~戦う心~ 繰り返された悩み
鈴燕華はつまらなそうに、『ローグ1』のドックを流れていた。
「船の準備、早くしろ。そこ、遅いぞ」
「動力の調整はできてます。あとは、外装だけですよっ!」
「各スラスター、掃除終わりました」
「航行システム、更新したか?」
そこここで、輸送船〔リンカー〕の整備に追われる整備士たちの声がする。本拠地である『サテライト』に首領たるモーガン・ジェムと数人の護衛を送るためだ。捕虜の移送も考えていたが、やはり首領の月輸送が先となった。横四方に伸びたドックに〔リンカー〕の船体が丸々収まっており、アームで固定されており、『ガーデン1』とは違う構造をしている。
隣りのブロックでは〔AW〕の最終点検作業が進んでいるはずだ。
燕華もその護衛で、〔リンカー〕の整備を待つばかり。
「ねぇ! まだ、終わらないの?」
手持無沙汰に手近な整備士に叫んで現状を聞いた。
燕華の問いに一人の整備士が答える。
「あと、一時間はかかります!」
「一時間? 女を待たせるんじゃないよっ! 三十分で済ませな」
「そんな…………」
答えた整備士はその理不尽な要求に肩をがっくりと落とした。
燕華はそのまま隣ブロックに通じる通路に入る。自機の点検は済ませてはいるが、暇つぶしにもう一度見ておこうという算段だ。
通路で数人の整備士とすれ違い、うちの一人が彼女を呼び止めた。
「鈴さんっ!」
「ん? 何だ?」
燕華は手すりを握る力を強めて止まる。
「白兵戦特化機体が見つかったんですが、どうですか?」
その整備士は頬のニキビを気にしながら、燕華に寄った。脳を溶かすような甘ったるい香りが、漂ってきた。
燕華は口元を吊り上げて、整備士の横につく。
「資料は?」
「え? はい、これです」
整備士はあたふたと手にしていた電子パットを操作して、資料を表示する。さらに、燕華の顔が近づき、そっとか肩に手を添えられているのがわかった。
「なるほど〔バーカム》、ね」
「今の〔ミリシュミット〕より扱いは難しいですが、白兵戦が得意な鈴さんなら……」
隣でもごもごいう整備士を視界の端に捉えながらも、燕華は電子パットの資料に目がいっていた。確かに、今の改造〔ミリシュミット〕より理想的な機体だ。敵陣に突っ込むのにいい瞬発力もある。〔イリアーデ〕撃墜作戦時に見た見知らぬ機体がこれだろう、と結論もついた。
しかし、彼女の表情は優れず、吐息がもれた。
「悪くない。悪くないが、あたし向きじゃない。他を当たりな」
「し、しかし……」
予想外の返答に整備士は狼狽した。
鈴燕華の戦闘は白兵戦主体で、その野に放たれた猛獣のような戦いっぷりは、見るものを恐怖させただろう。太刀を牙に、ナイフを爪に敵を屠る獣。そのスタイルは、〔ミリシュミット〕とのような半人型機より、〔バーカム〕のような人型機が栄えるし、使い勝手もいいはずだ。
燕華は整備士の耳を甘噛みしそうな距離で、ささやいた。
「あたしの気を引きたいなら、襲ってこなきゃ。昨夜の男もそんな感じで、つまらなかったよ」
「――ひっ」
耳にかかる息遣いに、整備士は背筋を震わせる。妖狐が人の煩悩を誑かすような言いよう。精気を吸い尽くされそうな雰囲気に、しかし、彼の心は揺れ動かなかった。
燕華もつまらないとばかりに、整備士から離れる。
「報告、ご苦労。頑張りな」
燕華は整備士に振り向きもせず、〔AW〕のドックに進行した。様子を見たって仕方なかったし、何よりもうどうでもいい。これで追ってくるなら、まだ見込みというものもあるが。
数多くの男に抱かれようと、どれほどスリルを味わっても、彼女の根本的な飢えは満たされない。制御チップのせいで、さらに些末な問題となりつつあった。
「結婚くらい、考えてみようか……」
冗談交じりにつぶやいて、燕華は三十路という微妙な歳に笑った。それ以前に、結婚なんて考えていられる状況でもない。愛した人すらいないのに、何を言っているのだろう。
燕華は〔AW〕が立ち並ぶブロックに入り、壁際を伝って中の様子を観察した。
『新人類軍』の主力機、〔ミリシュミット〕と放棄された〔ファークス〕と〔ギリガ〕が左右に等間隔で並び、まるで巨人の並木だ。どの機体も使える状態にまで整備されており、〔ファークス〕や〔ギリガ〕は、象牙色に塗装されている。敵との識別のためだろう。
その中で、濃藍色の〔バーカム〕が数人の整備士たちに取り囲まれていた。
「あの機体、誰の手にいくのかね……」
燕華は言って、すぐに視線を前を見据える。
そして、すぐに自機の〔ミリシュミット〕改造型を見つける。
燃えるような赤を基調とした全身は、どの〔ミリシュミット〕とも違う。誰もがその目立つカラーリングに趣味を疑った目を向けていた。
「やっぱり、目立った方がいい」
燕華は壁を押して、自機の方へ流れた。近くで見ると、随分と明るい色をしているな、と彼女自身皮肉気に口元を緩める。
「あれ? 鈴さん。どうしたんですか?」
「ん? 暇つぶし」
燕華も頭部のアンテナに手をかけて、空中停止する。
ちょうど微調整をしていた整備士が頭部に上がって来るところだった。彼は大きめの作業帽のつばを指でつまんで、くいっと上げた。
「はぁ? でも、ちょうどよかったです」
「問題か?」
「いいえ。腕の新調の提案を――――」
「わかった。詳細を教えてくれ」
燕華はまじめな顔つきになって、整備士の元に降り立つ。命を預ける機体のことともなれば、真剣にもなるのだ。
いい暇つぶしにもなるうえ、機体の調整もできて、時間を有効に使えそうだ。
「やっぱり、チビに合うサイズがないわ…………」
「チビ言わないでよっ!」
彩子が顔を顰めて見下ろすアリスに怒鳴った。
樹たちはアリスに連れられて、女子更衣室にいる。ここには、試着用の軍服や予備がいくらか保管されている。両端にロッカーがならび、広めの間取りをしていた。『サテライト』にあった更衣室に似ている。しかし、窓がある分外からの光が差し込み、明るく暖かい雰囲気だ。
樹たちはアリスに流されるまま、軍服の採寸合わせをしている始末。
「ぶかぶか~」
「つなぎじゃダメなの?」
音が指先まですっぽり隠れる裾を折り始める。
樹もサイズの合わない軍服をだらしなく着て、ズボンはハイウェストの位置でベルトをしている始末だ。
着心地最悪。動きにくい。おまけに重い。誰も軍服を着たいなどとは微塵も思っていない。
三人が不評を言う中、アリスはロッカーの中を漁ってもっと小さいサイズがないか探した。
「ダメよ。一応、格好はつけておきなさい」
「てか、あたしたちは、軍に加担するなんてひとっことも言ってないわ! なにさ、もうっ」
彩子は業を煮やして、軍服を脱ぎ出す。ブレザーを放り捨て、ハイウェストのズボンをおろし、ぶかぶかのYシャツのボタンを外していく。一分一秒でもこの不快な服から解放されたかった。
すると、試着用の軍服が彩子の顔めがけて飛来した。
視界を軍服に覆われ、思わず彩子の体が後方に反れる。
「無意味に逆らわないでって言わなかった? 言うことを聞きなさい」
アリスは重そうに開かれた半目の瞳を、樹たちに体を向ける。そして、だらんと下げた手で軽く、リズムを取るように太ももを叩いた。苛立っている様子がひしひしと伝わってくる。
態勢を立て直した彩子が軍服を抱えて、鋭い目つきを向ける。
「もうっ。軍人はこれだから嫌いよ! 威張ってばかりじゃない」
「君の軍人嫌いはわかった。だから、早く着て……」
「わかってないわ」
その一言で、アリスの手の動きが止まった。表情は疲れたまま、だが目の間の標的だけは逃さない鋭い光りを宿りている。
樹が用心深く、アリスの様子を窺う。また引っ叩かれるものだと予想していたからだ。
だが、予想に反して彼女はただ深いため息を一つ漏らしただけだった。聞き分けのない子供に見切りをつけたような諦め。そして、中央のベンチに腰を落ち着ける。
「君たちは、どうしてここにいるの?」
心底疲れ果てた声。
その質問に、樹たちは顔を見合わせる。『地球平和軍』が勝手に自分たちを戒めているからだ、と思わず叫びたくなる。だが、アリスの意味するところは、もっと別なのだろうと思えた。語気がいつになく、固く揺るぎないのはそのせいだろうか。
アリスは重ねて問う。
「君たちの敵は誰? あたしたち?」
「それは…………」
彩子が喉がつかえたような声を漏らして、アリスのほうを見た。樹と音もそれにならって、視線を動かす。
彼女たちにとっての敵。それは『地球平和軍』なのかもしれない。自分たちが地球に降りられないのは、権力の圧力があるからだ。個人と組織の差だ。
だが、それを断言できないでいるのはなぜだろうか。帰りたい気持ちはもちろんある。ないわけがない。
それでも、後ろ髪をひかれる気持ちを拭い去ることはできない。
「そうやって、周りに当たり散らすのはやめてちょうだい。気が滅入るから」
アリスは、顎をしゃくって彩子の着替えを急かす。
「仕方ないでしょう。そうやって、力任せにねじ伏せるから……」
彩子がむすっとして軍服を抱きしめる。
「わたしたちは戦争できるほど、腕の立つ操縦者じゃない。それでもやれっていう、あなたたちが悪いとは思わないの?」
樹がアリスを見据える。
アリスは三人を見比べて、瞳を一瞬閉じてまた開く。
「そういうものよ、戦うってことは」
「そゆもの?」
「都合のいい解釈でしょう」
音が首をかしげる隣で、樹が言った。
彩子は顔を強張らせて、不安そうに目を伏せる。
「あんたは軍人だから、そういうことが言えるのよ。あたしたちがどんな思いで、ここまで逃げてきたと思ってるの?」
逃げてきた。『サテライト』で多くの死体を見て、銃口を向けられ、怖い思いをして、必死に。
戦う力すら、ほとんど持っていない。〔アル+1〕の性能に助けられたに過ぎないのだ。自分たちが戦うより、他の人が戦うほうがいいに決まっている。
アリスは彩子を視界に捉える。
「そうやって、理屈らしいわがままを並べて、逃げるのね」
「――――っ!」
「どんな思いをしたかなんて知らないけど、敵を前にして逃げ出すのって簡単なこと?」
アリスの言葉に、樹たちは歯噛みする。
簡単なわけがない。『地球平和軍』のやり方にしても、『新人類軍』がやっていることにしても。常識を超えて、理解の範疇を逸脱している。人が死に、人を殺し、踏み台にする。状況は結局、この戦いが終結しない限り収まることはないだろう。
知ってしまって、見て見ぬふりなど彼女たちができるはずもなかったのだ。三人は優しい。だから、根本的な部分で矛盾を持ってしまっているから。
アリスはまるで自分のことのように告げる。
「君たちがあたしを憎むのは勝手よ。それで逃げ出したって、文句は言えないわ。そのあと、後悔するとわかっているなら、敵を見定めて、戦ったほうがいいわ」
「敵を見定める……」
樹がぽつりと口を動かす。
敵。『地球平和軍』、『新人類軍』どちらのことを言っているのだろう。
樹たちは困惑して、アリスのどこか上の空な横顔を見た。心ここに非ず。悲しみも怒りもどこかに忘れ去ったような気さえした。彼女だって、戦場を駆けたはずだ。それで何も感じないはずがない。それとも、軍人は簡単に人の生死を割り切ってしまうのだろうか。
「君たちは戦う以前に、敵というものをわかっていない。というより、周りを敵に仕立て上げて、自分たちを憐れんで慰め合ってるようにも見えるわ」
「…………」
「そんなに同情を誘っているなら、慰めてあげましょうか? それとも褒めてあげるべき?」
アリスの言葉に誰も言い返せなかった。
彼女の言うことは的確で、身勝手な部分を見透かされているようにさえ思える。だが、彼女たちはまだ十六歳の少女だ。そこに甘んじてしまうのは、当然というべきだろう。家の事情、肉親の死、冤罪、と彼女たちはおおよそ普通とは違う経験をしていれば、誰かに認めてもらいたいと思う。
暗鬱とする少女たち。
すると、アリスが仕方なしと口を開く。
「前言撤回。軍にいる以上、軍の規則に従う。それがここの常識よ」
情け容赦ない言い分に、樹たちが恨みがましい視線を送る。
アリスは特に気にした様子もなく、あくびを一つ。事情など知らない。ただ、同情しても彼女たちのためにならないだろう。ならば反発心をうまく高ぶらせた方がいい。
「君たちはあたしの小隊に配属された。今は素直に従って、『新人類軍』とかいう血迷った集団を潰したほうが賢明だと思わない?」
「どうして、そういう発想になるの?」
樹が真剣な表情で言った。
アリスは自嘲するように口元をほころばせる。
「今を生きていたいから、かな?」
「は? 意味わかんないわ」
「ま、わからないでしょうね」
アリスは肩をすくめる。
未来を夢見て戦うのは、思想家がすればいい。戦場に赴くなら、その時、その瞬間を懸命に生きることだけを考えるのが得策だ。変に未来を想像しても、気が滅入るだけ。未来が時に残酷な刃と化すことだってあるのだ。
彼女はそうやって、辛い思いを封じて生き残ってきた。
樹たちにはまだ理解できないだろう。だが、彼女の言う今が未来につながる布石だと思った。
「でも、忘れないで。この状況を作った元凶は『新人類軍』だってこと。それがなくならない限り、君たちはそうやって苦しむのだし、下手をすれば地球にだって危険が及ぶ」
ここまで言ってもわからないようだったら、アリスは樹たちを見限るつもりだ。
使えないようでは足手まといだし、共闘する意味がない。
すると、樹たちが互いの顔を見合わせる。言葉はない。だが、強張っていた表情が徐々にほぐる。
同じことの繰り返し。踏ん切りがついたと思えば同じことで悩んで、苦しんで、立ち止まる。それも、これでおしまいにしよう。どうせ苦しむんだ。だったら、ここまで来た足跡を信じて、踏み出すしかない。
もうできることをするには、遅すぎた。
だから、今しなければならないことに立ち向かわなければならない。今を生きるために。
「それで、答えは?」
アリスは機会をうかがって、三人に投げかけた。
樹が彩子と音に一度頷いて、アリスを見据える。まだ迷いを捨てきれていない様子だが、強い瞳だった。
「やっぱり軍に従う気はない」
「ふぅん…………」
「でも、戦ってみせる」
「戦って、生き残って、早くこのバカげた戦争を終わらせてやるわ」
「終わり、そしたら、平和」
矢継ぎ早にくる返答に、アリスは頬を掻いた。三人を見ていると、懐かしい気分になってくる。だが、この懐かしさが悲劇の幕開けだったのを、鮮明に刻み込まれている。
だが、アリスには彼女たちの迷いながらの決意を否定できない。否定してはいけない。
彼女たちの結束力こそ、戦う心なのだから。
「わかったわ。だったら、そこのチビ。早く軍服を着なさい」
アリスは輝きを失った半目とけだるい指先を、軍服を抱えた彩子に向ける。
彩子はYシャツ姿だったことを思い出したようで、顔を真っ赤にして叫んだ。
「チビ言うな!」
「はいはい。次からは、名前で呼んであげるわ」
アリスは面倒そうに手を振って、聞く耳持たない。
すると、音がきょとんとして言う。
「ねぇ。名前、何?」
その一言に、アリスは面喰って半目を見開いて、音を見た。一応、名乗ったのだが、記憶力が悪いのか。それとも、当てつけか。
それから、一瞬目を伏せて、ため息を交じりに言った。
「隊長か、先生でいいわ」
その反応に、樹たちは先ほどの重苦しい空気を払うように顔を見合わせて笑った。軍人とはいえ、驚くときは驚き、しかも、目を皿のように見開いたその顔がおもしろかった。
アリスは面倒事な子たちを持ったものだと落胆し、一人また盛大にため息をついた。




