~初任務~ 戦闘開始!
ハンスたちを乗せた〔シーカー〕は月を背にして、いよいよ肉眼でも〔リンカー〕の残骸群を小さいながらも捉え始めた。光学センサからの映像でも、特に目立った異常は見受けられない。
「そろそろ、出てもらうか?」
「そうだな。どうせ簡単な仕事だろうしな……」
機長と副操縦士は簡潔に言って、それぞれの作業に取り掛かった。
機長は〔シーカー〕に逆噴射をかけて機体を減速させ、副操縦士は館内放送のスイッチを入れて、後方の休憩室で待機する〔AW〕操縦者に言う。
「目標確認。距離、八〇。〔AW〕部隊、発進準備」
副操縦士は言い終えるとインカムのマイクを握り、一息ついた。長い操縦に彼らにも疲れが見えていた。
『新人類軍』と言えど、身体能力は普通の人と変わりない。ただ、強い使命感と強力な強迫観念がそうした疲労すらも無視して体を酷使させるのだ。脳の制御チップは感情を押さえつけるがゆえに、より強い理性が肉体を蝕むこともある。
「これで少しは休める。一息入れよう」
「おう。何にする?」
「紅茶だな。レモンティーがいい」
「あいよ」
機長の要求に、副操縦士が大らかに答える。それから、シートから体を浮かせ、扉近くの冷蔵庫に移動した。後のことは、〔AW〕部隊に任せて、次の帰還航行まで休ませてもらう。
一方、〔AW〕操縦者たちは長い休憩もあって、気持ちが充実していた。その分、ブラックボックス回収作業にも意気揚々と言った雰囲気がある。それが弛緩した空気ではなく、場慣れした兵士の余裕にもにた感触だ。
〔ミリシュミット〕操縦席でハンスは固い表情を浮かべながら、ヘルメットの気密保護を確かめる。モニタには〔シーカー〕のボーディングブリッジが離れていくのが見えた。機長たちの気の早さにを感じた。
『各員、準備はいいか?』
オープンチャンネルの無線から、隊長の点呼が行われた。ハンスたち隊員は簡潔に答えて、機体に問題がないことを伝える。それから、バディの割り当てがされ、各機はメインジェネレーターの出力を上げていく。
『今日はよろしく頼むぜ、苦労人』
「ああ。問題ない」
アクチュエーターが唸りを上げ、操縦席を緩やかに揺らす。
ハンスはバディとなった一人の操縦者からの通信を簡素にそっけなく答えて、バイザーを下げる。バイザーのHUDに生体反応が表示される。問題なしの健康体。一定値以上の上昇は見込まれず、リラックス状態だ。
バディの機体は通常装備で、二丁の大口径レールガンとミサイルポッドを装備した遠距離使用だ。電子戦装備のハンスはガトリング砲とそのドラムマガジンというシンプルな装備。これで近距離に持ち込まれたら、分が悪いだろう。
だが、戦闘になるかもしれないと気負っても仕方ないのだ。今はブラックボックス回収だけを考えていればいい。与えられた仕事を全うするのが、ハンスのポリシーだ。
〔シーカー〕に取り付いている〔ミリシュミット〕四機、通常装備が二機、電子戦装備が二機が腰部のノズルにプラズマの燐光を散らしだす。
『発進準備完了。許可願う』
『了解。本船は現空域で待機する。さっさと終わらせてこいっ』
隊長と機長のやり取りが全機に流れた。
瞬間、四機の〔ミリシュミット〕は〔シーカー〕を押しのけるようにして離れた。緩慢な操作で、手慣れたものだ。
『全機、発進っ!』
隊長の声が響く。兵士を鼓舞するかのような勇猛な声だ。
それに背中を叩かれたように、隊員たちは操縦桿とラダーペダルを豪快に操作する。
四機の〔ミリシュミット〕が一気に巨大なノズルから閃光を噴射して、〔シーカー〕から離れていく。編隊飛行を取り、四つ並びの光りの尾を引いていった。目指すは船の墓場だ。
「敵、来るっ!!」
「やっぱり、〔ミリシュミット〕とかいう機体!?」
「みたいね……」
拡大表示した通常モニタのウィンドーを見て、三人は言った。全部で四機。間違いなく〔ミリシュミット〕だ。
「意外と遅かったな。まだ、こっちに気付いていねぇようだ」
リーンは音の甲高い声に顔を顰めたが、〔バーカム〕の最大望遠ではノズルの光は一つにしか見えなかった。やはり、〔アル+1〕の性能は別格だと実感する。
「わかった。こちらもあと少しで終わるわ。もう少し待機して」
ようやく床に穴をあけることに成功したアリスは目を瞬かせて、たまった涙を弾く。プラズマ切断機の光でまだ視界には黒い影が点々と残り、うまく全体をとらえられない。
しかし、時間が押し迫っている。いずれ『新人類軍』〔AW〕部隊に、発見される。その焦りが、彼女に行動力を与える。
「彩子。敵の動きは?」
アリスは英語で言いながら、眩む視界で工具箱からバールを取り出す。プラズマ切断機をしまう。ジェネレータも切った。迅速に的確に、昔にも似たような状況があったな、とぽつりと思い出す。今のような静寂が恐れとなる場所ではなく、周りから怒号と爆音が響いていた場所だが。
「えぇっと、数は四つ。まっすぐ来るわ」
彩子は少し間をおいてから、ぎこちない英語で返答する。まだ発音が不十分で固い印象を持っていた。しかし、すぐにも実用させる彼女の努力は見事なものだろう。
「相対距離――――は、いい。逆探知されるわ。各機はすぐに動けるようモーターを温めておきなさい」
アリスはバールを切断した切れ込みに差し込んで、梃の原理で引きはがす。四角く斬られた床がふわりと操縦室に浮かんだ。
早口で言われて、彩子は軽く首を捻る。聞き取ることができなかったのだ。
「え? 何よ?」
「機体のエンジンをかけておけってことでしょう。大丈夫。すぐにでも、飛べる」
樹は日本語で淡々と告げて、機体のエンジン回転を上げる。低い唸るようなモーター音が操縦席にまで伝わってくる。ウィンドー表示した〔アル+1〕の出力パラメーターが飛行水準に達する。
リーンも〔バーカム〕の出力を上げ、ゆっくりと試作のサブマシンガンを持つマニピュレーターを構えさせる。サブマシンガンは小型で突撃に特化したデザインをしている。今まで使ってきた九〇ミリマシンガンよりも一回りは小さい。それだけに、射程も短く、白兵戦特化ならではの武装となった。
モーターの唸りが、緊張感を煽る。今出力を上げて、敵の熱感知に引っ掛かったらと思うとことさら、心臓が凍りつきそうな感じがする。
アリスはそれを承知の上で命じた。
作業のほうは床下に敷き詰められた耐圧シートをバールで突き破り、さらに下のブロックをむき出しするところまで来ていた。周りで耐圧シートに仕込まれていた繊維の塊が浮かぶ。
アリスはヘルメットについているサーチライトをつけて、上半身を開けた真っ暗な穴に突っ込む。とはいえ、空洞ではない。分厚い繊維の断面を横にして、薄い鉄板を前にしているのだ。
「敵の動きが変じゃない?」
彩子は強張った表情を浮かべて、拡大した敵部隊の様子を見た。固まって飛んでいた四機〔AW〕が急に動きを止め、じっとしだした。まるで、違和感に気付いたように。
「気付かれた?」
樹は渇いたのどを震わせていう。思わずスロットルレバーを握る手に力が入る。依然として動きを示さない敵。たったそれだけなのに、恐ろしく神経をすり減らす。
瞬間、〔アル+1〕、〔バーカム〕、〔ファークス〕実験型が一斉に警報音を鳴らす。
彩子が電子戦用モニタを見て叫んだ。
「パルス波、感知。敵の広域レーダー!?」
「まずいっ」
音はきっと目を鋭くして、スロットルレバーを操作する。
〔アル+1〕のテール・バインダーから二丁のビーム・ライフルが展開する。
「よせっ! むやみに動くな。向こうだってこっちをデブリと思うかもしれない」
リーンは〔アル+1〕の挙動を見て、忠告する。派手に動けば、レーダーによる観測だけではなく、敵の目が黙ってはいないだろう。距離はまだ十分にある。敵が反射したパルスを受けるまで多少のラグがでるはずだ。今はじっと耐えるのが無難だ。
樹は険しい表情になりながら、アリスの報告を仰ぐ。
「先生。まだ、見つからないの?」
「――――よし、これね。見つけたわ」
アリスは薄い鉄板をはがして、配電線が密集する中をかき分け、ようやく車のバッテリーほどの大きさのものを発見する。色はオレンジ。資料にあったブラックボックスだ。
さらに体を穴の中に押し込んで、いくつかの配線とつながったブラックボックスを強引に手元に引っ張り出す。配線は切れ、虚しく浮かんだ。
「やた! すぐにだしゅつ――――」
「ダメっ! 敵が二手に分かれて、向かってくる!」
「まだ気づかれてない。落ち着けっ」
彩子の取り乱し方に、リーンが一喝する。
樹にもリーンの言い分は正しいことはわかった。敵はまだ捜索活動なのだ。ブラックボックスの微弱な信号を受信して、それを頼りに近づいているに過ぎない。自分たちもそうだったから、敵の軌道はなるほどと思える。
「先生。状況はまずいと思う」
「そうね……」
アリスは穴から抜け出し、サーチライトを消して、ブラックボックスを一層強く抱きしめる。もはや三機でこの空域を離脱するのは難しい。
逡巡は一瞬だった。
アリスは工具箱をそのままにブラックボックスだけを抱えて、侵入したフロントガラスの壊れた個所に体を慎重に通す。
「音、ハッチを開けなさい」
「あい?」
「開けなさいっ!」
急に発せられたアリスの大声に驚いて、音はいそいそと身支度を始める。
「どうすんだよ、隊長」
リーンの鋭い声が響いた。
だが、アリスは答えることなく〔リンカー〕の操縦室から出ると〔アル+1〕に向かって船首部を思い切り蹴った。彼女の体がまっすぐに飛んだ。一切のよどみのない移動だ。
「せんせ? どこ?」
ちょうどアリスが前部に回り込んだところで、音が左胸部ハッチを開いて出てきた。
「音っ」
アリスは機体を伝って、音の前に行くと持っていたブラックボックスを彼女の胸に押し付けた。
「これを――――、〔シーカー〕に届けなさい」
「先生。どういうこと?」
樹が驚きとともに疑問を投げかける。
音も戸惑い気味に押し付けられたブラックボックスを両手で持つ。一時そのオレンジ色の箱を見つめてから、寂しげな瞳をアリスに向ける。まるで誰かの姿を重ねるように。
「今の戦力では太刀打ちできないから、君たちに最低限の任務を全うしてもらうわ」
「それって、先生が囮になるってこと」
「ちょっと、ダメよ!」
樹の英語を理解した彩子が日本語で叫んだ。囮になって、味方を逃がすのは縁起が悪い。そう思えて仕方ないのだ。
アリスは落ち着いて、〔アル+1〕の頭部を振り仰いだ。
「囮といっても、一時しのぎよ。実際、あたしとリーン軍曹の機体は頼りない。予備弾倉もないし」
「…………」
それを聞いたリーンは苦い表情を浮かべる。確かに、〔バーカム〕と〔ファークス〕実験型はまだ操縦者に馴染んでいない。加えて信憑性の低い武装だ。まともにやりあえる状態ではない。
かといって、実戦慣れしていない樹たちでも難しいところだ。〔アル+1〕の巨体はこのデブリ空域では本来の性能を発揮しずらいだろう。
「隊長、囮なら俺一人で――――」
「死に急がないの。ここはあたしと君で受け持つよ」
アリスがぴしゃりと言うと、それ以上リーンは押し黙る。でしゃばっても、自分の腕だけでは四機を相手にするのは不可能だ。
「せんせ……」
音はじっとアリスを見上げて、思わずその手を握った。
アリスはその感触に一瞬目を見開いて、元の半目に戻ると音の方に視線を戻す。バイザーで表情が定かではないが、その握る手の弱々しさに言い知れない切なさを感じた。いつの日の自分を前にしているようで、胸の奥で何かが引っ掛かる。
それをごまかすように、アリスは開いている手で音のヘルメットを軽く叩いた。
「死ぬ前提じゃないわ。それに――――」
アリスが言い切る前に、無線にノイズが走る。それは誰もが感知した異常だった。
「広域レーダーの干渉じゃない。太陽風でも――――。電子戦装備の妨害!?」
彩子が声を荒げて言う。
「敵に見つかったか……」
リーンは通信の異常を踏まえて、バイザーを下げて臨戦状態に入る。〔バーカム〕も本腰を入れて、サブマシンガンを構えて、光学センサで敵の影を探す。
アリスは即座に音を〔アル+1〕の操縦席に突き飛ばして、自分はその反動で機体から離れる。時間切れだ。
「〔アル+1〕は〔シーカー〕と合流して、船に後退命令を伝えなさい!」
「せんせっ」
「この機体が一番速いの。すぐに出発して」
アリスはハッチの縁につかまっている音を見向きもせず、腰のプラグワイヤーを巻き上げて自機の〔ファークス〕実験型へ移動する。
音はその姿を目で追うことしかできず、動き出した〔アル+1〕の振動を感じて操縦席にやむなく引っ込んだ。
「すぐに後退する。二人とも、準備して」
「やってるわよっ。敵、まっすぐこっちに来る」
樹と|彩子がヘルメットのバイザーを下げて、戦闘の準備をする。本当のところは一緒に残って、戦いたい気持ちだった。だが、与えられた役割の重要さや自分たちの力量は誰よりも理解しているつもりだ。だから、まず、ブラックボックスを安全に運び出さなければならない。
「音、早く」
樹に急かされつつ、音は操縦席のハッチを閉じて、シートベルトを締める。預けられたブラックボックスを一瞬恨めし気に睨みつけてから、シートの下に押し込んだ。これがなければ、敵との戦闘にもならなかったはずだ。
「準備、できた」
音は努めて平静に、樹と彩子に告げる。だが、いつもの弾んだ声でないのが、逆に違和感を植え付ける結果となった。
「各機へ。準備はいいようね?」
アリスも〔ファークス〕実験型の操縦席に座り、ハッチを閉じて起動手順を進める。すでに電源は入っているので、いくらか手順を省略。問題なし。すぐさま〔ファークス〕実験型の向きを変えて、ロングレバレル・レールガンを構えさせる。
〔アル+1〕、〔バーカム〕、〔ファークス〕実験型のモニタに、敵影が映りこむ。囲まれている。逃げる道はない。
ならば、自身の手で切り開くしかない。
「アリス試験小隊、初の実戦。気を引き締めさないっ!」
アリスが音頭を取ると、樹、彩子、音、リーンは気持ちを引き締めて、一斉に口を開く。
「「「「了解っ!!」」」」




