。


「だが、三機撃墜をした敵は厄介だな。『地球平和軍』にもエースがいるもんだ」

「未確認機体について、閣下に報告は?」

「報告は後でいい。そんなことでお手を煩わせるわけにはいかない。ちょうどいい奴も、帰ってきたんだしな」

「ちょっと、大尉。どこ行くんです?」


 グレッグが席を立つと、オペレーターたちは不満そうに視線を射た。まだ交番の時間ではないのに、出て行こうとする彼は規則に反している。合理的ではない。


「馬鹿。便所だよ、便所。ああ、それと『リヴァイアサン』からまた接触して来たら、今度は適当に答えてやれ」

「適当、とは」

「あしらえってことだよ」


 言って、彼は管制室を出て行った。月の重力にも慣れて、しっかりと足をつけて廊下を闊歩する。背筋を伸ばし、威風堂々とした風体で目的地を目指す。


「以外だな。まさか、『地球平和軍』にも骨のあるやつがいるとはな……」


 口の中で、苦々しくつぶやく。


 グレッグが所属していた時、『地球平和軍』には抜きんでた操縦技術を持った操縦者を見たことがない。軍属上がりの貴族など論外。成り上がりで来ている軍人にしても、やはり宇宙環境に長らくさらされた『奴隷階級(スレイブ)』に比べれば幾分か劣る。だが、幾分かなのだ。一番厄介なのは、戦いの感触を知っている人間の直感。戦場に舞い戻った拍子に、そんな感覚を持つ操縦者のさび付いていた感覚が研がれたのだろうか。


 もしそうなら、三機撃墜の未確認機体は強敵となりうる。『新人類軍』の中でも対抗するだけの技量を有しているのは、ごく一部の者だけだ。任せるとしたら、そうした(つわもの)がいい。


 グレッグは廊下を数分歩いて、〔AW〕ドッグに足を踏み入れる。ちょうど、中二階に当たるキャットウォークに出た。鉄の焼ける臭いと、耳に痛い金属音がそこかしこから鳴り響いている。下の方へ彼が視線を向けると青白い光が瞬いている。どうやら、次の量産型の最終組み立てをしているようだ。詳細は知らない。一足先に、『サテライト』で製造されているのは聞いていたくらい、すでにブロックごとのパーツができていたのには驚かされた。これも、羽目を外した研究員たちの仕業だろう。


 眩しい小さな閃光が目につき、彼はすぐに壁にかかっている防眩ゴーグルをつけて、人探しを始める。オレンジ色に彩られた視界に、作業服を着た何人もの整備士と奥の方で整備を受けている〔ミリシュミット〕のパイロットであろう人影が見える。


「いるとするなら、ここだろうが…………」


 グレッグはいけ好かない性格の猛者の顔を思い浮かべて、うんざりする。ハンスがダメな以上、彼の知る限りで次に信用できる強さを持っているのは一人しかいなかった。耳の奥で採掘作業でもされているかのような轟音が残り、そんな思考も削られていった。


 キャットウォークを降りて、一階のデッキを散策する。何機もの〔ミリシュミット〕が宙づりの状態で整備を受け、反面整備士の姿は少ないように見えた。『ローグ1』からの護衛を終えた程度では、せいぜいスラスター・ノズルの清掃と次の出撃に備えた補給くらいだからだろう。


 しばらくして、防眩ゴーグルの視界に異様な色彩を放つ〔ミリシュミット〕があった。ゴーグルをずらして、確認する。


「あの派手な色は、奴の好みだな……」


 赤い〔ミリシュミット〕。


 グレッグは移植された腕部を見るまでもなく、彼女の機体だと判断する。そして、案の定、派手な機体の操縦者、(リン)燕華(イェンファ)はつなぎの作業服を着て、整備作業をしている男に媚びていた。作業服の上半身はきわどいビキニで、すらっとした細身をまざまざと見せつけていた。黄色肌に短い黒髪と東洋系である。


 作業をしている男の方も目のやり場に困りながらも、蛇のようにからみつく彼女を跳ねのけることはしなかった。煩悩がまさに、理性といい勝負をしているところだ。


「ねぇ。この後、どうする? せっかくの休みなんだよ、あたし。一人は嫌なんだ」

「すんません。これの整備があるんで……」

「おや。こんな固い機械を触ってる方が、気持ちいいのかい?」


 グレッグは近づくたび、彼女の睦言が徐々に聞こえてきていた。癖のひどい英語だ。発音が機械的だった。思い返すと、積極的に言い寄る女にろくなことはない、と昔父親に聞かされた覚えがある。そんな教訓は、彼が年を重ねていく内に忘れてはいたが。


 グレッグの存在にいち早く気づいたのは、言い寄られていた男のほうだった。どこかほっとした表情を浮かべて、敬礼する。


「こ、これは大尉殿! 御見苦しいところをっ」


 上擦った大声が、離れた作業場の音を割いて聞こえてきた。


 それに、燕華(イェンファ)はむっとして見せ、男から離れる。つまらないとばかりに、男の足をついでに踏みつけていった。


 男の方は身震いすると、膝をついて足の痛みに耐えた。


「おやおや。久しぶりだな、少尉殿」

「少尉とか呼ぶのはお前くらいだよ、ベル。もう階級なんぞ関係ない」

「お前も、まだベルと言ってくれるんだね。嬉しいよ」

「嬉しさも感じないくせに」

「悦楽も知らないだろうに」


 グレッグと燕華(イェンファ)は久しぶりに会ったことを祝うように、憎まれ口を叩き合った。彼らは『新人類軍』結成以前の知り合いで、夜を共にすることもしばしばあった。だが、それだけの関係。夫婦でもなければ、恋人同士でもない。友達というにはドライだし、知人というにはウェット。男と女の間柄、というのが一番しっくりくる。


 跪いて、痛みが引くのを待っていた男はグレッグと燕華(イェンファ)の雰囲気に居た堪れなさを感じていた。


 すると、グレッグが男に手を差し伸べる。


「大丈夫か? 悪いがすぐにでも、仕事に戻ってくれ」

「りょ、了解です。大尉殿」

「だから、大尉はやめろ」


 グレッグは握った手をぐっと引き上げて、男の背中を思い切り叩いて送り出す。


 燕華(イェンファ)は一人腕組みをして、そのそそくさと去っていく彼の背中を眺めた。


「逃げ足の速いこと……」

「いらん粉を振りかけるな。次の作戦まで時間がないぞ」

「粉というより子種を植え付けられるのは、あたしの方だ」

「その破廉恥な言葉遣いを堂々と使う。死んでも直さない気だな」

「そういう性分なんでね」


 すると、燕華(イェンファ)はグレッグの体に寄り添った。何の気なしに、彼の腕を抱くように絡んで悪戯な笑みを浮かべて見せる。


 グレッグは懐かしい膨らみのある感触を覚えて、しかし毅然とした面持ちで赤い〔ミリシュミット〕を見上げた。


「機体の扱いうまいよな、(リン)隊長?」

「…………」


 仕事口調で言うグレッグに、燕華(イェンファ)はまたか、と肩を竦めてさらに強く抱きしめた。


「無論だ。敵はつまらなくて、退屈。もう少し、強い相手がほしいな」


 彼女は冷淡な口調で言う。乾いた欲望と弛緩した感受性を、爆発させるほどの刺激を欲していた。根性論や精神論で勝てると思っている相手は、無策でどんくさい上、あっけなく落とせてしまう。


 もっと、違う境地。人を殺すことを機械的にできる相手なら、きっと満たしてくれる。


 グレッグは燕華(イェンファ)の底知れない貪欲さが脳の制御チップで薄れていないか、と思ったがやはり予想した感触を彼女は持っていた。


「先ほど、〔ミリシュミット〕二機を同時に相手して、その後さらにもう一機撃墜した未確認機がいる知らせがあった。詳細はのちのブリーフィングで話す。()れるか?」

「たったの三機? 『地球平和軍』じゃ、その程度で強い部類なのかい」


 燕華(イェンファ)はグレッグから離れると、気まぐれに一回転して、くびれた腰に手を当てた。彼の『地球平和軍』に対する評価はとにかく低い。組織力にしても、兵力にしても、思想にしても。内部腐敗のありさまを知っているから、言えるのだろう。


 (リン)燕華(イェンファ)も操縦技能には自信があった。宇宙という環境で精神を犯されても、培った経験が発揮されている。近接武装しか使わないスタンスをとるのは、そうした経験と自信の表れだ。


「まぁ、少尉の言うことなら胸にしまっておく。あたしを楽しませられるかどうか、早く試したいね」


 燕華(イェンファ)は妖艶な笑みを浮かべて見せて、グレッグの反応を窺った。


 彼の表情は硬く、何か悩んでいる風でもあった。彼女に対する心配ではない。こうして、たった一人の女性に強敵の存在を明かしたことに、一種の罪悪を感じていた。合理的ではないと。


 その顔を、燕華(イェンファ)は覚えていた。ベッドの上で時折見せた、まだ感情をそれなりに持っていただろう頃と同じだ。そのかげりに、どこか彼女は心を許してしまったのだろう。


「さて、報告は済んだ。そろそろ戻らんと、示しがつかない」

「ふんっ。お互い、いい歳なんだ。気を張るなよ」

「いい歳こいて、ビキニ姿も頑張るなよ」


 グレッグと燕華(イェンファ)は作業音に負けない声を出し合う。


 それから、グレッグは踵を返して管制室に戻っていく。その背後で、燕華(イェンファ)の大声が響いた。


「残念だが、これはブラだよっ!」


 そんな彼女の勝ち誇った声が、グレッグの頭をガンガン殴りつけた。


 三十路を迎えて、何をやっているのだろうかあの露出狂女は、と偏頭痛を覚える。


『新人類軍』内部も、まだまだ感情や欲望から解脱しきってはいなかった。だが、着実に合理的かつ冷静な判断を誰もが下せるようになったのは言うまでもない。今はまだ、公私を分けようとする程度だろう。それはプライベートと実績を混ぜないくらいの些細な変化だ。


 グレッグはそう考えながら、モーガン・ジェムの掲げる『真に理性的な人間』に近づけるのだろうか、と不安がよぎった。 

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