~戦う心~ 心の弱さ
『新人類軍』の拠点となった月の『サテライト』では、すでに新型の〔AW〕と宇宙戦艦の開発研究がすすめられ、さらには核融合を用いた〔AW〕の開発を始めていた。核融合炉を搭載した機体は『ガンメタル』や世論の批判があったために、『地球平和軍』管理下では理論構築しかされていない。が、理論上、稼働時間を引き延ばせるうえ、ビーム兵器を標準化できるとされていた。
『新人類軍』はこれら研究の規制に『地球平和軍』より寛容だった。だから、賛同した研究者のほとんどが自分の好きな研究に没頭できた。
『サテライト』の食堂でもそういった研究の話題が所狭しと飛び交い、活気を見せていた。
「なんだかまぁ、ご熱心だねぇ」
グレッグ・F・フォンセはトレイに乗った目玉焼きをフォークでつつきながらぼやいた。
難しい理論やら数式やらが飛び交っているのは、正直居心地が悪い。研究者のさがとでもいうのか、彼らは仲間内でよろしくやっているし、『新人類軍』の戦力増強にもつながるやもしれないので、お咎めもなし。
軍人上がりのグレッグには、研究者という生き物はなるほど『新人類軍』の理念に合っているように思えた。協調性と一つの目標に淡々と取り組む姿勢。それこそ、人類が次の一歩を踏み出すのに必要不可欠なことだ。
地球に目を向ければ、混血派や純血派を筆頭に民族紛争が強くなるばかり。彼らはきっと、世界が統合されることによって自分たちが築き上げてきた固有文化を失うと思っているのだろう。大国に摂取されて、民族の血が、文化が崩落してしまうのではないかと恐れる。
それは特に宇宙移民計画が抱える問題ともいえた。それぞれの国ごとにコロニーを建設するなど不可能だ。必然的に、一つのコロニーにいくつもの民族が一緒に暮らすことになる。そこで起きるだろう文化齟齬は混乱をもたらし、地上と同じ過ちを繰り返すやもしれない。
現代人が起こすだろう危険を統合政府は理解しながらも、彼らを争わせるだけ争わせて、疲弊したところにPKOを送り、傀儡にするやり方をする。前時代のPKOはもっと寛容で、国の復興を第一に独自文化を大切にしていた。だが、現在は統合政府の犬となり政府自治を接収して、宇宙に邪魔な人口を送る準備をしている。そして、その先達ともいえるのが犯罪者たちの宇宙流刑である。
『新人類軍』はそうした我が物顔で人を蹂躙する統合政府、そして昔起きた国際テロ終結によって用意されたポストに満足して怠惰をむさぼる『地球平和軍』にとって代わって新しい秩序を作る。
グレッグも『地球平和軍』の方針に呆れ、待遇のいい『新人類軍』の参加を決めたのだ。
「一応、戦争中なんだよな……。学者さんたちには頑張ってもらわんとな」
そういって、白身と半熟の黄身がぐちゃぐちゃになった目玉焼きを口に運んだ。
「……大尉殿」
「――――っ! ゲフッ、グフ」
急に後ろから声をかけられ、思わずむせこむグレッグ。それから、胸を叩きながら振り返る。
その先にはトレイを持った若人が立っていた。褐色の肌と鋭い目つき、逆立った髪の毛はとても野性味あふれていた。が、彼は軍服ではなく、ライトグリーンの囚人服を着ていた。
「あんだよ。飯の最中だぞ」
「すみません。隣り、よろしいでしょうか?」
標準的な英語で、若人は許可を求める。
グレッグはむっつり顔で、仕方なしと手のひらを返す。了解のサインだ。
「失礼します」
慇懃に言う若人は、受刑者ながら元軍人のグレッグを慕っていた。というより、グレッグ・F・フォンセという男を尊敬しているのだ。
「ったく、かわいげのねぇ。ハンス、もう少し愛嬌ってのを覚えろよ」
グレッグは付け合せのサラダを頬張りながら、若人、ハンス・ルゥに言う。
ハンスは特に気にした様子もなく、トレイに置かれたロールパンを齧る。軍に所属したのことない彼にしてみれば、上官だのという理念は通用しない。
『新人類軍』は言わずもがな、元軍人と受刑者、研究員で構成された組織だ。特に軍人と受刑者の確執はいまだ続いているといっていいだろう。脳に埋め込まれた制御チップのおかげで、表立った衝突はない。だが、内面は互いを利用する魂胆を持っているはずだ。
この制御チップ。皆が平然と埋め込まれているが、全員が保有するのには、首領であるモーガン・ジェムの働きかけが必要不可欠だった。受刑者は年に何回か、免疫力回復のために地上に降りる。そこで、健康診断と偽ってインプラント手術を行い、受刑者たちに制御チップを埋め込んだ。軍人はもっと簡単で、彼らはこの時期に合わせて各自地上に降りて、インプラント手術を受けた。
ちなみに詩野音の場合、月で生まれたこともあって実験的に月での生活を余儀なくされた。
「愛嬌、と言われましても困ります」
「あーあ、ヤダね、まじめ君は。仕事しかできませんみたいでさ」
「自分はそういう類だ、と諦めています。それに戦争ともなれば、他のことなどどうでもいいんです」
「しけてるねぇ」
グレッグは流し目ひとつして、目玉焼きを口に含む。こんな堅物が犯罪をして、宇宙に島流しにされるものだろうか。疑問だったが、余計なことに踏み入らないよう彼はそれなりの注意を払っている。
ハンスは野菜スープを直接おわんを持って飲み、またロールパンに噛り付く。
「気になる女とか、そういうのはいないのか?」
グレッグが悪戯な笑みを浮かべて、ハンスに質問する。堅物相手だと、化けの皮をはがしてみたいと思うのだ。
「女、ですか? 自分にはありません……」
ハンスはきっぱりと言い切った。戦争が始まってしまえば、自分の役割だけで手いっぱいで、恋人など作っている暇などないと考えている。第一、それは軟弱な考え方だと彼は結論づけていた。
「そうかよ。なら、いい女を見つけるこったな」
グレッグはにやりと歯並びを見せつけるように笑う。
独身同士の野暮ったい話。グレッグは何かに縛られていないと、やる気が起きない性質だ。それが女性関係であれ、大義名分であれ、背負うものがなければ、彼は生きている意味を見失いそうなのだ。だから、世界を変えるかもしれない組織に身を置いたのかもしれない。
ハンスは静かに、そして自分の中にある不可解な部分を確かめるように口を開く。
「大尉殿。もし、大切な人ができたとして、その人を残すか、あるいは失うようなことがあったら、悲しみますか?」
「ん? なんだよ、気になってる奴でもいるのか?」
「違います」
グレッグの茶々を一刀両断に言い下す。
グレッグはハンスの生真面目な表情を見て、さらに口元をゆるませて、パック牛乳のストローを咥える。
「ふん。知らねぇな。肉親の葬儀に出て、泣いたこたぁあるけどよ」
それだけ言って、牛乳を吸い上げる。
ハンスはさらに目つきを鋭くして、心中を吐露する。
「自分は、僚機がやられたのを見ても悲しくありませんでした」
ハンスは『ガーデン1』襲撃に参加し、自機が『幻覚』にかかっている間に僚機はハチの巣にされた。もっと早くに、追ってくる一機と決着をつけ、敵の僚機二機に気を配るべきだった。そういう反省はできた。
しかし、撃墜された僚機に対して落ち着いた今になっても、何の感情もわかなかった。
「そりゃぁお前、いちいち気にしてる暇なんかねぇだろうよ」
「いえ、その――、どういったらよいのでしょう。死んだという事実を淡々と受け入れてしまえる感じだったんです。きっぱりと割り切れる感じ……。心に残らないような」
「ああ、俺はそういう繊細な感覚はわかんねぇな、今のところ。実際親しくもねぇやつに、そこまで同情しないし。でもよ、ちょいと面白い報告があってな」
グレッグは飲み干したパック牛乳を握りつぶして、トレイに放る。
「三度の宇宙での戦闘、ここの反乱分子の始末で、深刻なトラウマを残した奴は一人もいなんだと。驚きだろ?」
「それが、何か?」
自慢げに語るグレッグの言うことは、ハンスにはわからなかった。確かに人を殺めることは培ってきた倫理観に左右されるが、多少なりとも心は覚えているはずなのだ。
グレッグは青いなと言わんばかりに、口の端を吊り上げる。
「まぁ、前時代でもアームウェアでの戦闘で心的外傷ストレス障害にかかる兵士は少なかったんだけどな。だが、それはなぜだと思う?」
「直接敵を見ていないから、ですか?」
「そんなところだ。機械越しにどんな奴が乗ってるかなんて、簡単に想像つかねぇだろ? 加えて、無線もろくに聞こえないんじゃ、接近戦を仕掛けるまで相手の声すらわからない。動く機械を相手にしてるも同然ってわけだ」
「その理屈はわかりますが、それと心的外傷ストレス障害とどんな関係が?」
「お前がそう言ってる時点で、おかしいんだよ、普通。宇宙での戦闘は操縦席から出たら自力で動くこともできない。敵の攻撃、迫りくる威圧感、妙な静けさ。ろくな訓練受けてない奴だったら、発狂もんだ」
グレッグは残っているサラダを頬張ってから、話を再開する。
「だが、人材が限られてる俺たちに、そんな負傷兵を増やすのも介護する余裕もない。そこで、これの働きがあるってわけだ」
グレッグは自分のこめかみを指で叩いて見せる。
そして、ハンスは理解して、目を見開いた。
「制御チップが、感情やトラウマを制御している?」
「ご明察。人手を失うわけにもいかないし、感情に流されるようなことがあってはいけない。閣下が考える秩序の基盤だよ」
グレッグはそう言って、席を立った。
「自分たちは兵士ではありますが、人形ではありません」
ハンスはトレイを持つグレッグを見上げて言い放った。感情抑制は確かに、理性的ともいえるかもしれない。人類が協調するうえで、我欲や折れない意志というのは時に邪魔になる。
頭ではそれが理想的だが、本能はそれを良しとしない。
グレッグはその場を去る時、言い残す。
「俺たちはな、新人類っていう別の生き物になるんだよ。世界を引っ張っていくためにもな」
中央棟の医療施設は人でごった返し状態だった。清潔に整えられたロビーには、負傷した兵士はもちろん、仲間を見舞いに来た軍人も数多くいた。
樹と音はここに彩子がいると聞いている。
ジープは運転手だった軍人に返して、適当にあしらった。このことを『地球平和軍』の上層に聞かれたからと言って、樹は困るものでもないのだ。
受付ロビーを二人で素通りして、精神科が並ぶ廊下に入り込む。ここは特に人が多く、どこの部屋も使用中になっている。部屋の前に待つ患者と思しき軍人たちは深刻な顔つきでうつむいたり、うつろな目をせわしなく廊下を凝視したり、頭を抱えて髪を掻き毟ったりと皆が情緒不安定だった。
「彩子ぉ、どこぉ?」
音が不安そうに視線を巡らせて、弱々しく呼びかける。周りの今にも常軌を逸しそうな危うい感じに、自然と樹の後ろに隠れるように歩いていた。
樹は冷静に周りを見渡して、彩子の姿を探す。視界に入る軍人たち。その姿を哀れに思う前に、今の『地球平和軍』の兵力がどれほどものもかを推測する。
戦闘で精神的に深い傷を負って、戦う意志を失った兵士。仲間の死や極度の緊張、死の恐怖。それらすべてが彼らの心に悪夢を植え付けて、縛り付けるのだ。人として当然だが、これで戦争しようっていうのは無理難題に思えた。克服しようにも一朝一夕でどうにかなるものでもない。
「あ。彩子」
音がすっと前に出て、少し前の部屋から出てきた彩子の元に小走りに駆けよる。
「ざっけんじゃないわよ。誰が情緒不安定よっ」
「彩子っ!」
「ん? あれ? 音に樹――――おっと」
彩子は不機嫌な顔からきょとんとした表情になる。そこに音が正面から抱きつく。子供がじゃれつくように、音の抱擁は暖かなものだった。
彩子はネコでも相手にするように、音の頭を撫でながら、無表情で近づいてくる樹に目をやった。
「どうしてここに?」
「それはこっちの台詞。車の無線で問い合わせたら、取り調べ中に暴れて、カウンセリング室送りって」
「あぁ……、ついカッとなってね。べ、別に精神異常じゃないんだから」
「でしょうとも」
樹は呆れた風に言う。信用していないわけではなく、なるほどと納得している感じだ。
彩子が口を尖がらせてぶすっとする。それから、音を体から引っぺがして、腰に手を当てる。樹の態度がいつになく冷たい気がしたからだ。
「で? 結局、取り調べの結果どうだったの?」
「彩子、ちきゅ、行こ」
音がにこやかに笑って、軽くその場で跳ねる。樹と彩子と一緒に、地球に降りられるのを彼女は楽しみにしている。もちろん、母親のこともあってまだ悲しみを抱いている。音の母、琴葉の願いを叶えたいと思う気持ちが大きいだろう。
樹も結果を聞くまでもないといった雰囲気だ。
すると、彩子がすぅっとさみしげに瞼を半分下ろした。それから周囲に気を配って口を開いた。
「ああ、ごめん。あたしは、帰れないみたいなの」
そのすっきりとした物言いに、逆に樹と音は呆気にとられた。
彩子は壁に背中を預けて、話を続ける。
「容疑が晴れなくてね。危険人物だから、ここにいろって」
「そんなの――――」
樹は言いかけて、彼女がどんな罪でここに来たのかと疑問に思った。今まで一緒に行動してきたが、皆守彩子が犯罪者として幽閉されていたことに対して一切聞いていなかった。こうして公然と話が出いるあたり、そこまで重罪ではないのかもしれない。が、ここは一応軍の施設。見張りをつけずとも、誰もが彼女を見張っているようなところだ。
「彩子、やぁだ」
音が彩子の手を取って、左右に振る。子供が駄々をこねるような、無垢な動作だった。だが、音が兵士に睨まれるとすぐに、その手を止めた。
「あたしだって、嫌よ。でも、どうにもできないんだよ、現実的に。二人が帰れるなら、それでいいかなって思わせてよ」
彩子はふと待合のベンチに腰掛ける兵士と目があった。血走った瞳は何かに恐れて、いつになっても安寧を得られない苦しみが宿っていた。どれほどの恐怖を味わって、どれほどの苦痛に耐えて戻っても、心がぼろぼろでは報われない。
彩子がこうして普通にしていられるのは、きっと樹と音が一緒にいて、怖いのも苦しいのも共有できたからだろう。それは三人に共通して言えることだ。
困った表情を浮かべる彩子と今にも泣きそうな音。
そして、樹は、
「少し、落ち着いて話をしましょう」
と二人に提案する。ここでいつまでも立ち話をしたくない。それに、もっと考えるべきことがある。だから、落ち着ける場所のほうがいい。
「話って最後の思い出作り?」
「違う。地球に降りることにしても、あなたのことにしても、戦争のことにしても…………。とにかく、いろいろ」
樹の真剣なまなざしに、彩子は断ることができなかった。できることならここでサヨナラを言って、お別れした方がいいのかもしれない。お互い苦しいことだけを分け合った。これ以上、辛い思いをしたくないし、させたくもない。
しかし、ここでサヨナラを彩子はしたくなかった。それは彼女の本心だ。ここに残っても、おそらく地球に帰っても一人になってしまうから。
彩子は必死に手を握る半べその音に笑いかける。
「何泣いてんの?」
「泣く、してない」
音は彩子から手を放して、目元をぬぐった。
「それじゃ、場所を変えましょう」
樹が提案して、出入り口に向かって歩いていく。それに彩子と音がついていった。
誰もが彼女たちの仲睦まじい姿を目で追った。だが、その光景はどこかさみしさを紛らわすように、周囲におびえるようにして、固まっているようにも捉えられた。
そして、少女三人は中央棟を後にする。




