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マシン・レコード  作者: 平田公義
第六章
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~賭けるもの~ 面倒事

 どれくらい寝ただろう。


 乾いた熱気に、体が火照り、汗ばんでいる感触。


 アリスはアパートの自室のベッドに仰向けになって、天井の一点を見つめていた。瞼は重くのしかかるように瞳を半分隠し、目元のクマは一層暗く落ち窪んでいるように見える。彼女はタンクトップにショーツ格好で、かかっていたくしゃくしゃのタオルケットをおもむろにどける。固いベッドの寝心地は疲れた体に優しいわけではなかったが、身の丈に合ったてるのかなと思わされる。


 ふと視線を横に向ければ、デジタル式目覚まし時計がぽつんと置いてある。時刻は正午を回ろうとしている。任務から帰還して、かれこれ十時間近くになるが、残務処理やら技術部への報告やら反省会やらで閑散とした自宅に帰ってきたのは、五時間くらい前。シャワーを浴びても、睡眠時間は確保できていた。


 なのに、デジタル時計の時間を十分おきに見ている自分がいることに、彼女はぼんやりする思考で自覚した。


「あー…………」


 喉が焼けるように乾ききっている。そういえば、残っていたワインを飲んだことを思い出す。一瓶飲んでも、頭がぼんやりした程度で結局眠れなかった。体がだるいのはそのためかもしれない。


 アリスは寝返りを打って、ベランダの冊子にかかったカーテンから漏れる光に目を細める。いつまでも寝ているのはもったいない。


 だるい体を起こして、一度伸びをする。微睡んだ感覚が抜けきらない。喉も苦い。


 アリスがとりあえず水を飲もうと足を床につけた瞬間、壁にかかっている電話がけたたましい呼び出し音を響かせる。


「はぁ……」


 頭に響く呼び鈴に、アリスはぼさぼさの髪をかき乱して立ち上がる。一瞬足元がふらつき、前のめりになる。その勢いで壁まで早足で移動し、壁に手をついて受話器を取る。


「はい。どちら様で?」

 

 ハスキーボイスがさらに擦れて、アリスも自分の声に呆れた。


『はい? ジェフナム少尉――――、ですよね?』

「えー、はい。ちょっと、待ってもらえます?」


 アリスは相手から了解を得て、電話を保留にする。それから頭痛のする頭を抱えて、台所に向かう。


 流し台に放置されているグラスを軽くすすいで、そのまま水道水を注いだ。コロニーの水がおいしいはずもないのだが、彼女にしてみれば水にうまいも不味いもない。飲めるか、飲めないかわかれば十分なのだ。


 体内に残っているアルコールを洗い流すように、一気に飲み干しす。すぅっと体に沁み渡る感覚が活力と覚醒を促す。


 アリスは飲み終えたグラスをまた流し台に放置して、両手をその淵についた。まだ重い頭を下げて、深く息を吸う。肩が自然と上がり、胸が張る感覚を覚えて、ゆっくりと取り込んだ空気を吐き出す。


 どうにも芳しくない。瞼を閉じると、つい数分前のことのように苦い昔のことを思い出す。


 アリスは自身のもろもろのことを一旦記憶の隅に置いて、軽く頭を降った。昔も戦場なら、今も戦場の真っ最中だ。いくら休息を得たからと言って、やれることはやるべきだ。


 短く息を吐いて、彼女は電話に戻って受話器を取った。


 相手の息を飲む声が聞こえた。


「ごめんなさい、お待たせして。それで、用件は?」


 アリスの気迫の戻った声に、電話越しの相手が言いよどんだ。相手にしてみれば、まだ擦れた声に違和感を覚えていただろうが、仕事らしい話ができると思ったのだろう。すぐにも、はきはきとした喋りだしをする。


『はい。まず、前回の戦闘で、CB6、バズーカ、ロングレンジ・レールガン、あとレーザーソードと電子戦強化ゴーグルの実戦データを持ってきてくれたことに感謝を。ただ、ジェフナム少尉の報告にいくつか質問がありまして……』

「何? 君、どこの会社員?」

『エッジバルドです』


 アリスは相手がエッジバルド重工の技術者と知って、肩を竦める。仕事熱心なのは、自分だけではないと認識させられる。とはいえ、この場合の気色は違っていて、大儲けするためにテストパイロットの高評価を得ようという算段が見え見えだった。


「そう。で、君の会社の製品は……、なんだっけね?」

『電子戦強化ゴーグルとレーザーソードです。他社の製品と比べて、わが社の評価が低いのはなぜです? 十二分に考慮した設計になっているはずですが?』

「まぁ、技術力は買いましょう。でも、現場の判断としては、懲りすぎなのよ』


 アリスは受話器のマイクを押さえて、あくびをする。


『はぁ。具体的に言いますと、どのあたりが?』


 相手も負けじと自社の製品の正しさを証明したそうに問うてくる。冷静な口調だが、熱意というのだろうか。受話器越しから聞こえる息遣いに熱気を感じる。


 アリスは瞳に浮かんだ涙をぬぐいながら言う。


「電子戦強化ゴーグル、だっけ? あれ、感受性が良すぎて、余計な負荷がメイン・コンピュータにかかるの。プロセッサーもきりきりで――――、そういえばプロセッサーは別会社の外注だっけ?」

『ええ、イタリアのマーレージ社製です。しかし、信用できるユニットで、エポッヘとはわけが違います』


 協定関係にあるのか、やけに賛美的な言い回し。加えて、〔ギリガ〕シリーズを打ち出しているライバル会社、エポッヘ社への苦言も忘れない。


 技術屋よりもセールスマン向きの性格なのだろう、電話の相手は。


「だったら、その会社にもっと処理能力の高いプロセッサーを作ってもらうことね。現段階じゃ、一長一短の備品よ。報告にも入れたとおり、送信出力はおおむね良好だけど」


 アリスは面倒そうに言って、だらんと下がっている手で太ももをリズミカルに叩く。


 正直、どれかに優れて、その代わりに劣った点があるのは好ましくない。画一的であれば、無個性で市場競争などしないのだろうが。今回の場合、エッジバルド重工の実験装備のコンセプトが従来の機体〔ファークス〕シリーズのコンセプトと齟齬があるのだ。可能ならば、というより最低限自社のコンセプトとの齟齬は広がってほしくない。


 電話の相手はそうした会社の売りを理解しているのだろうか。


 受話器から、相手の鼻息が荒くなるのが聞こえてくる。


『でしたら、レーザーソードは!? あれは史上初となる近接型ビーム兵装で――――』

「それなら、ビーム・ライフル作ってよ。うちの小隊にもそれ持った機体があるけど、小型じゃないの。それに、〔AW〕の接近戦は流行らないと思うけど?」


 アリスの言い分に、相手がぐっと喉を鳴らす。


『…………。確かに、電子戦(EW)装備がある以上、接近戦は無茶苦茶かもしれません。ですが、敵との白兵戦はそうした電子戦(EW)装備の介入を阻む意味もありまして、やはり必要なものです』


 電話相手は、それなりに〔AW〕の戦術を心得ているようだった。作っている側なのだから、わからないではおかしい話だ。通常(ノーマル)装備と電子戦(EW)装備の力関係は、一見すると電子戦(EW)装備が戦局を大きく動かしているように見える。それは間違いではない。だが、あくまで大局でものを考えるなら、最終的に圧倒するのは通常(ノーマル)装備だ。使う兵装の電力消費、火力、機動(マニューバ)。それらのバランスが最も取れている兵装ゆえに、電子戦を除外した。バディ編成で、さらに電子戦の面は補える。電子戦(EW)装備の『幻覚(ゴースト)』は厄介だが、対処できないほど出鱈目な能力ではない。宇宙では慣性が働き、機体のスラスターが止まっても移動はする。操縦者がどれだけ熟練しても、出力の落ちた機体で直線とはいえ高速で動く標的を当てるのは難しい。だから、緊急回避の場面で多く使われるし、決定的なチャンスがない限り使わない。それこそ、接近戦時くらいだ。


 アリスも〔AW〕の戦術を知っているからこそ、言えることが一つあった。


「そうね。でも、電子戦(EW)装備に燃費の悪い装備を持たせるのは、これっきりにして。アーク放電だか、なんだか忘れたけど、馬鹿にならないくらい電気使うんだから」

『え、ええ。おっしゃる通りです……』

「ああいうのは、うちの接近戦担当に持たせるよう言っといて。それと――――」


 アリスは最後の最後に、落胆する相手に告げる。


「決定的に刀身が短い。腕は切り落とせても、胴体を切れなきゃ意味ないの、じゃ」


 アリスは受話器の向こうからわめき声が聞こえたが、無視して受話器を戻した。


 急に静まりかえる部屋。数秒彼女も黙り込んでから、太ももを叩く手を止める。


「シャワー浴びよ……」


 そうつぶやいて、ユニットバスに向かおうとした瞬間、今度はインターホンが鳴った。


 アリスは一歩踏み出した態勢で立ち止まって、様子を窺う。まさか、別の会社が直接質問しに来たのではないか。直談判までしてくる企業があるとするのなら、どれだけ執念深いことだろう。


 居留守を装っていると、ドアを喧しくノックする音が響いてきた。どんどんと何度も何度も叩く音が、酔いの残った頭に響く。それでも、アリスは玄関先に向かうどころか、下着姿のままで迎えるそぶりも見せない。


「あぁ、面倒臭い……」


 ついに折れたのは、アリスだった。ドアを叩く音が徐々に勢いを増していることに、妙な危機感を覚えたからだ。


 訪問者は何をそんなに焦っているのだろうか。


 アリスは脱ぎっぱなしで放置されていたカーゴパンツを穿いてから、玄関へ向かっていく。


「誰? 何の用?」


 玄関を少し開ける。午前の明るい光と少しくすんだ臭いに目を細めた。だが、彼女の視線の先に人影はなかった。


「――――あら?」


 アリスが唸るように言うと、ふと下の方から視線を感じた。


「せんせ、だいじょぶ?」


 心配そうな声音。


 聞き覚えのある声に、アリスは眉を曇らせて視線をドアを開け放った。


 瞬間、大きく後退した訪問者、詩野(うたの)(おと)がぶかぶかの軍服の上着の裾を掴んで彼女を見上げていた。お尻まで届きそうな長い黒髪が、この暑い中ではウザったそうで、(おと)の頬に一筋の汗が伝う。


「何しに来たの?」

「えと……。お話、しに」


 よそよそしい日本語で、(おと)は言った。いつもの弾んだ声ではない。どこか陰鬱な、悩みを抱えているよう聞こえた。近くに(いつき)彩子(あやこ)の姿もなく、彼女一人で訪ねてきたらしい。


 だからと言って、アリスは彼女個人にまで気を回したくない。小隊の部下ではあるが、あくまで教官と部下であり、私的な面でも世話をする必要性がどこにあるというのか。


「だったら、あとにして。午後はシュミレーションの訓練があるでしょう? その時にね」


 アリスは戸口をゆっくりと占めていく。


 その間、(おと)はなにか言いたげに口を開けては、何も言えずただまっすぐにアリスを見ていた。言い知れない不安の色が、(おと)の表情から出ていた。その意味するところを、アリスにも共感できる部分があった。以前の自分もこうだったのではないか、と頭でささやく声が聞こえる。


 戸を閉めて、しばらくアリスはその場を動かなかった。せめて、立ち去る足音くらいは確認しようと、そっと聞き耳を立てる。だが、一向に立ち去った気配も足音もない。覗き穴を除くと、うつむく(おと)の姿があった。いつまでもそうしているつもりなのだろうか。部屋の中ですら蒸し暑いのに、外で厚い軍服を着ていたら倒れてしまう。


「何やってるの…………」


 アリスは愚痴って、ドアノブを握るのを一瞬ためらってから、思い切ってドアを開ける。


 (おと)は一瞬肩を跳ね上げたが、すぐにアリスのほうへ視線を向ける。気まずそうな表情を浮かべるのは、アリスの表情が険しいからだろう。


「せんせ……」

「あー。今じゃないと話せないことなの?」


 このまま放置しても、居座るような気がしてアリスは確認の意味を込めて訊いた。


 すると、(おと)はこくりと頷く。思い詰めている様子で、誰かに縋りつきたそうな子供のそれだった。


(いつき)たちじゃ、ダメなのね?」


 その質問にも、(おと)はこくりと頷いた。


 アリスは歯の間に何か詰まったように息を吸って、ぼさぼさの髪を掻く。それから、数秒ののちに根負けを認めて、深く息を吐き出す。


「…………。わかった。上がりなさい」


 アリスは戸口を支えて、(おと)を背中を叩いて迎え入れる。甘え上手というか、人の良心を逆なでするというか。(いつき)彩子(あやこ)にある自立心というものが、(おと)からは感じられない。幼さと依存性が強い気さえする。


 そうしたもろもろのことを感じ取りながらも、アリスは自身の甘さに呆れる。


「でも、少し部屋で待ってて。シャワー浴びたいし。暑かったら、ベランダ開けるなり、エアコンかけるなりしていいから」

「あい。ありがと、せんせ」


 玄関でブーツを脱いだ(おと)は静かに言う。


 それからアリスは部屋、と言ってもワンルームなので案内をするまでもなく、(おと)の様子を少し見てから、ユニットバスに入った。


「先生、か。あの子たち、隊長よりもそういうのがしっくりくるのかな……」


 アリスは衣類を脱ぎながら、そうつぶやいた。加えて、先生と呼ばれることにちょっとした愉悦を感じていた。軍人よりも、そういう人生も良かったのかもしれない。


 だが、洗面台の鏡に映る自身のやつれた顔を見て、似合わないかと自嘲の笑みを浮かべる。それから、浴槽に移動して、ビニールカーテンを閉めた。


 蛇口をひねると、まだ冷たいシャワーの水が彼女の全身を濡らした。

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