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マシン・レコード  作者: 平田公義
第四章
30/152

~戦う心~ 口実

「アリス試験小隊に編入?」


 リーンは『ガーデン1』ドックの控室で、ガイアからそのような報告を受けた。


「ああ。かなりの兵士がやられて、部隊編成を新たにしたようだ」

「だから、自分にコレが回ってきたんですね」


 控室のガラス一枚隔てた先で、一機の〔AW〕が最後の調整を受けていた。細身のシルエットと特徴的なバックパック。試作機、〔バーカム〕だ。


 もともとヤッシュ・カルマゾフが勝手に乗っていた機体だが、正式に試験操縦者としてリーン・セルムットが選ばれた。これには二回に渡る戦いの功績によるもので、彼の実力を見込んでのことだ。だが、彼からすれば厄介ごとを押し付けられたようなものだ。


 ガイアは天井に手をついて、上がっていた体を下におろす。


「いい機体だと聞いているが、どうだ?」

「わかりませんよ。コンセプトは白兵戦主体みたいで、反応が鋭敏で感覚が追いつきませんよ」


 リーンは降りてくるガイアから視線を外して、手元の資料に目を落とす。タブレットに機体のデータが移されてはいる。今まで射撃主体の〔ギリガ〕に乗ってきた彼からすれば、扱いの難しい機体だ。


〔バーカム〕は試作段階であるだけに、運用費以前に搭乗者への配慮に欠けている。操縦するにしても徹底したスピード強化と反応速度は、慣れるのにかなりの時間を要するだろう。


「次期量産機に反映させるためだろう。文句を言うな」


 ガイアは伝えることは伝えたといった顔をして、控室から出て行った。


 残ったリーンは軽く肩をすくめて、オペレーターの横に移動する。一刻も早く調整を済ませて、この機体をものにしなければならない。戦争のさなかにいい加減なものを預かったものだ。


「大変ですね、軍曹」

「仕方ないだろ。あの人、俺のこと嫌ってたからな」


 オペレーターは苦笑して、機体状態をモニタリングしながら、ガラスにその情報を投影する。リーンにも機体チェックしてもらうためだ。


 ガラスはHUDヘッドアップディスプレイとなっており、機体情報を文字化するほか、目の間に浮かぶ機体の問題個所などを矢印を引いて、追加項目が表示される。 


「各アクチュエーター、メインとサブのスラスターからも異常は検出されてません。ただ、急いでいたんでしょう。全体の装甲が足りていないようです」

「装甲が足りない?」


 リーンはオペレーターの座るシートに手をかけて、ガラスに浮かぶ文字を目で追う。


 確かに、全体的に光線が引かれ、異常を知らせている。しかし、見た目には特に不足なようには思えない。


 オペレーターも困ったように、パネルを操作する。


「動くことに問題はありません。ですが、これだと〔ファークス〕より二割薄いんです」


 〔ファークス〕の情報を呼び出して、〔バーカム〕の機体データと照合させる。機動性、運動性は数値では大きく上回っているし、言われた通り装甲は幾分か薄くなっている。薄いというより、関節部に余計な装甲をなくしているようだ。


 リーンは顔を顰めて、照合された数値を睨む。


「時間もねぇし、このままで十分だ。追加で装甲作る余裕もないしな」

「わかりました。ですが、上には追加装甲の件を申告してみます」

「すまない」


 リーンは言ったところで、視界が急に霞みだす。目頭を押さえて、重くなった頭を軽く振る。疲れが出始めたらしい。


「無理しないで下さいよ。見栄まで張ったのに」

「ああ? 何のことだ?」

「嫌だな。一緒にいたでしょう、女のひと。随分とべっぴんさんだったじゃないですか?」

「誰も見栄なんか張ってねぇよ」


 オペレーターは悪戯な笑みを浮かべて、作業に戻る。


 リーンは重いはずの体がふわりと浮遊する違和感を覚える。無重力にさらされていれば当然なのだが、肉体の疲労感、血流の悪さがいつにもまして強いのだ。


「悪い。少し寝かせてくれ……」


 手近なシートに座る。


 オペレーターが横目にリーンの顔色の悪さを見取って、顔を顰める。ほら見たことか、といった感じだ。


「居住区に戻ったほうが、いいですよ?」

「いい。三十分も寝れば、何とかなる。作業もそれくらいで終わるだろ?」

「ええ、まぁ――――」


 オペレーターが視線を一瞬離した時には、リーンは深い眠りについていた。体をシートに固定し、背もたれを下げ、だらりと腕が浮かぶ。手にしていたパッドも今は持ち主の手を離れて、控室に浮かんだ。


 


 現状の厳しさは、アリスにもわかっていた。


 多くの兵士が戦場に拒否反応を示し、戦力は予想以上に削られていた。精神的負傷をした兵士を無理にでも出すのは可能だ。興奮剤でもなんでも投与して、いらない倫理観を捨てればいい。ここに倫理や良心などを持ち込むのは、間違いでしかない。


 そう。倫理や良心は必要ない。アリスは熟知している。


 なのに、(いつき)たち、少女を部下に迎えることを良しとしない。単純に教育するのが面倒なのもあるが、軍人として最低限度の自尊心が許さないのだ。


 アリスと(いつき)たちは、レミントンの仕事部屋に押しかけ、対面している。無機質な部屋に、彩子(あやこ)(おと)が不審そうに視線を巡らせている。


 (いつき)だけが、レミントンをまるで宿敵を前にしているかのように睨みつけている。


「中佐。部隊の再検討を願います」


 アリスはテーブルを挟んだ向こうのレミントンに言った。姿勢正しく、真剣な表情。それでも、目元のくまや重そうな半目は相変わらずだった。


 レミントンはきょろきょろと視線を巡らせている彩子(あやこ)(おと)を一瞥して、アリスに向き直る。


「アリス・ジェフナム少尉。悪いが決定事項だ。きみには試験小隊の隊長として任務を全うしてもらう」

「わたしたちがそれに参加するのは、どうして?」


 アリスが抗議しようとしたところに、(いつき)が嫌悪を含んだ口調で言い放った。


 アリスは重い頭を振って、(いつき)に意見の場を譲る。


 彩子(あやこ)(おと)はどきりとして、(いつき)の様子を窺う。いつもの無表情。だが、凛々しい顔つきとまっすぐ見据える視線は美しいと思えた。


「操縦者ならほかにもたくさんいる。〔アル+1(プラスワン)〕の操縦くらいできるでしょう?」

 

 その発言にレミントンは不愉快そうに眉を吊り上げる。彼女たちが医療施設に寄ったことはわかっている。そこで何も見なかったわけがないのだ。


 アリスも呆れて、肩を落とす。


「どうなの?」

「…………。残念ながら、精神的に傷ついた兵士が多数出た。君が思っている以上に、兵力はない。それに、あの機体は君たちくらいしか動かせない」

「〔アル〕を兵器に使う…………」


 (いつき)は悔しさに痛感しながらも、レミントンに食って掛かる。


 同時に医療施設で見た人たちの絶望的な顔が脳裏に過った。戦いに傷ついた人たち。胸が締め付けられる感覚がじわじわと広がる。それは(おと)も同じで、自分の胸倉をつかんでいた。彩子(あやこ)(いつき)(おと)の様子に、少なからず危機感を得ていた。


「確かにクセはあるけど、設計の基礎理念はどのシリーズにも通じてる。そこまで手こずる機体じゃない」

「悪いけど、少佐の言うとおりだ。あたしも少しいじってみたが、アレは勝手が違うよ。扱いに困る」


 (いつき)の意見に、アリスが答える。


「どうして?」


 (いつき)は睨みを聞かせて、アリスの説明を促した。


 アリスが面倒そうに頬を指で掻きながら言う。


「メインと電子戦、火器制御と三人の操縦者が必要なこと。使っているツールが一世代も前。おまけに、巨大すぎ」

(おと)、わかんない」


 アリスの説明を聞いても(おと)にはピンとこなかった。火器制御を請け負っていた彼女は、これまで使ってきた〔AW〕と変わらない扱いができた。作業で使っていただけで、火器の運用もしたことがないのにも関わらずだ。


 (いつき)の方はなるほど、と納得のできる点があった。


「操縦者の連携と操縦方法の違いってところね」

「ま、それだけじゃないんだけど」


 アリスは澄ました顔で、(いつき)たちを横目に捉える。


「あのぉ、今どういう話の流れかしら?」


 すると、彩子(あやこ)がおずおずと挙手して、日本語で質問した。


 (いつき)(おと)、アリスは彼女の言葉を理解できた。置いてけぼり状態だということも。


 しかし、レミントンからすれば、聞きなれない日本語に不愉快な気分になる。一応、彼女たちが再検討を持ちかけてきたのだから、会話が通じないでは意味がない。


(おと)。通訳お願いできる?」

「あい。でも、つやく、何?」

「英語を日本語に直して話すこと」


 (いつき)(おと)の間で短いやり取り。


 彩子(あやこ)は自分が足を引っ張っているとさらに強く自覚させられる。英語がわからないばかりに、当事者なのに蚊帳の外状態。疎外感がまるで責任を追い立てるように襲い掛かる。


「では、話を戻そう」


 そろそろうんざりしてきたのか、レミントンの顔つきが険しい。普通、戦線司令官に直訴している時点で疑わしい状況だ。だが、試験小隊はこの戦争でも意義のある部隊にならなければならない。そういう意味でも、小隊長の意見は聞き捨てならないのだ。


「結論から言って、再編成は認められない」

「そんな――――っ」


 (いつき)が狼狽する隣で、アリスが死人のような瞳をじっとレミントンに向ける。怒っているようにも、呆れているようにも見える。


 だが、レミントンは淡々と言葉を連ねる。


「使えるものを使わなければ、敵に勝つことはできない。人手も、機体も少ない今、実績のある君たちを使うのが、もっとも効率的だ」

「それで一般人を巻き込んでいいわけ?」

「君は研究員だ。軍に手を貸すのは当然。そこの髪の長いのも、だ」


 それと、とレミントンは難しい顔をする彩子(あやこ)を見た。


 彩子(あやこ)がその視線に気づいて、ピクリと肩を跳ね上げた。


「彼女は特に重要だ」

「は、はい?」

彩子(あやこ)が犯罪者って決めつけたのは、あなたたちでしょう?」


 困惑する彩子(あやこ)

 

 (いつき)はレミントンの言わんとすることを先読みして言い放った。彩子(あやこ)にテロリストの疑惑を持っているから、勿体つけた言い方をしているのもだと考えたからだ。


 だが、彼の反応は不可解そうに(いつき)を一瞥しただけだった。


「アヤコ・ミナモリ。君は〔アル+1(プラスワン)〕のプログラムを書き換えたな?」


 レミントンの言葉は、彩子(あやこ)にもわかった。首を振って、否定する。


「プログラムの書き換え? どういうこと…………」


 驚いたのは(いつき)だ。〔アル+1(プラスワン)〕についてなら、この中で一番の理解者だ。機体の性能も、その構築プログラムについても。


「あの機体はプログラムロックがされてて、誰も解除できない。簡単な言語変更だって――――」

「あ。それはできた。じゃないと、操作しづらかったから」


 (おと)の通訳を経て、彩子(あやこ)がぽつりと言った。


 (いつき)はそのあっけらかんとした態度に、思わず凍りついた。一度取り込んだプログラムは、〔アル+1(プラスワン)〕の自己保存機能が働いて変更ができないでいた。普通、そんな不出来なプログラムを残しておくはずもないのだが、それを消すことも転送することもできなかった。


 彩子(あやこ)は固まった(いつき)に苦い顔を浮かべる。


「え? 何? 不味かったかしら?」

「ど、どうやって変えたの!?」


 (いつき)は驚きのあまり英語のまま、叫んだ。


 彩子(あやこ)(おと)は目を丸くして、興奮する彼女を見た。


「ど、どやた、だて……」

「そんなの、マニュアル読んで、論理回路を再構成して、記録装置のオペコードをちょこっと……」

彩子(あやこ)、自分が何やったかわかってる!?」

「わからないわよ。無我夢中だったんだものっ」


 ガツガツ来る(いつき)彩子(あやこ)は恐怖した。自分のしでかしたことが、大事になるのではと不安になってしまう。


 すると、アリスが(いつき)の頭を引っ叩く。


 ずしんと脳天からきた衝撃に、自然と(いつき)の頭を下に向けた。


「うるさい。後にして」

「痛いぃ……」


 (いつき)は頭を押さえて、大人しく座りなおす。


 レミントンは静かにその様子を眺めて、ほとぼりが冷めたところを見て言う。


「そういうことだ。彼女は〔アル+1(プラスワン)〕のプログラムを書き換えて、自分好みにアレンジした。結果、他の操縦者も扱えないものになってしまった。加えて、彼女なら不可侵ファイルを解除できるかもしれない」

「だから、彩子(あやこ)、帰さない……」


 (おと)はレミントンの口ぶりを聞いて、思い至った。


『地球平和軍』は皆守(みなもり)彩子(あやこ)の罪状よりも、そのプログラミング技術を欲しているのだ。電子戦を使えるのが彼女だけともなれば、なおさらだ。


 (いつき)が頭を押さえるのをやめ、顔を上げる。


「〔アル〕の不可侵ファイルの中身は、一昔前のおとぎ話じゃなかったの?」


 不可侵ファイル。〔アル+1(プラスワン)〕の過去、テロ戦争時の学習データが詰まっていると噂されているものだ。だが、(いつき)たち研究員はその存在を知りながらも、邪魔なデータだと考えていた。すでに地上戦用ではないのだ。宇宙に適用できるものでないなら、解読する時間は惜しい。


 だが、レミントンたち『地球平和軍』はそのファイルの中身だろうデータを欲している。地上戦機は独自の発展を遂げているが、いかんせん局地戦ばかりのデータだ。しかし、前時代の〔アル〕は世界中を渡り、様々な紛争地帯に赴いた記録がある。山岳、密林、沿岸、市街地、あらゆる場所での戦闘が蓄積されているのだ。これによって、〔AW〕の統一化をしたいのだ。そうすれば、重工業社の競争率も一気に減り、無駄な契約を破棄できる。


「不可侵ファイルの解除は、今後の研究課題だ。今は、できうる限り新兵器に役立つ情報を収集する役目に徹してもらう。本来、アレはそういうものだ」


 レミントンは両手を組んで、アリスを睨んだ。


「これ以上の話は無用だと思うが」

「…………。わかりました。お手を取らせ、申し訳ございませんでした」


 アリスは深々と頭を上げて、諦めた。


 だが、(いつき)たちは諦められない。戦場送りは嫌だ。


「納得いかない。わたしは――――」


 瞬間、アリスが(いつき)の頭を鷲掴みにして無理やり頭を下げさせた。


「な――――」

「諦めなさい。たった三人じゃ、『地球平和軍』にかなわない」


 アリスは日本語でつぶやく。それは事実であり、経験談だ。


「ちょっと、また暴力っ」

「手、放す」


 (いつき)には頭から降りかかる声が届かなかった。ただ、耳に残るアリスの言葉が現実そのものだと悟った。


 それから、(いつき)とアリスが頭を上げた。


「申し訳ございません。部下が失礼を」


 その一言に(いつき)彩子(あやこ)(おと)は唖然とした。手のひらを返すのが早い。所詮、軍人は軍人。ひとたび折り合いがつけば、上官に従うのだ。


 アリスは(いつき)の頭から手を放して、立ち上がった。


「アリス試験小隊。別命あるまで待機します」


 敬礼。

 

 レミントンも軽く敬礼し、互いに解く。


 その様子を横で見ていた(いつき)たちはもはや自分たちに逃げ場がないことを知った。いや、月から逃げ出したときに、すでに決まっていた流れだったのだろう。


 三人は不満顔を浮かべて、とりあえずアリスとともに部屋を後にした。

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