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マシン・レコード  作者: 平田公義
第五章
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~初任務~ 本当は……

『こちら、〔シーカー〕07。ハンスさん、他の皆さんは?』


 その通信を聞いて、ハンスはぼろぼろになった〔ミリシュミット〕電子戦(EW)装備の操縦席で目を覚ました。周囲の状況はわからない。真っ暗なモニタには、エラーの表示すら映っていない。おそらく、メイン・カメラが壊れたのだろう。


『ハンスさん、生きてますか?』

「っつ。何とか……」


 体中が痛む。肺に空気を送るたびに、骨が軋む感じがした。折れてはいないようだが、かなりの無理をしたらしい。


 ハンスは鉛のように重たい体を動かして、指先でコンソールパネルを叩く。丁寧に人差し指で操作し、メイン・カメラからサブ・カメラへとモニタの出力を変える。


 映ったのは黄金に輝く月と輝く星々を散りばめた真っ暗な宇宙。つい、最近までこんな景色を横目にしながらコロニー建設に従事していたことを思い出す。

 

 すでに、〔リンカー〕の残骸空域から機体は大きく離れ、機体は慣性に任せるまま宇宙を漂っていた。

 

〔ミリシュミット〕電子戦(EW)装備はもう動ける状態ではない。自慢の機動力を生む、大型ノズルは限界を超えた使用によって溶解し、超伝導素材の配電線にもかかわらず過度の電流でジュール熱を出し、ところどころ漏電している。


『座標、わかりますか?』


〔シーカー〕の機長から淡々と質問が来る。


「座標は…………、測定、不能。回収してくれ……」


 喉を鳴らすたびに、頭を鈍い痛みが襲う。


 霧がかかったような意識の中で、ハンスは最後の力を振り絞って救難信号のボタンを押した。そこで彼はまた暗く重たい闇の中へ意識を沈めていく。


「あの、青い機体……」


 任務を失敗し、味方を殺され、危うく自身も命を落としかけた。しかし、それはハンス・ルゥにとっては些細な問題だ。それよりも、取っ組み合った青い機体〔バーカム〕とその操縦者が気がかりだった。感情が抑えられているのにもかかわらず、それだけが嫌に頭から離れなかった。




 アリスたちの乗る〔シーカー〕は任務を終えて、『ガーデン1』に急行している。少しでも早く、寝具に体を横にしたかったからだ。


 初任務しては上々の成果と言える。ブラックボックスの回収、試作機、実験兵器の実戦使用によるデータの蓄積。本当のところは、(いつき)たちの訓練をしたいところだったが、アリスもリーンも体力的に無理があった。


 (いつき)たちからの不平不満の声は当然あった。子供が駄々をこねている感じがして、アリスとリーンは呆れて、さらにやる気を失ったのも事実。


 にもかかわらず、真っ先に眠りについたのは(いつき)(おと)彩子(あやこ)だ。


〔シーカー〕の休憩室(レストルーム)で少女たちの穏やかな寝息を聞きながら、アリスは電子パットにペンを走らせていた。今回の任務の報告書と、技術部に対する文句だ。パイロットスーツのファスナーを下ろして、下半身はそのままで、上半身は汗でぬれたタンクトップを晒している。少しでも涼を取りたいのだ。


「何だよ。さっきまで散々文句たれてやがった割に、これかよ」


 リーンが疲労困憊した顔で、操縦室のほうから流れてきた。手には二つの飲料パックが握られていた。

 

 アリスは顔を上げて、リーンを見た。疲れた半目と色濃いくまは今もあり、一番睡眠が必要そうに見える。


「静かなだけマシよ。それに深夜も過ぎれば眠くなるわ。ふぁああ……」

「あんたは寝ないのかよ」


 リーンは大あくびをするアリスに飲料パックを一つ投げた。


「仕事が山積みだし、最近眠れなくてね。ちょうどいいんだ」


 アリスは流れてきた飲料パックを受け取って、吸引ストローを引き出すと口にくわえた。中身はコーヒーらしく、ほろ苦い味が乾いた舌の上に広がった。


 リーンは自分の電子パットを持って、アリスと席を一つ空けて横並びに座った。彼も飲料パックの吸引ストローを咥えこんで、〔バーカム〕の機体状態を報告書にまとめる。


 その際、ふわりとアリスから洗剤らしい甘ったるいにおいが漂ってくる。


「隊長、無理し過ぎんなよ。倒れられたらことなんだぞ」

「その優しさを、寝ている子たちに向けられないの?」

「ガキは苦手なんだよ…………。身勝手だし、図々しい」

「女の前では寛容なくせに、器の小さいことを言うじゃない」


 アリスは飲料パックを近くに浮かせて、再び電子パットにペンを走らせる。キィ入力はもちろんあるが、手書きでやるのが彼女の一種のポリシー。文字を書き連ねていると、少し頭の中で整理がつくからだ。


 リーンは電子パットの入力を画面を睨みつけながら、キィ入力で報告書を作成していく。


 女の前では寛容。そういわれるのが気恥ずかしい反面、ふとコフィン・コフィンのことを思い出している自分がいた。彼女の声で『優しいですね』という言葉が脳裏を過った。

 

 一層気恥ずかしくなったリーンは作業の手を止めて頭を振っった。それから、一気に飲料パックの栄養ドリンクを飲み干した。


「はぁ…………。ったく、これだから」

「ああ、そうそう。〔バーカム〕の調子はどうだったの? かなり苦戦していたようだけど」


 突然、アリスが剽軽(ひょうきん)な調子で言った。


 リーンは不審に思って、アリスを一瞥してからとつとつと口を開く。上官の権力誇示らしい言い方だったのが、なお彼の自尊心を傷つけた。


「あれは、俺の腕が甘かったというか……」


 アリスははっきりとしない物言いに、書く手を止めてコーヒーを一口吸った。


「そんな弱気では困るよ、リーン軍曹。近々戦艦を争奪するんだから、気は大きく持ちなさい」

「戦艦。〔イリアーデ〕か? 『リバイアサン』にあるとか言う……」


 リーンは目を見開いて、アリスの横顔を見た。ひどく沈んだ表情で、ペンを走ら始めていた。どこか心が乾いたような、ざらりとした感触が彼女から伝わってくる。砂塵の中か、荒野の果てか。昔にもあった空気に、リーンのこめかみが鋭い痛みを感じた。危機感だ。


「そうよ。もうすぐ就航する〔イリアーデ〕を、出港直前で奪い取る作戦が発表されるでしょうね。そうなれば、あたしたちの部隊も最前線送りになる」

「新規編成された部隊で、しかもこの短い期間で襲撃するってのか!?」


 リーンが思わず大声を上げる。


 後ろの方で、(おと)のぐずる声が聞こえる。隣りの彩子(あやこ)が何事かうわごとを言って、また寝息を立てる。(いつき)はというと、静かに人形のように動かない。


「声が大きい。三人が目を覚ます」

「お、おう……」


 アリスは声を潜め、濁った瞳でリーンを一瞥する。寝ていられるなら、寝かせておく。少しでも体力を温存しておかなければ、連戦など無謀だ。


 リーンは振り向いて(いつき)たちの様子を観察する。起きた気配はない。シートに固定された彼女たちは少し身じろぎをした程度だった。


「あくまで、あたしの予測。でも、そういう計画が持ち上がってることは下士官にも広まってるのね」

「噂程度だがな。明確な作戦内容は知らないし、日時もわかんねぇ。けど、ほかの連中は息巻いてる奴らばかりだ。弔い合戦だとか言ってな」

「無理もない。戦闘ストレス反応って聞いたことある?」

「んだよ、それ?」


 リーンは知らない単語を耳にして、手元の操作がお留守になる。アリスの顔をじっと見つめる。


 アリスは淡々とペンを走らせながら言った。


「戦闘によって陥る心理的反応。君はこう感じたことはない? 平穏を壊され、多くの同胞を亡くし、敵勢力の強さを知り、憤りや恐怖の感情が錯綜する感覚」

「今はそれほどでもねぇよ。昔に比べりゃぁ、整理もついてる」

「君みたいにみんなが整理できれば、いいだけどね。だが、現状の『地球平和軍』は階級問わず、素人同然。宇宙での戦争なんて誰も経験したことないもの」


 アリスは髪を掻き揚げて、一息ついた。その時、彼女の首筋に一筋の傷跡がリーンの目に飛び込んできた。切り傷だ。深くはないが、ぞっとするものがある。


 彼女が自分と同じ成り上がり軍人だというのを思い出して、顔を背ける。戦場で生きたものだからこそ、その致命傷すれすれの傷跡は心苦しかった。


 それに気づいていないアリスは淡々と話を続ける。


「そして、不安と憤りが円熟して、人を戦いに駆り立てる」

「士気が上がった時期に、奪取する気か」

「そういうことね。兵士たちが息巻いているのを聞いたら、そろそろかな、とは思うよ」


 アリスは疲れた笑みを浮かべる。そしてすぐに、寂しい瞳をした。


「あの子たちにもその兆候がある。だから、面倒を見たくなかった……」


 口の中でつぶやいて、アリスに過去の断片が舞い散った。


 いつの間にかいなくなった家族。うわごとを延々とつぶやく兵士。絶叫が、悲鳴が、怒号が、爆音が頭の中で彼女の耳を(つんざ)くように響く。


 アリスは唇をかみしめて、少しでもそのことから気をそらそうとした。だが、フラッシュバックする記憶の欠片は、まるで雪崩のように押し寄せてくる。


 人が死んでいく。爆発に飲まれ、機関砲が薙ぎ払い、装甲車が人を跳ね飛ばし、巨人の足に踏み潰され、老いも若きも、男も女も、大人も子供も、無差別な暴力の前に沈んでいく。


「おい、隊長……」

「――――っ」


 アリスははっと我に返って、心配そうに見つめるリーンを見た。


 過去と今が混線する。敵ではない。そう、彼は敵ではない。過去は過去だ。もう数年も前に決着したことをいつまでも引き摺ってる場合じゃない。


「顔色、悪いぞ。てか、いつも寝不足みてぇな顔してっけど。いきなりどうした?」

「あぁ…………」


 肩で息をして、全身から吹き出した汗にアリス自身驚いた。もう大丈夫だと思っていたが、ここ最近になって頻繁に思い出す過去。


 視線を落とすと、汗ばんだ手で書いた文字は蛇のようにうねった線となって、電子パットの報告書をのたうちまわっていた。


 リーンはそのアリスの一層やつれた表情に、ぐっと奥歯をかみしめる。愚鈍だった。隊長だからと安心していたが、そうじゃない。彼女は自分以上に重いものを抱えている。


「あんた、本当は戦える精神状態じゃないだろ」

「…………。戦争が終わらなければ、同じことよ」


 アリスはそう言って、報告書の書き直しを始める。それでも、手元の震えはまだ止まらない。


 リーンはそんな彼女の頑なな意思を思うと、軍をやめるよう進言するのも(はばか)られた。だが、その意思がどれだけ持つか正直不安だ。隊長の責務、部下に対する情念を彼女は捨てることはできないだろう。その重みがバランスを取っているのでもあれば、押しつぶそうともしている。


 だから、彼女は(いつき)たちの前では少なくとも、『先生』をしなければならない。それが最後の心の支えのように。


 そして、彼と同じ『軍隊』という組織でしか生きられない人種だと知った。戦いを旨とする世界でしか、自己を認識できない存在。いや、他の道を選ぶことをしなかった愚か者か。




 すでに、『地球平和軍』宇宙軍は着々と静止軌道上の造船ドック『リバイアサン』攻撃に備えて準備を進めていた。〔イリアーデ〕の確保を最優先とした任務に、兵士の間で士気が向上している。戦艦一隻を手に入れることは、のちの戦いに大きく響くことを肌で感じていたからだ。〔リンカー〕戦艦計画は物資の補給を受けつつ、進行しているが完成の目途が立たない。今回の作戦からは除外された。


 さらに懸念されているのが、火星探査に出た派遣船だ。時期的にも戻ってくる頃合で、その受け入れを急がなければならなかった。予定では派遣船は『ミューゲル1』を経由して、月の『サテライト』に帰還することになっている。しかし、今は戦争中。それでは敵の戦力増強につながってしまう。派遣船は小惑星帯、アステロイドベルトにも足を延ばして、今回そこから小惑星を回収してくるともされている。それは十分な兵器となる。『ガーデン1』あるいは地球に向けて落とせば、ひとたまりもないだろう。通信網はまだ船とはつながる範囲にはなく、早々に打開策を練らなければならなかった。


 加えて補給、とくに人員の補充は急ぐ必要があった。宇宙環境に適応させるために、教育しなければならなかった。時間が圧倒的に足りない。『地球平和軍』が『奴隷階級(スレイブ)』と呼んだ人たちがここまでの脅威になるとは思ってもいなかったことだ。数の上では『地球平和軍』に分があるだろうが、戦闘効率や一人一人の熟練度なら『新人類軍』が一枚上手。それをカバーするために、組織内のやっかまれ者である成り上がり軍人を前に出す必要があった。精神的に追い詰められているのは、前線で戦う兵士よりも後方で大局を見定める高官たちの方だろう。だから、兵士一人一人の精神状態など気にせず、前線送りにするつもりでいる。


『第一次宇宙間抗争』と銘打たれた戦争は、まだまだ問題が山積みの上、浮上してくる。


 (いつき)たちはそうした流れを今は読み取ることなく、夢の中を漂う。少しの安息を体感することで、彼女たちの精神は柔軟になっていくことだろう。

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