表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マシン・レコード  作者: 平田公義
第一章
4/152

~皆守 彩子~

 宇宙船〔リンカー〕は月の建設基地『サテライト』の港に無事入港することができた。港は縦掘りの地下施設で、とがった舳先を上にして、スカートのように広がった船尾を下にした状態だ。壁面に備え付けられた固定アームが次々と船体を固定し、続いてボーディング・ブリッジが船のエア・ロックに接続された。

 

「何? 月についたの?」


〔リンカー〕の一室には数人の人たちが頭痛に悩まされながら、座席に座っていた。

 その中で少女、皆守(みなもり)彩子(あやこ)は不満顔で視線を巡らせていた。先ほどまで床だった箇所が、今では壁として横にあることが不思議で仕方ない。

 座席も上を向いており、体も妙に軽く感じる。

 初めて宇宙服を着て、宇宙船に乗ってと宇宙尽くしの環境に、彼女の理解が追い付かないのだ。

 

 すると、部屋のロックが解除され、ヘルメットなしの宇宙服を着た軍人が入ってきた。

 アサルトライフルを肩にかけて、剣呑な雰囲気がひしひしと彩子(あやこ)に伝わってくる。


『移動する。妙な動きはするなよ』


 短くそういって、軍人は一人ひとり座席のシートベルトを外して、銃口を背中に突き付け出入り口に追いやる。

 彩子(あやこ)は彼の話す英語を断片的にしか聞き取れず、首をかしげてみせた。しかし、一連の動作を見て、なるほどと理解はできた。


『すまない。頭痛がして……。頭痛薬をくれないか?』


 彩子(あやこ)の隣で、一人の男が苦しそうな声が上がる。

 彼の様子を見て、彩子(あやこ)は彼が助けを求めていると思った。

 

 大きな国際テロとの戦いを経た世界は、その折のコミュニケーションの悪さを反省して、全世界で英語教育の強化をするよう呼びかけていた。戦いで傷ついた国々は真摯にその提案を受け入れ、今では母国語とは別に第二母国語として、広く大衆化している。

 彩子(あやこ)の故郷、日本でも積極的に打ち出されている教育だ。


 しかし、彩子(あやこ)は十分に英語教育を受けておらず、わずかな日常会話がわかる程度で話すまでは至っていないし、リーディングは多少できても、ライティングは全くできない。


 頭痛を訴える男をしり目に、軍人は機械的に室内の人を追い出していく。


「ちょっと、あんた聞いてんの? この人、なんか言ってるけど!」


 彩子(あやこ)は無視を決め込む、軍人につっかかる。

 しかし、彼女がしゃべっているのは日本語。

 今度は軍人のほうが何を言っているかわからず、眉間にしわを寄せる。


「むぅ。ぜんっぜん通じない……」


 愚痴っていても解決するわけもなく、彩子(あやこ)は隣で青ざめる男を見守るしかなかった。

 体の自由も利かない。宇宙服の厚みはさらに動きを制限した。

 宇宙に上がってくれば、そこはもう地球とは別世界だと感じる一方で、『地球平和軍』の配慮のなさに失望する。


 そもそも、『地球平和軍』が宇宙開拓を指揮しているのは、地球での争い事がほとんどないからだ。国際テロへの懸念、残党がいつまた大量虐殺をするかわからないから、強大な軍組織がなりたっている。しかし、争いの火種はそうした世界的なテロイズムではなく、局地的なもの。


 それが漫然とした『地球平和軍』の欲求不満なのだろう。

 争い自体は潰えないが、紛争地域に赴くのは決まってPKO団体。非軍事制裁の姿勢が固まって彼らが、平和的な解決策を行っている。だから、『地球平和軍』が動くのはそうした紛争では最終手段なのだ。


『地球平和軍』とはいわば、武力の象徴。存在それ自体が、強い意味を持っている。


 彩子(あやこ)はそうした世界的な意図など知らないから、『地球平和軍』が怠慢で高慢、おまけに力で押さえつける軍隊だと思っている。

 その見方は間違いではないから、世間にも不満の声は多い。


 いよいよ隣の席に軍人が回ってきて、頭痛を訴えていた男を退出させた。彼が治療を受けられるか心配になったが、労働者の扱いくらい心得ているだろう。

 彩子(あやこ)は少し安心して、自分の番が回ってきたことを確認した。


『お前、さっき何と言った?』


 目の前に来た軍人が、彩子(あやこ)を見下ろしながら言う。

 シートベルトを外す気配はなく、高圧な瞳が彩子(あやこ)をすくませる。


「え? 何? 呼んだ? ああ、イェス?」


 彩子(あやこ)は彼の英語を考察して、結局意味が分からずあやふやな返事をした。

 アサルトライフルが視界にちらつき、固唾をのむ。

 軍人は奇怪な表情を浮かべて、彩子(あやこ)のシートベルトを外す。

 

『お前は別室だ。やはり、純血派の人間は考えていることがわからん』


 立ち上がった彩子(あやこ)の背後で、軍人がそう言った。

 彩子(あやこ)は不審な目を向けるが、背筋が凍りつく感触が発言する気力を奪う。突き付けられた銃口に、ただならない違和感を覚えてのことだ。


「あたしの人生、踏んだり蹴ったりってわけ……」


 彩子(あやこ)は口の中でそうつぶやいて、しっかりと床に足をつけて退室する。

 すこし強く蹴っただけでも体が浮く感じがして、月に来たという実感を持てた。

 だが、流刑地送りだと思うと、心の内が冷え切ってしまう。それも冤罪で連れてこられれば、なおのことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ