~初任務~ 誤算が生んだ戦い〈後編〉
アリスの〔ファークス〕実験型が〔リンカー〕の残骸空域に飛び込むと、船尾のほうでひときわ大きな閃光が瞬いた。それが意味するのはなんなのか、アリスにはわからない。だが、少なくとも死んでいないはずだ。
「リーン……、うっ!」
がくんっと上下に揺れる〔ファークス〕実験型。ショックアブソーバーのおかげで、操縦席には軽い振動だったが、機体全体は大きくバランスを崩している。
「さっきので、無理をした――――」
アリスはメイン・モニタに映る景色と、サブ・モニタを交互に見る。片手はコンソールパネルのキィを叩き、サブ・モニタに表示されている姿勢制御システムの再設定。先の戦闘で瞬間EMP、『幻覚』と電子兵装の連撃で、コンピューターの処理能力が著しく低下している。実験装備でパルス波の増幅値は上がっていたが、それでも処理能力が追い付かないでは話にならない。
〔ファークス〕実験型はぐずるように機体を揺すりながら、何とか重心を定め、飛行する。
「長くは戦えない、か」
アリスは忌々しげに口を尖らせて、機体を船尾の残骸へと急がせる。
船尾の残骸は少し欠けた月のようになっており、身を隠す場所は少ない。だが、これを中心にして、リーンは敵二機の分散を図っていた。幸い、周りにも盾になる残骸が浮かんでいる上、敵も残弾を気にし始めている。特に、ハンスの〔ミリシュミット〕電子戦装備は、ガトリング砲を撃つのをためらっているように見えた。
しかし、彼の予想に反して敵は常に横並びの編隊飛行で追ってくる。
「こいつら、固まって飛ぶのが好きなのかよっ」
「落ちろよ、青色」
大口径レールガンを背部の換装パーツにマウントした〔ミリシュミット〕通常装備が、左右のマニピュレーターから十徳ナイフを展開して、一気に突っ込んでくる。
ノイズ交じりの無線からかすかに聞こえた敵の怨嗟。感情に流されているようで、それでいて冷静さを失っているようには思えなかった。
リーンは素早く操縦桿とラダーペダルを操作する。徐々に力加減のコツをつかみ始めてはいたが、まだ完璧ではない。
流れるように機体を横向きにするつもりが、〔バーカム〕は敵に背を向ける形をとってしまう。
「――――ったく。っざけんじゃねぇぞ!」
リーンはサブ・モニタに映る敵の姿を見て、肝を冷やす。
「愚の骨頂だなっ」
突撃してくる〔ミリシュミット〕通常装備が展開した十徳ナイフを引いた。突きを繰り出すつもりだ。高速で、しかも推進剤が通うメイン・スラスターを突かれれば、刀身の短いナイフでも十分に撃破できる。
距離が一気に詰まる。
だが、〔バーカム〕はサブマシンガンを後ろ手に回し、照準もままならない状態で乱射する。
「ふざけたマネを――」
〔ミリシュミット〕通常装備は一度右へ回避し、頭部バルカンで牽制する。
ハンスも機体を船尾側、左へ回避させると、〔バーカム〕の背後に〔ミリシュミット〕電子戦装備のガトリング砲を放った。
十字砲火が、〔バーカム〕に襲い掛かる。リーンは意識を飛ばされそうになりながらも、一気に機体を降下させ、強引に火線から脱出する。〔バーカム〕の大型スラスターが鋭い閃光を放ち、目くらましになってくれた。
ハンスたちは一瞬、機体の操縦を忘れたがすぐに〔バーカム〕の後を追おうと、機体の正面を下へ向ける。
刹那、〔ミリシュミット〕二機の警報が鳴り響いた。
「な――――」
ハンスが疑問を口にするよりもはやく、電光石火の光の矢が発信翼の一つを破壊した。機体に振動が走った。
ハンスたちはその正体を確かめるより早く散開し、デブリを盾にして身を隠す。狙撃機なのか、見事に発信翼を打ち抜かれ、ハンスの〔ミリシュミット〕電子戦装備はその効力を半減させられた。もう妨害を張るので手一杯の状態だ。
「援軍? 隊長たちは?」
ハンスはコンソールパネルを操作して、電子兵装の調整をする。まだ戦える。火器には一切当たっていない。だが、『幻覚』も使用不可能な状態で太刀打ちできるだろうかと不安がよぎる。
「やっぱり、〔ファークス〕じゃ反動を殺しきれない」
ロングバレル・レールガンの銃口を上げた〔ファークス〕はすぐに手近なデブリに隠れる。
応援に駆け付けたアリスだが、敵の一機も落とせず歯噛みする。リーンの〔バーカム〕がどこにいるのかもわからず、敵の様子を窺うしかない。下手に出て行っても、敵の集中砲火にあうだけだ。今の〔ファークス〕実験型では回避しきれない。
そこでアリスは隠れたデブリに宇宙服を来た人の死体が刺さっているのを見つけて、目を細める。こんな死体がごろごろした場所で戦うのは気が引けるし、気分も悪い。幸いというべきか、鼻にへばりつくような血の匂いがしないだけ、まだ頭が冷静に働く気がする。
リーンも敵の追撃が来ないことを不審に思いながら、損傷のチェックをしていた。
「かすり傷程度。サブマシンガンはダメ、か」
〔バーカム〕の背部を船尾に押し付ける形で、攻撃タイミングを模索する。〔バーカム〕に残弾のなくなったサブマシンガンをサイド・アーマー・ラックに収め、肩部のヒートナイフを持たせた。
「敵はあの変な機体だな。やってくれるよ」
〔ミリシュミット〕通常装備は十徳ナイフをマニピュレーターのひだ状のラックに収納されるさせ、ラックの展開も解いた。代わって、大口径レールガン二丁を構えなおし、デブリから少し機体を出すと〔ファークス〕実験型が隠れられそうなデブリを狙撃していく。その行為は闇雲に撃っているのと同じで、ハンスはその様子を苛立たしく思った。
〔ファークス〕実験型の近くでデブリが吹き飛ぶ。その破片が装甲を打ち付け、くぐもった異音が操縦席に響いた。大口径だけあって、あれでは盾で受け流すことは不可能だ。確実に『CB6』が誤作動して、自爆する。
それでも、アリスはこれを好機とばかりに〔ファークス〕実験型に背部のハードポイントからバズーカを取らせ、時限発射プログラムを立ち上げる。バズーカに限らず、射撃武装には機体から時限式で発射するシステムがある。ほとんど使われない機能だが、うまく使えば心強いものだ。
「タイミングは三秒後。勝負」
コンソールパネルを操作して、バズーカに時限信号を入力。あとはマニピュレーターから離れれば、作動する仕組みだ。盾がマウントされているマニピュレーターでバズーカを持っていたが、特に支障はない。
またすぐ隣をプラズマをまとった弾道が通りすぎる。
刹那、〔ファークス〕実験型はバズーカを先の弾道上に放り捨てる。同時に空いたマニピュレーターに鉈型レーザーソードを持たせる。
「出てきやがったかっ」
敵の操縦者はモニタの端っこに出た影を見つけて、隠れる意味はなくなったとばかりに機体を晒した。
「よせっ。罠だ!」
ハンスはいち早く影の正体を見破り、無線に叫んだ。が、妨害がひどく、味方に届かない。彼の〔ミリシュミット〕電子戦装備もデブリから飛び出し、僚機を援護しようとする。
〔ミリシュミット〕二機の反応に気が付いたようにその影がすぐに上昇した。
〔ミリシュミット〕通常装備はメイン・カメラから標的を外してしまったが、すぐに機体の角度を変えて飛んで行った方向に照準を合わせる。
「な、あれは――?」
照準に捉えた敵操縦者は絶句した。
影の正体は細いシルエットの〔AW〕用バズーカ。閃光にモニタの処理が間に合わず、完全に〔ファークス〕実験型だと思い込んでいた。その証拠に下方で爆発が起きた。
そして、〔ファークス〕実験型はすでに〔ミリシュミット〕通常装備を目前にしている。
「あとで回収しなきゃ――――」
アリスは言いながら、沸き立つ緊張を味わう。
角度を変えようとする〔ミリシュミット〕通常装備に突撃。レーザーソードの刃が激しい光を放ちながら、展開される。刃は厚い刀身の片方に、剣先と柄を結んで収束装置が細いプラズマの刃を張っている。弓鋸のような感じだ。
「――――間に合えっ」
ハンスの〔ミリシュミット〕電子戦装備が接近。ガトリング砲の照準をアリス機に定める。
瞬間、接近警報が鳴り響いた。
「なんだ? おうっ!」
ハンスがそれに気づいた瞬間には、横から突き飛ばされるような衝撃が操縦席を襲っていた。 機体の横間から、〔バーカム〕が突進を仕掛けてきたのだ。
そのまま〔バーカム〕は〔ミリシュミット〕電子戦装備を巨大なデブリに衝突させ、抑え込む。さらに暴れまわる敵にスラスターの出力を上げて対抗。敵も同じくスラスターの出力を上げて、脱出を試みている。力比べだ。
「やればできんじゃねぇかよ、おい」
リーンは〔バーカム〕の動きに感心しながら、ヒートナイフを敵機の首筋に突き立てた。〔ミリシュミット〕電子戦装備の首部から火花が飛び散る。
「貴様、なんて邪魔を」
ハンスは頭部バルカンを使おうとしたが、全く反応しない。先の一撃でモニタの映像まで粗くなっていた。視界を奪われたことに苛立ちながら、〔バーカム〕の拘束を解こうと機体をがむしゃらに動かす。ガトリング砲の銃身が、〔バーカム〕の横っ腹に幾度も叩き込まれる。
「仕掛けてきたのは、テメェらだろうがっ!」
無線が拾ったハンスの声に、リーンは揺れる操縦席で怒鳴った。両者の操縦席で警報音が鳴り響いていく。
〔バーカム〕が次の斬撃を繰り出そうとするのを、ハンスの〔ミリシュミット〕電子戦装備は空いているマニピュレーターでその手首をがっちりと挟み込んだ。センサとの接続が悪いにもかかわらず、カニの手はぎりぎりと〔バーカム〕のマニピュレーターを破壊していく。
「テメェら、よくもだましたなっ」
「…………」
敵の安い挑発に耳を傾けることなく、アリスの操縦する〔ファークス〕実験型は肉薄した〔ミリシュミット〕通常装備にレーザーソードの横薙ぎを繰り出す。
正面を向いた〔ミリシュミット〕通常装備が大口径レールガンで受け止めようとする。しかし、無駄なことだ。
〔ファークス〕実験型のレーザーソードはその銃身を蒸発させ、いともたやすく切断した。閃光が互いのモニタを白く染め上げる。その中で、〔ファークス〕実験型は脚部で敵機の腹部を思い切り蹴とばした。腹部の装甲が異様に埋没する。
「…………んっ」
二機が離れ、距離が開く。
先の一撃で敵操縦者が負傷したのか、〔ミリシュミット〕通常装備は力なく〔ファークス〕実験型から離れていた。その動くことのなくなった機体に、アリスはロングバレル・レールガンを放った。
反動で機体が仰け反ったが、無為にスラスターで相殺せずマニュアル操作で多少の反動を受け流す。火器管制システムに任せていたら、命中率は一気に下がるからだ。
命中。敵はまばゆい光をまき散らすように爆発した。その無抵抗な状態を撃ち抜いた感触は、とても気持ちのいいものではない。もしかしたら、蹴りを放った時点で死んでいた可能性もあった。それでも、彼女は操縦桿のトリガーを引いただろう。無慈悲な行為だとしても、入念な方法を選んで、確実に敵を倒すことを優先する。
「――――っ!!」
味方が落とされるのを粗い画像のモニタで確認したハンスは、緊急用のリミッター解除コードをコンソールパネルに入力した。このまま取っ組み合っていても、あの異様な機体か目の前の藍色の機体にやられるのは明白だった。
「ッくそぉ……」
〔バーカム〕のスラスターが限界を迎えようとしていた。すでに、ヒートナイフを握るマニピュレーターはつぶされ、首の皮一枚でつながっている状態だ。
瞬間、ドッと〔ミリシュミット〕電子戦装備のスラスターが咆哮を上げた。機体がデブリから離れ、〔バーカム〕を一気に押し返す。
「早く、とどめを――――」
アリスは一気に押し戻された〔バーカム〕を見て、急いで〔ファークス〕実験型の『幻覚』を発動させようとした。が、レーザーソードの電力供給で機体にはほとんどバッテリーが残っていない。システムが強制的に発動を拒否する。
もはや動きを止める手段を、アリスは持っていない。
次の瞬間には、〔バーカム〕が振りほどかれ、〔ミリシュミット〕電子戦装備は一目散に撤退していく。ロングバレル・レールガンの狙撃は不可能。速すぎるのだ。〔アル+1〕ほどではないが、力強い光りを放ち、機体の一部装甲が剥がれ落ちながらも飛んでいく。あれでは機体より、操縦者の体がと耐えられないだろう
敵が必死に逃げていく様を、アリスは見送るしかなかった。バッテリー節約のために妨害を解く。霧が晴れていくようにレーダーが復活し、少しずつ現在地が更新されていく。
「リーン軍曹。ごめんなさい」
「チッ。あんた一人で、一個小隊を壊滅寸前にまで追い込んだくせに、よく言うよ」
まだノイズ交じりの無線に、リーンは言った。
自分の力量不足を痛感させられる。いや、アリス・ジェフナム少尉のずば抜けたセンスに嫉妬もした。多種多様な武器を駆使して闘うのは、常套手段だ。それでも、実験兵器という信憑性のないものを使いこなすのには、かなりの熟達した技術が必要だ。
リーンの腕はそうした熟成がまだ浅い。アリスのように機転が利くわけでもない。ただ、機体を上手に動かせるだけで、戦いが強いわけではないと思い知らされるのだ。
アリスはヘルメットのバイザーを上げて、額に浮かんだ汗を拭う。
「ただの自己責任を取っただけよ、それは。運がよかったのもある。さて、撤退する前に一つ頼まれてほしいんだけど、いい?」
「あ? んだよ?」
リーンはしかめっ面でアリスの、小隊長殿の命令を待った。
「囮に使ったバズーカを探してもらいたい。デブリに当たってその辺を漂っているだろうから」
「あんたは探さねぇのかよ」
「見てのとおり、機体のバッテリーが残りわずか。無作為に動けないの」
「見てのとおりってわかるかよ……」
リーンは微動だにしない〔ファークス〕実験型を見てそう愚痴った。
樹たちは〔シーカー〕に後退命令を伝えると、船に積んであった実験兵器の予備弾倉を持って、もときた航路を引き返していた。
「ん? 妨害の影響がない。戦闘は?」
彩子はレーダーの反応が鮮明なことに疑問を持った。
「終わり……」
音は一抹の不安を持って、つぶやく。戦火の光はない。どちらにしても決着がついたのだ。それがアリスとリーンの死でないことを祈るばかりだ。
瞬間、ピピピッとオープンチャンネルの無線が、声を受信した。
『あー。三人とも、ご苦労様』
「先生さんからだ!」
彩子は嬉々として、声を上げる。自然と強張っていた表情が緩まり、笑顔になる。
「先生、今どこに?」
『そっちからは見えない?』
「いた! せんせとぐんそ。左の方」
通常モニタを注視してみていた音が興奮した声で報告する。
樹は〔アル+1〕の進路を左に逸らして、加速していった。すぐにノズルの光を見つけられた。
拡大してみると、アリスの〔ファークス〕実験型がリーンの〔バーカム〕に引っ張られていた。
「怪我したの?」
『まさか。単ならバッテリー切れ。今は予備のバッテリーで何とかしてる』
『こっちもバッテリー残量が危ない。お前らで、また運んでくれないか?』
リーンからの通信が入り、樹は〔アル+1〕を急がせる。ここで宇宙漂流してはシャレにならない。
彩子はアリスとリーンの英語をニュアンスで聞き取り、機体の節約できそうな部分の電力供給をカットした。
「せんせ、敵は?」
音は注意深く、不安を拭い去るように問うた。
すると、スピーカーから軽い吐息が聞こえた。アリスの安堵のため息だろうか。
『三機撃墜。一機、逃げられた。それよりも、しっかりと任務を果たしたの?』
「大丈夫。ブラックボックスは〔シーカー〕に届けたよ」
『そう……。よくやったわね……』
優しい、安心できる言葉だった。大人の余裕を見せつけられたようにも思えたが、それはアリスには当てはまらない気がした。彼女の疲れ切った声に、余裕などなかった。どちらかといえば、教官として生徒を褒めている感じだ。
その心遣いが、樹たちには嬉しかった。
〔アル+1〕は次第に速度を落として、〔バーカム〕と〔ファークス〕実験型に寄り添った。
『? おい。その手に持ってるのは何だ?』
リーンから疑問の声が上がった。
「えっと…………。予備弾倉」
樹は〔アル+1〕が持つ予備弾倉の行方をどうしようかと迷っていると、モニタに映る〔バーカム〕がその手を伸ばした。
『邪魔になるだろ、それ。こっちに寄こせ』
リーンの言い草にムッとする樹たち。どうしてもこう、人の心配を意に介さないのだろうか。自分たちを送るために危険な役目をしてくれたのはわかるが、もう少し配慮がほしいものだ。
〔アル+1〕は手にしていた予備弾倉すべてを〔バーカム〕に渡す。
『多いな……』
リーンは面倒そうにつぶやく声。〔バーカム〕は粛々と計六つの予備弾倉をハードポイントに装着していく。〔ファークス〕や〔ギリガ〕よりもハードポイントが多い、〔バーカム〕だからこそできる芸当だ。サイド・アーマー・ラックとリア・ラック、脹脛、肩、脇や両腕にもある。今は片腕に小手を装着しており、空いている方に予備弾倉を装着する。
「すごい動きにくそう」
彩子は予備弾倉をいっぱいにつけた〔バーカム〕を見て言った。彼女の思うところはそれ以上に、こんなに武器を運ぶことがあるのだろうかというところだ。
一連の作業が終わると〔アル+1〕は〔ファークス〕実験型と〔バーカム〕のマニピュレーターを掴み、また来た航路を戻っていく。
『気ぃ使わせたな…………』
「ん? 何? 空耳かしら」
彩子は電子戦用モニタを収納してから、ふと聞こえた声に首をかしげた。
それからしばらくは宇宙の静寂だけが、彼女たちを包んだ。




