~初任務~ 軍属貴族
コフィン・コフィンは新しく編成れた小隊の機体配備のため、『ガーデン1』のドックにいた。
彼女の機体はガイア小隊時から使用している〔ギリガ〕電子戦装備のままで、特に追加武装が来るわけでもなく、引き継ぎのため小隊員の識別コード入力をするだけだ。
「これで、大丈夫ですね」
コフィンはまだ眠気の抜けきらない瞳を瞬かせて、自機の操縦席のコンソールパネルを操作する。ハッチは開けっ放しで、外線ケーブルを操縦席内に引き込んでいる。サブモニタ上には、新規に登録された味方のコードと機種が表示されいる。〔ファークス〕通常装備二機と電子戦装備が一機。〔ギリガ〕タイプはコフィンだけだ。
「コフィン。ちょっと……」
コフィンがちょうどメインコンピューターをスリープさせていると、ハッチの前に一人の男性整備員が浮かんでいた。褐色肌の偉丈夫で、〔AW〕の操縦よりも体一つで戦場を駆け抜ける肉体派な印象。コフィンより二、三上の歳で、前の小隊の時から機体整備をしてもらっていた。
彼はどこか落ち着かない様子で、周囲を警戒するように視線を巡らせていた。
「どうしたんです? 警備の交代時間ですか?」
「いいからっ。ちょっとっ」
腕時計をのんきに確認するコフィンに、整備員が急ぐように手招きする。
コフィンは顔上げて、不安そうにシートから腰を浮かせる。ふわりと全身が浮遊し、狭い操縦席に手をかけて体を前に持っていく。
整備員は体を少し体を下げる。ハッチの縁を掴むコフィンを前にして、いそいそと作業服の胸ポケットから何かを取り出した。
「これを渡すよう、ガイアさんに言われてね」
コフィンに手渡されたのは、よれよれになった封筒だった。中には何やら薄っぺらい、ちょうどカードくらいの大きさのものが入っている感触がある。固さもプラスチックくらいで、それなりに丈夫だ。
コフィンは何度か封筒の裏表を確認して、不思議そうに首をかしげる。ガイア小隊の時に何か忘れ物をしたのだろうか。それだったら、引き継ぎの時に注意されたはずだ。胸の奥底で不安がじわりと広がる。
「あの、キキリア中尉はほかに何か言ってませんでした?」
「え? 別に、これを渡すよう言われただけだけど…………」
整備員はよそよそしく言う。
何かを隠していることは明白。が、彼の表情はコフィンを心配しているようにも見える。
コフィンは逆に彼の挙動が心配になって尋ねる。
「何か、悩みでもあるんですか?」
「いやぁ、別に何も――――」
整備員はそこで口を半開きにして、何かを決意したように緩んでいた表情を引き締める。
その表情にコフィンも緊張する。
「いいや、やっぱり言っておくよ。こういう話は、俺が口出しすることじゃないんだが」
整備員は一度周りを確認して、またコフィンに向き直る。
「不倫はやめといたほうがいい」
「はい? わたしが、ですか? 誰とです?」
コフィンは言われたことがわからず、からかわれているのではと顔を顰める。
その反応に整備員のほうが頭を抱えたくなった。彼女の鈍感さというか、のんびりした性格は男を泣かせる厳しいものだ。
「ガイアさんだよ。前からそういう素振りあったらろうに」
「だって、キキリア中尉には奥さんもお子さんもいるんですよ。それなのに、わたしに?」
「だから、不倫なんだよ」
コフィンにもやっと焦りや困惑といったものが見え始め、手渡されたものがどういうものか、考えるのも少し怖くなった。ガイアについては、悪い人ではないと認識しているし、今もそれは変わらない。そう信じるしかない。
「そういうの、不躾ですよ」
コフィンは整備員を押しのけて、控室の方へ流れていく。この小隊に編成が変わってから、彼女を取り巻く環境が一気に寒々しいものになった。自分が女だからとか、命令違反をする兵士とかではなく、もっと陰湿な軽蔑が蔓延しているのだ。
整備員はわかってないな、と首を振ってコフィンの〔ギリガ〕の整備に戻った。
コフィンが控室に入ると、小隊員たちがいた。コフィンにとっては、全員が初対面でまだ居心地の悪さを感じる。しかも、全員男であることもあって、さらに肩身の狭い思いがのしかかる。
とくに小隊長である碧眼の優男、ヤッシュ・カルマゾフの存在は脅威だった。
「あの識別コードの登録、完了しました……」
コフィンが恐る恐る言うと、ヤッシュが呆れたように肩を落とす。
「わかった。まったく、寝込んでいたとはいえ、もう少し早く行動してほしいものだ」
「はい……」
コフィンは渡された封筒をお尻のポケットにねじ込んで、ヤッシュの指示を待った。上官からの解散命令がなければ、休むこともままならない。
その様子を他の隊員たちが面白そうに眺めていた。
ヤッシュはコフィンを見ることなく、手元の電子パットを操作する。
「それでも軍人か? もう少しはっきりと言え。君の父上に悪いとは思わんのか?」
「…………。父のことは、もう――――」
「いくつもの局地戦で戦果を挙げた人だぞ。それに恥じないよう尽力するのが、一人娘の役目じゃないのか?」
ヤッシュの口はコフィンの背後、彼女の父親の存在を言っていた。
コフィンの父は『地球平和軍』の元海軍大佐だった。その父の勧めで、娘であるコフィンも『地球平和軍』に入隊させられた。この時代には、紛争もPKO任せで、軍内部の堕落貴族化が始まっていた。
コフィンは本当に親の七光りで、身に余る准尉階級をもらい、現在に至っている。
「これだから、軍には坊っちゃん、嬢ちゃんしかいないと言われるんだ」
「…………」
くすくすとほかの兵士たちの笑い声が聞こえる。同類で何をもめているのかといった感じだ。
彼らだって、ヤッシュのご機嫌取りをしていれば、最前線送りにならない。そうやって、戦争が終わるのを遠巻きに見ているつもりでいるのだ。コフィンを茶化すのも、単なる暇つぶしでしかない。
コフィンはうなだれて、黙したまま、ヤッシュの馬鹿らしい愚痴を聞き流す。言い返したところで、目の前の男が納得するはずない。
「――――だから、あっ」
すると、饒舌だったヤッシュの言葉が途切れる。
コフィンやほかの隊員たちもその様子に違和感を覚えて、ヤッシュの視線を追った。その先はドックの内部。コフィンの〔ギリガ〕が目の前に浮かんでいるさらに先で、一台のエアボードが降下していた。
「セルムット軍曹?」
エアボードには赤毛の目立つ青年、リーンとその横に軽いウェーブのかかった髪の女性、他に小さな影が三つ見えた。皆、パイロットスーツに身を包み、ヘルメットを背中の生命維持装置にぶら下げて、自分たちの機体へ向かっているようだ。
コフィンはそのリーンの姿に、胸の内がぽっかりと空いたような虚しさを感じた。
「機体の最終チェックは十分で済ませなさい。いや、五分ね」
「無理言わないで」
「何のために三人いるの? やりなさい」
アリス試験小隊は機体が保護されている深度にまで来ると、各々の機体〔ファークス〕、〔バーカム〕、〔アル+1〕の姿を視認した。
エアボードで意見する樹はアリスの命令に苛立った。偉そうにして、〔アル+1〕の複雑さを理解していないのだ。
エアボードが停止して、すぐにリーンが網の解かれたクレーンに係留されている〔バーカム〕に跳んだ。任務になれば、彼だって文句を言うつもりはない。それ以上に、責務を感じているのだから。
「ほら、彼は行ったわ。あなたたちも、早くしなさい」
アリスが残っている樹たちを急かす。
「あれ、せんせの機体?」
しかし、それを無視するように音は興味本位で係留されている異色の〔ファークス〕を指差した。
そこには、実験兵装に身を包んだ〔ファークス〕が浮かんでいた。細い体躯はそのままで、サイド・アーマー・ラックに鉈型のレーザーソード、右のマニピュレーターには次世代構想のロングバレル・レールガン、左には通常の盾が装着されているが、その裏側に四つの細長い箱があった。次世代の標準装備を全身にまとっているが、その姿はおおよそ重量感を増していた。
試作型の電子戦装備は、発信翼が通常一対のところ、肩羽状態で本来発信翼があった背部にハードポイントを獲得している。が、そこにバズーカをマウントされれば、かさばって見える。
頭部も今までのデュアルセンサーアイではなく、重厚な鉄仮面を被っているようで、ひどく厳つい顔つきになっていた。電子戦特化のセンサーマスクらしい。
アリスは面倒そうに顔を顰めて、彼女の指さす方を見た。アリス自身、自分の搭乗する機体には大いに不満があり、〔ファークス〕とは似て非なる機体だと評している。というより、ごてごてと何でもかんでもつけて、運動性能を欠いて好きになれない。
「あぁ、そうよ。まったく、これだから押し売り企業は――――」
「うっわ。バランス悪っ」
彩子がアリス機の実直な感想を述べる。
その感想には素直に、アリスも同意だ。性能無視のこの装備で戦地に向かっても、ろくな戦果は挙げられないだろう。
アリスは一度ため息を漏らして、まごまごと残る樹たちの背中を順に叩いた。
「時間ないわよっ。ほらっ。行ったっ」
短く声を上げて、樹たちは手すりにつかまる。何とか体を固定して、放り出されるのだけは回避。パイロットスーツとはいえ、無重力を動けるわけではないのだ。それを知っていてやっているから、アリスの手のひらは一種の怖さがあった。
「もうっ。いちいち叩かないでよ」
「減らず口は嫌いよ。わかる?」
アリスはすっと手のひらを上げる。
すると、意見した彩子が真っ先に〔アル+1〕に跳んだ。続いて、樹。最後に音が舌を出して、挑発してエアボードから離れて行った。
「まったく、手間がかかるわ」
アリスが叩いた手のを軽く振っていると、上から流れてくる人が視界に入った。
整備員ではない。きっちりと軍服を来た男、ヤッシュ・カルマゾフだ。面識はなかったが、その青い瞳や優男らしい顔つきという噂から推測する。もちろん、彼に関するほかの情報も脳裏を過った。
「また、厄介なのが……」
「おい。どこの小隊のものだ!?」
アリスが苦い顔をしているところに、ヤッシュはエアボードの上に降り立った。
エアボードがヤッシュの乗った衝撃を感知して、自動姿勢のために少し揺れる。波に煽られたボートのように。
「はっ。アリス試験小隊、隊長、アリス・ジェフナム少尉であります」
形だけのあいさつをすると、ヤッシュの不満顔がさらにひどくなる。
面倒だ。お坊ちゃま相手にするのは、正直避けたい。自分が偉いとおごった人間ほど、扱いに困るものはない。
「ジェフナム少尉。今さっきまでいた子の中に、樹がいなかったか?」
「ええ。彼女を含め、三人はこの小隊に配属になりました。知りません?」
アリスはリズミカルに太ももを軽く手で叩きながら、ヤッシュを見据える。
かつてのテロ戦争時に、世界中の紛争地に赴き、終結させた人物の子孫。それが、ヤッシュ・カルマゾフというお坊ちゃまだ。先祖の栄光に縋り付いて、ここまで来た人物で軍の王子様を気取っている。そして、その先祖が乗っていたのが、今の〔アル+1〕だ。一号機、二号機が存在していたらしいが、〔アル+1〕は二号機の改修機。一号機は破壊されたらしい。
だが、アリスが調べ上げた限り、かなり不鮮明な部分が多く、尾ひれの付いた戦果のような気がした。それだけ、テロの殲滅で世界中が熱狂して、過程などどうてもよかったのかもしれない。
ヤッシュは苛立って、拳を震わせる。
「知らんっ! 勝手にあの子を戦争に巻き込むな。せめて、僕の近くに――――」
「ああ、そういえば、少佐は編成会議を無断欠席なさったそうですね。文句なら、バーグ中佐にでも言ってください」
「――――っ!」
図星を突かれて、口どもるヤッシュ。
アリスは簡単に言い負かされてしまう彼の弱さに、威厳らしいものを感じなかった。所詮は親の七光り。苦労も知らず、今の地位に甘んじているような人間だ。底の浅さが窺える。
『隊長。もう二分になるぞ』
すると、〔バーカム〕の外部スピーカーからリーンの声が発せられる。
「わかってる。待機していなさい!」
アリスは声を張って、命令する。いいタイミングで割り込んでくれる、と心のうちで感謝しながら。
「ごらんのとおりです、少佐。部下を待たせているので、失礼します」
「成り上がりたちが、何を偉そうにっ」
ヤッシュは挑発的なアリスの腹に、震えていた拳を叩き込む。
アリスやリーンは、ヤッシュのような権力に縋る軍属貴族には疎ましい存在だ。紛争地で暴れまわって、その血に濡れた腕を買われて『地球平和軍』に入隊した、蛮族にも似た人間たちと認識している。平和な世の中を守る軍の中に、そうした人種がいるのは脅威であり、遺憾なのだ。
アリスは体をくの字に曲げて、殴られた腹をおさえる。手すりに手をかけ、浮かぶ体を何とかエアボードから離さないようにする。
『おい! テメェ――――』
リーンの激昂した声が大音量で響く。すると、〔バーカム〕がクレーンを軋ませて、エアボードに近づこうとする。
ヤッシュはびくりと目を丸くして、すぐさまエアボードを蹴って上がっていく。彼の器量の小ささがよくわかる。
『逃がすかっ』
「やめなさいっ!! 待機してと命令したはずよ!!」
すると、アリスが声を張り上げる。
リーンの操る〔バーカム〕が急に動きを止め、大人しくなる。おそらく、操縦席のリーンは驚いていることだろう。
アリスは足を一度エアボードにつけて、〔バーカム〕を睨んだ。
「かまうことないわ。貴重な機体をそう雑に扱わないで。いい?」
『…………了解』
リーンの返答を聞いて、アリスは一度頷き、自分の機体へとエアボードを進めた。殴られた腹はそこまで痛くない。踏ん張りの利かない足場でよくも殴ろうなどと思ったものだ、と逆に感心する。
「あの子も苦労してそうね……」
アリスは〔アル+1〕に乗り込んだ樹に同情する。
〔アル+1〕の操縦席で、樹たちは最終チェックをしながら、アリスとヤッシュのやり取りを終始見ていた。リーンのように助け舟を出すべきだったのかもしれないが、樹が言えば、確実に状況はこじれただろう。
「一応、先生さんは先生さんで苦労してるのね」
「この場合、先生よりあの下衆が確実にウザいんだけど」
「樹、ちょと変……」
樹の辛辣な態度に、彩子と音が肝を冷やす。普段から人を嫌っている節はあったが、あの優男に対しては怨念じみた憎悪を感じる。
「なんかあったの?」
「えぇ。手短に言えば、あの無価値男と結婚させられそうなの。あ、言っててムカついてきた」
「け、結婚!? え、何、本当?」
彩子はチェックの手を止めて、内線の樹の顔をまじまじと見た。
樹はそれこそ、暗鬱とした表情で最終チェックに没頭している。少しでも落ち着こうとする回避行動だ。
そこに、音が弾んだ声で言う。
「ほんと。でも、あの人、すごくイジワル」
「それ、あたしも思った。性根が腐ってるのよね。まず、恋人なんてできないわ」
彩子は一人頷いて、納得する。彼女の若い恋愛事情から言わせれば、そんなところだ。ヤッシュという男は、まず女性だけでなく同性からも好かれないだろうということがわかる。自分一人では何もできないはずだ。
そして、樹にも複雑な事情があるのだと思い知らされた。
樹が不快な思いをしている以上、追求はしない。さっきの一言だって、かなりつらかったはずだから。
『はい。五分経ったけど、チェック済んだ?』
瞬間、外部通信でアリスの声が〔アル+1〕の操縦席に流れた。
三人は驚いて、作業の手を止めてしまう。さっきまでドックに浮かんでいたと思ったら、いつの間に機体に乗り込んだのだろうか。
アリスは彼女たちの沈黙に対して、一つため息をついた。
『早く済ませなさい。じゃないと、今度はリーン軍曹に君たちを叩いてもらうわよ。グーで』
「ヤダヤダっ」
『だったら、手を動かしなさい。どうせ、止まってるんでしょう? あたしは外で待機してるから』
アリスからの通信が切れると、彼女の〔ファークス〕実験型を係留していたクレーンが収納された。そして、機体がゆっくりとエア・ロックに向かって上昇していく。その下を、リーンの〔バーカム〕が追随する。
「すごい早業。一分もかかってないんじゃないかしら?」
「口より手、動かす。殴られるなんて、ごめんだからね」
「痛い、やだぁ」
「そうだった!」
樹たちは一心不乱に、自分たちの作業に集中する。
その最中に伊達に命令する立場ではない、と少し感心した。彼女たちの中でアリスという女性が、尊敬できる先生として見られ始めていた。今まで見てきた軍人たちよりも、アリスの言うことがだたしく思える。それは部下として樹たちに接しているからだろう。厳しいのに不満を感じないのは、アリスの人徳とも言えた。




