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マシン・レコード  作者: 平田公義
第一章
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~詩野 音~

 月の建設基地『サテライト』は、コロニー建設の要となる研究、重工施設である。

 同時に、巨大な資源採掘場でもあった。酸素や建設材料になる月面に積もった砂礫、レゴリスや偶然にも発見された『ガンメタル』と呼ばれる第二次電池の材料となる鉱石が採掘されている。


『ガンメタル』は地球で採取されるレアメタルをはるかに超える蓄電量を誇り、宇宙で運用されている〔AW〕のほとんどがこれをバッテリーにして、従来の倍以上の稼動時間を実現させている。だが、『ガンメタル』の含有率は低く、採掘作業を難航させてもいた。


 その難航する作業場は、渦を巻くように掘られた巨大な穴が中心である。露天掘りといわれる手法で、深さは二百メートルに及んでいる。


「ハァ……、ハァ……」


 ヘルメットの中でこもる息は熱を帯びて、宇宙の静寂を際立させる。


 巨大な採掘場で働く人たちは、みな宇宙服を身にまとい、掘削機を操る人もいれば、掘り出した鉱物を流すベルトコンベアの設置、整備をする人もいる。すべてが機械任せではなく、自力で掘削している人だっている。

 

「ハァ……、ハァ……」


 宇宙は無音。だから、ヘルメット内の息遣いを意識させられる。心音が早まるとヘルメットのHUDヘッド・アップ・ディスプレイがアラームメッセージを表示する。


 その表示を一人の小さな少女は目で追って、側面にあるスイッチを操作し表示を消した。まだ小さい体が大きめの宇宙服にすっぽりと収まり、不自由そうに大きめのグローブを動かす。


 少女、詩野(うたの)(おと)は無線の調子を確かめながら、月面ダンプの屋根から流れてくる鉱物が荷台からこぼれないよう様子を見ていた。超重量級のダンプは一度の数百トンも運び、その大きさは一戸建てが動いているようなものだった。


「――とめて」


 (おと)は無線に呼びかけ、採掘場の方でベルトコンベアを止めてもらう。


 それから、運転席のほうに下って、フロントガラスを叩いた。


 運転席にも、同じように宇宙服を着た作業員がおりハンドサインを送ってきた。


「うん。わかた」


 (おと)は未熟な言語を補うように、大きく手を振った。しかし、この言葉は運転手には届いていない。気を紛らわせる独り言だ。

 運転席から離れて、ゆったりと月面に降下する。地球の六分の一の重力がしみついている彼女は、悠然と月面に足をつける。


『次、いいか?』

「あい。ちょとまつ」


 ベルトコンベアを制御している作業員からだ。ノイズ交じりの無線にそういって、鉱物を満載したダンプを送り出した。それと入れ替わりで、待機していたダンプが大きく旋回して、鉱物を受け入れる位置に停車しようとする。


 (おと)は全身で車体誘導して、後続機を定位置に停車させた。

 すると、ダンプのバックライトが点滅して『受け入れよし』とサインを送る。


「動かす、だいじょぶ」


 無線に告げて、(おと)はダンプのタラップを跳ねるように上って、運転手に軽く手を振る。

 それから、運転席のドア付近に添えつけられている生命維持装置のチューブを引っ張り出す。


 いくら技術が発展しているとはいえ、酸素の量にはかぎりがある。だから、作業現場には巨大な供給機が存在し、作業員たちは生命維持装置とそれを連結させて長時間作業をしているのだ。(おと)の場合、ダンプの受け入れともあって供給があると搬入に支障が出るのだ。

 

 チューブの先端が胸にある差込口にカッチリはまったのを確認して、バイザーに映し出されている酸素残量の表示が『供給モード』になったことで確信を得た。


「……ハァ」


 ため息。空気の恩恵を感じて、胸をなでおろした。

 

『おい。まだなのか?』

「あれ? だいじょぶ、動かす。言った?」


 (おと)は下からの催促にヘルメットの中で小首を傾げる。無線の調子が悪くて、聞こえなかったのだろう。


 それからダンプのでっぱりを利用して屋根に上った。


 その時にはもう止まっていたベルトコンベアは動き出しており、鉱物を荷台に流し込んでいた。

 これでまた少し落ち着いていられる。


 すると、彼女の足元に巨大な影が落ちる。


「あ。お船」


 そういって見上げると、一隻の宇宙船が『サテライト』の港に向かっていた。船底の小型スラスターが噴射して船全体のバランスを取っている。

 

 宇宙船〔リンカー〕と呼ばれるこの機体はコロニー間や月を渡る輸送船だ。全長三百メートルほどで、円錐型の船体で、宇宙航行では船体を回転させ、疑似重力を船内に作る構造をしている。今は着陸のため、その特有のロール航行はしていない。


「おーいっ!」


 (おと)は声を張って、頭上を過ぎる船に飛び跳ねてアピールした。

 それが届かない声だとしても、このさみしい場所で黙っているのは彼女には耐え難かった。


 宇宙空間に進出したとは言え、人が生きるには厳しすぎる環境だ。宇宙の静けさと空気の心配、万一にレゴリスが生命維持装置を壊したらと考えるとぞっとする。その中で作業をしたがる人は少ないだろう。


 実際、ここで作業をする中で『地球平和軍』に所属している人物は比較的安全な監視役しかいない。そして、実質作業をする人たちの大半が犯罪者たちだ。地球で犯罪を犯した人たちを更生する名目で連れてこられた人たちを、『地球平和軍』は『奴隷階級(スレイブ)』と卑下している。


 しかし、(おと)は犯罪はおろか、地球に住んでいたことすらない。

 彼女は『サテライト』で生まれた子なのだ。母親が『奴隷階級(スレイブ)』であり、何の罪もない(おと)までもが同じ扱いを受けている。


〔リンカー〕が過ぎ去ってすぐ、オープンチャンネルの無縁が入ってきた。


『作業終了。全員、送迎車に集合!』


 野太い監視役からの宣言に、(おと)は笑顔になった。

 作業が中途半端になっても定時を守ってくれるのは、全作業員たちにはせめてもの救いであった。


 そうでなければ、今の(おと)以上に精神的な障害が起きることだってあり得るのだから。

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