~戦う心~ 確かな友情
「コロニーって想像以上に広いのね……。重力もあるし」
「ゆくゆくは移民政策を考えているから、地球に近い環境づくりがされてる。ほら、湖とか森とか、自然の再現は必要不可欠でしょ?」
樹、彩子、音はスポークに設けられた屋外展望テラスの欄干に寄りかかって居住区を一望していた。途中で買ったサンドウィッチを手に持って、遅めの昼食をとる。夏らしいカラッとした空気と気温に、思わず一緒に買ったミネラルウォーターのペットボトルに手が伸びる。
「ふぅん。じゃぁ、あの四角いのは?」
彩子はミネラルウォーターのペットボトルを床に置いてから、小さく見える湖の近くにある施設を指差す。
樹は指示された場所を視認して、口の中のサンドウィッチを嚥下する。
「浄水施設。川魚とかの稚魚も育ててるみたい」
「そっか、海ないもんね、ここ」
彩子はひとり呟いて、サンドウィッチを頬張る。ハムサンドのレタスの歯ごたえが瑞々しく、マヨネーズの酸味とうまくマッチしている。
「てか、本題入っていい?」
「ん。ふぉうふっふぁ」
彩子は樹に言われて、急いでサンドウィッチをミネラルウォーターで胃に流し込む。
その隣で、音が満面の笑みを浮かべて、卵サンドに齧り付く。食事をしている時が一番幸せなのか、樹たちのほうを見向きもしない。
「で? 話ったって、何があるのよ?」
「あなたが地球に降りられないわけを知りたいの」
樹が静かに、遠くを見つめながら言う。天井の偏光ガラスの向こうは青く、空のように輝いていた。
彩子も音のことを気にかけながら、口を開く。
「さっきも言ったでしょう? 容疑が晴れないのよ」
「どういう容疑がかかってるの?」
樹の質問に、彩子はうっと喉を詰まらせる。正直、この話をするのは特に樹と音にはしたくない。一気に阻害されてしまいそうだからだ。例え冤罪だとはいえ、そのことで偏見を持ってほしくない。
樹は横目に彩子を捉えながらも、話を促そうとはしない。彼女の自由意思に任せるつもりだし、離したくないというなら追及はしない。険しい表情を浮かべる彩子に、無理強いしたって意味などない。ただ、抱え込み過ぎている感じがしてならないのだ。
「樹? 彩子? どした?」
音は食べかけのサンドウィッチを大事に両手で持って、視線を投げかける。
すると、彩子が何かを諦めたように口元を緩ませる。
「どうもこうも、ね…………。テロリスト扱いよ。知ってるかしら? 純血派の中には過剰な運動しているの?」
「ええ。話には聞いてる。混血派を推奨、あるいは混血派に賛同する人を対象にしたやつでしょ?」
樹も耳にはしていた。
純血派は民族の血を残そうとする。だが、混血派はそうした民族の血を薄れさせる危険を持っていた。それは自然とぶつかり合い、純血派は特に反発力が強く、運動が盛んだ。殺人に及ぶ運動家も少なくないと聞いている。
彩子がその関係者なら、樹や音も目の敵になる。日本人であるからなおさら、二人に流れる混ざった血を許さないだろう。
彩子はばつの悪そうな顔をして、残りのサンドウィッチを頬張る。それから、名残惜しそうに飲み込んだ。
「そう。それで…………、それでね。あたしが馬鹿だったのかな? 気付かない内に爆破テロの片棒担いじゃってて、たくさんの人の命を奪ってて…………」
彩子は自分の軽率さを呪いながら、受け止めきれない罪の意識に頭がパンクしそうだった。直接手を下したわけではない。彼女自身がそうしたかったわけではない。
運が悪かった。本来なら自分も死んでいたのに生き残ってしまったから、すべてが彼女に重く、辛くのしかかる。
「友達も、結局死なせちゃって。もう、何が何だか整理つかないままこっちに来て、人生おじゃんにされたわ」
「…………」
「彩子、悪い、違う。だて、彩子、優し」
音の言葉に、彩子はいくらか救われた気分になった。しかし、それは脆弱な感傷だ。物証もないのに、いきなりテロ犯容疑の人間のことを信用できるはずもない。
彩子自身、もう誰を信じていいのかわからなくなっていた。こうして一緒にいて、嫌われないよう振る舞って、二人がそばにいてくれる暖かさに甘えていたい。
すると、樹が冷静な瞳を彩子に向ける。
「この子の言うとおり。彩子、あなたは優しすぎる」
「買いかぶりすぎじゃないかしら? それに、どうもできないわ、もう…………」
彩子は欄干に肘を置いて、頬杖をつく。彼女の言った通り、人生はもう取り返しのつかないことになっている。諦めるしかない。
樹はコロニー内に広がる自然に視線を移して、静かに言う。
「あなた言ったよね?」
彩子はふと樹の横顔を盗み見た。切ない表情。そんな顔しないでよ、と口先が動いた。だが、それを言語化することはできなかった。
「奪ってでも、失ってでも、苦しんでも、抗いたいって。今のあなたはただ逃げたがってるだけで、抵抗する気もないでしょう?」
「それは――――」
彩子は続きの言葉が見つからず、口を閉ざしてしまう。
『地球平和軍』の出した条件を満たして、変な言いがかりは消えた。だが、初めから重々しい冤罪を課せられた皆守彩子に希望などなかった。地球に帰ることを許されず、戦争が終わってもきっと宇宙にいるのだろうと。
音は戸惑う彩子と遠くを見つめる樹にかける言葉が見つからない。二人が望んでいることは同じなはずなのに、何もできない。何ができるのか、わからない。
手持無沙汰に近寄ってきた鳩たちに、残っているサンドウィッチをちぎってばら撒いた。
鳩たちはくるっくーと鳴いて、パンくずをつついて回った。
「わたし、負けたくないから。そんな不条理なんかに」
突然、樹が凛として言い放った。
彩子と音は思わず彼女に視線を射て、次の言葉を待った。
「三人一緒に、地球に降りる。そうでしょう、音?」
「――あいっ。彩子、残る。だたら、音も、残る」
「決まりね」
樹と音の間で、決定される。
彩子は交互に二人の顔を見比べて、思わず喉が引くついた。彼女たちは目の前の希望を捨てて、しかし絶望の中でまた希望を見つけようというのだ。辛い道が続くだろう。厳しい環境に弱音を吐いてしまうだろう。それでも、ともに歩むことを選んだ。
三人の絆は彼女たちが思っている以上に、強くできている。
「二人とも……。ありがとう」
すると、樹と音が互いに目配せする。そして、音が樹の隣に移動する。鳩が彼女の行く道をちょこちょこと歩いて開ける。
彩子は二人が並んで立つのを見て、体の向きを彼女たちに向けた。
「当然。友達でしょう?」
「友達、イェイ!」
二人が片手のひらを軽く上げる。
それを見て彩子は両手を上げて、
「もちっ!」
二人の手にハイタッチした。
瞬間、パァンッと鋭く、派手に音が響き渡る。足元にいた鳩たちが驚いて、一斉に飛び立つ。羽ばたきが幾重に鳴り、鳩たちが視界を覆った。三人はその光景に思わず寄り添う。
そして、周囲を警戒する。彼女たちは鳩たちが羽ばたいていく中で、一つの疑問に直面していた。
誰が、あの派手な音を出したのか、と。ハイタッチは軽いもので、空気が破裂したような音など出るはずがない。
鳩たちが視界から消え、抜けた羽毛が周囲に舞う。そして、三人はテラスの出入り口から誰かが近づいてくるのに気が付いた。瞬時に体を向ける。
「結構待ったんだから、もういいでしょう?」
近づいてくる人物のハスキーボイスで、流暢な日本語が発せられた。
軍服を着た女性。小顔でふわりとしたウェーブがかかった髪。二十代前半だろうか。しかし、近づいてくるたびにはっきりとしてくる人相はひどくやつれていた。目元のくまは色濃く、半開きの目からは生気が感じられず、だるそうに結ったへの字の口。疲労しているのは一目瞭然だ。
樹たちは身構えて、女性が目の前に立つのを待ち構える。
「歓迎してくれないの。さっきまで友達だとかどうとか言ってのに」
女性は光りのない瞳で小さな樹たちを見下ろす。
樹と彩子はその言葉に、さっきまでの会話が急に恥ずかしくなる。どう考えても自己陶酔だ。頬が赤くなり、顔が熱くなっていく。
だが、同時に自分たちが監視されていた、思った。少なくとも、この場は確実だ。
「だたら、おかしい?」
音だけは本気で怒っているらしく、口を尖らせ、じっと女性を睨みつけていた。
樹も恥ずかしさを紛らわすように続いた。
「そうよ。それに、あなた、誰? いきなり出てきて」
女性は心底呆れたように頬を指先でなぞりながら言う。
「ああ……。名前はアリス。アリス・ジェフナム。君たちがこれから所属すことになる小隊の隊長兼教官」
「何よそれっ! 横暴じゃないっ!」
彩子が抗議する。
瞬間、女性、アリスの平手が彩子の脳天を的確に叩いた。痛烈な一撃。叩いたアリスも痛みを感じる。
「い、いたぁ……」
彩子は頭を押さえて、その場でしゃがみこむ。
「無意味に逆らわないで、気色悪いから。あたしだって、その横暴で君たちを押し付けられて、いい迷惑なんだから」
アリスは驚く樹と音の顔を見て、軽く首を傾ける。
「だから、さ。これから、それを決めた中佐に抗議しようと思うんだけど、ついてくる?」
その提案は樹たちも望むところだった。勝手に、しかも地球帰還の口約束まで破棄されては黙っていられない。ここに残ると自分たちの意志で決定したのに、『地球平和軍』はどこまでも下劣に彼女たちの意志を飲み込んでいく。




