~初任務~ ブリーフィング
〔AW〕の新型を作るにしても、コストや物理法則、何よりその実用性が求められる。何でもかんでも搭載して、全能力を備えるといったものは、研究過程を含めて莫大な労力と費用が必要となってくる。必然、運用思想もこれまでの〔AW〕とは違う無茶苦茶なものになってしまう。
だから、〔アル+1〕のような巨大で多機能を搭載しただけの機体は、生産性がない。〔アル+1〕は改修前の基礎フレームがすべての原点だからこそ、なし得た性能ともいえる。
〔ファークス〕などの運動性能と整備のしやすさを売りにするエッジバルト重工や、〔ギリガ〕などの火力と重装甲、これまでの戦車の思想を取り入れ、〔AW〕に発展させるエポッヘ社などの大手重工業社は、製品であるそれら〔AW〕のシリーズ思想を完全に違えている。長所を生かし、いかにライバル社と差をつけるかに奔走しているのが現状だ。
宇宙開拓事業に進出した〔ファークス〕シリーズと〔ギリガ〕シリーズが、そうした企業闘争から抜き出たことを鑑みれば、それなりの実用性を有しているのもわかるだろう。
『ガーデン1』にはそうした重工関係者はかなりいる。そして、多くの実験兵器を開発している。戦争ともなれば、その需要が跳ね上がり、稼ぎ時なわけで、無茶苦茶な押し売りがあったりする。
『地球平和軍』も強力な兵器を欲しているがために、提案を良しとする。だが、それには選定が必要だ。どの武装が操縦者にとって有益になる得るのか。また最小限の費用に抑えるために、最小単位で採用しなければらない。
その選定をするのが、アリス試験小隊の主な任務であり、実戦でのデータ収集をすることになる。
「面倒な備品が集まってわね」
送られてきたの資料の多さに、思わず呆れるアリス。
彼女はブリーフィングルームに、小隊員を集めて顔合わせと初任務の説明をするところだった。
ブリーフィングルームは小さな会議室程度の広さで、彼女は大型液晶ディスプレイの前に立ち、そして前席で傾聴する小隊員四名を見た。
小隊員は佐奈原樹、皆守彩子、詩野音ら、ぶかぶか軍服に身を包んだ少女たち。ちなみに義勇兵扱いの階級は、二等兵。こうでもしないと『地球平和軍』の体裁にかかわる。
そして、不機嫌そうに目を吊り上げるリーン・セルムット軍曹だ。別小隊の所属だったが、その腕を買われて、アリスの指揮下に入った。
「それよりも、この人選のほうが面倒か」
アリスはリーンを見据えて、聞こえないようつぶやいた。
リーンは樹たちの存在を心底納得していないようで、足元の貧乏ゆすりが目立つ。
樹たちはその音を不愉快そうにして、顔を顰めている。が、視線と耳はしっかりとアリスのほうに向いているようだ。
「えー。アリス試験小隊の初任務となるわけだけど…………。不満があるなら、今この場での発言を許可する。何か言いたいことは?」
すると、樹とリーンが同時に手を上げる。
アリスはなるほどと肩を竦めて、リーンの発言を促した。
「少尉、なぜこいつらがいるんです?」
「それはこっちの台詞」
「樹、少し黙りなさい。今はリーン軍曹の番だ」
アリスにぴしゃりといわれて、樹がむすっとして口を閉じる。
隣にいる彩子と音はその様子に、何事かと顔を見合わせ、小首をかしげる。
「どうしたのかしら?」
「さぁ? 一度、あたことある」
「そこも、私語厳禁。あと、樹は通訳してあげなさい」
アリスは日本語で会話する二人を見つけては、叱咤し、指示を下す。
彩子と音は一瞬首をすぼめて、申し訳なさそうに返答した。気迫のある声はそれだけで、彼女たちの恐怖心を揺さぶる。
「ごめんなさい、リーン軍曹。では、君は何が不満なの?」
場を仕切りなおして、リーンに質問が向けられる。
リーンは、一般人に手を借りるまでになった『地球平和軍』のあり方に疑問を感じている。それよりも今は、横に並ぶ少女たちと肩を並べて、戦場に立つのが生理的に嫌なのだ。前の戦いの樹たちの泣き喚く声がまだ頭に残っている。心の奥底に突き刺さる感じで、二度と聞きたくない。
リーンはまっすぐにアリスを見据える。
「戦場をなめきった、生半可なやつらだからであります」
「――――っ!」
樹が目をむく。どこまでケンカを売れば気が済むのだろうか。
一触即発のピリピリした雰囲気に彩子は固唾をのむ。
「そういう独りよがりな理由なら自重しなさい、軍曹。大人げない」
アリスが目頭を押さえながら、言い下す。ここまできて、戦場論を持ち込むのはおかしな話だ。もっと内面的な部分だったのなら、アリスだって言葉を選ぶ。だが、リーンの言い分は女は家にいろ、と言っている亭主関白のそれだ。味方の能力を過小評価しかしていない。
リーンは眉根を寄せて、アリスを睨みつける。
「しかし、実際自分は――――」
「わたしが何も調べてないとでも思っているの? 彼女たちの戦績についても、いくらか報告は受けている。もちろん、君についてもよ」
半目の濁った瞳で、アリスはリーンを捉える。
樹たちは彼女の手回しの速さに驚きつつ、自分たちの評価が気になった。別にいい戦績を期待しているわけではない。ただ、周りからはどう見られているのかが問題だ。
「リーン軍曹。君の実力は確かに彼女たちよりも高い。だが、それで優劣を決めているなら、器の小ささを知られるわよ?」
「んだとっ!」
リーンは思わずいつもの調子で吐き捨てる。
「口を慎みなさい。これだから、いつまでも下士官で燻っているのよ。少しは立ち回り方を考えた方がいいわ」
「…………」
「あぁ、面倒ね。それじゃ、こうしましょう。これからは階級を差し引いて、あたしたちに接しなさい。少しは目線も変わるでしょう」
リーンの上官に対する対応は、アリスにはこそばゆい感じがしてならない。それに、彼のどこか無理に自制してます風の態度にも、好感が持てなかった。
今もリーンはしかめっ面で、不満そうだ。
「樹たちも、いいわね?」
急に矛先を向けられて、樹たちは一瞬きょとんとしたが、すぐに返事した。
「さて、じゃぁ樹の言い分を聞きましょうか」
「え。あ、やっぱり、遠慮します」
「…………そう」
アリスは目元のくまを指で撫でながら、緊張気味の樹たちに言った。
樹は内心、リーンが言われことに、自分も当てはまっていたことに驚いていた。『地球平和軍』の悪癖が、自分の中でも醸造されている気がして、さらに羞恥心が湧いてくる。
「では、本題に入る。こちらに注目して頂戴」
アリスが液晶ディスプレイを示して、樹たちの注目を集める。
「基本的にこの小隊の任務は実験兵器の試験運用が主体となるわ」
アリスは液晶ディスプレイに映し出されているコンソールに軽く触れる。
次の瞬間には真っ暗だった画面に、機体とそれに準ずる実験兵器の設計図がポップアップされた。しかし、その中には〔アル+1〕の影はなかった。
樹たちがそのことに疑問を抱いている間にも、説明は進められる。
「実験兵器を厳密に選定し、のちの量産兵器化に向けて基本的なデータとパターンを学習させる。正直、戦争が長く続かなければ、すぐにお蔵入りするのでしょうけど」
その言葉は冗談というより、切実に早期決着を望んでいるようだった。
リーンもしかめっ面だったが、早期決着を望んでいることだ。戦いが長引けば、敵が何をしでかすかわからない。『新人類軍』だって、『地球平和軍』粛清をするなら早めに決着をつけ、地ならしの思想を浸透させたいだろう。
すると、しびれを切らしたように樹が挙手する。
「何?」
アリスは次の操作をする直前に彼女の挙手に気付いた。
樹はまっすぐにアリスを見て、一度息を吸う。緊張で鼓動が高鳴りっぱなしだ。
「あの、わたしたちは……?」
「君たちはまず、演習プログラムをこなしてもらう」
「えんしゅ、プログラム?」
「機体の扱いについて、学んでもらうわ。機体の姿勢制御、妨害工作、射撃訓練…………、と戦えるだけの知識を叩き込むから。あとは、君たちの成長と気持ち次第ってところよ」
言い渡された命令に内心、樹たちは憤慨した。実戦経験を二度もして、今さら基礎訓練とは悠長な気がしたからだ。だが、それは実戦をしたというおごった考えでもある。
恐怖を味わい、それを乗り越えた者は少なからず自信を持つもの。が、今の樹たちに自信という言葉はまだ早いだろう。
アリスはむくれて見える樹たちを視界から外して、コンソールに触れる。
次の画像がウィンドー表示された。
「リーン・セルムット軍曹は試作機〔バーカム〕とここに表示されている実験装備のデータ収集よ。機体特徴を把握し、改善すべき点を記録。実験装備は〔バーカム〕の管制システムを介して、基本プロトコルを作成してあるから、現状ではこの機体の専用装備となっている。有意義に使ってほしい」
「それだと、量産は難しいんじゃねぇの?」
リーンは敬語口調から普段の砕けた言い回しを使う。上官としての指示に従っている反面、心底アリス・ジェフナムという女性が気に食わないという発露でもあった。
アリスは一度頷いて、彼の考えを肯定した。
「確かに、試作機である〔バーカム〕のOSは現存のシリーズとは違う。その点は、理解してるみたいね。でも、〔バーカム〕の廉価型が本決まりになれば必要になってくるわ」
「もうそんな計画まで?」
「あくまで構想段階、と噂で聞いたわ」
「噂かよ……」
しかし、リーンはアリスの情報収集力には驚いた。まだ、試験小隊が決定して間もないというのに、これだけ小隊の扱う機体について知っている。優先的に情報が流れているのかも知れないが、それを覚えるのだってかなりの労力が必要なはずだ。小隊長を任されるだけのことはある。
すると、彩子が樹に耳打ちして、何事か囁く。
それを聞いた樹は了解と軽くうなずいて、発言した。
「すみません。その〔バーカム〕のOSは〔アル〕と同じですか?」
樹の質問に、アリスは軽く顎に指を添えて思案する。それから、言いにくそうに口を開いた。
「……おそらく、そうでしょうね。詳細はわからないわ。興味があるなら、後でリーン軍曹に訊きなさい」
「は、はいっ」
彩子が緊張気味に返答する。
アリスはてっきり樹の質問だと思っていたので、これには少し目を見張った。が、すぐに納得したように頷く。彩子は改変不可と言われたプログラムを変えた少女だ。むしろ、自然だろう。
「で、いつ試験運用するんだよ?」
リーンが呆れた風に問うた。
その不遜な態度を彩子は毛嫌いして、聞こうと思っていた内容をパスすることにした。
「すぐだ。このブリーフィング後には、各員機体チェックを済ませ、指定空域に行く」
「すぐっ!?」
音が驚きの声を上げる。
「加えて、今回はもっと重要な任務がある」
アリスは驚きを見せる隊員たちを見渡して、注目を集める。
樹たちが顔を見合わせる中、リーンは何事かといった表情を浮かべる。
「一週間前にあった〔リンカー〕が撃沈の現場。君たちはよく、知ってると思うけど――――」
アリスは『よく』を強調して言った。
樹たち、とくにリーンにしてみれば、同僚が殺された現場である。避難船だった〔リンカー〕が沈められたことで、『新人類軍』の存在が明るみになった。
忌避したいところだが、そこに行く意味を知りたかった。
「――――そこで、船のブラックボックスを回収する」
「ブラックボックス? 何それ? 解析不能のモジュールか何か?」
彩子が言葉の意味を理解できず、思案顔を浮かべる。
すると、隣の樹が日本語で説明する。
「|フライトデータレコーダー《FDR》と|コックピットボイスレコーダー《CVR》のこと。航空機事故とかの事故原因の手掛かりになるものよ。宇宙船にも、搭載されてる」
彩子はなるほどと手を打って、納得する。
「ブラックボックスの回収っていっても、現物は船体と一緒に爆発しちまったか、ビーム砲で蒸発してる可能性があるぞ?」
リーンはアリスの言う最重要任務に異論を唱えた。
が、樹が一度咳払いして、英語で補足する。
「たぶん、敵に奪われてない限りブラックボックスは無事だと思う」
「どうしてだ?」
「一週間前。わたしたちは〔リンカー〕の撃墜現場を通って、ここまで来た。そのとき、〔リンカー〕の救難信号を受けたの」
「救難信号だと?」
リーンが怪訝そうに眉間にしわを寄せる。
「そう。彼女たちが乗ってきた〔アル+1〕にもそのログがあったわ。おそらく、ブラックボックスからの信号ね。加えて、あの一帯に敵が再度訪れた形跡はなし。九割方あると思った方がいい」
アリスは液晶ディスプレイを操作して、これから赴く宙域への航路と場所を線で丸く囲った。
「ブラックボックスは太陽風や宇宙線の影響を長くて十日は耐えられる。けど、それだって完璧じゃない。早くしないと中のデータが劣化して、使い物にならなくなるわ」
「そんな生物みたいなの、いまさら何の役に立つってんだ……」
リーンは事故原因が明白な以上、それを取り行く必然性を見いだせなかった。同僚が死に、多くの避難者が死んだ。敵の殺意で、一瞬にして。
「…………のた人、わかる」
音がぽつりと声を漏らした。
人が死んだ事実は変わらない。だが、その時どんな状況で、誰が乗っていたかまではわかっていない。誰にも自分の死を知ってもらえないのは、とても悲しいことだ。
リーンはうっと頬を引くつかせて、自分の至らなさを痛感させられた。
アリスは音の言葉に小さくうなずいて、口を開いた。
「機内の状況と、敵〔イリアーデ〕との交信記録があるかもしれない。そして、音の言ったのとは逆に、誰が乗船していなかったのか、はっきりする」
「敵に参加している研究員、ね」
「その詳細を明らかにする必要もある。どれだけの研究者が敵に加担しているか。そして、死んでいった人たちの名前を見つけ出すのも大切よ……」
最後のほうは、アリスの個人的な言い分だ。
そのことには一切気づかず、樹たちはこの任務の重要さに心音が早くなる。死者へ尊厳を掲げるなら、自分たちは墓荒らしも同然のことをしようとしている。しかし、誰かがやらなければ、死んでいった人たちにあらぬ罪が降りかかるかもしれない。そう思うと、俄然やる気が起きる。
何のために戦うのか、正直まだ迷いがある。だが、誰かのためになるなら、やれる気がするのだ。
リーンも同僚のこともあって、この任務に対して真剣な心持で挑めそうだ。
アリスは一度大きく息を吸い込んで、隊員たちを見据える。
「では、準備にかかるよ。各員、装備のチェックを怠たらないように。以上っ」
瞬間、リーンは席から立ち上がって敬礼。
樹たちもそれを見て、慌てて立ち上がり見様見真似で敬礼する。ぶかぶかの袖が下がり、腕の地肌が露わになる。
アリスは樹に半目を向けて、けだるそうに言う。
「樹、敬礼するときは右手よ。左手でしないこと」
そう言われて、樹が慌てて右手に直した。
「了解の返事は?」
「あ。は、はいっ」
リーンも横で呆れ気味に一瞬肩を竦めた。
それから、アリスが敬礼を返す。そして、アリスが解いたのを見て、樹たちも解いた。
「それじゃ、行きましょう」
アリスの言葉に、「了解っ」と樹、彩子、音は気合の入った返事をした。
ここで返事をする必要はないのだが、アリスはあえてそのこと黙っておくことにした。
そして、アリス試験小隊は初任務に赴く。




